タイトル:【観察】 ある観察実験派の引退~フタバ実装総合病院にて~(加筆修正版)
ファイル:ある観察実験派の引退~フタバ実装総合病院にて~.txt
作者:匿名 総投稿数:非公開 総ダウンロード数:649 レス数:6
初投稿日時:2023/09/18-18:54:13修正日時:2023/09/18-18:54:13
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『フタバ実装総合病院』

ここは双葉市どころか、全国的に見ても珍しい実装石専門の病院である。
そしてここの院長は歴とした医師免許持ち……つまり本物の人間の医者だ。
その辺の自称専門家や観察派が勝手に名乗っているわけではないという特徴がある。
開院前はそんなものに需要があるのか?という声の方が大きかったものだが、あに図らんや今では定休日以外ひっきりなしに患者がやってくる盛況ぶりである。
一己の観察実験派に過ぎない拙文を書いている自分にしても、これは余りにも意外なことだった。
実装石に詳しい同好の士たちも「なんであんなものが商売として成り立つのか?」と不思議がっている。
今更言うまでもなく実装石の回復力は馬鹿げている……栄養状態さえ良ければ腕や足をもぎ取ろうと治ってしまうし、小さい蛆で良ければその日のうちに妊娠出産まで出来てしまうような生き物たちなのだ。
少し育成に慣れれば、大概のケガは飼い主の力で対応できてしまうくらいに。
そんな生き物の病院が成り立つとは思えない…というのが大方の見方だった。
しかしこの読みは外れ病院の名声は全国の実装石愛好家達に知れ渡っている。
無論いい方向に……だ。
というわけで観察実験派らしく、内情を知りたくなった私は現在観察用に飼っている一匹の仔実装を連れて病院を訪れることにした。

現在育てている『ミドリ』は、特に病気もなければ怪我もない、健康体の仔実装だ。
病気やケガなどをしていたら、実験の結果がそれらによって左右されかねないため、育成には細心の注意を払って育てている。
これまでに何匹育てただろうか……家に帰って記録をひっくり返さないと思い出せないくらい育ててきた。
そしてそれらを、実験の材料としてきた。
名前は全部『ミドリ』で統一してきた。一々消耗品に名前なんて考えてつける理由がないからだ。
だから実際は通し番号が名前みたいなものだが、流石にそちらで呼びかけはしない。
あからさま過ぎるから。
今は丁度実験のテーマを考えているところであり、ひとまず育てておくかというくらいの段階なので用途が決まっていないというのもよかった。
あからさまにあれこれと手を加えた所為虐待派のように思われたくはないからだ。
「おでかけテチューン♪」
飼われて初めての外出に、ミドリはゴキゲンだった。

そしていざ通院してみると……本当に病院だ、とまず驚いた。
飼い主に連れられた飼い実装たちで溢れている。
室内も清掃が行き届いていて、とても毎日実装石がやってきているような場所には見えない。
そして買っている人たちはその多くが裕福な身なりをしていた。
全国津々浦々から実装石を連れてやってくることを躊躇しないだけの金持ちが集まっているというところだろうか。
自称専門家の病院もどきをいくつも見てきた。だいたいは空気で内容の察しがつくものだが、そんなことは全く感じなかった。
無論それは血と糞−死の匂いのことだ。
そんなことを考えていると、
「番号札5番の飼い主さんとミドリちゃん!診察室へどうぞー」
自分たちの番が回ってきたので診察に入ることにした。

診察室内も……どう見ても人間用の診察室とさして変わらないなりをしている。
見回した室内は、やっぱり待合室と同じく明るく清掃が行き届いている。
ほんのり漂う実装臭だけが、普通の病院とは違った。
それでも毎日色々な実装石相手にしながら、これだけの衛生管理をしているとは……と、感心せずにはいられなかった。
「こんにちはミドリちゃんとその飼い主さん……今日はどういったご用件で?」
中肉中背の院長は、物腰柔らかく尋ねてきた。
なんというか、人の良さそうな感じが伝わってくる。
「はい、この病院は実装石にお詳しいと聞きまして……予防接種などをお願いしたいなと」
実装石と予防接種は実のところ微妙な問題を持っているテーマだった。

