「デェ・・・デズゥ・・・・・・」 日が沈み、月が昇り、空は星達で賑わう。 昼も夜も空は平等にこの世にある全てのものを照らし出す。 立ち並ぶ石塀、一方通行の狭い道路。 そんな路地の等間隔に打ち立てられた電柱の影に、傷だらけの実装石が一匹。 「もう少し・・・もう少しだけもってデスゥ・・・・・」 ボロボロの服の隙間から覗く数箇所の打ち身や切り傷、現在進行系で血を垂らす失った右腕。 虐待派に嬲られたのか、はたまた同属に甚振られたのか、それは定かではない。 地面に点々と血の跡をつけながら、その実装石は必死に歩いた。 「・・・ワタシはもうきっと・・・駄目デスゥ・・・・・・でも・・・・・!!」 何度も何度もつまずき、転び、新たな傷をその身に刻みながらも、実装石は歩いた。 着実に、本当に僅かずつだが着実に目的地へとその足は近づいてゆく。 風が吹いただけで身体を襲う激痛に歯を食いしばり、涙を流して一歩を踏み出す。 「でも・・・・デスゥ・・・!・・・この仔達だけでも・・・!」 絶え間なく血を流す右腕から左手を離し、その手を自身の腹部へと持っていく。 そう、実装石は身篭っていた。 「・・・・・・デスゥゥゥゥウ!!!」 時折腹の中で脈動する新たな命達が、実装石の命を繋いでいる。 『自分が死んだらお腹の子供も道連れにしてしまう、それだけは・・』 本当なら今すぐこの場で蹲って再生を待ちたい。 だがそれでは出産には間に合わない。 こんな場所で子供達を産み落としてしまったら間違いなく地面に叩き付けられてしまう。 「デェ・・・・デ、デェ・・・・・・」 よしんば無事に産み落とせてもこれだけの重傷だ。 逃げる事やある程度の行動は可能だろうが、出産を控えているとなると話は別である。 出産後の消耗で再生力が落ち、そのまま力尽きてしまうのは目に見えていた。 その場合、この子達が生きていく術は無い。 広い空き地。 仔実装達が走り回ってもそう簡単には出ることの出来ないような空き地。 それがこの実装石の捜し求めている場所であった。 「デ・・!!見えたデスゥ・・・!」 実装石がまだ仔実装だったころ、母親とともに過ごした広い空き地。 ここならきっと生まれてくる子供達を守ってくれる。 そしてこの空き地の中で生きていく術も、実装石は母親から教わっていた。 「ここ・・デスゥ・・」 荒い有刺鉄線が張り巡らされた空き地の端に、やっとの思いで実装石は辿り着いた。 実装石は全く躊躇することなくその茂みに飛び込む。 普段なら触れるのも恐ろしい包丁草の森も今は怖くは無い。 「痛くない・・痛くないデスゥ!!」 自分にそう言い聞かせながら、実装石は鋭利な刃物の茂みに突っ込んだ。 身体中に再び切り傷を作り、止まらぬ流血に顔を青くさせながらもどんどんペースを上げて走る。 実装石の仕事はまだ残っている。 もう残り少ない時間を使って、この空き地に道を作り、出来るだけ頑丈な家を建て、お腹の子供達に生活術を教えて、 この世界に産み落とす。 それが彼女の使命であり、また願いでもあった。 「デェェェェェェス!!!!!」 痛みを叫びで打ち消して、彼女は走り続けた。 『茂みの中の仔実装』 冷たい水滴が仔実装達の顔を叩き、心地よい眠りから目覚めさせる。 「テチィ・・・朝テチィ〜〜・・」 「もうそんな時間テチ・・・?」 「後5分だけ・・テチィ・・・・」 「・・よし、テチ・・みんな、起きるテチ!」 仔実装にはもったいないほどの、実装石の基準なら豪邸のような広さのダンボール。 