「いいデス?ニンゲンサンを見たら、必ず頭を下げるデスゥ」 「わかっテチ」「はいテチ」 「なんでテチィ?たかがニンゲンごときになんでコウベをタレる必要があるんテチ」 「三女、オマエは下げたくないと言ってるんデス?」 「そうテッチ!」 上から数えて三女にあたるその仔実装は頭巾をぐいっと傾け、短い腕を振り回して威勢よく言い放つ。 まだ生まれたての体はふわふわで、生意気さとのギャップが余計に愛嬌を誘う——少なくとも姉たちには。 ママ実装はただ無言で冷たい視線を返すだけだった。 「止めはしないデス。でも、ママはちゃんと言ったデス」 「テェ~?」 ママ実装は仔実装たちに色々な事を教えた。ニンゲン、カラス、タベモノ、ハウス、コンペイトウ。 実装石としての一通りの最後、仔へ伝えられたのはこの土地のローカルな「ルール」それに、疑問と不満を述べる一匹の仔実装。 「ダイイチ、ワタチはカワイイカワイイだからニンゲンはツヨイツヨイでも、メロメロにしてやれるんテチィ」 ママ実装はなおも冷たい目で三女を見つめる。 まだ生まれたての仔実装、みな、何も知らない。 ママ実装がちらりと外を見る。木の陰で日の傾きと時刻を把握して目を細めた。 「今から散歩に行くデス、ニンゲンサンも勿論いるデス」 急な散歩への号令。教えられた危険存在のいる外で出ると言うのだから姉妹は大騒ぎだ。 「こ、怖いテチ」「ニンゲンサンコワイコワイんじゃないテチ……?」 「なにビビっテチ!?とっとと行くテチ!」口汚い三女、それを見て顔を険しくするママ実装。 剣呑に耐えきれないのがのんびり屋の実装石というものの性分。 それが色濃い長女も次女も口を挟めずまごまごしながら後ろをついていく。 …… …… 「ほいっ」「ヂブゥ!?」なんとも奇妙な鳴き声で、三女は狼狽える。 華麗な杖さばきの老爺によってその頭巾と後ろ髪のみが杖の一振りで剥奪されていた。 卓越した技術には、何度も繰り返した末の熟練が見て取れる。 幾匹もの実装石が犠牲になったと思しい手管。「アタマを、下げんか」 リンガルアプリを起動して、征服者のように冷たい声を後ろハゲの惨めな三女にかけた。 パニック状態でパンコンしながら地団太を踏んでいた三女は、そのぞっとする冷たさに、凍らされるように動きをぴたりと止める。 口をパクパクとさせて思わず一連のすべてを目で追っていた姉妹も、これには慌てて頭を下げる。 …… …… 近所に住むこの老人は、ヒラの社員として会社員人生のすべてを終えた男。 ひたすらに頭を下げて過ごし、面倒を避けて地位も望まなかった。 面倒そうだったから、という理由だった。 だからこそ彼は感情をこめて頭を下げる類のあれやそれに興味があった。 なぜ自分以外の者には、頭を下げるだけの事をひどく恐れるようなものがいるのだろうか。 無理やり頭を下げさせられるのはそんなに屈辱なのだろうか。無理やり頭を下げさせると、どんな気分なのだろうか。 即ち、興味を発散する対象に選ばれたのは実装石だった。 彼はそうして、思い立ったが吉日とばかりに、その日からこの公園の実装石たちにとって歩く災害となった。 常に人を見ると頭を下げるよう、実装石に説いて回るニンゲン。 …… …… 「デェ~?なんでアタマなんか下げなきゃなんないんデッ!?」 「テッ……アアッ!マっ、ママがハゲたァッ!!テチィッ!? 頭を下げなかった家族は髪を奪われた。 「逃げるテチ逃げるテチ、アタマさげたってたぶんしぬテチ!」逃げようとした仔実装。 アタマを下げるだけで生き残れるはずがないと信じているらしかった。 「テポッ」すっかりと振られた杖は末端に金属が仕込まれていて、遠心力を乗せるその一撃はトップヘビーな実装石の頭のみを千切り飛ばすのも自在だった。 「デェ~……なんなんデスゥ」 日に日に、頭を下げないと大変なことになる、頭を下げないとズキンと髪がなくなる。それが周知されていく。 昨日ハゲを嗤った家族が翌日にはハゲ。 ハゲが多数派になって、更に翌日には首の千切れた死体が並ぶ。 「アタマさげるテチママ!そうすれば助かるテチィ!」 「さげないデスッ!高貴なワタシはッ」 ボシュッ 「ママァ!」 頭を下げている仔実装。見えはしなくとも、弾くような音が聞いた。 その仔ムスメは実母の首が空中に飛んだのを理解できた。頭を下げろ。 さもなくば。 