早朝のゴミステーション。人々が出勤がてらにゴミを捨てていく。 家庭ゴミがうず高く積まれ、その上にネットをかけては足早に職場へ向かう人々。 彼らの波が一段落した頃にそれらは現れた。薄汚い緑色の小人、実装石達だ。 彼らなりに駆け足でゴミステーションへとひた走り、ネットを持ち上げて侵入する。 プシュ! 「デヒャッ!?」 「なんデスッ!?」 突然悲鳴をあげた一番槍にネットを持ち上げた一匹が声をかける。 「わ、解らないけどお水が掛かったデスッ!」 見れば壁に隠れるように自動式のスプレーが仕掛けられていた。 どうやらネットの内側に入るとセンサーが作動しスプレーする仕掛けがされていたらしい。 「びっくりしたデス!ウンコ付けてやるデス!」 「やめるデスッ!後がつかえてるデスッ!」 おそらく猫避け用らしき仕掛けに仕返ししようとするのを持ち上げ係が諌める。 見ればその奥には実装石が列を成しており全員殺気だっている。 ゴミステーションでの争いや時間のロスは御法度。迅速に自分の家族の分を持ち出しすぐさま帰宅する。 この群れにはそのような不文律が自然と出来上がっていた。 それに従い先頭の一匹は渋々復讐をやめ自分の取り分を回収する。 「デヒャッ!」 そして外に出る際も一発浴びせられかけながらも収穫で両手が塞がっているのもあって復讐などせずにご飯粒の塊を持ち上げ係の足元に置いて退散していった。 持ち上げ係がネットを持っていないと外に出られない。しかし持ち上げ係は最後までその場に留まらなければならない。 そのリスクから各々が自分の収穫の一部を持ち上げ係へ置いていく。 いつの間にかそのような秩序が築かれていた。 プシュ!「デヒャッ!?」プシュ!「デヒィ!」プシュ!「デッ!? 」 その後も何匹もの実装石がスプレーの洗礼を受けながらも今日の収穫を手に帰宅していく。 全ての実装石が帰宅を始める頃には持ち上げ係もあちこち飛沫に濡れているが、幸い報酬の入ったビニール袋は無傷であった。 「やれやれ、このお仕事は楽じゃないデス…」 持ち上げ係が顔を掻きながらビニール袋を手にする。 先頭の一匹はもう公園への道を半分ほど行った頃だろうか。持ち上げ係は帰宅が遅い故他の実装石以上に人間に警戒しながら帰路に着いた……。 「ただいまデス~」 「ママおかえりテチッ!」 「遅かったテチッ!心配したテチッ!」 「今日のご飯は何テチッ?」 ダンボールハウスに入るとワラワラと仔実装達が出迎える。 どれも期待に瞳を爛々と輝かせていた。 「ママは今日は持ち上げ係だったデス。」 顔を掻きながら仔供達に告げる。持ち上げ係の取り分の質はまあまあな場合が多い。 ケチって腐ったものやとても食えた物ではない代物を出せばその者達が持ち上げ係をした際の取り分も相応のものになる。 恨みは忘れない実装石だけに傍若無人な本性にあるまじき奇妙な規律が構築されていた。 「ゴハンテチッ!ゴハンがあるテチッ!」 「お魚のきれっぱしテチャァ!」 「お肉はっ!お肉はないんテチ!?」 「お野菜テチャア!」 「慌てちゃダメデス。ママが選り分けてあげるデス」 喚く仔供達を宥め、それぞれに等分になるように選り分け保存の効くものは後にする。 ゴミステーションは毎日食糧が置かれているわけではない。 この餞別は中々に重労働と言えた。 「今日のゴハンが出来たデス~」 ご飯や野菜を中心にまぁまぁ豪勢な献立となった。 「今日はいっぱいテチィ!」 「ワタチのを一番豪華にするテチィ!」 「お腹いっぱいになれそうテチッ!」 それぞれが自分の取り分から食べたいものに手をつける。その様子に実装石は満足そうにうんうんと頷いた。 「何から食べるか迷うデス~。それにしても顔が痒いデス」 実装石が顔を掻きながら頭を下げて吟味する。 すると隣に座る仔実装へ向けて何かが落ちてきた。 「テ…?」 それに気づいた仔実装が頭の上に落ちてきたものを掴み確認する。 それは夥しい量の毛束だった。 「マ、ママ…髪さんが…」 「デ?髪さんがどうしたデス?」 おそるおそる告げ顔を会わせる。 「テチャァァァァァァ!」 親の顔を見るなり悲鳴をあげる仔実装。仔実装へ向けた実装石の顔は血だらけになっていた。 「マ、ママの顔が血だらけテチャァァァァァ!」 「来るな!来るなテチャァァァァ!」 「怖いテチィィィ!」 一瞬にして穏やかな食事の時間が阿鼻叫喚の地獄絵図へと変わる。 「ど、どういう事デス!?ワタシの顔が血だらけっていったい…」 動揺しながらも顔を掻いていた手を見るとその手まで血塗れであった。 「デギャァァァァァ!手が!手が痛いデス!顔も痛いデス!血が止まらないデスゥゥゥゥ!」 錯乱しハウス中を走り出す実装石。配った餌を蹴飛ばし踏み潰しの大慌て。もはや食事どころではなくなってしまった。 親実装が落ち着きを取り戻すのにおよそ30分ほどの時間を要した……。 「ごめんデス。少し横になるデス…」 滅茶苦茶になった餌を食べ終え、早々に床につく。 不安になった仔実装達も母親を囲むようにして眠り始めた……。 日が暮れ始めた頃に長女は目を覚ました。 「ウンチテチ…」 眠気眼を擦りつつトイレを目指す。 床がぐにゃりと変形し歩きにくいがこのハウスもなかなか年期が入っている。 仕方のないことだろうと割りきりトイレで用を足す。 公園は危険も多い。親が不調である以上長居は無用と足早に戻り再び床につく。 「ママの髪の毛おフトンテチ」 僅かな抵抗を感じたがそれも一瞬だ。恐らく他の姉妹も同じように布団にしており、無意識に握っていたのだろう。 だがおかしい。抵抗を感じた側には母親以外の誰も寝ていない。 