「ボクゥ・・・。ボクゥ・・・」 炎天下の中荷物の入ったリュックを背負い、えっちらおっちら歩いている実蒼石がいた。 本当ならば今よりずっと軽かったはずのリュックは、行きがけの飼い主の言葉で恐ろしく 重量が増加していた。 「あ、買い物に行くんだったらついでにこれ買ってきて。あと、これとこれとこれと・・・」 ずらりと並んだ買い物メモに暑さ以外の汗を流しながらも、マスターの言葉には本能的に 逆らいがたい実蒼石である。 今彼女は買い物の帰りなのだ。 その実蒼石が坂の手前で立ち止まる。 家から最も近いスーパー。距離にして約600メートルほど。そのなかで実に500メー トルをもしめる、ゆるゆるとした傾斜の坂だ。 人間ならばさほど気にならない(お年寄りなどはまた違うかもしれないが)坂なのだが、 こと人間の三分の一ほどのサイズしかない実装シリーズにとっては実に厄介なこの坂。 別名『実装破りの坂』(マスター命名)。 とくに真夏の太陽光線降り注ぐこの次期、様々な地獄が見られることとなる。 意を決して坂を上り始める実蒼石。体力的には実装シリーズでもトップクラスの実蒼石だ が、きついものはきつい。当然、出かける前に準備は怠らない。 黒いシルクハット風の帽子は、つばの広い麦わらに、シャツは白い長袖に、靴は厚いゴム 底のものに、あらかじめ着替えてから出かけている。こういう準備を怠ると、酷い目に会う。 「デギャァァァ!?熱い、熱いデスゥゥゥゥ!!」 絶叫しながら坂を転がるように駆けてくる一匹の実装石。おそらくは実蒼石と同じように 買い物を頼まれた飼い実装なのだろう。横によける瞬間、緑色の首輪が見えた。 とにかく熱い夏は、太陽の光で熱せられたアスファルトが、鉄板みたいになることはご存 知だろう。そこを通常の実装靴で歩けばどうなるか、まあ火を見るより明らかだ。 まず感じるのは足元から上ってくる熱。じわじわと暖かくなり、ある一点から靴を貫通し た熱が直接足の裏を侵食し始める。 こうなっては逃れるすべはない。熱を保った靴を履き続けることはまさに地獄の苦痛であ るし、脱ごうものなら焼けたアスファルトを地肌で味わう天国が待っている。 おまけにこの坂、やたらと日当たりがよく、時間にもよるが陰になるものがまったくない。 そしてこの時、一日でもっとも日が当たる時間帯であった。 坂を駆け下りていた実装石は、足をつまずかせて顔面から地面に突っ込む。 そのままうつぶせの状態で数メートルずざざっとすすんで、 一瞬、時間が止まったように静止する。 「デビョォァォlタオァァオ!!!!」 むき出しの顔面を含む体の正面すべてを焼けただれさせて、かなり激しいブレイクダンス を踊り狂う実装石。 当然焼けども悪化する。しかし、その痛みがさらに踊りを加速させるのだった。 実蒼石はそんな狂演に目もくれず、同じペースで歩き続ける。 休めそうな日陰がないため、立ち止まっているのがしんどいと知っているからだ。 さて、しばらく歩き続けると、地面に転々とつぶのようなものが落ちているのが見えた。 当然、緑色だ。 目を凝らしてそれが何かを確かめるのも面倒なので、無視して歩く実蒼石に変わって解説 すると、それは蛆実装である。 もう少し進むと、まさに蛆の這う速度で進む一匹の実装石が見えた。その実装石の股間か ら、緑色の物体が一滴滴るのが見えた。 常より遅い歩みの実蒼石だが、それでも前にいる実装石よりもはるかに早い。簡単に追い 抜く実蒼石。流石にこのときは気になったのか、振り返って足の遅い実装石の顔を覗き込 む。そして絶句。 正面から降り注ぐ日光によって、顔面をむちゃくちゃに焼け爛れていたのだ。 頭巾から露出した皮膚は完全にずるむけ、赤黒い肉をさらしている。その肉も、わずかな 煙を噴出しながら、焦げによってどんどんと変色していっている。 A字型の口は、ただでさえしまりのない状態から、完全に開きっぱなしとなってしまって いる。あご辺りの筋肉が焼けてしまい、しめるどころか動かすことすら出来ないのだろう。 普段ならだらしなくよだれを垂れ流している口も、開きっぱなしではどうしようもない。 完全に喉の奥まで日光が侵入し、地面のように乾ききっている。 口内の色彩のアクセントとなるべき白い歯は、歯茎がだめになってしまったせいか、すべ て抜け落ちてしまっていた。 口も酷いが目も酷い。ガラス玉風味な目玉は熱を吸収しやすいのか、その周辺のこげ具合 が酷い。焦げていると言うかむしろ炭化している。 異常な量の熱を吸収したせいか、目玉の色は二つとも赤く染まっていた。それも、いつも の片目の赤ではなく、焼けた皮膚を髣髴とさせる、かなりグロイ色合いだ。 それならば納得がいくのが、アスファルトに転々と残る蛆実装の死体だ。 いつのころからか赤く変色した目のお陰で、この実装石は強制出産が始まった。 蛆の死体が大量に転がっている場所がなく、転々としているのはこの実装石が最後の力で 総排泄口を閉めたからだろう。あまり意味はないのだが。 蛆実装は生まれた瞬間に、熱くて硬いアスファルトにたたきつけられて死亡する。それが 延々と繰り返されていた。 この実装石も飼い実装であった。首輪とリボンがそれを裏付けている。 この実装石も実蒼石同様、飼い主に買い物をたのまれ、坂の下のスーパーまで買出しに出 ていたのだ。 