長い雨 −−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−− とある小さな公園… カビが生え崩れかけたダンボールの固まりが大量にひしめくように並ぶ場所。 月の光が僅かに薄暗いながらも辺りを照らす中、 そこに、目立つ姿の実装石が、真新しいダンボールの家を建てていた。 建てるとはいえ、ソレはほとんど完成された物であった。 天井に”レタス”や”キャベツ”と書かれたそのダンボールを横にして繋いだ物体は、 本来の開閉する天井が”錠”がついた出入り口になっている。 そして、その出入り口のあるほうには、一面に文字を隠すように、繋ぎ合わせたチラシの裏であろう、 ツヤのある白い紙が貼られ、下手な絵でカラフルな花柄が描かれていた。 実装石は形を組み立てたダンボールを何度か揺すって、 ソレが崩れたり土台がズレたりしない事を確認すると、満足した笑顔でその前面の絵を眺めた。 取っ手らしき”錠”を捻ると扉を開閉して、さらに満足そうに「デスゥ〜♪」と小さく声を上げて、 両手を口元に当てて、誰が見ているわけでもないのに喜びを表現した。 そして、花柄の描かれた壁紙の一部を愛とおしそうに何度も手でなぞった。 そこには、マジックペンで【ミーちゃん達の家】と大きな字で書かれていた。 その実装石は、シルク地の豪華で真新しい実装服に身を包んでいた。 胸元には普通のものより大きめのフリルが付いた純白の前掛け、首には大きな黄色いリボンがあり、 リボンにはプラスチックの安物ではあるがキラキラと月の光を反射する大き目のカメオ(飾り)が付いている。 さらに、実装石の顔を模したポーチを肩から提げ、専用の大きさの水筒も提げ、背中にはリュックを背負っていた。 靴には、標準の靴ではあるが、ゴムの靴底が縫い付けてある。 耳には右耳にやはり黄色いリボン、左耳には見た目に安物ではあるが飾りが付いている。 髪も後ろ髪は2つの束に分けられ、左右にそれぞれ黄色いリボンで纏められている。 その清潔さを表すように、亜麻色の髪が月の光に反射している。 何処から、そして、人間が見ても実装石が見ても、間違える事なき飼い実装である彼女は、 家の出来に満足すると、草むらに向かって小さく「デスゥゥゥゥン…デスゥゥゥゥン」と甘い声を出す。 草むらが揺れると、色々と物を抱えた4匹の仔実装が姿を現す。 仔実装は、カメオや耳飾の様な人工的な装飾品こそ付いては居ないが、 親と同じく清潔なシルク地の実装服にゴム底の靴と、頭に大きなリボンを身に付けていた。 もちろん、水筒とポーチも身に着けている。 手にはそれぞれ、ステンレスの餌皿・水皿、餌の入った袋、沢山のタオル、新聞紙、 玩具、何に使うか判らないガラクタなどを持っていた。 仔実装達は、それを家の中に運ぶと、もう一度茂みに走っていき、再び荷物を持って家に入る。 仔実装たちが全ての荷物を運び終わると、親実装はもう一度正面から”新しい我が家”を眺める。 そして、胸の大きなワッペンに手を当てる。 そこには同じ字体で【ミー】と大きくかかれてあった。 彼女にとっては、コレが大切な飼い主との絆であった。 −−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−− 数日前… ミーは、ある男の家で飼われている飼い実装石であった。 それほど裕福な生活は出来ないが、粗雑に扱われる事も無く、 ミーも過度な要求はせず、男の家事の手伝いをしたりして、つつましい協力関係が続いていた。 ミーは生まれた時からペット実装として育ち、人に飼われる事の大切さを本能に生きてきた。 それだけが、ミーの至上の幸せであった。 そのために食欲に耐え、物欲に耐え、性欲にも耐えた。 わがままを言わず、自らに与えられたダンボールの家は自分で常に清潔にし、何にでも素直に従った。 