タイトル:【愛】 愛しても、いいですか?2 7回目(LAST)
ファイル:愛しても、いいですか?2-7.txt
作者:匿名 総投稿数:非公開 総ダウンロード数:3594 レス数:1
初投稿日時:2006/09/07-19:27:37修正日時:2006/09/07-19:27:37
←戻る↓レスへ飛ぶ

愛しても、いいですか?2-7(最終回)



■念のための登場キャラ紹介:

・ひろあき:主人公。糞蟲実装石もたじろくほどの毒舌を武器とする、愛護派。
・レイミィ:ひろあきが助けた元・蛆の親指実装。糞蟲度高し。
・ルミ:前作の主人公としあきに捨てられた実装石。ひろあきに引き取られる。
・大元締:公園を支配・管理する謎の実装石。人語を解する。
・ノロマ・ウスラトンカチ・クソタレ・ヨクバリ:ひろあきと妙にウマの合う野良実装達。
・アンリ:ひろあきの実家で飼っていた、家族同然の実装石。今はもういない。



 押入れから取り出した水槽を、解放する。
 すでに凄まじい臭いが漂っていたが、蓋を開けると、さらに濃厚になる。
 嘔吐感を必死で押さえ、ひろあきは、水槽を風呂場に運ぶ。
 ひろあきツインスティック(菜箸)が、糞の海の中で眠っているレイミィをつまみ出し、薄く湯を張ったトレイへ逃がす。
 後から駆けつけたルミは、トレイの中の親指を、丁寧に洗い始めた。

「テチ…明るいテチ」
「あったかいテチ…ここは、どこテチ?」
「お腹空いたテチ…」
「誰かが、ワタチに触ってるテチ」


「——目を覚ましたデスか? レイミィ」

 ぬくもりの中で目覚めたレイミィは、自分を抱き抱える成人実装を見つめた。
 綺麗な瞳、凛々しくて知性を感じさせる顔、すらりとした姿。
 泣いている…目に一杯涙を溜めて。
 微笑んでいるのに、泣いている。

 どうして? なぜ?
 わからない…だけど、自分も涙が出てくる。

 レイミィの中で、何かが一つに結びつく。

「……マ…マ…?」

「そうデス! ママです、正真正銘、あなたのママデスっ!!」

「ママ…? ママ、ママーッ!! 逢いたかったテチィィ! テェェェェン、テェェェェン!!!」

 レイミィは、思い切り抱きついた。そして、思い切り泣いた。
 ルミも、レイミィをしっかりと抱き締めて、大声で泣いた。
 まるで、今までの悪い記憶すべてを流し切るかのように。

 ひろあきは、思わず清掃の手を休めて、二匹の様子をじっと見つめた。

 これでいい。
 これで……本当は良くはないのだが。

 だけど、少しずつ補おう。
 そのために、俺は出来る限りの事をしよう。
 それが、レイミィを家に迎え入れた時の誓いだから。
 迷いはしたが、もう、これからは迷いはない。
 たとえレイミィがどんな糞蟲だったとしても、俺達で、立派に育てて行こう。
 たとえ、この仔が親指だとしても。
 ——そうしなければならない。

 でも、それでいい。

 ひろあきは、再び、洗剤を投入してブラシを唸らせた。

「まったく、たった二日で、エサもないのによくここまで汚せたものデス。ゴシゴシ」

 リンガルがないのに、実装口調になっている事に気付いていない。
 だがひろあきは、レイミィが無事乗り切ってくれた事に、心底ほっとしていた。


 ひろあきから厳しい説教を受け、二日ぶりに元の環境に戻されたレイミィは、ひろあきに対する態度を大きく変えていた。


『もう、わかったというのデスか?』

「うんテチ。バカニンゲンが怒った訳がわかったテチ」

『どうしてデス?』

「ママが、教えてくれたテチ♪」

『ママ?』
「ママ?」

 ひろあきとルミが、同時に呟く。レイミィは、にっこり微笑みながら、ルミを見つめた。

「ワタチが寂しがっていたら、傍にきて励ましてくれたテチ! ワタチが反省したら、笑ってくれたテチ!」
「…えっと…」
 戸惑うルミに、ひろあきは、こっそりウインクを飛ばす。
 それを見たルミは、ハッとして、レイミィに向き直った。

「わかってくれたデスか? ママの言いたかったこと」
「はいテチ!」
「じゃあ、レイミィが反省したことを、今言ってみるデス」
「はいテチ。バカニンゲンが…」

 パン!

