辺りはすっかり暗くなっていた。 公園でノロと別れた後に寄り道して帰ったためだ。 『 ただいま……と…。 』 「 おかえりなさいデス………あれ?ご主人さま、どうしたデスか? 」 自転車を押して門をくぐるとカセン達が出迎えてくれた。 その俺の顔を見るなりカセンが普通と違う雰囲気を感じ取ったか、不思議な顔をしている。 さっきまでのノロの事で、自然に気持ちが沈んで顔に出ていたらしい。 そんな事を、どうにかカセン達に気取られまいと笑って見せた。 『 いや、何でもない。 それよりお前たち、おばさんに迷惑かけなかったろうな? 』 「 いい子にしてたテチュ! 」 「 テチテチー♪ 」 ケンとコウも俺が帰ってきたのが嬉しいらしい。 たとえ実装石でも、笑顔で出迎えてくれると心が温まる。 『 そうか……それじゃ、お前たちも腹が減っただろうから飯にするか。 』 「 テチュテチュ……ン… 」 「 チュム……ング……チュム…… 」 育ち盛りのケンとコウは徳用にもかかわらず、実装フードを美味そうに齧っている。 昨日と同じ袋の物だ。 毎食同じ物では流石に味気ないだろう。 せめて明日は味付けが違う実装フードを買って来てやるか、とも思う。 その傍でカセンの皿に実装フードを盛り付けて袋の口を閉じた。 まだ俺の夕飯までには時間が有るようだ。 やはりノロの事を考えていた。 思った通り、アイツは独りぼっちだった。 …と、こうして考えるだけでは昨日と同じだ。 そうだ、こうやって考え込んでいるよりも……俺はカセン達に声をかけた。 『 なぁ、カセン。それにケンとコウも話を聞いてくれ。 』 「「「 …? 」」」 3匹は実装フードを摘んだ手を止めると俺の方を見上げた。 『 俺がな、もう1匹実装石を連れてくるって……飼うって言ったら反対するか? 』 俺の突然の言葉に理解できないのか、それとも驚いたのか。 3匹の表情が一瞬強張った。 「 私たちの他に…デス? 」 『 そういうことだ。 』 「 こわいテチュ…? 」 「 いじめるテチ…? 」 『 あ、心配するな。 そんな嫌な奴じゃない。それでな、みんなに聞いて欲しいんだが… 』 俺は3匹にノロという実装石について幾つか話した。 3匹と同じく飼い実装探しの時に知り合い、名前を付けた事。 馬鹿でグズでノロマで意地汚いが、決して悪い奴では無い事。 公園ではいつも他の実装石達から虐められてる事。 家族も友達も居ない。 いつも一人ぼっちの実装石である事を。 『 一緒にいてもなかなか面白い奴なんだ。 ノロ自身、あそこの公園にこれから居ても虐められて独りぼっちだし、 俺達の旅に一緒に連れていってやろうかと思うんだが…… お前たちはどう思う? 』 「 なぜ私たちに聞くデス? 」 『 俺が連れてきたとしても、お前たちと上手くやっていけるとは限らないからな。 それなら連れてこない方がいい。 』 カセンと仔実装達は顔を見合わせ、相談を始めた。 たかだか実装石の事情と他人は言うかもしれないが、俺はそう思えない。 人間でさえ、新しく入ってくる住人を快く受け入れる者は少ない。 実装石なら尚更だ。 新しい住人と揉めるようなら、連れてこない方がいい。 「 …そのノロさんは、公園で虐められてるデスか? 」 『 あぁ、いつも虐められてな……いつ死んでもおかしくないくらいだ。 』 「 なら大丈夫デス! 」 カセンが自信を持って答えてくれた。 「 私たちも公園で虐められてたから川の方で住むことにしたんデス だからそのノロさんとも仲良くなれるデスよ 」 『 そうか…ケンとコウはどうだ? 』 「 ママがそう言うならまちがいないテチュ! 」 「 ワタチもさんせいテチ! 」 『 分かった……ありがとな、お前ら。 』 その後、飯を食ってから風呂前にMTBを改装を施す。 少々不恰好だが前部に大きめのカゴを取り付けた。 