その日、俺は大学の授業を抜け出した。 単位の取得が絶望的にもかかわらず、むしゃくしゃしてサボってしまった。 駅から、実家まで徒歩十五分。途中、小さな川に架かる小さな橋を渡る。 その橋の上で、実装石が正座していた。 近づくと、胸の辺りにプラカードをぶら下げていた。 「なぐられ屋、一回百円」 さらに赤字で「なぐると、しあわせになれます」。 普段の俺なら、そのまま立ち去っただろう。 動物愛護の精神からではない、面倒は避けたいからだ。 しかしその時の俺は、まともな精神状態ではなかった。 怒りの矛先を誰かに向けなければ気が済まなかった。 そして転落しつつある自分の人生に、 わずかでも幸せが訪れる可能性があるというのなら、 それを試さずにはいられなかったのである。 「本当に百円で殴られてくれるんだな?」 実装石の前に立ってそう言った。 言葉が通じるかわからなかったので、握った拳を見せる。 実装石は、「デッス」と力強く頷く。 「よしっ。」 と呟くと、指を鳴らす。拳を握り、右腕を引く。 放たれたストレートは実装石の左頬を直撃した。 拳に伝わった感触が、肉にめり込み、歯を砕いたことを伝える。 歯と片目は道路に飛びだし、実装石は右半身を下に倒れ込んだ。 「レ、レスゥ・・・。」 実装石は起き上がり、口から血と折れた歯を吐き出した。 鼻血も出ていた。 罪悪感を感じないでもなかったが、 彼女らは驚異的な再生能力の持ち主だ。 気に病むことはない。 それよりも生まれて初めて誰かを殴ったという興奮が、 俺を包んでいた。 体中を熱い血が駆け巡る。 アドレナリンが噴出するとは、こういうことを言うのだろうか。 思えば、俺は大学の中で殴られ屋のようなポジションだ。 成績が上の者からは勿論、下の者からも馬鹿にされている。 ポケットから百円玉を取り出すと、実装石に渡した。 実装石は前歯が何本か折れたせいだろうか、 「レスゥ・・・。」 と気の抜けた返事をして頭を下げた。 俺はそれまで感じたことのないくらい意気揚々と家路に着いた。 俺はその日、布団に入ってからあの感覚を思い出していた。今まで味わったことの ない快感・・・。それは俺をある行動へと駆り立てようとしていた。次の朝、俺は あることを思いつき、実家から持ってきたおもちゃ箱をあさり始めた。 次の朝、あの橋のところに行くと案の定、昨日の実装石がいた。首には例のプラ カード。頬はおかしな形にゆがんでいたが、昨日ほどひどくはなく片目も生えて きていた。腕もほとんど元に戻っている。 俺はそいつに歩み寄った。昨日みたいに実装石は、 「デッス」 と力強く頷く。しかし、俺は殴ろうとはしない。実装石は不思議そうに俺を見た。 そいつの前で便所座りになると、ポケットから500円玉を差し出した。 「テスゥ?」 実装石は口に手を当て首をかしげる。俺は携帯電話を開くと、リンガルをONにする。 「今日はちょっと話があってきたんだ。まずは話を聞いてくれないか?」 「デスゥ?」 俺は自分の実の上話や昨日実装石を殴ったことで味わった感覚などを一通り話した。 「話ってそれだけデスゥ?」 「いや、ここからが大事なんだ。今お前の目の前にある硬貨は100円玉の500倍 の価値があるんだ。」 「デ、デスゥ!」 実装石は驚きの声を上げた。勿論大嘘だ。しかし、それの放つ金色の輝きに目が くらんだのか、疑う素振りすら見せなかった。 「ここで相談なんだが、おまえ、いっその事住み込みで働かないか?おまえは一日 10発殴らせてくれればいい。そして一月に一枚これをやろう。一発100円なら 500日働かなきゃならないんだが、おまえの熱意に負けて一月に一枚だ。こんな ところで働いてたって収入は不規則だし、悪い客にあったら命も落としかねない。 家に来れば収入は安定してるし、食事も寝床も保証する。どうだ?」 実装石はしばらく考えた。やがて口を開く。 「100円玉の500倍なら・・・服も買えるデスか?」 「たくさん買えるぞ。」 「家もデスか?」 「もちろん!(ドールハウスならな)」 実装石はもう一度考えた。 「少し考えさせてほしいデス・・・。ワタシには子供もいるデス・・・。ニンゲンサンが いい人かもわからないデスし・・・。」 「子供もいたのか。構わないよ。一緒につれてってやるさ。でも、俺がいい人かどうか ってのが気になるのはわかる気がするな・・・。わかった。今日は帰るから一晩考えて くれ。それとこれは今夜の食事な。」 俺はそう言うと、コンペイトウの袋を差し出す。一応本物だ。実装石はそれを受け 取ると、深々とお辞儀をした。俺は家路についた。 (なるほど・・・まんざらバカじゃないし子煩悩でもあるのか・・・。いいサンドバッグに 出会えた。) 俺は帰り道で不敵な笑みを浮かべていた。 次の日の昼過ぎ、俺はあの橋に向かった。すると、橋の上にあの実装石と二匹の仔実装 が立っていた。親実装は両手で子供の手を取りながらこちらに歩み寄ってきた。 体は完全に復元していた。 実装石は深々とお辞儀をする。 「こんにちはデスゥ。」 「やあ、考えてくれたかな?」 「ワタシが殴られることでこの仔たちの安全が保障されるならお世話になるデス・・・。」 そう言ったものの、実装石の顔にはまだ迷いが残っていた。当たり前か。人間は 本来警戒すべき生物。そうでなくても、仔を養うためとはいえ一日10発は殴られ なければならない。 俺はそんな気持ちを察して実装石をそっと抱き上げ、優しい口調で語りかける。 「今まで辛かっただろうし、これからも辛いかもしれない・・・。たしかに俺は ストレス解消のためにおまえを連れて行くけど、飽くまでストレス解消だ。殺しは しないし、傷の手当もする。仔たちもつれてくよ。」 「デスゥ・・・。」 俺の言ってることはかなり滅茶苦茶だ。しかし、親実装はオーラに押されたのか 警戒心を解いて擦り寄ってきた。馬鹿な糞蟲だ。 「テチィ・・・?」 足元の仔は事情が飲み込めないのか首をかしげている。ああ、ウズウズするぜ。 俺は仔実装を親実装とともに両手に抱えると、家へと歩き始めた。腕の中で 実装達が話しているのが聞こえる。 妹「ママー、これからどこにいくテチ?」 親「優しいニンゲンさんの家デス。ママは今日からそこで住み込みで働くデスゥ。」 姉「ゴハンいっぱい食べられるテチ?」 親「大丈夫デスゥ。このニンゲンさんはいい人デスゥ。お金がたまったらたくさん 服を買ってあげるから楽しみにしているデスゥ。」 姉「テチ〜、うれしいテチ。」 妹「ワタチの幸せ見つけたテチュ。」 馬鹿な親子だ。これからてめえらの味わう地獄も知らずにな。 やがて俺は家に着いた。俺が学生になってから親は二人とも、授業料を稼ぐために 出張で日本中を飛び回ってる。そんな親のために大学でみっちり勉強するには ストレス解消は欠かせないのだ。 家の中に入るとさっそく仔実装を50センチ四方の水槽の中に入れた。 水槽の中で仔二匹はしきりに親を呼んでいる。親は心配そうな顔で見ていた。 「わるいけど、さっそくいいかな?」 「せめて仔どもたちの前ではやめてほしいデス・・・。」 「そのつもりだよ。あっちの部屋だ。」 俺は親実装を抱きかかえると、外の物置へと向かった。 ここは物置だ。中はほとんど空に近い。親達が生活費を稼ぐためにいろいろなものを 売ってしまった結果だ。戸は閉めてあったので、俺は中にあったレジャー用の 電気ランプに明かりを灯した。改めて気づくが物置のスペースは三畳分ぐらいの 広さ。何かをするには十分なスペースだ。 親実装は腕をまくって、いつでも来いというようなポーズをとった。 「ちょっと待ってくれ。まだしなきゃいけないことがある。」 俺はそう言うと、まずは服を脱がせた。下着はそれほど汚れていない。それなりに 賢い固体なのか。そしてポケットから包丁を取り出し親実装の頭に刺す。 「デギャアアアアアアアアッ!」 親実装は案の定悲鳴を上げる。悲鳴はうるさかったが、ここは物置の中、おまけに 家は田園地帯の真ん中にぽつんとある。人通りは少なく、気づくものはいない。 俺はゆっくりと頭を切り裂くと、中から偽石を取り出し、栄養ドリンクのビンに そのまま漬け込んだ。 「ごめんな・・・殴られてる間に死なれちゃかわいそうだから。全部終わったらこれは 体の中に戻すから。」 俺は優しくそう言った。 「デスゥ・・・可愛い子供たちのためデスゥ・・・。」 目からは赤と緑の液体が流れ出していた。 「一応消毒しとくからな。」 俺はそばに置いてあった緑の軟膏の入ったチューブを取ると、傷口に塗ってやった。 「デギョアアアアアアッ!」 親実装は苦痛のあまりのた打ち回った。 「痛いけど我慢するんだよ。これはビサワっていうすばらしい薬だ。傷なんて あっというまに治るから。(ただのわさびだけどな)」 「デギャア…デギャア・・・。」 親は必死に苦痛をこらえていた。 俺は物置内の工具箱の中から金槌を取り出した。 「じゃあ、始めるけどいいかな。ああ、さっきのはノーカウントね。」 「デッ!?」 親は驚いていたが、すぐさま俺の前に膝まづいた。 「いい子だ・・・。」 俺は金槌を親実装の右腕に振り下ろした。 「デギョエエエエッ!」 右腕はボタリと音を立てて、俺の足元に落ちる。 