タイトル:【愛】 愛しても、いいですか?2 6回目
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作者:匿名 総投稿数:非公開 総ダウンロード数:2743 レス数:0
初投稿日時:2006/09/07-19:24:38修正日時:2006/09/07-19:24:38
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愛しても、いいですか?2-6

■念のための登場キャラ紹介:

・ひろあき:主人公。糞蟲実装石もたじろくほどの毒舌を武器とする、愛護派。
・レイミィ:ひろあきが助けた元・蛆の親指実装。糞蟲度高し。
・人形:ひろあきの実家で昔飼っていた、アンリという実装石を模したもの。
・ルミ:流れ実装。としあきに捨てられた。
・大元締:公園を支配・管理する謎の実装石。人語を解する。
・ノロマ・ウスラトンカチ・クソタレ・ヨクバリ:ひろあきと妙にウマの合う野良実装達。

・としあき:前作の主人公。



 その頃、暗闇の水槽の中では、人形を笑わせようと、レイミィが必死になってギャグを演じていた。
 だが、人形は一向に笑ってくれない。
 さすがにネタも尽き、焦り始めたレイミィだったが、急に催した便意によって、頭の中は瞬時にリセットされた。

「う、ウンチ出るテチ! ウンチ出るテチ! トイレテチ!」
 お腹を押さえてトイレを探すが、暗闇なので、何もわからない。
 ましてこの中には、トイレも撤去されている。
 レイミィは、困り果てて人形に尋ねた。
「ママ、おトイレどこテチ? おトイレないテチ!」
 だが、人形は答えない。
 ただ、悲しい表情でレイミィを見つめているだけだ。
「も、ももも、漏れちゃうテチ! でもおトイレないとウンチできないテチ! ど、ど、どうしよ〜テチ?!」
 レイミィにとって、トイレのない所での脱糞は最悪の行為だった。
 まだ蛆実装だった頃、糞をして服を平気で汚していたが、その頃の事を思い出すだけで怖気が走るほどだ。
 だが、今は選択肢がない。このままするしかないのだ。
 レイミィは、なんとなくそれに気付きながらも、懸命に理性と欲望を戦わせていた。
「ぐ、ぐるじいテチ〜!! お、お腹パンパンテチ〜!! 死んじゃうテチ〜!!」
 必死で人形に救いを求めるが、人形は何もしない。
 それどころか、だんだん、姿が薄くなってきたように見える。

「あっ、ママ?!」

 人形は、闇に溶け込むように姿を消した。
 そして、放っていた光もなくなってしまう。
 レイミィは、再び完全な暗闇に包み込まれた。

「ひ、ヒイィィッッ!! く、暗いの怖いテチ! 怖いテチ!! ヒィィィィッ!!!」

 ぶりぶりっ
 ぶばばばばっ
 ぶりっ、ぶりっ、ぷりっ

 暗闇に怯えたため、括約筋が緩んだ。というより、恐怖心が我慢の必要性を塗り潰したのか。
 レイミィは、僅かな間だけ開放感を堪能し、その直後、自分のしてしまった事のとんでもなさに驚愕する。
 素っ裸にされていたため、服は汚さなかったものの、その大量の糞は、尻や脚をべっちゃりと汚していた。

「あ、あわわ…う、ウンチ出ちゃったテチ。おトイレでない所でウンチしちゃったテチ! 身体も汚れたテチ! またバカニンゲンに
痛めつけられるテチ!!」

「どうしてママは助けてくれなかったテチ?! やっぱりあいつはママじゃないテチ?! ワタチをバカにするために来ただけテチ?! 
きっと今頃ゲラゲラあざ笑ってるテチーッ!!」

 恥ずかしさと悔しさと恐怖心が混雑し、レイミィの糞蟲的言動がブーストアップする。

 だが、レイミィは、ふと考え直してみた。
 どうして、ママは消えてしまったんだろう?