そうすることが当たり前のこととして育つのが何代も人に飼われて育ったペット実装の実装生であり、 それでも、実装石という生き物としての本能との激しい葛藤があった。 しかし、ミーは、それに耐える事を至上の幸せとした。 そして、男も過度の要求はせず、貧しいなりにミーを可愛がった。 ミーが仔を産んだときも、引き取り手を捜し、残った仔をミーと共に育てた。 しかし、ある日、ミーは男の口から信じられない言葉を聴いた。 「お前達を飼えなくなったんだ…」 ミーは飼えなくなったと言う言葉をはっきりと理解できた。 「転勤というか半年の長期出張で、遠いところへ行くんだ。わかるか?遠いところ」 ミー達は頷いた。 愛を注いでくれた飼い主が遠くへいってしまう。 転勤や出張の意味は理解できないが、遠いところに行くという言葉は理解できた。 「そこの寮は動物厳禁で、実装石も飼えないんだ…。 ここもそのままだと家賃が掛かるから解約するし、お前達を預かってくれる親戚や友人も居ないし、 実装ショップにそれだけの期間預けるだけのお金も無い…。 どうする事も出来ないんだ…」 ミーは訳もわからずにコクコクと頷く。 ミーは、人間の言葉は大部分が理解できる。 しかし、数多く単語はわかっても、人間の事情を含んだ複雑な”会話”になるとその意味を完璧に理解する事は出来なかった。 ミー達は飼い主の心痛な声や、理解できる単語から、自分達なりに、 ”飼い主は事情で自分達とは別の生活をする”という事を何とか理解した。 「テェェェェェェェェェテェェェェェェ」 一番小さい仔が大声で泣き出す。 ミーは3回、仔を産んだ。 最初の仔は5匹産んで4匹が里親に引き取られた。 次の仔は4匹産んで2匹引き取られ、最後の仔は7匹産んで6匹が引き取られていた。 ミーには大きさの違う4匹の仔があった。 ミーは、静かにその一番小さい仔を抱き寄せて膝上で抱きしめてあやした。 「ごめんな…お前達は連れて行けないんだ。 お前達は、この近くの公園で生きていて欲しい。 我慢してくれ…半年…それが終わったら、戻ってこれるし、その時には昇進して少しはいい生活も出来る。 その時には、お前達と一緒に居られるようになるから… だから半年…公園で生活していてくれないか? 勿論、ずっと俺と一緒だったお前達が、野良の蔓延る場所で生きていくのは辛いと思う。 でも、賢いお前達ならきっと公園でも生きて行けると思う。 だから、俺も出来る事をするよ…合いにもこれないから、せめて…」 ミーはなんとか時間を掛けて男の言葉を理解した。 ”半年”という期間、男と離れなければいけない。 しかし、”半年”その場所で生活できれば男が戻ってくる。 そして、その時はまた男と生活を共にできる。 しかし、その間は、その公園で自分達だけで生きていかなければならない。 男にはそれしかないのだとミーは思った。 男は懸命に説得した。 この部屋に残っても、半年…それは一日の何日も長い時間で…それではミー達が飢えてしまう。 適当な場所に放置されたら、ミー達がどうしていいかわからないだろう。 半年後に戻ってきてもそれでは探せない。 まして、町だと自分の知らない人間という脅威と接する、野山だと野生動物という天敵だらけだ。 野良が居る公園なら、人間、野生動物、どちらとも接点が少なくなる。でなければ野良たちは生きて行けない。 大きな公園だと、すぐに駆除が入るし、野良もコミュニティーを作るので、 元飼い実装などは徹底して迫害されるのは明らかだ。 なにより、自分の行った事のある公園はそこしかない。 そう何度も丹念に説得した。 ミーは考えた。 自分達はずっとやさしい飼い主と一緒にいたい。 例え、今までもそうだったが、一日の大半、飼い主は居ない生活であっても、 安全な家で彼女達が理解し待てる期間の間には必ず帰ってきて、一緒に遊んだり側に居られる方を選びたい。 飼い主は留守にすることが多い。 それでも、必ず帰ってきてくれる場所に居る安心感には変えられない。 それに外はとても怖い…彼女は外の生活を経験した事が無い。 