 ルミのビンタが炸裂する。
 何が起こったか理解できないレイミィは、頬を押さえて、呆然とルミを見つめた。
「ご主人様デス! 言い直しなさい!」
「ママ…なんで怒るテチ? こいつはワタチ達のどれ…」
 パン!
「テチィッ!!」
「奴隷とはなんデス! もうこれからは、ママは甘やかしたりしないデス! レイミィがちゃんとするまで、しっかり躾けるデス!」
「テ、テェェ…」

『ワタシも一緒に躾けるデス。もし今度ワタシをバカニンゲンなんて言ったら、今度は全身くまなくひろあきスティングを刺した上、
一週間飲まず食わずで閉じ込めるデス! イヒヒヒ〜』

 どこから取り出したのか、ひろあきは、両手一杯にマチ針を持ち、不気味に迫った。

「テチィィィッッ!!!」

 ぷり。

 せっかく綺麗にしてもらった服を着たばかりなのに、早速パンコンする。
 ルミは、呆れたため息を吐きながら、素早くレイミィの下着を引き剥がした。
「テチィッ!? パンツ返してテチ!」
「ちょっぴりだけだから、今回は許してあげるデス。でも、ウンチはトイレで。これは絶対デスよ!」
「テチ…」
「もうこれ以上お漏らししないように、トイレに行ってきなさいデス!」
「テ、テチーッ!!」

 ぴょんと跳ねるように立ち上がると、レイミィはトタトタ足音を立てて、トイレへと飛び込んでいく。
 その後ろ姿を見ながら、ひろあきとルミは、思わず微笑んでいた。

『お見事。さすがルミ、感心しました』

「ご主人様も、必要以上にレイミィを脅かさないでくださいデス!」

『こ、これは悪かったデス。それにしても、本当に見事デス』

「これは…前のご主人様が、ワタシに躾けてくださった事なんデス」

『あ…』

 思わず口に手を当てるが、ルミは笑顔のまま、首を横に振った。

「気にしないでくださいデス。
 この躾けがなかったら、ワタシはあの仔を育てられないと思うデス。
 これが——前のご主人様からいただいた、たった一つの、ワタシの大切な財産デス」

『ルミ……あなたは強いデス』

 ひろあきは、感動を覚えていた。
 こんなにも、ルミは強くなったのか。いや、元々強かったからこそ、ここまで生き長らえたのか。
 思わず押し黙るひろあきに向かって、ルミは、また笑顔で囁いた。

「ご主人様、飼い実装に"あなた"は変デス」

『そ、そうデスね…。じゃあ……お、お前…で、いい?』

「デスっ♪」

 レイミィがトイレから出てくると、ひろあきとルミが、とても嬉しそうに笑い合っている。
 レイミィは、そこに混じりたくなって、駆け足でルミの膝に飛び込んだ。

「ママー! ウンチしてきたテチー! だからワタチも混ぜてテチ!」
「まあ♪」
「バカニ……じゃなくて、ご主人様とみんなでニヤニヤニタニタしたいテチ!」

『それじゃまるで、ワタシ達がよからぬ事を企んでいるみたいデス』

「わかりましたデス、でもレイミィ。その前に、さっきの続きデスよ。さあ、あなたが反省したことを——」


 その晩は、明け方近くまで語り合いが続いた。
 翌日、ひろあきは半死人状態で出社するハメになったが、それでも、心の中はうきうきしていた。

 とても大きな、達成感があった。


 それから数日間、穏やかで、それでいて賑やかな時間が流れた——




 結局、レイミィの本当の親が誰で、どうしてあんな状況で捨てられていたのか、ひろあきはついに突き止められなかった。

 恐らく、近所の飼い実装が産んだ子供も、飼い主が勝手に間引いたのではないかと推測し、納得するしかなかった。
 本当は、何かもっと別な理由があるのかもしれないが、それを知る日は永久に来ない。
 そんな気がしていた。



