タイトル:【駆除】 J線上のミドリ3
ファイル:J線上のミドリ3〜首狩り死神〜.txt
作者:匿名 総投稿数:非公開 総ダウンロード数:353 レス数:0
初投稿日時:2023/08/18-04:55:02修正日時:2023/08/18-04:55:02
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寂れた貸し切りの会議室。
そこに山と積まれたステーキやスシ、コンペイトウ。
全て実装石の大好物。
それをヨダレを垂らしながら見つめる数十匹の実装石達は、
ビュッフェ方式の会場でとても行儀良く並んでそれぞれの皿に好物をせがむ。

『オマエの評判最悪デス』

ステーキを行儀良く食べながら一匹の実装石が正面に座る実装石に言う。

『それがなんデス?』

正面の実装石はグラスに入ったジュースを傾けながら返す。

『デッシャッシャッ!! “深緑の悪魔”って呼ばれてるみたいデスッ!!』

あまり行儀が良いとは言えない食べ方でスシを頬張るハゲた実装石が笑う。

『ツヴァイ、米飛んでるデス』
『おぉ! スマンデス! アインスもうどうデス!? デルタはどうデス!?』
米を飛ばすハゲ頭のツヴァイが、スシを横でステーキを食べるアインスに勧め、
そのまま向かいのデルタに勧めた。

『やめとくデス。今日はお前らの顔を見に来ただけデス』

デルタはそう言ってガンリュックを背負う。

『もう行くデス?』

配膳をしていたフィーアが寂しそうにデルタに聞く。
デルタはフィーアの持っていたトレイからカスタードパイをヒョイッと口に放り込む。

『うん、ウマいデス』
『紅茶もどうデス? 今日は暑いデス、アイスティーをいれたデス』

次は氷の入った冷たいグラスをフュンフがデルタに手渡す。

『ふぅ、ご馳走様デス』
『懇親会、来月もちゃんと来るデス?』

アイスティーを一気に飲みきって、アインスの問い掛けに答えを濁して
4匹に軽く挨拶するとデルタは去っていった。

『来ない気デス』

フュンフがむくれる。

『そう言って来るかもデス』

フィーアは希望を捨てない。
出逢った時より幾分も融和的になったが、まだ一歩踏み込ませない。
アインスはそんな少し変化した後ろ姿を嬉しそうに微笑みながら見送った。

『ったく、メンドー臭いデス』

デルタはメモに書かれた場所を確認してため息をつく。
自分の元飼い主の手によって自分は愛護界ではお尋ね者だ。
実装石から恨まれるのも憎まれるのも結構な事だが、
人間から恨まれるのは面倒臭い。
愛護派はこういう時、虐待派も真っ青な加虐性を隠さない。
自分の“加虐性”は“綺麗な加虐性”という理解しがたいヤツだ。

ヘルメットも銃も、デルタをデルタたらしめる物は全て持っていない。
全て預けてしまっている。
ガンリュックに入った持ちなれない獲物を担ぎなおす。
変装するには好都合な小雨の中、
実装石用のピンク色の雨用マントのフードを深く被る。
大抵の人間は実装石の見分けなどつかない。
『うん、ウマいデス』
フィーアに言った言葉を思い出す。嘘もつき慣れてしまった。
本当は味なんか分からなかった。
最近は何を食べても砂を噛むようで、
食事に喜びなんて感じたのはもう随分前の事だ。
デルタはメモに記されている”協力者“の居る場所へ向かう。

J線上のミドリ3〜首狩り死神〜

ー雑談村地区

「ここです」

協力者にど田舎のバス停へ降ろされた。
降ろされ場所から愛護用交通パスでバスに乗ったり
電車に乗ったりして来たが、今回はここから徒歩でと言う事らしい。

少し歩くとこれ見よがしに実装用スクーター”デスクーター“が置いてある。
二人前の協力者から渡されたキーを差し込んで捻ると電源が入る。
数日放置されていたのかバッテリーは70%。
地図を確認してアクセルを捻る。

『トロいヤツデス』

訓練用や実戦で使う軍実装用のバイクに比べて酷く遅い。
これだとデルタなら走ったほうが早いが、このネット時代だと
どこに情報を持つ愛護派が居るか分からない。
実装石から外れた動きをするわけにはいかない。

スクーターで数十分走り、バッテリーは30%を切る頃にようやく着く。
しばらくの間の寝床。
古ぼけた一軒家。
実装石用のインターフォンはなく、鳥の巣箱を伝って二階の窓に登る。
中は生活感はあまり無い。
山積みのダンボールを見て少々不安を感じながら窓を叩く。
すぐに怪訝な顔の主人が階段から顔を覗かせる。

『そうと教授に言われて来ましたデス』

総督、と言いかけて慌てて訂正する。
協力者の中には総督がやっている事を知らない者もそれなりに居る。
不要な軋轢を生まないように軍実装達は
総督の表の肩書きである大学教授の方を使う。