「ひょっとしてママ…レイミィの事が嫌いになったんテチか?」
「だから、ワタチを独りぼっちにしたテチか?」
「ママ、ワタチの事を怒ってるテチ…?」

 そう思うと、とても悲しくなってきた。

「テ…テェェェェン、テェェェェン、テェェェェン…」

 レイミィの鳴き声が、水槽の中と、押入れの中に響いた。




 数時間の手術。
 元・虐待派を名乗る店員の見事な処置により、ルミはぎりぎりの所で命を取りとめた。
 だが、その方法は決して褒められたものではない。
 いわばこれは、ひろあきのエゴで行われた延命措置だ。

 ルミは体内から偽石を取り出され、それを高濃度栄養剤に漬けられた。
 しかもその際、ひび割れた偽石は特殊溶剤による補修を受けている。
 これにより、偽石の破損は免れ、ルミは死地から蘇る筈だ。

 だがこれは本来、虐待派が行う忌むべき方法だ。

 偽石を取り出され接着剤でコーティングされると、偽石は割れなくなり、その結果実装石は死にたくても死ねなくなってしまう。
 その状態にされた実装石は、延々と過酷な拷問を受け続けるのだ。
 ひろあきにとって、これ以上残酷な行為はないのではないかとすら思われるもの。
 だが皮肉にも、今はこれに頼るしかない。
 ルミとレイミィ、二人のために、なんとしても、今ルミを死なせるわけにはいかないのだ。
 ひろあきは、たとえ後でルミに罵倒されようとも、他の愛護派から非難を受けようとも、あまんじてそれを受ける覚悟を決めた。

 安静にされ、血色が戻ってきたルミを眺めながら、ひろあきは、ようやく肩の力を緩めた。

「危ない所でしたね、本当に」
「どうもありがとうございました。本当に助かりました」
「あなた、まさかご自分で偽石を取り出そうとしたんじゃないでしょうね、もしそうなら、アレは間違いなく死んでいましたよ」
「え…」
「解りやすくいうと、あの実装石は99%近く死んでいたんです。素人がヘタに扱ったら、間違いなく偽石は破損していましたね。
私ですら、全神経を使う精密作業でした」
「ありがとうございます…今は、もうそれしか言えません。何とお礼を申せばいいのか」
「いえいえ、私も、久しぶりに楽し…いや、失礼」
 そうだ、こいつは虐待派だったのだ。決して、実装石の医師ではないのだ。
 それを思い返し、少しだけ不快になるが、今はそんな事を考えるべきではない。
「どうかお礼をさせてください。このご恩は、なんとしても…」
「いえ、そんなことより、ちょっと気になる事があるんですが」
「は?」
 店員は、専用保護ケースの中で眠るルミにかけられた、首輪を指差した。
「これ、うちのチェーンで扱っている品物で、店舗で注文通りの名前を入れるんですよ」
「はい、それが何か?」
「ルミ、ってありますよね」
「は。ええ…」
「これひょっとして、あっちの方にお住まいの×××としあきさんのお宅の実装石じゃないですか?」
 意外な言葉に、ひろあきは心臓が止まるほど驚いた。
 なるべく平静を装ったつもりだったが、店員は、やはりそうか、という顔付きになっていた。
「どうしてそれを?」
「この首輪、私が注文を受けて加工したんです。名前彫り程度ですけどね。でも、同じ注文者から複数回同じ名前の首輪を
注文されるのって、珍しいんですよ。だから、なんとなく覚えてたんですよね…」
 店員が、言葉を濁す。
「はっきり言ってください、いったい…」
 ひろあきの真剣な眼差しに、店員は観念して、素直に話しだした。
「あの人、もう三回もうちから躾済み仔実装を買ってるんです。この前新しい奴を買って行ったばかりなんですよ。まさかこの実装石、
育ちすぎたんで捨てられたんですかね」

 三回目?
 三回目だと?

 ひろあきは、慌てて記憶を遡った。

 以前相談を受けてから、もう一年近く経つ。
 確か、記憶に間違いがなければ11ヶ月くらい経っている。
 11ヶ月といえば、仔実装が成体になるのに充分すぎるほどの期間だ。
 それどころか、うまくすれば二世代共に成体になっているだろう。
 だとしたら、としあきがひろあきに相談した時点での仔実装が成体になり、さらにその次に買った仔実装が成体になっていても、
不思議ではない。
 そして、としあきは三匹目を最近買った…

 ここに眠るルミは、初代のルミではない。
 ひろあきが、としあきから相談を受けた時の実装石は、彼女ではなかったのか!

