タイトル:【愛・虐】 愛しても、いいですか?2 5回目(長くなりました…)
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作者:匿名 総投稿数:非公開 総ダウンロード数:3014 レス数:1
初投稿日時:2006/09/06-19:06:55修正日時:2006/09/06-19:06:55
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愛しても、いいですか?2-5


 分厚い板で水槽の側面を塞ぎ、さらに本を乗せて天井も塞ぎ、空気穴の回りにも非透過光の布を被せる。
 これでレイミィは、完全な闇に包まれた筈だ。
 押入れの奥に移動させた水槽に、まったく光が届かなくなっている事を入念に確認する。

 実装石、特に仔実装は、単独で暗闇の中に置かれる事を極端に嫌がる傾向がある。
 お仕置きに利用するのは、それなりに高い効果を期待できる。
 ただし、数十分や数時間程度では、まったく効果がない。
 暗闇の閉鎖感と圧迫感に心底恐怖を感じ、何者にも助けを求められないという絶望感に満たされなければ、
このお仕置きを行う意味がないのだ。
 だから、ひろあきは二日間、レイミィを閉じ込めることにした。

 正直、これでもまだ短い方だ。
 本当なら三日以上…五日間は放置したいところだが、それでは未熟児のレイミィの生命にかかわりかねない。

 とりあえず二日間。
 もし、それで改善が見られなかったら、間を置いてさらに二日間。
 これを執拗に繰り返し、自分の立場の再認識と猛省を促す。

 言うのは簡単だが、このお仕置きは、飼い主自身にも多大な負荷がかかる。
 たとえ水槽内が糞で汚れ、臭いが充満しても、決して覗いてはいけないからだ。
 また、純粋に実装石が心配になって覗くのもダメだ。
 中の実装石が眠った頃合を見計らって覗こうとしても、彼女達は昼夜の感覚が狂っている場合があり、
覗いたこちらに助けを求めてしまう可能性もあるからだ。
 一度行ったら、実装石も、飼い主もひたすら耐えなければならない究極の仕置き。

 ひろあきは、レイミィが少しでもまともになってくれる事をひたすら願いながら、水槽を収めた押入れの襖を閉じた。


『もし…これであいつの糞蟲分が治らなかったら、その時は……やっぱり、俺の手で始末するしかないのか』

 ぐっと拳を握り、今閉めた襖を睨む。
 ひろあきは、棚の上の人形実装石を見上げた。





 ひろあきは、以前家族で飼っていた実装石・アンリの事を思い出していた。

 アンリは、とても賢くて優秀だった。
 一通りの躾を身につけ、さらに計算や記憶術にも長け、人間の言葉だけでなく、その奥に込められた真意にも
理解を促した。
 さらに、人間も舌を巻くほどの勉強好きでもあった。
 いつも妹と一緒に居て、共に遊び、学び、成長した。
 生まれつき身体の弱い妹は、常に自分の傍に居るアンリを姉妹のように思い、愛し、大切にした。
 そしてアンリも、その思いに応え、なんとか妹の助けになろうと、努力していた。

 妹はひろあきと年が離れていたため、兄妹仲は悪くなかったものの、あまり兄に対して積極的ではなかった。
 どちらかというと、もう一人の父親という目で見ていたらしい。
 だから、家族の中では親しい友達に相当する者がおらず、どこか寂しそうだった。
 身体が弱く、しょっちゅう休学していたため、友達も少なかったこともある。
 そんな妹に与えられたアンリは、かけがえのない親友だった。
 そしてアンリ自身、自分が妹に与える影響と、存在の重要性を把握していたようだ。

 成長したアンリは、やがて家の手伝いまですすんで行うようになり、父や母、祖父母達にも愛される存在となった。
 もちろん、ひろあきとも仲が良かった。
 妹を心配するという共通の概念があったせいか、両者の関係は「友」に近いものになった。
 妹が深夜に発作を起こした時などは、異常に気付いたアンリがひろあきに素早く伝達したため、最速で対応できた。
 あと数分対応が遅れていたら、命に関わるところだったと後に言われ、胸を撫で下ろしたものだ。