「あら、先生から聞いてるわ。軍実装石の子でしょ?」

窓を開けながら若い女性がデルタを招き入れる。

『軍の事は基本的には表に出さない約束デス』
「あ、そうだったわ。ごめんなさい」

少々の不安が少し大きくなった気がした。
良く見ればこの女は総督の研究所で何度か見たことのある顔だった。

「はじめまして。私教授の生徒で、大学2年生の虹浦 ふたばっていいます」
『はじめまして。なんと呼んでも結構デス』

多くの人間は実装石の見分けなんかつかない。
このふたばもその1人なだけで、特に何も感じない。
デルタはデルタであることを隠す為にここに居る。
なのになぜ面識のある教え子に託すのか総督の意図が読めない。

「そうねぇじゃあ、“ミドリ”ちゃん!」

デルタはらしくなくビクッと身体を強張らせる。
“ミドリ”はこの状況を作り出した、自分を捨てた張本人が付けた古い名だ。
偽名でも何でも使ってきたが、その名だけは避けてきた。

「え? ごめん、嫌だった? なんだろ、緑色だし」

デルタの反応が思わしくなかったのを見てふたばは慌てた。
デルタは慎重にふたばの目を覗き込む。
デルタの古い名は、総督とデルタしか知らない。

『いえ、それで結構デス』
「そう? ホントに大丈夫? 嫌なら嫌って言ってね?」

ふたばの目には淀みは無い。
本当に何の予備知識も悪気も無くその名を付けた。
その時、デルタは意図的に避けてきたこの名前を嫌悪している事に気付いた。

ふたばはオンラインで授業に参加し、月に一度ほど大学に行く大学生だった。
通学には不便だが、自然の多いこの土地を気に入って移住したそうだ。
副業でアクセサリーを作って販売していたりもして、
日中はほとんど家に居て買い物も日用品まで全て通販。
確かに身を隠すにはもってこいではあった。

「家を買った事を話したら、リノベーションに教授がお金を出してくれたの。
    その代わり定期的に実装石を居候させて欲しいって条件で。
    実装石は好きだから、大歓迎だったわ」

ふたばはそう言いながら
デルタの短期入居のお祝いの御馳走を出して微笑んだ。

(実装石が好き、かデス
 目の前の実装石が数百を超える実装石を葬ってきたと知れば
 どんな顔をするデスかね)

デルタは努めて普通の実装石らしく御馳走を頂く。
やはり何を食べても味がしない。
割り与えられた部屋に荷物を下ろす。
実装石専用の客間となっているその部屋は快適そうだった。
デルタは暫くの辺鄙な田舎暮らしで羽を伸そうと考えた。

ふたばとの共同生活は思いの外心地良かった。
ふたばは実装石の扱いに慣れていた。
慣れていたし、まるで人間と接する様に接してくれた。
デルタの中でふたばに呼ばれる“ミドリ”という名前への嫌悪感は
少しずつ薄れていった。

『こちらは特に異常なしデス』

総督への定時連絡を行う。総督はそこでの生活を満足そうに聞いていた。
総督の訓練所、研究所、そして自宅。
それぞれ火事になった。原因は放火だ。
愛護派の“綺麗な加虐性”は人間まで対象にしていた。
そして火事になる前、研究所と訓練所には
実装石用の毒スプレーや毒餌も投げ込まれた。
明らかに軍実装を狙ったもので、
訓練所にはデルタが視察に行くと嘘情報を流していた。
研究所もデルタの寝床があると嘘情報を流してあった。
デルタは何処にいても危険をばら撒き、周りの命を危険に曝す。
だから一時的にデルタを作戦から遠ざけるために、
総督はデルタに休暇を与えていた。
周りへの被害を考えればデルタも休まざるを得ない。
幸い教官として優秀なアインスが続々と新兵を訓練し、
かつてデルタと2小隊だけに減った実働部隊は今は10小隊に迫る。
そいつらも皆優秀らしく、毒スプレーも火事も生き残った。

『気掛かりなことと言えば、隣町に点在する公園コロニーの質が悪い事デス。
   共喰い、侵略、渡り狩り、派閥争い絶えず、一触即発デス』
「そうか」
『虹浦が気にかけているデス。優しい彼女には実装石の同族に見せる害意から
    距離を取ったほうが良いと思うデス』
「虹浦くんが? あまり実装石には関わらないように言っていたんだが」

総督は軍の司令官の顔から優しい教授の顔になる。

『“教授”から一言言っておいた方が良いデス』
「あぁ、そうするよ。ありがとう」

しばし休養をした後で、デルタは次の任地に向かう。
この土地には本当に問題はなくただの休養だが、別の任地では任務がある。
実装石にとっては途方も無い距離の移動に備えて準備をする。

『お世話になりましたデス』
「いえいえ、こちらこそ。また来てね」

充電満タンのデスクーターに跨るデルタをふたばは笑顔で送り出す。

ーナゴヤ 作品投下地区

『お世話になるデス』

名古屋市の外れ、小さな町工場。
デルタはそこの裏口から出て来た陽気な壮年の男性に頭を下げる。

「おぉ、デルタちゃん。久し振りだね」

デルタはここではデルタとして認知されていた。
このいくつか並ぶ町工場は全て共同体の様に運営をしていて、
仕事を回し合う事も良くある。

「新型のライフルが出来たんだ。プレビュー頼むよ」

そう言って裏庭に案内する。
裏庭は四方を6つの町工場に囲まれ、共通の中庭のようになっていた。

いつものように射撃台に歩いていくと、
中庭に面した裏口が次々開いて人が出てくる。

「デルタちゃん、前言ってた剣改良したんだ。使ってみて」
「デルタちゃん、新型のランチャーの弾見てみてよ」
「デルタちゃん、実包の薬量を調整してみたんだ」

皆口々にデルタの所に新型の武器を持ってくる。

「ほらほら、デルタちゃん今回は4日間居るから。
    今日は長旅で疲れてるだろうから休ませてやんないとよ」

デルタをここまで連れてきた男性がそう言って
デルタを中庭のロッジに連れて行く。
実装石用にサイズが調整されているこの町工場総出での作品だ。
ロッジは人間サイズで考えれば高級感溢れるA級の物。
中の電化製品や家電はしっかりと工場から配線されていて、
優雅な日常生活をおくることができる。

