タイトル:【愛・虐】 愛しても、いいですか?2 4回目
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作者:匿名 総投稿数:非公開 総ダウンロード数:3241 レス数:0
初投稿日時:2006/08/30-19:09:26修正日時:2006/08/30-19:09:26
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愛しても、いいですか?2-4


 レイミィは、深い眠りから目を覚ました。

 いつもより、かなり早い時間の起床である。
 眠い目をこすって、奴隷人間の存在を確かめる。
 奴隷人間・本名ひろあき、通称「バカニンゲン」は、こちらに背を向けて軽い寝息を立てている。
 なんという呑気さなのだろう。
 主人が目覚めて、すでに30秒が経過しているというのに、奴はまったく気付くそぶりをみせない。
 それは、この家に君臨する女王・レイミィにとって、耐え難いものだった。
「おのれバカニンゲン! お仕置きしなければテチ!! レイミィシューティングを貴様の鼻っ柱に命中させてやるテチ!!」
 早速、水槽の壁をドンドンと叩き始める。

 もっとも、客観的には、ペチペチという音にすらなっていないのだが。

「テチィ——ッ!! テチィ——ッ!!」

 大声で呼びかけるが、バカニンゲンはまったく目覚めない。
 まったく、何様のつもりなのだろうか。
 主人が起きたら、朝食と新しい水を用意し、朝の挨拶をすることになっている筈だ。
 起きた瞬間には、すぐ傍に待機しているべし。
 それが、奴隷たるものの最低限のルールである筈だ。
 否! 自分がルールだ。
 自分が納得しない事これすなわち、そのままルール違反に繋がるのだ。
 あれほどしつこく調教した(つもり)なのに、バカニンゲンは、もう忘れているのか。

 レイミィの不条理な怒りは、起床三分後にして、すでにマックス状態に近づいていた。


「テチ?」

 ふと、視線を感じる。
 レイミィは、ひろあきがまだ眠りについている事を確認すると、辺りをきょろきょろと見回した。
 特に理由はないが、ひろあきではない、もう一つの視線を感じるのだ。

「誰か見ているテチか? そんなにワタチの可愛さにメロメロテチか? 恥ずかしがらないで、とっとと出てくるテチ」

 レイミィの上空に向かって呼びかけてみるが、反応はない。
 カーテンの隙間から漏れる朝の光で、寝室内はぼんやりと照らされている。
 その光を頼って、レイミィは、懸命に視線の主を捜した。

 いた。
 自分の遥か上空(棚の上)に、誰かが立っている。
 そして、じっとこちらを見つめていた。

 細かい所までは見えないが、どうやら、その姿・大きさから、実装石のようだ。
 レイミィは、自分以外のの存在を、あまり良く知らない。
 大雑把にしか覚えていない母親のシルエットと、自分と同じだった蛆実装状態の姉妹達。
 あとは、ひろあきしか知らないのだ。
 だから本来、棚の上に立つ者を、実装石だと認知する事すらも、怪しい筈だった。
 だがなぜか、レイミィは、その者を自分と同種の実装石だと、認知できた。

 もっとも、だからと言って友好的な感情が芽生えるかどうかは別問題だ。

「お前は誰テチ? いつのまに上がりこんだテチ!」

「…」

「ここはワタチの邸宅テチ。お前なんか招いた覚えはないテチ。とっとと出て行くテチ」

「…」

「聞いているテチか?! それともお前はお●めく●つん■テチかっ?!?!」

「…」

「テチ——ッ!! そこまでバッチリ目線合わせながら無視するお前のド根性に乾杯テチ——っ!!」

 持病?の癇癪を起こして、ジタバタとのた打ち回る。
 それでも、棚の上の実装石は、ひたすらじっと、レイミィを見つめ続けている。

 暴れ回っても、何一つ言わないその様子に、レイミィは、だんだん疑問を覚え始めた。
 自分がこんなにしているのに、冷静に見つめるその様子…
 ひろあきとは違う、どことなく威厳を感じさせる雰囲気…

 まさか、あそこに居るのは…?