しかし、彼女は自分の中に湧き上がる不安感と言う名の我儘を何度も飲み込んだ。 我儘は飼い主を困らせる。 我儘は捨てられる原因だ。 我儘を押し通そうとすれば、絶対に、飼い主に合えなくなってしまう。 ミーには他の選択肢を考え付くほどの知能はなく、男の言葉に大きく首を振って受け入れた。 男は物分りの良いミー達に喜んだ。 男は翌日から盛んに準備を進めた。 突然、彼女達にキレイな実装服を買い与えたのだ。 表地がツヤツヤしたシルクの実装服。 裏地はちゃんと元からの実装服で作られており、肉体の再生力が落ちない心遣いがされている。 仔実装の服もそうだ。 そして、下着もシルクの下着を渡される。 靴には長時間歩いてもボロボロにならず歩きやすいようにと、ゴムの底が縫いつけられた。 純白の大きな前掛けもある。 そして、ミーの首には、ミーがうっとりするキラキラ光る飾りの付いた大きなリボンが結ばれる。 仔実装には首に掛けて頭で結ぶリボンが渡され、ミーが仔達に付けてやると、 4匹の仔達も大変喜んだ。 そのリボンを結んでやる最中のミーの耳に男がさらにリボンを結び、髪を整えてリボンで束ねる。 ミーは男に愛されているという実感で嬉し涙が流れた。 きっと、他の野良と間違えないように、こうしてキレイな服や飾りを付けてくれるのだ。 これは、ワタシ達への愛情の現われだ。 これが、ワタシ達と飼い主の絆なのだと思った。 男は次の日も沢山のものを買ってきた。 「お前達が俺を待っている間、ちゃんと生きていく為に、そして俺のことを忘れない為にね…」 仔達にボールやミニカーを渡しながら男は言う。 そして、ミーの頭巾の左の耳の部分を切り取り、耳を露出させると、 「デェッ!」パチン! ヘンな機械で耳が挟まれ、痛みが走る。 ミーはそれに呻きを上げたが、抵抗することなく…耳に手を当てたい欲求すら我慢して成すがままにされた。 痛みの残る耳に男が何かをつける。 そして、男が鏡をミーの前に置く。 「似合っているよミー…」 鏡はちゃんと理解できる。 そして、そこに映っているのが自分であることも。 そこには、きれいな服に身を包み、カワイイリボンに耳にはピカピカ光るピアスが付いた実装石が居る。 「デスゥ…」 あまり大げさな声は出さないが、ミーは、その姿に思わず口元に片手を当てて小首を傾げていた。 両頬がはっきりわかるほど赤くなっている。 「これがワタシデスゥ!?とてもピカピカデスゥ…信じられないデスゥ〜」 媚びるという事は、ペットとして育ったミーには厳禁であると強制されている。 男との生活でも、その必要が無かったためもあるが、 ミーは”媚び”が”何であるか何のためにするのか”すら理解できないほど代を経た世代のペット実装だ。 しかし、本能から完全に消え去ったわけではない。 ミーは突然の事にどう反応してよいかわからずに、咄嗟に喜びを表現する行動にコレを選んだ。 「ああ、似合っているよ…これで、何処から見ても他実装とミーを間違えたりしないよ」 そして、ミー達は、生まれて初めて、飼い主と共に風呂に入れてもらえた。 今までは飼い主は準備をしてお湯を出してくれるだけだった。 ミーは、飼い主に買われた時から一人で身体を洗うことを身に着けており、 その時教えられていた”風習”に従い一人で体を洗い、甘えたい欲求を押し殺していた。 そして、仔達にもきつくそれらを戒めてきた。 しかし、今日は飼い主の許しを得て人間と共に入浴するのだ。 初めて人間の手で身体をキレイにしてもらい、 今まで使った事が無い豪華な…肌のツルツルするシャンプーで体を洗ってもらい、 髪にはトリートメントというものを使って貰った。 今までは安い実装印の実装石鹸で、身体も髪も服も洗っていた。 それが、今日は飼い実装なら誰もがあこがれるヴィダルデスゥ〜ンの”プレミアム”ソープにトリートメントだ。 「髪がサラサラデスゥ〜♪お肌もツルツルしっとりデスゥ〜ン♪」 「ママー!