その四匹の仔実装の中の一匹が手を叩いて皆を起こしてまわる。 「ホラ、起きるテチィ〜!蛆ちゃんも親指ちゃんもちゃんと起きるテチィ!」 「レフゥ〜・・レフゥ〜・・」 「レチ・・まだ寝てたいレチィ・・・」 蛆と親指が一匹ずつ、仔実装達とは離れたダンボールの隅で眠っていた。 近くで寝ていると寝返りで潰してしまうからだろう。 なかなか起きない姉妹達に苛立ち、仔実装はいつもどおり最後のセリフを読み上げる。 「起きない仔は一日ご飯抜きテチィィィ!!!」 「「「それは嫌テチィィィィィイイ!!!」」」 「嫌レチィィィィ!!」 「レフゥ〜・・レフゥ〜・・」 相変わらず蛆実装には通用しないが、その他の姉妹達は顔を青くして飛び起きた。 起きてからしばらくばたばたと走り回っていたが、やがて皆を起こしてくれた仔実装、長女の前に一列にならんだ。 ダンボールの家には時折ポツリと水滴が落ちてくる。 前日の雨でダンボールの上面がふやけてしまっているようだ。 床の方は下に錆びたトタンが敷いてあるため、湿気で多少寝苦しいがさしたる問題はない。 「さぁ、今日はまず屋根の修理をするテチ!」 「テチ?朝ごはんはどうするテチ?」 「まだ雨がポツポツしてるテチィ〜・・お外は嫌テチ・・」 「何言ってるテチ!まだ降ってるからひどくならないうちに直すテチィ!」 長女の主張に納得したのか、しぶしぶ仔実装達も動いた。 親指と蛆は役に立たないこと、危険なことも含めて連れてはいかないようだ。 二匹ともゴロゴロしながら楽しそうに遊んでいる。 「蛆ちゃんもコロコロレチィ〜♪」 「レフゥ〜・・レフゥ〜ン♪」 蛆はまだ寝ているがどちらも気にしてはいないようだ。 その間に四匹はいまだ止まぬ小雨の中、ふやけた屋根の修理にかかる。 修理とは言っても仔実装に複雑な事は出来ない。 彼女らの行っている修理、言ってしまえばダンボールの上面に溜まった水を掬って容器に溜める、それだけだ。 「今日はワタシが水を掬うテチュ。ミィとシィは下でいれものを支えてて欲しいテチ」 「「わかったテチィ〜」」 返事をした三女と四女・・・ミィとシィは家の横に配置してあった小さな洗面器を指定の場所まで持っていく。 「イチお姉ちゃん、ワタチは何すればいいテチ?」 「ニィは上のおっきな屋根に溜まったお水を出して欲しいテチ」 「やったテチ!今日は一番楽な仕事テチィ〜♪」 次女・・・ニィはダンボールの屋根の上に不安定におかれたトタンの屋根を少しだけ傾けた。 すると赤錆の混じった水が地面に吸い込まれていく。 ニィの仕事はこれで終わりのようだ。 長女・・・イチは懸命に水を掬って下で待機している洗面器へと落としていく。 この家、ダンボール屋根の上にトタンを置いて豪雨にも出来るだけ耐えうるように出来ているようだ。 が、そのトタンから零れ落ちる少量の水滴が内側の屋根に溜まってしまい、今日のように雨漏りしてしまうらしい。 「さぁ、下で親指ちゃん達と遊ぶテチュ〜ン♪」 「ニィ!終わったならこっちを手伝うテチ!遊んでる暇は無いテチィ!」 「テェ・・・・」 梯子を下ろうとしていたニィは不承不承といった感じでイチの水掬いを手伝う。 しかし、ニィのやる気の無さは目に見えて酷かった。 イチが五回掬って落とす間にニィは一回半ほど。 だんだんとイチもいらだってきたようだ」 「ニィ!やる気あるテチィ?!ママが残してくれたこのお家が壊れちゃってもいいテチィ?!」 「テェェ・・・お家無いのは嫌テチ・・・」 せっせと水を掬いはじめるニィ。 そんな妹の姿を見て、イチは今日もため息をつく。 (ママ、皆はどうしてもママの言ってたことを覚えてくれないテチ・・) イチ達の親は空き地の中に即席でこの家を建てた。 そこら中に落ちていた部品を繋ぎ合わせ、文字通り身を削って作った家なのだ。 自分の死期を悟っていた親は、生まれてくる子供達へ胎教を通じて生きる術を学ばせた。 姉妹全員に名前が付いているのもこの胎教のおかげである。 家を建てている最中から出産まで、ずっとこの安全な空き地の中で暮らせるような生活術を歌った。 その教えを全て理解し、母代わりとして姉妹達を束ねているのがイチなのだ。 「ニィ!またペースが遅くなってるテチ!」 「テェェェ!?ごめんなさいテチィィ!」 母親に全てを託されたという責任感がイチにはあった。 他の姉妹達は母の教えた生活術をほとんど覚えていない。 かろうじて覚えていたのは食料の調達方法のみだ。 「終わったテチ・・・」 「じゃあご飯を取りに行くテチ!ミィ、シィ、いれものを家の中に置いたらすぐに出発するテチ!」 「「ご飯テチィィィィ!!」」 ミィとシィは喜びの叫びを上げてよろめきながらも走って水をしまいにいった。 疲れからか、ニィはその場に座り込んでいる。 その姿がまたもイチの怒りを買った。 「何度言ったらわかるテチ!この時間を逃したら今日の餌は無いテチ!急ぐテチィ!」 「わかったテチィ〜・・・・」 雨も完全に止み、雲間から太陽が顔を出す。 これでダンボールも乾くだろう。 だがニィはこの陽気に不快感を催したようだ。 (出るならもっと早く出るテチィ・・どうせ乾くならこんな疲れることしなくてもよかったテチ・・・!) 胸中で太陽への恨み言を呟きながら、ニィは姉に続いて梯子を下る。 下ではすでにミィとシィが出発を待っていた。 「じゃあ出発するテチ!今日はこっち側に行ってみるテチ!」 「「了解テチィ〜〜〜」」 「・・・」 姉妹達の住む家の周りは、鋭利な包丁草に囲まれていた。 身体の強度が豆腐並の実装石にとって、それはまさに要塞といっても過言では無いだろう。 「やっぱりママは偉大テチィ♪」 本来ならこの包丁草の群れの中を仔実装が行進するなど不可能である。 だが、親実装がこの茂みを突き抜けてきた折、その部分の包丁草だけが潰されて寝ているのだ。 おかげで成体一匹分の自然の通路が出来上がり、仔実装達はいつもここを通って外界に赴く。 「チァァァァーーー!!!?痛いテチィィ!」 「何してるテチ!出来るだけ草から体を離して歩くテチ!!」 たまに通路の狭い部分にはみ出している草で身を切ってしまったりする。 葉の側面に触れただけなので、さすがに腕一本落とされるほどの惨事には至らないが、ミィの手には深い傷が出来てしまった。 外からの侵入を防ぐにはうってつけの場所だが、一歩間違えれば姉妹にとっても牙を剥く諸刃の剣なのである。 大きな切り傷をさすり、涙を流してミィは姉に続いて歩いた。 「見えたテチィ!「どうろ」が見えたテチ!!」 「「餌テチィ〜!!今日の餌が来るテチィ!」」 最後まで慎重に歩きながら、イチは空き地の切れ間、入り口で草にまぎれて待った。 ここがこの仔実装達の狩場なのである。 そして、今日の獲物が歩いてきた。 『さぁ、お前達。朝の散歩デスゥ。はぐれないようにしっかり着いてくるデス』 『『『『『はいテチママ〜〜〜♪』』』』』 この地域一帯の実装石は、あまり同属食いが見当たらないせいか朝の散歩を好むものが多い。 今まさに歩いてくる親子もそうなのだろう。 親実装が先頭になり、その後ろをカルガモのようについていく仔実装達。 