タイトル:【観察】 前編の生活編は次で終わりになりますデスゥ
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初投稿日時:2006/10/07-04:43:55修正日時:2006/10/07-04:43:55
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長い雨  (4) 生活

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3日目、ミーはなんと、仔達に叩き起こされると言う失態を演じた。

「ママー、ママー、もう朝テチィ…どうするテチィ?」

前日の疲労度合いと、仔達より遥かに遅く寝たというのが原因なのは明らかだが。
仔達にはそういうことは関係ない。
賢いとはいえ、実装石が簡単にどんな状況でも、他者の痛みや苦しみを理解する事は無いのだから、
遅れたものは遅れたという事実しかない。

それだけに、普段”自分が見本”と教育する飼い実装の場合、仔達の不信感か堕落の原因となる。
野良も同じではあるが、ペットの仔はより知識の吸収率が高いのだ。
どんなに仔に振り回されようが、仔の見本となる態度を維持する事が、
ペット実装…いや、実装石の親の、ある意味、厳しい現実である。
それは、知能や教育が優れているペット実装ほど責任感によって重い負担となっていくのだ。

野良なら逆切れで仔をどやしつけてでも無理やり上下関係を維持して問題はないが、
ペット親の場合、飼い主の手前、親の方は教育で仔に対しての無意味な暴力と言う手段には出られない。
ペット実装の親仔教育とはそれだけ親の負担が厳しいものである。

一応、それでも、仔達はミーを起すまで食べ物も採らずに、玩具で遊ぶなりして過ごしていた。
反抗心が芽生えれば、即座に親でも物か奴隷と同格にみなす野良の仔とは、やはり多少の違いはある。


ミーは急ぎご飯を準備する。(準備とはいえ実装フードを量って容器に移すだけなのだが)


「ママ…今日はどうするテチィ!?また、お外に行くテチィ?」
明らかに4匹の仔は表情が沈んでいる。

ミーは、頭を抱えて考えた。

しばらく考えて決断した。
今までは無理に仔を引き連れて行動して悪い結果を出した。
良く考えれば、自分は野良の事…生活や風習などを何も知らずにそうしていた。
野良の生活は、自分が今まで見たりしたものの想像を遥かに超えていた。
それなのに仔を連れてウロウロするのは危険すぎる。
自分がパニックになれば、仔達もパニックになり、仔がパニックになれば収拾が付かない。

「ワタシは今までお外を甘く見ていたデスゥ…ワタシが一人で勉強してくるデス
 お前達は今日はお家で遊んでいるデス!決してお外には出てはいけないデスゥ」

仔達は激しく頭を縦に振って納得する。

ミーは聞き訳が良い仔達だと納得するが、仔達は未熟故、今は多少賢い普通の実装石である。
あれほど怖く危険な目に遭ったのだから、自分が動かなくていいと言われれば、賢い子でなくても首を縦に振る。
ワザワザ、そんな外にホイホイと飛び出す事も無い。
その計算は出来るが、同時に甘えたがりの仔実装は、親と共に行動したがったり、
少し時間がたつと母親を求めて外に出てしまうのだが、
どうやら、キー達にはその心配は無い様で、ガツガツと食事をしている。

「いいデスゥ?お外に出てはダメデスゥ!お昼はキーが準備するデス…
 もし、日が暮れてもワタシが戻らなかったら、お前達は絶対に外に出てはいけないデス!
 ご主人様が来るまでキケンデス…この家に居れば絶対ご主人様が助けに来るデス」

そういい残して、身軽にポーチと水筒のみで外に出る。

「判ったテチィー♪」

そういう仔達だが、皆、好き勝手に玩具に飛びついてミーを見送るものは1匹も居なかった。

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今日も朝から町並みは大きな変更があった。
崩れかけた家に潜り込んだ低層野良達が、既に引きずり出されリンチを受けている。

この団地に住まう実装石は平均的に中庸であるが、
それだけに簡単にナカマを喰らうと言う行為には至らない。

ナカマを喰らって殺すと言う行為は、野良でもある種の背信行為として戒められている。
それを認めれば、気弱で疑心暗鬼に陥りやすい彼らは即殺し合いで消滅してしまう。
ナカマの肉を食う事が許されるのは、個人ではなく種族全体が極度の飢餓に落ちたときの緊急避難。

