ここは地獄の門の前。 緑の服の少女が簡易な緑の服の小人に対して口を開く。 「地獄のお勤めご苦労さんです。お前には天啓が来ているから耳かっぽじってよく聞くです」 少女がひとつ咳払いし身を正して口を開く。 「お前はこれから7度、生後一週間で死ぬです。毎回違う曜日、曜日に合わせた死因でくたばるです。代わりに8度目の命はそれまでの寿命分も足して長生きするから精々頑張るといいです」 突然の言葉に困惑する緑の小人。 しかし少女は興味無さげだ。 所詮は仕事で付き合ってやっているだけである。 実際には小人がどうなろうが知ったことではないしそんな事を考えている暇もない。 「お前が理解してるか知らねーですがこれは決定事項です。さっさと行ってこいです~」 少女の言葉を最後に小人は現世へと転生した………。 火曜日 その男は公園にある何の変哲もない実装ハウスを蓋が上になるように転がした。 「な、なにをするデス!これじゃ入れないデスッ!」 直前に摘まみ出された実装石達が抗議する。 男はそれを無視し火の点いたマッチをハウスの中へと落とした。 「デェェェェェェ!?」 その様子に慌てまくる親実装。炎は見えないが中で燃えてるに違いない。消化作業の為に咄嗟に二匹の仔実装を投擲する。 「まずいテチ!」「火を押さえるテチ!」 二匹は即座に火元へとタオルを被せ火を被った。が当然のように延焼する。 「テチャァァァァ!」 しかもその炎が一匹へと燃え移る。 「イモウトチャ…ゴメンテチッ!」 残った一匹は近くにあった皿で押さえつけ動きを封じた。だがそれはステンレス製であった。 「「テチャァァァァ!」」 即座に熱が伝導し手を離した隙に押さえつけられていた火だるまが飛び出しあちこちに延焼。もう一匹へと燃え移り二匹揃って駆けずり回る。 やがて火が消えた頃にはハウスは全焼し炭化した仔実装と呆然と立ち尽くす親実装だけが残った………。 水曜日 その仔実装は新天地を歩いていた。家族の犠牲と苦難の末にようやく渡りを成功させ別の公園へと辿り着いたのだ。 周囲に自然はあるが中央付近は石畳、そして僅かだが窪地になっている。 「ワタチがいた所とはだいぶ違うテチ」 興味深そうに歩いていると突如地面から勢いよく水が吹き出した。 「か、囲まれたテチッ!」 カナヅチの実装石に水は大敵だ。 しかも水はまるで仔実装を囲むように吹き出していて逃げ場がない。 既に足元に水が溜まり始め股下までが水に浸かっている。 暫くすると突如水の壁が消え脱出のチャンス。だがその奥で更に大きな水柱が行く手を塞いだ。 「ど、どうすればいいテチ…」 迷い、後退りしていると今度は股下から水柱が上がる。 「テッチャァァァァァ!」 仔実装は勢いよく打ち上げられ、更に水嵩の増した中央へと戻されてしまった。 「ガボボボボ!た、助けテチッ!泳げなベベベ……」 近代的公園の名物床噴水。その中央で溺れ死んだ仔実装が見つかったのは翌日の事であった………。 木曜日 仔実装が歩いていると人間に木の枝に乗せら、何事もなかったかのように放置された。 「た、高いテチ…」 低い木だが仔実装が落ちたら死ぬ。 周囲にあるのはベンチとそこに座る別の男。 男は仔実装の存在に気付いていないようだが人間に関わると録な事がない。急いで降りたい一心である。 木の取っ掛かりを掴んでゆっくり降りる。 不器用なスポンジハンドではあるが体の軽さと柔軟性に助けられ思いの外楽に降りていく。 しかし仔実装特有の体力の無さが立ち塞がり、地上50cm程で動けなくなってしまった。 飛び降りてもギリギリ怪我で済むかもしれない。 「テチッ!」 思いきって飛び降りる。 「あっ」 男、サラリーマンがコンビニ弁当の輪ゴムを外そうとした際、誤って挟まれていた割り箸を飛ばしてしまった。 回転する割り箸は奇跡的なタイミングで垂直に仔実装の総排泄口に突き刺ささり、偽石を割り脳天を貫通して仔実装もろとも転がった。 サラリーマンはため息を吐き新しい割り箸を貰いに再度コンビニへ向かうのだった………。 金曜日 仔実装は死にかけの親実装に抱えられていた。 