 その頃には、もはやアンリはペットではなく、完全に家族の一員として迎えられていた。
 アンリは、やがて高度なジェスチャーや物品を指差して意志を伝えたりする事もできるようになり、挙句には簡単な
筆談も可能となった。
 家族全員に愛され、そしてアンリも、家族全員を愛した。
 祖父母と散歩に行き、その膝の上で和やかに過ごしている光景も何度か見た事がある。
 母の料理の味見をして、アドバイスをしていた時は、心底驚かされた。
 朝に弱い父を起こすのも日課になっていて、何度も遅刻を防いでいた。
 アンリは、やがて自分が実装石ではなく、人間でありたいと考えるようになった。
 しかも、決して糞蟲的発想によるものではない。
 自分が家族にどれだけの利点を与える事ができるか、彼女なりに熟考した結果だった。
 つまり、実装石である事を自覚しつつも、人間として振舞うべきだと考えたのだ。
 そして、家族の誰もが、そんなアンリの想いを否定する事はなかった。
 一家の幸せな生活は、いつまでも続くものと、誰もが信じて疑わなかった。


 崩壊のきっかけは、僅かなきしみから始まった。
 妹の持病が悪化し、入院する事になったのだ。

 今から思えば、その時点での妹の症状は、そんなに重いものではなかったのかもしれない。
 心配した家族は、代わる代わる見舞いに出向き、励ましの言葉をかけたが、アンリだけはその場に来る事は
なかった。
 否、来たくても、来られなかったのだ。

 動物である実装石は、病院内に入れない。

 それは、たとえ高等な飼い実装であっても例外ではない。
 アンリは、病で倒れる直前まで妹の傍にいながらも、最後まで、妹と逢わせてもらえなかったのだ。

 妹の容態はどんどん悪化した。
 ひろあきと両親、祖父母は、病院に懇願し、なんとかアンリと逢わせてやって欲しいと頼み込んだが、ついにそれは
認められなかった。
 恥をしのぎ、病室の廊下で医師に土下座までした父の頼みも、無下に断られた。
 妹は、アンリに逢いたがっていた。
 治療や励ましの甲斐もなく、妹は日に日にやつれていった。
 アンリと共に写った写真を枕元に置き、それをただ寂しげに見つめていた。

 やがて、妹の涙は涸れ果てた。
 意識不明…重度の昏睡状態に陥ったのだ。
 そしてそれは、ひろあき達家族との、実質的な別れでもあった。

 妹は、そのまま目覚めることなく、一週間後、短い一生を終えた——


 アンリはその間、たった一人で家の留守番をしていた。
 そして、ひたすら妹の回復と帰宅を祈り続けていた。
 居間の真ん中でひざまずき、窓に向かって手を合わせ、何時間も何時間も祈り続けていた。
 食事も喉を通らず、水すらも飲む気が起こらなかったらしい。
 寝る間も惜しんで祈り続け、本人も衰弱し始めた頃、家族が帰宅した。

 アンリの祈りも、家族の願いも、すべて無駄になってしまった。


 その日から、アンリは変わってしまった。

 家族に対する態度こそ変わらなかったものの、人間でありたいという言葉は、二度と口にしなくなった。
 自分がもし本当に人間だったなら、病院に見舞いに行って、妹を元気付ける事が出来たかもしれない。
 自分が行く事で、妹の…大切な家族の命を救えたかもしれない。
 でも、自分が実装石だったという、ただそれだけのために、それは叶わなかった。
 さぞ、悔しかったのだろう。
 アンリは、与えられた妹の写真を肌身離さず持ち続け、暇があれば、それをじっと見つめ続けていた。
 そして、とても悲しい声で、泣いていた。
 他の家族が、どんなに励ましても慰めても、アンリは以前のような元気な実装石には戻らなかった。