髪がサラサラするテチィィィキラキラ光るテチィィィ」 「イッパイあわあわテチィ〜!!とってもイイニオイテチィィィィ♪」 「オネイチャンの肌がモチモチテチィー、ワタチもモチモチテッチィ♪」 「ご主人様くすぐったいテチィ♪もっとアワアワさせて欲しいテチィ!」 初めて人間に洗われる…たったそれだけのことなのに、 ミー達は言い知れぬ快感が沸き起こるのを止められずに、 今まで上げた事のない甘い声で泣き、 可愛いと思う仕草をして、それを自らで確認し、さらに飼い主にも自分の姿を見せつけ、 さらに、もっともっとと要求した。 洗う指にも甘えた。 ただ、その要求は天然野良どころかペット実装としてもささやかな要求のレベルではあった。 いつもの風呂桶で湯に浸かり、シャワーで泡を落とすと、人間の大きな浴槽に入れられる。 初めての大きな浴槽…。 ミー達はビニールのアヒル型浮き輪を身に付け、チャプチャプと足が届かない浴槽を泳ぐ。 飼い主と一緒…そして、初めて”泳ぐ”感触を知った。 溺れるという不安感をなくすために、幼い頃、ミーは浮き輪を使った事は覚えている。 まだ、飼い主と出会う前…。 あの時は水への恐怖心をなくす調教で、浮き輪があれば溺れない事を学ぶ為に、 わざと生後間もないミーは何度も溺れさせられ、そのあとに浮き輪を付けられて足の届かない水に浮かせられた。 あの時は、恐怖だけで”泳ぐ”という実感は存在しなかった。 ミーは、我が仔達にも同じようにして浮き輪を覚えさせた。 そして、ミーと同じように、人間と一緒の浴槽を使わない為に、浮き輪で”泳ぐ”機会は無かった。 しかし、ミー達は、今、その恐怖心なく泳ぐ事を楽しむ事を許された。 浮き輪の両端をしっかりと握り、たどたどしい足つきで浴槽を泳ぐ。 次第に慣れてくると、仔達から笑いが生まれてくる。 暖かいお湯の気持ちよさも手伝って、ミー達は天国に居る気分を味わう。 「テチテチテッチィ」 「テチャーテチャー♪テチュ〜」 「テピャ!テチテチィーテッチィ〜♪」 「テーチューテーチュー♪」 やがて緊張感がまるでなくなったのか、浴槽のお湯が徐々に緑色になる。 緊張や恐怖で排泄口が締まる様に調教されたミー達でも快感には逆らえない。 人間が苦しい事より快感には逆らえないのと何も変わらない。 それでも、ミー達は実装石である為に、ごく単純な事でも肉体的・精神的に快感を感じてしまう。 だから、人間の都合の為に快感にもある程度逆らうように調教されているのだが、 それでも、排泄口のゆるみが抑制できないほど気持ちが良かったのだ。 「お前達!湯船でお漏らしするのはイケナイ事デス!なんて事をしているデス!」 流石にミーは、それに気がついて顔を青ざめさせ、すぐに真っ赤に戻って声を荒げる。 「今日はいいんだよ…ミー…皆で居られるのは今日が最後… お外で暮らせば、暖かいお風呂も味わえなくなってしまう 当分味わえないのなら、今日ぐらいは無礼講だよ」 男はそういって、手を上げたミーの手を阻止して、仔実装達の頭を指で撫でる。 ミーは阻止した男の手を両手で掴んで甘えた。 ミーは男の愛情に心酔したのだ。 いくら清潔に保たれているとは言え、人間にとって自分達の糞は不潔なもの。 たとえ今日だけとはいえ、仔達の粗相を許して、その糞が解けた湯船に一緒に浸かってくれている。 ソレは、飼い主のとても大きな愛情なのだとミーは思った。 そして、その愛情に報いる為に、ワタシ達は、絶対に飼い主が戻って迎えに来るまで、 厳しい外の生活に耐えなければいけない。 厳しい外の生活でも、つつましく、清潔に、そして、この飼い主に飼われている誇りを失わずに…。 湯船ではミーを加えて、5匹の実装石が泳ぎを楽しむ。 一番小さな仔が、不意にみんなのはしゃぐ波に掬われてバランスを崩す。 横転し、浮き輪が胴体から離れ、仔実装が沈んでいく。 しかし、すぐに男が掌で救い上げる。 溺れかけ、恐怖に青ざめた仔実装が懸命に指にしがみ付く。 