男がじりじりと照りつける太陽の下でハンマーを振るって基礎杭を打っている。 一通り打ち終わった後、男はハンマーを下ろし次の仕事に取りかかろうとする。 そこへとしあきが声をかけた。 「よう。休憩にしないか。ついでにコーヒー奢ってくれ」 「……ああ…」 木陰に男ととしあきは腰を下ろし、ほぼ同時に缶コーヒーのプルタブを開ける。 「もうすぐチビがお前の家に来て一年になるな」 「……あの頃はお前…タバコを吸ってたな……」 としあきはそうだったっけな、ととぼける。 「…ブラウが嫌がるから……自然に吸わなくなった……」 「違うっての。俺の可愛い実装紅が禁煙してって涙目に頼むから健康のためにだな」 「……そういうことに………しておく…」 「ちっ 親バカ。その実装金と仕事と酒だけで埋まってる脳味噌に記念日のご予定は?」 「記念日のことは……実装伝言ログにも入れてない……ブラウを驚かせたくて…… ……今日…ペットショップに……注文の品が入る…」 「すっかりあそこのお得意さまになっちゃって、まぁ」 「…お前も……実装ゲロリを大量に買っていく客として……覚えられてるぞ…」 「あー。あーあー。まぁ、お互い様ってことだな」 としあきが空き缶をゴミ箱へ放る。 だが投げた缶はゴミ箱の縁に当たって外れ、としあきは舌打ちして空き缶を拾いに行く。 「ま、俺も金に余裕があったらチビの記念日を祝ってやるよ」 「……ありがとう…」 「余裕があったらって言ってるだろ」 そう言うと手でゴミ箱へ空き缶を直接捨て、としあきは仕事へ戻っていった。 男も空き缶を捨てると、としあきとは反対の方向へ歩いていった。 「それにしてもあいつ、チビを拾う前と比べたら喋るようになったな」 としあきの独り言は、誰の耳にも届かない。 「ただいま……」 「ママ、おかえりなさいカシラ」 いつものように濡れ布巾が渡され、いつものように手を拭き、いつものように男が洗濯機に入れる。 「…明日……」 「あしたカシラ?」 「…明日が……ブラウが来て丁度一年目…」 「あ……ブラウを、産んでくれたママが死んじゃった日カシラ…」 「後で……産みの親の墓に…卵焼きを供えよう……」 「お盆カシラ…」 ブラウはことあるごとに母実装金の墓に卵焼きを供えては『お盆』と言っている。 彼女なりの供養なのだ。男もそれに必ず付き合う。 「お盆は……後でしよう… その前に…お祝いだ……ブラウが来て、一年目の……」 「お祝いカシラ?」 「服を……買ってきたんだ…ブラウのために……着て見せてくれ…」 ブラウはいそいそと夏用の軽装から、男から渡された服へと着替える。 純白のツーピース。薔薇のワンポイントが胸についている。 それは、ウェディングドレスにも見えた。 「……あ……すまん…普通の…白い服を注文したんだ…が… なんだか……その…結婚式みたいだな……」 ペットショップの店員からのサービスか、何かの勘違いか。 「ううん。すごく嬉しいカシラ♪ ママ、似合うカシラ?」 「ああ……似合ってる…綺麗…だ………」 「カシラー♪」 ブラウは裾を持ってくるくると回っている。 「さぁ……ブラウ…産みの親に…その姿を見せに行こう……」 「はいカシラ。産んでくれたママにありがとうを言うのカシラ」 男はブラウに靴を履かせると、アパートの庭に出た。 手作りの墓標が色褪せている。いつまでも賃貸物件の庭に埋めておくわけにはいかないのだが、 男はまだブラウが母実装金を想う姿を見ると、そのことを言い出せずにいた。 ブラウが墓の前で小さな手のひらを合わせる。 「産んでくれたママ。ブラウは、新しいママのところで幸せに暮らしてるカシラ。 だから、天国で安心して見ててほしいカシラ。 今日は新しいママがすごく綺麗な服をプレゼントしてくれたカシラ。 一年前、ママが守ってくれたから今のブラウがあるカシラ。 本当に本当に、ありがとうカシラ……」 男は無言で新しい卵焼きを供えた。そして、母実装金の冥福を静かに祈る。 ——明日はとしあきを連れてこよう。アイツとなら、楽しい記念日になるはずだ。 