実翠石との生活Ⅲ 黒髪は愛されている証拠 ----------------------------------------------------------------------- とある休日の昼下がり。 飼い仔実装のクロミは、飼い主の老夫人に抱っこされながら、日課の散歩を楽しんでいた。 『チプププッ・・・、いい気分テチィ!』 時たますれ違う野良実装や飼い実装から向けられる嫉妬と羨望の眼差しが、いつもながらひどく心地よい。 クロミが他の実装石の嫉妬と羨望の的となる理由は、その髪色、名前の由来でもある黒髪にあった。 黒髪は実装石にとって、人間に心の底から愛されたという証拠に外ならない。 実際のところ、近年の研究ではそのような通説は眉唾に近い扱いとなっている。 だが、当の実装石達にとっては相変わらずシアワセを約束するステータスであると認識されていた。 クロミとしても、野良実装相手には飼い実装として、飼い実装相手にはより愛されている飼い実装としてマウントをとれる己の黒髪をいたく気に入っていた。 ふと、電信柱の陰に隠れてこちらを窺っている野良実装の親仔連れが見えた。 『チュッチュ!』 クロミがこれ見よがしに老婦人に甘えてみせる。 『ふざけんなテチィ!』 『ワタチも黒髪なら飼いになれたテチィ?』 『ムカつくテチ!降りてこいテチ!ボコボコにしてやるテチ!』 野良仔実装達は嫉妬に地団駄踏んだり、悔し涙を流したり、歯を剥いて怒りを露わにしたりと大騒ぎた。 『チプププッ、無様テチィ!』 野良母実装が何とか宥めようと四苦八苦している様子がまた滑稽で、クロミのさらなる嘲笑を誘った。 そんな風に散歩を楽しんでいると、こちらに向かって歩いてくるニンゲンの親子連れが見えた。 一見すると父親と思しき大きいニンゲンと、その娘だろう小さいニンゲンが二人、仲良さそうに三人手を繋いで歩いている。 真ん中を歩いている一際小さいニンゲンの女の子は、三人揃ってのお出かけがよほど嬉しいのか、満面の笑顔を浮かべていた。 親実装に関する記憶が殆どないクロミにとって、親子仲良くしている様子は、先ほどまで感じていた野良実装への優越感が薄らぐほどのコンプレックスを感じさせる。 でも、この変な感じは何テチ? クロミは何とも言い難い不快感を覚えていた。 あのニンゲンの親子は、何故だか見ているだけで偽石が嫌な感じにざわめく。 ざわめきはニンゲンの親子に近づくにつれて苛つきや怒りに近いものへと変わっていった。 そしてニンゲン達の、特に娘と思っていた二人の瞳の色が確認できた時に、苛つきや怒りの原因がようやく理解できた。 紅と碧のオッドアイ、あいつらはヒトモドキの実翠石だ! 卑しい肉穴風情が飼い主のクソニンゲンに媚びを振りまく様を見せつけられ、クロミは本能のままに激高しかける。 だが、この時ばかりは、同時に覚えた強烈な違和感と困惑が怒りを上回った。 特に小さいほうの実翠石、こっちのデキソコナイは何かが違う。何かがおかしい。 強烈な違和感の正体はすぐに分かった。髪色だ。 『テ、チィッ・・・!!??』 小さいほうの実翠石は、クロミと同じ、いや、クロミ如きとは比べ物にならないほど美しい黒髪を有していた。 「えへへ~♪パパとママとおでかけ、たのしいです〜♪」 秋人と実翠石の裏葉の間に生まれた娘、実翠石の松葉はひどくご機嫌だった。 今日は一日中、大好きなパパとママと三人で一緒に居られるからだ。 ここ最近は秋人の仕事が忙しく、帰宅は松葉が寝入ってからになるのがほとんどだったこともあり、ひどく寂しい思いをしていた反動もある。 「パパがいなくて寂しかった分、今日は二人でたくさんパパに甘えるです」 と笑うママと一緒に、今日は朝からずっと秋人にべったりだった。 今はパパとママと手を繋いで、楽しいお散歩の最中だ。 お出かけ前にママに丁寧に梳いてもらったお気に入りの黒髪に、パパにプレゼントしてもらったリボンを巻いて、おめかしもバッチリだった 。 繋いだ両手の温かさと、同じくらい温かい両親の笑顔。 望まれてこの世に生を受けた松葉の将来は、濡鳥と形容すべき黒髪に映える陽光のように、明るさと温かさに満ちたものになるだろうことは疑いなかった。 「あらあら、ずいぶんと可愛いらしいお嬢さん達だったわね」 松葉達とすれ違った老婦人が腕に抱いていたクロミに話しかけるが、その声はクロミの耳には全く届いていなかった。 