 ——決定的な悲劇は、二年後に訪れた。

 たまたま家族で見ていたテレビに、かつて妹が入院していた病院が映った。
 何の番組だったかは、もう覚えていない。
 いや、覚えてなどいられなかった。
 ひろあきを含む、家族全員が、激しい怒りに包まれていたからだ。

 画面には、どこかの金持ちに飼われている実装石が映っていた。
 でっぷりと太った、いかにも大金持ちの夫人という雰囲気の女性が、これまたぶくぶくに肥えた実装石を抱いて、
夫の病室を訪れている様子が映ったのだ。
 どうやら、地元の有名人が急遽入院したため、県のローカル放送局がその様子をレポートしたという内容だったようだ。
 肥えた実装石は、夫人の手の中だけでなく、ベッドの上にまで降り立ち、何やらデスデスと叫んでいた。
 問題の映像自体は、ほんの十数秒程度だったかもしれない。
 しかし、ひろあき達にとって、それは十数分くらいの長さに感じられた。
 そして、アンリは…テーブルの端に置いた手をガタガタと震わせ、初めて見せる怒りの表情で、画面を睨みつけていた。


 その日の晩、アンリは、家の中から忽然と姿を消した。
 夕食と風呂を済ませ、家族全員に「おやすみなさい」を告げた後、どこかから抜け出したようだ。
 朝になって気付いたひろあきと家族は、必死になってアンリを捜した。
 近所の公園、川原、街、ビルの谷間、他人の家の庭…なりふり構わず、捜し回った。
 ビラも配布し、警察にも届け出て、あげくにはテレビにも告知を出した。
 しかし、アンリの行方は、ようとして知れなかった。

 家族の全員が、絶望感に打ちひしがれた頃。
 ある人が、ビラの写真に写っていたのと良く似た物を拾ったと、届けてくれた。

 それは、間違いなくアンリの首輪だった。 
 
 ピンク色で、首から下げられたプレートの中には、折りたたまれた妹の写真が挟まっていた。
 輪の部分は大きく破損し、血痕のようなものがこびりついていた。
 恐らく、車かトラックに何度か踏み潰されたのだろう。
 プラスチック部分はまんべんなくヒビが入り、もはや修復は不可能な状態だった。

 それは、アンリがもうこの世に居ないという事を、明確に証明していた。
 
 
 アンリの首輪は、写真と共に、妹と同じ墓に葬られた。
 それ以来、家族の中から灯が消えた。
 もう一人の孫のように可愛がっていたアンリの死は、祖父母の精神に大きな負担をかけたようで、二人は健康を
害してしまった。
 父と母は、健常に振舞っていたが、時折アンリの名前を出し、寂しそうにため息をついた。
 ひろあきは、やがてそんな実家に居る事が苦痛になり、思い切って一人暮らしを始めた。

 その頃には、家族の中に、ある一つの誓いが生まれていた。

「もう、実装石は飼わないことにしよう」
「アンリ以上の仔なんか、もう二度と育てられないから」

 それは、ひろあき自身の心の中にも、深く染み入っていた。


 それから、もう五年近く経つ。
 棚の上に置かれた実装石の人形は、アンリの死の直後、手先が器用だった祖母が作ったものだ。
 引越しの時、かつてアンリが使っていた水槽と一緒に置かれていたのを見つけて、つい持ってきてしまった。
 何か、意味を求めたわけではない。
 家族であり、友達であり、共に妹を守ったアンリに対して、ひろあきは、友情以上のものを感じていた。
 だからせめて、彼女の思い出の詰まったものを、自分の傍に置いておきたい。
 そう思っただけだった。

