性悪実翠石の妃翠ちゃん ⑭(最終回) お別れ、そして・・・ ----------------------------------------------------------------------- すっかり春を迎えたとある日の朝。 実翠石の妃翠が、いつものように庭飼いされている実装石のミドリに餌をやりに行くと、 当のミドリは犬小屋に持たれかかってぐったりとしていた。 トイレ(といっても犬小屋の横に掘られたただの糞穴だが)に行く体力も無いのか、 パンツの中にたっぷりと糞を漏らしている。 妃翠が近付いても濁った目で睨みつける事しか出来ないようだった。 『ママ、だいじょうぶテチ!?しっかりしテチ!』 ミドリの仔が心配して寄り添っているが、それに応える気力も無いらしい。 妃翠はミドリの傍らに餌皿を置くと、声をかけるでもなくそのまま家の中へと戻ってゆく。 糞を漏らすなと小言をぶつける価値も無い、そう言いたげな妃翠の背中を、 ミドリは呪詛を込めて睨むしか出来なかった。 その日の夜。 仕事から帰ってきた主人は、妃翠からミドリの様子について報告を受けると、 少し考え込んでから動物病院に往診の予約をいれた。 数日後の休日。 往診に来た獣医から、偽石が弱ってもう長くはない事を告げられ、主人は憮然とした表情で黙り込む。 もう回復は見込めないから、最期くらいは室内飼いに戻してはどうか、という獣医の言葉に従い、 主人はミドリを久方ぶりに家の中に入れる事にした。 ミドリの仔も一緒だったのは、せめてもの温情のつもりだった。 ミドリは普段使っていない客間の隅に置かれた大きめのダンボールの中に、仔と共に安置された。 自力でトイレにいけないミドリのため、総排泄孔には管を挿し込み、排泄パックに繋げて貰うよう獣医に処置してもらう。 寝たきりとはいえ、親仔共々念願の室内飼いに戻れた事をミドリは喜んだが、 その思いはたちどころに霧散する事となる。 薄暗い客間の、ごく限られた一角。 大きめとはいえダンボールの中だけが、ミドリ親仔に許されたスペースだった。 食事は相変わらずの格安実装フードが日に二回だけ。 遊び道具は一つもない。 寝たきりとなったミドリにとっても、遊びたい盛りの仔にとっても退屈極まりない環境だ。 主人と触れ合えるのは数日に一度、排泄パックを交換する時だけ。 その時ですら、主人は声をかけてもくれない。 せめて絵本や玩具を、と主人にお願いしてみたものの、返ってきたのは冷たい視線だけだった。 仔が主人の気を引こうと一生懸命歌って踊ってみせるが、褒めるどころか目線さえくれない。 こんなに可愛い我が仔が主人を思って、たくさん練習したお歌や踊りなのに、 主人はただただ冷たかった。 そして・・・。 「ぁんっ♥あんっ♥ご主人さまぁ♥」 甘ったるい嬌声と共に響く肉を打ち付け合う音に、ミドリ親仔は耳を抑えて目を強く瞑る。 毎夜聞こえてくるこの声と音に、ミドリ親仔は神経を蝕まれていた。 如何に自分達親仔がぞんざいに扱われているか。 如何に自分達親仔が愛されていないか。 そして、如何にあの肉穴人形のデキソコナイが主人に愛されているか。 それを嫌と言うほど思い知らされてしまうから。 『ママ、どうして、どうしてご主人サマはワタチタチを好きになってくれないのテチィ・・・?』 目に涙を溜めて問う仔に、ミドリは何も答えてやれなかった。 「好きぃ♥好きですぅ、ご主人さまぁ♥」 主人と妃翠の、互いの想いを確かめ合う濡れた音が聞こえて来る度、ミドリの心は渇き、軋みを上げ続けた。 とある日の朝。 「ほら、朝ごはんです」 ひどく肌艶と機嫌の良い妃翠が餌、皿に盛られた格安実装フードを寝たきりのミドリのすぐ側に置く。 『・・・なんで、なんでおまえみたいな媚び穴人形が愛されて、ワタシタチが愛されないんデス?』 ふと漏れたミドリの言葉に、妃翠は口元を意地悪く歪める。 「簡単な事です。おまえたちみたいに求めるだけの卑しい性根のやつらが、愛されるわけないです」 妃翠の言葉にミドリは顔を真っ赤に染めるが、妃翠は構わず続けた。 「おまえ、お家の中に戻してもらった時、ちゃんとご主人さまにお礼を言いましたです?」 『・・・デ?』 ポカンとするミドリに、妃翠はほら見ろとばかりに唇の端を吊り上げる。 「ご主人さまに迷惑をかけてばかりのおまえなんて、捨てられてもしょうがなかったのに、 弱ったおまえをご主人さまはお家の中に戻して世話をしてあげてるです。 