 このルミの前にも、同じように捨てられた、別なルミが居る?!
 そしてそれは、ひろあきがアドバイスしたにも関わらず、としあきに捨てられたというのか。
 とすると、今あいつが飼っている、小さなルミもいずれは……


「すみません、必要な費用はどんな事をしてでもお支払いしますので、どうかこの子が回復するまで、しばらく預かってくれませんか?」
 ひろあきは、店員に向かって深々と頭を下げた。
「それは構いませんが、この店は夜間になると誰も居なくなります。この実装石は明日まで目覚めないとは思いますが、
それ以上は預かれませんよ?」
 確かに、意識が戻ってからも無人の店内に置き去りにするのはまずい。
 ひろあきは、すべて了解すると、あらためて店員に頼み込んだ。

「わかりました。せっかく助けたのですから、私も出来る限りの事をしますよ」
 店員は、とても元・虐待派とは思えないような優しい微笑みを返した。
「虐待は、勘弁してやってくださいよ」
「やめてくださいよ、それは昔の話です。ましてこれが、うちの店から出て行った奴だったら、うちの子供も同然です。必ず助けますよ」
「ありがとうございます!」
 もう一度、深々と頭を下げた。


 実装ショップを飛び出したひろあきは、としあきの家に向かって、走り出す。
 両手は、爪が肉を突き破るほどに固く握り締められている。
 激しい怒りが、ひろあきの身体を駆け巡っていた。


「としあき」

 塀越しに、庭で仔実装と戯れるとしあきを呼ぶ。
「お、ひろあきじゃないか。どうしたんだ?」
「話がある。ちょっと来い」
「待ってくれ、今、ルミと…」

「そのルミの事で話があるんだ! 早く出て来い!」

 ひろあきが初めて見せる怒りの形相に、としあきはただならぬものを感じた。
 仔実装におとなしくしているように命じると、としあきは、言われるまま門を出た。

 近所の空き地まで誘導されたとしあきは、呼びかけようとした途端、ひろあきの右フックを食らい、もんどり打って倒れた。

「い、いきなり、何すんだ!」
「うるせえ! 今度という今度は、お前を絶対に許さん!!」
「一体、何を言ってるんだ、お前?!」
「わからないなら…思い出させてやるっ!!」

 バキッ!

 ひろあきの更なる左フックが、宙を切る。
 拳がとしあきを捕らえるより先に、としあきの脚が、ひろあきの腹部にめり込んだのだ。

「ぐは…っ!!」
「いきなりなんだよ。お前、まさか俺にケンカで勝てるつもりだったのか?」

 うずくまるひろあきに、さらに踏みつけキックで追い討ちをかける。
 顔を地べたにたたき付けられる。
「ケンカ慣れもしてないのに、何のつもりだよお前? で、ルミがどうしたって?」
「お前…また…」
「あん?」
 頭を踏みつけられたひろあきは、無理矢理立ち上がろうとして、再び後頭部に衝撃を受けた。
「また、なんだって?」
「ルミを…どうした」
「どうしたって、さっき見ただろ? ちゃんと家に居るよ」
「あのルミじゃない…前にお前が飼っていた、成体のルミだ!」
「ああ、そのことか」
 何かに納得したように、としあきは脚をどける。
 倒れたひろあきを立たせ、泥と土を軽く払ってやると、手近のブロック塀にもたれかけさせた。
「そういう話なら、ケンカ腰じゃなくて、冷静に話せよ」
「そういう…って、お前、どういうつもりだ?」
 口の中を切ったようで、うまく喋れない。だが、ひろあきは怒りの眼差しを真っ直ぐ向け、なおも立ち上がろうとする。
「やめとけよ、今度は顔のケガだけじゃ済まねぇぞ」
「としあき、お前、なんでルミを捨てた?!」


「だって…あいつは俺を裏切ったんだ。捨てて当然だろう?」

「裏切っ…た?」


 言ってる意味がわからなかった。
 何を言ってるんだ?
 あの誠実そうなルミが、いったい何を…?