もし毛根を引っ張ってしまったのならもっと強い抵抗がある筈だ。 気になってそちらを向くと千切れて落ちた髪とハゲになった母親が眠っていた。 「テェェェェ!?ママの髪さんが!髪さんが取れちゃったテチィィィィィ!ママァァァァ!」 慌てて飛び起き体を揺する。 しかし母親は一向に起きる気配がない。 そしてその床は先程踏んだ場所以上に湿っていた。 「テ?」 薄暗い床に目を凝らす。 床を湿らせていた水の正体、それは母親からこぼれた夥しい量の血液だった。 「テ、テッチャァァァァァァァ!!」 思わず腰を抜かしパンコンする。 騒がしさに他の姉妹も目を覚ました。 「うるさいテチオネチャ。静かにするテチ」 「ママが起きちゃうテチ。ちゃんと休ませないとゴハンの量が減るテチ」 状況を理解していない次女と三女が口々に注意する。 「ママが!ママが血だらけテチィィィィィ!」 それらを無視して長女が血涙を流して訴えた。 見れば顔中が血の池になっているばかりか呼吸もしていない。 薄暗くよく見えないが顔はすっかり土気色になり瞼の奥の瞳は既に白濁としていた。 「ママ!ママ!起きテチィィィィィ!」 「ママが死んだら誰がワタチのゴハンを持ってくるテチィィィィィ!」 姉妹達が口々に訴えるが冷たくなった母は反応を示すこと無くただ無言で横たわり続けた……。 そしてこの騒動はこのハウスの中だけではなかった。 数時間の差はあったものの、公園中の親実装が出血し脱毛。服も穴だらけになって失血死していた。 「ゴハンを…ゴハンを取ってくる……デス………」 そして翌日の早朝。フラフラの体で木の実を探しに出掛けた最後の親が自身のハウスを出たところで息絶えた。 原因は早朝に親実装達が向かったゴミステーション、そこに設置されたスプレーだった。 自治体がゴミステーションをボックス化するよりも安価に実装石対策が出来ると導入したセンサー式のそれは目の前を通りすぎるものに反応すると自動的にボトル内の液体を噴霧する、特に珍しいものではなかった。 問題はボトルに封入された液体、大分県の水だった。 大分県に入ると実装石は死んでしまう。その理由こそ大分県の水だったのだ。 大分県の大気中に浮かぶ水蒸気に触れた途端に実装石は被曝部分から消滅していく。それが継続的に起こる事によって県に入った実装石は突然消失しているように見えたのだ。 しかもそうしてできた傷痕は火傷同様患部を切除しなければ再生しない。 傷口を埋めようとする血液も大分県の水の影響を受けた傷口に触れた途端に凝固する力を失い垂れ流しとなりやがて失血死する。 こうしてこの公園の親実装は全滅した……。 「テェェェェン!ママが死んだテチィィィィィ!」 「これからどうすればいいんテチィィィィィ!」 突然の親の死にパニックになる長女と次女。 無理もない。この姉妹は生まれてまだ2週間ほどしか経っていない。 この公園はどの家族も似たり寄ったりでどのハウスを覗いてもパニックになった仔実装達が泣き叫んでいた。 唯一静かだった三女はゴソゴソと作業をしていた。 「三女チャ…なにしてるテチ…?」 泣きながら長女が質問する。 よく見れば三女はなんと食糧庫の食べ物を貪っていた。 「テチャァァァァ!三女チャ!なにしてるテチィィィィィ!」 「それはママが残してくれたゴハンテチィィィィィ!」 慌てて凶行を止める二匹。だが三女の口からはとんでもない言葉が飛び出した。 「お前らこそなにしてるテチッ!」 その言葉に二匹は絶句した。 「ワタチはゴハンの時間だからゴハンを食べてるだけテチッ!ワタチ達は生きてるんテチッ!泣き叫んで力を使うわけには行かないんテチィィィィィ!」 ゴミステーションから回収した生ゴミを食いながら三女が熱弁する。 確かにその言葉は事実だった。 野良生活において無駄な体力の消耗は死に繋がる。 ならばこんな時こそ体力の消耗を抑えることを第一に行動するべきではないか。 「そうテチ…三女の言うとおりテチ。ワタチも食べるテチ」 「ワタチもテチ」 説得に従う長女と次女。 生きるための選択を誤ってはならない。なにせこれからは仔実装だけで生きねばならぬのだから。 そう決意を新たにすると三匹は三女が等分に分けた生ゴミを食べ始めた。 三女が抜け駆けしたにも関わらず同じ量を食っていたことに気付かずに……。 食事を終えるとすぐさま餌を探しに行くことになった。 今はまだ幾ばくかの食糧が残っているがそれも間も無く無くなってしまうと判断し動けるうちに備蓄を確保しておきたいと考えたのだ。 「ゴハンテチ…勝手に食うのは許さないテチ…」 三女がブツブツと呟きながら進む。 長女が食糧探しを提案した際にも三女は文句を言っていた。 曰く餌探しはママのすることで自分の役割ではないと。 次女がその母親が死んだことでその役割は自分達が果たさなければならないと説得しても無駄だった。 そこで問題となったのは長女の発言だった。 長女が見つけた餌は全て自分達のもので三女には分け与えないと言い放ち状況が変わった。 「ふざけんなテチャァァァァ!イモウトを養うのはオネチャの義務テチャァァァァ!」 「そんなの知らないテチッ!働かない三女チャはお腹ペコペコで死んじゃえば良いんテチッ!」 「テッチャァァァァ!」 反論できなくなり地団駄を踏む三女。 姉達はそんな三女を無視してさっさと食糧探しに出てしまった。 こうなっては着いていくしかない。三女は腸が煮えくり返りながらも姉達を追いかけた……。 「なんでワタチがこんなことしないといけないテチ。オネチャ達は生意気テチ」 ブツブツ文句を良いながら草を掻き分け餌を探す。 