そして、昨日の3姉妹の様に、相手が排除では許されない程の怒りを買ったのが明らかな場合の、
制裁的な意味合いとして殺さない程度に食われる場合のみである。

その禁忌を犯して見つかれば、服や髪を奪われ、低層実装の格下扱いで追い出される。

逆に言えば、この団地に住むものは、食うと言う行為さえしなければ、制裁には何をしても許されるのである。
それだけに、無秩序で食い合いが横行する公園より、この公園のリンチはある種、過激である。
その最たるものが”奴隷化”であり、まさに死に至る苦痛をもたらすために行われる。
そう、むしろ殺してもらった方が楽、生きたまま食われる事の方が安楽死という苦痛である。

服と髪を剥かれ、全身を殴られ傷つけられる。
その傷は毎日、再生で直ることが無いほど常に更新されて行く。
儀式として、糞を食わされる為に、新鮮な糞の山に顔面を蹴り入れられる。口にまたがられ流し込まれる。
そして、死ぬまで糞以外を食わせてもらえる機会が無くなる。
四つん這いで歩く事を強制され、やがて、四足でしか歩けない肉体になってしまう。

それが、奴隷…。

過酷な扱いは死ぬまで続き、寿命は奴隷化されれば半年も無い。

団地組の気に障って、奴隷化される低層組が日に20匹は居る。
団地組で居ながら、そうしたルール違反で奴隷化するものが10匹は居る。
珍しいところでは、低層組の襲撃で奴隷化されてしまう団地組も何匹か居る。

あの低層組実装達も2度とまともな生活は出来なくなっている。

「テキァァァァテピレァァァァァァ…」
みれば、昨日、親元から攫われた仔実装が禿裸の四つん這いで、古いビニール紐を首に巻かれ、
団地実装にひかれて震えながら見学している。
本来は、無意味な暴力はルール違反だが、所詮は実装石故に、
多数の支持を得られるか、指摘されなければOKなのだ。

それだけに、ミーはルールの在り処がまったく理解できない事態に陥っている。
何が正しく、どうすればよいかの基準が、無い様で在り、在る様で無いのだ。
判るのは、その標的にされてはいけないという事だけであった。

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今日は、仔が居ないのでミーは、意を決して餌採りに参加してみる。

とはいえ、彼女が知っているのは”ゴミを漁る”と”ニンゲンから分けてもらう”という漠然とした情報しかない。
そして昨日見たのは人間から餌を貰うという行為のみである。
これなら出来ると考えた。

やってきたのは団地の”大通り”をまっすぐに抜けた、公園出入り口付近、
人間から餌を貰おうとする集団の溜まり場である。

既に何十匹と群がって人間を待つ集団に加わる。
集団は、一見、1つの固まりに見えるが、彼らなりに特定の数匹から数十匹のいくつかの”まとまり”がある。
ミーはソレが区別できず、流れで一番清潔そうな野良の元に加わる。

ミーの姿はやたらと目立ちこそするが、
人間に飼われていたものが勝手に逃げ出したり捨てられるのは日常茶飯事であり、
実装石たちの服は程度がバラバラである。
形状だけ言えば、カスタムされた服のものも居れば、色が違う服のものも居る。
生地も本来の実装服素材から、コットン、シルク…パシュミナ(最高級カシミア)服もある。
それでも輪に溶け込んでいるだけに、反感さえ買わなければミーほど目立つ新品服でも野良としてやっていける。

特に、人間から餌を貰う為に、彼らは彼らなりに考えて、
清潔さを保っている為に、ここの集団は御洒落でミーには馴染み易い集団に思えた。

お互いに「今日はノリがバッチリ決まっているデス〜花飾り似合うデス♪ドコに咲いていたデス?」
「クサの汁を絞って洗濯するデス…ニオイもよくなって汚れも落ちるデスゥー」
などと話し込んでいる。
それは、野良という生活ではあるが、まだめぐまれた生活をしているものの余裕である。
生きるためではあるが、生きることと関係の無い事を”会話する”という行為がである。


新品服を着込んだミーは、ここでは反感よりむしろ優遇される。


人間から餌を貰おうという彼らは、元飼いも多い為、何が人間受けをするかよく知っているのだ。
それだけに日々、お洒落の努力だけは怠らないが、所詮は野良生活なので、
努力だけでは飼い実装のような安定した清潔さは得られない。
その為、より清潔な新入りを前面に出し、その付近に位置する事でおこぼれを頂く考えである。
そういう生活の知恵を思いつく程度には、実装石は頭が良く働く。