「アンリ…」

 ひろあきは、壁によりかかり、何気なく呟いた。

「俺…やっぱり無理なのかな」

 なんとなく、涙がこぼれそうになる。
 そんなひろあきを、人形は、ただ静かに見下ろしていた。 




 暗闇の水槽の中では、レイミィが、嬉しそうにはしゃぎ回っていた。

「ママテチ! ママが来てくれたテチ! これでもう、あのバカニンゲンのお仕置きも怖くないテチ!! ママがずっと
守ってくれるテチ!」
 早速、自分勝手な思考パターンに陥る。
 トテトテ駆け回り、見えない壁にぶつかり転んでも、レイミィは泣きもせずママの来訪を喜び続けた。
 だが人形は、そんなレイミィを、今にも泣き出しそうなほど悲痛な表情で見つめていた。

「テチ? ママ、なんで泣きそうテチ? レイミィが居るのになんで悲しいテチ?」
 思い切って抱きつこうとしてみる。
 だが、レイミィの身体は人形をすり抜けてしまう。
 不思議に思いながら振り返り、何度も抱きつこうとする。
 だが、人形がレイミィを抱きとめる事はなかった。

「なんで抱っこしてくれないテチ?! やっぱりワタチとケンカしに来たテチか?!」
 思い通りにならない事に腹が立ってきたのか、再びケンカをふっかける。
 だが、人形のあまりに悲しそうな顔を見ると、だんだんやる気が失せていく。
 レイミィは、振り上げた手を下ろしながら、困った顔で人形を見つめた。
「どうすれば、笑ってくれるテチ? そんなに悲しい顔してると、ワタチも悲しくなるテチ」
 人形は応えない。
 しかし、僅かに表情に温かみが戻った気がする。
 レイミィは、何かに気付いたような気がした。

「ママ…レイミィ、ママを笑わせてあげること、出来るテチか?」

 こくり。
 初めて、人形は大きなリアクションを見せた。
 無言で頷くその様子に、レイミィは、パッと表情を明るくした。
「わかったテチ! よくわからないけど、レイミィ、ママをきっと笑わせてみせるテチ!」
 その言葉に、人形の表情が穏やかになる。
 レイミィは、それを見てホッとすると、突然ごろんと寝転がった。

「モノマネそのいちー! 蛆チャンの真似テチ! レフーレフー、お腹プニプニしてレフー♪」
 四肢を縮めて、お腹を上に向けてコロコロと転がる。

 人形の表情は、さっきよりさらに悲しそうになった。



 ひろあきは、実装リンガルを携えて、再び公園に出向いた。
 報酬用の金平糖を買い込み、たまたま近くを通った実装石に頼み込んで、あの四匹を呼び出してもらう。
 十分ほどすると、“クソタレ”と“ヨクバリ”が駆けつけた。

「ニンゲンさん、金平糖の配給があると聞いて、駆けつけたデス!」
「そうデス! ワタシなんか、育児を放り出してまで駆けつけたデス!!」

『放り出すなデスっ!』

 超弱パワーデコピンで、ヨクバリをしばく。
 コテンを倒れたその口に金平糖を放り込んでやると、クソタレの方にも一粒投げてやる。

『その後、変わった様子はないデスか?』

「特にないデス。あ、ただ、流れ実装が大元締に謁見したデス」

『大元締って、この前ノロマが言ってた、この公園のおエライさんデスか?』

「そうデス」

『クソタレ、その流れ実装は無事だったデスか?』

「大元締が直接介抱しているみたいデスから、大丈夫だと思うデス」

『それにしても、その大元締とやらは偉い人デスね。見ず知らずの来客にそこまでしてくれるデスか』

「あ、アレは特別みたいデス」

『特別…?』

 口の中の金平糖と格闘するヨクバリをよそに、クソタレは、大元締の下に連れて行かれた流れ実装の事を話した。
 大元締が言っている事はよくわからなかったが、とにかく流れ実装は、なんとか主人の下に戻りたいと考えている
ようだった。
 そして、そいつに九匹の子供が居るという話を立ち聞きした事も、教えてくれた。

