ボクは実蒼石だ。 生まれた頃の記憶はない。 本当はボクはボクという形でこの世に生を受けたのかも知れない。 一番古い記憶は実装石を切り刻んでいる記憶だった。 一番新しい記憶も実装石を切り刻んでいる記憶だ。 そして今も、実装石を切り刻んでいる。恐怖から何か叫んでいるように見えるが、わからない。 ボクは耳が聞こえない。どうして聞こえないのかは忘れてしまった。 耳が聞こえなくても生き物がいる方向は何となくわかるから困らない。 目の前の実装石の頭蓋骨に鋏を入れると、次の実装石を切らなければという「命令」がきた。 この「命令」がなかなかに厄介だ。放っておくとボクの頭の中を滅茶苦茶に蹂躙してしまう。 具体的に言うと酷い頭痛でボクを困らせるんだ。 野山を駆け、次の実装石の居場所を探す。 「血と静寂と大きな鋏」 見つけた。やっと「命令」を黙らせることができる。 もう4時間以上実装石を殺していない、とボクの頭の中で命令を出す何者かは訴えかける。 でももう終わりだ。目の前の仔実装石を6匹全部殺せば「命令」はしばらく満足するだろう。 目の前に仔実装石が一匹やってきて小首を傾げ、右腕を口元に当てた。 何をしているんだろう。わからないけれど、鋏が届く範囲にあるのだから切ってしまえばいい。 ボクは鋏で仔実装石の右腕を斜めに切り落とした。 断面から鮮血を吹き出す右腕。それを振り回しながら口と目を大きく開く仔実装石。 逃げ出す他の仔実装石。逃げても構わない。すぐに追いつけるから。 ボクは腰を抜かした仔実装石の腹を切り開いた。血と臓物が零れ、返り血が野草に付着する。 ビリビリと空気が振動した。きっとこの仔は凄い悲鳴をあげているんだろう。 糞でパンツが膨れあがっている。汚い。 ボクは下半身に興味を無くして臍があった辺りから下を切断した。 左手。左腕。喉。鼻の穴を一つに繋げてみる。右目を切り、左目を抉り出す。 「命令」が次だ次だと急かしてくる。 もう死んでいるけれど、実装石はたまに生き返る。 死んだはずの実装石が生きていると「命令」は癇癪を起こす。 だから、念入りに心臓がある辺りを切り刻んで、頭蓋骨を真っ二つにする。 あと5匹。物音がしたので後ろを振り向くと母親らしい実装石がいた。 逃げた仔実装石を早く追いたいので、心臓を一突きにして頭を三つに分解した。 ボクは成体実装石一匹と親と仔実装石の計8匹を切り刻んだ。 とりあえず夜が深くなるのを待とう。 木の実を口に入れている実装石を分解したことがある。あれは「食べる」ということだ。 敷き詰めた枯れ葉の上で横になっている実装石を分解したことがある。あれは「眠る」ということだ。 どちらも実装石には必要な行為なんだと思う。だけど、ボクはそうしたいとは思わない。 ということは、きっと実蒼石は「食べる」ことも「眠る」ことも必要じゃないんだ。 実蒼石が必要なことは実装石を切り刻むことだけ。 そうしたら、「命令」に邪魔されずにゆっくりとしていられる。 いつになったら「命令」が聞こえなくなる日がくるんだろう? 死ぬまで「命令」に従って実蒼石は生きるんだろうか? わからない。とりあえず次の実装石を切り刻もう。 山の実装石が少なくなってきた頃、ソレはやってきた。 知っている。獣装石だ。何度か切ったことがある。 牙と爪で反撃してくるけど、爪ごと切り飛ばせばそんなに怖くない。 だけどこの獣装石は首輪をしていた。人間に飼われている、訓練された獣装石だ。 ただでさえ肉に弾力があり、骨が硬い獣装石だ。 訓練されたものならどんなに切り応えがあるだろう。 