飼い実装テヴェールの穏やかな日々 その6 お散歩 ----------------------------------------------------------------------- 穏やかな休日の昼下り。 「バルクホルン、テヴェール、散歩に行くぞ」 今日はパパさんがお散歩に連れて行ってくれるようだ。 『わーい、お散歩テチィ!』 両手を挙げて喜ぶテヴェール。 セントバーナードのバルクホルンもゆっくりながら尾を振っている。 テヴェールは円柱形のアクリル製ケースに入れられ、ケースはバルクホルンの首元にぶら下げられた。 かつて山岳救助犬がブランデー入りの樽を首輪に着けていたことに着想を得たパパさんが、テヴェール用に手作りしたものだった。 当初はバルクホルンの背に乗せようかと考えたのだが、さすがにそのまま乗せるのは落下する危険性が高いと思い直し、今の形に落ち着いたのだ。 『テチャァァァ、高いテチ!ずんずん進んで行くテチ!』 自身の身長の何倍もの高さ、そして自分の足では出せない速さに、テヴェールはいつものことながら楽しげにはしゃいでいた。 ふと、通りの反対に、仔実装を三匹ばかり従えた成体実装が見えた。 家族でお揃いのピンクの実装服を着ておしゃれをしている。 『こんにちはテチ〜!』 手を振るテヴェールに気付いたのか、仔実装達は笑顔で手を振り返してくれた。 バルクホルンのような大型犬を見てもあまり驚かないあたり、よく躾けられた賢い飼い実装一家なのだろう。 同じ飼い実装達とも顔合わせをできるのが、テヴェールの散歩の楽しみの一つでもあった。 『パパさん、お散歩ありがとうございましたテチ』 お家に戻り、アクリル製ケースから出して貰ったテヴェールは、行儀よくペコリと頭を下げる。 パパさんが笑みを浮かべ、指先で優しく頭を撫でると、テヴェールはテチュテチュと嬉しそうに鳴き声を上げた。 パパさんが指を離すと、今度はバルクホルンの前脚に抱きついて頬ずりする。 『バルクホルンも、ありがとうテチ〜』 バルクホルンも悪い気はしないのか、されるがままになっていた。 バルクホルンの脚に抱きつきながら、テヴェールは散歩の途中に見かけた飼い実装の親仔を思い出していた。 『今度会えたら、あの仔達とも一緒に遊んでみたいテチ〜』 テヴェールのささやかな願いは、叶えられることはなかった。 テヴェールは気付いていなかったが、手を振り合った飼い実装一家は、飼い主を伴わず無断で散歩に出ていたのだ。 『ママ、ほんとに勝手にお散歩に出て大丈夫なのテチ?』 ご主人サマの言い付けに逆らっている事に躊躇いを覚えているのだろう、母譲りの賢さを持つ長女が不安げに問う。 『大丈夫デス。ご主人サマは夜遅くにならないと帰って来ないデス。ご主人サマが帰って来るまでにお家に戻れば問題ないデス』 それに、と母実装が続ける。 『家に籠もってたら良くないデス。特にお前達みたいな育ち盛りの仔はお外でたくさん遊ぶべきデス』 飼い実装一家の飼い主はここ一ヶ月程仕事の都合で忙しくしており、あまり相手をしてやれていなかった。 さすがに家の中に籠もりっきりでは良くないからと、庭で遊ぶ事は許可していたのだが、それが良くなかった。 賢いが故に小狡い事も考えつく母実装は、バレなければ良いだろうと思い、散歩の途中でよく遊ぶ公園へと娘達を連れ出したのだ。 行き先は近所の第一公園だった。 飼い主と何度も遊びに行ったことがあり、距離も近く道順も覚えていたからだ。 問題なのは、第一公園には野良実装が多く生息していたことだった。 『さあ、公園に着いたデス』 『ちょっと疲れたテチ・・・』 『ワタチはお腹空いたテチ・・・』 『遊ぶ前にご飯にしたいテチャァ!』 