『 ちょっとお前ら、乗ってみてくれ。 』 カセンを持ち上げると、カゴの中に入れた。 カゴは割と大きめだったらしく、カセンの身体を入れてまだ余裕が有る。 「 子供達はどうするデス? 」 『 一緒だ。ケンとコウ、こっちに来い。 』 更にケンとコウも前カゴの中に入れた。 『 居心地だどうだ? 』 「 高い高いテチュ! 」 「 最高テチー! 」 MTBに前カゴを付けるのは不恰好だが、仕方ない。 成体実装1匹と仔実装2匹は入れるだけの大きさのカゴだ。 カセンも移動中、子供達と一緒なら安心だろう。 「 そういえば、ノロさんはどこに乗せるデス? 」 『 アイツは俺の背中のリュックの中に入ってもらうよ。 』 「 けれど私たちを乗せて重くならないデスか? 」 『 そりゃ、重いに決まってる。 その分遅くなるが、ゆっくり走ってくことにするさ。 別に急いでるわけでも無いしな。 』 そう、別に急いだ旅なわけじゃない。 それでも早めに出立したいのは、この家にお邪魔するのが申し訳なかったから。 下手に長居すると出て行きづらくなる。 おじさんとおばさんから、これ以上世話を受けるのは心苦しい。 『 それから、と。 』 俺はペットショップの買い物袋から首輪を3つ取り出した。 『 今のお前達は、野良実装と区別付かないからな…。 これを着けておけば、立派な飼い実装だ。 』 黒と白のスプライトの首輪の名前欄に油性マジックで" カセン "と書き込み、首に通した。 『 よし、似合ってるぞ。 』 「 ご主人さま、ありがとうデス! 」 『 次はケンとコウだ。 』 ケンには青い水玉模様、コウにはピンクの花柄の首輪。 それぞれの名前欄に書き込み、2匹の首に通した。 「 ありがとうテチュー♪ 」 「 オニイサン、にあうテチ? 」 『 あぁ、似合ってるぞ、バッチリだ。 』 ケンとコウには子供向けの柄を選んできたのだが、気に入ってくれたようだ。 これで3匹は飼い実装らしく見える。 これならたとえ虐待派に目を付けられても、飼い実装に手を出す奴は……。 『 ……何考えてんだろな、俺は。 』 独り言を洩らし、思わず苦笑する。 もう関係無いから考えないようにしようと、頭を振り払った。 『 それから、カセン。 』 「 デス? 」 更に買い物袋から成体実装用の新品の首輪を一つ取り出した。 グレーを基調とした模様。 今日、ノロと別れた後、もう一度ペットショップに寄り道して買ってきた物だ。 その名前欄に油性マジックで" ノロ "と書き込む。 『 カセン、これはお前が持っていてくれ。 』 「 これは…? 」 『 今日買っておいたノロの首輪だ。 もう名前も書き込んでおいたから、お前から渡してやってくれ。 』 「 分かったデス!明日、私からノロさんに渡すデスね! 」 新入りのノロを歓迎する意を込めてカセンから首輪を渡す。 そうすれば双方ともお互いに早く打ち解けるかと思ったからだ。 首輪を着けた3匹が、MTBの前カゴに乗ったまま楽しそうに騒ぐ。 1人と4匹の旅が明日から始まる。 3匹は新しく始まる旅に期待し興奮して、今夜は眠れそうに無かった。 『 そうか……もう出て行くかね。 』 『 もっと、ゆっくりして行けば良いのに…。 』 夕食後の団欒、俺がそろそろ出発すると言うと、おじさんとおばさんが名残惜しそうにしてくれた。 『 これ以上お邪魔するのも迷惑ですからね…。 その代わり地元に帰ったら、何かこっちに送らせてもらいますよ。 』 これだけ世話になったんだから、当然何もしないつもりは無い。 地元の名産の物を大量に送らせてもらおう。 結局頼まれていた飼い実装を探す事もできなかったし、せめてもの恩返しだ。 何の役にも立たない割に、色々世話になったからにはその位、と思う。 『 しかし、心残りなのは犯人が見つかってない事ですね。 