帰宅した男がコンビニ袋を開けると仔実装がいた。 店から出てきた客の袋に仔を投げ込むという 古典的な託児方法に引っ掛かったのだ。 ほとんどの場合、袋の中身は無残に食い荒らされ、糞まみれにされてしまう。 そして袋を開ければ、お決まりの媚や暴言との御対面である。 幸か不幸か、その仔実装はずいぶんと違った。 彼と目が合うや否や、ペコリとお辞儀をしたのだ。 「テチ」 慌てて起動した携帯のリンガルには ”はじめまして、ニンゲンさん。どうか私を飼って下さいテチ” と表示されている。 夕食となる弁当もサラダも手を付けられた様子はない。 それどころか袋の中には一滴の糞さえ漏らされてはいなかった。 よほど賢いのか、親の躾がよかったのか・・・ 夕食が無事だったことが幸運だとすれば、 不幸は仔実装が賢い、良い仔だったことだろう。 男の部屋は、ベランダから玄関まで5mもないワンルーム。 この広さでペット可なのが不思議なぐらいだ。 この環境でペットを飼いたいと思う人間は多くない。 飼うにしても、せいぜいが小鳥や金魚、小型の爬虫類まで。 実装石と寝食を共にしようと考える人間は少ないだろう。 彼の答えも当然ノーなのだが、この仔実装を処分するのには躊躇いがあった。 以前に託児されたような糞蟲であれば、殺して生ゴミにするだけなのだが こうも良い仔にされると虐待派でない彼には抵抗がある。 公園や空地に放すのも可哀想だ。 手を下すのが自分か、そうでないかだけの違いだ。 ならば、答えは一つ。 『可哀想だが、俺はお前を飼うつもりは無い。』 感情を押し殺した声で男は言い放った。 「テ!?」 「で、でも、ワタシ一人じゃ生きて行けないテチ。どうか飼って欲しいテチ!」 『俺はお前を飼うつもりは無い。』 「でも、でも……」 『同じことを何度も言わせるな。今ここで処分してもいいんだぞ?』 「テ、テエエ……」 へたり込んですすり泣き始めた仔実装に、 打って変わった穏やかな口調で彼は語りかける。 「そのかわり、飯を食い終わったら、お前を親のところへ返してやる。」 『……はいテチ…』 一度で聞き分けるのだから、やはり賢いのは確かなのだろう。 弁当を分け与えてやっても仔実装はまだ泣き止まない。 憧れの飼い実装になれるかも、という希望はあっさりと砕かれ、 この先生きて行けるかも分からないのだから仕方のないことだろう。 それを承知しているからか、男の声もすっかり優しいものになっている。 『そう泣くなよ。 託児された仔実装なんてのは、適当に捨てられるか、殺されるのが殆どなんだから。 飯を食って振り出しに戻るんなら、儲けものだぞ。』 男たちがコンビニへ戻って来たとき、親実装石は既に死んでいた。 車に轢かれたのだろう、下半身を完全に磨り潰され 胸から上だけしか残っていない。 変わり果てた姿となった親にすがりついて泣く仔実装に 男は背を向けて歩き出した。 これ以上関わりたくはない、そういうことだろう。 それでも気になるのか、男は何度か振り向いてみるが、 仔実装は彼に気づく様子はなく、ただ泣き続けている。 『ふぅーっ』 大きく溜息をつくと、男は仔実装をつまみ上げて歩き出した。 自分一人でも手狭に感じる部屋で 実装石を飼うなどは出来ない相談だ。 公園で生きて行ける大きさまで育てるのも難しい。 ペット用の躾の情報はいくらでも手に入るが、 野良で生きる知恵を与える方法など見当もつかない。 それでも何か手はないかと、実装石を扱ったサイトを幾つも調べた。 思い詰めていたのかもしれない、冷静さを失っていたのかもしれない、 あるいは、心のどこかに悪戯心があったのかもしれない。 男の結論は「初期型実装石のふりをさせる」という突飛なものであった。 曰く、カオスを実装した、あるいはカオスに実装されし存在。 曰く、いかなる虐待をもカオスで受け返す。 曰く、どこに捨てても三日で帰って来る。 などなど。 色々な噂が囁かれている、アレである。 近場の公園には同属食いの実装石のみならず、 虐待派も多いのだが、初期型実装石にはおいそれと手を出せないはず。 それが彼なりの結論だった。 真偽の程もわからぬ噂を頼りに仔実装に手を加えていく。 服の裏側にゴムを貼りつけ、ウエストをぎゅっと絞る。 締め付けられた胴が伸び、頭身が妙に高くなる。 頭巾に「6」を書き込む。 心を鬼にし、炙った針で目にスジを引く。 初期型実装石に似ているかどうかはわからないが、 怪しげな雰囲気を出すことには成功した。 少なくとも男にはそう思えた。 容姿の次は仕草だが、これは問題なかった。 ゴムに締め付けられて苦しいのか、 頭身が高くなってバランスが取りづらいのか、 仔実装の動きは素で怪しかった。 外見が整えば、次は中身だ。 『もっと低い声で』 「テス-」 『もうちょっとドスの効いた感じで』 「テズー」 『うん、いい感じ…ん?』 リンガルに表示された文字に目をやって絶句した。 ”初期型だぞー” もっと意味不明な文字がリンガルには表示されるはず、 それが彼なりの初期型実装石のイメージだった。 ”rgワタシ/? ヌヘ!4メユ初期テチ鮎・・・・ィ%テチ” こんなもんだろう。 1週間後、ようやく怪しげな言葉を話せるようになった仔実装を すっかりと日の落ちた公園に連れて来た。 「どうしても飼ってはもらえ…」 『元気でな』 仔実装の哀願を遮るようにゆっくりと首を振り、男は公園を後にした。 仔実装は彼の姿が見えなくなるまでポツンと立ち尽くしていた。 近いうちにコンペイトウでも持ってアイツの様子を見に行ってやろう、 公園から帰る道すがら、男はそんなこと呑気に考えていた。 自分がどれだけ危ないことをしているのかも知らずに。 彼は忘れている、実装石の思い込みの力の凄さを。 3日後、帰宅した男は見た。 リンガルでも訳せぬ言葉を発し、不気味な踊りをする、 あの仔実装、いや、かつて仔実装でだったものを。 「デスー」 それが口の端を吊り上げて笑った、ように見えた。 (終)
