九州の春は早い。 まだ三月半ばだというのに、公園の大きな桜には蕾が見え始めていた。この分だと下旬には満開だろうか。 薄汚いベンチに座り、ビールをちびりちびりと飲みながら『』は思う。 仕事を始めてはや一年。いまだに雑用まがいのことを押し付けられる。 だがニートだったころを思えば、社会の一部となった自分を自覚でき気分がいい。 「とはいえ、この時間まで残業させられるとこたえるなぁ…」 残りを一息に呷る。そろそろ帰って寝なくては。明日は久しぶりに友人のとしあきと会う予定だ。 ──デスゥ… 実装石の声が聞こえた。えらく弱弱しい。死にかけだろうか。どうせ汚らわしい糞蟲だ。引導は人間様が渡してやるかな。 酔いもあるのだろう。下卑た笑いを含みつつ声の聞こえたほうへ向かう。 住宅街の一角にある公園は狭い。錆びた滑り台を越えた先に輪を作った実装石が見えた。中心に見えるのは…実装石の親子のようだ。 糞蟲らしく、同族をリンチしているのだろうか。俺はふいに成り行きを見てみたくなった。 足音を殺し、木の陰に隠れる。同時に携帯の実装リンガルをオンにする。 「お願いデスゥ。私はどうなってもいいから、せめてこの仔たちだけは逃がしてくれデスゥ…」 円の中心にいる親実装が哀願する。すでにかなりの暴行を受けたのだろうか。右脚は裂け、左腕は無く、血が滴り落ちている。 「デププププゥ。高貴なワタシの『目に入って』『なんだかムカついた』んだからもっと光栄に思えデズゥ。仔どもはマラにレイプさせてやるデズゥ」 輪から一歩出た実装…もとい肥えた汚らわしい肉袋がもそもそ喋る。どうやらこいつは公園の主のようだ。 背後には見てると敗北感を味あわせてくれるマラ実装。糞、相変わらずデカい! 「そんな…ワタシはどんな目にあっても我慢するデスゥ。だけどこの仔たちは…前の仔たちも、その前の仔たちもアナタが食べてしまったデスゥ!」 「煩ぇデズゥ!オマエはこのワタシの公園で食料として生かしてやってたんデズゥ。 でも最近になって『アイゴハ』のニンゲンドモが食事を持ってくるようになったからそろそろ殺すデズゥ」 そうだった。最近この街に越してきた某とかいう政界の大物が愛護派で、街全体が愛護都市のようになってきてるんだったよな。 「さあ、早く仔を渡すデズゥ」 にじり寄るデブ実装。仔の前に立ちはだかる親実装。ふいに目が合ったような。気のせいだろうか? 「デーーー!」 親実装は三匹いた仔を両腕に抱えると、デブ実装の脇をすり抜けようとした。 なるほど、あのデブが一歩前に出ている分包囲が甘い。実装にしちゃあ考えたな。 だが、デブもそうそう甘くはない。汚い腕で親実装を阻もうとする。 「下僕どもはなにをボーっと見てるデズゥ!夜食が逃げるデズゥ!」 その声でようやく取り巻きが動き出す。すぐに親実装に追いつき、体中に齧り付く。 「夜食デスゥ。痩せててマズイけど頂くデスゥ!」 「おい下僕、抱えてる仔を寄越すデスゥ!」 ある者は親実装の脚を噛み、ある者は腕を喰いちぎる。 マラ実装は落とした仔どもを無理矢理犯し、別の者は親の髪を引きちぎる。 糞蟲の糞蟲たる所以。醜すぎる同属喰いだ。 同属のリンチの海を渡りきり、俺の前にたどり着く。すでに両腕と片足が無い。死は近そうだ。 「ニンゲンさん…お話聞いてほしいデスゥ…」 ボロ雑巾のような親実装が話しかけてくる。こいつ、やっぱり俺に気づいていたか。 「なんだ。おまえもこれで終わりだろうし、話ぐらい聞いてやるよ」 そう言ってしゃがみこむ。少しは話しやすくなっただろう。 「ニンゲンさんもわかっているように、私はここまでのようデェス…四匹いた仔どもも、今の争いでこの仔だけになってしまったデスゥ」 「うん、本当実装社会って怖いねー。