「デルタちゃん、18時からバーベキューやろう。
    あとで呼びに行くから」
『いつもいつも、本当にお世話になりますデス。
    新型のプレビューも帰るまでに必ず全てやるデス』

デルタはそう言ってロッジの中に入っていった。

ーナゴヤ 愚痴地区

『ふぅ、デス』

デルタは返り血を拭って公園の一角を出る。
ここに居る4日間、夕方から夜にかけてナゴヤの各地区に居る
糞蟲を一掃する依頼が来ていた。
このナゴヤにある多くの地区は様々な理由から糞蟲化した実装石を憎み、
それでいて実装石は好きという特異な地区だった。
ただ普通の虐待派は公園や町中を糞や血や肉片で汚す。
そういう理由から総督の試みに当初から関心を寄せてくれる人が多く、
あの工場も料金としては格安で武器や防具の製造を請け負ってくれる。

「実装石による自治によって、実装石と共存をはかる」

男の理念はデルタにとってはまだ尚理解が及ばないが、
微力ながらそに理想のために働いていた。
そういう意味でナゴヤは日本一のお得意様だ。
デルタも手を抜くわけにはいかなかった。

気を張る事には慣れきっていたし、特段苦痛に感じる事も無い。
だがデルタはふたばとあの田舎暮らしを思い出す事が増えた。
『初めての休養に甘えはじめやがったデス』
独り言を言いながら自分の心身を叱咤して次の仕事へ向かった。

ー雑談村地区

『んあ? なんデス? オマエ』
『』

久々に訪れたふたばの家に、実装石が居た。
しかも一匹や二匹ではない。

「あら、ミドリちゃんお久しぶり」

ふたばが満面の笑みでデルタを迎える。
どうやら村の男が実装石を手に手に家を訪れ、
預かってくれと置いていくんだそうだ。

『オマエ新入りデス? 新入りなら新入りらしくするデス』
『挨拶くらいしろデス新入り。糞蟲デス?』
『新入りなら全員に挨拶回りしてから糞でも食ってろデス』

面倒事は総督の為にもふたばの為にもならない。
デルタは家内の上下関係を刺激しないように
二階のベランダの隅でタバコを吸っていた。

(面倒な事になったデス)

家の中はてんてこ舞い。
どうやらしっかり躾られているわけでもない実装石達は
所構わず糞を投げ合って喧嘩する。
もはや休養も何もあったものではない。
玄関に男が来る。手には実装石。下心の見える顔。

「いえ、すみません。これ以上は」

ふたばは何とか断ろうとするが、
押し問答の末に中に押し入られてしまう。

『ご主人サマデス〜ン』

おかしな鳴き声を出しながら元々居た実装石が男に走り寄って行く。
男は馴れ馴れしくふたばに実装石の日々の様子などを聞く。
男の様子を眺めていて、デルタは無性に嫌気が差してくる。
その原因が分かるのにはそれほど時間がかからなかった。

『虹浦、少し散歩しようデス』

実装石の世話で疲れ切っている双葉を何とか外に連れ出す。
ふたばは早く家に帰りたがった。
当然だ。あんな無法者共を家に置いておいて気が気ではないだろう。
ましてや自分の実装石ではないのだ。

『虹浦。もう実装石を預かるのはやめるデス』
「でも、ミドリちゃんを預かっておいて他の子はダメっていうのは」

そう言われたんだろう。
責任感の強いふたばの事だ。
預かった以上はちゃんとしようとしてしまう。

『教授から授業の一環で特別に預かってると言えばいいデス』
「」

事実ではあるが、納得がいかないのだろう。
人の生活を脅かすほどの糞蟲も、他の実装石を地獄に陥れる野良も、
知ってはいるが接したことが無いのだろう。
デルタはふたばは実装石の事を学ぶには少し無知だと感じた。
実装石に夢を見すぎる事は何ら悪い事ではない。
そういった幻想は少女のうちに実装石自身によって砕かれ、
成長していくものだが彼女は運が良かったのだろう。
実装石に対する対応は良いが、
この気の良い娘が自身に向けられる欲求に無頓着なのは頂けない。
いつかふたばを傷付ける純真さにデルタは問いかけた。