『デッスデッス♪』 『『『『『テッチテッチ♪』』』』』 イチは親実装が通り過ぎるのを待ち——— 『『テチ————』』 最後尾二匹の仔実装の口を抑えて茂みに引きずり込んだ。 そして一匹をニィに預けると自分はもう一匹に馬乗りになり、 『テグェ・・・・・?!・・・・・!?・・!・・!』 仔実装の首の付け根、喉元を殴り潰した。 悲鳴を上げようとしても声が出ない仔実装。 今日も上手いことやったとイチはほくそ笑む、が・・・ 『テェェェェェーーーー!!!!ママ!ママァァァァァァ!!!!』 「テテェ?!」 どうやらニィが喉を潰し損ねたようだ。 イチに喉を潰された姉妹を見て、仔実装は力の限りに涙を流して親を呼ぶ。 そのただならぬ絶叫に親実装の戻ってくる足音が近づいてきた。 「まずいテチ・・・!テチィ!!!」 『テグボェ・・・・』 叫ぶ仔実装の喉元を先程と同様に正確に殴り潰す。 仔実装はそのときの悲鳴を最後に声を上げることが無くなった。 しかし、親実装はこちらに戻ってきてしまったようだ。 『ワタシの可愛い子供達?!どこ行ったデスゥ?!ママはここデスゥゥゥゥ!!!』 『『『妹ちゃーーーーーん!!テェェェェェーーーン・・・・』』』 包丁草の茂みは、今イチ達がいる場所だけ草がしなだれている。 仔実装の目線ほどしか穴が無いのだ。 そのため、眼下に我が子がいることに親実装は気づくことが出来ない。 だが、親実装の声に続いて近づいてくる仔実装達に見つかってしまったら終わりだ。 「チィ・・・長居しちゃ駄目テチ!行くテチよ・・・!」 イチは仔実装を一匹担ぎ、もう一匹をミィに任せると、脱兎の如く元来た道を走り抜けた。 「テヂャァァァァァァァアア?!」 餌にとどめをさした後、イチはニィを殴りつけた。 不意の一撃にニィはダンボールの扉を突き抜けて外まで吹っ飛ぶ。 「い・・痛いテチィ・・!いきなり何するテチィ!!!」 「お前のせいで危うく見つかるところだったテチィ!!このグズ!!」 「「今回もニィお姉ちゃんが悪いテチ〜」」 イチは鬼気迫る形相でニィを睨みつける。 ミィとシィはその後ろに隠れてニィを罵った。 すでに何度も繰り返されている光景だったが、今日のイチはいつにまして迫力があった。 「いいテチ?!ワタシ達は死んじゃったママの分も生きなきゃいけないテチ!そのためにワタシは毎日お前達にママが教えてくれたことを 伝えているはずテチ!!!」 今までもニィのせいで餌探しや家の修復に失敗したことは数え切れないほどある。 だが今日はその中でも特に命に関わる程の危険に見舞われた。 成体実装に捕まったら自分達などひとたまりも無い。 「テェ・・?そんなこと教わったテチ?聞き覚えがテギャァ!!?」 全て言い終わる前に、ニィは再び殴り飛ばされた。 今度は包丁草の茂みに突っ込んでしまい、その痛みも半端ではない。 先程のミィのように触れただけでも大きな切り傷を作ってしまうのだ。 実装石にとって包丁草の茂みは刃物が群生しているようなものである。 「テギャァァァァーーー!!!?イタイテヂィ!!イタイテヂィィィィィーーーーーー!!!!!」 「お前は今日はご飯抜きテチ。今日一日お外で反省してるテチ!!」 突き放すようなその言葉も聞こえていないのか、ニィは反論せずにただのたうちまわっていた。 全身に数十箇所の切り傷を作り、右足など深く食い込んだのか半ば千切れかけている。 さらにその足で転げまわったせいか、かろうじて繋がっていた足がブツリと完全に千切れた。 