それだけは気になっていて…。 』 『 あぁ、それなんだがな、兄さん。 』 『 はい? 』 『 今日、飼い主を中心に寄り合いが有ったんだ。 』 おじさんが言うには被害者の飼い主5人が集まり、町の公民館で話し合いが行われたらしい。 議題は当然飼い実装の誘拐及び虐殺について。 多くの街の人達は無関係だが、さすがに連続して事件が続くと無視できない。 現実に、俺に飼い実装探しを依頼した奥さんも心労で倒れてしまっている。 決して軽視できる事件では無かった。 それに、まだ街には普通に実装石を飼っている人達も住んでいる。 その人達にとっても他人事で無かった。 駐在さんも加わって、住人同士で意見交換が交わされたらしい。 『 そういえば、首輪が見つかった件はどうなりました? 』 『 議員センセイの自宅の前の、だがね…。 』 おじさんは途中で言葉をつぐむと、注いであったビールを飲み干した。 『 結局、何も分からずじまいだ。 首輪が家の前で見つかったのは確かだが、それだけじゃどうにもならん。 それで犯人と決め付けるのはせっかちというもんだ…。 』 おじさんはコップに口を付けつつ、常識論を述べた。 だが当のおじさんもおばさんも、その表面に明らかな不信感が滲み出ている。 今のところ証拠は無い。 しかし地元の人間として、何かしら感づいてるかもしれない。 その議員先生が無関係と思ってないようだ。 その晩、俺は遅くまでおじさんの酒に付き合わされた。 お礼の意味を込めて、夜更けまで話をしつつ飲むことにした。 次の日、起きると俺は再び商店街へ向かう。 ノロを更に飼う事にした以上、追加して首輪の他に色々と買い込む必要が有ったからだ。 家にカセン達は置いておき、最後の買出しに向かう。 既に他の準備は整っていた。 あとは追加の買出しとノロ自身を連れてくる事。 そしてこの街を出発だ。 『 ん…? 』 公民館の前で人だかりができていた。 通り過ぎようとして、その中に見知った顔が有ったのに気付いてMTBを止める。 『 こんにちは、もう起き上がって大丈夫なんですか…? 』 声をかけたのは俺が探していた飼い実装……グリンの飼い主の奥さんだ。 確か、グリン達が殺されて寝込んでるって聞いたが。 『 あ、お兄さん。えぇ、何とか昨晩から起き上がれてね…。 それより今ね、大変なことになってるのよ。 』 『 大変なこと…ですか? 』 『 えぇ、それがね…。 また行方不明になった仔実装が戻ってきたんだけど、その仔が地図を持っていたのよ。 』 『 地図…? 』 今朝、やはりこの街で行方不明になっていた仔実装が1匹戻ってきた。 ただ今までと違い、その仔実装は汚れたメモ用紙を持っていた。 そのメモ用紙はミミズがのたくったような線で書かれた地図。 川、道路、大きな建物の配置から指し示された場所は、例の議員の自宅だった。 『 それ、本当なんですか? 』 『 えぇ、私も実際に見せてもらったけど場所は間違いないわ。 それに、そのメモ用紙にね、先生の名字まで書いてあったのよ。 』 戻ってきた仔実装が持っていたメモ用紙。 書かれていたのは議員の自宅を示した地図と、その名字。 おそらく賢かった親実装が地図と名字を書き、仔実装に持たせて逃がしたと考えられた。 前回、自宅前で首輪が見つかった時も騒ぎになった。 だが昨夜もおばさんと話したように、それ自体が偶然の可能性も有る。 何かの間違いだろうと回りは思った。 しかし、流石に今回の件に関しては別だ。 明らかに関係有りと判断させるに十分な物的証拠。 被害にあった飼い主さんを中心に、自宅へ事情を聞きに行くらしい。 もう無関係だと言い逃れはできないだろう。 『 それで戻ってきた仔実装は? 』 『 それがね…すぐに死んじゃったらしいわ。 』 『 そうですか…。 』 『 何か変な事を言ってたらしいけど。 