 一時間後、ようやく起きてきたバカニンゲンに向かって、レイミィは大声で呼びかけた。

「バカニンゲン、ワタチ、ママを見つけたテチ!」

『は? 起きながら寝ぼけるなデス』

「寝ぼけてるのはお前の方テチ! あそこから、ママがワタチの事を見ててくれるテチ!」

 そう言いながら、レイミィは、棚の上を指差す。
 ひろあきが灯した蛍光灯の下、あの実装石は、変わらずこちらを見下ろしている。
 それを見たひろあきの表情が、強張った。

「ネ、ネ? あの人が、レイミィのことをずっと見守ってくれてるテチ。きっとママが、ワタチの事を心配してここに
来てくれたテチ! でも遠くてワタチの声が届かないテチ! バカニンゲン、とっととママを下ろして、ここに連れてくる
テチ!!」

『…』

 無言のまま、ひろあきは棚の上の水槽を下ろした。
 レイミィの水槽の横に、静かに置かれる。
 それは、レイミィのものよりちょっとだけ小さいもので、中には何の道具も遊具も入っていない。
 ただ、壁際にポツンと、レイミィよりやや大きいくらいの実装石が、無言で立っているだけだ。
 今、その実装石は、レイミィと目線を合わせず、横を向いている。
 レイミィは、興奮して、壁の向こうの相手に呼びかけ始めた。

「ママ! ママテチ?! レイミィのママなんテチ! 逢いたかったテチ!!」

 だが、実装石はそちらを振り向くどころか、微動だにしない。
 ただひたすら、そっぽを向いているだけだった。

「ママ、ママ、ママ——っ!! どうしたテチ、このバカニンゲンに何かされたテチ?! おのれバカニンゲン、ママに
何をしたテチ?! ロボトミーになってるテチ!」

 ひろあきは、怒涛の如く叩きつけられる罵倒の言葉に反応することなく、ひょいと、無言の実装石をつまみ上げる。
 そしてそれを、レイミィのすぐ横に置いた。

「ママ——っ!! ママ——っっ!! …アレ?」

 ふにっ

 思わず飛びついたレイミィの肌に、不思議な感触が伝わる。
 温かみがない。
 ふさふさした、それでいて少しだけざらついた肌触りを感じる。
 頬擦りした筈なのに、バカニンゲンにぎゅーっとした時とは、まるで感触が違っている。
 そして実装石自身、ここまでされているにも関わらず、まつたく表情を動かす事はなかった。

「ど、どうして動かないテチ? ワタチに怒ってるテチ?」

『違うんだ、レイミィ』

「エ?」

『こいつは…実装石じゃないんだよ』

「…?」

 ひろあきは、指先で実装石をつんと突く。
 ころりと、あっけなく転がる。
 それでも、ぴくりとも動かない。

「……」

『人形なんだ、これは』

「人形?」

『作り物。人間が作った、動かないニセモノの実装石だよ』

「作り物…」

『お前のママじゃないよ。これは、お前達に似せて作られた、紛い物だ』

「……?!?!」

 困惑するレイミィをよそに、ひろあきは、人形の実装石を拾い上げ、水槽に戻すと、誇り避けの薄布を被せて、
また棚の上に置き直す。
 その動作わ、レイミィは、不思議そうな表情で見守っていた。