挨拶もそこそこに皆に押される様にミーは隊列の中心に位置する。
人間が目立つ実装石の方に多く餌を撒く為だ。

ミーはナカマたちの扱いを素直に受け入れながらも、それには染まらなかった。
一応、”野良とは距離をとれ”という男の教えを、正しい意味で理解していた。
生返事はするが、自分から何かを話す事は無い。
それが、煽てられると有頂天になりやすい実装石本能を抑えていた。
飼いが野良に落ちて最初に陥りやすいのが、こうした場で優遇されると有頂天になって勘違いや馬脚を現すことである。


1匹の肥え太った元飼い実装が、眠そうな目を擦りながらドテドテと集団に向かってくると、
「ドクデス!!」と野良たちを追い払おうとする。
彼女は前日まで、今ミーが居る場所を”与えられていた”元飼い実装である。
彼女は、その場所に祭り上げられているうちに完全に勘違いをしていた鼻摘み者である。
彼女は、良い服に身を包み”人間”の前では良い声で鳴き、踊り、媚れる為に長くその場を与えられていた。
しかし、人間の前以外では、野良たちに餌を与えているのは自分の力であると思っていた。

その”スター”の場所は、大人しそうなミーが祭り上げられた。

新人が来れば、性格の悪いものは不要である。
何故なら、いくら芸が出来て良い声で鳴けても、野良として日数を過ごせば野良なりの身なりとなる。
理由はそれだけで十分である。

しかし、一度勘違いをした彼女は、その時の身の引き方を理解できなかった。
どうしてもそこに居座らないと、彼女の自尊心が満たされないのだ。

ミーを囲む野良達がこそこそと小声で話し出す。

「ワタシが来てやったと言うのに、ナニデス!はやく場所を空けるデスゥ!シッシッ!」
「前々から思っていたデス…お前は醜すぎデス!」

「ワ・ワタシに対して何を言うデス!?お前達にはニンゲンのおこぼれはくれてやら無いデス!!」
「デププププ…最近はお前に群がってもニンゲンの貢物が少ないデス〜」

他者に依存し利用する事に徹している実装石にとって、
このデブ実装も野良達も、どちらもお互いに依存し利用していた事に変わりは無い。
しかし、実装世界においての最大の力は結局、”才能”でも”知能”でもなく”数”である。
そこに正義や理論は無く、それが理解できないもの、勘違いをしたもの、読み違えたもの…
それらは、ある種、自然の法則にしたがって弱者として追われる。
実装石にとって少虐多富こそ、弱肉強食なのだ。

団地実装達は、キョロキョロと辺りを見回す。
どうやら、人間が来ないかどうかを見ているのだ。
そして、まだ来ないと判ると、ニタァ…と顔が歪む。

ミーは鳥肌が立つのを感じた。
空気が変わるのを、肌で感じることを覚えた瞬間だった。

コミュニティーは無いがある程度の秩序が築かれている。
しかし、本来の実装石は”数こそ力”であると同時に、”自己中心的”という相容れない面も持つ。
簡単に言えば、ルールに縛られる事自体が彼らのストレスなのだ。
自然と、彼らはそのルールの範疇で攻撃的になる事でストレスを解消する。
理由を付けさえすれば簡単だ。

「デギァァァァァ!デァ!デピェ!ヤメル…服!フクゥゥゥ」
デブ実装はすぐさま数匹の野良にあらゆる方向から服を引かれる。
最初は、手で払いのけるが、手は2本しかない。
その手が及ばない方向の服を引く実装石の元に別の何匹かが取り付いて強引に引き出す。
一旦、数匹によって引かれると、彼女の力ではどうする事も出来ない。
すると次々と加勢が始まり、デブ実装は服を押さえた姿のまま引きずり回されだす。

「デプペェ!ち・ちぎれ…ふくぅ!チギ…デェェ!お尻イタイデスゥ!パンツ!パンツが擦り切れ…デァァァ」

まるで祭りの曳山のように引き摺られ、尻餅をつき、尻ごと引き摺られる。


「ニンゲン!ニンゲンどもが来たデスゥ!ナカマを連れているデスゥ!」

見張りがそう叫ぶ頃には、哀れ、豪華な服を引き伸ばされ、尻と背中が擦り切れたデブ実装が、
天を仰いで「デェェェェェェ…」と喉を潰して喘いでいた。

「隠すデス!隠すデス!」
ナカマ同士殺し合いをするところを見られたら、人間は避けてしまう。
それが判っていながら、調子に乗ると見境無く行動してしまう辺りが実装石の知能の低さではある。
慌てて隠そうと数匹が草むらまで引き摺っていく。
とりあえず、自分達の居る場所から離れてさえ居ればそれでいいという考えだ。
しかし、自分達も餌を貰うのに参加したいのか、途中で諦めると、ソレに蹴りを入れて去ってしまう。