『九匹? 本当に、そう言ったのか?!』

「デデッ! ニンゲンさん、喋り方が変わったデス!」

『え? ああ、すまないデス。…で、その九匹って、まさかすべて蛆ちゃんだなんてことは…』

「聞いてきてやろうかデス?」
 デプププ、と、嫌らしい含み笑いをしながら、クソタレが呟く。
 ははーん、交換条件か。
 ひろあきは、待ってましたとばかりに、金平糖の袋を取り出した。
 今回のも、いつぞやと同様500グラムの超大量だ。
「デデッ!!」

『金平糖、ワタシの手で二掴み分! どうデス?!』

「二掴みって、どれくらいデス?」

『この砂で計ってみるデス』

 さらさらさら…
 ひろあきは、足元の砂を握りこみ、それを二杯分、クソタレの前に積んだ。

『これと同じ量だけ、金平糖をくれてやるデス!』

「もう一掴み! デス!!」

『な、何?!』

 以前はビビっていたクソタレだが、今度は、得意顔で前に進み出る。
「この程度なら、あと一掴みは欲しいデス。そしたら、調べてきてやるデス」

『こいつ、足元を見やがってデス…』

 仕方なく、ひろあきは三掴み分の金平糖を、クソタレの巣に運ぶハメになった。



 一時間が経過した。
 ベンチに座り、ヨクバリと共に手持ちの金平糖を食べながら待ち続けたひろあきは、あまりの遅さにだんだん
苛立ってきた。

 つい、横に座るヨクバリにあたってしまう。

『おいヨクバリ。クソタレはどうしたデス? いくらなんでも遅すぎるデス』

「うー、確かに遅いデスね。何かあったんデしょうか」
 金平糖をペロペロ舐めながら、どこか適当な相槌を打つ。
 そんなヨクバリを一瞬キッと睨んだが、ひろあきは諦め、空を見上げた。

『退屈デス〜』

「ニンゲンさんが引き取った蛆ちゃんは、どうなったデスか?」

『ああ、レイミィの事デスか? あいつは…』

 ひろあきは、半ばグチ混じりでレイミィの事を話した。
 糞蟲性質、言う事をいつまでも覚えない事、いまだ自分が一番エライと信じ込んでいる事、今もっともきついお仕置きを
受けている事…これらを、人間の主観で説明した。
「ひ、ヒドイデス! ニンゲンさんは、もっと実装石に理解があると思ってたデス!」

『いや、飼い実装ってのはそういうモノデス。お前達にとっての躾とは違うデしょうけど、こうでもしないと、実装石は
ニンゲンと一緒には暮らせないデス』

「ヒイイイ、か、飼い実装は羨ましいと思ったけど、それじゃギャクタイハと変わらないデス! ニンゲンさん
エンガチョデス!」
 そう言うと、ヨクバリはピョンとベンチから飛び降りた。まるで逃げるように。

『おい、ちょっと待つデス』

 振り返りもせず、そして残った金平糖に未練も残さず、ヨクバリはタタタと走り去ってしまった。
 追いかける気力もなくなったひろあきは、またも、呆然と空を眺めた。

『虐待…ねえ。躾と虐待、その境界は何なんだろうな。俺は本当に、あいつのためを思ってお仕置きをしたんだろうか…』

 暗闇に放置されているあいつは、今頃泣いているだろうか。
 寂しがって、お腹を空かせているだろうか。
 お風呂に入りたいと泣き喚き、糞まみれになっていないか。

 一度気にし始めると、なかなか頭から離れない。
 ひろあきは、頭をブンブン振って、レイミィへの安直な同情心をかなぐり捨てた。


「待たせたデスー!!」

 トタトタトタ…と足音を立てながら、クソタレがやってきた。
 すっかり逃げてしまったとばかり思っていたので、ひろあきは随分驚いた。

『なんだ、忘れられたのかと思ってたデス』

「違うデス。大元締の許可をもらうのに、色々大変だったデス」

『許可? なんの?』 

「ワタシが伝えるより、本人が直接説明した方がいいデス」

『本人…って?』

「紹介するデス! こちらが、大元締の客人の、流れ実装デスーっ!」
 パンパカパーン! …というファンファーレが聞こえそうな勢いで、クソタレが叫ぶ。
 その声に合わせ、雑木の陰から、やや長身の成人実装が姿を現した。
 衣服は洗浄されてはいるようだが、破損が激しく、かなり痛々しい。
 しかし、その表情にはどこか凛々しさを感じさせるものがある。
 まるで、アンリのようだ。
 ひろあきは、なぜか緊張しながら、流れ実装に話しかけた。