「メー、大丈夫だよ」男が笑う。 メーと呼ばれた一番小さな仔は、男の掌で水面に上がっても、 僅か一瞬でも溺れお湯を飲んだ恐怖に腰を抜かし、両足がガクガクと激しく震え、プリプリと便を垂れる。 メーが息が出来る事に気がついて目を開けると男の笑顔がある。 「テッ…テェェェェェェェン」 男の指に頬を寄せて泣き出す。 「ほら大丈夫だろ?」 男の声にコクコクと泣きじゃくって蒸せながら首を縦に振る。 安心だった。 男の掌の上は…。 男が指を立てたまま手を僅かに沈める。 仔実装は立てた指に懸命にしがみ付く。 しかし、メーの顔は笑っている。恐怖心はない。 男の掌と言う床は、絶対にメーが溺れる深さには降りない…その安心感がある。 メーは男の指に捕まって、懸命に身体を浮かせる為にバタ足をする。 実装石の身体は、身体に占める肺の大きさが小さすぎて浮き袋にはならない。殆ど無い者すら居る。 胃も、その消化吸収力を高める為に、常に特殊なバクテリアを養殖するための胃酸で満たされている。 皮膚構造もそうだ。容積に対して比重が重い。 さらに、身体に対して頭が大きく手足は短く、簡単に沈みはしないが浮く要素も泳げる要素もない。 まったく、釣りの浮きに近い。それも、全身が水没する浮きだ。 そして、泳げない事を実装石自身は良く知っている。 それでも、メーは、浮き上がらない身体で懸命に泳ぐ真似事をする。 「テチテチテチテチテテテテテッテチ」 メーの顔は笑顔だ。 男の提供する安心感を享受したいのだ。 その様子を見て、次に小さい2匹の仔実装が次々に自ら横転して、浮き輪を脱ぐ。 男は、慌てて、メーを完全に自ら出して浴槽の縁に置くと、 両手で2匹を救い上げる。 2匹がメーの真似をする。 その様子に、メーが暇をもてあましたのか、再び縁から浴槽にダイブする。 男は今度は2匹を縁に乗せ、メーを救い上げる。 それが何度も繰り返される。 「メー、ピー、ポー…やめるデス…ご主人様が困っているデス…」 ミーは、浮き輪によって上半身を水面に出し直立したまま、不器用な脚の動きで泳いで、 男が救い上げ、縁に腰掛け今にも飛び込みそうなメー達を宥めながら拾った浮き輪を差し出す。 「ははは、メー、ピー、ポー、キー…順番だよ順番…ミーも泳ぐか?」 「ワ・ワタシは大きいデス…ご主人様には迷惑デスゥ」 男はリンガルを見て笑う。 「大丈夫だよ…受け止めるから」 ミーは断ったが、やがて風呂場は飛び込み大会が始まった…。 浴槽を出たミー達は、もう一度身体をきれいにされ風呂場を出た。 実に1時間の長風呂だった。 男は、さらに一人で体を洗い、浴槽を洗っている。 身体を拭こうにも、火照ってフラフラするミー達。 ミー達は、身体を拭くのを諦め、板張りの床でタオルの上に全裸で大の字になって、 自然に任せて体が冷える感覚を味わう。 これも、なんともいえない快感だった。 フワフワのタオルの上、自然の空気が火照った身体を冷やし、 床の冷たさもタオルを通して程よくミー達に涼しさを提供する。 「こらこら、風邪を引くぞ」 男の声にミー達が驚く。 危うく気持ちよさに眠りに落ちる寸前だった。 そして、1匹づつ捕まれてドライヤーの風を当てられる。 ドライヤーも、ミー達には初めての経験だった。 ドライヤーが終わると、今度はやはり1匹づつ耳を綿棒で掃除してもらった。 さらに、ベビーローションを全身に優しく塗って貰う。 全てが生まれて初めての事に、ミー達は肉体的にも精神的にも満たされた。 もはや、抑制された媚を抑えることも出来ないし、抑える努力もしない。 ミーですら「テチュテチュ♪」と仔実装声に戻って身をゆだね、 髪を見せ付けるように跳ね上げたり梳かしたり、その仕草の最中も片手は常に口元にあった。 一番小さいメーにいたっては、男の指にしがみ付き、 本能の欲求にしがみ付いたまま、男の手首や掌に腰を振り排泄口を押し付けた。 「テリュゥウ〜ン♪テリュゥ〜ン♪テレェ!テレェ!