お仲間どうし殺しあうなんてさぁ」 俺はオーバーに両手を挙げてみせた。 「そんな私の最後のお願いデスゥ。ニンゲンさん。この仔を飼ってやってくださいデスゥ。 どこに出しても恥ずかしくないように、厳しく躾けてあるデスゥ。一番賢い仔デスゥ」 「おいおい、俺は真性の虐待派だぜ?よしんばおまえの仔を飼ってやっても、すぐに弄り殺しちまうかもしれないんだぜ?」 「知ってるデスゥ。前にあなたが食べると死んじゃうコンペイトウを知らないナカマにあげる所も見てたデスゥ」 こいつは驚いた。一ヶ月前に俺がここで実装コロリを撒いてたのを覚えてたとは。 「よくそんな前のことを覚えてたな。ってお前俺が虐待派だと知って仔を託すのか?とんだ馬鹿親だな」 「私は他にもニンゲンさんを見ているんデスゥ。 三軒先のダンボールに住んでた仔がどこかのマラに襲われてた時、助けたのはアナタだったデスゥ」 まったく、驚いたよ。3秒前のことも思い出せない実装石が、よもや一ヶ月も前のことを覚えているとは。 俺はマラは嫌いだから殺しただけなんだがな。負けてるから。 「おまえ賢いんだな」 「そうでもないデスゥ。私みたいな弱い実装石が野良で生き延びるには、これくらい当然でないと…」 そこまで言うと、激しく咳き込んだ。 「ニンゲンさん、私はアナタを信じてるデスゥ…」 そこまで言って親は事切れた。傍らにいた仔実装は別段泣き叫ぶこともなく、親の裾を掴んだままじっと俯いている。 「おまえ、泣かないのか。母ちゃん死んだのに」 「…泣いてもママもお姉ちゃんも帰ってこないテチー。遠いところに行ってしまったんだテチー」 両目にいっぱい涙を溜め込んだ仔実装が言う。末っ子だろうか? 賢い母親の元で育った娘は、服もきれいで臭いも酷くない。 なるほど、たしかにこの親は賢かったようだ。臭くては飼う気も失せるしな。 「デププププ。やっと見つけたデズゥ。奴隷野郎」 デブ実装と取り巻きがやってきた。あまりにも臭すぎるため、俺は仔を掴んで距離をとる。 「デェ?ニンゲン!オマエが奴隷を殺したんデズゥ?役立たずの割にはいいことするデズゥ」 死んだ親実装を脚で突きながら、汚いデブがこちらを見て嗤う。 「ママー!」 「デデデデデデ、デーープップップ!オマエはまだ生きてたですかぁ?さあ早くこっちに来るデズゥ。高貴なワタシのエサになるデズゥ」 嗤うデブ。悲しむチビ。 「うんまいデスゥー!やっぱり同属が味はイチバンデスゥー!」 我慢できなかったのだろう。後ろにいた取り巻きが親を喰い始めた。マラは楽しそうに腰を振っている。 「デプププププププッ!プピャアァァァァァァーーーッ!どうデズゥ?自分の親を目の前で喰い殺されるというのは楽しいデズゥ?」 楽しくてしかたがないのだろう。大声で笑うデブ。 「ママー…」 目の前で親を殺され犯される。なまじ賢い仔実装のこと。偽石が壊れるほどの悲しみを味わっているのだろう。 ここでデブが俺のほうを見る。 「ニンゲン、この奴隷を殺したことを褒めてやるデズゥ。だからその糞ガキも早く寄越すデズゥ」 「ずいぶんとなめた態度だな」 「ニンゲンのほうこそワタシをなめているデズゥ。はやくこの前のようにエサを寄越したり、いろいろホウシするデズゥ!」 頭の悪そうな実装石の癖に、奉仕なんて言葉を知ってるとは。なんなんだコイツは? 疑問に思っていると、別の実装石が話しかけてきた。 「ニンゲンー、今日はマイク持ってないんデスゥ?」 マイク?なにを言ってるんだこの蟲は。『』は考える。 そういえば、先週は愛護派の大物が部下を引き連れて実装に餌をやってたんだった。ニュースでやってたよな。 顔を引き攣らせた市長が、スーツにかかった糞を必死に拭いていたのを思い出す。 そうか。