【山実装と敬老の日】 ある山実装の群れに、年老いた山実装がいた。 彼女は群れで長きを生き、長老として慕われていた。 その理由は冬を越す際の保存食の作り方や、食料配分の公平さなどいくつか挙げられるが…。 理由の一つが、自然の中での長い暮らしから彼女が会得した能力。 肌で感じる気温や湿度や、その他ありとあらゆる自然環境から、天気の予測を行う力だ。 ある日、長老が巣穴から外に出て、しばらく空を見上げていたかと思うと 近くにいた山実装にこう告げた。 「もうすぐ雨が降るデス。外で遊んでる仔たちを呼び戻すデス」 長老の言うとおり、しばらくすると雨が降り出した。 予め警告を受けていたので、仔たちは巣穴に戻っていて濡れずに済んだ。 またある年の初夏。 長老は昨年の夏からこの初夏に至るまでの気候を思い出し、こう結論づけた。 「今年の夏はとても暑いデス。水は大事に使うデス」 巣穴の近くには川が流れていたので、皆あまり長老の話を真面目に聞かなかったが、 雨の降らない日が続いて川の水量が目に見えて減り始めると、長老はこれを予知していたのかと 群れの山実装たちも気づき、水を節約して使ったおかげでどうにか渇くことなく夏を乗り切れた。 またその年の夏の終わりのこと。 「今年の冬は去年より寒いデス。冬の備えを万全にするデス」 長老の言うことなら、と群れの山実装たちはいつもより多くの食料や落ち葉を必死に集めた。 その冬は確かに例年より寒さが厳しく、例年通りの備えでは凍死者や餓死者が出ていたと思われる。 このように長老は、身体が衰えて採集の役には立たずとも、その天気を予測する能力を活用することで皆に慕われていたのだが…。 ゲリラ雷雨…線状降水帯…異常気象による今までにない豪雨。 ニンゲンの統計で100年に一度の規模の豪雨があちこちで頻繁に起こるようになると、 山実装の群れがある地域でも、長老の経験では予測しきれない突然の豪雨が起こり始めていた。 ある夏の終わり、豪雨が去った翌朝。 群れの山実装たちは、豪雨で荒れた山の様子を眺めながら話し合っていた。 「長老はまた大雨を予知できなかったデス…」 「今回の大雨では群れの仔が何匹か巣穴に戻る前に流されて悲しいことになったデス」 「長老はもう衰えたようデス…追い出すデス」 「予知できたりできなかったりするようでは、却って不安定で役に立たないデス…」 山実装たちは話し合い、長老を巣穴から追い出すことにした。 「…仕方ないデス。ワタシは今回も大雨を予知できずに仲間を危険に晒したデス…」 元長老の老実装が群れを去る日、群れの新たな長が老実装をただ一匹で見送った。 「長老、今まで世話になったデス。この木の実はせめてもの餞別デス」 「ありがとうデス…でもそれは冬に備えた貴重な食料、貰えないデス。 役に立たずのワタシはただ去るだけデス…今年の冬も厳しいデスから、備えはしっかりするデスよ」 こうして、ニンゲンの暦で言うところの9月の中頃…老実装は群れを去った。 老実装が山の中をただ一匹…その後どうなるかはわざわざ書くまでもないだろう。 その後この群れは、長老の予測や経験に頼らずに、厳しい自然と向き合わなければならなくなる。 ある時は冬の寒さと飢えに。 「ガチガチ…どうして元長老の言うとおりもっと落ち葉や木の実を集めなかったんデスゥ…」 「今さら言っても仕方ないデス…」 「寒いテチ…おなかすいたテチ…眠いテチ…」パキン 「寝たら駄目デスゥ!」 ある時は日照りに。 「川が干上がったデスゥ…」 「オミズの貯えももうないデス…」 「ママ、ママ、喉が渇いたテチ…」パキン 「目を開けるデスゥ!オロロ~ン!」 ある時は突然の大雨に。 「デジャアアアアア!いきなりの大雨デッシャァァァ!」 「外で遊んでた仔たちが戻ってこないデスゥ!」 「それどころじゃないデスゥ!おうちにミズが入ってきてるデスゥ!」 「ガボガボガボ…」パキン 幾度となく災害に見舞われることになり…。 そのたびに群れの山実装の数は減り、巣穴は浸水して蓄えた食料も駄目になった。 家を失った群れは新たな巣穴を求めて彷徨うが、都合よく洞穴などが見つかるはずもない。 自分たちの手で巣穴を掘るしかなかったが、適した場所を探す方法が分からない。 