ボクは相手が飛びかかってくるのに合わせて鋏の刃を大きく開いた。 獣装石を完全に解体するまで40分近くかかってしまった。 気がつくと周囲を生き物に囲まれている。 ボクを殺すという明確な意志が空間を伝わってくる。 獣装石だろうか? 実蒼石だろうか? 人間だろうか? 何にしても、獣装石に怪我を負わされた今、こっちが切り刻まれることになるかも知れない。 ボクは大きく跳ねると木々を蹴り、より高く跳び、囲みを突破した。 予想以上に殺意が多い。山を下りることになるかも知れない。 生き物だらけ、建物ばかりの場所に出た。ここは多分、街というんだ。 人間が多く、鉄の塊が凄いスピードで走っている。 きっと人間にこの血が固まって黒くなった姿を見られたら、あの殺意にまた囲まれる。 確か訓練された獣装石や実蒼石を使う人間を警察と言うんだ。 頭の中で「命令」ががなり立てている。もう丸一日殺していないと喚いている。 「命令」が起こす頭痛で頭が割れてしまいそうだ。 わかっているよ。実装石を殺せばいいんだろう。 建物の屋根から屋根を跳ねていると、鉄のオブジェがたくさんある砂利地を見つけた。 あれは公園。実装石がたくさんいる。 人間に見つかる前にできるだけ殺さなければ。 ダンボールというのは多分柔らかい。ボクは屋根からダンボールの上に飛び降りた。 確かにダンボールは柔らかく、ボクはダンボールを突き抜けて中に落ちてしまう。 着地したすぐ目の前にマラ実装石と実装石がいた。 驚きで固まっている。 マラ実装石と実装石の繋がっている部分を鋏で切ると、マラ実装石の口から凄い空気の揺れが出た。 おかしいな。実装石のほうは痛みを感じないのかな。 試しに実装石の腰を斜めに切断すると、実装石の口から血が混じった泡が吹き出た。 よかった。ちゃんと痛いんだ。これで安心して切り刻める。 ダンボールの中には実装石がいる。ダンボールは柔らかい。 つまり、ダンボールを切れば実装石も切れる。 ボクは騒ぎが大きくなるまで実装石たちを切り刻んだ。 街にはたくさんの人間と実装石がいる。 大きな建物の中にいた実装石は、キラキラした石と服を身に着けていた。 すごく太っていたから切断すると鋏がドロリとした血と脂で粘着質の光を帯びた。 その仔も太っていたから切ってみたかったけど、もっと太った人間が金切り声を上げたから逃げてきた。 もっと人間が飼っている実装石を切ってみたいな。 「命令」が頭の中で愉快そうに笑った。 見つけた。人間の女の子が実装石を連れて歩いている。 屋根からその前に着地すると、実装石が両手を広げて女の子の前に出た。 ボクに向かって口をぱくぱくと動かしている。 わかった。きっとボクに切り刻んでほしいんだ。 ボクは赤い右目を切り、そのまま右腕を切り落とす。 人間の女の子が口を大きく開けて目から水を零している。 すごい空気の揺れだ。人間の女の子は大きな声を出すんだね。 ボクは感心しながら首輪ごと飼い実装石の首を切り落とし、胴体を十字に切り裂く。 その時、横から凄い速さで青い生き物が駆けてきてボクに切り掛かってきた。 痛いな。多分この痛みは脇腹を切られたんだろう。 相手が持っているのは鋏。 首輪もついているから、きっと警察という人間に飼われている実蒼石だ。 ボクの鋏と相手の鋏を咬み合わせて、力任せに投げ飛ばす。 変だ。骨が見えるまで痩せているボクよりこの程良く肉の付いた実蒼石は力が弱い。 それに鋏もボクのより小さい。今の切り合いで相手の鋏は欠けてしまっている。 何でなんだろう。ボクは特別な実蒼石なんだろうか。それとも、ボクは実蒼石じゃあない? 