『虹浦は、あの男と交尾がしたいデス?』
「は? こ、こう何言ってるのミドリちゃん!」

男の視線、挙動、そして実装石を使う手口。

『ワタシを捨てた女は酷いアバズレだったデス』
「え?」

実装石からとんでもない罵倒語が聞こえた。
それだけでふたばは思考停止する。
それほどまでに、自分に対しても他人に対しても害意には鈍感な娘だ。

『毎夜毎夜、違う男を連れ込んではサカってたデス』
「」
『そんな相手の男は決まって同じ様な目でご主人を、
    部屋を、ワタシタチを見ていたデス。
    今日のやつも、同じ目をしていたデス。
    交尾がしたくて、何か交尾に繋がる新密度を高める道具を探す目デス。
    交尾がしたいという欲求あり気な物はすぐ分かるデス』

デルタは少し身を屈めるように言う。
指示される様に身をかがめたふたばに先程の男の後ろ姿が見えた。
男は茂みを覗き、チッと舌打ちして歩いていく。
そしてすぐに反対側の茂みから出て来た実装石を拾い上げた。

『アイツらに愛護精神なんか無いデス。
    実装石を使って虹浦と交尾がしたいだけデス』
「でも、困ってる実装ちゃんを助けてるのは変わらないし」
『本当に困ってるのを助けたいなら助けてるデス』

そう言ってデルタは先程男が舌打ちした茂みを掻き分ける。

「あっ」

そこには傷付いた親実装石と、親指実装石の双子が居た。

『デデシャ、デシャアッ!』

親は瀕死の状態で必死で親指を抱きかかえ、威嚇する。

『あともう一つ。実装石は哀れまれる程弱くはないデス』

そう言ってデルタは母娘に近付く。

『その怪我だと長くないデス。“渡って”来たデス?』
『デ、デシャ』
『痛み止めならやれるデスが、明け方には死ぬデス』
『』

親はポロポロと泣き始める。
咄嗟に歩み出るふたばに親が再度威嚇する。
親指2匹も威嚇をした。親の真似ではない反応だった。
同族だけではなく、人からも酷い扱いを受けて来たんだろう。

『近付くなニンゲン、デス!』
「でも、そんな怪我をして」
『そう言って、近づいて、ワタシの仔、を、殺す気デスゥ?
    ゆ、許さないデス! ワ、ワタシがい、生きてるうち、は』
『オマエもニンゲンに非道い目にあわされてきたデス?』
『ニンゲンは、もう、し、信じないデスもう、何度も
    信じない、デス』

ふたばの裾を引きデルタは促す。

『放っておくデス。ワタシも仔の頃知らない道端に投げ捨てられ、
    泣いていた所をニンゲンの子供に拾われて、
    小石の代わりに蹴って遊ばれて、ボロボロになった所を
    排水路に投げ捨てられた事があるデス。
    排水路からすくい上げた別のニンゲンは死にかけのワタシを
    つまんでゴミ箱に投げ捨てたデス』
「でも、ミドリちゃんは私を信用してくれてるじゃない。
    だから、私に忠告をしてくれてるんでしょ?」

ふたばは泣きそうな顔でデルタの目を見る。

『ニンゲンにも色々居ると知るまで結構時間が掛かったデス。
    信用出来る様になるまで更に随分かかったデス。
    この親にそんな時間は残ってないデス。
    親指だけでは、そんな時間は生きられないデス』

ふたばは無言で死にかけの実装石と、親指を優しく抱き上げる。
母娘は必死で抵抗する。
ふたばの腕に噛みつき、引っ掻き、バタバタと暴れる。
ふたばはそれでも離さない。

『馬鹿なニンゲンデス』

デルタはそう言ってスプレーを母娘に撒く。
スプレーに少し咽ると、母娘はゆっくり眠りについた。
夜通しふたばは親子を診続けた。
治療をして、親は何とか夜を越えた。

『虹浦、少し外して欲しいデス』

デルタがふたばに言う。

『実装石は野生生物デス。死に際をニンゲンに見られたくないデス。
    仔を連れて少しだけ外して貰いたいデス』

怪我をした親は、ふたばを見て少しだけ会釈するように頭を下げた。
それが限界だと気付いたふたばはデルタの言う通りにした。

『オマエタチ母娘は運が良いデス』
『な、まえアナタのお名前聞きたいデス。
    あの、ニンゲン、さんの、お名前も』
『彼女は虹浦 ふたば。ニンゲンの中でもとびきり優しい娘デス』