そもそも実装石は動物なのか否かという定義などが定まっていないため、公的に「やっていい」という根拠がないのだ。
人間なら厚労省が責任を負うし、動植物なら農水省が責任を負う。
しかし官公庁も実装石には触れようとしない。
非常に取扱が面倒だからだ。
というわけで地方自治体レベルで害獣指定して駆除したり、あるいは鳥獣保護に近い名目で保護したりと言った対応はあっても、国としてどうする?という施策が存在しないのだ。
なまじ知性があるだけに駆除に苦い顔をする人もいれば、実害を被ったために愛護などもっての外という人もいる。
国政政治家的には、票がどう動くか読みづらい生き物だから積極的に取り上げない。
よって官公庁も動かない…とまあこんな構図だ。

そういう中でこの先生は医師免許という武器を使い、各種ワクチンを手に入れてそれを実装石に打っているのである。
『実装総合病院』は表向きには、人間を診療してもなんら問題のない医療機関でもあるのだ。
「ああそういうことですか…でしたらこちらのワクチンセットでよろしいですね?」
示されたセットには、破傷風やら狂犬病やらといったワクチンの名前が並んでいる。
確かにペットとして買うことを考えるなら心強いだろう。
なにぶん各種動物と生活圏が近い割に、不衛生な野良の個体も多いという生き物だけに。
結構いいお値段だ……自費診療だからと思えば無理からぬ事だが。
しかしここで席を立っては来た意味がないし、何より本物の医者が実装石にワクチンを接種するところを見てみたいという欲求。
答えは決まった。
「それでお願いします」
「分かりました……それじゃミドリちゃんは、このコンペイトウを舐め舐めしましょうねー」
「テェー♪」
ミドリが院長から差し出されたコンペイトウに夢中になっている隙に、何本も立て続けに注射を打っていく手際は見事だった。
ミドリに注射を恐怖どころか意識すらさせていない……相当な腕前だ。
自分も実験で注射を打ったことは何度もあるが、この早さこの手際には到底及ばない。
素人の自分が専門家相手に感じるのもおかしい話だが、なんだか負けている気分だった。
「はいおしまい」
「ありがとうございます!それにしても見事な腕前ですね……コンペイトウ一つであんなに気を引いて注射を意識させないなんて」
それはそれとしてお礼を言う。いいものを見せて貰ったという気持ちもあったからだ。
ミドリはまだ呑気にコンペイトウを舐めている。
ここに到っても、自分がなにをされたかも認識していないだろう。
「慣れですよこんなのは……それにしてもこのミドリちゃんは、随分しっかり躾けられていますね?コンペイトウを前にしても、大人しく舐めているだけで暴れたり興奮したりしない」
意外な褒め言葉だった。というより、褒められるなんて思っていなかったという方が正しいか。
「ありがとうございます。一通り躾には気をつけてますから……」
この言葉は嘘ではないが、必ずしも正しくもない。
適当にかっ攫った連中から、徹底的に糞蟲個体を排除して育てているだけなのだから。
「髪の毛や肌や服も綺麗に手入れされている…恐らくここに来るまでに、相当な数の実装石をお育てになってきたんじゃありませんか?」
「分かりますか?」
「分かりますよそりゃ…手荒に扱っていたら、どんなに綺麗に見せかけてもどこかに必ず跡が残るんです。凄い生命力を持っている実装石たちでもね」
先に触れたとおり、この仔実装に体して行う実験はまだ決めていない。
いつでも思いついた実験を出来るようにと準備している最中の個体なのだから当然だ。
「はぁー……そこまでこの短い時間で分かるものなんですね」
感心した。
なるほど、専門病院の院長になるだけの人物だと感じた。
少なくとも観察眼において、勝てる気はしなかった。
それだけなら、別段どうということもなかったのだが……
「分かりますよ……分かってますよ……。貴方が俗に言う実験観察派で、私のことを観察に来たこともね」
「なっ!?」
図星を指された自分は、露骨に狼狽えてしまった。
「なんで分かったかって?普通実装石が心配で病院に来たなら、あんなにキョロキョロ見回したりしないで仔実装を見つめているもんですよ。それに……」
院長の眼光が鋭くなったように感じられた
「これだけ手入れしてる実装石に『ミドリ』は不自然なんですよ……」
院長はミドリに目を落としながら、言葉を続ける。
その目つきは自分に向けたものより、優しく感じられた。
「ある意味ネームではあってもデフォルトネーム的な『ミドリ』をつける飼い主は、得てして初心者が多い」
それは自分の観察でも、実感していたことだった。
なんとなく成り行きで飼った場合に多くつけられる名前なのだ『ミドリ』は……そのまんまだから。
「……そうですね」
「これだけ見事に何匹も育てておいて『ミドリ』……それは手間暇を割く意欲はあっても余り愛情を持って接してつけた名前ではない……こう感じられましてね。当て推論に過ぎませんが」
「……」

