タイトル:【愛・馬】 愛しても、いいですか?2 3回目
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作者:匿名 総投稿数:非公開 総ダウンロード数:2872 レス数:1
初投稿日時:2006/08/30-19:07:57修正日時:2006/08/30-19:07:57
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愛しても、いいですか?2-3


「デッスデッス〜♪」

「お名前、もらったデッス〜♪」

「デッスッス〜ン♪ デッスッス〜ン♪」

「ニンゲンさんが、ワタシにお名前付けてくれたデッス〜♪」



「ワタシの名前は “ ノ ロ マ ” デッス〜♪♪」



 今日も、ひろあきの足元で実装石が元気にはしゃいでいる。
 人間に名前をつけてもらえるというのは、彼女等にとって特別な事だと聞いているが、どうやら本当のようだ。
 それなら、もっとまともな名前つけてやりゃよかったな。
 まあ、後の後悔先に立たず、犬も歩けば棒に当たると、昔の人も言っている。
 ひろあきは、ぴょんぴょん飛び跳ねる実装石に向かって、話しかけた。

『で、ノロマ。お前のいつもの仲間はどうしたデス?』

「デス?」

『“ウスラトンカチ”と“クソタレ”と“ヨクバリ”デス。最近見ないけど、まさか虐待派のエジキにでもなりやがったデスか?』

「あいつら、今日は呑気に寝てると思うデス。昨日、紛れ込んできたマラ実装に追い掛け回されて疲れたみたいデス」

『あんな奴らでも、マラ実装に追いかけられるデスか』

「ホント物好きな奴もいたものデス。ワタシのナイスバディにメロメロになるならともかく、あんなズタ袋みたいなのを
追っかけるなんて、好事家にも程があるデス」

『お前には、ナイスバディとドラムカンの区別がつくよう、みっちり教え込む必要がありそうデス』

「デジャアァァァッッッ!! やっぱりお前はクソニンゲンデスっ!!」

 足元の砂を無意味につまみながら、ひろあきは、ノロマと勝手に名付けた野良実装に話しかけていた。


 こいつは、例の蛆実装の母親探しの時に手伝ってもらった、四匹のうちの一匹だ。
 あれから色々あって、いつのまにかすっかり打ち解けてしまった。
 人間と実装石が、ほぼ対等に会話を展開しているというのも、はたからみれば不気味な光景だろうが、この際細かい
事はいいだろう。
 ノロマは、相変わらず糞蟲の見本みたいな、意地汚く口が悪い上に下品だが、報酬さえしっかり出せば、それなりに
頼みを聞いてくれるようになった。
 たまに公園の水道で服を洗濯したり、髪を洗ったりしてやっていたせいか、以前に比べて格段に仲良くなった。
 どうやらこちらのことを「口は悪いがいいニンゲンさん」と思っているらしい。
 少なくとも、奴隷呼ばわりからニンゲンさん呼びになっただけでも、良しとしよう。
 もっとも、名前を付ける直前まで、「クソニンゲン」呼ばわりだったのだが。
 もし俺が虐待派だったら、今頃お前、ドドンパの刑だぞきっと。


『あれから、やっぱり話は聞かないデスか』

「ニンゲンさんが保護した仔の母親は、まず間違いなくこの公園の住人じゃないデス。この公園は平和デスから、
そんな大事があったらすぐにわかるデス」

 こいつの言い分も、だいたい信用に足るようになってきた。
 先日、コンビニの焼き鳥(ただし皮)を分けてやってから、こちらの頼みに対して確実な成果を示す事のメリットを
学んだらしい。
 その後、他の三匹もやって来て、結局パック一つ丸々奪われてしまったが、ノロマによるひろあきの説明が、
徐々に皆に浸透し始めているようだ。
 何かというと餌よこせと吠えてばかりいた“ヨクバリ”も、最近はあまり要求を述べなくなった。
 もっとも、何もやらずに帰ろうとしたら、思い切りズボンの裾に噛み付いてきたが。
 ひろあきは、今度、奴に暴君ハバネロを食べさせてやろうと思っていた。