それを聞いて親は安心したような顔を見せた。

『オマエの仔は安心するデス。
    ふたばなら、あの仔タチを立派に育て上げてくれるデス』

親実装はデルタの手を握って先を促す。

『ワタシは“デルタ”と呼ばれてるデス』

その名を聞いて親は目を見開いた。知っているのだろう。
しかし、すぐに表情を緩ませて微笑んだ。

『き、聞いてたのと、ゼンゼン違う、デス』
『仔の安全は、ワタシが保証するデス。安心して逝くデス』

親はデルタの手を握ったまま静かに何度も頷く。
親は自分の死に目にふたばを同席することを許してくれた。

『ご、ご主人、サマの、言う事、をちゃんと、聞くデス』

仔2匹は親と同じ様に泣きながら何度も何度も頷く。

『こ、困った、コトあっ、たら、このオバチャンに、頼る、デス』

仔2匹はデルタを見ながら何度も何度も頷く。

『ご、ご主、人サマ』
「大丈夫。頑張ったね。
    あとは私が責任持って幸せに育てるよ。ゆっくり休んで」

ふたばはそう言って傷だらけの手を親実装に重ねた。
親実装はその自分達がつけてしまった傷を
悔しそうに撫でながら何度も謝り続ける。

『デ仔に、囲まれ、てつ、辛い時、多かったデ、ス。
   デ、でも良いご、主人さにひ、拾って』

親の体からピシピシと小さい音がなり始める。

『いい、友ダチに、も巡り、会えデス』
パキンッ

親はデルタを見て、穏やかに微笑みながら眠りについた。
デルタとふたばと親指2匹は、庭に親を埋めた。
親指2匹は“テテ”と“チチ”と名付けられた。

「オマエたち2匹は、奇跡とまで言われる渡りを成功させた親の娘デス。
    テテ、チチ。親を誇って生きるデス」

テテとチチとデルタとふたばで一緒に風呂に入る。

『テ? オバちゃん傷だらけレチ』
『ホントレチ、痛い痛いレチ?』

再生能力の高い実装石といえど、深い傷痕は再生痕として残ってしまう。
デルタの全身に隈なく刻まれた再生痕を見てテテとチチが言う。

『今は痛くないデス。さぁ、よく体を洗うデス。
    このお家の仔になったんだから、綺麗にしておくデス』

デルタはテテの、ふたばはチチの体を洗う。
突然デルタが自身の後ろ髪を縛った紐を抜いて背後に投げる。

パシンッ! ジジッ

風呂場の扉がわずかに開いていて、その隙間を紐が射貫いた。
紐はナゴヤで作ってもらった柔らかい金属を使った武器で、
伸ばせばナイフのようになる。
一度刺せばひしゃげて使い物にならなくなるが、
こういう暗器的な使い方に長けた武器だった。
扉を開くと、そこには小さなビデオカメラが置いてあった。
紐はビデオカメラのレンズを貫通し、
持っていたであろう実装石の血が床に点々と落ちている。

『ふたば。護ると決めた者がいるなら、
    これから貴女は選択をしなくてはならないデス』

ふたばはデルタの言う言葉を理解した。
テテとチチがこの家に来た瞬間から、
預かっていた実装石たちが殺気立ち始め、
親が死ぬまでの間でも酷く暴れていた。

風呂を出たふたばとデルタは居候の実装石の荷物を改め、
ふたばの入浴やトイレや着替えの隠し撮り映像をいくつも見つけた。
それを理由にふたばはその日のうちに預かった実装石を預け主に返した。

『選択は、いつも必要になるデス。時には非情にならなければ、
    護りたい命も護れないデス』

夜道を1人と1匹で歩きながらデルタはふたばに諭すように言う。

「ミドリ。貴女は、今まで喪った家族は居るの?」

風呂場で見たデルタの再生痕を思い出しながらふたばは聞く。

『あぁ、居るデス』

自分の手で虐殺した実の親姉妹よりも真っ先に戦友が浮かんだ事に、
デルタは自嘲気味に笑いながら答える。

『ルークは、私より腕が良く、少し自信家でしたが本当に優秀だったデス。
   ビショップは、私よりずっと医療知識が豊富で本当に優しい救護兵だったデス。
   ナイトは、ちょっと不真面目でしたが見た事がない程圧倒的な勇士だったデス。
   クイーンは、卓越した指揮と知性でどんな状況も打破できる指揮官だったデス』

昔を懐かしむ様にデルタは空を見上げる。

『どうしてワタシだけ生き残ってしまったデス?
    どうしてワタシなんかが生き残ってしまったんデス?
    生き残ったのが皆なら、もっと、今よりずっと状況は良かった筈デス』

自分の不甲斐なさを呟く。
ずっと胸にしまい込んでいた想いが溢れてくる。
死に物狂いで訓練しても、休む間もなく戦い続けても、
ずっと心の奥底に鬱積していた想いに拘泥してしまう。
休むことを頑なに嫌がった理由がそれだった。
休めば、心にゆとりと持てばその隙間にドロリと流れ込み
心を蝕んでいく重く暗い自責の念がのしかかる。
一匹で生きていくと、
一匹だけでやり遂げると決意した日からずっと逃げてきた。

総督の家が燃やされたのも、訓練所で皆が火に追われたのも、
全部自分が不甲斐ないからだ。
デルタはずっとそう思って生きてきた。

自分には抱えきれない想いを察してふたばは何も言わず、
泣くように呟くデルタの言葉を聞き続けた。

その晩、ふたばはデルタとテテとチチに御馳走を振る舞った。
ふたばの出身地方では、葬式の日にはこうやって豪勢な料理と
お酒で故人を見送るしきたりだったそうだ。
ふたばとデルタはお酒を、テテとチチはジュースを
それぞれ親実装に向けて献杯し、飲み干す。
デルタは久し振りに色が付く料理に、香り立つ匂いに、
沁み渡る味に感銘を受けた。
特にふたばの特製プリンは自信作らしく、
アマアマなどという言葉では表現しきれない程に美味だった。
心に空いた隙間にふたばの笑顔と友との酒とプリンの甘味が流れ込む。
デルタは心の底から『美味しいデス』と久し振りに口にした。

ーマツド 惧露町

いつものように掃討作戦を行っていたデルタに、緊急の連絡が入った。
総督が解雇された。
しばらくは貯金で保つが、
どうにかして金を工面しなくては部隊の維持に差し障る。
デルタは急いで総督の実家に向かった。