テチュゥゥゥゥゥゥー…テェ…テェ…」 ついには、絶頂まで味わう始末…。 もはや、1時間以上前のおしとやかな実装石の姿は無い。 本来なら、男…飼い主に酷い目に合わされるという恐怖心がソレを抑制する。 ”第8世代ペット実装”そう呼ばれるミー達は、別にこの男にそうされた訳ではないが、 こうすればこうされるという記憶を有している。 別にミー達が8世代目というわけではない。 まったく新しい理論と用法によって8世代掛けて、8世代分の記憶を保有する様に生み出されたペット実装の名称だ。 実装石は母体の単純コピーであるという理論によって作り出されている。 親仔孫…代々厳しい躾を受け、薬品漬けにされ、さらに賢い仔のみを選出し、 徐々に何をすればどうなるかの記憶を受け継がせ、 親から受け継ぐ本能からして人間に飼われるに相応しいペットにする。 弾かれたモノ達は仔を産めば、良くて選ばれたモノの仔達の記憶を固化する為に、次の世代の目の前で惨殺される。 8代…それだけ掛けて、ようやく、最低でもに人に飼われるに相応しいレベルの仔のみを生める様になる。 そのペット実装から生まれた仔の系列が”第8世代”と呼ばれる。 その8世代までは、人に”飼われる”温もりを知ることなく、ひたすら教育と薬品の副作用に苦しんで仔を産み死んで行く。 その事も含め、過度の反復教育と薬品漬けの悲惨さ、死の間際にすら次世代の見せしめとなる陰惨さから、 愛護派はおろか、虐待派からすら意見の賛否が分かれていた実験実装である。 多産の実装石ゆえ、核となるもっとも優秀な8世代目の出産石1匹を生み出すために、 1匹が6匹前後生むとしても、実に軽く20万匹以上が犠牲になるのだ。 だが、それだけに欲する人間も多い。 一時期は、市場に出回ったが、何故か以降にこの実装石は下火となり、 相変わらずの高額ではあるが、細々と実装ショップで稀に取引されるだけとなった。 この男が如何にして、この希少で高価なペット実装たる家系のミーを手に入れたかは不明だが、 この男が口で軽く戒めるだけで、彼女達の脳内では自然と、 その叱責の行き着く先をイメージとして、また、現実的な痛みや恐怖として蘇らせる。 それでなくても、実装石としての本能は大部分が書き換えられて、封印されているだけに戒める必要すら少ない。 しかし、人間が未だに原始的な思考脳を持って生まれるように、完璧な実装石らしさをなくすことは出来ない。 第8世代ペット実装が普及しなかったのは、8世代経れば知能の成長が限界に達したためだ。 彼女達の知能は、結局、8世代経ても、普通の種に稀に生まれる賢い仔実装を超えることは出来ない。 成長性・遺伝による進化が停滞してしまうのだ。 その割りに生み出すのに前記の投資と手間暇が必要になる。 ミー達も、普段は賢いペット実装以上の事が出来るわけではない。 ただ、普通の実装石より道徳・倫理観が安定して備わっているだけ飼いやすく糞蟲化し難いだけである。 それだけに、今や快楽に支配されているミー達は2つの本能に支配され本来のままの実装石に限りなく近い。 ミー達は何も考えられないまま流されるだけであった。 マッサージを受けると、今度は洗濯が終わって干されている、あのキレイな実装服を再び身に纏う。 さらに、5匹分のサイズに合わせた肩提げのポーチや水筒が用意されている。 ミーには大きなリュックも用意されていた。 「これにはお前達が生き抜くための大切なものが入っている。 ポーチには非常食と実装フォンが入っている。充電の仕方はわかるだろ? ミーのリュックには家族全員の非常食と実装活性剤、 元の持ち物じゃないしすぐにダメになるだろうからシルクパンツの換えも沢山入っているよ。 それに、非常時に備えて、本来のお前達の実装服や下着も残して入れてある。 余裕があるから、ミーが大切で緊急の時に必要だと思うものに入れ替えて使いなさい」 仔達は早速、ポーチから実装フォンを取り出して姉妹同士で通話したり、その姿を鏡に映して踊っている。 