だが地面にそれらしき物は落ちていない。 それにより更に怒りが増して不機嫌になっていく。 思えばあの二匹のドレイは昔から気に入らなかった。 ドレイのくせにワタチと同じ量を食べて同じだけ遊び、同じだけ寝た。 生まれながらにして身分が違うというのにそれを全く理解していなかった。 ママドレイに待遇について是正するよう進言したこともあったが訳のわからない理由で誤魔化され無視されたこともあった。 寛大な自分だからこそ我慢してやっていたがそれにも限界というものがある。 「思えばママドレイもそうだったテチ。なんで至宝であるワタチがオネチャ達ドレイと同じ物を食べないといけないテチ」 三女の苛立ちは更にエスカレートしていく。 食事は常に同じ量なだけではなかった。甘味はいつも分けられた。 自分は常に腹一杯の量を食うべきなのに。全てのアマアマは自分だけの物なのに。 ママドレイは死んだ後に姉達がトイレに出た時に頭を蹴ってやった。 そしたらその箇所がボロリと崩れた。ざまあまろ。 楽しい思い出を思い出したら少し気分が良くなった。帰ったらあの不細工な顔を踏んでやろう。 「チププ…」 その光景を妄想したら自然と笑いがこぼれた。 しかし餌になりそうなものは見つからない。 ママドレイは何故保存食を備蓄しなかったのか。いつも春先だからまだ実がなっていないとか意味のわからない言い訳をして誤魔化していた。実際はただサボりたいだけのくせに。 でもそんなに不安にはなっていない。どうせすぐに見つかる筈だし、ワタチの能力の高さに姉達は泣きながら非礼を詫びる筈だ。 自分達が見つけたわずかばかりの餌を全て献上してご機嫌伺いをするに違いない。 そうすれば寛大なワタチとしては許してやらないこともない。 「そうテチ!ドレイにウンチ塗ってなかったテチ!」 糞を塗りたくるのは上下関係をはっきりさせる上で重要だ。 長女ドレイも次女ドレイもそれをされていなかったからあんなに生意気だったのだ。 しかしただ糞を塗りたくるのではセンスがない。腹一杯になったら自分の高貴な糞で化粧をしてやろう。 センスと慈悲のあるワタチに永久の服従を申し出る筈だ。 「チププププププ!」 つい大声で笑ってしまった直後、なにかが現れた……。 突如現れた野良猫に腰が引ける三女。 その背丈は仔実装の倍はある。手足の長さはそれ以上だ。 「何テチこの毛むくじゃらは!ビックリさせるんじゃないテチッ!」 しかしその体格差もものともせずに文句を言う。 元々実装石は人間の成人相手でも高圧的にものを言う個体が後を絶たない。 三女もその例に漏れることなく己の立場を認識することもなく続けた。 「おい毛むくじゃら!今すぐワタチのゴハンを持ってこいテチッ!」 抗議と動こうとしない制裁として前足に蹴りつける。 すると猫は瞬間的に蹴られた前足を持ち上げ三女の顎に手が当たった。 トップヘビーな実装石はそれだけで簡単に転ぶ。 そうして三女が倒れるのとほぼ同時。目にも止まらぬ素早さで腹を押さえつけた。 「ヴェグッフ!?」 後頭部と背中から地面に倒れ、完全に縫い付けられ肺から空気が漏れる。 そこで猫の動きは止まることなく耳を甘噛みする。 甘噛みといっても実装石のウレタンボディを引き裂くには充分過ぎるものであり、それだけで三女の顔半分は血塗れになった。 「テヂャァァァァァァ!」 重傷を負わされたまらず悲鳴をあげる三女。 生まれて2週間ほどしか経っていない事もありこれほどの危機は全くの初めてであった。 「声がしたテチッ!こっちの方テチッ!」 「三女イモチャ!大丈夫テ…チ……」 悲鳴を頼りに長女と次女が駆けつけるが猫の偉容に息を呑む。 三女を救出するために無謀な突撃はしない。二匹は三女と違い自分より大きな存在に対する驚異を正しく認識できる知能があった。 「な、なにしてるテチクソドレイ共ぉぉぉ!はやくワタチを助けるテチィィィィィ!」 そんな二匹に腕を振って抗議する三女。 それが猫じゃらしのような効果を生んだのだろう。 猫はすかさず腕を掴み噛み付き始めてしまった。 「ヘジャァァァァァ!」 「さ、三女チャ…」 三女の身を案ずる次女だったが恐怖で動けない。 その姿に三女は怒りを燃やす。 「オマエ達はいつもそうテチ!ドレイの分際で生意気でウスノロテチ!これ以上ワタチに我慢させるのは許さないテチィィィィィ!」 「さ、三女チャ…何言ってるテチ…?」 「言い訳はいらないテチクソドレイ!さっさとこの毛むくじゃらを殺せテチィィィィィ!」 半狂乱になってがなりたてる。 しかしそれで体格差が覆る訳でも猫の注意が逸れるわけでもない。 完全な膠着状態の現状では非力な二匹は見守る他なかった。 「本当に後悔してるテチ!お前らみないなグズノロマを姉にもって実に後悔してるテチィィィィィ!」 「わ、ワタチ達は…!」 「次女チャ、もういいテチ」 滅茶苦茶な罵倒に反論しようとする次女を長女が制止する。 「三女チャは置いていくテチ」 「テェェェェ!?」 「ちょ、長女オネチャ!それは…!」 ため息混じりに出された結論に二匹が驚愕する。 しかし長女は完全に諦めた様子で意思は揺らぎそうにない。 「三女チャはいつもワガママだったテチ。ママは許してたけど、もうワタチ達にそんな余裕はないテチ」 「ふ、ふざけんなテチ!それでもお前姉テチかっ!?」 「今回だって三女チャが勝手に変なところにいくから捕まったテチ。これはもう運命なんテチ」 淡々と紡がれる言葉に三女は絶句し、反論することもできなくなってしまった。 「もう行くテチ。