それほどまでに、黒髪の実翠石の存在は衝撃的だった。 ニンゲンに弄ばれ飽きられたら捨てられるのが似合いの肉穴人形如きが、何故あんなにも愛情を注がれているのか。 下品に腰を振って媚びるくらいしか能がないダッチワイフの分際で、何故子を産み育てることを許されているのか。 何より、実装石よりはるかに劣るはずの実翠石が、人間との愛の証とも言うべき黒髪を有してこの世に生を受けたこと自体が信じられなかった。 黒髪というクロミにとっての絶対的なアイデンティティを揺るがしかねない黒髪実翠石の存在は、クロミの内心にどす黒い影を落としていた。 ワタチのほうがずっとずっときれいな黒髪テチ。 ワタチのほうがあんなニセモノよりずっとずっと愛されるべきなのテチ。 自分自身に言い聞かせるように、クロミはテチチチと小さく鳴き声を上げる。 だが、どうしてもぬぐい切れない疑問が湧いてくる。 どうしてワタチにはママもパパもいないのだろう? どうしてワタチはママやパパのことを全然覚えていないのだろう? あの黒髪のニセモノには、肉人形の媚びに騙されるほど愚かなクソニンゲンとはいえパパがいた。 でも、半分はニンゲンのはずのワタチには、パパどころかママもいない。 こんなにかわいいワタチを置いて、ママもパパもどこに行ってしまったのだろう? クロミが気付いた時には散歩は終わり、お家へと帰り着いていた。 言い知れぬ不安に襲われたクロミは、たまらず飼い主の老婦人に問いかける。 『ワタチのママはどこに行ったんテチ?パパのことも見たことないテチ!!ママとパパに会いたいテチ!!』 今まで気にする素振りすら見せなかったのに、急に自身の親について聞いてきたクロミの態度に訝しみながらも、老婦人はクロミにも分かりやすいよう丁寧に説明した。 クロミの母実装は、老婦人の息子夫妻の元で飼われていたごく普通の実装石だった。 本能に抗えず飼い主の言い付けを破って勝手に仔を設けて・・・、というところまではよくある話だったのだが、今回の場合、生まれてきた仔実装の髪色が問題だった。 クロミの髪色を見て、息子夫婦の関係は破綻の危機を迎えた。 無論息子の側には心当たりなど全くない。 全てはクロミの母実装の強い思い込みによるものだったからだ。 息子は妻に対して弁明したが、聞く耳を持ってもらえず、遂には別居という形に至ってしまった。 妻は年頃になる一人娘を連れて去っていった。 二人とも嫌悪感を隠そうともせず、遠慮のない罵倒をぶつけて出て行ったそうだ。 諸悪の根源とも言うべきクロミの母実装には徹底的な制裁が加えられた。 髪と服を剥ぎ取られ、全身をゴルフクラブで滅多打ちにされた。 傷が癒える間もなくガスコンロで火炙りにされ、ミキサーにぶち込まれた後、一寸刻みでミンチにされた挙げ句、トイレに流されて始末された。 クロミにも当然制裁を加えた後で始末するつもりだったが、そこで待ったをかけたのがこの老婦人だった。 母実装の臭いが染みついたタオルに包まって何も知らずに眠る黒髪の仔実装が、ただ無惨に殺されるというのは老婦人にはさすがに忍びなかった。 事の経緯はともかくとして、生まれてきたばかりの命に罪はないから、と半ば強引に引き取り、クロミと名付けて育てることにしたというわけである。 老婦人の話を聞き終えたクロミは茫然自失といった状態だった。 愛されて生まれてきたと思っていたのに、実際は生まれることすら許されなかった存在だったこと。 実装石のママとニンゲンのパパの愛故に生まれてきたと思っていたのに、実際はママはパパに残酷極まりない方法で殺されていたこと。 ママとパパの愛情の証だと思っていた自慢の黒髪が、ママを凄惨な死に追いやった呪いのアイテムだったこと。 自慢の黒髪を根幹とするクロミのアイデンティティは、真相を知ってしまったことにより完膚なきまでに叩き壊されてしまった。 残ったのは、憐れみのみで命を拾われた、親の愛情などとは無縁の、ただ髪が黒いだけの一匹の仔実装だった。 丁寧に話終えた老婦人は、クロミが座り込んで虚ろな視線を虚空に泳がせるだけになっている事に気付いた。 クロミには知る権利があるのだから、誠意を込めて丁寧に話したのだけれど、ちょっと刺激が強すぎたかしら。 少々気がかりであったが、老婦人はクロミを水槽に戻すと、録り溜めてあったドラマを視聴するために、その場を後にした。 クロミが空腹のため我を取り戻した時には、すっかりと夜が更けていた。 