「どうして、そんなものがここにあるテチ?」

『あれはな、特別なんだ』

「特別?」

『あいつは……アンリは、特別な奴なんだ』

 棚の上を眺めるひろあきの表情は、なぜか、とても悲しそうだった。
 レイミィが、初めて見る顔。
 今まで、一度も見た事がなかった、せつない顔。

 レイミィは、自分の胸が、なぜか少し締め付けられるような感覚を覚えた。



 朝食を終え、朝のトイレもきちんと済ませたレイミィは、仕事に向かうひろあきに、最近覚えたばかりの「行ってらっしゃい」
を言ってその後ろ姿を見送った。

 なぜか今日は、外出するひろあきを引き止めようという気が起こらなかった。
 あの後、ひろあきは、いつものような悪態をつく事もなく、どこか寂しそうな雰囲気を湛えていた。
 レイミィも、その雰囲気に呑まれてしまい、何も声を掛けられずにいた。
 そして、益々、あの人形に対する興味を覚えた。

 特別な存在って、何だろう?
 バカニンゲンにとって、あれは、ワタチ以上に大切なものなの?
 ワタチは、いつもバカニンゲンに良くしてもらってる。
 全然言う事を聞かない、しかもたまにギャクタイする使えない奴だけど、本当はレイミィをとっても可愛がってくれて
いるとわかる。

 それなのに、あの動かない人形は、それ以上に大切なものなの?
 何も言わないで、何も動かないで、ただずっと立ってるだけなのに?

 レイミィは、自分を世話しているひろあきが、たまに上の方を見つめる時がある事を意識していた。
 そして、その視線の先に、あの人形がある事も理解した。
 いったい、何なのだろう、アレは…?

 だんだん、嫉妬じみた感情が芽生えてくる。
 レイミィは、さっきまで母親だと信じ込んでいた人形に、今度は怒りを叩き付け始めた。

「やい! お前!! 何もできないくせに、どうしてそんな所でエラソにしてるテチ?!」
「バカニンゲンのお気に入りだからって、生きて動いてるワタチには勝てないテチ!!」
「悔しかったら、ここに来て何か言ってみやがれテチ!!」
「動けないお前に、そんな事無理だと思うテチけどね。テププププフ♪」

 レイミィの、糞蟲分たっぷりの罵詈雑言が、誰もいない空間に響き渡る。
 だが…当たり前だが、人形はぴくりとも動かない。
 相変わらず、こちらを無言で見下ろしているだけだった。

「ぐ、ぐぐぐ…生意気な奴テチ! いくら人形だからって、ここまでワタチをバカにするとは、生かしておけないテチ!!
 いつか必ず、最強の必殺技をぶち込んでやるテチ!」

 元々生きてもいない相手に対して、絶対に起こりえない誓いを宣言する。
 やがて、むなしくなったレイミィはペタリと座り込み、ひろあきが用意したおもちゃのボールを取り出すと、それを
水槽の壁に転がして遊び始めた。

 ふと、また上を向く。
 相変わらず、人形はこちらを見つめている。
 その度に、レイミィの心の中に怒りの火が灯る。
 やがてレイミィは、ボール転がしを「ボールぶつけ」に昇華させ、バシンバシン叩き付け始めた。
 はね跳ぶボールが、昼食の準備が整った食器にぶつかり、ひっくり返す。
 水飲み器も横倒しになり、水がこぼれる。
 いつも使っている布団が水びだしになる。
 さらに跳ね回るボールは、トイレを倒し、他のオモチャを崩した。
 それでもレイミィは、行き場のない怒りをひたすらボールに込め続けた。

 もし、このボールが、跳力に富んだスーパーボールでなければ、こんな惨事にはならなかっただろう。
 それから一時間に渡って跳ね回り続けたボールは、レイミィの水槽内をこれ以上ないほどぐしゃぐしゃにしてしまった。



 公園。
 ある程度体力の回復した流れ実装“ルミ”は、ノロマとウスラトンカチに導かれ、地下室を抜け出していた。
 まだ暗いうちから移動を始め、朝方に、別なアジトへ辿り着く。
 見た事もない不思議な道を辿り、開けた場所に辿り着くと、そこでは、ルミと大差ない体格の、それでいて妙に
存在感を感じさせる老齢の実装石が待っていた。
 どうやらこれが、ノロマ達の言うリーダー「大元締」のようだ。