『ホントに、この公園は平和なんデスか? お前達にとって』

「デス。ここは、ギャクタイハもあまり来ないし、年輩の賢い実装石がルールを定めて生活させているデス。だから、
ニンゲンさん達にも迷惑はかけないようにしているデスよ」

『その筈なのに、ワタシに餌を求めてやってきたお前達は、よほど図々しいのデスね』

「デ、デデッ」

 軽くからかったつもりだが、どうやら図星だったようだ。
 まあいい、そのおかげで、色々と情報も手に入ったわけだし。

『平和なのはいい事デス。また遊びに来てやるデス。皆によろしく伝えておくデス』

「わかったデス。——あ、そうだ」

 ノロマが、何か思いついたようだ。

「すっかり忘れていたデス。ニンゲンさん、何か食べるもの持ってないデスか?」

 なんだ、おねだりか。
 まあ、そう来るだろうと思って、実はポケットの中に、うまい棒焼きうどんカルボナーラ味があるのだが。

『まったく、ちゃっかりしてるデス』

 うまい棒焼きう(中略)味を取り出そうとポケットに手を突っ込むと、ノロマは、首を横に振った。

「ワタシじゃないデス。実は昨日、この公園に流れ実装がやって来て、死に掛けてるデス。そいつに食べさせて
やりたいデス」

『流れ実装?』


 ノロマの話は、こうだった。

 流れ実装というのは、とある理由で遠く離れた所から自力で移動してきた、旅する実装石のことだ。
 その移動距離は凄まじく、時には県をまたいだり、別地方まで移動してしまう奴も居るという。

 だが、彼女等は普通の野良実装とは大きく違い、何かしらの目的意識を持っている。

 一番よくあるのが、遠くに捨てられた実装石が、元住んでいた家を求めて旅をするというパターン。
 帰巣本能だけに頼って移動するしかないため、そのほとんどが、途中疲労や怪我、虐待等に見舞われ、
途中で死に至る。
 なんとか無事に目的地に辿り着けても、その後またすぐ捨てられるか、今度は元飼い主に殺されるかと、
惨めな結末を迎えるしかないのだ。
 元飼い実装が多いせいか、流れ実装達の家や家族・主人に対する思い入れは並々ならぬものがある。
 にも関わらず、必死の思いで戻ってきたのに、さらに酷い仕打ちを受ける。
 その結果、精神的ショックを受けて偽石を崩壊させてしまう者も多いという。

 この世の不幸を一身に背負ったような流れ実装の姿は、普通は他の実装石達から絶好の罵倒・いじめの的に
なるのだが、利口で良識のある穏健派の実装石達からは、逆に暖かく迎えられる傾向がある。
 統率の取れているこの公園の実装石達は、その流れ実装を、快く迎えたようだ。

『その実装石は、今どうしてるデスか?』

「大元締の下で休ませてあるデス。看病されてはいるデスが、最近食べ物がうまく取れなくて、なかなか回復させて
あげられないデス」

『大元締?』

「さっき話した、年配の賢いリーダーの事デス」

 なんだ、こいつ、てっきり自分の事しか考えない糞蟲だとばかり思ってたけど、意外とそうではないようだ。
 ちょっとだけ、見直した。
 まさか他の実装石を思いやるような発言が飛び出すとは。

『ノロマ、案内するデス』

「デ?」

『その流れ実装のところに案内しろデス。ワタシが直接様子を看てやるデス』

「デ、デデッ?!」


 その後、ノロマと散々揉めた結果、他の実装石達まで集まってきて、大議論大会に発展した。
 どうやら流れ実装を世話している大元締実装とやらは、この公園全体をまとめるもっとも偉くて賢い実装石で、
絶対に人間に見つからないような所に住んでいるという。
 だからノロマも、ひろあきを案内する事を躊躇した。
 禁を破って、大元締の所に案内したら最後、彼女は鉄の掟に従い厳しい断罪を受ける。
 いつのまにか集まってきた実装石達も、
「お前はノロマを殺す気デスか」
「きっとワタシ達実装石を、単なる害虫としか見なしてないデス」
「不届き千萬とはこの事デス」
「てめぇニンゲンじゃねえ、叩っ斬ってやるデスぅ」
「花吹雪抜刀流の太刀の冴えを見せてやるデス」
 などと、好き勝手いい放題だ。
 こうなると、さすがにひろあきも引くしかない。