 だが、公園内では、違う展開があった。

 ひろあき達の知らないところで、些細な…否、彼女達にとっては大きな事件が発生していたのだ。

「デスーッ、デスーッ!!」

 禿頭にされた上、服を剥ぎ取られた一匹の実装石が、木の板に四肢を固定され泣き叫んでいる。
 それを見つめる、年老いた実装石。とても辛そうな表情だ。
 その子供なのだろうか、二匹の仔実装が、ガタガタ震えながらしがみ付いている。
 板の上の禿実装が、ぶるんぶるんと、股間の巨大なイチモツを振り回す。

 ——成体のマラ実装。
 しかも、その知能はかなり低そうだ。

「デスーッ、デジャアーッ!! ハナシヤガレデスーッ!!!」

 動けないのに、無理矢理身体を揺する。
 巨大なイチモツから怪しげな液体が飛び散り、周りの実装石達が逃げ回る。
 公園の奥に打ち捨てられた、もう人間に使われる事のないベンチの上に立つ、さらに老齢の実装石は、そんなマラ実装の
無様な姿を、冷ややかに見下ろしていた。
 ——大元締だ。


「どうして、こんな奴を今まで隠していたのです?」

 大元締の、静かで、それでいて迫力のある声が、震える老実装に浴びせられる。
「そ、それは……デス…」

「こいつは、お前の子供ですね? マラ実装が生まれた時、どうしてすぐに私達に知らせなかったのです?」

「……それは…」

「マラ実装は、コミュニティ内での扱いを間違えると、全体に多大な迷惑をかけることはわかっていた筈です。現に、お前の家から
逃げ出したこいつのせいで、ヨクバリが犯され、食い殺されました。それだけではない、他にも被害が出ています」

「……」

「デシャーッ、デシャーッ!!」

「糞蟲だから…外に出せなかった。情が移って、間引けなかったのですか?」

 大元締の言葉に、老実装は、ただ無言で頷くしかなかった。

「これだけ性欲に歯止めの利かない、悪質で凶暴なマラ実装は見た事がありません。お前は、今までどうやってこいつの性欲を
押し留めて来たのですか?」

 獣のように怒り狂うマラ実装に冷酷な視線を投げながら、大元締は問う。
 それに答えないわけにはいかない。大元締の配下の実装石達が、じりじりと老実装を包囲する。
 大元締の定めたルールを破っただけでなく、真実を伝えないのは、すなわち死を意味すること。
 それがよく解っていた老実装は、観念して、すべてを話した。

「ワタシ達家族が、順番に………デス」

「自分達の身体を提供していたというのですか! よく、それで誰も妊娠しな……」

 大元締の声が止まる。
 今まで微動だにしなかった大元締の表情が、険しく歪む。

「——お前の家では、以前子供が一人亡くなりましたね。まさかそれは…」

「お、お許しくださいデス、大元締〜〜! デェェェェェンンンン!!!」

 老実装は、ついに、大声を上げて泣き出した。つられて、二匹の仔実装も泣き出す。
 大元締はすべてを察し、静かに目を閉じると、部下の実装石達に向かって右手を降った。

「「了解、デス!」」

 ドシュウッ!!

「デジャギャアスっっ!!!」

 鉄串を改造した二本の大槍が、マラ実装の脇腹に突き刺さり、一瞬で偽石を突き崩した。
 速やかなる、刑の執行。
 その無慈悲なまでのスムーズさに、場に居た実装石達は全身を強張らせる。
 だが、怯える仔実装二匹以外、誰一匹としてパンコンしてはいなかった。

 処刑を終えた後、大元締はベンチからひらりと飛び降りた。

「掟により、お前達はこの公園から追放です。ですがその前に、どうしても確認しておきたいことがあります」

 大元締は、老実装に迫った。




 夜が更けた。
 時計は、もう午前二時を指している。
 ルミとレイミィが、おやすみの挨拶をしてから随分経つ。
 ひろあきは、いつのまにか閉鎖していた「実装石愛護派専用掲示板」の顛末を2ちゃんねるで知り、詳細を読みふけっていた。
 としあきが、ルミに対する疑心暗鬼を植えつけられた、諸悪の根源。
 だがひろあきは、ざまみろとは思わなかった。
 むしろ、虚しさだけが感じられた。
 昔は、自分も何度かここを覗きに来て、癒されていたのだから。