これ以上は時間が勿体無いテチ」 「さ、三女チャ…ゴメンテチ……」 そう言い残し二匹の姉が雑草を掻き分け去っていく。三女はそれを見届けるしかなかった。 猫はその様子をじっと見つめるばかりで動こうとしない。もはや助け船を出す者は完全にいなくなった。 「ま、待つテチッ!本当に、本当に見捨てる気テチかっ!可愛いワタチをっ!妹を見捨てる気テチかっ!そんな事許されると思っべぶっ!?」 猫が背中から手を離し、今度は頭を押さえつけるとその背中に爪を立てた。 服が切り裂かれ繊維が断裂する音が響く。 「ヂャァァァァァ!」 猫の爪は深々と食い込み2、3度撫でただけで背骨や筋繊維が剥き出しになり、幾つかの束は易々と断裂した。 それだけの悲鳴が響いても、もう誰も姿を表さない。 「ジャァァァァァ!ハジャジャァァァァ!テッジャァァァァァァァァァ!!殺してやる!殺してやるテヂィィィィィィィ!」 三女はそう叫びながら血涙を流しながら姉達が去っていった草むらを睨み続けていた……。 翌日の昼頃。隣の仔実装が姉妹のハウスを訪ねてきた。 なんでも食べ物を持っていけばご馳走と交換してくれるハウスがあるらしい。それも持ってきたものに比例してその豪華さも上がるというものだった。 「オネチャ!はやく!はやくするテチッ!」 次女が興奮気味に長女を急かす。 だが長女は違和感を覚えていた。 「もっと豪華なご馳走なんて、ママ達大人がいた頃も無理だったテチ。仔供しかいないのにそんな事出来る筈無いテチ」 姉の言い分はもっともだった。 公園全体が飢えるだろうという今、いったいどんな魔法を使ったらそうなるのか。 「じゃ、じゃあどうするテチ…?」 不安になった次女が質問する。 このまま姿を表さないというのもまずい。 犯人が何者かは解らないが企みに気付く賢い個体がいるとすれば邪魔者として排除される可能性がある。 そこで長女は妥協案を打ち出すことにした。 「ゴハンを少しだけ持っていくテチ。沢山食べたことにして様子を見るんテチ」 実際は三女が減ったことでまだ少しだが備蓄には余裕があった。 それらが噂通り豪華な食事と交換されるならそれなりに長い期間は飢えるようなことは無いだろう。 だがここで長女の理性は欲望に打ち勝った。 そして長女は不安がる次女と共にポテトチップスの欠片と骨に僅かばかり残った魚の切り身を土産に件のハウスに赴く事にした……。 目的のハウスはこの公園で一番大きなダンボールだった。 ハウスの前は噂を聞き付けた仔実装達がごったがえしている。 「持ってきたゴハンはここに積んでいくテス。交換は全員が終わった後テス」 指示役と思われる中実装が持参した食糧を置かせていく。 統制のとれていない仔実装達は我先にと集まっていくのでなかなか収拾がつかない様子だが元々の数は30匹ほど、それも噂の伝播にある程度時間が掛かったので以外にも混乱は少なかった。 姉妹も大人しく従って山の中に自分達の食糧を置いていく。 「終わったようテスね」 混乱が収まり暫くすると中実装がそう切り出した。 「はやくするテチ!はやくテチ!」 「ワタチなんてコンペイトウを出したテチ!三食寝床は確実テチッ!」 交換を急かす仔実装が叫び始める。 残り少ない食糧を提供したのだ。気が逸るのも当然と言えた。 彼らをなだめるように中実装がゆっくりと告げる。 「全員揃っているテスね?ワタシのお家は覚えたテスね」 一呼吸を挟む中実装。仔実装達も大人しく話を聞く体制にはいった。 「ならば今日からお前ら全員ワタシに貢ぐテス!この公園ではワタシが一番大きいのだから当然テス!オマエ達は今日からワタシの奴隷テスゥゥゥゥゥ!」 突如吐き出された滅茶苦茶な理屈。 黙って聞いていた仔実装達は理解するや否や大声で罵声を浴びせ始めた。 「横暴テチ!」 「話が違うテチッ!」 「コンペイトウ返せテチャァァァァ!」 「黙るテスッ!」 抗議の声をあげる仔実装達を中実装が一喝する。 大きな存在に声を張り上げられ思わず口を紡ぐ以外の選択肢は存在しない。 「今からこの公園はワタシの王国テスッ!反論は許さないテス!反逆は許さないテスッ!ワタシこそが法!ワタシこそが国!ワタシこそが神なのテシャァァァァァァ!」 それは圧政の始まりを告げるものだった。 公園全体が飢えている現状で唯我独尊の個体が頂点に立つというのは死刑宣告に等しい。 「ふざけんなテチャァァァァ!ワタチのコンペイトウ返せテチャァァァァ!」 身勝手な発言にキレた仔実装の一匹が一気に駆け寄る。だがそんな直線的な動きの隙を中実装は見逃さなかった。 仔実装はタイミングを完璧に合わされた拳が顔面にめり込み逆方向に吹き飛ばされたのだ。 「テジャアッハァァァ!?」 「全く、物覚えの悪い馬鹿もいたもんテス」 ゆっくりと仔実装に近づきそのまま馬乗りになる。すると躊躇なく顔面を殴り始めた。 「テギャッ!チヒッ!ブベッ!」 「お前達にはワタシが神だと教えた筈テス。逆らったらどうなるか理解できないんテス?」 重量差にものを言わせて淡々と殴り続ける姿に他の仔実装は怯えるか立ちすくむしかない。立ち塞がる勇気を持つものなどただの一匹もいなかった。 「ごべんなさいテチ…許してほしいテチ……」 片目を潰され顔が変形するほど殴られた仔実装が謝罪する。 その声は口内に血溜まりが出来ていてあぶく混じりだ。 「解ったテス?お前の物は全てワタシの物テス。ワタシがどうしようと勝手テス」 そう言って中実装は周囲の仔実装に命令して持ってこさせた食糧の中から金平糖を持ってこさせた。 返してもらえるとでも考えたのだろう。仔実装の瞳に光が宿る。 