ミーも、リュックに大量に納められた全員分の大量の純白のパンツを見て感激したり、 リュックを背負った姿を鏡に映したりしている。 ミーはこの時、自分はちゃんと男の言葉を胸に刻んでいるつもりだった。 深く考えずに、”コレだけ気を使ってくれる主人の愛”に心酔していた。 そして、男がチラシを繋ぎ合わせ、裏面の白い部分をテーブルに置く。 「さぁ、君達の家を飾る絵を皆で描こう。 他の家と違えば、見つけやすいだろ?」 こうして5匹は紙に思い思いの絵を描いた。 この時は、離れて合えなくなる事すら忘れ去って夢中で絵を描いた。 その間に男がダンボールハウスを細工する。 スーパーでもらった野菜のダンボール箱を2つで出入り口を作った片方の底を切り取り、 2つを繋げて大きな奥行きの家になるように作る。 見た目に明らかに実装石の手で簡単に工作できる家ではない。 そして、その絵がミー達の家に張られる。 「キレイデスゥ…これならちゃんと判るデスゥ…」 「組み立て方は判るね?野良の襲撃にも、長雨にも耐えられるように厚手の箱を選んできた。 大きくて重いし、組み立て難いけどお前なら丈夫だよ。 ほら、この底の無い方を横にして、こっちの底の無い方をこうしてはめて… 組み立てたら、コレをここにハメ込めば崩れない…。 持って行くときはこっちも外して畳んでしまうけどちゃんと組み立てられるね? 扉も工夫してあるから、この取っ手を横にしてこのピンをすれば、留守にしても他の連中には開けられない。 内側にもかんぬきがあるから、それをすれば外からも開けられない。 お前なら大丈夫だね?」 「ハイデスゥ!キー!お前ももう少し大きくなったら操作できるデス、もしもの為に覚えておくデス」 「ハイテチィ!ママ!」 そして、別の小箱に手分けして必要な荷物をつめていく。 食べ物、今日使ったばかりのシャンプーやリンスの残り、愛用の食器、実装スプーン、 実装フォンの充電器、貰ったばかりの玩具、使い慣れた寝具のタオルに枕、身体拭き用のタオル、 床材の新聞紙、お風呂用浮き輪、シャンプーハットに実装ブラシ、綿棒にローション、 愛用の櫛に手鏡…etc.etc… 園芸用デスゥコップに、小さな鉢でずっと育てた名も知らぬ草までも詰める。 いらないものも数多いが、そこは実装石のレベルの限界であろうか、 それとも、まだ、正常な判断が出来ないからであろうか…。 とにかく荷物の量は膨大になった。 最後に男がワッペンに5匹の名前を書いてそれぞれに付けていく。 そして、家の飾られた壁に【ミー達の家】と描いて、ダンボールを畳む。 いよいよ、男と別れる日が迫った…。 その夜、ミー達は不安に涙しながら寄り固まって眠りに落ちた。 翌日の夕方…ミー達は男のリュックに入って公園に入った。 手には折りたたんだダンボールを持って…。 そして、人間を見つけて寄り集まる実装石を適度に相手してやり過ごし、 いつしか実装石の関心や警戒心が薄れたときに金平糖をぶちまけて、彼らの深入りしない茂みに身を隠した。 そこでミー達を荷物と共にリュックから出す。 そして家を置く。 「いいかいミー…お家は日が暮れて様子を見て、あの集落の空いたところに建てるんだ。 野良実装の大半は昼間動くと、夜にはお前達以上にグッスリと眠りに落ちる。 その間なら邪魔はされない。 今日は沢山の金平糖を撒いて、あいつらは奪い合いで疲れるだろうから大丈夫だ。 朝が来て横に新しい家が建っていても、野良の知能ではいつ出来たかなんて気が付かれず、 あの集落の輪に入っていける。 例え、お前がキレイに着飾っていても前から居たと思わせれば自然に溶け込める。 逆に離れたところに建てると、新参者が来たといつまでたっても嫌がらせをされる。 判ったな?」 「ハイデスゥ!わかりましたデス」 「「テチュー!!」」 「人間のものは極力外には出したり見せたりしない事、ご飯を食べるときも家の中で食べるんだ。 手持ちの餌は十分な量じゃないが、外出もなるべく避けるんだ。 