虐待派による虐殺とは違い無機質に段階を踏みながら、日を分けて老人は見せしめる。 「何デスゥこれはァ!?アタマデス……アタマが並んでるデスゥ!」 頭を下げなかった実装のハウスの周りを囲む生首。 生肉がいっぱい手に入って嬉しいデス~などと言えようはずもない。量。夥しい量。一部は腐敗している。 湿っぽさのある家族潰し。 頭を下げなかった実装石たちに無理やり頭を下げさせていく。 定年退職者の持て余した時間は、実装たちの儚く短い一生からすれば、悠久にも等しかったろう。 …… …… 老人は当初の目的も疑問もどうでもよくなっていた。 無趣味の老後にできた趣味の手段は目的にすり替わって、意味を置き去りにされた行為だけが残る。 「頭を下げる」という日本的な礼儀を、完全に無意味化した上で強制する快楽。 穏やかで人当たりの良い事で知られる無欲な老人は、誰も見ていない場所で変態的な暴君になり上がっていた。 気持ちいいから彼は繰り返していく。 さて、あの三女はどうなっているか…… 三女は頭のてっぺんを押さえ、パニックでその場でぐるぐる8の字に回りながら地団太を踏む。 「な、なにするんテチィ!? ワタチの髪さん!返せテチ返せテチィ!!このハゲジジイ!!」 多少正気付いてはいるがやはり錯乱状態、血涙をダラダラと流しながら喚き散らす。 剥ぎ取られた髪を地べたから何束か掬い取ると両手で押さえ、必死で後頭部にそれを植えようと無意味な動きを何度か繰り返す。 「デチャアアアアアアア!」 抜けた髪が当然戻らない事を思い知らされると、怒りのままに老人に向かって飛びかかろうとする。 「テチィィ!許さないんテチ!ワタチは愛され実装石のはずなんテチ!愛される髪さんだったんテチ!返すテッ……」 老人は無表情のまま杖を軽く振った。 シュッッ、そういった具合の乾いた音とともに、三女の頭の横を杖が通過して掠める。 警告の一撃だ。 老人が再度言葉を繰り返す。 「アタマ、下げなさい」 それでも三女は怯まない。 むしろ目が血走り、口汚く罵りながら老人に突進する。蟷螂の斧か。 「チャアッ?!ニンゲン!ぶったおすテチ!わからせてやるテチベッ」 突進に合わせた杖の一撃によって、その胴体と頭はすっきりと分かたれていた。 残った姉妹は老人が通過したのを足音で理解しても顔を上げられないままに恐れパンコンし、ママのルールに従うことがどんなに大事かをかみしめる。 こうして家族としての結束の基礎が強固に育まれる。 一方。家族に伸し掛かる生まれながらの足引っ張りの才能に溢れた厄介者を払う目的で老人を利用したママ実装だがこちらもプルプルと震えている。 どうあっても恐ろしいものは恐ろしい。 しかし、この類の「躾」と「厄介払い」は曲がりになりにも老人の存在に実装たちが適応した証。 彼女はそれを巧みに利用して見せたのだ。 「行ったデス、お前たち、アタマを上げるデス」 「こわかったテチィ……」「イモチャのクビがないないテッチ……」 それは彼女たちの逞しさを示しているのかもしれない。 アタマを下げろ。挨拶を怠るな。この公園の実装石たちに、長く伝えられていくだろう。 おわり

| 1 Re: Name:匿名石 2026/05/18-21:25:01 No:00009972[申告] |
| なるほど…爺さんの所業を利用して愚かな個体を間引いているのか…賢いな
日常シリーズで行政による駆除が「実装石が増えすぎると白い悪魔がやってきて実装石を殺す」って口伝になっている…という設定があったけど、ここでも「細い3本目の脚をもった人間が愚かな実装石を間引く」みたいな伝説が近くの別コミュニティにまで伝播したりして…環境に順応して生きていく逞しさと、やらかして簡単に命を落とすチリぃ愚かさが背中合わせに同居するのがまさに実装石 爺さんのほうは行為を繰り返すうちに当初の疑問や目的が無意味になっているのが、実装石の側は理不尽な暴虐からそれを利用した目的が生まれる…という対比も好きです |
| 2 Re: Name:匿名石 2026/05/22-15:51:33 No:00009977[申告] |
| 爺さんの恐ろしさを利用して間引きに使うの面白いね
爺さんがもっと年取って公園に来なくなってもしばらくは習性として根付くだろうな でもそのうち「頭を下げなくても別に何も起こらないデス」って気づくやつが現れて元に戻っていくんだろう |