名前というものは『人の一番最初の贈り物』と称されることがある。
それが有象無象では無いという証明みたいなものだ。
実装石がことさら名前を喜ぶのは自分が有象無象ではないと認められた証としているからだ、と唱える説もある。
ともあれ院長を前に、自分はもう何も言えなくなっていた。
観察者としての、圧倒的な敗北感によって。
「貴方も私という存在を観察しに来たのでしょう……それは大いに結構なことです。酔狂なことをしているという自覚もなくはないですからね。ですが……」
ミドリに向けていた目を、こちらに院長は向け直した。
その眼光は先程にも増して厳しいものだった。
「遊び半分で実装石をいじり倒すのは、おやめになった方がよろしいでしょう。観察という言葉は免罪符たり得ませんよ?神職僧籍を持っているわけでもない一介の医師が、言うべき言葉ではないでしょうがね」
院長の何とも言えず困っていたところに……
「テチューン♪」
ちょうどミドリがコンペイトウを舐め終わったようだった。
「まあ今のままなら、ミドリちゃんはいい成体にまで育つと思いますよ……くれぐれも『お大事』に」
この瞬間、なんだかミドリに助けられたような気分だった。

会計を済ませ病院を後にする。
他人に観察されるのは、こうもイヤなものかと背中に冷や汗をかきながら……。

自分はこの日を境に、観察派と称するのを止めた。

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1 Re: Name:匿名石 2023/09/19-01:46:41 No:00007988[申告]
何と言うか職業人と単に自称しているだけのお遊びとの
違いを感じずにはいられない
面白いスクでした
2 Re: Name:匿名石 2023/09/19-09:32:27 No:00007991[申告]
新しい視点で、読み応えがあって、おもしろかったです
3 Re: Name:匿名石 2023/09/19-11:06:16 No:00007992[申告]
実装石の観察派は続ければいいのに…人間の観察なんてするもんじゃないけどな
4 Re: Name:匿名石 2023/09/20-04:21:21 No:00007995[申告]
まあ実装石も観察派もなんかマージナルな所があるよな
そこを突いてて面白い
5 Re: Name:匿名石 2023/10/19-19:33:40 No:00008135[申告]
ぶっちゃけ観察派って殆どは実装石が自分が観察したい方向に行くよう様々な真似をして大体は不幸な末路を遂げさせるよう誘導するし虐待派と変わらんよな
6 Re: Name:匿名石 2023/11/24-02:18:05 No:00008494[申告]
深いかも?
知らんけど
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