 ——そろそろ、寝た方がよさそうだ。
 戸締りを確認しようと、窓際に立つ。
 ふと、何かの気配を感じた。

 誰かが、庭に居る。
 人間ではない、とても小さな…
 それは、姿こそ見せてはいなかったが、はっきりとした存在感をひろあきに感じさせていた。
 咄嗟に、実装リンガルを取り出そうとする。

「不要です。収めてください」

 窓の向こうから、声がする。
 これは実装語ではない、人間の言葉だ。
 だが声質が、人間のものではない。

 人間の言葉を喋る実装石?!
 これは…

「窓を少しだけ開けてください。声が届くように」

「誰だ? 君は」

 警戒しながら、庭を覗き込む。
 だが、どこにも怪しい影は見えない。
 相手の位置も確かめられないまま、ひろあきは、少しだけ窓を開け、その傍に立った。

「ルミさんと公園の蛆実装については、本当にご迷惑をかけました。一同を代表して、厚くお礼を申し上げます」

 その言葉に、疑問が確信に変わる。

「あなたはまさか……大元締?!」

「ご想像にお任せします」

 否定も肯定もしない。だが、その答えはひろあきの疑問に応えているようにしか思えなかった。

「逢いたかった、貴方に」
「私もです。どうしても、伝えなければならない事がありました」

 大元締と思しき者は、その後公園で起きた出来事、マラ実装の処刑、それをかくまっていた家族の事を、ひろあきに説明した。
 そして、その家長である老実装の命で、マラ実装の性欲処理に使われた娘実装が、九匹の蛆実装を産んだ事、そして家長が
それを取り上げ、大元締に見つからないように処分しようとした事…
 その娘実装も、とうにマラ実装に食い殺され、この世には居ない事も、付け加える。
 今までそのような悲劇が、大元締に知られる事もなく水面下で進行していた事は、恥ずべき事態である。

 庭から話しかける者は、それを拾ったのがひろあきであるという事を付け加えた。

「そうか…そんなことが」
「あなたがそれを拾い、弔い、そして生き残りを育ててくださった事は感謝します。しかし、あの蛆実装は、あなたの下を離れたら
天涯孤独。どこでも生きてはいけないでしょう」
「わかっている」
「育てて上げてください、あなたの手で。ひょっとしたら、悪い仔なのかもしれませんが…」

 その言葉に、ひろあきは、クスクス笑いながら応えた。
 いきなり笑い出すひろあきに、庭の者は不思議に思ったようだ。
 何かを言いかけた時、ひろあきが返答した。

「それなら大丈夫さ。昔、俺の実家に居た実装石も、初めてうちに来た時は、そりゃもうすごい糞蟲だったんだ!」

 庭からの声が止まる。
 だがひろあきは、構わずさらに続けた。

「ワガママだわ家族を奴隷だと思いこんでるわ、部屋は汚すわ食い物は散らかすわ、まるで嵐のような奴だったよ。
 そいつのおかげで、俺は対糞蟲会話能力を身につけたくらいでさ」

「だけど、俺達はそいつと打ち解けたよ。家族としても迎え入れた。あいつなしでは居られなくなった。——かけがえのない、
 大事な友達だった」

 声が、震える。
 ひろあきは、窓際に腰掛け、庭の者に背を向ける姿勢になった。
 庭からの返事は、ない。
 自然に、拳を握り締められる。

「俺とあいつは——妹のおかげで結びついた。
 今この家には、ルミが居る。そして、糞蟲だったあいつと仲良く出来た、俺が居る。
 ルミが俺達を結び付けてくれる。俺も、二人を結びつける。
 だから、今度だって、きっとうまく行くさ」

「………」


「必ず皆で、幸せになる。——それがこの前、俺と……アンリで交わした約束だ」






 一陣の、風が吹き込む。
 庭に生えた名も知らぬ草が、葉を揺らす。
 雲ひとつない夜空に浮かぶ月が、庭を照らし出していた。

 庭の中に、影がうっすらと映っていた。



「——随分、苦労したみたいだな」

「ええ」

「心配したんだぞ、俺達、ずっと…」

「わかっていました。だけど、私は……帰れなかった」

「あのニュースのせいか?」

「私は…あの時初めて、心の底から怒った。
 自分が実装石である事を呪った。
 そして……なぜ実装石が人に疎ましがられるのか、追及したかった。
 だから、皆さんを振り切って——旅に出ました」