そう考えながら、男は涙目になるブラウの頭の上に優しく手を載せた。 男は寝息を立てるブラウを起こさないように実装伝言ログのスイッチを入れる。 <……明日は早い…> <ブラウが起きる頃には……いない…> <…ただ、その分早く帰ってくる……としあきも一緒だ…> <……またバイオリンを弾いてくれ…楽しくやろう……> 実装伝言ログのスイッチから手を離すと、部屋の明かりをそのまま消した。 「よっし、酒はこれでいいな。つまみは?」 「……大丈夫だ…」 「それにしても、ケーキまで買うなんて本当に子煩悩だなお前」 「…楽しい記念日……だ…」 「わかってるわかってる。ま、チビをせいぜい元気づけてやるか」 男はいつものように部屋のドアを開けた。しかし、そこに広がっていたのはいつもの光景ではなかった—— ——何故? どうしてブラウが玄関で横になっているんだ? 血の池に横たわるブラウの双眸は見開かれたまま。男を見つめている。 ——白いドレスが……赤くあかくアカクなって ブラウの右腕は首元から千切り取られていた。 ——ナンダオマエハ ぶらうノウデヲモッテ ナニヲシテイル ブラウの細い脚を緑色の生き物が蹴っている。仔実装石だった。その両手には千切れたブラウの右腕が握られている。 ——ナニヲシテイル ナニヲシてイルナニヲしテイル ぶらうノ 「腕を放せぇぇぇ!!」 男ととしあきが弾け飛ぶように部屋の中へ駆け込む。 男はブラウの遺体を辱めている仔実装石を掴み、としあきは冷蔵庫を漁っていた親と思われる実装石を捕らえた。 成体実装石はとしあきに気付き、逃げようとするが遅い。としあきに首根っこを掴み上げられた。 部屋の奥から弦が何本か切れたバイオリンを持って中実装石が現れ、としあきの足をバイオリンで叩く。 「この糞蟲がッ!」 「ママを返すテスー! ママに何するテスクソニンゲン!」 「デスゥ! デズァ! 見逃してくださいデス! お願いデスゥゥゥ!!」 ブラウを蹴って笑っていた仔実装石は激しく抵抗した。ブラウの腕を振り回し、男に叩き付けた。 「放すテチ! 痛いテチ、このバカニンゲン!」 「放せ……だと…?」 「そうテチ、馬鹿力のバカニンゲン! 止めるテチ、い、痛……テチャー! ママ! 助けテベェ」 ぐちゃり 粘着質の音を立てて男の両手の中で仔実装石が潰れる。 緑と赤の液体が飛び散ると、男の視界も真っ赤に染まっていった。 ——殺した。こいつらが。ブラウを。ブラウを。殺した。殺し、死、死んだ? ブラウが? ブラウ… 「……うおおおおおおおおおおぉぉぉぉあああああぁぁああぁぁぁ!!」 心が壊れたかのような男の絶叫。その凄まじさに親実装石はパンコンし、中実装石は気絶した。 としあきですら、固まって動けなかった。 としあきはバスタブに親実装石と中実装石を放り込んだ。 「デスァ!?」「テスゥ!」 悲鳴など耳に入らなかった。 男のほうを見ると、涙腺が壊れたかのように眼から涙を流しながらブラウの体に触れようとしていた。 としあきは男の肩を強く引く。 「おい。チビの、ブラウの体を糞蟲の血で汚す気か?」 「あ……う…うあぁ…っ」 「来い、手を洗え。お前ブラウの腕を持ってたヤツを握り潰しただろうが。 これ以上糞蟲にブラウを汚させるつもりか? 来い、来るんだよ!」 「ああ……ぁうぐ…」 「覚えてないのか!? ボケてんなよ! しっかりしろ! しっかりしろよ、畜生!!」 男を台所へ無理矢理引っ張り込むと、男は盛大に吐いた。 一連の出来事はあまりにも突然で、あまりにもショックが強すぎたのだ。 放心している男の手に石鹸を握らせるととしあきは水道の蛇口を捻った。 吐瀉物も洗い流さなければいけない。 「違う。違う、こうじゃない。落ち着けとしあき。まず、お前がすべきことは何だ?」 としあきは自分に克を入れた。 「必要なのは何だ? 時間だ。コイツがショックからこっちに戻ってくるまで、まだ時間が要る。 それまでに、俺に出来るのは、ブラウの体を綺麗にしてやることだ。よし……よし…」 風呂場からデスデス聞こえてくる雑音と、割れた窓ガラスの処理を後回しにし、 男を台所の前で座らせると、綺麗なタオルを持って玄関へ回った。 