「あいつら、俺に黙って、勝手に妊娠しやがったんだよ」

「!!」

「俺は、そんなの許してないのに、勝手に目の色緑にしやがったんだ。バカにするのもほどがあると思うだろ?」

「お、お前…本気でそんなことを…」


「ルミって、名付けてやったんだ。
 俺の妻の名前だよ。
 留美は、子供が嫌いだった。
 だから、俺の子供を産みたがらなかった。
 なのに、他の男の子供孕んだんだぜ?!
 お前だってその事は知ってるだろ?」


「…」
 知っている。確かに知っている。
 としあきの元妻・留美は、愛人の子供を孕んだことが原因で離婚し、彼の下を去ったのた。
 当時、としあきからその時のショックを散々話されたから、よくわかる。
 あの時、としあきがどれほど傷ついたか、そして、どんなに救いを求めていたか…思い出す。
 ひろあきも、当時はとしあきに心底同情し、少しでも早く立ち直れるようにと、出来る限りの事をしたつもりだった。

 だが、あの時から、としあきは…
 としあきの心は、もう……

「ルミって名前を付けたのに、俺に黙って子供をつくるなんて、裏切り以外の何物でもないよ。お前ならわかってくれるだろう?」
「としあき…お前は…実装石を、なんだと思ってるんだ」

「だから、子供を作ったあいつらは、もうルミじゃない! 俺は、あいつらの子供みんな踏み潰して、遠くに捨ててやったんだ! 
それがあいつへの制裁だ!」

 その言葉に、ひろあきの心の中で、何かが砕けた。

「踏み……! い、今、なんて言った?」

「踏み潰したんだよ、あいつらの産んだ子供を」

「それは…まさか、一つ前のルミの時もか」

「そうだ。あいつ、蛆ばっかり産んでさ。気色悪いったらありゃしない」

「公園に捨てたんじゃないのか?!」

「そんな事はしない。みんな、俺が踏み潰したよ、間違いなく」


 ひろあきは、再び壁にもたれ、ずるずると滑り落ちた。

 ルミの子供は……死んでいた?
 すべて、としあきに殺された?
 じゃあ、レイミィとルミは……親子でもなんでもない?!
 単なる、偶然の一致だったのか?!

 俺は、無関係の両者を勝手に結びつけて、ルミを生死の境に追い込んだのか?!
 俺は…なんてことを!


「なあ、ひろあき」
 沈黙するひろあきに、としあきが近づき、屈む。
「なんで、俺を殴ったんだ? まさかお前、古いルミに逢ったんじゃないのか?」
「だったら、どうだっていうんだ」
「いや別に。もう関係ないから。だけど、お前らしいよ。古いルミに同情したんだろ?」
「…」
「まあ俺も、古いルミを殺せなかったけどな」
「おま…」
「でもやっぱりお前は、本当に、愛護派の中の愛護派だよ。実装石をただ甘やかすことしかできない奴なんだな」
「!!」
「お前なら、わかると思ってた。古いルミみたいな糞蟲は、俺達人間に害を与えるだけの存在だって事をな。だけど、愛護しか
出来ない奴には、そんな事も見えなくなってしまうのか。それってせつないよな」

「とし……あきぃぃぃっっっ!!!」

 ドカッ!

「ぐっ!」

 立ち上がり際、屈んだ姿勢のとしあきの腹に、ありったけの力で蹴りを叩き込む。
 一言だけ呻き、としあきは、前のめりにどっかと倒れた。

「お前に、そんな事を言われる筋合いはないっ!」

 それだけ言い放つと、ひろあきは、としあきの家に走った。
 クリーンヒットだったらしく、としあきはうずくまったままぴくぴくしているが、こんなのに構ってなどいられない。
 としあきは、必死で走った。


『こ、こんにちはデス…ゼエゼエ』

「こんにちはテチ。お客様テチか? ご主人様は…」

『いや、あなたとお話したかったんデス…』

 塀の向こうから、三代目のルミに話しかける。
 一人静かにボール遊びをしていた三代目ルミは、ちょてちょてと、ひろあきの方に駆け寄ってきた。
「ワタチにお話テチか?」