「それで…あんなコミュニティを形成したのか」

「元々、私は野良です。あなたに拾われるまで。
 だからこそ、私はやらなければならないと思いました」

「あいつらの、意識改善をか」

 僅かな沈黙が、肯定している事を示す。
 ひろあきは、ため息を吐き出した。

「それが、お前の夢か」

「そうです。小さな私ですが、それでも、出来る限りやり遂げたい夢です」

「人間に認められるようになるまで…いや違うな、そういうのじゃない」

「人間と、本当の意味で共存できるようになるためです。たとえ、それがあの公園の中だけでもいい。それだけでも、私は——」

「なぜ、お前がそこまで?」

「もう二度と、はるみちゃんのような悲劇を生まないために——です」

 会話が、また途切れる。
 もうずっと口にしていなかった、亡き妹の名前。
 それが、ひろあきの言葉を封じた。
 また、熱い物がこみ上げる。

 沈黙は、二人の長かった別れの時を実感させる重さを含んでいる。
 二人は背中越しのまま、互いの姿を見る事が出来なかった。

「公園に遊びに行って、リンガルで、野良の実装石とバカな話をする。
 そんなのも、なかなか楽しかったもんだ」

「…」

「叶えてくれ、その夢。お前の夢は、俺達家族の夢でもあるんだ」

「ひろ……おに……」

 二人の声が、震えていた。

 もう、逢えない筈だった。
 逢わないつもりだった。
 今は立場の違う、かつての家族が…親友が、そこに居る。

 振り返れば、すぐそこに居るのに。
 時の流れは、二人に、顔を合わせる事を拒ませた。


 ぐっと息を呑み込み、ひろあきは、思い切って、僅かな沈黙を破った。


「アンリ——俺達の事なら、心配はいらない。お前はお前で、頑張れ」


「——お兄ちゃん——」


 肯定も否定も、必要ない。
 二人はたった一度だけ、かつてのように、懐かしい言葉で、互いを呼び合った。



 庭に、静寂が訪れる。
 ひろあきは、止め処なく流れる涙を拭うのも忘れ、ただ、棚の上の人形を見つめていた。 

 もう、逢う事は二度とない。
 そんな、悲しい実感があった。









                    -EPILOGUE-





 それから、二年の歳月が流れた。



 休日の午後、のどかな昼下がり。
 ひろあきは、冷やしそうめんを入れた器を持ってきて、窓際に座った。

「あっご主人様! お手伝いしますデス」
「いいよいいよ、気にするな。それよりさ、キリキリに冷えてておいしいから、ささーっと食べちゃおうぜ」
「はいデス♪」

 遠くで、今年初めての蝉の鳴き声が聞こえる。
 初夏の晴天の下、こうして二人で昼食を摂るのが、ささやかな楽しみだ。
 ルミは、庭に脚を放り出して座るひろあきにもたれかかりながら、自分用の小さな器を取った。

「それでは、いただきますデス!」
「いただきまーす!」

 チリンと、風鈴が鳴る。
 涼しく優しい風が、二人の前髪を少しだけなぜていく。
 歯ごたえのある、冷たいそうめんは、思わず二人を微笑ませるほどおいしかった。
「さすが、最高級の三輪素麺! 一味違うな〜」
「素晴らしいデス! こんなに美味しかったなんて、びっくりデス!」


 ふと、庭の一角に目線が行く。
 そこには、白い小さな石が置かれている。

 僅かに盛り上がった土。その下には、レイミィが眠っている。

「あいつも、そうめん大好きだったよな」
「ええ…今頃、天国で羨ましがっているかもしれないデスね」


 レイミィは、あれから一年後、静かにこの世を去った。
 何の前触れも、なかった。
 大好きなご主人様とママに囲まれ、のどかな日差しの差す中、眠るように命の灯を消した。

 ——寿命だった。

 未熟児として生まれたレイミィは、それでも、親指としては脅威の長寿を誇った。
 蛆実装から親指になっただけでなく、そこから一年も生きたのだ。
 必要な躾を身につけ、まだ多少口の悪さが残ったものの、二人の言う事を聞いて元気に毎日を過ごしていた。
 一杯勉強もして、簡単な足し算と引き算まで出来るようになった。
 粗相もなくなり、まるで、ひろあきとルミの子供であるかのように、毎日を楽しく過ごしていた。
 だからこそ、唐突な別離は、あまりにも悲しすぎた。

