うだる様な暑い日の夕暮れ。無骨という言葉がしっくりくる、筋肉質の男が帰路へと着いていた。 男は帰る途中、モノレールの駅の傍で腐臭を感じ、辺りを見渡した。 生き物の死体が二つ……いや、一匹はまだ息があるようだった。 男はそれが以前ペットショップで見た「実装金」という生き物だということに気付く。 首輪をしていない。野良の実装金が他の生き物に襲われて逃げたが、 子供を連れて逃げた先で力尽きた、といったところだろうか。 仔実装金は親の死体に寄り添うように眠っている。 ——親のいない野生動物がこの先無事に生きていけるだろうか…… 男は逡巡を重ねると、無邪気な寝顔を見せる実装金をタオルに包んで持ち帰った。 手の中の小さな生き物を起こさないようにそっと運ぶ姿は、厳つい男の顔にはひどく不釣合いに思えた。 「ヒマワリ」 男はアパートへ帰りつくと、タオルを広げ仔実装金に怪我が無いか調べた。 ——怪我は無い。立派な母親だったんだな。 テーブルにタオルを敷き、二枚折にして簡素な布団を作った。 男は生き物を飼った事が一度も無い。 飼う、と決めたわけではないがしばらく保護をする以上それなりの知識と器具が要るだろう。 財布を後ろのポケットに入れると、仕事帰りのままの格好でペットショップへ行くことにした。 もう暗くなってきている。シャワーを浴びている間にペットショップが閉まるということは無いだろうが、 出来る限り早く親を失った仔実装金に何かをしてやりたかったのだ。 顔は怖いが心根は優しい奴。それが男の仕事先、現場での評価だった。 ペットショップに入ると女性の店員が営業スマイルで迎えてくれた。 「いらっしゃいませ。どのようなものをお探しでしょうか?」 「…………」 「……あ、あのー…」 「実装金………」 「はい?」 「…実装金……仔実装金を拾ったんだ…」 「ああ、そういうことですか。以前に実装シリーズを飼われていたご経験はありますか?」 「………」 男は無言で首を横に振った。 「でしたら、まずはこちらをお奨め致します。実装シリーズは特殊な性質を持った生き物ですから」 女性店員は『実と装 初めての実装金増刊号』を持ってきた。 「あと、コミュニケーションに欠かせないのが実装リンガルですね。 様々なタイプがありますが、室内で飼われる場合は部屋にセットして自動翻訳するタイプなどいかがでしょうか?」 男は分厚い本と壁掛け時計のような機械を受け取ると、それらを見て頷いた。 買う、という意思表示だろう。 「それと、実装金は小さい間は結構なイタズラっ子なので、丈夫なゲージや水槽での飼育が望ましいです」 ずらりと並んだ実装飼育器具の前に案内される。 実装石用の洗浄が簡単な水槽、実装紅用の外国の調度品などを思わせる豪華な内装のゲージ、 実装燈用のヤクルトがセット出来るようになっている黒を基調とした鳥かご(?)など様々だ。 しかし実装金用や実装雛用、実蒼石用のものが見当たらない。 「申し訳ありませんが実装金と実装雛はうちの規模の店舗では専用のものはありません。 実蒼石…あ。蒼いほうの実蒼石です。緑じゃなくて青の。 その実蒼石は仔実蒼の頃から手がかからないものですから、ゲージは必要無いんですよ」 「………」 「あの……お客様?」 「……あれを…」 愛想の欠片もない無口な男が選んだものは、飾り気のないシンプルな水槽だった。 「はい、こちらをお買い上げですね。ご自宅にお届けの形にしますか?」 「……いい。自分で持って帰れる…」 「ではお持ち帰りですね。あとは初心者の方向けの飼育セットとこちらはいかがでしょう?」 「……?」 女性店員が持ち出したのは、卵焼きを焼くフライパンだった。 