だが中実装は目の前で金平糖を貪り始めてしまった。 「お前今何を期待してたテス?まだワタシの言葉が解らないテス?」 仔実装はショックを受けながらも慌てて首を左右に振る。 「そ、そんな事ないテチッ…」 「ワタシは嘘が大っ嫌いテスゥゥ!」 中実装渾身の一撃が顔面にめり込み仔実装の頭が破裂する。 偽石を破壊されたのかビクビクと痙攣し、やがて動かなくなった。 金平糖を食べ終えると死んだ仔実装を頭から貪っていく。 「解ったらさっさとゴハンを探してくるテスガキ共!もし明日何もなかったらコイツと同じ目に遭わせるテスッ!」 中実装に脅され仔実装達が我先にと飛び出していく。 残していた食糧を奪われただけでなく今後の取得物すら奪われる地獄の日々の始まりであった……。 日が暮れ、世界が暗闇に包まれ始めた頃、ひとつのハウスへ向かって異様な影が近づいていた。 頭は歪に歪んだ丸頭。右腕は逆方向に折れ曲がった上に短く、左足を引きずるように歩いている。 そして、左手には錆びた釘を持っていた。 「殺してやるテチ。殺してやるテチ」 うわ言のように呟き続ける影を月が照らす。 それは鬼気迫る表情を浮かべた三女だった。 三女は猫に散々弄ばれつつも生還し、自分が漏らした糞を煤って生きていた。 しかし当然のように量も栄養も足らず身体は異様な形で修復をやめてしまった。 禿裸に耳もない顔は切り裂かれた跡が残り悪鬼もかくやといった風貌だ。 錆びた釘は道中に偶然拾ったものだったが三女にとっては聖剣に等しい武器であった。 「殺してやるテチ、殺すテチ…」 あの姉妹を殺せば醜くなった自分の姿も元に戻り、自分を飼いたいという人間奴隷が現れ幸せな生活が始まる。 そんな妄執に捕らわれ三女は進む。ただ、己の幸せだけを願って。 「なにをしているテス」 不意にかけられた声に振り返ると、そこには中実装が立っていた。 「決まってるテチ。あのハウスの糞蟲達を殺すテチ」 「何故殺すテス?」 「あの糞蟲共、女王であり至宝であるワタチを置いて逃げたテチ。そのせいでワタチの美貌に嫉妬した毛むくじゃらに徹底的に陵辱されたテチ。絶対に殺してやるテチ」 「どうやって殺すテス?」 「クソ身勝手な長女のことテチ。どうせはやく寝て明日に備えるとか言ってもう寝てる筈テチ。寝込みを襲えば抵抗なんて出来ないまま殺せるテチ」 「テププ。奇襲というやつテスね。面白そうテス」 「じゃあ一緒にやるテチ」 「今日は糞蟲が死ぬ良い日テス」 二匹揃って邪悪な笑みを浮かべる。 決まりだとばかりに三女がハウスへと向き直った。 「まずオマエがハウスの壁を壊すテチ。その図体なら逃げられなくするのも簡単テチ」 「テププププ。奇襲テス」 三女の言葉に続き中実装が動いた。 その動きは見た目の割には機敏で、即座に計画通り三女の首筋へと食らい付いた。 「テァ!?ハッバッ!?」 首を噛み千切られその場へと踞る三女。 手にした釘も落としてなんとか傷口を塞ごうと手を添える。 荒くなる呼吸の中、理解が追い付かないといった表情で中実装を見上げた。 「テププププ。本当に上手くいったテス。奇襲最高テス」 三女を嘲笑しながら中実装が言う。 「この公園の女王はワタシテス。勝手に女王を名乗り命令する糞蟲は生かしておかないテス」 この公園を中実装が支配するようになったのは三女が猫に襲われた後であり全くの寝耳に水であった。 だがそれを理由に許す中実装ではない。 「死ねテス糞蟲」 中実装が三女の頭に歯を立てる。 少し出血する程度に力を込めるとゆっくりと胴体から引き離していく。 限界を迎えた首がブチブチと音を立てて断絶される。 喉を破壊され悲鳴すらあげられない中で三女は涙を流すことしか出来なかった。 「(なんでいつもこうなるテチ。いつもいつも上手くいかないテチ)」 三女は不器用な仔だった。 餌を食べようとすればよくこぼし、木の実を集めようとすれば見落とし他の姉妹が見つけていた。 「(ワタチは…ママに誉めてもらいたかっただけテチ…)」 何も出来ない不出来な自分が受け入れられなくて、自分こそが素晴らしいと言う妄想に逃げるしかななかった。 首が本格的に千切れて始め夥しい量の血が滴っていく。 「(ママ、長女オネチャ、次女オネチャ……一度でいい……一度でいいんテチ……)」 首と胴を繋ぐのが最後の筋繊維一本になる。 「(凄いって……誉めテチ………)」 ブチリという音と共に三女の首が千切れ、頭を噛み砕かれた。 「テプ。不細工なガキだったテスがまあまあ腹は膨れたテス。今日はこの辺で勘弁してやるテス~」 中実装は供物の量が少なかったハウスを襲撃し腹を満たすつもりでいた。 食うなら労働力の低いものから、という計画であったが見れば更に役に立たなそうな奴、しかも油断しきったガキがいたので目標を変更した。 そして、三女が喰われたことは中実装以外の誰にも知られることなく暗闇のなかに消えることとなった。 皮肉にもこれが家族に対する三女初めての奉公であった……。 「お前達、話を聞いてなかったんテス?」 三日後の昼。仔実装達を前に中実装が露骨に不満な声をあげる。 「言った筈テス。ワタシを満足させられなかったら殺して食ってやるテス」 その言葉にガタガタと震える仔実装達。しかし打つ手はなくどうする事も出来ない。 次女はそれでも何か策はないかと長女を見ても同じく震えているだけだ。 このままでは中実装に食べられてしまう。 事実これまでにノルマを達成できた日は皆無であり、その度に仔実装は数を減らしている。 次女は何か無いか必死で考えを巡らし、慌てて立ち上がった。 「ワ、ワタチ達も食べてないテチ!