こいつらはスーツ姿の俺をあの連中の仲間と思っていて、それでこんなに無防備なのか。ふつふつと怒りがこみ上げる。 「ボスー、奴隷もう食べつくしちゃったデスゥー」 間抜けそうな実装がデブに報告する。それを聞いてますます舌なめずりするデブ。 「そういうわけデズゥ。早くそのガキを寄越しやがれデズゥ」 言い寄るデブ。俺は摘んでいた仔実装に囁きかける。 「おまえさぁ…俺に飼われてもいいことないよ?俺虐待派だし、飼われるよりかここで死ぬほうがいいかもしれない」 「…それでも、ママの分まで生きたいテチ。ニンゲンさんが殴っても、ゴハンくれなくても、それでもニンゲンさんに飼われたいテチ」 決心したかのように俺を見上げる仔実装。全身がブルブルと震えている。 見上げた根性だ。そこいらの野良のように幸せなことばかり起こると思っているわけでもないのに。 「…だったら少しこの中に入ってろ。すぐ終わる」 持っていたコンビニ袋の中に仔を突っ込む。そして野良たちと向き合う。 「なにをしているデスニンゲン!さっさとそのガキ寄越すデズゥ!」 ギャーギャー煩い糞蟲どもめ。 「……ないよ」 「デ?なにか言ったデスかニンゲン?」 「絶 対 に 許 さ な い よ !」 言うなり、目の前のデブを蹴りあげる! 嫌な音をたてて落ちたデブ実装。両足が折れたようだ。 当然怒りでプルプルしている。 「なにするんデスニンゲン!アイゴハのクセにナマイキデズゥ!」 そんな糞蟲を見下し、鞄からメリケンサックを取りつつ俺は言う。 「いいか糞蟲ども…俺は昔からジムに通い、いろいろな格闘技を習った。いっぱいいっぱい訓練してきたよ…何故だと思う? それはな、貴様ら糞蟲を虐待するためなんだよぉ!」 言うなりデブに渾身の右をお見舞いする。おーおー綺麗に吹っ飛んだなぁ。後ろの糞蟲どもに当たって、まるでボーリングみたいだ。 「さて、情けをかけてやる。俺は賢い実装は虐待しない主義だ。どうしようもない糞蟲だけを狙って殺している。この中で我こそは賢いと思う奴はいるか?」 俺の問いかけに、おおかたの奴がアピールし始めた。 「デッスゥーン♪」と気持ち悪いポーズをとる糞に、「デッデロゲー♪」と膨れてもいない腹を擦る糞。どいつもこいつも度し難い。涙が出そうなくらいにだ。 「クックック…。ザンネェェェン!貴様ら全員死ねェェェ!」 叫ぶと同時に糞蟲の中に飛び込む。本当に、どいつもこいつも度し難い。 「デギョアァァァッ!」 深夜の公園は、しばし糞蟲の断末魔で満ち溢れる。 5分も経つと、腹が膨れた実装石以外に立っている者はいなかった。 残っているのあ、怯えた顔でこちらを見る妊婦実装たち。 「…仔が生まれる奴は殺さん。俺の流儀に反するからな」 言葉の意味はともかく、なんとなく伝わったのだろう。目に見えてほっとしたようだ。 仔を守ろうとする奴は、あまり殺したくない。そのまま踵を返し、緑色に染まった公園を後にする。 帰り道、ビニール袋から仔実装が頭を出してきた。 「みんな死んじゃったテチか?」 「おまえが知る必要ないだろ?カタキは取ってやったんだからいいじゃないか」 「はいテチ…」 悲しそうにする仔実装。自分を襲った同族にも哀れみを向けるとは、さらに珍しい奴だ。 「おまえは今のところ賢くて優しい実装石のようだから、殺さない。まぁしばらくは面倒みてやるよ。気分次第だがな」 「わかりましたテチ。一生懸命頑張りますテチ」 今のところこいつをどうするか決めてないけれど──『』は思う。 しばらくは宣言通り、飼ってやることにするか。 それまでもしも、気まぐれが続いていたら、こいつと花見にでも来るか。 そんなことを考えつつ、緩やかな坂を上って行った。 ===== 始めての投稿となります。 改善点など指摘して頂ければ幸いです。