もう片手には『ローゼン印・甘〜い卵焼きの素』というものが握られている。 「実装金は卵焼きが大好きなんです。 そしてこちらが実装金好みに卵焼きを味付けするものでして——」 「買う」 男が女性店員の言葉を遮る。 「その…買う……全部、買わせてもらう」 「え? あ、はい。ありがとうございます♪」 ——よくわからないが、これだけあれば何とかなるだろう。 男は清算を済ませ、家路を急いだ。 ガチャリ 帰り着くとドアを開け、電気を点ける。 「………」 テーブルの上に寝かせていた仔実装金が見当たらない。 買ってきた荷物を置くと改めて部屋の中を見回した。 仔実装金を包んでいたタオルを触ると、湿り気と異臭を感じた。 「カチラ!」 「………!?」 男の目の下に何かが当たる感触があった。 驚いて鳴き声がした方を見ると、仔実装金がパチンコのようなもので爪楊枝を撃つ寸前だった。 第二射は男の作業着に当たって畳に落ちる。 「……おい…」 「カ、カチラ!? カチラカチラカチラー!」 騒ぐ仔実装金に向かって手を伸ばすと、仔実装金は細い何かを思いきり引っ張った。 テーブルの上に積んであった雑誌がドサドサと音を立てて男と仔実装金の間に落ちる。 「…聞いてくれ……」 「カチラ……カチラ…カチラー!!」 いつの間にか仔実装金の手にジッポーライターがあった。 畳の上を火線が走り、雑誌の山が一瞬で燃え上がり—— 「!?」 異臭の原因はオイル。仔実装金は男が留守の間にジッポーのオイルを雑誌に染みこませていた。 男は慌ててタオルで雑誌の火を揉み消そうとして思いとどまる。 ——このタオルにもオイルが染みている。触った右手にもだ。 流し台からボウル一杯に水を持ち出すと、叩き付けるように雑誌に浴びせかけた。 その水の勢いで火はあらかた消え、ついでに仔実装金が水を浴びてもんどり打ち、気絶した。 オイルと焦げた畳の臭いに、男は片付けの工程を想像して深い深いため息をついた—— 片付けの最中、男は仔実装金の賢さに感心していた。 割り箸と輪ゴムでパチンコを作り、爪楊枝を撃ち出す。 友人のとしあきが忘れていったジッポーからオイルを抜くと 男が触ることを見越してタオルにオイルを染みこませ、 燃えやすい雑誌にもオイルを撒くと輪ゴムで床に落下させる仕掛けを作っている。 雑誌が落下した場所に火が到達するようにオイルで即席の導火線を作ったことも (自分が逃げる方法は考えていないあたり何か抜けていたが)男を驚かせた。 被害は少し畳が焦げただけで済んでいたし、 こんなに小さな生き物がここまで知恵を働かせることへの驚きで怒りは殆ど感じていなかった。 ——後は仲良く出来るかどうかだな。 男は畳の水を拭き終えると、気絶したままの仔実装金の濡れた服にティッシュを巻いてやった。 さすがに今の段階で仔実装金の服を脱がせて洗濯する気にはなれなかった。 起きた時に裸だと何を言われるかわかったものではない。 「カ……チラ…?」 「……起きたか?」 水槽の中央でティッシュにくるまれていた仔実装金が目を覚ます。 「カ、チラ……カチラ! カチラカチラ! カチラカチラカチラ!!」 男は実装リンガルのスイッチを入れ忘れていたことに気づいた。 「……すまん…もう一度言ってもらえるか…?」 「つ、通じてなかったのカチラ!?」 どうやらリンガルは正常に動き出したようだ。 「こほん。誘拐犯、今すぐママを返してここから出すカチラ! この部屋には百の罠と千の策略が張り巡らされてるカチラ! 大人しくするカチラ!」 「…………」 男と仔実装金の間にはかなりの認識の違いがあった。 まずは誤解を解かなければならない。 「……俺は、敵じゃない。