『初めましてデス。私はひろあき。あなたの子供かもしれない実装石を預かっている者デス』

「こちらこそ、初めましてデス。ワタシはルミと申します。ご丁寧なご挨拶を頂きまして、恐縮デス」
 ルミと名乗った流れ実装は、深々と頭を下げ、ひろあきに挨拶した。

 ——はて。
 ルミ?

 なんか、どっかで聞いた名前だぞ、それ?

 何か引っかかるものがあるが、今はあえて追及しない事にして、肝心の質問に移ることにする。

『早速ですが〜』

 ひろあきは、九匹の蛆実装を拾った経緯と、その後の状況を事細かに説明した。
 ルミは、その言葉の意味をすべて受け止めたようで、途中から、ハラハラと涙を流し始めた。

「間違いなく、ワタシの子供だと思います。ワタシが出産してすぐに、ご主人様が怒り狂って……」
 そこから先は、嗚咽で声にならない。
 なんて酷い事をするのだ…ひろあきの中にも、ふつふつと怒りがこみ上げてくる。
 どうやら、合致したようだ。
 このルミは、レイミィの母親だろう。
 良かった、ついに、ゴールに辿り着いた!!

 だが同時に、どうしても確かめなくてはならない事も出来た。

『辛い事を、もう一度だけ思い出して欲しいデス』

「デ?」

『今から、ワタシと一緒にあるところに来て欲しいデス。もちろん、あなたの安全はワタシが保障するデス。どうしても、
確認しなければならない事デス』

「…わかりましたデス、ひろあきさん。あなたを信用しますデス」

 話がまとまると、ひろあきはルミを抱き上げ、自分の右肩に乗せた。

「デスーッ!! き、客人をどこへ連れて行くつもりデスーッ!!」
 足元で、クソタレが大騒ぎしている。
「デデデ、やっぱりニンゲンさんはギャクタイハだったデス! これから客人を自宅でアレヤコレヤイヤンアフンダメン
アハンな目に遭わせて、悦に入るデス!! 鬼畜米兵ヤンキーゴーホームデス!!」
 いつのまにか戻ってきたヨクバリが、訳のわからない罵詈雑言を浴びせる。
 さすがにカチンと来たひろあきは、二体に向かって思い切り……金平糖をばら撒いた。

「デ、デデデ、デス———ッ!!!」
「デギャ———アッ!!!」

『この450グラム推定の金平糖、すべてお前達にくれてやるデス!! 普通なら一生かかってもめぐり合えないほどの
金平糖の海の中、せいぜい悶絶しまくるがいいデス!!』

 強引な手段で追っ手? を追い払うと、ひろあきはルミと共に、住宅街へ向かって走り出した。
 クソタレとヨクバリは、もはやひろあきと客人がいなくなった事など忘れ、金平糖を片っ端から口の中に放り込み、
むせ返っていた。


「ご機嫌そうですね」

 冷静な声が、響き渡る。
 その声に、金平糖に埋もれたクソタレとヨクバリは、途端に硬直した。
 背後に感じる圧倒的な気配に、振り返る事ができない。だがニ匹は、誰が後ろに立っているか、充分理解している
ようだった。