』 『 変な事? 』 『 私も人から聞いたからよく分からないけど……夢がどうとか言ってたらしいわね。 』 『 夢…。 』 俺は、探していた仔実装が戻ってきた日を思い出した。 仔実装は事切れる間際、意味不明の言葉を遺した。 夢を見た、と その時の俺には、その意味が全然理解できなかった。 おそらく、恐怖で錯乱した仔実装が適当に叫んだのだろうと。 だが、これで二度目だ。 今回の仔実装も死の間際に" 夢 "という言葉を遺した。 単に虐待されていただけなのに、夢を見たとはどういう意味なのだろう。 奥さんと別れて買い物をした後、俺は公園にやってきた。 当然だがノロを連れて帰るためだ。 アイツの事だ、俺が飼ってやるなんて言ったら、踊り出すくらい喜ぶに違いない。 その反応を想像するだけで自然に笑みが零れる。 この時間、まだノロは高台に行ってないはずだ。 俺は適当に公園内を歩いて回った。 「 ニンゲンさん 」 『 …っと、ノロか。 』 噴水の近くを通りかかった時、ノロに声をかけられる。 相変わらず探す手間だけはかからない奴だ。 いつも通り汚い身なりのノロが、近くで俺を見上げている。 「 本当に来てくれたんデスね……来ないかと思ったデスよ 」 『 何を言ってる、俺は約束を守るぞ。 』 「 デススス…♪ 」 その言葉を聞いてノロが笑った。 実装石特有の媚びた不自然な笑顔ではない、純粋な笑顔だ。 俺が来たので喜んでやがる。 「 ……けど、これでお別れデスね。寂しくなるデス… 」 『 いや、そんな事ないぞ。 』 俺はにんまりと意味深な笑みを零して腰を落とす。 「 …デス? 」 ノロはその笑みの意味が分からず、首を傾げている。 俺は腰を落とすと視線をノロと同じ高さに合わせて、その顔を見つめた。 『 俺な、お前を飼うことに決めたよ。 』 「 デェ…? 」 『 他に3匹実装石がいてな、あとはお前と俺だ。 皆で一緒に旅をして色んな所を見て回って、俺の家に行かないか? 』 ノロが信じられないといった顔つきで俺を見ている。 『 他の3匹の実装石はな、親仔で良い奴らだ。 そいつらも公園では虐められてたらしくてな、お前とは気が合うと思う。 それに仲間が増えるって喜んでた。 』 「 …。 」 『 まぁ、贅沢はさせてやれないけどな、しっかり飯だけは食わせてやる。 その代わり、きっちり身体を洗って服も洗濯して綺麗になってもらうぞ。 』 ノロの服はやっぱり汚かったし、身体も汚れていた。 『 それが最低条件だな。 いつも自分と身の回りさえ綺麗にしていれば飼ってやる。 それで俺達と一緒に旅に行って楽しんで、面白おかしく暮らさないか? 』 俺の言葉に、ノロは呆気に取られていた。 そして暫くすると俯いて何かを考え込み…再び俺の方を見た。 「 ……なぜデス? 」 『 何がだ…? 』 「 なぜ、私を飼ってくれるデス…? 」 『 それはな…。 』 今更理由なんて考えるまでも無かった。 『 お前はノロマでグズで馬鹿かもしれんが、悪い奴じゃないからさ。 普通の人間は賢くて綺麗な実装石を飼うかもしれんが、 俺みたいなひねくれ者は、お前みたいな汚くて馬鹿なのが似合ってるって事だな。 』 俺は自嘲気味に笑った。 だが本当は、ノロだけを置いていくのが心残りだったからだ。 これからも独りぼっちでは、余りにも寂しすぎる。 それにコイツと一緒に居る時は悪い気がしない。 下手に賢い実装石より、頭に超が付くような馬鹿と一緒の方が気楽かもしれない。 『 さぁ、行くぞ?もう出発の準備ができて3匹が待ってる。 あとはお前を連れてくだけだ。 』 俺はノロの前に手を差し伸べた。 「 わ、分かったデス… 」 ノロも自分の手を、差し出された俺の手の方へ伸ばし……。 『 …ん? 』 あと数センチで触れるというところになってノロの手が止まった。 