誘拐犯でもない」 「カ、カチラ?」 「道端で……お前が倒れていたから…その、保護した」 「そ…そうカチラ! ママが大怪我してたカチラ! ママはどこにいるのカチラ?」 「…………」 「カチラ……」 男の沈黙で仔実装金は全てを察したのだろう。目に今にも零れんばかりの涙を溜めている。 「俺が見つけた時には……もう…」 「……ひっく…ひっく……ママぁ……」 「…すまん……」 「う……っく…カチラ……カチラぁー! ママ……ママー!」 男は自分の無力さを恥じていた。目の前の、母親を失ったばかりの子供に何かをしてあげたかった。 しかし男は不器用すぎ、泣きじゃくる仔実装金を前にただ沈んだ顔をするしか出来ない。 そしてどれだけの時間が流れただろうか……嗚咽を漏らす仔実装金に、男は自分がお前を守るということを告げた。 男なりの、精一杯の言葉だった。それを聞いた仔実装金は裾で涙を拭い、泣き腫らした目で男を見上げ—— 「ママの……お墓を作って欲しいのカチラ…」 それから男は夜のうちにモノレールの駅から実装金の死体を持ち帰ると、 日本酒の瓶が入っていた桐の箱の中から適当な大きさのものを見繕って棺桶の代わりにした。 男のアパートの庭に穴を掘り、母実装金を葬る。 男が桐の箱ごと母親だったものを埋めることを、仔実装金は沈痛な面持ちで見ていた。 ——これで全部組み終わったか。 男が水槽の中に給水器、ベッド、トイレ、実装金向け実装フードの入った皿を 初心者向け飼育セットから用意した頃には既に深夜の2時を回っていた。 仔実装金はうつらうつらとしながら水槽の壁にもたれ掛かっている。 「準備は済んだ……水を飲みたい時はあそこ、トイレはわかるな?」 「カチラ。ママからおトイレの仕方は習ったカチラ」 「寝る場所はそこに布団がある……明日は、現場だ」 「げんばカチラ?」 「仕事で、朝が……早い…お前に構ってやれない…だから、これを渡す…」 「? これは何カチラ?」 「テレビのリモコン……ここで絵が映る…このボタンで絵が変わる……」 「知ってるカチラ! 動く絵が映る箱カチラ。ママから聞いてたカチラ」 「……お前の母親は…賢かったんだな…」 「カチラ♪」 「……昼間は……テレビを見て過ごせ…水槽から出るな…特に、火は二度と使うな…いいな?」 「わかったカチラ人間さん。色々とありがとうカチラ」 仔実装金が頭を下げる。男は妙に照れくさい気分になり、電気を消し早く寝ろと告げると毛布を被った。 「人間さん、おやすみなさいカチラ」 「………ん…」 こうして、無骨な男と期せずして母親と別れることになった仔実装金との生活は始まったのだった。 照りつける太陽の下、建設現場で巨躯の男が資材を運んでいる。 仔実装金を拾った男。休憩時間に入っている同僚で友人のとしあきが声をかける。 「よう。お前、昨日の帰りに実装金を拾ったんだって?」 「…………」 日陰で涼んでいるとしあきが冷たい缶コーヒーを男に投げてよこす。 片手で受け取るとプルタブを起こし、一気に呷った。 木材を地面に下ろしタバコの吸い殻を空き缶に入れるとしあきの横へ腰掛ける。 「まだ子供なんだろ? 俺がビシバシ躾てやろうか?」 としあきはいわゆる『虐待師』と呼ばれる人種だった。 実装石の精神から肉体に渡る虐待、実装種の躾など実装シリーズの扱いはお手の物。 長年の経験に裏付けされた確かな技術。彼の部屋に行った時に見た、 苛烈な虐待に自分から死を望む実装石や人間を下僕と見ることが多いはずの実装紅の従順な姿から 男はとしあきの腕前を十二分に知っていた。だが男は首を横に振る。 「…あいつは……賢い…」 「そりゃあな。