『わかったわかったデス。お前等がうざいから、今日のところはあえて退いてやるデス。温情と理解あるワタシの
判断に感謝するデス』

 案の定、更なる罵詈雑言を叩き付けて来る実装石達に、袋の口を開けたうまい棒(以下略)を渡す。

『これを食べさせてやるデス。間違えてお前等が食べたら、明日この時間、この公園は貴様等の鮮血に潤うことに
なると知るデス』

「デ、デデデ」
「わ、わかってるデス」
「一口味見して、毒がないとわかったら、流れの奴に食べさせ…プギャッ!!」

 いつの間にかやって来ていた“ヨクバリ”の余計な一言が、隣の実装石のストレートパンチを招き寄せる。

『お前等には世話になってるデスから、出来る限りの事はしてやるデス。また今度ここに来るから、そん時は
流れ実装のために、食べ物を運んでやるデス』

「デスーデスー」

 何匹かの実装石が、両手を挙げて了解の意を示す。
 ここの大元締とやら、よほどしっかり実装石達を躾けているんだな、と、素直に感動する。 いくら自分がこの公園の
連中と仲良くなったと言っても、本来なら、こんなにスムーズにコミュニケーションが取れる筈がないからだ。


 ひろあきは、そろそろ戻ってやらないと「あいつ」が大変な事になるだろうと思い立ち、踵を返した。

『また来るデス。お前等も、せいぜい他のニンゲン達には気をつけるデス!』

 そう言って、ひろあきは公園を出て行った。
 実装石達は、その後ろ姿が見えなくなるまで、見送っていた。


「あいつ、なんでワタシ達と同じような喋り方するデス?」
「ワタシ知ってるデス! 実はあいつ、本当は実装石なんデス!」
「デデー?!」
「羊の皮を被った山羊、という言葉があるデス。あいつはきっと、大きな実装石がニンゲンの皮を被っているのに
違いないデス」
「なーるほど。お前、頭イイデス!」
「お前って言うなデス。ワタシには、ニンゲンさんからもらった名前があるデス!」

 その言葉に驚く実装石達に向かって、そいつは、誇らしげに名乗りを上げた。

「ワタシの名前は “ ウ ス ラ ト ン カ チ ” デス! よーく覚えておきたまいデス!」




 ひろあきが玄関をくぐると、奥から、泣き声が聞こえてきた。

「テェェェェェェン、テェェェェェン!!!」

 あららら、やっぱり起きてたか。
 ひろあきは、慌てて親指の居る部屋へ走った。
 その足音に反応して、泣き声がピタッと止まる。

『何ベソかいてるデスかレイミィ! みっともないったらありゃしないデス!!』

 あの後、ひろあきに「レイミィ」と命名された親指実装は、涙で腫れ上がった目を懸命にこすり、泣いていた事を
隠そうとしている。

「だ、誰がベソかいてるテチか! 失礼な事を言うなテチ!」

『まったくもう、一人で静かに留守番も出来ないデスか!』

「る、留守番くらい簡単テチ! ちゃんとやったテチ」

 随分自信たっぷりに言うが、どうやら随分長いところ泣いていたようで、水槽の中はえらいことになっていた。
 パンコンの跡、散らかったおもちゃ、ぐちゃぐちゃになった毛布…こりゃ相当荒れたらしい。
 レイミィは、口こそ達者だが、実はかなりの弱虫で泣き虫、加えて寂しがり屋だ。
 独りにされるのが物凄く嫌な様子で、ダダをこねまくるため、毎朝仕事に出かける時もえらい大騒ぎになる。
 休みの時も、昼寝している隙を突かないと、うかつに外出も出来ない。
 戻ってくると、今回のように、必ずどこかにヒスを起こした痕跡が残るわけだ。