 ルミは泣いた。
 ひろあきも、こればかりは、こらえ切れずに泣いた。
 心の底から、腹の底から泣いた。
 こんなにまで、レイミィを想い、愛していたのかと、あらためて自覚するほどに。

 レイミィがかつて話した「暗闇の中のママ」は、レイミィを産んだ本当の母親だったのだろうか。
 もはや知る術はないが、もしそうだとしたら、レイミィは今も寂しくないのかもしれない。
 きっと、天国で巡り合えているだろう。
 ひろあきは、そう信じる事にした。

 レイミィの訃報は、公園の実装石達にも伝えられた。

 だが、誰一匹として、ひろあきやルミを責めはしなかった。
 逆に、最後までレイミィを育てた事に、賛辞を述べてくれた。
 まさか、野良実装達に慰められるとは思わなかったので、ひろあきは、そこでも大泣きに泣いた。
 おかげでノロマやウスラトンカチからは「泣き虫あき」という不名誉なあだ名を頂いてしまったが、それでも、彼女達の気持ちと
理解が嬉しかった。
 恐らく大元締も、同じ事を思ってくれていただろう。

 公園で新しく生まれた子供達も、今ではすっかりひろあき達と仲良しになっている。
 中には結構な糞蟲も居るが、ひろあきの特殊能力がある限り、ひるむ事はない。
 最近は、自分以外にも、公園の実装石に興味を持ってやって来る人達が見られるようになった。
 無論、虐待目的の者も居るが、その対処も、今後の課題なのだろう。
 だがひろあきには、少しずつ人間に理解を示されるようになって来た公園の実装石達が、とても眩しく思えていた。

 また今度、公園に遊びに行こう。
 ルミと一緒に。

「ところで、ご主人様」
「ん、なんだろ?」
「実は、お願いがあるデス」
「あいよ、何でも言ってくれ」
「本当に、何でもいいデスか?」
 そうめんをつるりと吸い込みながら、笑顔で囁く。
 そんなルミの頭を撫でながら、ひろあきは、そっと耳を寄せた。
「……ナニナニ、ステーキと金平糖を早く持って来やがれデス、だって?」
「そ、そんな事は言わないデスっ!」
 ぷりぷり怒りながら抗議する。
 そんなルミに平謝りしながら、今度は真面目に聞く事にした。

「子供…産みたいデス。よろしいデスか?」
「え…」
「ワタシ、ご主人様のおうちで、もう一度、子供を産みたいデス。そして、レイミィと同じくらい、ご主人様と二人で大事に大事に、
育てたいデス。……ダメ、ですか…?」

 過去に一度、出産を拒絶されたルミ。
 語尾は消え入るように小さく、よく聞き取れなかった。
 また、ご主人様に否定されたらどうしよう、捨てられたらどうしよう…?
 そんな怯えがあるのか。

 ひろあきは、目を閉じて、そっとルミのお腹に手を添えた。

「元気な赤ちゃんを産めよ。いや、元気じゃなくっても、俺が元気にしてみせる!」

「デ……」

「産んでいいよ。大家には俺が頼み込んでおく。何も気にするなっ!」
「デ、デスーッ!」

「ルミ! 一杯栄養取れよっ! よーし、なれば早速俺が…デッデロゲ〜♪」
 ルミのお腹を擦りながら、ひろあきは、胎教の歌を歌いだす。
「ご、ご主人様! まだ赤ちゃんも出来ていないデス!」
「いやいや、こういうのは早いうちが肝心なんだよ。それデッデロゲ〜♪」
「ご主人様…ありがとう、なんかちょっぴり変だけど、ありがとうデス…!」


 今日は、少しだけ暑くなりそうだ。
 二人は、幸せをかみ締めながら、共に青空を見上げた。
 だが出産となると、前途多難だ。
 笑いながらも、ひろあきは、新たな覚悟を心に刻み付けていた。