実装金は狡賢いし、ある程度頭は良いだろう」 「……そうじゃない…あいつは、最初に母親の墓を作ることを俺に頼んだ…… 人を騙そうとした訳じゃない……本当の…涙を流してたんだ……」 「そうか。愛情深い個体なんだな。ま、お前がやりたいようにやれよ。 実装金ってのは人すら騙す糞蟲かただ単にいたずら好きの無垢な個体の二種類に分かれる。 お前が無理だったら、俺が『処理』するよ」 そう言うととしあきのタバコの先が激しく燃え、灰になる。 としあきの言葉に嘘は無かった。 朝、男が現場に向かう前に流し読みした『実と装』にも実装金の狡猾さはありありと書かれていた。 しかし男は信じていた。仔実装金が流した涙を。悲しみに満ちた嗚咽を—— 「……コーヒー代…」 「いつも奢ってもらってるからな。今日は俺が出すよ」 「…すまん……」 そういうと男はコーヒーの空き缶をくしゃくしゃに潰すと、自動販売機横のゴミ箱へ放り投げ、 資材を担ぐと再び仕事に戻っていった。 「スチール缶なんだがなぁ。あいつ、うっかり実装金を握り潰したりしないだろうな……」 としあきも空になった缶をゴミ箱へ捨てると、仕事へ戻っていった。 その日の夕方、仕事を終えた男はスーパーで簡単な総菜と生卵、 紙パックのオレンジジュースを買って家路へと着く。 玄関を開けると仔実装金が満面の笑顔で向かえてくれた。 「人間さん、おかえりなさいカチラ」 「……ん…ああ……」 水槽の中を覗くと実装フードが入っていた皿が空になっていた。 成長期の子供には朝、昼と分けても量が少なかったかも知れない。 「……すまん…腹が減っているだろう。すぐに夕食にする」 「カチラ♪」 新品の卵焼き用のフライパンに油を入れる。 コンロで十分に温まったら、甘〜い卵焼きの素を入れた溶き卵を入れ、薄く延ばして—— ……結果、スクランブルエッグとお焦げの中間のような物体が出来た。 一応、皿の上に置いてみる。男と仔実装金の間に気まずい空気が流れた。 「……すまん…すぐに作り直すから待っててくれ…」 「んー。大丈夫カチラ」 ひょいと仔実装金が卵焼きのようなものを口に運ぶ。 「あ。見た目はともかく、甘くておいしいカチラ♪」 「…………」 男が戸惑っている間に仔実装金は卵焼きのようなものを平らげてしまった。 「ごちそうさまカチラ。とってもおいしかったカチラ」 「………あ……ん、ああ……」 男は照れくさそうに鼻の頭を掻くと、卵焼きの練習を心に誓った。 そして、皿を洗うと昼の間から考えていたことを仔実装金に切り出した。 「名前………」 「?」 「お前の名前……まだ決めていない……」 「ああ、なるほどカチラ。ママからは名前をもらわなかったカチラ。 人間さん、私に名前をつけて欲しいカチラ」 「実装金……金……」 「ふむふむカチラ」 「…………キム」 「キムじゃないカチラーーー!!」 どうやらキムという名前は嫌らしい。男は迷って台所のほうへ目を向けた。 前にとしあきと飲んだ時の缶ビールの空き缶が並んでいる。 その中で、金色にラベリングされた缶ビール、KIRENの『ブラウマエストロ』が目に映った。 「……ブラウ…」 「ブラウ、カチラ?」 「お前の名前はブラウだ………嫌か?」 「素敵な名前カチラ♪ 今日から私の名前は『ブラウ』カチラ。キムじゃなくて、ブラウカチラ♪」 仔実装金は与えられた名前に満足し、男は安堵の息を吐いた。 男の壊滅的なセンスにしては良い名前をつけられたと自分でも思った—— 「次……ブラウ…風呂に入るぞ……」 「お風呂カチラ?」 ブラウの体には野良実装特有の体臭が染みついていた。 夏場に肉体労働をこなしてきた男も臭う。 