玄関のすぐ前にブラウの遺体が横になっている。 ブラウの血をタオルで拭き取ると、眼を閉じさせ、左手を胸の前に置いた。 その数十センチ右には赤と緑の入り交じった、仔実装だったものの染み。 その中からブラウの腕を探し出すと放心している男の目に映らないように台所で綺麗に洗った。 よく見ると、千切れたブラウの右腕には上腕部が無い。 だが、探すのは後だった。としあきは綺麗にした右腕をブラウの左手と胸の前で組ませた。 ついでに雑巾で仔実装の残骸を片付ける。 「悪いな、ブラウ。ちょっと動かすぞ。ママが来るまでもう少し待ってろよ」 としあきは別のタオルでブラウの遺体を包み込むと、実装用のベッドの上に横たえた。 「痛かったな? 怖かったな? もう大丈夫だ。安心して眠っていいんだぞ」 ブラウの千切られた右腕の傷口から、灰色の突起物が見えている。 実装シリーズの体を知り尽くしたとしあきには、それが偽石だとすぐにわかった。 引っ張ると、何の抵抗もなく傷口から出てくる。 血を拭き取ると実装金の偽石特有の鮮やかな黄色は失われており、 実装シリーズにとって死の象徴である灰色に変わっていた。 「(ローゼン社の偽石活性剤。メイデン社の強力復石薬。研究所の友人からもらった実装延命用のアンプル……) ……へっ。何考えてるんだよ、俺は。実装石でもない限り、どんな薬でも蘇りゃしねぇっての」 失血が死亡の原因だったのだろうか、偽石が割れずに元の形を保っているのがせめてもの救いだった。 タオルを折り畳むと、その上に偽石を置く。としあきは深い深いため息をついた。 そして携帯電話を取り出し、現場の監督に電話をかける。 「あー、もしもし。おやっさん、俺です。としあきです。 おやっさんの知り合いにガラス業者がいるって聞いてたんで電話させてもらいました。 もしよければ業者さんに頼んで割られたガラスを取り替えに来てもらえませんでしょうか。 ……はい。はい。ええ、アイツの家に行ったんですが、実装石にガラス割られて家ん中に入られたんです。 はい。あ、はい。わかりました、今から住所を言います」 小一時間ほどすると、ガラス業者と現場の監督がトラックに乗ってやってきた。 「おやっさん、来てくれたんですか」 「おう、大変そうだったからよ。こりゃあ……」 割られたガラス。床に座って無表情で涙を流し続ける男。血塗れの服を着た実装金の死体。 夏の暑さで鉄錆のような饐えた臭いは部屋中に広がっていた。 ガラス業者と現場監督は顔を歪めて玄関で立ち尽くしている。 「すいません、空気、すぐ入れ替えます。ガラスのほうお願いできますか」 としあきの声で我に返ったガラス業者がすぐに仕事に取りかかる。 現場監督が男へ声をかけるが、男の反応は無い。 「おやっさん。そいつは娘同然に可愛がってた実装金を亡くしたんです。 しばらく放っておいてやってくれませんか」 現場監督は目を瞑って頭を掻くと、 「おう。放っといてやらぁ。 コイツは身内の不幸って扱いにして3日くれぇ休みにしとく。 トシ、おめぇもだ。この野郎が惚けてる間に色々やってくれたみたいだからよ。 しばらくコイツについてやってフォローしてやれ」 と言った。 「……ありがとうございます、おやっさん」 「礼なんざ言うな馬鹿野郎。 おめぇらがいつも話してた『ジッソウキンのチビ』ってのは、家族同然だったんだろうが。 家族が死んだらよ、そりゃ当たりめぇのことだ」 そう言ってブラウの亡骸の前で手を合わせると、現場監督は部屋を出る。 としあきは男の分まで、その背中に頭を下げた。 コンビニの袋を提げてとしあきが帰ってくる。 冷蔵庫の中のものはどれも荒らされて食べられなくなっていたので買い出しに行っていたのだ。 ブラウのベッドの前に立ち尽くしていた男が泣き腫らした目でとしあきのほうを見る。 「やっと正気に戻ったか? ほら、チビに声かけてやれよ。お前を待ってたんだぞ」 「……ブラウ…」 「しっかりしろ。お前はチビの母親だろうが」 としあきの言葉を聞くと、男が震える手でブラウの亡骸の髪に触れる。 