「新しく巣穴を掘るしかないデス…でもどこを掘ればいいデス?」 「寒いテチィ…!糞ママたちは早くおうちを作るテチィィィ!」 「今日のゴハンもないから、とりあえずこの糞仔を食べるデス…」 「ゴハンがないから同族食いもやむなしデスゥ…」 「テヂャ!?糞ママやめるテヂィィィッ!」パキン それでも群れの山実装たちは、どうにか小さな巣穴を掘って身を寄せ合うようにして暮らし始めるが…。 巣穴を掘るまでの間に群れは内部分裂を起こしてさらに数が減り、一気に崩壊していった。 またある時、群れの山実装たちの残った10匹ほどが、巣穴の中で夜を過ごしていたが、 不意に音がすると、巣穴の中に入ってきた狸によって一匹の山実装が首根っこを咥えられた。 「デギギッ!?」 他の山実装が止める間もなく、狸は山実装を咥えてそのまま運び去った。 「デジャァァァァァ…ァァ…!……デヂュッ!」パキン 運び去られる途中で首を食い破られたと思しき山実装の悲鳴に、残された群れの山実装たちは耳を塞ぐしかなかった。 このように群れは急速に数を減らしていき…。 「…長老…アナタがいた頃はシアワセだったデスゥ…………」パキン 最期まで残っていた長が群れの崩壊による絶望からパキンしたことで、その群れは全滅した。 長老の"予測と経験"に頼りきりだったために、自分たちで危機管理をする能力が衰えた結果であった。 その日はちょうど、一年前に長老を追い出したのと同じ日。 ニンゲンの言うところの『敬老の日』。 老実装を追い出したが故に起きた群れの全滅だったが、仮に老実装を大事にしたとしても、 その死後のことを想像すると、いずれにせよこの群れは全滅していたに違いない。 終
1 Re: Name:匿名石 2025/09/14-14:31:56 No:00009781[申告] |
昨今の天気予報なんて人間でも不完全なのに随分と薄情なもんだな…
でも実装って偽石記憶とかで生まれつき言語能力持っていたりと知識のアドバンテージがありそうだけど 結局、中途半端で柔軟性の無い知性に過ぎず技術や知恵の継承や発展とか苦手だったりするよな 今一歩文化まで辿り着けないというか |
2 Re: Name:匿名石 2025/09/15-12:09:50 No:00009782[申告] |
まあ文化はある程度生活に余裕が無いと育たないものだからその日その日を生き抜く事で精一杯な実装石が文化を生み出せないのはさもありなんデスゥ |
3 Re: Name:匿名石 2025/09/15-18:56:58 No:00009783[申告] |
知能や知能の蓄積が偽石記憶の為に停滞
故に採集生活依存であるが寸詰まりでトップヘビーの上低い身体能力 生活的余裕は無理そうだ… おまけに糞蟲化や幸福回路発動での危機意識の鈍化が常に付きまとうというね |
4 Re: Name:匿名石 2025/09/15-23:29:27 No:00009784[申告] |
そもそもスタート地点が生きた人形なんだから野外で生きられるようにできてる訳ないじゃん、って解釈もあったな |
5 Re: Name:匿名石 2025/09/16-05:01:04 No:00009785[申告] |
山実装の群れにおいては人里の野良実装の群れよりもはるかに厳しく間引きを行うというので、老体の追放もあることだろう。実際初めて見た。その際、姥捨てのような形をとっていないところにこの群れの結束のあやうさを感じた。責任感の欠如、と呼ぶべきか。群れがこのようになったいきさつはそれはそれで気になるが、追放された長老に向けられていたものが信頼ではなく依存だったところを正せていれば、この群れの命数はまだ尽きなかったのではなかろうかと思った。乙です。素晴らしい! |
6 Re: Name:匿名石 2025/09/17-01:14:11 No:00009786[申告] |
敬意ではなく一芸への依存とかと思うと何か納得
敬老に程遠いけどとても実装っぽいというか何というか |
7 Re: Name:匿名石 2025/09/19-00:49:45 No:00009788[申告] |
長老に依存するだけで知識の継承がまるで出来てなかったのね
遠からず滅びていた群れでしょう |