『うん、そうデス。あなたは……』

 そこまで口に出して、言葉が止まる。

 背筋が凍りつくような衝撃を受ける。
 視線は、三代目ルミの顔に、釘付けになった。

「? どうしましたテチ?」

『い、いや…あなたは、ご主人様が大好きデスか?』

「はい♪ とっても大好きテチ! とっても優しくしてくれますテチ!」

『そうですか、それは良かった。これからも、ご主人様と仲良く過ごすデスよ』

「ありがとうございますテチ♪」

 それ以上、言葉を交わせなかった。
 ひろあきは、傷む顔を手で押さえながら、もう一度実装ショップへと向かった。


「テチ? あのニンゲンさん、どうしたんテチ?」

 一人ボンヤリしていると、としあきが、腹を押さえながら帰ってきた。
「テチ! ご主人様ー、お帰りなさいテチー♪」
 三代目ルミは、無邪気に門の方へ駆けて行く。としあきは、しゃがんで小さな仔実装を両手で受け止めた。
「ごめんな、寂しくなかったかい?」
「ハイ、大丈夫テチ。さっきニンゲンさんが来てお話したテチ」
「ニンゲン? なんて言ってた?」
「ハイ、これからも、ご主人様と仲良く過ごすテチって♪」
「——そうか」

 としあきは、三代目ルミの頭を軽く撫でると、玄関へ向かった。
「ご主人様♪」
「ん?」
「ルミ、ご主人様がだーい好きテチ♪」

 三代目ルミは、緑と黄色の目をくりくりさせて、手の中で朗らかに笑った。





「それは避妊処理ですね。片目を義眼に替えたんですよ」

 実装ショップを出たひろあきは、先程店員から受けた説明を、脳内でリフレインさせていた。
 やはり、あの目の色はそうだったか。
 噂には聞いていたが、まさかとしあきが、そこまでするとは…
 三代目ルミは、もう子供を産む能力を持たない。ずっと、としあきの理想を裏切らない。
 これならば、きっと二人は幸せでいられるだろう。

 ——無論、納得など出来はしないが。

 だが、ひろあきはもうこれ以上、としあきに迫れなかった。
 これ以上は、単なる他人への干渉だ。
 捨てられたルミという外因がもはや意味を持たない以上、ひろあきは、ここで退くしかなかった。

 悔しかったが、それしかなかった。
 


 
 暗闇の中、孤独に耐え続けるレイミィは、自分の糞にどんどん居場所を侵食され、また身体を汚されていた。
 実際には、水槽のごく一部だけにしか溜まっていなかったのだが、全体の広さを認識できないレイミィにとっては、追い詰められた
も同然だ。
 トイレがどうしても見つからないので、やむなく何もないところで糞をするが、凄まじい抵抗感を覚える。
 何より、臭いがたまらない。
 あまりにも臭くて、眠りたくても眠れないほどだ。
 ただでさえお腹が空き、ものすごくひもじいというのに、これでは地獄だ。
 食糞で空腹と居場所の圧迫を防ごうなどという発想は、レイミィには湧いてこない。
 あまりにも、絶望的な状況だった。

 バカニンゲンは、助けてくれそうにない。
 あれから、どれだけの時間が経ったのだろう。
 ママも、あれから全然来てくれない。何度呼んでも。
 レイミィは、だんだん、自分の置かれた状況に疑問を持ち始めた。

「バカニンゲンは、あんなに優しかったのに、どうしてこんな事をするテチか?」

「本当はギャクタイハだったテチ!」

「でも、そんな事ないテチ…バカニンゲンは、レイミィの事が大好きな筈テチ」

「レイミィも、バカニンゲンの事……好きテチ、大好きテチ。イタイ事するけど、ぎゅーっとさせてくれると、気持ち良かったテチ」

「バカニンゲンに逢いたいテチ。どうすれば逢えるテチ? 助けてくれるテチ?」

 べちゃっ

「テテッ?!」
 座り込んだら、そこはさっきしたばかりの糞の上だった。
 これで三度目だ。下半身は糞まみれになり、一部は乾いて付着しきっている。
 清潔好きなレイミィにとって、これは最悪の拷問だった。

「テ、テチ〜〜っっ!!! イヤイヤイヤ〜っ! バカニンゲン、レイミィを早くお風呂に入れてテチーっ!! テェェェェン、テェェェェン」

 そこまで言って、ようやく気付いた。

 身体が糞で汚れるのは、とてもイヤだ。
 だけど自分は、あの人形に、自分の糞を投げつけた。
 それで水槽を汚した、水槽の外も汚した。
 頭に来ていて混乱していたが、自分は、今よりもっと周りを汚していたんだ。
 そうか、そうなんだ!