 まだ自分が世界の中心に居るものだと信じ込んでいるせいか、とにかくワガママが過ぎる。
 まあ、まだ子供なんだから仕方ないとは思うが…
 かといって、甘やかすわけにはいかないのが、辛いところだ。。
 ひろあきは、心を鬼にして、レイミィの額をデコピンで小突いた。

「テチャァッ!!」

『なんデスかこのザマは! 綺麗に片付けるデス! ウンチの跡も綺麗にするデス! ウンチ拭いたら、服を脱いで
渡すデス! ホラ、とっととやるデス!!』

「デシャアァァッッ!! ジャアァッッ!」
 何か言葉にならない声を立てて、抗議する。
 だがその度、デコピンで転がされる。
 まあ、何を求めているのかはわかってるんだが。

 何度かしつこく言い聞かせると、ようやく、糞の掃除を始める。
 クスンクスンと鼻を鳴らしながら、時折横目でこちらの表情を伺う。
 ひろあきは、片付ける様子を厳しい目でひたすら監視し続ける。
 十五分くらいかかったが、あらかた片付けも終わり、あとはファブリーズをかけるだけとなった。
 レイミィは服を脱ぎ、畳んでこちらに手渡すと、またペタンと座り込んで、メソメソと涙を流し始めた。
 まだ、独りぼっちにされた事を引き摺っているらしい。


『ちょっと待ってるデス。服を洗濯して干してくるデス』

「…バカニンゲン」

『何か言ったデスか?』

「バカニンゲン、ワタチを置いてけぼりにするなんて、酷いテチあんまりテチ!」

『…』

「ワタチ、ずっと我慢して待ってたテチ! バカニンゲンが帰ってくるのを、待ってたテチ! でも、でもぉ…テエェェェン」

 みるみるうちに目に涙が溜まってくる。
 まったくもう、これだからこいつは。

 ひろあきは、そっと手を伸ばしてレイミィを救い上げると、その小さな額に、そっとキスをした。

『それでもレイミィは、ちゃんとお留守番をしようと頑張ったデスね。偉いデスよ』

「テチ…」

『これで泣きべそかかなかったら、もっと偉かったデスが』

「だ、だから泣いてないテチ…テ、テエェェェン」

 あ〜あ、また涙腺決壊か。
 どうしてこいつは、こんなに寂しがり屋なんだろうか。
 ひろあきは、泣きじゃくるレイミィの頭を、指先で優しく何度も撫でてやった。

『ほら、イイ子だから泣き止むです。もうすぐご飯デス。いつまでも泣いてたら、おいしく食べられないデスよ』

「…ぎゅーっ」

『え?』

「ぎゅーって、してテチ」

『…甘えん坊め』

 ひろあきは、手の中に包んだレイミィを、そっと自分の頬に押し付ける。
 レイミィは両手を一杯に広げると、嬉しそうに、ひろあきの頬にしがみついた。
 すりすりと、頬擦りをしてくる。

『レイミィ』

「テチ〜♪ プニプニ〜♪」

『…』

 ひろあきは、レイミィをきゅーっとしながら、棚の上に居る実装石を見た。
 水槽の中、無言で佇む実装石は、何か言いたげな眼差しを投げ下ろしていた。


『食事の前に、風呂に入るデス』

「もうちょっとだけ、ぎゅーってしてたいテチ」

『つか、お前ウンチ臭いんデスってば!』

「テ、テチーッ!!」

 ゆっくり引き離すと、一度水槽に降ろして、入浴の準備を整えてやる。
 こいつのサイズなら、まだポットのお湯を薄めて簡易浴槽を準備してやればいいだけだから、楽なものだ。
 もう一度レイミィを持ち上げると、ひろあきは、ゆっくりと風呂桶に浸してやった。