「よく来ました。話は、その者達から伺っておりますよ」

 大元締らしき実装石は、まるでニンゲンがしゃべるような言葉で、優しく語りかけてきた。
 …いや、違う。
 これは、実装石の言語ではない。
 ニンゲンそのものの言葉だ!
 飼い実装だったルミは、すぐに判断できた。

「あなたは…」
「気を楽にしてください。貴方は、普通に実装石の言葉でお話なさい。私は、後ろの者達や、近くを通りかかった
他の実装石にわからぬよう、わざと人間の言葉で話しかけています」
 振り返ると、ノロマとウスラトンカチは、大元締の言葉があまり理解できないようで、揃ってキョトンとしている。
 ルミは、大元締に向き直ると、すがるように話しかけた。

「お願いデス! ワタシは、ご主人様の所にどうしても戻りたいのデス!」
「何か理由がおありのようですね?」
「はい…子供が、子供が居るんデス。ワタシは、どうしてご主人様がワタシを捨てたのか、そして、子供達をどこに
やってしまったのか、どうしても知りたいのデス!」
「貴方は、どこに捨てられたのですか?」
 大元締の質問に、ルミは、覚えている限りの状況を説明した。
 車に乗せられた事、移動にかかった時間、捨てられた場所の様子、今までどんな所を歩いてきたか…など。
 途中、小型トラックの荷台にこっそり便乗し、随分距離を稼いだ事も付け加える。
 大元締は、それらの話をじっと聞き、しばらく考え込む。
「随分遠くに捨てられたようですね。ここは東京の世田谷と呼ばれる地域ですが、お話を聞く限りですと、貴方は
千葉県か栃木県の辺りまで連れて行かれたようです」
「チバ…? トチギ…?」
「もし私達が人間の大きさだったとしても、まともに歩いたら何日もかかってしまうほど遠い所です。よく、そんな所から
ここまでお戻りになられましたね」
 大元締は、目にうっすら涙を浮かべて、ルミの頭を優しく撫でた。
 ルミは、なんとなく緊張が解け、安堵の息を吐き出した。

「お前達、ここはもう良いから下がりなさいデス。——もし、例の人間とまた逢って食料を貰えたら、その一部を
第十三アジトに提供してあげてください。よろしいデスね?」

 大元締は、実装石語に戻してノロマとウスラトンカチに命ずる。
 口調こそ優しいが、どことなく抗し難い迫力を含んだ言葉だ。
「わ、わかりましたデス!」
「そ、それでは、何かありましたらまた!」

 まるで人間に脅かされたかりような勢いで、ニ匹が飛び出していく。
 二人きりになったのを確認すると、大元締は、再びルミの顔を覗きこんだ。

「ここからは、あまり他の者達には聞かれたくないので」
「な、何かあるのデスか?」

「一週間ほど前ですが、この公園に、蛆実装の死骸が遺棄されるという事件がありました。幸い、その蛆達は、
愛護派の人間によって手厚く葬られましたが…その数は九匹。もしや、貴方に記憶はありませんか?」

 大元締の言葉に、ルミの顔色は、みるみる青ざめていく。
 やはり…と、大元締は呟いた。

「わ、私の子供も、すべて蛆ちゃんデした! 九匹! 九匹デス! 産んですぐに、ご主人様が…!!」
 
 言葉は途中で途切れる。
 ルミは、声を上げて泣き出してしまった。
 大元締は、ルミの背中を優しく撫でながら、綺麗な布を取り出し、涙を拭ってやった。

「とても気の毒な事をしてしまいました。私達がもっと早く見つけていれば、助けられたかもしれませんのに。
本当にごめんなさいね…」
「い、いいえ! 皆さんが悪いんではありません! これはすべて…すべて…ご主人様を怒らせてしまった、
ワタシが悪いんデス!!」
 そう叫び、また、ルミは大泣きしてしまう。
 