「デ、デ、デ、デ、デ…」
「お、お、大…元締……」

「この公園の食料は、金平糖一粒棒木一本に至るまで、全員の共有財産です。お前達は、私利私欲のためにそれに
手を付けた。この行為は万死に値します」

「デ、デデデ……」
「デ、デ、デッス〜ン♪ ………」
 無意味に媚びるクソタレを睨みつけ、黙らせると、大元締はくるりと踵を返す。

「連行しろ。アジトに戻り次第実装法廷を開き、処罰を決する!」
 大元締の命令に反応し、ノロマとウスラトンカチが、二匹を金平糖の山から引き摺り出す。

「い、イヤデス〜!!」
「解剖はイヤデス〜〜っ!!」

「バカな…」

「金平糖約450グラム、確かに頂戴いたしました——」
 ドン!
 ベンチの端に、どこから取り出したのか、メモ書きを貼り付ける。
「金平糖をすべて回収して、食料庫へ運びなさい。後で、幼少の実装石の多い家庭から順に、配給を行います。
かかれ!」

 デチャ———ッ

 大元締の号令で、大勢の実装石が金平糖の山に迫る。だが誰も、それを勝手に口にしない。
 両手に抱えられるだけ抱えると、次々に、雑木林の中へ消えていく。
 ものの数分もしないうちに、金平糖の山はすべてなくなった。

「大元締、あのニンゲンが、お客人をさらって行きましたが、どうするデスか?」
 林の奥でニ匹を素っ裸にひん剥いて戻ってきたウスラトンカチが、質問する。
「構いません。計算通りです」
「デ?」
「彼が、ルミさんを連れて行くだろうことは予想していました。行き先もわかっています」
「さ、さすが大元締…で、彼らはどこへ行ったデス?」

 不思議そうな表情のウスラトンカチに、大元締は、なぜか悲しそうな顔を見せる。
「そうでした。お前は、あの時まだこの公園に来てなかったですね」
「デス?」
「実は、ここに来た“ルミ”という名前の流れ実装は、彼女だけではないのです」
「?! 前にも同じ名前の実装石が居たデスか?!」
 目を剥くウスラトンカチから視線を外すと、大元締は、遠い空を眺めながら、独り言のように続けた。

「そう…。前に来た別のルミは、まさに半死半生、生きているのが不思議なくらいボロボロの状態でした。
 身体は傷だらけ、いたる所で壊死を起こし、回復能力も尽きていました。
 恐らく、偽石も砕けかけていたでしよう。
 この私でも、もう手の施しようがなくてね。
 せめて最後に、彼女が行きたい場所へと、導いてやったのです。
 その後、どうなったのかは知りませんが…もう、生きてはいないでしょうね……」


 大元締の目に、大粒の涙が溢れた。

「今回のルミも、ひょっとしたら、あの人間に連れて行かれる事で、残酷な現実を知る事になるかもしれません。
 だけど、それに耐えなければ、彼女にはもう二度と、幸せは訪れないでしょう——」



『ここが、多分あなたの住んでいた家ではないデスか?』

 ひろあきが辿り着いたのは、近郊の住宅地の一角。知人の家だった。

 会社の同僚・としあきの家。

 そう、一年近く前、彼から実装石の事で相談を受けた事を思い出したのだ。
 あの時奴は、「ルミ」という名前の実装石を飼っていた筈だ。
 そして、ネット上で植えつけられた疑心暗鬼に捕らわれて、自分の飼い実装を信用できなくなっていた。
 ひろあきの胸中に、ドス黒いものが溜まってくる。
 もし、自分の予想が当たっていたら…

 そんな事を考えながら、塀の向こうを覗き込む。
 一人暮らしにはあまりにも広すぎる庭で、一匹の小さな実装石が、ボールで楽しく遊んでいた。


 テチーテチー、ボール遊びタノシイテチー♪
 ご主人サマー、一緒に遊んで欲しいテチー!