「デッッッーーーーーー!!!!!!!?」 盛大に糞と血を撒き散らしながら、声にならない悲鳴を上げる。 実を零すザクロのような傷口が姉妹達の目にも飛び込み、ミィとシィは姉の背後でガタガタ震えていた。 そんなニィをもう一度冷ややかに睨めつけ、イチは妹達を伴って家に入る。 「イタイテチイタイテチィィィィィイ!!!!死んじゃうテヂィィァァァァーー!!!」 この広い空き地でどれだけ叫ぼうとも、無情な家族以外の耳にその声は届かない。 「なんでこんな目に合うテチィ・・・ワタチだって一生懸命やってるテヂィィ・・・」 痛みが大分やわらいだのか、愚痴が口をついて出るようになった。 片足が無いので歩くことが出来ず、手這いずって家に入ろうとしたが、言うまでも無くイチに蹴りだされた。 それからはずっと家の入り口の横で座り込み、ブツブツとぼやいていた。 「アイツはお姉ちゃんだからママから一人だけ色々教わったテチ・・ワタチ達にも教えたって言ってたけどどうせ嘘テチ・・・! きっとママから教えてもらった事を全部独り占めしようとしてるテチ!!」 実際のところ、イチは毎日ニィにもミィにもシィにも、そして親指と蛆にも母親から託された生活術を教えていた。 教わったことが無いと思っているのはニィが単純に覚えていないだけの話である。 しかしニィは姉妹の中で最も物覚えが悪く鈍かったが、決して頭が悪いわけではなかった。 だからこそ、イチへの嫉妬に身を焦がす。 ニィの被害妄想は膨らみ、いつしかそれは憎悪となっていった。 「ミィとシィもきっとアイツに騙されているテチ・・!早く助けてあげないとこのままじゃ奴隷にされちゃうテチィ!」 出来うる限り自分に都合のよい解釈をしたニィは、再生の始まった片足をさすりながら頭を捻っていた。 次女が薄壁一枚隔てた先で不穏な妄想をしているとは露知らず、イチと妹達は先程しとめた仔実装をおいしくいただいていた。 最初にイチが噛み砕き、柔らかい内臓部分だけを妹達に与えている。 ミィとシィはイチよりも一回りほど小さいので、イチが食べやすいように分割して与えているのだ。 「さぁ、これがお前達の分テチ」 「テェ・・・。お姉ちゃん、たまにはそこのウマウマなお肉も食べたいテチィ・・」 ミィは目の前におかれた内臓から目を反らし、イチが食べている耳の部分を指差す。 だが、イチはその耳を食べながら諭した。 「駄目テチ。ママが言ってたテチィ。身体が小さい仔は栄養がいっぱい入ってる『中のお肉』を食べた方がいいテチ」 「テェェ・・・」 「お姉ちゃん、ワガママ言っちゃダメテチィ」 シィは文句一つ言わずに今日も内臓を頬張っている。 それもそのはず、ミィは一度内臓以外の肉を一通り食したことがあるのだ。 逆にシィは生まれてこの方内臓以外の肉を食べたことは無い。 一度ランクの高い食べ物を知ってしまったらランクを下げることが難しいのが実装石だ。 しかしイチの教えに逆らうことは出来ない。 「テチィ・・わかったテチ・・」 残念そうに頷くミィを見て、イチも済まなそうな気持ちになる。 (ごめんテチ。でもミィとシィにはもっとおっきく強くなって欲しいテチ。頑張って皆で長生きするために・・・テチ) その会話をところどころ聞き取っていたニィは勝手な妄想をさらに脚色していた。 ミィもイチに不満があるようだと勝手に推測し、シィはイチが怖いから反論せずに従っているのだと勝手に納得する。 「きっとママがワタチ達を生んですぐ死んじゃったのも全部アイツのせいテチ・・」 「昨日雨漏りしたのもアイツのせいテチィ」 ついには全く無関係な事まで長女のせいにされていく。 