ーサイタマ 翻鯖区

「おかえり」

総督はにこやかにデルタを出迎える。
が、机の上は資料や設計図が散乱し、
何かしら少しでも売れる物を探していた痕跡が見える。
愛護派からの抗議は、大学への抗議という形にまで発展していた。
“生物学”に中にある“実装学”の“実装生物学”の中の
“共生派”という分類にあった総督は、共生派の中では確固たる地位であり、
今までは「共生という集結点の為に行った一歩」として評価され、
共生派の面々は抗議に対して毅然と対応してくれていた。
だが愛護派は抗議の効果が薄いと感じると上の実装学や、生物学、
最終的には所属大学への抗議へと手を変えた。
一般人によるネット上での苛烈な抗議に驚いた大学は、
いとも簡単に総督を解雇した。

「デルタ。すまないが忙しくなってしまう」

男は男の元に届いた依頼の束を見せる。
デルタは迷うこと無く深く頷いた。

それからデルタは文字通り全国を飛び回った。
北の公園が荒れていれば北へ向かい、
南の河川敷が糞に塗れれば掃除しに行き、
東の飲食店で実装石が湧けば駆除しに行き、
西のスーパーに侵入する糞蟲が居れば成敗しに行った。

いずれもデルタらしい盤石の作戦に基づいた行動で、
一切の無駄なく仕事を完遂していく。

ー二次裏町

『これは、どういう事デス?』

総督から緊急の連絡が入った。
ふたばから緊急要請があったそうだ。
ふたばは総督が去った後も大学に在籍していたが、
総督とは密に連絡を取り合っていたんだそうだ。
かつて羽根を伸ばした雑談地区に降り立ったデルタは絶句した。
バス停から酷い異臭がたちこめ、茂みからは実装石の絶叫が木霊する。
すぐにふたばの家へとバイクを走らせる。
ふたばの家の前には多くの人だかりが出来ていた。
手に手に見慣れたプラカードを持ち、
皆見慣れた加虐性を持って石を投げていた。
この村の男たちもこれに加わっていた。
懐柔できないとなれば力づくで、か。本当に野生生物と変わらない。
デルタは心の中で毒づきながら気付かれないように草むらにバイクを隠し、2階に登る。
二階の雨戸が閉まりきっていない、ほんの少し開いた隙間から中を覗く。

コンコン

中は真っ暗で何も見えない。

コンコン
『ふたば、ミドリデス。開けてくれデス』

暗闇の中からゆっくりと震えるふたばが現れた。
顔も服も、見慣れた緑の糞まみれで酷い姿だった。
無言でふたばは窓を小さく明けて、デルタを迎え入れる。

『何があったデス?』

雨戸を締め直し、窓を閉めると震えるふたばは
デルタに縋り付いて泣き始めた。

『ふたば、もう大丈夫デス。ワタシが来たデス』

デルタはふたばの頭を撫でながら落ち着くのを待った。

前回デルタが去ってから、すぐに雑談地区は隣の二次裏町に合併された。
ふたばがこの家を買う前から決まっていた事で、それはそれで問題ない。
だが、この新二次裏町の方針が問題だった。
公平さを担保する為、吸収された側の雑談地区の人間が新町長となり、
新町長の一存で“実装石と共存するまち”を目指すことになった。
ゴミを漁る実装石を減らす為に公園に餌をまき、
増えすぎた個体数を調整する為に移住をさせ、
それでも足りなければ空き地に放置した。
餌だけはしっかり貰える為にたった数ヶ月でポコポコ産まれ、
飼いと違い成長を早める性質のある野良はグングン成長をして
体の割に頭が成長に追いつかない個体を増殖させた。

実装石を研究する分野の人間には比較的知られていたが
実装石には特有の特異な成長ホルモンがある。
それは環境に応じて成長を促し同族喰いから身を守る為だと謂われ、
飼い実装など安定した低いストレス環境下だと働きが鈍くなり、
その個体は脳と共にゆっくり成長する。
個体差が激しく、野良でもこの成長ホルモンの働きが弱い個体や、
飼いでもストレスを与え続けると活性化される事がわかっているが、
未だに謎の多い部分だった。
専門家に相談もせずに撒き餌をした行為は、
その言わば“厄介な性質”を助長した。
個体数を増やさないために毎日個体数の確認と
成長度合いの平均値を算出しなければ増え続けてしまう。
増えた頭足らずの実装石は糞蟲化が著しい事も分かっている。
ふたばはそれを学んでいた立場だった。
だから必死で町議会に声掛けをし、嘆願書を送り続けた。
その結果、ふたばは新町長とその支持母体である愛護団体に敵視された。
愛護団体からしてみれば、同族喰いこそが悲劇で、それ以外は興味がない。
同族喰いさえ無くなれば実装石は幸せだと思っていた。
そして敵視されたふたばの家の周辺に続々と増えた実装石は移住された。
愛護団体の思惑通り、同族喰いは無くなった。
だが、実装石はそのコミュニティに苛烈な序列制度を用いる事が多い。
勢力争いは同族喰いの為だけではない。
本来の目的はその序列制度を導入・維持することにある。
同族喰いはその結果の悲劇の一つに過ぎない。
前例などいくらでもあった。
町長と愛護団体はそれを調べようとも思わなかった。
序列によって空き地や公園の下層にいる実装石は奴隷化され、
下手をすれば死ぬより辛い目にあう。
そうやって手に入れた奴隷を働かせ、戦わせ、領土拡大を狙う。
今、新二次裏町は手がつけられない状況になった。
新設のコロニーが乱立し、コロニー同士の衝突は数分単位で発生し、
負けたコロニーは全てを略取され吸収されるが、
そこにあった奴隷実装たち“資源”を巡って内部分裂は頻発し、
またアラタナコロニーに生み出してまた衝突が起こる。
長年積み上げられた秩序のない天体創生のような衝突分裂は
日増しに加速していき、同族喰いが無いだけの無法地帯と成った。
そしてその責任を「専門家なのに何もしなかった」とふたばに擦り付けた。
田畑を荒らされ、川を汚染され、道路には悪臭を放つ轢死体が放置され、
村は旧二次裏町から強制的に移住させられた実装石で溢れた。
村の人は怒り狂い、町の思惑通りふたばの責任を糾弾し家を包囲した。