棲みかを無くした上に寒さと飢え。頬を撫でるこがらしですら姿勢を崩し今にも倒れそうだ。 「ママ…」 「困ったデス。せめて寒さを凌げれば…」 そう言った実装石の前には大きな箱があった。 狭いが丁度良い高さにある扉は軽く押せば開くし軽い風程度では開かない。 「お前はここに入るデス」 「ママはどうするテチ?」 「ママは入れないから別の所を探すデス」 そう言って親実装は去っていった。仔に死に様を見せないようにするには時間が惜しかったのだ。 仔実装は今生の別れを理解し泣きに泣き、やがて疲れて眠ってしまった。 それから暫くすると人間が現れ、仔実装はその気配で目を覚ます。 透明な扉から様子を伺うと人間は何かしているようだが近すぎてよく解らない。もっとよく見ようと凝視していると電子音と機械的な音がした。 「テヴェジャ!?」 仔実装は落ちてきた缶ジュースに潰され死んだ………。 土曜日 仔実装は山実装だった。 近くには人間の畑。しかも収穫は間近だ。 「畑のお野菜に手を出してはダメデス。食べたら天罰が下るデス」 だが親実装は頑なだった。目の前にご馳走があるのに絶対に手は出させない。 「ママは馬鹿テチ!ワタチに対するいやがらせテチッ!」 当然不満な仔実装は朝のうちに寝貯めし、母親が寝ている隙に穴蔵を飛び出し畑へ向かった。 そこはもはやパラダイス。仔実装は心行くまで野菜を堪能し、フカフカの土の上で寝息を立てる。 仔実装が熟睡した頃、不意に付近で土が盛り上がった。 姿を表したのは付近へやって来た土竜であった。 見ればすぐそばで寝ている獲物。今日の食事はコイツにしよう。 そうして仔実装は土竜の掘った穴へと引きずり込まれ、食われる前に生き埋めとなり窒息する。 そして翌日。収穫後傷みの激しい物や採れ過ぎた物をおこぼれとして貰っていた親実装は百姓によって処分された………。 日曜日 真夏のある日、息も絶え絶えの仔実装が田舎の住宅街を歩く。 手元には母親の形見である頭巾が握られていた。 先程襲撃してきた同族から守ってもらい、そのまま息絶えたのだ。 不意の眩しさに上を見れば曲がり角注意のミラーがあった。 写るのは薄汚れた自分の姿。 「キレイキレイになりたいテチ…」 一言呟いて頭を振る。 どんな姿でも母親が命懸けで守ってくれた体だ。自分がそれを貶めてはいけない。仔実装は疲れ果てて近場の陰の中で眠ってしまった。 やがてささやかな音に仔実装が目を覚ますと形見の頭巾が燃えていた。 日光がミラーによって集められ虫眼鏡のようになって焼いたらしい。 「テッチャァァァァァ!なんで燃えて…テェェェェ!?」 しかも既に袖にまで延焼している。急いではたくが火は勢いを増すばかりだ。 直接自分の服が燃えるような事態なら流石に気付いただろうが形見が燃えては気付く筈もない。 「熱いっ!熱い熱い熱い!熱いテチィィィィィ!」 迂闊な仔実装は住宅街の片隅で炭化していくのだった………。 月曜日 「チププププ」 日付が代わる少し前の深夜。公園で仔実装が笑っていた。 今まで仔実装は6回死んだ。 火曜日は火事で、水曜日は噴水で、木曜日は割り箸で、金曜日は缶ジュースで、土曜日は土竜に、日曜日は日光に。 そして今日は月曜日。散々死ねば一週間も数えられる。 しかし仔実装は知っていた。月に相当するものなど空に浮かぶ月しかないと。 あんなに遠い月に何が出来る。洪水か?熱か?ビームでも飛ばすのか? どれもあり得ない。つまり自分は死なないのだ。そして間もなく火曜日に日付が変わる。 「チププププ。ワタチの勝ちテチ。今日からワタチはセレブテチ」 勝ち誇って神や閻魔を嘲笑する。 「明日の朝はステーキが良いテチ。勿論デザートはコンペイトウテチ。ジャグジーお風呂とフカフカベッドも忘れたら承知しないテチ」 だめ押しとして星に願いを呟くと眠る為にハウスへ戻る。今日こそ安眠出来そうだ……。 『先日双葉公園に落ちた月からの隕石ですが被害は公園に小さなクレーターを作るのみのようです。