その手は宙で止まり、それ以上俺の手に触れようとはしない。 ノロの手が震えている。 降ろすことも 伸ばして触れることもできず ノロの手は小刻みに震えていた 『 どうした…? 』 ほんの僅かに手を伸ばせば届く距離。 だが決して、それ以上近づこうとしなかった。 「 デ………デッ……… 」 ノロは差し伸べられた俺の手を、じっと見つめ…何か迷っているようだ。 「 デ……デェ…デッ………デェェ…ッ…ン…… 」 『 おいおい、どうしたんだよ…。 』 気が付くと、手を止めたままノロは泣いていた。 その赤と緑の両目からはらはらと涙が溢れ、頬を伝って乾いた地面に落ちる。 『 ノロ……? 』 俺は差し伸べた手を動かすこともできず、 またノロも俺の手に震える手を伸ばすことができなかった。 「 私は……私は………………ゴ…ゴメンなさいデス…… 」 それだけ言うと俺の手との距離が遠ざかり ノロは手を降ろした 肩を震わせ、やはりノロは泣いていた。 俺の方に頭を下げ、とても申し訳無さそうにしてノロは泣いていた。 『 …俺に飼われるのが嫌だったか? 』 「 違うデス、そうじゃないんデス……とっても……とっても嬉しいデス……デスけど…… 」 『 けど、なんだ? 初めて会った時に、俺の事をご主人さまなんて言ったじゃないか…。 』 「 デッ……デェ……… 」 ノロは何かを言いたげだが、嗚咽して上手く喋る事ができない。 『 何か理由が有るのか? 』 「 わ、私は……やらなくちゃいけないデス… 」 『 何をだ…? 』 「 とっても大切な事なんデス… 私はニンゲンさんと……ご主人さまと一緒に行けないデス…… 」 『 …そんなに大切なのか? 』 肩を震わせながらノロが頷いた。 その瞬間、また涙の粒が落ちて地面に染み、跡を残す。 『 そうか……なら仕方ないな。…ほら、これで拭けよ。 』 俺はポケットティッシュを取り出すと、何枚か出してノロの目元に添えた。 ノロの顔は涙でグシャグシャだ。 そんな汚い野良実装だが、俺はノロを嫌いにはなれなくて。 泣き止むまで、背中をさすりながら傍で慰めてやっていた。 『 …そうだな、あと1日くらい伸ばしても良いか。 』 「 ェ… 」 『 俺もせっかちだったな…ノロにはノロの事情も有るだろうし。 いきなり来て、飼ってやるから来いではお前で無くても迷うだろうな。 』 俺はノロの拒絶を気にせず笑ってやった。 そして嗚咽が止まり、落ち着いたノロの肩に手を置く。 俺は顔を上げ、公園の斜め上にある高台を指差した。 『 明日、あそこの芝生で待ち合わせだ。 それまでに準備して身の回りの整理をしておけ。 』 「 デス… 」 『 …もう一度言うけどな、大切な事なのか? 』 「 ゥ…… 」 『 このまま公園にいて、お前は本当に幸せなのか…? 』 「 デスけど……やっぱり行けないデス 」 『 そうか…。 』 これだけ言っても行けないというのなら、それは余程の事情だろう。 もうこれ以上、ノロにかける言葉が見当たらなかった。 「 私は…ご主人さまに飼って貰う事は…できないデス…。 」 『 あぁ、残念だな…。 』 「 …その代わり、あと一日待ってくれないデスか? 」 『 何をだ? 』 「 旅に出発するのは今日でなく明日にして欲しいデス 明日、最後のお別れの時に……お願いを聞いてくれないデスか? 」 『 お願い…? 』 「 そうデス…ノロからご主人さまへの大事なお願いデス 」 『 お願いって…。 』 「 私にとってご主人さまはニンゲンさんだけデス そのたった一人のご主人さまに……最後に大事なお願いをしたいデス… 」 『 何だよ、改まって。 』 「 聞いてくれないデスか…? 」 『 ……分かった、できるだけの事はしてやる。 それじゃ、明日、あそこに待ち合わせで構わないな? 