完全に足が治りきったことを確認したニィは、立ち上がって家とは反対の方向に歩き始めた。 包丁草が寝ている、いつも通る狩場への道だ。 この道、実は途中いくつかに分かれており、狩場以外にも修理に使えそうな材料がある元ゴミ置き場等いろいろな 場所に通じている。 それらの場所に正しく辿り着くための順路はイチにしかわからない。 だが、ニィはすでに解決策を見出していた。 先週の屋根の修理の際にゴミ置き場に立ち寄ったとき、自分の糞の臭いを付近の包丁草の表面に擦り付けていたのだ。 「妹達、待ってるテチ。お姉ちゃんが必ずアイツから助け出してあげるテチィ・・・」 ゴミ捨て場へ着く頃には太陽もすっかり頭上に位置し、気温も大分上がってきた。 秋の中旬、気温は軒並み低いのだが、この時間だけは心地よい陽気となる。 身体が完全に回復したニィは、ゴミ捨て場漁りに精を出していた。 「・・そろそろニィも中に入れてやるテチ・・・」 食べていた仔実装の上半身だけを残して部屋の隅に保存し、イチは外で痛みと空腹に震えているだろう妹を呼ぼうとした。 きつく当たってしまっているが、イチと同じくらいの体格を持っているのはニィだけなのだ。 小さなミィとシィの姉としてもっと頑張ってもらわないとこの仔達を守ってやることが出来ない。 そう思っていつもニィには必要以上に厳しく教育を施していたのだ。 「ニィ、もう入ってきていいテチ。ご飯は残してあるから早く食べ・・・チ?」 だが扉の外にニィの姿は無かった。 家の周りをぐるりと回って見るが、やはりいない。 「ニィ?!どこテチィ?!」 「「テェ?お姉ちゃん、どうかしたテチ?」」 つい声を張り上げてしまったため、困惑した様子の妹達が中から出てきてしまった。 イチは大きく息を吸って吐くと落ち着いてミィとシィに言った。 「何でも無いテチ。お姉ちゃんはちょっとニィを迎えに行ってくるからおとなしく待っててほしいテチ」 「「わかったテチィ。親指ちゃん達の事は任せるテチィ!」」 頼もしい妹達に手を振って、イチは走った。 自分のせいでニィが空き地を出てしまったら・・・そう思うと自然と駆け足になってしまう。 手がかりが何一つ無いため、いつもの分かれ道の全てをチェックしなければならない。 イチに迷いは無かった。 ただ妹の無事を願って必死に走る。 「ニィ・・・・」 「テェ・・テェ・・・後はお山と出口だけテチィ・・・」 残った道がその二つになったと同時に、見事に日が沈んだ。 月は雲に覆われてしまって全く見えない。 僅かな星だけがイチの足元をかろうじて見える程度に照らしていた。 「・・お山に行ってみるテチュ・・」 最後の道、右折した道と真っ直ぐ続いた道。 イチは少し迷って右折を選択した。 歩く度に赤緑の足跡が寝ている草の上に残る。 いくら寝ているとはいえ元は包丁草、餌摂りに一往復するだけならまだしも、何時間もその上を走り続ければ傷だらけに なるのは予想出来たことだ。 「・・・ニィ・・・・!」 それでもまだ走る。 足元の草が急に途絶え、視界が前面の大きな異物に遮られた。 「テ・・・!着いたテチュ・・!!」 イチの言っていたお山はゴミ捨て場に積もりに積もったゴミの山の事だった。 積み上げられた錆びた金属片やガラス、ふやけた本に何だったのかわからない電化製品。 そんなどこか混沌としたゴミ山で、イチは今日で何度目か知れぬ声を上げた。 「ニィーーー!いるテチィィーーー?!お姉ちゃんが迎えに来たテチィィィーー!」 