「命令」がその場から立ち去れと指示をしてくる。 そういえばそうだった。ボクは実装石を切らなきゃいけないんだ。 実蒼石を切り刻んでも何の意味もない。 泣きながら口から振動を出し続ける女の子と口の端から血を流してぐったりする実蒼石を残し、 ボクは建物の壁を蹴って跳び上がり、屋根と屋根を跳び続けた。 ボクは捕まった。金属が編み込まれた網のようなものを被せられたからだ。 人間は賢い。こんなモノも作れるんだ。網に腕や足が絡まって鋏が振るえそうにない。 ボクが感心している間に全身に針のようなものが撃ち込まれる。 意識が遠くなっていく。ひょっとしたら、もう実装石を殺せないかもしれない。 それだけが気がかりだった。 ボクはベッドの上で目が覚めた。 両手両足は固定されていて、鋏が無い。 意識が無い間にお腹を切り開かれたみたいだ。裸の体に針で縫ったような痕がある。 「命令」が笑いながらボクに話しかけてくる。 もう終わりみたいだから、本当のことを話してくれるらしい。 ボクの頭の中に、朝露が土に染み込むように記憶が次々と戻ってきた。 ボクは山小屋の中でママと大きな人間さんと一緒に実装石を殺して生きていた。 ママは熟練の実蒼石で、ボクはその娘。 ママは温かかった。ママは優しかった。ママはボクの全てだった。 大きな人間さんは色んなことを教えてくれた。 実装石の生態から隠れる場所などを話してくれた。狩りで生計を立てているみたいだった。 ボクは青い服に大きめの帽子を被った普通の仔実蒼石だった。あの日が来るまでは。 ママが病気にかかって満足に狩りができなくなった。 「命令」が早く思い出せ、とボクを急かせる。 ママを「アシデマトイ」と呼んだ大きな人間さんは、ママを包丁で細かく切り刻んでトイレに流した。 その光景を見てしまったボクは大声で悲鳴を上げた。 ボク自身の悲鳴があんまりにも大きかったから、ボクは耳が聞こえなくなったんだ。 そしてボクは大きな人間さんの眼に鋏を突き立てると…窓ガラスを破って山小屋を飛び出した。 「命令」の正体がやっとわかった。 あの日のボクだ。狂ってしまった子供の頃のボクなんだ。 ボク自身の狂気が、ボク……つまり、ボクの抜け殻にずっと命令をしていたんだ。 実装石を殺せと。ママと過ごした日々を「命令(狂気)」が反芻できるように。 ボクは魂の抜けた形骸だったんだ。ただ、惰性と命令で実装石を殺していただけの。 気がつくとボクはガラスのケースに入れられていた。 きっと上の管から毒か水が出てきてボクを殺す。 死んだ後ボクはどうなるんだろう。 ガラスのケースの向こうに見える瓶に詰められた生き物たちみたいに濁った液体に漬けられてしまうんだろうか。 それとも死体を包丁で切り刻まれてトイレに流されるんだろうか。 どっちにしても、きっとママに会えるに違いない。 「命令」がボクに質問をしてきた。 どうしてお前は普通の実蒼石と違ったんだろう、と。 普通の実蒼石はお腹が減ればモノを食べるし眠くなれば眠る。 運動能力は優れているけれど、ボクみたいに木々や建物の間を跳び回るような真似は出来ないし、 鋏も黒ずんでいたり大きかったりはしない。 ボクは初めて「命令」に逆らった。そんなこと、ボクにわかるわけがない、と告げた。 それから「命令」は何も語りかけてはこない。ボクは今も死が訪れるのをガラスケースの中でじっと待っている。 あとがき 「ヒマワリ」「閉じた世界」へのご意見ありがとうございました。 残り5種の実装シリーズを書きたいと思っていますが、 プロットで実装石を含まないものが多いのでどうするか迷っています。