しかし、何も考えていなくても、実装社会は何故か効率よく出来ている。
茂みに居た低層実装達がわらわらとデブ実装に群がって引き摺っていく。
「キレイでプヨプヨの肉がおいしそうデス…」
「勿体無いデス、イキがよさそうなので奴隷にするデス」
「お前はバカデスゥ!コイツはゴハンにして、玩具にするんデス」

殺さない程度に食われて、奴隷にされ、死ぬまで繰り返される…さすがにソレが判ったデブ実装は、
痛みも忘れ、起き上がって抵抗し「デピァレァラペィ!」と狂乱して駆け出した。
逃げるデブと追う低層野良達は茂みに走り去る。
無事に逃げ延びたとして、彼女は二度と団地には戻れない姿となっていた。

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一方、何事も無かったかのように整列する野良達は、
着飾った同族をつれた人間が来ると「デスゥ〜♪」と一斉に挨拶する。

「まぁ、今日もご挨拶できるのね。ウチの仔と遊んでくださる?」
「デッスゥ〜♪」
大人しそうな実装石がペコリと深く頭を下げる。

「今日もよろしくデスゥ…このクソ下僕ども♪」
頭を上げた実装石の言葉にミーは耳を疑う。
飼い実装はニタリと口元を緩ませ目をニッコリと細める。


ココに来る飼い実装には、野良たちの対応が2種類ある。
適当に飼い実装に媚びて付き合ってやる振りをして餌をもらえる場合と、”接待”を必要とする相手である。
今やってきたのは、その”接待”が必要な相手である。


すると、野良達の反応が一転する。

「デス!?」
突然、ミーが後ろから押されて最前列に出されると、
さらに蹴り出されて1匹だけ、その飼い実装の目の前に出される。

そのミーに、飼い実装がニコニコと近寄ってきてペコリと再びお辞儀をすると「デッスゥ〜♪」と両手を差し出してくる。
ミーもさっきのは何かの間違いと思いなおしてお辞儀を返して、
同じように両手を伸ばして近寄り、互いに背中に手を回してハグをする。

これは、飼い実装同士の基本的な挨拶行動として根付いているものだ。

最初は飼い同士で、異常なまでに甘えや依存体質が強い個体が、
隔離された場所から知っている実装石に会ったときにとりだした甘え行動だが、
この時の仕草が非常に可愛いという事で愛好家(特に溺愛派)に人気になった為に、
ペットとして市場に出る物の基礎の躾けで、敵意が無いことを示す挨拶として定着していた。
そこから野良に落ちるものや、人間の反応を見た野良たちの物真似で、今や野良たちにも定着し始めていた。
無論、野良たちのものは媚びの一種ではあるが…。

ミーはそのハグをしながら安心する。
ミーの頭には、これをするということは無条件で、友達の証、敵意が無いことの証である。
その”友達”の概念が、飼い実装の中ですら状況によって存在しないという事はミーには想像すらできない。

しかし、そのハグをしながら口調だけは甘い声で、飼い実装が鳴き出す。
そして、ミーの背中の肉をグイッと握り、引っ張り、捻る。
いくら痛覚が鈍く、伸縮する脂肪の様な低反発ウレタン状の体でも、激しい痛みが走る。

「デァ!デギェ!」

「騒ぐなデス…お前、上手くやらないとブチ殺すデス〜
 フケツなバカクソムシの分際で、本来、高貴なワタシの身体に触れることなど許されない事デスゥ…
 ちくったり、泣き喚いたら、ゴハンなんか分け与えないデスゥ♪
 お前達みんなこの公園ごとベコベコのボコボコにするデスゥ♪
 ワタシが人間に一言命じれば、この公園は焼け野原デスゥ〜ン♪」

この飼い実装から見れば、ミーはまがう事無く、下卑すべき野良の存在でしかない。
しかし、人間の手前、野良だからと避けることも攻撃するそぶりも見せられない。
野良と仲良くする振りをする事で、公然と野良を苛める事しか考えていないのだ。
飼い主にいい姿を見せながら、格下扱いの野良を苛める事が彼女の至福の時である。

「まぁ、可愛い服の仔ねぇ、どこかで飼われていたのね?よかったわねマリアちゃん
 あらあら、そんなに甘えちゃって、本当にマリアちゃんは甘えん坊で優しくてお利巧なのね…
 うんうん、野良ちゃんにも分け隔てなく優しくしちゃうんだから…可愛いわ」