 恐らく、しっかり躾の行き届いた仔実装なのだろう。粗相をまったくせず、清潔な状態でのどかに遊んでいる。
 その可愛らしい仕草は、見ているものをホッとさせる。
 ただし、塀の向こう側から覗くルミとひろあきを除いて。

 玄関が開き、家主…としあきが姿を現す。
 どうやら餌を持ってきたようだ。
 笑顔で仔実装に近づくと、としあきは、ゆっくりしゃがんで話しかけた。
 仔実装は、嬉しそうに駆け寄ると、としあきの脚にぎゅっと抱きついた。

「ご主人サマー♪ 大好きテチー♪」
「ははは、ルミ。今日も元気だな。ほら、ご飯を持って来たよ」
「テチーッ♪」
 とても微笑ましい、のどかな一場面。
 だがそれは、塀の外の二人の背に、冷水を浴びせかけるような光景でもあった。



「ル…ルミって……」

『あいつ…今、ルミって…?』

 ひろあきとルミは、思わず顔を見合わせた。
 

「ル、ルミはワタシデス…ルミは、ルミは、ワタシだけデス——っ!!」


 右肩の上から、ルミが飛び降りようとする。
 慌ててそれを制すると、ひろあきは、としあきに気付かれないように路地の奥へ走った。

「ご主人様ぁ…ご主人様ぁ……ぁぁぁぁ……」

 ルミは、もや半狂乱だった。
 ひろあきも、まさかこんなことにっなているとは思わなかった。
 としあきは…同僚は、妊娠したルミを捨て、新しい実装石を飼い始めていたのだ。
 しかも、同じ名前をつけて。
 ルミにとって、それはあまりにも冷たすぎる現実だった。
 さらにとしあきは、すでにルミの事を完全に度外視しているという事になる。
 ルミは、単に捨てられただけではなく、かつての主人にその存在すら否定されてしまったのだ。

「ご主人様…」
 まずい。
 ルミの顔色が、みるみるうちに青ざめていく。

 衝撃の展開に、ルミの偽石が崩壊しようとしているのだ。

 このままでは…俺が、ルミを殺してしまうようなものだ。
 そんな事、絶対にさせてなるものか!

『ルミ、ルミ! 聞くデス!』

「…」

『あなたはまだ、うちに居る子供に逢ってないデス!! 子供は、レイミィは、あなたが迎えに来ることをずっと待ち続けて
いるデス! 今、こんなところで死んでしまったら、あなたの努力はすべて水の泡デス!! 元気を出すデス!』

「…」
 必死の呼びかけも、もはや、ルミには届かないようだ。
 そんな…そんな事って…
 いいのか、こんな結果でいいのか?!
 いや、いい筈がない。どうしても、ルミだけは助けてみせる!!

 すでに虫の息になったルミを抱き抱え、ひろあきは、全力で走り出した。
 向かう先は、一番近い実装ショップ。
 としあきが利用している筈のところだ。
 流れる汗もそのままに、店内に飛び込む。
 驚く客と店員には目もくれず、一番奥のカウンターに飛び込み、中の店員を捕まえる。

「い、いらっしゃ…」
「実装用の切開メス一式と、栄養剤!」
「は?」
「それと、厚手のガーゼと麻酔薬! 早くしろ!!」
「お、お客様、冷静になって…」
「虐待派がいつも使ってるアレだ!! とっとと用意しろ! 一刻を争うんだ!」

 ひろあきの勢いに押されていた店員は、真っ青な顔で抱き抱えられている実装石を見止め、ようやく、意図を
把握したようだ。
「手術用の無菌室も、必要ですね」
「!!」
「わかりました、どうぞこちらへ。その実装石を静かに寝かせてください」
「あ、あんた…」
 店員は、ニヤリと笑い、ひろあきを見つめた。


「ご安心を。私は今はここの店員ですが、昔は虐待派として腕を磨いた者です。
 私が処置した方が、成功率は高くなる筈ですよ」 


−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−

 次回、ひろあき対としあき(笑)


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1 Re: Name:匿名石 2023/07/14-22:22:54 No:00007519[申告]
ルミやっぱ死んどったんかワレ…
としあき許せんよなあ
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