母実装の感覚で近いと言っても、やはり仔実装の足では中々の距離だったのだろう。 空腹と疲れを訴える娘達に、母実装は穏やかな笑みを浮かべる。 『ご飯にして、一休みしてからたくさん遊ぶデス』 母実装が下げていたポシェットには、実装フードと金平糖がたっぷりと詰め込まれていた。 木陰に家族並んで腰掛けて、行儀よく手を合わせてからフードに齧り付く。 楽しくシアワセな家族団らん、それ故に、背後から襲い来る脅威に、母実装は最期まで気付けなかった。 『デッ・・・』 後頭部に何かが突き刺さる感触と共に、母実装の意識は永久に途切れた。 突き込まれた五寸釘に、運悪く頭部にあった偽石を破壊されたからだ。 『テッ・・・?ママ・・・?』 何の前触れもなく倒れ伏した母実装に、仔実装達が目を丸くする。 母実装の傍らには、嫌らしい笑う薄汚い野良実装が佇んでいた。 状況を飲み込めない仔実装達に侮蔑と嘲りに満ちた笑みを向けると、近くの茂みに向かって鳴き声を上げた。 『お前達、お楽しみの時間デス!』 野良実装の鳴き声と同時に、野良実装と負けず劣らず薄汚い仔実装が七匹ばかり、ワラワラと飛び出して来る。 『待ちかねたテチィ!』 『食いごたえがありそうテチャァ!』 『食べる前にたっぷり苛めてやるテチ!』 『禿裸にして糞まみれにしてやるテチ!』 『手足をもいで蛆チャンにしてやるのもいいテチ!』 『ドレイにしてこき使わないテチ?』 『役立たずの飼い実装なんて生かしておく価値なんてないテチ!』 『そうテチ!こいつらはただのお肉テチャァッ!』 逃げる間も無く飼い仔実装達は野良仔実装達に包囲される。 狂宴が始まった。 『食べないでテチィ!ワタチタチはご飯じゃないテチィ!』 『髪の毛抜いちゃダメなのテチィ!ハゲハダカは嫌テチャァ!』 『ママァ!助けテチ!助けテチ!』 数で倍以上の野良仔実装達に、飼い仔実装達は為す術無く叩かれ、蹴られ、齧られ、髪を抜かれ、実装服を破かれ、糞を塗りたくられた。 これまで暴力とは無縁だった仔実装達は、泣き叫び、母実装に助けを求めるが、仔実装を助けるべき母実装はすでに絶命しており、野良実装にその身を貪られるに任せていた。 大抵の野良実装にとって、飼い実装は羨望の的であると共に憎悪の対象でもある。 自分達が夏の暑さに苦しみ、冬の寒さに苦しみ、飢えに苦しみ、野良猫やカラスの襲撃に苦しみ、おまけにニンゲンに嫌われて常に命を脅かされているというのに。 飼い実装は快適な家に住むことを許され、十分な餌を与えられ、外敵からは守られ、綺麗な服に身を包み、ニンゲンに愛されている。 野良実装からしてみれば、いくら憎んでも憎み足りない存在、それが飼い実装だった。 そんな飼い実装に対する鬱憤を晴らすべく、野良実装一家は必要以上に仔実装達をいたぶった後で食い殺した。 食うや食わずやが常の野良実装一家にとって、強奪した実装フードや金平糖と共に、この飼い実装一家は久方ぶりのご馳走だった。 -- 高速メモ帳から送信
1 Re: Name:匿名石 2025/07/31-15:59:21 No:00009757[申告] |
飼い主の目を盗んで自分たちだけで外出するような家族には似合いの末路かな
とは言え飼いを襲撃したからこの公園の野良もさっそく駆除されそう |
2 Re: Name:匿名石 2025/07/31-21:53:18 No:00009759[申告] |
大型犬がある意味で実質の保護者になっているのは賢いな
飼い実装を襲った親子のその後運命、いやその住んでいる公園の末路は推して知るべしか |