人間は、実装石を飼う以上、持っていることが義務である為にリンガルを首から提げては居るが、
そのリンガルは電源すら入っていなかった。

野良達は、この公園に来る実装石の中で、こうして飼い主が甘い為に増長する連中が居る事を学んでいた。
野良にとって飼い実装は世間知らずのクズ連中であると思い込む事で自己の価値を高く考える。
しかし、この手の連中は、飼われている限りは野良たちには手が出せない上に、
その中でもソレを上手く利用して付け込んで来る者が稀に居るだけに御しがたい。

それに対して編み出したのが”接待”である。
1匹を差し出して、その飼い実装と飼い主を満足させつつ餌を貰うのだ。
そして、その役割は、弱いものや新入りと相場が決まっている。

野良達はミーを差し出しつつ、飼い主に向かって普段通り手を出したり、媚びたり踊って見せる。

マリアも、ミーと踊って見せたりしつつ、飼い主の様子を伺い、安心するのを待つ。
ミーは、”同じ”飼い実装としてハグまでしたナカマの変貌振りと根拠なき脅しに屈して、
それに黙って従うしかない。
このマリアの脅しなど、殆ど妄想の産物に近いが、ミーには判断できなかった。

飼い主が、手にした袋からパンのミミを出して野良に撒き始めると、
マリアは、口元に手を当て「デプププ」と笑うと、ミーの手を強引に引いて、飼い主から離れる。

「あら、マリアちゃんたら、”また”仲良しになっちゃって…その仔が気に入ったのね。
 あんまり遠くに行っちゃダメですよ…」

その動きに気が付いた飼い主が声をかける。
しかし、マリアにはわかっていた。
すっかり安心したときに、飼い主はあのクズのような食べ物を野良どもに撒き始める。
自分の演技が完璧な証で、多少離れても、自分が悲鳴を上げない限りこちらに注意が向かない。

「マリアちゃんの様に優しい仔、こんな野良たちと遊ばせてなんて居られないし妹を飼ってあげたいわ…
 でも、飼う妹、飼う妹、長続きしないのよね…同じ愛情を注いだマリアちゃんはあんなに元気なのに。
 きっとお店の躾が良くなかったんだわ…すぐに弱ったり、私の家から逃げ出したり…
 テーブルから落ちるなんて…こんど知り合いの代議士先生に頼んであんなお店は潰してもらいますわ」

飼い主が餌を撒きながら呟く。
ソレも当然だ。
このマリアが、飼い主の目を盗んで苛め抜いて衰弱死したり、事故に見せかけて突き落としたりしているのだ。
ただ単に、自分が如何に優れているかを、自分自身で実感するという欲望だけの為にである。
その本能に純粋すぎる欲望を満たす目的であれば、実装石はとんでもない力と知能を開花させる。

ミーを連れ出したマリアは、いきなりビンタをぶちかます。
「デベァ!」
「騒ぐなデス!このカトウドウブツ!」
腹部に蹴りを入れる。
さらに、腹部を蹴られ前屈みに頭を下げたところで、ミーの脳天にポーチを振り回して上から叩きつける。

「まったく、カスのクセにワタシより飾りをチャラチャラするなど百億万年早いデスゥ!!」

地面に突っ伏したミーの頭に足を乗せると、凶器にしたポーチを背中に何度も叩きつける。

「生意気デス!生意気デス!ひれ伏してドロを舐めるデス!」

最初のビンタ以外は、服の上、しかも、体の後ろを狙う徹底振りである。

グリグリと足で頭を踏み捻り、髪を引っ張り顔を上げさせる。
そして、そのドロにまみれ、歪んだ顔を見て「デビャピャピャピャ!!」と笑い出す。

「醜いデスー醜いデスー!ブタに相応しい醜さデスゥ♪
 何デスゥ!?ブタのクセにキラキラ光るものを耳につけて…
 こんな飾りはワタシの方が似合うデスゥ♪」

マリアは、ミーの耳飾に目をつけた。
それは、飼い実装マリアが身に着けていない飾りだった。
マリアの装飾品は、飼い主に買ってもらうか、
野良達から、こうして奪い取って「あの仔がくれたデスゥ♪」と申告して身に着けさせてもらっていたのだ。