「テチュ〜ン♪ あったかいテチー」

『ウンチするなデスよ』

「わかってるテチー。バカニンゲンも、一緒に入るテチ?」

『細切れになっても無理デス』

 さっきまで泣いてた鴉の子がどうたら。
 ひろあきは、ご機嫌になったレイミィから視線を外し、また棚の上を見つめた。


 アンリ。
 こいつ、お前が小さかった時に、すごく良く似ているよ。
 まるで、生き写しみたいだ。


 ひろあきは、棚の上の実装石に向かって、心の中で呼びかける。
 実装石も、ひろあきを見つめ返していた。



 入浴が無事に済み、食事も問題なく終わり、たっぷり一時間かけておもちゃで遊んでやると、レイミィはさすがに
眠くなってきたようで、ひろあきの手の中でウトウトし始めた。
 
『もう寝るデスか?』

「ンー…もうちょっと…」

『無理するなデス。今日は一杯頑張って疲れたデス? 早く休んで明日に備えるデス』

「明日になったら…ワタチのママ見つかるテチ?」

『それは…約束できないデス。でも、出来る限り捜すデス』

 手の中のレイミィを撫でてやると、もう、瞼がくっつきそうになっている。
 『おやすみしてイイデスよ』と囁くと、レイミィは、か細い声で「おやすみなさいテチ」と返してくる。
 ひろあきは、レイミィが熟睡するまで、手の中に置いたままにしておいた。


 レイミィは、ひろあきが名前を付ける事に同意した。
 それはつまり、レイミィはこれからひろあきに飼われるという事を、自ら受け入れた事になる。
 飼い実装になれるという事は、実装石にとって理想の一つ。
 それは、こんな小さな親指実装でも、それを本能で理解しているのだ。
 だから、レイミィも最初は喜んだ。

 だが、いまだに、心のどこかで母親の影を求めてもいる。
 まだ自我が充分に成熟していないためか、姿なき母親と、自分の世話をするひろあきの存在を混同している
みたいだ。
 だから、レイミィはひろあきに対して、まるで母親に甘えるような態度を取ってくる。

 普段は喧嘩腰で、自分が最高ひろあきは奴隷、バカニンゲンは自分に奉仕して当然と考える超自己中心主義だが、
一人ぼっちにされると、途端に弱い面が表出する。
 そうなると、さっきまで小馬鹿にしていた筈のひろあきに、つい甘えてしまうのだ。
 まあ、なんというか、要はその時の気分に忠実という事なのだろう。

 もう少し成長したら、今度は甘えるのも馬鹿馬鹿しく感じてくる筈だ。
 どちらにしろ、いつまでも甘えさせるつもりは毛頭ない。

 ひろあきは、自覚ある愛護派だが、躾の大切さとそれを行う難しさを、よく知っている。
 むやみやたらと、実装石を愛でたりはしない。
 もし、自分の飼う実装石が、同族に襲われたりしたら、その際は相手を殺す事もいとわない。
 そういう態度でなければ、実装石を育てられないという確固たる自信があるのだ。


 育てるにしても、果たして、この仔はどこまでもつのか…
 ひろあきは、それが心配だった。
 蛆実装から成長して、ある程度寿命は伸びたものの、まだ未熟児である事に変わりはない。
 突然死の恐怖はまだ付きまとっているし、まして、どこまで生き長らえられるかも定かではない。

 どうすれば、この仔にとってもっとも良いのだろうか?
 この仔だけは、どうしても、幸せにしてやらなければならない。



 ひろあきの視線は、再び、棚の上に佇む実装石に向けられていた。




 一方、その頃公園では。

 ここは、彼女達が「大元締」と呼ぶ最も賢い実装石が管理する、公園内のアジトの一つ。
 なんとここは、地下にある部屋だった。

 数年前公園が一部拡張工事された際、大元締の指揮の下、あらたに土を盛り込まれたエリアの内部にこっそり
空のポリバケツが持ち込まれたのだ。
 現在は、ひっくり返ったポリバケツの周囲に厚く土が盛られている状態になっており、たとえ人間でもすぐに
発見するのは困難だ。
 入り口はバケツの下からトンネルが彫られ、植え込みの影にある秘密の入り口から一匹ずつ潜り込むスタイルに
なっている。
 もちろん、ポリバケツといっても大きさはたかが知れているため、30センチ級の成体実装石がニ匹も入ると、
かなり窮屈になってしまう。
 だからここは、基本的に成長の止まった親指実装を中心に管理されており、大怪我をした者や難産に苦しむ者が
運び込まれていた。