『テテとチチはどうしたデス?』
「家に、押し入られた時開いた扉から空き地の実装石が来て」
『連れ去られたデス?』

ふたばは無言で泣きながら頷く。

『ふたばは何もいや、なんでもないデス』

乱れた衣服、ボサボサの髪、手足の強く掴まれた様な真っ赤な痕。
“何もなかったか?”なんてとてもじゃないが聞けない。
生命があっただけで良い、などという言葉は被害者に何の慰めにもならない。
床に着く無数の人の足跡も、無数の実装石の糞の跡も、
全てが全て悲惨な状況を物語っている。

『よく、追い出したデス』
「ほ、箒で」
『よく追い出したデス』
「本当に、箒なんかで」
『違うデス』

デルタはふたばの膝の上に立ち、両肩をしっかり掴んで額を合わせる。

『よく、追い出したデス』

しっかりと、もう一度唱えるように言った。
押しに弱く、同情的で感傷的なふたばの弱さをデルタは知っていた。
その弱さを抑え込んで、護るべきところを護ろうと武器を取った。
その強さをデルタは心の底から賞賛した。
ふたばはポロポロ堪えきれずにまた泣き出してしまった。

『付き添いが来るデス』
「え?」

まだガヤガヤする家の周辺が一気にざわめき出す。
それとともに雨戸の隙間から真っ赤なライトが点滅する。
スピーカーからの怒号と、けたたましいサイレン。
それと同時に扉がバンバン叩かれる。

「虹浦くん! 無事か!? 虹浦くん!!」

聞き慣れた声に、ふたばは腰が抜けたのか扉の方を向いて
「せんせー」と泣くだけだった。

『女性の家の扉はもっと優しくノックするデス』

代わりに出たデルタに苦言を呈された総督はおざなりに頷いて
へたり込んでいるふたばに走り寄って行き強く抱き締める。
デルタから見れば師弟なんかよりもずっと情熱的な抱擁だった。

「あぁ、無事で良かった!」
『無事ではないデス』

デルタはそう言ってふたばの腕に総督の視線を誘導する。

『救急車も来てるデス? ならニンゲンへの裁きは任せるデス』

総督が乗ってきた車のトランクを開ける。
中にはデルタのヘルメットだけが置いてあった。

総督は救急車の前で膝がガクつくふたばを抱き上げようとして
太ももに触れて驚いたりして四苦八苦していた。

(あんだけ熱烈に抱き締めておいて、今更なんなんデスゥ)

デルタの冷めた視線に気付いたのか、デルタの方へ逃げようとして
ふたばに袖を引っ張られて立ち止まる。

「あれ? あれ?」

ふたばもなぜ手が離れないのか理解できずに戸惑う。

(オクテも二人そろうと面倒デス。
 いっそあの女の1%でも積極性が欲しいデス)

デルタは降り出した雨のために真っ黒なカッパを用意する。

「あ、すまん。お前の武器なんだが」

銃はオーバーホールに出してしまっている。
スコップは研ぎ直し。隊長章と救急ポーチはクリーニングに。
今デルタをデルタたらしめるものはヘルメットだけだった。
積まれていたガンリュックから近接用の新型武器を取り出して装着し、
草むらに隠してあったバイクを車のトランクに積んで充電する。

『良いデス。どうせ今回は個人的な、“ポーン”の用事デス』

雨の中、数人のスーツを着た人が総督とふたばの前に整列し頭を下げる。
彼らは二次裏町の町議達だった。
総督とふたばは彼らの話を聞く。デルタは準備を進めた。

町議達は専門家を無視した愛護政策に反対の立場だった。
それを発言し、“虐待派”と大声で罵られ碌な発言機会を与えられなかった。
元々の二次裏町の町議達で、実装石とは慎重に距離を取ってきた彼らだが、
今回のこの失策に関し、住民に実害が出たのみならず、
町議会はふたばにその批判の矛先を向けさせて暴行させた。
町議会はこの騒ぎを知っていたのに無視した。
もうこれ以上は看過出来ないと、
町議たちは己の首を賭けて警察に通報した。
そして現場に行ってみると専門家の教授が居る。駆除の専門家でもある。
そこで町議たちは自身の権限と職を使って依頼をしてきた。
既にふたばが調べ上げた紙の束になったネームド害実装石。
この全ての駆除を依頼しに来た。