 ——ちりん

 また、風鈴が鳴る。

 その音に、一年前の夏の日を、ふと思い出す。



 『ご主人様ー、おそうめん、おそうめん!』

 『ほら、ここにおいで。レイミィ用の器はこれね。ママに食べさせてもらいな』

 『ママ、チュルチュルしてテチ!』

 『はい、レイミィ。アーンするデス♪』

 『あーん♪ …チュルチュル…うーん、おいしー! 歯ごたえがたまんないテチ!』

 『お、なかなか通な事を言うようになったね、レイミィ』

 『今度は、ご主人様、チュルチュルしてテチー』

 『お、わかった。じゃあホラ、チュルチュルっと』

 『チュルチュルチュル…ウマー♪』

 『おいしいデスか?』

 『素敵にテイスティーテチー♪』

 『そんなに好きなら、来年は、三輪の最高級の素麺を探してきてやるよ。レイミィ、ほっぺた落ちちゃうかもよ』

 『テチ! 初登場、恐怖のギャクタイソウメンテチ?!』

 『ははは、ちがうって。それくらいおいしいってことだよ。じゃあ約束しような、レイミィ』

 『はいテチー! 来年が楽しみテチー!!』

 『ああ、約束だ。俺と、レイミィと、ルミのなっ!』



「——約束のそうめんだぞ、レイミィ…。三人で、食べような…」

 生前、レイミィが座っていた位置に置かれた小さな器に麺を取り、そっと呼びかける。
 ひろあきの頬に、一筋、光るものが流れた。



 ——風に乗って、レイミィの微笑む声が聞こえた。


 そんな気がした。



















































































「デジャアッ!! か、辛いデス〜〜!!! ドジャギャア〜〜っ!!!」

 突然、クソタレがもんどりうって倒れた。

「ど、どうしたデスかクソタレ?!」
「か、辛いデス! この飴玉、途中から突然、情け容赦なく辛くなったデス!」
「デ? ワタシがもらった奴は甘くておいしいデス?」
 事態が飲み込めないノロマは、先ほどひろあきからもらった飴玉をもう一度ペロリと舐めて、確かめた。
「ホラ、甘いデス」
「ペロリ。あ、本当デス。では、この舐めた者全てが呪われるという地獄の辛さは、いったいどういう事デス!」
「あ! 誰が舐めてもいいと言ったデス! しょうがない奴デス!!」
 クソタレがもらった飴玉は、ノロマがもらったものとまったく同じ色をしている。
 どちらの飴も、同じ袋の中に入っていた商品だ。
 未開封のものを開けてもらったのだから、変なものが混じっている筈はないし、ひろあきが、虐待用のエサを与える筈などない
のだが…
 ノロマは半信半疑で、クソタレの飴をペロリを舐めてみた。

「…」
「……」
「………!!!」


「ドッギャ〜〜っっ!!!」


 衝撃の辛さ! まるで、SATSUGAIされそうな刺激!
 悪魔の歌声が頭に鳴り響き、ノロマを攻め立てる。

 グロテスク! 脳みそ飛び散り!

 出た! 禁断のポリ殺し!

 下半身さえあればいい! 下半身さえあればいい!

 D.M.○!D.○.C!

 あまりに凄まじいインパクトは、ノロマに幻覚と幻聴を見せ、聴かせる。

 のた打ち回る二匹の傍で、すでに空になっている飴の外袋が、ヒラヒラと風を受けていた。


"この中には、一つだけ辛〜いアメが混じっています。誰が当たるかな? ウッヒッヒ" 


 ノロマとクソタレには読めなかったが、外袋には、そのように印刷されていた。





「あ、しまった」

 家に帰って買い物袋を開いたひろあきは、ノロマ達にくれてやるつもりで買って来たマスカットキャンディの袋が、まだ入りっぱなしに
なっている事に気付いた。

「あっちゃ〜、しまった。うっかりあっちを置いて来ちまったか!」
「どうしたんデス? ご主人様」
「いやさ、さっきコンビニで面白いのがあってね。つい出来心で買って来たんだけどさ、それを……」 



 後日ひろあきは、唇をタラコのように腫らした二匹の実装石によって、公園内を二時間も追いかけ回されるハメになった。



(完)

---------------------------------------------------------------------

 とてつもなく長い内容になってしまいましたが、最後までお付き合いありがとうございました。

 

■感想(またはスクの続き)を投稿する
名前:
コメント:
画像ファイル:
削除キー:スクの続きを追加
スパムチェック:スパム防止のため2718を入力してください
1 Re: Name:匿名石 2023/07/14-22:45:43 No:00007520[申告]
泣けました
こっちも名作だなあ
戻る