 しばらく考え込むと、大元締は、そっとルミの顔を上げさせた。

「いいですか、よくお聞きなさい。
 貴方を遠くに捨て、子供を処理したご主人様は、もう貴方と逢っても、話を聞いてはくれないでしょう。
 貴方は、亡くなられたお子さんの分まで生き延びて、またいずれ授かる子供を、元気に育てる使命がある筈です。
 どうかここは、悲しい気持ちを抑えて、今は少しでも早く健康を取り戻しなさい」

 涙で顔をぐしゃぐしゃにしたルミは、無言で何度も頷くと、いつしか大元締にすがりついていた。
 大元締は、しばらく目を閉じ熟考に入った。



 ひろあきが自宅に戻ると、水槽は、朝以上の大惨事になっていた。
 糞と水にまみれ、緑色に汚れた槽内。
 せっかくの実装フードはもはや使い物にならず、すべてダメになっていた。
 オモチャのほとんども、糞まみれ。
 挙句に、水槽の外にまで糞が飛び散っている。
 どうやら、レイミィが糞を投げ捨てたらしい。
 当の本人は、全身を緑色に染め上げ、水槽の底でワンワン泣いていた。
 もはや、どこから服でどこから肌かすら、判別がつかない。
 さすがのひろあきも、その光景に呆然とさせられた。

「あ、バカニンゲンやっと帰ってきやがったテチ!」

『…』

「あいつ、ムカつくテチ! なんとかここにひきずり下ろすテチ!」

『……』

「聞いているテチか!! このバカニンゲン、役立たず! デクノボウ!! 主人であるワタチの言葉に耳を貸すテチ!」

 ぐいっ
「テ、テチ?!」

 水槽全体を持ち上げ、風呂場に移動する。
 ひろあきに向かってチィチィ叫んでいるが、今はリンガルなんか使用しているゆとりもない。
 風呂場の床に水槽をドッカと置くと、ひろあきはシャワーを手に取り、いきなり冷水を浴びせかけた。
 しかも、最大の勢いで。

「テ、テチャア〜〜〜〜〜ッ!!!」

 ゴボゴボゴボゴボゴボゴボ

 大量の水流に押されて、レイミィの身体が舞い上がる。
 食器も、オモチャも、布団も、トイレも、そして糞も、一緒に舞い上がる。
 あっという間に水槽は水で一杯になる。
 レイミィの姿は見えない。
 シャワーを止めてしばらくすると、レイミィがプカリと浮かび上がってくる。
 大量に水を呑まされてむせ返っているようだが、ひろあきは、情け容赦なくレイミィの身体をわし掴みにして、
再び水槽の底に押し付けた。

「ゴ、ゴボボ〜〜っっ!!!」

 手を離す、また浮いてくる。
 また沈める、手を離す。
 それを何度も何度も繰り返し、レイミィがほとんど仮死状態に近づいたところで引き上げる。
 そして、無理矢理腹を押して飲み込んだ汚水を吐き出させると、用意しておいたマチ針を、頭のてっぺんに深々と
突き刺した!

「デ、デヒャアァァァ〜〜っっ!!!」

 マチ針を引き抜いて、手早く服と下着を奪い取ると、レイミィを冷たい水を張った洗面器に放り込む。
 寒さと恐怖に震えるレイミィは、ひろあきの手を離れた途端、ブババッと音を立てて脱糞した。
 その様子を、静かに見つめるひろあき。
 無言の圧力に、レイミィは、完全に怯え切っていた。

 水槽の掃除と、その他道具の洗浄、服と布団の洗濯を終えたひろあきは、水槽の中に素っ裸のレイミィを放り込むと、
ようやく寝室に戻ってきた。
 初めて見せる、ひろあきの激怒。
 その恐ろしさは、レイミィがこれまでまったく想像だに出来ないレベルのものだった。
 もはや、いつものような悪態をつくゆとりもなく、また、媚びることも甘えることも出来ず、なす術なく震えているしかない。
 いつもの位置に水槽を置くと、ひろあきは、部屋の中の掃除を始めた。