付近に肉片らしき物が発見されいるものの現場が公園ということもあり野良実装であろうという慎重な声も多く─』 8回目 仔実装は思わず息を漏らした。 立っているのは奥行き3mはある水槽の中。 餌場に給水器。トイレと風呂に布団と揃っている。種類は解らないが草花まであり至れり尽くせりだ。 「今日からここで飼われるテチ?」 あまりに現実離れした光景に理解が追い付かない。なにせ先日までただの野良だったのだ。 それが生後一週間でセレブ生活確定である。 そして閻魔に言われた言葉を思い出す。 「お前はこれから7度、生後一週間で死ぬです。毎回違う曜日、曜日に合わせた死因でくたばるです。代わりに8度目の命はそれまでの寿命分も足して長生きするから精々頑張るといいです」 つまり自分は普通の8倍生きる。同族の危険も飢えも渇きもない生活を8倍だ。 そう思えば今までの苦労も報われるというものだろう。 「チププププ!最高テチ最高テチィィィィィ!ワタチの時代が来たテチィィィィィ!」 走り回り小躍りする仔実装。 そんな姿を飼い主となった男は無表情に眺めていた……。 飼い実装になってから1ヵ月。仔実装は疲弊していた。 食事も水も補給される。トイレも風呂も清潔だ。危険などどこにもある筈無い。金平糖は日曜の夜に一粒だけだが寛大な心で許している。 だがそれだけだ。 男は仔実装を見ない。相手にしない。興味を示さない。 餌などの仔実装の面倒は仔実装が寝ている間に済ませられており、いまだに仔実装は男と視線を交わした覚えがなかった。 今も隣の高い机にあるPCに向かいっぱなしだ。 実際はあちこちのカメラで監視されているのだが仔実装に解る筈もない。 だから仔実装はあらゆる手段で注目されようと試みた。 「見テチゴシュジンサマ!ワタチの歌と躍りテチッ!ゴシュジンサマの為に頑張るテチッ!」 「ゴシュジンサマ!パンツにウンチしちゃったテチ!今すぐキレイにしてほしいテチッ!」 「ウンチパンツブンブンテチッ!おウチが汚れて面白いテチッ!叱ってほしいテチゴシュジンサマ!」 「チップ~ン。ワタチのカラダが目当てテチゴシュジンサマ。ニンゲンのゴシュジンサマにカラダを許す今夜は特別テチィ~」 「チププププオエッ。ゴシュジンサマ。ワ、ワタチウンチ大好っ大好きテチ。ウンチ美味し…美味しいテチウエッ……」 しかしそのどれもが無視された。それでも必死にご主人様に呼び掛ける。奴隷なら主人のもとを去ろうとする事もあるだろう。 だが主人は違う。 常に奴隷を顎で使い、不満があれば理不尽に暴行し、逃げようとすれば力ずくで押さえ込む。 ご主人様こそ奴隷に対して誠実なのだ。 ならば人間のご主人様もペットである自分に誠実でなければならない。 そう思って必死にアピールする。しかしそのどれもが不発に終わった。 あるいは生活水準を維持しているので主人としての役目を果たしているとでも言いたいのか。 今までの生涯でも人間や同族、様々な相手に痛みや不幸を与えられてきたが放置されるのが一番効いた。 やがてご主人様へのアピールを諦め仲間が欲しいと懇願したが無視されて、同族に襲われる危険がない代わりに独りぼっちでいるしかないと思い知らされた。 ならば仔を産み家族で暮らそうと花を使って花粉で受精しようとした。だが一週間が経過した日、ふと全て造花であることに気付いた。 ハウスには高品質な空気清浄機が取り付けられているらしく花粉の一粒すら入る隙間もない。 いっそ日付も解らぬくらい狂えれば楽だったが日曜の金平糖がそれを許さなかった。 7度の生涯で完璧に曜日感覚を得てしまった為に自分がどれ程無為な生涯を続けさせられているかが認識できてしまう。 飢え死にしようとしたがしっかりと補充される餌に抗えなかった。 元々餓死とは途方もない忍耐がいる死に方だ。誘惑に弱い実装石が完遂できる筈もなかった。 そして最終手段として自害することにした。 しかし自身を加害出来るものといえば己の歯ぐらいである それでもやるしかないと必死に歯を立て血を滲ませる。 だがそれまでだ。咬合力が無いのではない。勇気がないのではない。痛みはある。血は滲む。