ゆっくり、ゆっくりと髪を撫でる。しかし、いつものシャンプーの匂いはしない。 鉄錆と汚泥の入り交じった、死の匂いが男の鼻をついた。 「ブラウ……ブラウ…っ!」 男の眼から再び涙が流れる。男は冷たくなったブラウを掻き抱いた。 「ブラウ…ぅ……うううぅ…!」 ブラウの千切れた右手が組んでいた左手から離れ、ベッドの上に落ちた。 現実はどこまでも、男の心を打ちのめす。 としあきは自分も泣いていることに気付くと自分の頬を殴った。 「(虐待師は、実装石のしでかしたことで泣いちゃいけない。 この感情を冷えきらせ、自分の流儀で糞蟲に復讐しなければならないんだろうが)」 としあきは涙を乱暴に腕で拭うと、男の肩に手を置いた。 「日が暮れてきた。夜になる前にブラウを葬ろう。 これ以上、ブラウの体が悪くなる前に」 「う…ぐ……ああ。ああ、わかった…お別れをしよう……ブラウに……」 としあきが日本酒の入っていた桐の箱を持ってくる。 ブラウの母親もこうやったんだろう、ととしあきが告げると、 男は泣きながら棺桶の体裁を整えていった—— ——バイオリン。あいつらに壊されたけど、天国で直してもらえたらいいな。 お気に入りだった服。あれもこれも、衣替えの季節が過ぎても着ていたな。 絵本。特にお姫様が出てくる話が大好きだったな。 あまり汚れていない靴。お前、外に出るのを嫌がって結局庭に出る時しか履かなかったじゃないか。 初めて折った折り紙。このアサガオを折るところ、天国でママにも見せてやったらどうだ? きっと喜ぶ。 「おい。そんなに棺桶に入らねぇよ。バイオリンと靴くらいにしとけ」 としあきが野花を摘んで、ブラウの棺桶に入れていた。 涙で滲んだ男の目には、どれが何の花なのか見分けがつかなかった。 そこから先、男の記憶は途切れている。 としあきから後で聞いた話ではブラウの棺桶を母実装金の墓の隣に埋めた後、 その盛り土に縋りながらずっとブラウに謝っていたらしい。 日が落ちる頃、男の心も再び闇の中へと沈んでいった。 夜が明けた。男は何もかも夢じゃなかったのかと思い、小さなベッドへ目をやる。 空のベッドには僅かに血がついている。窓の外を見ると、墓が二つ。 ——夢じゃない。本当にブラウは、死んだんだ。 としあきが作った墓標の下で、パーティーで食べるはずだったケーキが供えられている。 窓に近づくと、蟻がそのケーキに群がっている。虫。蟲。 『この糞蟲がッ!』 としあきの叫び声が男の耳に浮かぶ。としあきと実装石の親子の様子が気になった。 バスタブを覗くと、酷い糞の臭いの中で成体実装石が眠っている。が、中実装石がいない。 男はとしあきの携帯へ電話をかけた。長いコールの後、としあきの声が聞こえてくる。 「よう。悪い、眠ってた。お前起きるの早ぇよ」 「……すまない…昨日も……何もかもお前にやらせてしまった…」 「気にするな。お前、打たれ弱いところがあるからな。 あんなことがあったら何も出来ないだろうし、実装石関係のことは慣れてるしな。 それに昨日働いた報酬ならもう勝手に貰っていったよ」 「……報酬…?」 「チビのバイオリンを壊して遊んでた、中くらいの実装石がいたろ。 アイツだよ。アイツを家に持ち帰った」 「…虐待……するのか……」 「虐待師が糞蟲を部屋に持ち込んですることは一つだろ。 チビを殺した糞蟲に対して、俺なりに復讐をするつもりだ。 はぁ。何だかんだ言って、俺もいつの間にか実装金の友達になっちまってたか……」 「……復讐…」 「親の実装石がまだバスタブに居るだろう。殺せ。 お前も義理を果たすんだ。終わらせるんだよ」 「義理……ブラウへの…?」 「憎いだろう。自分の娘を殺した糞蟲が。チビをあんな姿にしたヤツが。 死体の処理は俺がしてやる。あと30分くらいしたらそっちに行くからそれまでに殺っておけよ」 そこで携帯は唐突に切れた。 としあきの部屋。水槽の中で中実装石が震えている。 「同族の匂いがするテス…… でも、同族は一匹もいないテス…きっと全員殺されたテスゥ……」 「お前も起きたか? ん?」 