「…コワイコワイコワイ」

「バカニンゲンが…オコッタ、ワタチに、オコッタ……」

「ワタチ、悪いコトチトナイノニ…」

「みんなアイツがワルイテチ、ワタチは悪くないテチ。バカニンゲンだから、それがわからないテチ…」

 縮こまりながら、必死で、自己を正当化する。
 糞蟲特有の、自己中心的な思考パターンだ。
 ひろあきが激怒したのは、すべてあの人形のせい。
 あの人形さえなければ、自分はこんな事をしなかった、だから、ひろあきを怒らせる事はなかった。

「……テェェェェン、テェェェン!」

 いつしか、レイミィはまた泣き出していた。

 死に掛けるほど強烈な躾を受けた事よりも、ひろあきをここまで激怒させてしまった事が、悲しくてたまらなかった。
 いつもあんなに優しくしてくれるひろあきが、自分を殺しかけた。
 この汚れた水槽の中で、汚物まみれになって、溺れ死んでいたかもしれない。
 まだ体内に、呑み込まされた汚物が残っているような違和感がある。
 過激に洗浄されはしたが、レイミィは、もう一度風呂に入れてもらえばねこの違和感はなくなるだろうと考えていた。
 風呂に入れてもらう時、ひろあきは、自分に話しかけてくれるだろうか?
 あんなに怒って、声もかけてくれなかったけど…

 また、悲しくなってくる。
 こうなったのも、全部あの人形が悪いんだ!
 また、ふつふつと怒りがこみ上げてくる。
 人形を睨みつけようとしたその瞬間、突然、レイミィの視界は真っ暗になった。

「テチ?」

 水槽には、何か分厚いものが乗せられた。
 それだけではない。
 周りの壁にも、黒い何かが被せられる。
 レイミィは、一切の光のない真っ暗闇に閉ざされた。

「テ、テチ?! ば、バカニンゲン! 暗いテチ怖いテチ!! 何をするテチぃっ!!」



『お前に罰を与えるデス』

 冷静な、ひろあきの声が響き渡る。

「テチ!」

『あれほど水槽を汚すなと、昨日言ったのに、それを忘れたどころか、さらに酷い事をしたデス。お前には、もっと徹底的な
お仕置きが必要だと判断したデス』

「テ…」

『今から二日間、お前はその中で過ごすデス。当然、風呂も食事も水もなしデス。どんなに泣いても絶対に出さないデス』

 ひろあきの言葉に、愕然とする。
 二日間?! 冗談じゃない、それでは死んでしまう!!

「やいバカニンゲン! ここから出すテチ! 出さないと、またこの中を糞だらけにして汚してやるテチ!! 酷い目に
遭わせてやるテチ!」

 必死で脅しをかけるが、暗い壁?の向こうのひろあきの表情は読めない。

『勝手にするデス』

「テチ?!」

『どちらにしろ、お前のその態度を改めるための躾をしようと思ってたところデス。いい機会だから、これでお前の立場を
腹の底から思い知るデス。今回という今回は、絶対に許さないデス!!』

「か、可愛いワタチが死んでしまっても、いいテチか?!」

『かまわないデス』

「デ?!」

『お前は元々死にぞこないデス。躾も身につかず好き勝手やってしまうようなら、この家で生きていく資格はないデス!
どうしても態度を改めないなら、そこでそのまま独りぼっちで死んでいくデス!』

「デ………」

 ぷりぷりぷり
 ブハッ

 せっかく洗浄された水槽が、早速緑色に汚れてしまう。
 凄まじいショックを受けたレイミィは、もはや反論する気力も失い、自分が噴き出した糞の上に、どっかと倒れこんで
しまった。

