飼い実装のロドリゲスは、散歩が嫌いだった。 「お散歩だロドリゲス、いくぞ」 「デスゥ」 飼い実装のロドリゲスは、3年ほど男に飼われていた。 世にも世にも珍しい無欲な実装石であるロドリゲス。 飼い実装にしては異例とさえ言える長生きで、今日もえっちらおっちらと朝の散歩に向かう。 「デー、デー」 すぐに息が上がる。 成体実装とはいえ体長は約35センチ、そもそも人間とは歩幅が違いすぎる。 身体を締めるハーネスも痛い。息苦しい。 外に出る事も好きではない。外は危険がいっぱいだ、 外にいる人間が実装石をよく思っていなさそうな事を察せる程度には経験がある。 「デスゥー」 それでも本当は、いろんなニンゲンサンに可愛い自分、美しい自分をアピールしたい。 可愛さでニンゲンにサンいっぱい愛されて、いっぱいいっぱい構われたい。 でも、それは多分難しい。 中実装の時分、外で渾身のおウタとダンスを披露した際に過激な実装嫌いの女性にひどく蹴り付けられてしまった事でそれを学んだ。 「デー、デー、デー」 公園に到着する頃にはすっかり疲れてしまう。そもそも毎日散歩するには理由がある。 「やあ、また会いましたね!」 「あ!おはようございますー!ロドリゲスちゃんは元気ですか?」 ゴシュジンサマである男が片想いしている、朝の公園を飼い犬のパグの散歩に訪れる女性と会う為の口実だ。 室内飼いが推奨される飼い実装石には不要な毎日の散歩をこのせいで強要されている。 「ハッハッ」 「デデ」 飼い主二人が話に花を咲かせている間、ロドリゲスは最も苦痛を感じる。 ゴシュジンサマに構われないからでも、ニンゲンサンに夢中なゴシュジンサマに怒るからでもなかった。 名前も知らない目の前の動物に苛まれるのだ。 目の前のパグはおとなしく、ロドリゲスに潤んだ瞳を向けて人懐っこそうにお座りをする。 毎日会うロドリゲスを悪く思っていないようだった。 ロドリゲスはといえば、少ない表情筋で眉間にシワを寄せる。 パグを見れば見るほどだった。 目の前のパグを縛るものは首輪とそこから伸びる簡単な紐だけだ、 対して、自分を覆うのは何時頃からかキツくて窮屈な脱走防止ハーネスだ。 ゴシュジンサマに自分を縛るものがなんでこんなにきついのかと聞けば、 頭の悪い飼い実装石が新しいゴシュジンサマを欲しがってあっちへこっちへ脱走した事が多発したと、 なので実装石を外に出す時はこれをつけなければならなくなった、だとかを言っていた。 ロドリゲスはパグと自分を毎日、毎日見比べざるを得ない。 自由でないのが同じでも、その程度の差を比べずにはいられない。 更にはその見た目もだ。 最初はパグの事を潰れた球体のような顔のずんぐりさんでへんちくりんだと思っていた、 だが日頃毎朝見て比べれば、否が応でも三等身にあたまでっかちな自分たち実装石も似たようなものだと気が付いてしまう。 もしかすれば、実装石はニンゲンサンから見ればそんなにカワイクないのかもしれない……なんて、そんなはずがないと思いながらも。 「クゥ」 パグがひとなきしてロドリゲスに擦り寄る。ロドリゲスはその頭を撫でる。 「デースデス」 ロドリゲスはパグのその身に触れ、脆い実装石とはまるで違う厚みと熱にいつも悔しさに近いものを覚えている。 しっかりした骨格が感じられる、皮革はがっちりとしている、毛並みもふさふさとして、いくつか抜け毛がロドリゲスにもつく。 そう、抜け毛だ。抜けても散っても生えて来る、抜けてしまえばそれきりおわりの実装石の髪なんかとは違う体毛。 まるで簡単なことしか考えられない実装石の頭でも、蓄積があれば思い至れる事はいくつもだ。 程度の差といい、その身といい、見た目と言い。 このパグと触れ合えば触れ合うほどにロドリゲスは考えに至っていく。 実装石はそもそも何か、出来が良くないだめなもの、ほんとうのものじゃない何かだという考え。 横を見れば散歩の犬たちは無数にいて、どれも実装石では考えられないような速度で動き、それでいて力強い。 実装石はどうか?どんなに急いでも速く走れないのが実装石。速度を出して走ればすぐに転ぶのが実装石。 もろい身体はすぐに骨が折れるし、ケガもしやすい。 それもすごく治りやすいけれど、それが却ってニンゲンサンや犬、その他のすべての動物たちと遠い感じに繋がってしまう。 実装石という存在の違和感をロドリゲスはうまく表現ができない。 