「やめるデスゥ!やめてデスゥー!!ご主人様がくれた大切なモノデスゥ!
 コレだけはやめて欲しいデスゥ!」

「抵抗するなデス!!生意気デスゥ!!デシャァァァァァァ!」

マリアは、歯を剥きだして耳に付いた飾りを引っ張る。
ミーは懸命に手を振り回し、髪が掴まれているにもかかわらず頭を可能な限り振って抵抗する。
耳に穴を開けて固定されている為、不器用な実装石には外すという事は出来ない。
耳に固定されているものと言う事も理解できない。
それだけにマリアの行為は耳を引き千切る行為である。

「これはご主人様の愛情デスゥ!コレだけは許して欲しいデスゥ!
 ご主人様に飼われている実装石ならわかるデスゥー」

それを聞いたマリアはニタリと醜い笑みを浮かべる。
マリアにとって飼い主とは奴隷である。
そして、飼いとして多くの同じ飼い実装石と接する機会も多いだけに、当然、ミーのような考えの実装石とも接している。
マリアにとって、そんな愚かな考え方で”飼われている”ナカマほど虐め甲斐があるのだ。
彼らは面白いほど軟弱で、懸命に許しを請い、泣き叫んでマリアの自尊心を満足させる。

ブチ!

マリアの容赦の無い行動で、ミーの耳が飾りの周りで千切れた。

「デギァァァァァァ」

「デァッヒャヒャヒャヒャ」ミーの皮膚が付いたままのピアスを掲げて小躍りする。

「返すデスゥ…ご主…デギャ!」
フラフラと起き上がり、手を伸ばすミーにマリアは、素早く、そして器用にポーチを振って背中にぶち当てる。
そうしながら、片手でピアスを耳に持っていこうとする。
しかし、実装石はピアスの付け方など知らないし、そもそも、自分の耳に手が届かない。

それが判ると、すぐさま癇癪を起して地面にピアスを叩きつけ、足で踏みにじる。

「デギャー!ワタシをバカにするデス!クズカスボケナスの分際で!わざと渡して笑うつもりデス!!」

バシバシとポーチのハンマーが振り下ろされる。
重くないポーチは、威力こそ大したことは無いが、それだけに肉体表面を傷つけない。
だが、それもマリアの感情1つである。
自尊心を(自分で)傷つけられ癇癪を起して狂ったように打ち付けられるソレは、服を裂き、肌を裂く鞭である。

それでもミーは、一瞬の隙をついて、マリアの足元のピアスを掴んで手の中に握る。
そして、空いた手でポーチを防ごうと、手を振ったとき、振り下ろしたマリアの手とぶつかる。

「デギァァァァァァ!!イタイ!イタイ!こいつ抵抗するデス!」
たいした衝撃でもないが、マリアは蒼白になって糞を漏らしうろたえた。
飼い実装の中で甘やかされたものは、攻撃は苛烈だが、痛みに慣れていないのでまったく打たれ弱い。

「デピァァァァァァ!!!!ママー!あいつイジメル!ワタシのポーチを取ろうとするデス。
 襲われるゥゥゥゥ!怖い!助けて!ママー!!」
マリアは、豹変して泣き叫びながら飼い主の下に走り出す。

飼い主は、突然、泣きながら駆けて来て「デピァァァァ!デスゥデスデスデッスゥー!!」と叫ぶ我が仔の異変に、
ようやくリンガルの電源を入れて話を聞く。

マリアの奥の手である。

飼い主の顔が蒼白になる。
なおも殆ど創作の被害を飼い主に捲くし立て泣きつくマリア。

「ニンゲンさん、聞いてくださいデス!違うデス!ワタシは何もしていないデス…
 マリアちゃんがワタシの、ご主人様から頂いたものを取ろうとしたデス」
知能があるが温室育ちのミーには、機転を利かせる事は出来なかった。

他の野良達は異変を感じた瞬間、雲の弧を散らすように去って逃げた。

ドロだらけの顔のミーは、薄汚れた野良と大して変わりはなく、
加虐の傷は殆どがミーの背中に集中していて飼い主から見えるはずも無い。
人間に説明する事に集中するミーはソレを見せることは頭の隅にも思いつかないし、
見せたところで、我が仔に大事の飼い主が、野良の言う事を納得するはずもないのだ。