「・・・・テ・・?お姉ちゃんテチ・・?」 「ニィ?!どこにいるテチ?!」 意外にも返事はすぐに返ってきた。 イチはすぐにキョロキョロと周囲を見渡して声の出所を知ろうとする。 が、月の恩恵も無い暗い空の下ではニィの姿を探すことが出来ない。 もう一度ちゃんと声の位置を知るために、イチはもう一度ニィを呼んだ。 「ニィー!!どこテチィ?!お姉ちゃんはここテチイィーー!」 「そんなに大声出さなくてもワタチにはお姉ちゃんがどこにいるかわかるテチ」 正確には特定出来なかったが、ニィの声は山の正面から聞こえた。 イチはゴミ山を登ろうとする。 「ニィ!今行くテチュ!」 「いいテチ、こっちから行くからお姉ちゃんはそこで待ってるテチ」 「わかったテチィ!」 暗闇のどこからか聞こえてくるニィの声に従い、イチは登るのをやめてゴミ山の麓で座り込んだ。 ニィが見つかった、もう走らなくても良いのだから帰りのために少しでも足を休めておかないと、そう思ったからだ。 座り込むと同時に、雲が流れて月の光が空き地に差し込む。 顔を上げたイチが最後に見た物は 「死ぬテチィィィーーーーー!!!!」 「!?」 月明かりを背に自分に向かって飛び込んでくるニィの姿だった。 ドズゥッッ!!!! 飛び降りたニィの持っていた錆に塗れた釘はイチの脳天から総排泄口まで一気に刺し貫き、地面に縫い付けていた。 口からゴボッっとあふれ出す大量の血液に、赤錆が混じる。 貫かれた総排泄口からは血と糞がホースの先をつまんだように勢いよく飛び散った。 イチは二度三度ビクンビクンと痙攣すると、やがて動かなくなった。 断末魔の悲鳴も、媚びも祈りも無い、あまりにもあっけない最後である。 「テェ・・・テェ・・・や、やったテチィ!ついに悪いお姉ちゃんをやっつけたテチィ!!」 だらりと四肢を投げ出して釘に貫かれたイチの姿はまるで不気味なオブジェのようだ。 息を乱しながらも喜びのダンスを踊るニィ。 しかしすぐに意識を取り戻し、次にすべき事を考える。 「とにかく妹達のところに戻るテチ。今までのコイツの悪事をちゃんと説明してワタチがやっつけた事を知ってもらわないと いけないテチ♪」 そう誰に言うでもなく全て口に出し、ニィはくるりと踵を返して家路へとつくことにした。 だが帰路の一歩を踏み出したとき、その腹が空腹を訴えた。 「そういえば今日は朝から何も食べてなかったテチ・・。お腹すいたテチィー・・・」 だがニィはすぐに気づく。 たった今自分が食料を作り出したことに。 「そうテチ・・。英雄のワタチに食べてもらえばコイツの悪い魂もキレイになって天国に行けるかもしれないテチ・・・♪」 建前を言うが早いがニィは元姉にかぶりついた。 いつもは食べることの出来ない耳や眼球などは最初のうちに味わっていただいた。 ニィの腹が八分程満たされたのは、食料が足と下腹部の内臓部分だけになったときだった。 「こんなにお腹いっぱい食べたのは久しぶりテチィ♪これからはミィとシィにもおいしいところをいっぱい食べさせてあげるテチィ♪」 満腹になった腹をポムポムと叩きながら、ニィは今度こそ家に向かって歩き出した。 ニィがゴミ山から去ると、月が再び雲に覆われた。 暗闇は、助けに行った妹に無惨にも殺され食われたイチの姿をも覆い隠す。 その様はまるで月がイチの死を弔っているように見えた。 最後まで読んでくださった方に感謝です。 わざわざもう一度最後まで読んでくださった方にも感謝です。 指摘された部分を出来うる限り修正してみました。
