ついに到来した雨降りのシーズン・梅雨。 この季節は冬や猛暑日ほどではないにせよ、野良の実装石を苦しめる。 彼女たちの苦難の一部を覗いてみよう。 …… …… 「テアアッ!ムレムレカユカユッテチィ!」 「やめるデス!ポリポリし過ぎたらおハダがデコボコになっちゃうデス!」 「でもカユイんテチゥ!ママだってポリポリしてるテチィ!」 「イタイテチィ!イタイイタチテチィ~!!」 「デデデ!ポリポリしすぎでムスメのフクがやぶけてるデスゥ!オロローン!」 まず、野良実装石のハウスのどこを覗いても大体がこんな調子である。 段ボールに対する異様な執着から実装ハウスの耐水性はたかが知れている。 雨の水分をしっかりと吸収し、湿度は際限なく高まる。 それに侵されてこの時期の野良実装石は蒸れとかゆみに支配される。 全身を掻きたい放題に掻きむしって、汗疹を作り更なる痒みに落ちていく。 堪え性のない幼児的な実装石は我慢というものが天敵だ。 「かゆいテチィ!なんとかなれテチィ!」 痒みを前にすればダメだと分かっていながら自制することなく限界まで、掻く。 汗疹になった場所も構わず、赤く腫れあがって皮が軽く捲れるまで掻き続けてしまう。 「いたいけどポリポリやめられないデスゥ~……ッ!」 この個体は猛烈な勢いでズキン越しに頭部を掻きむしっている。 湿度と温度による汗蒸れがかゆみを齎していると理解していても、 間抜けな服への執着から「一旦ズキンと服、パンツに靴と脱いで身体とともに乾燥させる」だとか、そういう発想ができる個体は数少ない。 とにかく自分の身体から服が離れてしまうのが不愉快なのだ。 だが、過酷なのはこんな痒みなどというしょうもないものだけではない。 …… …… 浅い地下。木の根に沿って掘られた穴倉。 ぐちゃぐちゃの泥だまりの中、実装石が足掻く。 「オヴォロブベブヴゥ……(おぼれるデズゥ)」 全身に張り付いてくる液化したドロを剥がそうと藻掻く実装石。 同時に這いずりながら、だんだんと雨水に溶けて崩落して閉ざされていく出入り口を目指している。 ザンネンなことにミトン状の手は剥がすという動作に適さない。足も凹凸が少ないので、踏ん張りも効かない。 「ボォバベデヴゥ(もうだめデスゥ)」 ずるり、とかつて我が家だった死の穴へ脱落する実装石。 巣の水没。年々激しさを増す本邦の豪雨は、ある程度のくぼみがある場所ならば簡単に一時的な「沼」へと変えてしまう。 浅い地下にハウスを掘ったこの賢かった実装家族。 今は生き残りの母実装がただ一匹、それももうすぐ窒息して死ぬだろう。 段ボールへの愚かな執着を振り切れるだけの知性があった。 だが、それでも巣が沈むほどの豪雨が到来するとは想定できなかった。 公平に言って人間や他の動物にもそれは難しいのだから、まあ、仕方のない死因と言えるものだろう。 脱出もままならずに汚泥に沈みゆく中で、いったい何を考えただろうか? …… …… 水は浸透するもので、それはある程度の閾値を超えれば「重量」を武器にして物を簡単に破壊する。 「デアアアッ!ワタシのハウスが崩れるデスゥ!これはニンゲンサンにいつかハイタツされるステキなユメのハコ……」 「マンマァ!そんなこといってるばあいじゃないテチィ!」 「オネチャ、はやく外に出ないとつぶれるテチベッ」 ポエミーな段ボール信仰を語りながら崩落しつつあるハウスにしがみついて血涙を流す実装石。 外側から見れば、このハウスはしっかりと草を混ぜた土などで各所が補強されており、特に天井はしっかりと補強されていた。 しかし、雨水はじゅくじゅくとゆっくりと浸透し、ハウス全体をぐらぐらとさせて限界の近さを訴えている。 実装石は思い出と妄執の詰まった我が家の崩壊を受け入れられず、ハウスにしがみついて離れない。 それをゆさゆさと揺らして正気付くように警告していた仔実装。 そんな姉を慮ったが、時間切れを迎えて落下してきた天井に潰されて死んだ妹仔実装。 ダンボールのくたびれによって容赦なく落ちてきた一部の天井。 潰されてしまった無残な死体がショッキングだ。 何か月もをかけて補強のなされた天井は、十分な重みを含んでいた。 仔実装の脆弱な肉体は簡単に潰された。 「テチャアアッ!?イモチャチんだテチ……逃げるテチッ」 「……!ゆるさんデスッ!」 ミシミシと音を立てて崩れるハウスの中に、どういう理屈か留まらせるべく仔を殴りつけた実装石。 「ここでガンバればミライにきっとゴホウビあるんデスッ!」 野良の実装石の多くが妄執として抱える公平世界誤謬に似た理屈。 この実装石もそれに囚われていた。 圧死した妹仔実装には目もくれず、姉仔実装が脱出しないように足で踏み付けて押さえつけている。 「ハウスはユメのハコなんデスゥ!はなれちゃダメなんデスゥ!」 その大声の振動が刺激になったのかもわからない。 ただ、ハウスが無残に崩れたのはたった数秒後だった。 …… …… 雨の脅威は他にも語りつくせない。 川沿い暮らしならば漂流、雨上がりならば気化熱、雨水の飲用による体調不良、水によってふやけた実装服の劣化と破損。保存食の腐敗。 出来損ないとは言え室内で愛され遊ばれるための人形であった実装石 哀れ、雨の中で生きられるようにできてはいない。 今日もまた、野良実装石たちは雨の季節に苦しみのドラマを描き出している。 【梅雨という季節 おわり】
1 Re: Name:匿名石 2025/05/26-19:34:43 No:00009664[申告] |
本編が妄執と浅知恵で自滅してゆくエピソードが列挙されているのに比較してコメントがストレート罵倒なの笑う |