臭いだろうけど、ウンチは家の近くに捨てなさい。臭いで野良達の警戒心を誤魔化せる。 野良生活の長い実装石は、最初は良くても、いつまでも人間臭を漂わせていると不快感から目をつける。 あと、野良たちの言うことには、どんなに優しい言葉にも絶対に気を許しちゃダメだよ。 お前達は賢いけど優しいから利用しようとするヤツが絶対に居る。 せいぜい、挨拶するぐらいの付き合いにするんだ。 お前達が、あんな野良のような連中と一緒に染まるとは思わないけど… いいか、どんなに苦しくても、お前達はお前達だけの力で生き残るんだ… リンガル首輪を外すよ…コレで探知機でお前の居場所は探せない。 でも、付けていたら絶対野良たちに怪しまれるからね」 「ハイデスゥ!わかりましたデス」 「「テチュー!!」」 男は次第に泣き出した。 「じゃあ…達者で…無事に生き残ってくれよ」 ミー達は去り行く男の後姿を、律儀に声を押し殺し、 追いかけたい気持ちを親姉妹で抱き合って泣く事で我慢した。 男の残した忠告の全てを胸に刻んで。 男が泣いたのは、 心から私達と離れる事が辛いから… 心から私達の心配をしているから… 心から私達を愛してくれているから… 男の教えてくれた事は、ミー達の小さな脳味噌の知識に照らしても、しっかりした教えだった。 「ガンバルデスゥ…ワタシ達はガンバルデスゥ! 家族で力をあわせて、ご主人様が迎えに来るのを待つデスゥー… どんなに苦しくても、ワタシ達は負けないデスゥ! 一日の何日も長い間でも、ちゃんと待つデスゥ!」 そうして言われたとおりにミー達は茂みの中で夜が来るのを待っているのだった。 皆で描いた花柄の壁紙の扉の上で寄り添うように丸まりながら… 季節はやや肌寒い春が過ぎていこうとしていた。 心地よい暖かさと蒸し暑さを繰り返しながら、徐々に梅雨の季節を迎えようとしていた。 「冬になる前だよ…」 男の言葉が思い出される。 「季節わかるデスゥ!春はサムイのにアタタカイ、ピンクのサクラの季節デスゥ 夏はとってもアツイアツイ、黄色いヒマワリの夏デスゥ 秋はアツイのにスズシイ、葉っぱが赤くなる季節デスゥ 冬はとってもとってもサムイ、白し白い雪の季節デスゥ」 飼い主は…男は…世界が真っ白になる前に迎えに来てくれる。 それを信じることだけがミー達の心の支えでもあった。 −−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−− 彼女達は気が付かなかった。 男の行動や言葉に矛盾が多い事を…。 もし気づいたとしても、だからといって所詮は飼われているだけの実装石に、 反論したり、反発する事は出来ない。 そもそも拒否権も与えられていないのだからどうしようもないのだろう。 だが、そんな事は関係無く、 廃れかけた【第8世代ペット実装】と呼ばれる実装石の家系のミー達一家の長い長い屋外生活が始まった。 そこは、人の思いの届かない実装石だけの世界… −−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−− 長い雨…つづく

| 1 Re: Name:匿名石 2016/12/04-16:14:09 No:00003037[申告] |
| 怪しい、愛誤派ならともかく愛護派がそんなことをするかと思ったらやっぱり裏があったのか
最初は飼い実装が「捨て」られるところから始まるなんて覚えてなかったなあ |
| 2 Re: Name:匿名石 2016/12/10-21:03:08 No:00003110[申告] |
| どう考えても捨て実装の観察目的よねこれ。未完で終わってるのが非常に勿体無い |
| 3 Re: Name:匿名石 2016/12/10-23:29:37 No:00003111[申告] |
| 裏については全部ではないけど後の回でほぼ明かされてるね
明かされたうえでどうなるかが見たかったなあ |