強いて感じることを表現すればきっとロドリゲスはそれを「低さ」というだろう 実装石は「低い」のだと。 パグとの毎朝の触れ合いがその考えを補強する。 おとなしいパグを優しく撫でながら、ロドリゲスはそのつぶらな瞳を複雑そうに見つめ続けた。 自分のようにニンゲンサンとすこしお話することができなくても、このパグはたぶん、実装石より「高い」。 「おいロドリゲス、帰るぞ」 「デース」 会話を終えていたゴシュジンサマと女性に気が付き、パグからそっと離れるロドリゲス。 また疲れる道を息を切らせて歩き出さねばならなかった。 後ろチラリと見れば、名残惜しそうに振り返ったパグが見えた。 パグは女性に抱き抱えられ、あるじともどもすぐにその場を後にしていく。 「デデー……」 抱き抱えられる、なんて仔実装以来されなくなったな。 ロドリゲスはそれをさみしく思った。 でも、ゴシュジンサマを面倒がらせたくなかったので表情には出さぬよう努めた。 ノンビリして何も気づいていないような顔をして、わざとらしく能天気なおっとりさんを演じる。 こうしている分にはゴシュジンサマを含めてニンゲンサンは少しだけ自分に気を許してくれる。 だから、それを演じる。 重い足取りが家路へとヨチヨチ踏み出されていく。 飼い実装のロドリゲスは、散歩が嫌いだった。 気付いた「低さ」が洗練されていくからだった。 【おわり】
1 Re: Name:匿名石 2025/09/20-20:27:27 No:00009793[申告] |
一般的な実装石よりは賢いんだろうなあ
賢いから「低い」ことに気づいてしまうけど、賢いから自分を律して演技をすることでシアワセな飼い実装でいられる あと、パグとふれあってる場面を傍から見ると微笑ましい光景だろうな |
2 Re: Name:匿名石 2025/09/20-22:10:52 No:00009794[申告] |
この飼い実装の曖昧な自己認識力、すごく好き。
自分の価値を高いと低いとで表現する部分、極めて人間的でありながら知能指数が低い実装石を上手く表していると思う。 もうちょっと頭が良ければ幸せなのに。 もうちょっと頭が悪ければ幸せなのに。 |
3 Re: Name:匿名石 2025/09/21-04:24:23 No:00009795[申告] |
無駄に自尊心が高いそこら辺の実装石と我欲が弱く何処か俯瞰的なロドリゲス
発露は真逆の様でも半端な自意識の線上で振り回されている姿はそう遠いものではないのかも 発展性に乏しい知性と多産で消耗ありき身体その歪さに気付いた時に 開き直って好き勝手に生きるのか諦観に沈むかは賢さとはまた別な心根みたいなものではと感じる ロドリゲスが今後心理的に飛躍出来るのか否かそこ止まりかは気になるところだ 人間がせめてその機微を認識してあげれれば結果は変わるかもだがそもそも実装にソレを求めていないだろう |
4 Re: Name:匿名石 2025/09/22-02:06:33 No:00009796[申告] |
当石が気づいてないだけで嫌な気分にさせるはずのパグに対してごく優しいのがたぶんロドリゲスの本質
普通の実装石だったらうんこつけてるからね |
5 Re: Name:匿名石 2025/09/22-23:57:04 No:00009797[申告] |
言葉(というか日本語)しゃべらない名詞も知らない実装石のスク久しぶりに見てちょっと感動してる
昔はこんなんだったな、知能も まあバイリンガルという設定だけど |
6 Re: Name:匿名石 2025/10/10-13:46:25 No:00009815[申告] |
> 当石が気づいてないだけで嫌な気分にさせるはずのパグに対してごく優しいのがたぶんロドリゲスの本質
わかる…気に入らないもの見たらデシャデシャ騒いで嫌がらせしてやろうっていう 匿名掲示板の粘着荒らしみたいな実装ばっかりだから余計印象的 ロドリゲスには小さい幸せ見つけて静かに暮らして欲しいな…このゴシュジンだし難しそうだけど |
7 Re: Name:匿名石 2025/10/12-13:39:13 No:00009818[申告] |
ロドリゲスには子孫に託す感じではなく今生で幸せになってほしかった思いもあるが
ペットらしからぬ暗澹たる腹念や情念が暴走する感じはどこまでいっても実装石だったなとも感じる |