「テヒィィ!?」 としあきの顔を見ただけで中実装がパンコンする。 が、としあきは笑って中実装の頭を撫でた。 「そんなに怖がるなよ。飯も用意してあるんだぜ?」 「テ、テェ? ニンゲン…さん、は虐待派じゃないテス?」 「当たり。俺は虐待派。 でもな、虐待派っつっても色々な種類があるんだよ。まぁとにかく飯を食え」 高級実装フード、栄養満点の半生タイプが中実装石の前に置かれる。 その匂いにフラフラと中実装が引き寄せられる。 「ど、毒じゃないテス? こんなごちそうを食べてもいいんテスゥ?」 「ああ。どんどん食べてくれ。おやつもあるぞ」 「う…美味いテス! 最高テスゥ〜♪ こんな虐待ならいつまで続いてもいいテスー」 がっつく中実装の横に灰色のちいさな欠片のようなものが積まれた皿を置くと、 食べるのに夢中になる中実装の腕に注射をする。 「テェェェ!? 今度こそ毒テス! おしまいテスゥ!!」 中実装はその場に倒れ込んでじたばたともがきはじめる。 「毒じゃねーよ。ほら、ラベルを見ろ」 「テ?」 「『実装石成長ホルモン』って書いてあるんだよ。 つまり、お前を早く成体実装にするための注射だ」 「テスー……死ぬかと思ったテス。この灰色のコリコリしたものは何テス?」 「仔実装石の偽石を食べやすく加工してあるものだ。 これも成長途中の実装石が食べれば食べるほど成長が早くなる」 「大人になれるテス! 全部食べるテスー!」 「それじゃ、俺は知り合いの家に行って来るから残さず食べろよ」 「テッスー♪」 「(テププ……このニンゲンはワタシの魅力にメロメロになったようテスね。 それでワタシを早く成長させてカラダを狙ってるテスゥ。 美しいことは罪テス。これでニンゲンの奴隷を手に入れたワタシの将来は安泰テッスゥ♪)」 自分の薔薇色の未来を想像し、テププと笑う中実装。 しかし、としあきの目が決して笑っていなかったことには気付いていなかった。 男の部屋。バスタブの中で成体実装石が震えている。 「ごめんなさいデス……すいませんデスゥ… どうしても子供たちに美味しいモノを食べさせたかったデス…」 「………」 男は無言でシャワーの水を浴びせる。殺す前にどうしても糞の臭いが気になった。 シャワーを浴びながら恐怖でさらに糞を漏らす実装石。 「ワタシを殺すデス…!?」 「……お前は…俺の娘を殺した……だから、殺す…」 「デデ! それはおかしいデス!」 男の手の動きが止まる。シャワーの水で濡れながら実装石は語り始めた。 「ワタシもニンゲンさんに一番下の娘を殺されたデス。 その後、上の娘ももうすぐ独り立ちなのに虐待派を名乗るニンゲンさんに連れ去られたデス。 それで…ワタシも殺すのデス?」 「………」 「元々、ニンゲンさんの部屋に入ったのはワタシたちが悪いデス…… でもその後、娘に襲いかかってきた実装金を殺してしまったのは仕方がなかったデスゥ… 娘を守るために仕方なくやってしまったのデス……」 「……娘…お前の…」 「そうデス。ニンゲンさんが可愛がってた実装金を殺されて怒るのは仕方ないデス。 でも、ワタシも娘をニンゲンさんに殺されたデスゥ! もう一人は死ぬより酷い目に遭ってるデスー!!」 「……!」 「その上でワタシを殺すのデス!? あんまりデスゥ! 酷すぎるデス!!」 男の目に動揺の色が浮かんだ。娘を殺されるショックと苦しみ。 それは男自身が味わった正真正銘の地獄だった。 「オロローン オロローン……」 ——俺がこの実装石にやったことは、同じことなのか? 同じ罪を背負った上で、親まで殺すのか? 男の背後から冷たい声が飛ぶ。 「オイ。まさかその糞蟲の与太話を真に受けてるんじゃないだろうな」 「……としあき…来てたのか…」 「チャイム鳴らしても出てこないから合い鍵使わせてもらったぞ。 で、お前は本気でそこにいる生ゴミとブラウの命が等価だと思ってるわけじゃないよな?」 「…………」 無言。それはとしあきを苛立たせるには十分だった。 「あのな。虐待師の俺が命の価値観を一般人と議論する気はねーよ。 