食べ物が無いんテチ!」 必死に説明する次女。その姿に傍らの長女も目を丸くする。 嘘偽りの無い真実を伝える。 母が最期に持ってきた食糧は全て献上、あるいは食いつくした。備蓄などされている筈もない。 トイレの糞や蛆を食べようにも穴が深すぎる。 仔実装達が出来ることは無く手詰まりと言って良かった。 なにせどの仔実装も生まれてまだ一月と経っていない。 木の実の収穫方法はおろかそれがどんなものかすら曖昧だ。 時期としても春に差し掛かるにはまだ数日の時が必要だった。 それを理解した上で中実装が近付く。 「生意気言うんじゃないテスクソドレイ。ワタシこそが絶対だと何度言わせれば解るテス」 淡々と告げる中実装。次女の腹には錆びた釘が突き刺さっていた。 「テ…テ…テ……」 「次女ぉぉぉぉぉ!」 腹を抱え蹲る次女に長女が駆け寄る。 栄養不足の仔実装に対して釘は腹に大穴を開けるのに充分な代物だった。 「もうやめテチッ!もうやめテチィィィィィ!」 長女が次女に覆い被さるようにしながら懇願する。 どこまでも無力な存在が必死に強者に願う姿は実に悲劇的だ。だがそこに中実装が止まる理由は見当たらない。釘を振り下ろすように構え直す。 「そんなに死にたいなら二匹まとめて今日のゴハンテス」 「テッチャァァァァァ!」 「オネチャァァァァァ!」 中実装の釘に二匹が悲鳴をあげ命を散らす。 筈だった。 いつまでたっても釘はやってこない。見れば何故だが中実装はその場で立ちすくみ動揺している。 「オネチャ…テス……?」 中実装はまだ仔実装だった頃を思い出していた。 自分は6匹姉妹の末っ子で、いつも中実装の長女に連れられていた。 次女から五女は既に亡くなっていたから殊更大事にされたのだろう。 いつも綺麗にしていろと身体を洗われ、大きくなれとゴハンを多めに分けてもらい、オニクちゃんという名前もくれた。 そんな姉はワタシを人間に渡すまいと必死に抵抗して逃げる隙を作ってくれて、そのまま人間に殺された。 命を捨ててワタシを連れ去ろうとする人間から守ってくれた中実装の長女。 対して自分はどうだ。 あの頃の姉と遜色無い体格で、あの頃の自分のような仔供達を恫喝している。これが本当に自分がなりたかった姿か? 「すまんテス」 思わず釘を取り落とし膝をついて謝罪する。 突然の急変に理解が追い付かず目を丸くする仔実装達。 「ワタシが悪かったテス。これからはワタシがみんなを守るテス」 「…テ?」 突然の展開に理解が追い付かない仔実装達を尻目に中実装はハウスに転がっていたビニール袋を掴み高らかに宣言した。 「ワタシはこれからママ達のようにゴハンを見つけてくるテス!」 中実装の言葉に仔実装達も沸く。 実装石達の熱狂は広場中に響きだした。 「ば、場所が解るんテチ!」 「解る筈テス!ワタシはママと一緒に行ったことがあるテス!」 「公園の外に出たテチィ!?」 「出たテス!その時もゴハンはいっぱいだったテス!」 「テッチャァァァァァ!中実装オネチャ凄いテチィィィィィ!」 中実装の力強い返答に仔実装達は更に沸く。 実際のところ、中実装がゴミステーションに連れていかれたのは一回きりで道順も曖昧だ。 しかし無駄な正義感と万能感。なにより自分より小さいものに姉として頼られる事が中実装の高揚をより高めている。 「では行ってくるテス!お腹いっぱいのご馳走を期待してるテスー!」 仔実装達の声援を受けて中実装が旅立つ。 約束を完璧に果たせる根拠など何処にもないのに……。 ゴミステーションは公園の目と鼻の先だ。 公園を出て直角に曲がり、しばらくまっすぐ歩けば到着する程度のものである。 成体の実装石が普通に歩いたとしても片道なら15分程度で辿り着く。 人や動物を警戒しての慎重さを加味しても30分といったところだろう。 問題は分岐の多さだ。 田舎の住宅地故に一戸建てが多く自然と田の字を横に並べたような道が続いている。 一応どの道も隣接する道とは繋がっているが実装石が一度迷うとなかなか抜け出せない。 事実ゴミステーションまでの分岐は左右会わせて10もあり中実装は見事に横に逸れては正しい道を見失い、ゴミステーションを発見するのに半日を要していた……。 「テェ…テェ…テェ……」 半日歩き続け満身創痍の中実装がゴミステーションを目指して歩く。 ママと行った時にはこんなに複雑じゃなかった筈なのに、ニンゲンが勝手に道を滅茶苦茶にしたのかと憤る。 実際には道はなにも変わっておらず勝手に中実装が迷っただけなのだがそんな事は解る筈もない。 ともあれ目的地は十字路を渡った先。そこには大量のゴミ袋が置かれており間に合うことが出来たと安堵する。 「スシ…ステーキ…コンペイトウ……」 ゴミの中に何があるのかを想像しながら駆け足で近付く。 もっとも、希望の品が捨てられていることなど万にひとつもあり得ないのだが。 道を抜け十字路に差し掛かる。 ゴミステーションに奇妙なボトルが出ているようだが知った事か。この道を抜ければゴールなのだ。小さいことなど気にしていられない。 「ゴハン…ゴハンテチャァァァァ!」 血涙とよだれにまみれた顔でひた走る。 すると不意に横から光に照らされた。 「テ、テェェェェェェ!?」 おもわず硬直する中実装。 その頭上を車が駆け抜けた。 車高の高い車だったおかげで直立姿勢の中実装でもすり抜けられる。 だが流石に無傷とはいかない。 中実装の背中を掠めるギリギリの所を前輪が過ぎ去っていく。 その際に僅かだが中実装の身体は浮いた。 高速で空気が押し出されるとその穴を埋めるように風が舞う。 