「ママのポーチがポロポロデスゥ…ヒドイデスゥ…デェェェェン
 せっかくのお電話も”また”壊れてしまったデスゥ…デェェェェン」

ポーチも実装フォンも、”毎日”の暴挙ですでにボロボロなのだが、うまく傷の面を隠していたのだ。
この時のために…ここぞとばかりにソレを見せびらかす。

飼い主に抱かれ、泣き叫ぶ…しかし、その顔は泣き顔のまま、目だけが弧を描いて笑っていた。

「やっぱり野良に関わると…マリアちゃんが大変な目に遭う所だったわ!!
 賢いマリアちゃんがウンチを漏らしちゃうなんて、とても怖くてひどい目に遭ったのね!
 よしよし、さぁ、こんな所から離れて帰りましょう。
 また妹を飼ってあげますからね…はいはい、怖かった怖かった、泣かない泣かない…ママがいますよ。
 ポーチも電話も買ってあげますからね」

抱き上げられたマリアは、飼い主が生意気な糞蟲をグチャグチャにしてくれる思惑が外れて不満顔だが、
それでも、自分の演技力と身を守る絶対力を使役する事に自画自賛して密かに「テ゜プププ」と小さく笑い、
舌をベロベロと出しながら、高い位置からボロボロのミーを見下ろして去っていった。

後に残されたミーは、あまりの理不尽さにガックリと崩れ落ちた。


しかし、ミーには休まる暇が無い。
散らすように逃げ去った野良たちが、手に手にパンの耳の切れ端を持って舞い戻ってきた。

「ナンデス!!ろくに”接待”もできないデス!(クチャクチャ)」
「まったく、お前がヘマをしたせいでゼンゼン貢がせられなかったデスゥ!!(ゴックン…ゲプゥゥ…)」
「本当に見掛け倒しのとんだ役立たずデス!貰えるハズだった山盛りコンペイトウお前が用意するデス!」

自分達は両手に食べ物を持ちながら、何か貰うどころか無駄に痛めつけられたミーに、
カンカンに怒りながら迫ってくる。

反撃する気力も無いミーは、耳の一部ごと千切れたピアスをつけようと地面に擦れるほど頭を下げ、
丸まるように腹に顔面を押しこんで、その姿勢で手を伸ばして何とか耳に押し付ける。
普通の姿勢では手をいくら伸ばしても耳には届かないが、
背骨が(人間のような機能を有して居れば一大事になるが)折れるかと思うほど折りたためば、
耳の付け根ぐらいには手が届く。

「ごめんなさいデスゥ…次はうまくやるデスゥ」
そう気丈に答えた。

それが、野良には土下座して謝っている様に見えたので罵倒されながらも許された。
利用価値がある間は、小間使いとしてコレほど使いやすい相手は居ないからである。

「いつものクソジジババがやってきたデスゥ!準備するデスゥ!」

再び集団が形成されていき、それぞれの集団ごとに工夫を凝らした出迎えを用意する。

「この時間に来るジジババ連中はワタシ達を神様だと思って居るデス!
 いつも、供物の量が他の人間とは比較にならない量デスゥ♪
 まぁ、ワタシ達の美貌なら神様と間違えられても当然デスゥ♪」

ただ単に、年寄り達が優しいだけなのだが、確かに彼らが渡す量は、
一匹当たりの量では、定期的に公園を回ってくる愛護派ボランティアの救済餌まきにも匹敵する量であり、
当たれば1回で1日どころか2.3日は栄養的には十分な食事となる。
しかも、食欲無限で他者に分け合う考えの欠如した彼らは、殆どその場で食してしまう。

この餌まきに参加する実装石の血色が良い秘密がここにある。

それだけに上手く気を引くために努力は惜しまない。

キレイなラインダンス状態の踊りを披露する集団があれば、
一斉に小首を傾げる”媚び”をする連中も居る。
仔を抱えて掲げる集団も居れば、仔をボコボコの半死か死体に変え、抱えて泣く(フリをする)小集団も見受けられる。

普通の人間が見れば、まさに嫌悪感を感じる光景だろうが、
優しい老人達は、知能ある生き物が懸命に生きようとしていると解釈して、
ついつい持っている食べられそうなものを与える。
与える為に餌を買ってくる人間すら居るのだ。

今日はその中でも格別だった。
数人の老人が何もせず去った後、1人の老婆が、
「あなた達、金平糖が大好きよね…」
と、実装石用と書かれた特売にして特大の金平糖の袋を破って撒き始める。

特売で実装石用の混ぜ物入りとはいえ、実に2kg入りの袋だけに決して安いものではない。

金平糖となると、演技どころではなくなる。
金平糖を追って右往左往、十分な量があるにもかかわらず奪い合いが展開される。
走り回る親に跳ねられ踏まれる仔があり、手を伸ばし殴り合いが起きる。
ミーの集団も、”小奇麗なヤツを置いてその周りに集まる”という計算はどこへやら、
他の集団と入り混じって奪い合いが繰り広げられる。