でもな、先に殺したのはコイツだろう!? この糞蟲が不法侵入なんてしなけりゃ コイツの家族もブラウも死なずに済んだんだ! 自業自得なんだよ!!」 「デェェ……でも、ここら辺は餌が殆ど無いデス。 公園には無法者がいてとても子育てをする環境じゃなかったのデスゥ……」 「そこらへんに生えてる草でも食えば良かったろうが! 何で子供まで危険に巻き込んで人ん家に入り込むんだよこの糞蟲!」 「デェスゥ……こ、子供に…育ち盛りの子供に美味しいものを食べさせたかったデス…」 「犯罪までしてか! あ!? 人様の子を殺してまでか!! ああ!?」 「……としあき…」 「お前がやらねぇなら俺がコイツをぶっ殺す。止めるなよ」 としあきが仕事道具の金槌をズボンから抜き取る。 「地獄で娘にせいぜい贅沢させてやりな、糞蟲」 「デェェェン! デェェェェェン! デジャアアアアァ!?」 バスタブを上って逃げようとするも、ツルツルと滑るばかりの実装石。 金槌を振り上げたとしあきの腕を男の手が制した。 「……待て…待ってくれ…!」 「お前が殺すのか?」 「違う……でも…その実装石を殺すのは……待ってくれ…」 「助けてデス! 命だけは取らないでくださいデスゥ! ワタシは殺された子の分まで幸せにならなきゃいけないんデスゥゥゥ!!」 「チッ ここじゃ糞蟲がうるさくて結論が出ねぇ。こっちに来い」 としあきは金槌を風呂場に放ると男の腕を引いて玄関まで来た。 ブラウの血痕が畳に染みついている。 「これを見ろ。昨日の日付になってる」 「……実装…伝言ログ…」 「俺もついさっき気付いたんだけどな」 男は飛びつくようにログ表示のボタンを押した。 <痛いカシラ……ママ、助けて…> <右腕が……ブラウの右腕が無いカシラ…> <バイオリンがもう弾けないカシラ…ママ…トシアキ…ごめんなさいカシラ…> <あぅ…ぅ…ママ…ブラウはもう助からないかも知れないカシラ…> <ママ……ブラウは二人のママを持って二倍幸せだったカシラ…> <ああ…ママからもらったドレスが…> <痛い…> <痛い> <痛い> 「………ッ!!」 男は泣き崩れた。としあきは、ばつが悪そうにポケットを探った。 そして禁煙していてタバコを持っていないことを思い出すと、クソと叫んで壁を蹴る。 男の声にならない泣き声が、としあきには耐えられなかった。 約一時間ほどの沈黙を破って男が話し出す。 「ここで……実装石を殺したら…俺も糞蟲……か…?」 「違う。義理を果たすだけだ」 「……実装石の親子と…俺とブラウの違いは何だ…?」 「害虫一家と普通の親子だよ」 「人間……実装金…実装石……命の重さに違いがあるのか……?」 「違ぇーよ。条例によっちゃ駆除される糞蟲と他の生き物を一緒にすんな」 「あいつらは……本物の親子だった…でも、人間と実装き ガッ としあきが男を殴り飛ばす。 口元から血を流す男の襟首を掴み上げると、としあきが怒りに満ちた声を出した。 「お前……今、何を言おうとした? ええ!? コラ、今の言葉最後まで言ったら絶対許さねぇ! いいか! お前とブラウは親子だ! 母親と、娘だった! そうだろうが!!」 「…………」 「そうじゃなかったのかよ!?」 「…すまん……少し、混乱してたようだ……本当にすまん…」 としあきが舌打ちをすると男の襟首を放す。 「親バカがただのバカになったな」 ポケットからメモ帳と万歩計のようなものを取り出すと何かを書き込むとしあき。 二枚のページを破って小さな機械と共にテーブルへ置く。 「バカにつける薬だ。効くかどうかまではわからないけどな」 靴を履いて部屋を出る時、 「コンペイトウの袋を二つ、用意していけよ。多分今のお前には必要だろうから」 と、言い残してとしあきは帰っていった。 口の中に広がる血の味は、男に次のアクションを起こすための気力を湧き出させた。 ——自分で答えを探す。それが今の自分に必要な行動だろう。 としあきの置いていった二枚のメモにはそれぞれ公園の名前が書いてあった。 どちらもこの街の中にある。男は台所で口をゆすぐと、両手で顔をはたき、気合いを入れた。