「そんな……ヒドイテチ…。ワタチが一体何を…」

「テェェェェン、テエェェェェン、テエェェェェン!!!」

 周囲どころか、すぐ近くの自分の手すらまったく見えない。
 生まれて初めて味わわされる絶対的暗闇の恐怖。
 それは、自分の居る空間がどんどん狭くなっていくような錯覚を与え、幼いレイミィの精神を容赦なく攻め立てる。
 レイミィは、もはやひろあきや人形に対する反抗心や怒りも忘れ、ただ、早くここから解放して欲しいという願望だけに
突き動かされた。
 もっとも、せいぜい泣き叫ぶ事しかできないのだが…




「お腹空いたテチ…」

「さっき、お皿ひっくり返さないで、ちゃんと食べておけばよかったテチ」

「バカニンゲン、まだ怒ってるテチか…?」

「頭がまだ痛いテチ…あんなに思いっきり刺すなんて、初めてテチ…」

「レイミィのこと、キライになっちゃったテチか…?」


「イヤテチ…。バカニンゲンに嫌われるの、一番イヤテチ…」

「抱っこして欲しいテチ。ぎゅーっでしたいテチ…お風呂に入れて欲しいテチ…」

「ワタチが悪い事したから、怒ってるテチか?」

「…あの人形じゃなくて、ワタチが悪いンテチか…?」

 何度泣いても呟いても、暗闇は変わらず、レイミィを圧迫する。
 水槽の外からの音も聞こえない。
 まるで、何もない空間に居るようだ。
 レイミィは、怖くて怖くて、顔を上げることも、瞼を開くことも出来なくなっていた。

 じっとしていたら、ひろあきはきっと許してくれる。
 二日って、どれくらい長いのだろう。
 レイミィが死んでしまうくらい、長いのだろうか…?

 自問自答が続く。



 どれだけ時間が経っただろうか。
 泣き疲れてうとうとし始めた頃、ふと、水槽の中に小さな光が灯った気がした。

「…テチ?」

 気のせいではない。
 真っ暗闇の中、ほんの微かな光が灯り、レイミィに近づいてくる。

「れ、レヒャ…?!」

 思わず後ずさろうとするが、背中が、見えない壁にぶつかる。
 いつのまにか、水槽の端まで来ていたようだ。
 光は、レイミィの頭上をくるりと回ると、やがて少しずつ膨らみ、形を変え始める。

「…テヒャ…」

 レイミィは、目を剥いた。
 そこには、あの人形が立っていた。
 冷静な眼差し、知性を感じさせる表情、綺麗に整えられた服と、髪。
 すべてが、レイミィには備わっていないものだ。
 人形は、ゆっくりレイミィの方を向くと、にっこりと微笑んだ。

 動かない筈なのに、どうして…?

 唖然とするレイミィの傍に寄ると、人形はそっと屈み、レイミィの手を取った。
 暖かな感触が広がる。
 今朝、抱きついた時とは、まるで感触が違う。
 生きている実装石が、本当にそこに居るようだ。

「お前、あの人形なんテチか?」

 人形は応えない。
 ただ、優しく微笑んでいるだけだ。

「さては、ワタチと決着を着けに来たテチね?! いい度胸テチ。今すぐお前をボロンボロンにしてやるテチ!」

 手を振り払い、立ち上がって威嚇のポーズを取る。
 だが人形は、そんなレイミィの態度に驚きの表情を浮かべ、とても悲しそうな眼差しを向けてきた。

「…なんで、そんな泣きそうな顔するテチ? 喧嘩キライテチ?」

 人形は、まだ、悲しそうな顔をしている。
 それを眺めていたレイミィは、突然、ハッとさせられた。




「まさか、ワタチの…ママテチか?」


(続く)

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 長くなって申し訳ないですが、もうしばらく続きます。

 そろそろ、前のエピソードと繋がってきます。

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