駅のホームで通過する電車に引っ張られる現象と同じことが起きたのだ。 「テェ?」 勢いそのままに道路を転がり、静止してからようやく思考が追い付いた。 何があったのかは解らない。不思議な風で自分は転がった。 とにかく立ち上がらなければと思い上体を起こすと、下半身の代わりに夥しい量の糞と血が広がっていた。 先程の車の後輪に中実装の下半身は擂り潰されていたのだ。 「な、な、なんなんテスこれはぁぁぁぁぁ!」 たまらず絶叫する中実装。 現状を認識すると同時に痛みが伝わってくる。 途方もなく耐えがたい痛みが一気に押し寄せ中実装の脳内は痛み一色になった。 「あぁ!あっ!あぁぁぁぁぁぁ!死ぬぅ死んじゃうテスゥゥゥゥゥ!あぁぁぁぁぁぁ!」 何故こんな事になった。理解が出来ない。意味が解らない。腕に引っ掛かったビニール袋がガサガサと鬱陶しい。 混乱し思考すらままならないまま道路の上を這いずり回る。 そうしていると再び車がやって来た。 慌てて逃げる中実装。 何か解らないがワタシがこうなったのはアレのせいだ。 今度アレがきたら死んでしまう。 生存本能に従い必死に逃げる。しかし皮肉にもそこはタイヤの直撃コースのままであった。 車は中実装に気付かずそのまま突き進み、その腹を潰して止まった。 「テ、ヒッ…ギッ…!」 僅かに残った肺で必死に呼吸する。 しかし潰されたままで身動きが取れない。このまま発進されてしまえば潰されるのは必然だ。 潰された部分を引きちぎろうにも痛みが酷くて不可能と中実装に出来ることは手詰まりだ。 「お、おいぃクソニンゲン!は、はやくこいつをどかすテスゥゥゥゥゥ!」 痛みに耐えつつ必死に訴えるが車のエンジン音と更に大きな機械音に阻まれ聞こえない。 新たにやって来た車はゴミ収集車だったのだ。 「おーここのゴミ荒らされて無いっスねー。ボトルも空だしきっと効果あんでしょう」 等と声が聞こえるが中実装には聞こえない。聞こえたところで意味は理解できないので同じことだが。 「む、無視するんじゃねーテスクヒョニンゲン!ワタ…ワタヒが死ぬ…死んじゃうテスゥゥゥゥゥ!」 必死の訴えも虚しく次々とゴミが回収されていく。 「ヒッヒッ…ヒッ……」 体力を失い絶望感と無力感に血涙を流すことしか出来ない。 どうしてこうなってしまったのか。自分がなにか悪いことをしたのかと自問自答するが答えは出ない。 実装石という存在そのものがこういうものでしかないという結論には辿り着けない。 「よーしOK!」 ゴミを回収し収集車に箱乗りした男が言うとドライバーが発進させる。 中実装の身体はゆっくりと潰され走馬灯が巡っていく。 思い出すのは長女が残した最期の言葉。 「オニクちゃんはワタシのモノなんテスゥゥゥゥゥ!」 オネチャ、あれはいったいどういう意味だったんテス…? その疑問を抱えたまま、中実装は頭蓋もろとも偽石を割られた……。 中実装が旅立って2日。公園の環境は完全に崩壊していた。 全ては餓えが原因だ。 体力の無さ故に他のハウスを襲撃しに行くことは出来ないが、その分姉妹同士の争いは凄惨さを極めた。 あるハウスの姉妹は姉が妹を奇襲し、反撃からの泥仕合の末双方怪我と餓えで死んだ。 別のハウスでは5女と6女が互いに睨み合いながら座り、互いに奇襲の機会を伺った。 そうして2日目、遂に5女が限界に達し倒れた。 「6女チャ…ワタチの事……食べテチ…」 口の中で精一杯言葉を転がし息絶える。 半日ほど先に6女は座ったまま飢え死にしていたとも知らずに……。 朦朧とする意識の中で長女は考えた。 公園に住んでいた実装石はおそらく自分を除き全滅しただろう。 中実装に腹を貫かれた次女は怪我と飢えで1日目の未明に死んだ。中実装が持ってくると言っていた食べ物を夢見たまま死ねたのは幸いだろう。 しかしまだ自分は生きている。 自分のようにハウスの中に引きこもっている者もいるだろうがそれもただ死を待つだけの行為だ。 そこまで考えて、長女は初めて自分のために行動した。 立ち上がる気力がない。ハウスの外へと這っていく。目指すは自分達のトイレだ。もう背に腹は代えられない。たった十歩程の道程を三十分ほど掛けて進んでいった。 蓋にしていたダンボールを退けて中を覗くと、丸々と太った蛆実装が蠢いていた。 元々七匹いた筈だが三匹に減っているし糞も残っていないが公園の飢餓など別の世界の話とでも言うように元気そのものである。 「レフレフ!まぶしいレフ!」 「そこにいるのはオネチャレフ!?」 「オネチャこんにちわレフ!」 何も知らずに挨拶する蛆実装に躊躇いが生まれる。蛆とはいえ実の姉妹だ。次女の亡骸にさえ手をつけられない長女には大きな負担だった。 だが長女は努めてその感情を無視することにした。 今から自分が行う事はとても酷い行為だ。自分の為だけに他者を傷つける事を極度に嫌っていた自分が最も嫌悪することだ。 何も知らない、無垢な妹。蛆実装を食う。その禁忌を犯すために自分はここに来たのだ。 生まれた翌日、自分達は母に教わった。 「おトイレの中の蛆ちゃんは非常食デス。何も食べる物が無くなった時に食べる物デス。だから可愛がっちゃ駄目デス。大事に思っちゃ駄目デス。ただ食べる時が来るまで大切に、大切にウンチをするデス」 そうだ。今目の前にいるのはただの食糧。今まで自分達が食べてきた生ゴミや木の実と同じだ。なにより今ここで躊躇えば最後の実装石である自分が死ぬのだ。 良心の呵責に耐えながら腕を伸ばす。 だが届かない。 トイレの深さは約7cm。10cm程度の仔実装では蛆実装を拾い上げるなど不可能だ。 「オネチャ頭撫でてくれるレフ?