ただ、この二匹の飼い主の違うところは、買い物にいって戻ってくれる能力を持っている か否か、必要のある買い物をさせたかどうかということだ。 さもなければ、体力空っぽの実装石に、特売の2リットルペットボトル天然水3本なんぞ 買わせるわけはない。しかもこの実装石は妊娠までしていたのだから。 というわけでこの実装石はあからさまな死出の旅を命令されたわけである。 野良から飼いにクラスチェンジし、味はともかく腹いっぱいの食事にありつけていた実装 石にとって、金平糖のご褒美をぶら下げられて断る理由もなかったのだ。 なおもぽたりぽたりと蛆をたらす実装石。すでに全身ミイラのようにガリガリになり、普 通の実装服から露出した肌は日光で焼けただれ、剥がれ落ち、わずかに足首に繋がってい る両足の肌だけが地面を引きずっていた。 はっきりいってキモイ。グロイ。ホラーそのものだ。 実装石を殺しなれている実蒼石でも、ここまで酷い惨状だと同情もしたくなる。うろ覚え ながらも聖印のようなものを胸の前できった。 そのときふと、坂の上のマンション、その屋上が光ったような気がした。 実蒼石がすむ家から少しはなれたところに、6階建てのマンションがある。 実装石を含むペットOKの稀有なマンションだけに、ほとんどの部屋で生き物が飼われて いるわけだが・・・。 実装石を飼っている連中だけ、高率で虐待派なのだ。 部屋の中でじっくりいたぶるのも良いが、アウトドアも捨てがたい。そんな彼らにとって、 この『実装破りの坂』(実蒼石のマスター命名)は、実にお手軽なスポットなのだ。 何しろ、坂の下においてくるだけで、死にかけるほど体力的に消耗させられる。 夏か冬だとほぼ確実に死ぬ。 おまけに出入り自由のマンション屋上からは、坂のふもとから上がりきったマンション玄 関まで、じっくりと見渡すことが出来るのだ。 坂も九合目をすぎた。あと一息である。 ちなみにここまで来るのに何匹もの実装石を目にするハメになった。 飼い実装野良実装問わず、ほぼ死因は日光によるものだ。 遮るもののない日光は、それだけで凶器になる。人間でも熱中症で気絶したり、下手をす れば死因になりうるだけに、実装石相手には効果てきめんであったようだ。 野良の実装親子を見かけた。 何を考えたのか坂の下から上がっていたのだろうが、チリィ仔実装がこの日光に耐えられ るわけもない。あっさりと倒れ伏し、焼けて死んでいたのだが、親は糞蟲だったようでむ しろ喜んで程よく焼けた仔実装たちを自分もやけどに苦しみながら、美味そうにほおばっ ていた。 こいつは腹が立つので後ろから蹴りを入れ、坂のスタート地点まで落っことしてやった。 デスクーターが坂を下りてくるのを見かけた。 下りてくるというより、上っている最中にデスクーターが仮死を迎えたのであろう、後輪 を前にして坂を一直線に転がっていった。 乗っているのは飼い実装で、紫外線カットガラスとほろのついたピザ屋のスクーターみた いなデスクーターだったため日焼けの被害は少ない。しかし、止まったところでデスクー ターは二度とまともに動かないだろう。 その他、何の目的があってこんなところに来たのか、数匹の焼死体が道端に転がっている。 ボクも一歩間違えばああなるのかなぁ。涼しくなってから買い物行けばよかったかなぁ。 などと後悔しつつ、ようやっと家に着く。 飼い主と一人と一匹で住んでいる古い家屋で、その姿はなんとなくサ○エさん宅を髣髴と させる。 鍵の閉まっている玄関をさけ(飼い主があけてくれるとは限らない)、勝手口から台所に 入る。台を上って机の上に買ったものを並べ始める。 飴の袋、大量の袋入り即席めん、冷凍食品(溶けた)、サランラップ、等等、そしてはじ めに買いに行こうと思った、肥料アンプル。 そのときふと、庭のほうから音がするのに気付く。音というか、悲鳴。 嫌な予感が背中をよぎる。即座に庭へと駆け出していた。 「フウハハーハァーー!!!死んだ実装石は糞蟲だ!中々死なない実装石は良く訓練され た糞蟲だ!!まったく虐待は地獄だぜ!!」 ズババババババババ!!!! 「デギャ、痛いデスゥ!?デヒィ、冷たいデスゥ!?このクソニンゲン、さっさとほどデビョォォォ!!??」 予想どうり、庭には飼い主と、どこから来たのか実装石が一匹いた。 実装石はどこから持ってきたのかでっかい氷柱に括り付けられ、電動エアーガンの全自動 射撃の洗礼を受けている。 氷柱にくくりつけるとはご褒美じゃないのか?と思われるかもしれないが、ためしに氷を 一塊かかえてしばらくそのままでいるといい。皮膚の感覚がなくなり、その後かなり痛く なってくる。 エアーガンから撃ち出されるBB弾は、そんな実装石の全身をわずかずつ削っていく。 ついでに、あっちこっちに飛び跳ねた弾の一部が、庭に植えたトマトを削っていく。 「・・・・・・・・・」 またか。これで三度目なのに。しつこくお願いしたのに。 当たり前だが、飼い主が育てたものではない。実蒼石が精魂込めて育てたものである。 今、最後の実が落ちた。 ゆらり、と台所に舞い戻り、戸棚に閉まったすりこぎを手に取る。 包丁や愛用の鋏ではないところは、最後の理性の表れか。 ついでに鼻にでも刺してやろうと肥料アンプルをにぎりしめてから、いまだ庭で叫び続け る飼い主に踊りかかった。