』 「 ありがとうデス… ご主人さま、本当にありがとうデス…… 」 ノロは涙を流しながら頭を下げて礼を言った。 泣いていたが、とても晴れ晴れとした笑顔を最後に見せてくれた。 俺は駐輪場に行き、自転車に跨る。 背後の公園を振り向き、高台の方を見上げながらノロの事を思い出した。 『 …お前がお礼なんて似合わねえよ。 』 「 ……あれ、ご主人さまだけデスか? 」 門を抜けると、カセンが出迎えてくれた。 MTBの上に俺しか乗っていないのを見て、首を傾げる。 『 あぁ……ノロは俺達と行かないって言った。 』 「 デス…? 」 『 何か事情が有るらしくてな、俺に飼われるのは駄目だってさ。 それでだ…もう今から出発するつもりだったが、明日まで延ばすぞ。 』 「 どうしてデス? 」 『 いきなり飼ってやる、っていうのも戸惑うだろうからな。 だから一日、考える時間が有ってもいいだろ。 ノロの奴、明日には気が変わるかもしれんからな。 』 ここまで来たら、あと一日くらい居ても構わないだろう。 それに、やはりノロを1匹残していくのは心残りだった。 カセン達とこれからの旅を楽しめても、必ず心のどこかで気になってしまうと思う。 しかし、あと一日待って、それでもノロにその気が無ければ仕方ない。 その時は潔く別れの挨拶をしておこう。 ただ餞別に何か食べ物を渡しておいてやるか。 どこにでもいる野良実装なんだが…我ながら実装石如きに気を回しすぎかもしれない。 『 というわけで、出発は明日だ。 』 「 準備は出来てるデスよ 」 「 いつでもしゅぱつできるテチュ! 」 「 たのしみテチュ〜! 」 おじさんとおばさんに一日延ばす事を告げると、やはりというか喜んでくれた。 俺としてはこれ以上世話になると逆に出て行きづらくなる。 だが、本当に今夜一晩だけ世話になろう。 そう思い、この日はおじさん、おばさんと夜遅くまで酒を飲みつつ話をして一緒に過ごした。 その日の朝。 寝起きは普段と変わらなかった。 いつも通り、おばさんの作る朝食の匂いで目が覚めた。 この布団とも今日で、おさらばかと思うと少し寂しい。 洗面所で寝惚けた顔を洗う。 冷たい水が寝起きの顔に非常に心地良い。 寝巻きを脱いで着替えると、台所へ向かう。 『 おはようございます。 』 『 おはよう、あと少しでできるから待っててね。 』 挨拶を交わすと玄関に向かった。 カセン達の朝食を用意しないと。 実装フードを持ってカセン達の小屋に。 寝惚けながら朝食は奮発してデザートに金平糖を、なんて考えてた。 『 お〜い、朝だ………朝飯だぞ〜? 』 ……… 『 …まだ寝てんのか〜? 』 ( トントン ) 試しに小屋の屋根を軽く叩いてみる。 しかし中から返事は無い。 『 ン…。 』 屈みこみ、小屋の中を覗いてみる……3匹とも居ない。 中は毛布だけで空っぽだった。 『 ……? 』 頭を掻きながら立ち上がり、辺りを見回す。 顔を洗うための水場の回りにも姿は見えない。 耳を澄ましても鳴き声は聞こえない。 『 お〜い、カセン!ケンもコウもどこだ〜? 』 犬小屋の回りから水場、門の近く、庭先、そして物置小屋。 徐々に睡眠から覚醒すると共に鼓動が早くなってきた。 ( 冗談ならいい加減にしろよ… ) 探す足取りも徐々に早くなり、遂に家の回りを走り回っていた。 湧き出た嫌な予感を振り払おうとするが、俺の中で益々ソレは大きくなってくる。 カセン達の姿はどこにも無かった。 ( …ゴクリ ) 立ち止まり、無意識のうちに生唾を飲み込む。 背中に冷たい汗が流れてるのが分かる。 決して認めたくない現実。 『 まさか…… 』 会社を辞め 旅に出るまで2ヶ月 この街に到着するまで10日 飼い実装探しをして3日間 そして今 出立する準備をして3日目の朝 俺の旅で最も長い1日が始まった