『お腹空いたテチ・・・』 生きていればどうしたって腹は減る。 飼い主の老婦人がエサ皿に盛っていた実装フードを食べようと、クロミが立ち上がった時だった。 水槽にうっすらと映る自身の姿が視界に入る。 黒髪の仔実装。 老婦人の話を嫌でも思い出してしまう。 あんなに自慢していた黒髪は、ママを死に追いやった元凶に過ぎなかった。 ママとパパに望まれ愛されて生まれてきたと思っていたのに、本当は誰からも愛されてなどいなかった。 それなのに。それなのに! さらに嫌な記憶が蘇る。 昼間目にした黒髪の実翠石。 ワタチと違って、ママもパパも居て、みんなお互いに大切に想い合っている。 あの黒髪は、ワタチと違って本当に愛され望まれてこの世に生を受けた証。 同じ黒髪のはずなのに、どうしてこんなにも格差があるのか。 こんな理不尽は許せない! 肉人形風情と同じ黒髪なんて許せないし気持ち悪い! 『テッチィィィィィィィィィッッ!!』 半ば発狂したかのような怒りに駆られて、クロミは自身の後ろ髪、その一房を腕に絡めてブチブチと引き抜いた。 後頭部にひりついた痛みが走るが、かまわずに残ったもう片方の一房も毟り取る。 『テチャァァァァァァァァァッッ!!』 続けて残った前髪を引き抜こうとするが、後ろ髪と違って短いため、指のない手ではうまく掴めない。 『テヂィッ!テヂィッ! テヂィッ!』 業を煮やしたのか、クロミは水槽に何度も何度も頭を打ち付け始める。 額が裂け、血が噴き出し、頭蓋骨にひびが入るのもかまわずに頭突きをし続けた結果、 『テ、ヂィッ・・・ 』 そのまま水槽に頭を押し付けるようにしてずるずると崩れ落ちた。 頭部にあった偽石が、多大なストレスと物理的な衝撃の双方により致命的なダメージを負ったのが原因だった。 『ドウチテ・・・ドウチテワタチは・・・アイされないのテヂィ・ ・・?』 パキンッと小さく乾いた音が水槽内に響くが、その音は誰に聞かれるでもなく虚空へと消えていった。 大好きなパパと久しぶりにたくさん遊べてはしゃぎ疲れたのだろう。 松葉は子供用ベッドですやすやと寝息を立てていた。 そんな松葉の寝顔を、秋人と裏葉が愛おしそうに見守っている。 「寝顔も裏葉にそっくりで、すごく可愛いな」 松葉の頬を優しくつつく秋人に、裏葉はいたずらっぽい笑みを浮かべる。 「パパにそっくりなところも、ちゃんとたくさんあるです」 秋人の耳に唇を近づけると、裏葉はちょっとだけからように、それでいてどこか誘うように囁いた。 「・・・おっぱいを吸うのは、パパそっくりで、すっごく上手だった、です♥」 「おいおい・・・」 苦笑する秋人の耳元で、裏葉が熱の篭った声で甘く囁く。 「松葉だけじゃなくて、私も、パパとあんまり一緒に居られなくて、すごく寂しかったです」 熱く潤んだ吐息混じりの囁きが、秋人の脳を痺れされる。 「だから今夜は、私のことも、た〜くさん可愛がってほしい、です♥」 -- 高速メモ帳から送信
1 Re: Name:匿名石 2025/04/23-02:51:06 No:00009619[申告] |
老夫人は実装石特に黒髪の無根拠な自尊心と尊大さを随分と軽く見積もってたね
現状の幸福に一切目をくれず嫉妬で身を滅ぼすその様は黒髪実装の生まれながらの罪深さを感じてしまう |
2 Re: Name:匿名石 2025/04/23-03:40:43 No:00009620[申告] |
松葉「黒髪は愛されている証拠です~♪(迷い無き笑み)」
クロミ「黒髪は愛されている証拠テヂィイイッッ!!(現実逃避)」 タイトルが二重の意味で響く良回。過去一の尊厳破壊、独りで惨めに朽ち果てる様は増長した黒髪実装石に相応しい最期だった。秋人一家はこのまま行けば大家族になりそうな勢いだが末永く幸せにな! |
3 Re: Name:匿名石 2025/04/27-18:23:24 No:00009625[申告] |
クロミは元飼い主のことをパパとか言ってるけど実際はパパですらないんだ
ただ無性生殖で産まれただけのコピーなんだ |
4 Re: Name:匿名石 2025/04/27-18:33:53 No:00009626[申告] |
そういえばスレで書いてた妊娠中の裏葉の話は載せないんですかね |
5 Re: Name:匿名石 2025/04/30-19:46:58 No:00009630[申告] |
件の子供が黒髪実装石じゃなくてホッとしている |