うれしいレフ~!」 勝手に手の先に頭を持ってくる蛆実装。 触れる感触はあるが掴めない。 人間で例えるなら目一杯伸ばした指先が触れるか触れないか、そういう距離だ。 「もう少し…テチ…!」 それでも身を乗り出して蛆実装を掴もうとする。上半身を半分乗り出してようやく蛆実装の頭頂部に掌が乗る感覚。しっかり掴むにはまだ足りない。 「レフレフ。ウジチャお腹すいたレフ。オネチャ何か持ってるレフ?」 蛆実装の一匹が手に巻き付くようにくっついた。 チャンス到来だ。 「やったテチ!掴んテッチャァァァァァ!?」 蛆実装を掴んだは良いものの、重さが代わり重心がずれたことで長女はトイレの中へと頭から落ちてしまった。 トイレの穴は仔実装の体がすっぽり収まる広さをしていたのだ。 「オネチャようこそレフ!」 「オネチャもウンチ食べるレフ? 」 「ウジチャもおなかすいたレフ!」 無邪気に笑う蛆実装。 しかし長女は笑い事ではない。何とかしてここから出なければ。 そう思ってもがこうとするが身体は全く動かせなかった。 「か、完全にハマってるテチ!」 頭を支点に立っているのも手伝って首を回すことさえ出来ない。 長女は天地逆さの直立姿勢のまま身動きが取れなくなってしまった。 「オネチャなにしてるレフ?たのしいレフ?」 「ウジチャおなかすいたレフ!」 「ウジチャもレフ!」 好き勝手言う蛆実装に苛つくがそれどころではない。 なんとか脱出する方法はないかと考える。 そうしているうちに蛆実装の一匹が此方をじっと見つめ始めていた。 「な、なんテチ?」 おもわず身を強張らせる長女。全く怖い相手ではないがこんな至近距離で止まられては流石にビビる。 「オネチャ、ウジチャおなかすいたレフ」 そう言って蛆実装は長女の顔に食らいついた。 「テッチャァァァァァ!」 おもわず悲鳴をあげる長女。だが蛆実装は食べるのをやめない。 「オネチャ皮と骨ばっかりでかたいレフ。ここはたべられそうレフ!」 今度は眼球へと食らいつく蛆実装。 目を逸らすことも出来ずに捕食者が目を食う為に口を開けられるという拷問に等しい行為に続き痛みが始まる。 「ヘベジャァァァァァァ!やめて、やめてテチィィィィィ!」 ただただ絶叫する。長女はこの痛みから逃れる術を持たなかった。 「みずみずしくておいしいレフ!どんどん食べるレフ!」 「ウジチャずるいレフ!ウジチャも食べるレフ!」 「ウジチャもまけてられないレフ~!」 そんな長女を無視し次々に長女を食い始める蛆実装。 目から侵入した蛆実装は脳を貪り、やがて頭蓋に穴を開けて身体へと侵入していった……。 「静かデス…」 公園の前に成体1匹、仔実装二匹の家族が現れた。 三匹は野良で、渡りを果たした家族であった。 「この公園も殺し合いテチ?」 「そうかもしれないデス。慎重に調べるデス」 不気味なほど静まり返った公園の中をゆっくりと調べていく。異変を見落とさない事こそが生存の秘訣だ。 目についたハウスも慎重に物色する。 「ママ!仔供が死んでるテチ!」 「こっちには太ったウジチャがいるテチ!」 「良かったデス。飢え死にしないで済んだみたいデス」 仔実装達の言葉に安堵する母親。 周囲に散在するハウスにも残っていれば暫く食うに困らないだろう。 「もうすぐ木の実が採れるデス。今日は遠慮せずに食べるデス」 「やったテチー!」 「今日は食べ放題テチ!」 母の言葉に小躍りする仔実装達。 その姿に満足しながら母実装が仔実装の骨の貯まった穴の中から蛆実装を拾い上げる。 「それじゃ、いただきますデス」 「「テチッ!」」 「う、ウジチャはおいしくないレフ!」 「たべるのやめてレフ!」 「オネチャァァァ!助けてレフゥゥゥゥ!」 蛆実装が先程糞にした姉に助けを乞う その言葉がこの公園の先住実装が残した最後の言葉だった…………。
1 Re: Name:匿名石 2025/06/06-00:22:22 No:00009680[申告] |
絶望的状況からさしたる光明もなく自滅と破滅の上に終焉向かう姿が実装石らしくもありとても良かった
せめて中実装が次世代を担う様な優秀な個体なら結末は多少変わっていたかもだが… 途中万能感からか中実装が妙な使命感に目覚めなければもう少しは生き永らえたものをねって 所詮はオニクちゃんだからまあ結果はね |
2 Re: Name:匿名石 2025/06/06-05:05:09 No:00009681[申告] |
2025年…まだ大分県ネタやってんのはさすがに笑う |
3 Re: Name:匿名石 2025/06/10-14:14:20 No:00009687[申告] |
2025年にもなってまだ実装ネタで楽しんでる俺ら全員に刺さるからやめろ |
4 Re: Name:匿名石 2025/06/10-21:34:36 No:00009688[申告] |
ルーツは忘れられ定着した感があるからネタと言うかもはや生態選択肢の一つ |
5 Re: Name:匿名石 2025/06/10-23:16:44 No:00009689[申告] |
親をバカにする糞蟲3女・道路に出て交通事故・復讐しようとしてあっさり失敗・
公園の王・糞穴のウジに食われるオネチャ…と、要素盛沢山のお子様ランチみたいな内容だった やっぱり実装っていいもんですねェ |
6 Re: Name:匿名石 2025/06/12-13:10:11 No:00009692[申告] |
仮に統治がうまく行って仔供の王国ができていたら?ってIFも読みたくなってきた
ただ実装だしそれもすぐに崩壊しそうだけど |