「……洗濯……風呂…清潔にしておけば、臭わない……」 「……服を脱ぐ、カチラ…」 ブラウは難色を示した。男は『実と装』を手に取る。 実装シリーズにとって服を失うことは社会的な死を意味する。 だから、実装金も例外なく甘ロリに似た服を身に纏い産まれ、それを死ぬまで身につけると書いてある。 「…洗う……だけだ…綺麗にして、乾いたら……すぐに返す……」 「カチラ……」 ブラウは恐る恐る服を脱ぎ、男に手渡した。裾には母親のものか、自分のものか。 血の跡がシミになっている。 男は自分の服とブラウの服を洗濯機に入れ、洗剤をいつもより心持ち多目に入れると風呂場に入った。 実装シリーズにとって火傷は致命的と書いてあったので、 ぬるいお湯を洗面器に張ってブラウの風呂代わりにする。 「気持ちいいカチラ♪ ママが噴水で洗ってくれた時みたいカチラー」 「……髪、洗う…強く目を瞑っていろ……」 「カチラー」 ブラウの髪を実装汎用シャンプーで洗う。 シャワーで泡を流すと縦ロールを振って水気を飛ばして見せた。 ——成る程。『実と装』に書いてあった通り、縦ロールは自分の意志で動かせるんだな。 男は自分の体とブラウを隅々まで洗うと、洗面所でブラウにハンカチを巻き付けた。 服を洗濯し終わり、乾くまでハンカチ一枚で過ごしてもらうことにした。裸よりは幾分かマシだろう。 「サッパリしたカチラ♪」 「………」 思ったより手がかからなかった。ブラウの母親は相当教育熱心だったようだ。 男は小さなコップに4分の1、オレンジジュースを入れて水槽の中に入れる。 「……風呂の間………大人しくしていた…だから、ご褒美……」 「こ、これは!? ママが言ってた伝説のオレンジジュースカチラ!」 「…これからも……良い子でいれば…卵焼きと、オレンジジュースをやる……」 「ありがとう人間さん。いただきますカチラー♪」 ブラウは半分を一気に飲むと、名残惜しそうに残りの半分をちびちびと飲んだ。 縦ロールが感情を表すかのように上下している。 男は厳つい顔に、優しい笑みを浮かべてその姿をじっと見ていた—— 情操教育が必要だと思った男は絵本を何冊か買ってきてブラウに渡した。 ブラウを水槽の外へ出して絵本を渡すと、目を輝かせて絵本に見入っている。 ——危ないものは大体教えてあるし、火を使うような危険なことはしないだろう。 もう水槽は必要ないかも知れないな。 男は絵本に夢中になっているブラウを目を細めて見る。 そして、彼女の名前の由来になった金色の缶ビールを開けると、一人酒を始めた。 傍目から見ると、父子家庭で育児に余り関心が無い父親が一人で酒を飲んでいるように見えないこともない。 しかし男は子育てなど経験が無かった。 だから、絵本やテレビから一般常識や女の子らしさを学び取ってもらうしかない。 男が明日の現場やブラウの将来を平行して考えながらビールを呷っていると、 服の袖を引っ張る感触に気付く。ブラウが絵本を持って男を見上げていた。 「人間さん、お願いがあるカチラ」 「……何だ…」 「絵本を読んで欲しいカチラ♪」 「………」 やや間があって、 「……平仮名は……読めるだろう…」 「ブラウにも読めるけど、それでも人間さんに読んでほしいカチラ」 「……俺は、読む速さが…その、足りない…」 「駄目カチラ?」 ブラウは残念そうな顔を浮かべる。男はこの顔に弱い。 男は咳払いをすると、絵本を独特なスピードで読み始めた。 「……昔々…あるところに…」 「カチラー♪」 朗読と言うにはあまりにも遅すぎる男の読み方。 それでもブラウは、両手で頬杖をつき、楽しげに足と縦ロールをパタパタと上下させながら 絵本と男の顔を交互に見続けていた。