しかし傷が残らない。 噛んでいる間は確かに負傷し血は出るが、顎を休ませている僅かな間に修復が始まってしまう。 無論完全修復ではないが一日中休まず噛み続けでどうかという程度だ。 「なんでテチ?なんなんテチ?」 実装石だとしてもこの回復力は異常だ。流石に疑問が溢れ出す。 そうして何度か抗っている内に、水槽の外に視線が行った。 それは自分がここに買われ始めた時からあった試験管だ。中にはオレンジ色の液体と何者かの偽石が入っている。 間違いない。あれは自分の偽石だ。 思えばここに来た時からなにかを喪失したような違和感と不安があった。その答えにようやくたどり着いた。偽石を取られていたからだ。 しかし偽石を割っての自害はもはや不可能だ。 「…まだテチ」 そう言って仔実装は渾身の力で腕を噛む。 先程以上の力で、出来る限りの力を振り絞り、全力をもって噛み砕こうとする。 「ジュゥゥゥゥゥ!」 痛みに涙が出る。力を抜きたくなる。血が口の中に入って嫌になる。 だが止まらない。確実に先程より溢れる血は増している。 普段から精神的ストレスは受けている。それは確実に偽石に負担を掛けていた筈だ。 ならば更に怪我の修復が加われば負担は更に増し、自壊も近づくに違いない。 そう思い休んでは噛み、休んでは噛むのを続ける。 チラリと試験管に目を遣るが偽石はピクリともせず液体の中を浮かび続ける。 「駄目テチ?駄目なんテチ…!?」 痛みだけでなく、悔しさから涙が出てくる。 しかし僅かだが違和感を感じた。少しだけ、試験管の中の空気が増えている気がする。 否、空気が増えているのではない。液体が減っているのだ。 おそらく試験管の中の液体が偽石の負担を肩代わりしており、代償として量を減らしているのだ。 「あのお水が無くなれば死ねるテチ!」 目標が明確化し力が灯る。 ご主人様は此方を見ていない。死ねるはずだ。 そう意気込み、仔実装の自害を目指す生活が始まった……。 自害生活開始から3ヶ月。ようやく液体の底が見えてきた。 目算ではあと1週間も経たずに目標が果たせるはずだ。 その間ご主人様は一度も試験管に注意を向けた様子はない。 「確実に逝けるテチ!死ねるテチ!」 死への希望を胸に1日を終え、明日の絶望を目指し眠るのだった……。 「朝テチか…今日も頑張って死……テェェェェェ!?」 早朝。仔実装は驚愕した。 餌や水はある。水槽そのものは勿論トイレや風呂も綺麗だ。ベッドのシーツもいつの間にか取り替えられている。 水槽の前の偽石もある。あるのだが…。 「な、なんなんテチこれはぁぁぁぁぁ!!?」 思わず声を張り上げる。 そこにあるのは一般的な10mlの試験管などではなく、2.5Lの大容量ペットボトルであった。 しかも液体の色味も明らかに濃さを増したより強力な物に変えられている。 「あー!あー!なんテチゴシュジンサマ!今までずっと無視してたクセに!急になくなって焦ったんテチ!?だからってこんなヤケクソみたいな事しないでテチィィィィィ!あぁぁぁ!みるみる活力が蘇ってくるのを感じるテチィィィィ!」 血涙を流して絶叫する。 しかし傍らの机で作業する男はそんな叫びすら無視して作業中だ。 こうして仔実装はやがて中実装になり成体へと成長し天寿を全うするが、通常の実装石の8倍近くを生きる間、ただの一度も飼い主と視線を交わす事は出来なかった………。
1 Re: Name:匿名石 2025/06/22-08:53:53 No:00009708[申告] |
7度の死を終えて恵まれたセレブ生活を謳歌できると思わせてからの…!
あと少しでパキンできると思わせてからの…! それにしても通常の8倍って何年くらいなんだろうな 想像すると怖いが…仮に普通のが2年としても16年…! |
2 Re: Name:匿名石 2025/06/27-19:59:23 No:00009724[申告] |
実装放置趣味のゴシュジンサマが自傷行為を意識していないなんて事は有り得ないんだよなぁ
しかし仔実装汚汁に濡れたドリンクを買ってしまったやつがとにかく不幸 |