 ひろあきの怒った理由が、やっと理解できた。

「バカニンゲン…それでワタチを怒ったテチか?」

 そう呟いた瞬間、再び、あの小さな光が降り立った。
 レイミィの目の前で、光は、実装石の姿になる。
 光の中の実装石……人形は、満面の笑みを浮かべていた。

「笑ってくれたテチ。ママ、笑ってくれたテチ!」

 人形は、笑顔で頷く。
 あんなに、笑わなかったのに、どうして?
 嬉しかったが、不思議だった。
 レイミィは、自分なりにその理由を摸索する。すぐにはわからなかったが、なんとなく、何かが見えてきた。
 レイミィが何かに気付くと、人形は微笑んでくれる。前の時も、そうだった。

 レイミィの中で、何かが目覚めた。

「ママ、ワタチ、今度こそママをちゃんと笑わせてみせるテチ!」

 その言葉に反応したのか、人形は、また暗闇に吸い込まれるように姿を消した。
 また、独りぼっちになる。怖い、寂しい。
 だが、レイミィは、先程までとは少しだけ違っていた。

「ママを悲しませないテチ。バカニンゲンを怒らせないテチ。ワタチ頑張るテチ!」

 暗闇にうずくまるレイミィは、もう泣かなかった。



 翌日の夕方。

 ひろあきは、実装ショップに駆けつけ、例の店員に会った。
 幸い、ルミは回復して意識を取り戻しているようで、心の底から安心する。
 ケースの中では、ルミが上体を起こし、こちらを見つめていた。
 栄養剤が効いたのか、それとも、ルミが生に固執したのか、それはわからない。
 だがルミは、当初の予想を上回る回復力を見せていた。

 ひろあきは、貯金を下ろした礼金を店員に無理矢理押し付けると、ルミを引き取り、早々に店を出た。
 まず向かう先は、公園である。
 野良とはいえ、彼女を助けてくれた実装石達に経過を伝え、義理を通す必要がある。
 ひろあきは、適当な量の食料を買いこみ、公園へ向かった。


「ニンゲンさん!」
 真っ先に姿を見せたのは、ノロマとヨクバリだった。
「ああっ! ニンゲンさんお客人をギャクタイしてきたデスかっ?!」
「ハードMSという奴デス! 女王様靴をお舐めデス!」

『んな事しないデス! それより、大元締に逢わせて欲しいデス』
 
 ひろあきの言葉に、二匹の野良実装は硬直した。
「そ、そ、それは無理デス!」
「大元締は、絶対ニンゲンさんとは逢わないデス!」

『そこをなんとか、交渉して欲しいデス! ワタシは、このルミを引き取りたいデス』

 その言葉に、ノロマとヨクバリ、そして右肩の上のルミも驚く。

「「「えっ?」」」

『ルミは、もうすぐ、自分の子供と逢えるデス。でもその子供は、もうワタシの手で飼い実装としての躾を受けている…野良には
戻れないデス。二人を幸せにするためには、ワタシがまとめて面倒を見るしかないデス』

「ニンゲンさん…」
 右肩のルミが、呟く。
 ひろあきは、そちらには目を向けず、ただ必死の思いでノロマとヨクバリを見つめていた。

「——わかったデス」
「デ?! ノ、ノロマ?!」
「話はしてみるデス。でも、多分無理デス。だからせめて、大元締から何か伝言を貰ってくるデス」


『ノロマ…感謝するデス』

 頭を下げるひろあきに、ノロマは、笑顔で応える。
「ニンゲンさんには、素敵な名前を貰ったし、沢山金平糖をもらったデス。たまには、何かお返ししてやらないとデス!」

『意外に義理堅いデスね、お前』

「だから、今度糞蟲呼ばわりしたら、ニンゲンさんはワタシの指先一つでダウンデス♪」

『そんな事されたら、ワタシは明日を見失うデス!』

 パン! と互いの手を軽く叩き合うと、ノロマは、トテトテと雑木林の中に姿を消した。
 その場に取り残されたヨクバリも、何か思い出したように後を追う。
 公園の真ん中で、ひろあきとルミだけが取り残された。