それなのにおまえは自分の事ばかりで、お礼の一つも口にしないです」 『・・・な、何を言ってるデス・・・?』 「おまえ達は愛される事を当然と思い込んで、ご主人さまに何をしてもらうかしか考えていない、 しょうもない卑しいやつです」 『い、卑しいのはお前達ジッスイ・・・』 「ふざけるなです。わたしはご主人さまが大好きだから、喜んでもらいたくて、毎日お家のお手伝いを頑張ってるです。 エッチなことだって、ご主人さまに気持ちよくなってもらえるように、たくさん頑張ってるです。 ご主人さまもそんなわたしを認めて、すごく可愛いがってくれて、愛してくれているです。おまえと違って」 『・・・・・・』 「おまえはご主人さまに愛してもらえるように何かしたです?何もしてないです。 代わりに迷惑になることばかりしてるです」 『・・・・・・』 「それで愛されようなんて、ご主人さまを舐めてるとしか思えないです。どっちが卑しいか、これでよくわかるです」 『・・・う、うるさいデス!もう聞きたくないデスゥ!』 『マ、ママをいじめるなテチィ!』 耳を抑えてイヤイヤと首を振るミドリを守ろうと、仔が四つん這いになり歯を剥き出しにする。 そんなミドリ親仔に、妃翠は意地悪い笑みを浮かべた。 「でも、おまえ達には感謝もしてるです」 唐突な妃翠の言葉に、ミドリ親仔は怪訝な表情を浮かべるが、妃翠は構わず楽しげに言葉を続けた。 「だって、おまえ達が卑しければ卑しい程、その分わたしがご主人様に愛してもらえるからです」 「おまえ達がお家の中にいてお世話をしなくちゃいけないせいか、ご主人さまは最近すごく元気がないです」 「そんなご主人さまをわたしが慰めて、ご主人さまと愛し合って・・・♥ ここ最近は毎晩エッチしちゃってるです♥」 「ふふっ♥毎晩あんなにたくさん注いでもらっちゃったら、 きっとすぐに妊娠、しちゃうです♥」 うっとりとした表情で子宮のあたりを撫でてみせる妃翠に、 敗北感に打ちひしがれたミドリ親仔は何も言い返す事が出来なかった。 言いたい事を言い尽くしたのか、妃翠はそのまま背を向けて客間を後にする。 鼻唄交じりだったのは、今夜の主人との情事を待ち侘びているからだろう。 後にはミドリのすすり泣く声と、仔の気遣わしげに鳴く声だけが響いていた。 数日後。 妃翠とのやり取りの後、一気に衰弱した感のあるミドリが仔を呼んだ。 『・・・ワタシは、もうダメデス・・・』 胸の偽石から伝わる痛みに耐えながら、ミドリは苦しげに仔に話しかける。 『ママ、そんなカナシイこと言わないでテチ!』 涙を流してすがる仔に、ミドリは噛んで含めるように言い聞かせる。 『・・・ワタシがカナシイことになったら、オマエはこのお家からすぐに逃げろデス。 逃げて、ワタシの分まで、生きてシアワセになるデス』 『イヤテチ!ママも一緒じゃなきゃイヤテチ!』 『・・・ママからの最期のお願いデス。オマエは生きて、たくさん仔を産んで、ちゃんとシアワセになるデス。 ママの分まで、シアワセになるデス・・・』 『ママァ!』 仔の泣き声を聞きながら、ミドリは目を閉じる。 パキンッという音と共に胸の奥で激痛を感じた瞬間、ミドリの意識は闇に呑まれ、二度と目を覚ますことはなかった。 ミドリの遺骸は主人の手により、庭の端に埋められた。 惰性と義務感で飼い続けただけだったが、やはり死んだとなれば思うところがあるのか、主人は一応手を合わせる。 妃翠も主人に倣い手を合わせた。 ミドリの仔は、気付けばいつの間にか居なくなっていた。 ミドリへの義理として、里親探しくらいはしてやるつもりだったのだが、逃げ出したのであれば致し方ないと思い直す。 仔実装が一匹で、しかも野良で生きていけるはずもない。 早晩どこかで汚い染みになるか、野良実装かカラスにでも食われるかして、 世間に迷惑をかける事にはならないだろう。 「ね、ご主人さま。大事なお話がありますです」 くいくいと、妃翠が手を引いて、軽く目頭を押さえていた主人の顔をしっかりと見つめる。 その顔は、嬉しさと恥ずかしさで赤く染まっていた。 「・・・わたし、ご主人さまとの赤ちゃん、できたみたい、です♥」 下腹部を撫でながらのその言葉に、主人は妃翠の身体を優しく抱き締めた。 主人も妃翠も、新たな家族を迎えられる幸せを噛み締めるように、互いの体温を感じ合う。 二人の間には、ミドリもその仔も、最初から介在する余地など無かったかのように。