その光景に何も出来ないミーは、餌が均等に撒かれるために、むしろ安全に金平糖を取る事が出来た。
それでも、上手くはいかないのが実装石の世界。
「生意気なヤツデス!寄越すデスゥゥゥゥ」
すぐさま野良たちが集まり、ミーを殴ってでも奪い去っていく。
新入りで大人しいミーには、ここでは何の権力も無い。
それは、金平糖でなかったとしても大して差は無いだろう。

ミーの場所に撒かれる度に、血相を変えた野良たちが駆けて来ては、
ミーを殴り倒し、蹴り倒し、金平糖を口詰めて、また、別の位置に撒かれた金平糖を追っていく。



「今日の供物は大変贅沢だったデスゥ♪」

人の訪問が一旦止まった昼過ぎの公園出口付近では、
顔を腫らした野良実装石達が、膨らんだ腹を投げ出して会話していた。
無事なものは1匹としていない。
ただし、実装石だけに、早いもので数分、遅くても翌日には元通りの顔で、ここに集まってくるのだ。

一旦、人の流れが止まったので、家路に帰る者達、漏らして膨らんだパンツの糞を捨てに茂みに移動する者達で、
その数はだいぶ少なくなっているが、粘り強く、時間外の訪問者を待つものも居る。

結局、ミーはその後何人かの人間たちの訪問の度に撒かれる餌を、
他の野良たちが得た数分の一の量を、野良たちの数倍の傷を追う事で何とか隠し持つ事に成功した。
量を取るための最大の防御策が”その場で食べてしまう”事であるから、
仔の為に隠し持とうとする者は自然に稼ぎが少なくなるのである。


ミーは、その場を一旦離れると、人気の無い場所でこっそりと、
両手の中に握り締めた物と、口の中に入れて隠した物を出して、ポーチにしまう。

「なんとか、お腹の足しにはなるデスゥ…これが野良が食べていく事デスゥ…」

見ていることと実際にすることがまるっきり違うものではあるが、
特に実装石は理不尽といえるほどの差がある。
飼われていたミーには、一番楽に思えた人間から餌を貰うという行為が、野良の世界では一番とは言わないが過酷である。

「辛いデス…苦しいデス…ご主人様…」
初日から比較すれば、僅か3日にしてボロボロな姿に変貌した自分の肉体を見る。
服は汚れ、ほつれ、服の下は打撲で痣だらけ。
顔は腫れているのだろう…ズキズキと痛む…こんな痛みは生まれてから一度も”経験”した事が無い。

耳は処置が早かった為か、歪ながらも、再生する皮膚と千切れた皮膚が繋がっていた。

もう一度、苦しい体勢で手を伸ばしてそこを触る。
「大切な物…あるデス…良かったデスゥゥゥ」

しかし、ミーはその場を動けなくなっていた。
もう一度、あの場所に行って同じ事を出来るかといえば、とても考えられない。
今のこの身体では、こんどこそ死んでしまう…。

しかし、こんな調子では、ちょうど育ち盛りの仔達4匹の満足できる量には程遠い。

そうして、芝生の上で、身支度を整え、顔の土を落としながら途方に暮れていると、
「昨日、ここで襲われていた方デスゥ?」
と背後から声が聞こえてきた。

ビクゥ!

ミーが振り返ると、そこには、やや痩せこけ汚れては居るが、
身なりのしっかりした実装石が立っていた。
ちらっと、その背後に1匹の仔実装が隠れるようにスカートを握って伺っていた。
彼女は、ミーに手を差し出している。
そして、その手には汚れた実装フォンがあった。それは昨日、ミーがここで撒き散らしたものだった。

「驚かせてゴメンデスゥ…昨日、貴方が襲われているのを見かけたけど何も出来なかったデス。
 コレ…あいつらが使えなくて捨てたものデス…涎とかは葉っぱで拭き取っておいたデス。
 あなたは飼われていたデスゥ?ルールも判らないのに大変だったデスゥ…」

ミーは優しく語り掛ける彼女にビクビクと震えながら戸惑った。

「ごめんデスゥ…自己紹介もしていなかったデス…
 わたしは”ミー”と言うデス…ニンゲンさんに飼われていたんデス」

ミーは、それを聞いて驚いた。

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長い雨… つづく

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