「ニンゲンさん、さっきのお話、本気デスか?」

『あなたさえ構わなければ、本気で世話をさせて欲しいデス。今回は、ワタシにも責任がありますデス』

「責任? ニンゲンさんは、別に何も…」

『いや。——今は、聞かないで欲しいデス。でも、とにかく責任は取らせて欲しいデス』

「どうして、ワタシなどに、そんなに…」

『ワタシは、相手が人間でも実装石でも、約束や責任を放棄したくないだけデス』

「…」

『昔、一緒に暮らしていた実装石との、約束なのデス』

 アンリは、相手が人間でも実装石でも関係なく、約束は守り、責任は果たした。
 そしてひろあきも、アンリと約束を交わしたのだ。

 家族であり、親友であったアンリと。

『ルミ』

「はいデス?」

『うちに来てくれたら、お願いがあるデス。あなたの仔のレイミィは、正直今はかなりの糞蟲性格デス。ワタシと二人で、丁寧に
躾をしてやって欲しいです』

「はい! わかりましたデス」

『ありがとうデス、ルミ』 

 心の底から、礼を言う。だがルミは、まだどこか不安そうな表情だ。
 ひろあきが不思議そうに見つめると、ルミは、ぼそりと呟くように言った。

「ニンゲンさん——」

『はいデス?』

「——ワタシは、別なiニンゲンに飼われていた実装石デス。ニンゲンさんは、それでも構わないのデスか?」

『なんだ、そんな事デスか』

「え?」

『気にしないデス、そんな事。むしろ、家族が増えて楽しいデス。全然オッケーデス!』

「……デ……デスぅっ!」

 大粒の涙を流し、ルミは、ひろあきの頭に抱きついた。
 相当、嬉しかったのだろう。嗚咽はいつまでも止まらなかった。

 だがひろあきは、胸の奥がチクチクと痛んでいた。

 ——嘘を、ついているから。

 自分は、ルミを騙している。
 そしてこれから、レイミィも騙すことになる。
 二人を幸せにするため、とはいえ。

 その罪は、俺が精一杯償おう。たとえ、どれだけ長い時間がかかっても。
 ひろあきの言う責任とは、その事だった。

 夜の帳が、降り始めている。



 その後、再び駆けつけたノロマは、大元締の伝言を伝えてきた。
 やはり、大元締はひろあきに逢うつもりはないらしい。
 残念ではあったが、無理を言うわけにはいかない。
 ひろあきは、謹んで大元締の言葉を聞いた。

「ルミさんのご意志に任せるデス。ニンゲンさんは、きっとしっかり面倒を見てくれる筈だから、安心するデス。……だそうデス」

『ありがとうデス、ノロマ』

 そう言って、ノロマの頭を撫でてやる。ノロマは、嬉しそうになすがままにされている。
 お礼の食料を手渡し、別れの挨拶を告げると、ひろあきは、公園の出口に向かって踵を返した。

「あ、ちょっと待つデス!」
 突然、ノロマが呼び止めた。

『何デス?』

「肝心な事を伝え忘れたデス!」

『?』

 揃って小首を傾げるひろあきとルミに向かって、ノロマは、さっきより大きな声で、告げた。

「必ずみんなで幸せになるデス! これは大元締と、アンタ達との約束デスーっ!!」


 その言葉に、ひろあきの動きが止まる。


 熱い物が、こみ上げてきた。


(続く)

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 ずばり30代後半になったばかりの作者です(泣)。
 まさか、がしんたれに食われた世界に反応する方がおられるとは(もっと年齢層若いのかと
勝手に思いこんでおりました…)!

 この作品の実装石は、わざと人間臭く描いてます。
 というか私自身、ちょっと人間臭いのが好きなもので。
 たまには、こんなのもあってもいいかなと考えたものですが…お気に召していただければ幸いです。

 長くなってしまいましたが、いよいよ次回最終回デス。
 

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