 そう、いわば彼女達にとっての、病院である。
 
 トンネルの他にもいくつか通気口が設置され、細かく刻まれた木片と粘土、枯葉や布が土の上に幾重にも
敷き詰められ、なかなか快適な床が構築されている。
 この上に、どこかから拾ってきたタオルを束ねた布団が敷かれているのだ。
 その布団の中に、例の「流れ実装」が寝かされていた。
 ニ匹の親指実装が、心配そうに流れ実装の様子を窺っている。

 そこに、先程ひろあきから食べ物をもらったノロマがやってきた。

「相変わらず狭い隠れ家デスぅ〜、もうちょっと入り口を拡張して欲しいデス」

 親指の一匹が、困った顔を向ける。

「オバサン、静かにするテチ。この人が起きちゃうテチ」
「そ、それはすまないデス。…で、様子はどうデス?」
「まだ意識が戻らないテチ。たまに目を開ける事はあるテチが、またすぐ閉じてしまって…」

 なるほどと頷くと、ノロマは、うまい棒(略)を取り出して親指達に渡した。
 すでに先っぽの部分が、ふたかじり分ほど欠けている。
 目覚めたら、これを食べさせてやって欲しい、例のニンゲンさんからもらったほどこしだと伝える。
 親指達は、小さな頭をウンウン頷かせながら、説明を聞いた。

 と、その時、微かな唸り声が聞こえてきた。
 どうやら、流れ実装が目覚めたようだ。

「テチ?!」
「目が覚めたテチ?」

「安心するデス、ここは絶対ニンゲンが来られない安全な部屋デス」

「…わ、ワタシは…一体…?」

「公園で倒れているのを助けたデス。この公園の実装石を管理する大元締が、アンタの事を助けたいと思ったデス。
ゆっくり身体を休めるデス」
「ありがとうございますデス…ゲホっ」

 随分弱っているようだ。
 親指達によって洗浄されているため、身体や服、髪は今でこそ綺麗になっているが、やせ衰えた身体からは、
ほとんど生気を感じさせない。
 相当な苦労をしてきた様子だ。
 ノロマは、細かく砕いたうまい棒を少しずつ食べさせながら、流れ実装に尋ねてみた。

「アンタは、どこから来たデス? どうして、この公園で倒れていたデス?」

「ワタシは、飼い実装デス。ペットショップでご主人様に選ばれて、幸せな生活を送っておりましたデス…」

 飼い実装、と言った所で、ノロマが僅かに顔をしかめる。
 だが、親指に脇を突かれ、慌てて平静な表情に戻る。

「という事は、あんたは捨てられたデスか?」
「そうみたいデス。でも、どうしても納得ができなくて…ご主人様に、もう一度だけお話させて欲しくて、
一生懸命戻ってきたのデスが…」

「オバチャンは、この近くに住んでいたテチか?」
 もっとも幼い親指が、無邪気に尋ねる。
 流れ実装は、こっくりと頷いた。

「じゃあ、あと少しという所で行き倒れたと」
「そうなのデス。ワタシは、子供を産んだ直後に、ご主人様に捨てられてしまったので、体力が…」
 また、苦しそうに咳き込む。
 親指の一匹が、懸命に背中をさする。
 ノロマは、また少し食べ物を口に含ませてやると、間を置いてさらに尋ねた。

「飼い実装だったら、名前がある筈デスね。ひょっとしたら、何か調べられるかもしれないデスから、教えるデス」

 うまい棒を飲み込み、一息ついた流れ実装は、寂しそうな表情で、ポツリとつぶやいた。



「はい、そうデスね。——ワタシの名前は、“ルミ”と申しますデス」




 (続く)

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1 Re: Name:匿名石 2023/07/14-15:04:15 No:00007517[申告]
ルミ生きとったんかワレ!
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