「もういっちょ!」 俺は左腕、右足、左足も同じように叩き落した。 「デギャアアアアアアアッ!デgaA%&&$%yulouikhseyi*+!」 親実装は苦痛にもだえる。外見はもうダルマのようになっている。目や鼻から出る 体液がダルマの髭に見えないこともない。 しかし、まだ殴ったのは4発だけだ。 「それっ!」 今度は腹に向けて連続して振り降ろす。 「ギジャアアアアアアッ!」 親実装の腹部は陥没している。総排泄腔からは汚物のほかに内臓も出てきていた。 俺は金槌を床に置いた。 「もうだめそうだな。今日はこの辺にしておこうか。」 「デェッ・・・デェッ・・・。」 親は苦しそうにうなずいている。俺は体中にわさびを塗ってやった。 「デギャアアアアア、デジョアアアアアッ!」 「うん、うん、これだけ塗っとけば怪我なんてすぐ治るよな。」 そして俺はわざとらしく思い出すようなそぶりを見せた。 「でもなあ・・・いち日10発って約束だしなぁ・・・あ、そうだ!」 俺は思いついたように母屋に戻る。数分もしないうちに俺は物置へと戻った。 俺は親実装に両手に持っていたものを見せた。 「こ・れ・な・ん・だ?」 「デッ?!」 俺の両手には仔実装が一匹ずつぶら下がっていた。 「マ、ママァーーーーーーーッ!」 親実装の変わり果てた姿に姉実装はさっそくパンコンしてる。しかし、妹実装は 口に手を当てて、含み笑いをしている。 「テププ・・・醜い糞蟲テチ・・・。」 親実装はそんな様子よりも、俺に目を向けた。 「この仔達をどうするつもりデスゥ?」 「決まってるだろ?おまえの代わりに殴らせてもらうんだよ。」 「デッ?」 「ほら・・・何ていうかな・・・道徳上じゃ人間社会では親子同士が助け合うのは 当然のことなんだよ。だからおまえら親子も助け合うべきじゃないかってね。」 「お願いデスゥ・・・ワタシはどうなってもいいからこの仔たちだけは・・・」 「だめだ!これ以上お前を殴ったらお前の命が危ない!(何言ってんだか・・・) 大丈夫、加減はするからさ。」 とりあえず二匹を物置の床に降ろした。姉実装は親に駆け寄り、涙を流しながら 必死に何かしようとしている。妹実装はそれとは対象に親を笑っていた。 俺は最初に、下品な笑いを浮かべている妹実装に目をつけた。 「テププ・・・テププププ・・・。」 典型的な糞蟲だな。金槌を手に取り、一気に後頭部に振り下ろす。 「デッ!」 妹実装の頭は砕け散り、体だけがその場に倒れこんだ。偽石が砕けてしまったのか ピクリとも動かない。 「ヂャアアアアアッ!!」 親実装は妹実装の死を嘆く。姉のほうはまたまたパンコンして腰を抜かしている。 あと3発か・・・。 「やめてくださいデスゥ・・・。仔供だけは助けてくださいデス・・・。」 「ママァーーーーーッ!」 仔実装は必死に親実装を助けようとしている。泣かせるねえ・・・。しかし、 俺は構わず仔を引き寄せて床に寝かせる。そして金槌を手に持ち、下半身を 狙って振り下ろす。 「ヂギャアアアッ!」 仔実装の下半身は染みと化した。 「デエエエエッ!」 親は悲鳴を上げている。 「もう一回!」 俺は頭に向かって金槌を振り下ろす。 「ママァーーーーッ、ママァーーーーーッ!」 「うるせえっ!」 次の瞬間、頭部も染みと化した。 「あっ、いけねー。やりすぎた。(棒読み)」 「デ、デエエエエエエ・・・。」 親は完全に失意の中にいた。次の瞬間、 「オロロ〜ン、オロロ〜ン、オロロ〜ン!」 弱っているにもかかわらず声を上げて泣き始めた。 「うるせんだよ!糞蟲!」 俺は半分つぶれた親実装を蹴り上げた。 「デギャッ!」 これで十発。そいつは冷たい床に叩きつけられた。 俺はドリンク付けの偽石を抱えて物置の出口に立つ。 「今日はこれで終わりにしといてやるよ。明日もやるからせいぜい体を治して おくんだな。」 「デエエ・・・アナタは良いニンゲンさんではなかったデスゥ?」 「バーカ!殴りたいって言うような人間にいいやつなんているわけねーだろ! 言っとくけが、子どもは連れて行くとは言ったが、面倒見るとは言ってない。 まあ安心しろ。金はやるからな。」 俺はその言葉を言い終わると、親実装の頭に注射器を刺した。中に入っているのは 即効の回復薬だ。大学の研究室からくすねたものだ。明日までにはもとの体に 戻っているだろう。そして親実装の両目にわさびを塗りつけた。 「デギャアアアアアアアアッ!」 「子どもが生まれるようにはしといてやるよ。まあ、おまえの根性次第じゃ 次に生まれるやつらも死ぬことになるけどな!」 そして物置に鍵をかけて母屋へと向かった。