「」
『“教授”は、ふたばについててやってくれデス』

デルタは準備を進めながら決めかねている総督に言う。

『ふたばはさっさと検査受けて、教授の家で風呂でも入って
    汚れを落とさせてもらえば良いデス。
    テテとチチはワタシがサイタマまで連れて帰るデス』

両脇にサイドカーを着け終わったデルタが立ち上がって微笑む。

「頼めるか?」
『任せるデス』

教授はたった一匹の実装石にこの仕事を依頼するつもりかと、
その場に居た全員が驚いた。

「現時刻より、作戦行動の開始を宣言する。
    指揮、及び決断のすべてを“デルタ”に委ねる」

教授ではなく、総督としての言葉。
そして呼ばれた名前に彼らはまた更に驚く。
眼の前に居るのが、“深緑の悪魔”と呼ばれた実装石。
羽織った真っ黒なカッパの背中に刻まれた文字を見て、
町議もふたばも呆然とした。
愛護派ではない人間からすれば、実在するかどうかも分からない、
ある意味“生きる伝説”が眼の前に居るのだ。

『了解デス』
「あ、あの」

ふたばが驚きから解かれてデルタに話しかける。
だが言葉が出てこない。

『すまんデス。“ミドリ”はもう随分前に死んだんデス。
    今は“デルタ”デス。デルタは約束したんデス。あの親と。
    “友”と。テテとチチの安全は、“デルタ”が護ると』

ふたばにそう言ってヘルメットを深く被りなおす。
アクセルを捻ると実装石用とは思えない速さで
車のトランクからバイクは発車して行った。

「町議の皆様には、検分をお願いします」

全てのネームド害実装石の写真を撮ってデルタの端末に転送した総督は
町議に紙の束を返しながら救急車に乗り込む。
ふたばも気が付けば身体の震えは治まっていて、救急車に乗り込んだ。

土砂降りの雨の中で掻き消される悲鳴と共に、バイクが走り去る。
公園の入口にバイクを停め、
デルタは通り道に斬り捨てた実装石の血を手で拭って刀身を見る。
新型の近接戦闘用の日本刀を模した刀。
製造も刀を模して造られている為に斬れ味は今までの刃物の比ではない。
あのナゴヤの作品投下地区の紫紋さんの金属加工場の製造。
相変わらず腕はずば抜けて良いが、何処か抜けている。
峯の根本に銘を彫ったは良いが、鎺の存在を忘れていたのか
“紫紋金工”の“工”の字が鎺に隠れてしまっている。

振れば血を払い、斬れば手に持つ棒ごと骨も断つ。
長短2振りの刀を振り、デルタは公園を跋扈する。

『“東公園のトラ”デス?』
『オマエ、なんデス?』

東公園のトラはデルタの異様な気配を察して距離を取る。
ただ実装石の一般的な距離など、
デルタの鍛え上げられた筋力を持ってすれば一足である。
スラリと流れるような一線で、“東公園のトラ”の首は宙を舞う。
その首をネイルガンを改造した新兵器で木に打ち付ける。

『デヒッ!? デ、“デルタ”デス! コイツ、あの“デルタ”デス!!』

デルタのレザー地の黒いカッパの背中に大きく彫られた“δ”の文字を見て
その文字を憶えていた実装石が吠える。

『“文字読みのヘケ蔵”デス』

デルタの目が次のターゲットを捉えた。

雨が降りしきる。土砂降りの雨は実装石の断末魔を掻き消す。
公園から空き地へ、空き地から公園へ。
デルタはその先々で数匹の実装石の首を落として回る。
ある者は斬られた事にすら気付かず、
ある者は守護する奴隷用心棒ごと斬られ、
ある者は逃げ出す最中に斬り捨てられた。
雨によって刀身は常に洗い流され、その鋭さは鈍らずに
次々に首を刈り取っていく。

「これは、凄まじいな」

町議が木に打ち付けられた数体の首を見て呟く。
紛れもなくネームド害実装石。
駆除業者も手を焼く実装石たちだ。
そんな実装石の頭が点々と打ち付けられ、
まるでまだ生きているかのような表情を痙攣させている。
残った体は頭がないのに気付いていないかのように、
立ったままの者や餌を掴んだままの者も居る。
点々と釘打たれた生首を同行させた駆除業者に回収させる。

ある空き地の放置された小屋。
元々農具が収納されていた納屋だったが、使う人も居なくなった。
畑も荒れ放題となり気付けば納屋を覆うほどの草にまみれた。
その小さな空き地に方々から移住してきた実装石が溜まった。
いや、移住せざるを得なかった個体達だ。
頭が良い訳でもなく、体が大きい訳でもなく、
とびきりバカなわけでもないが、思い切りは足りない。
そんな生存競争に負け、
奴隷か移住かを選択させられて移住を選び続けた個体群。
暫くは他の群からの攻撃から身を潜めて大人しくしていたが、
やはり実装石。そんな中でも序列は出来上がっていった。
そして序列下位の実装石達は元々自分が移住する前の空き地の近くに
自分たちより序列が低くできそうな仔2匹が住んでいたのを思い出した。
そして少し遠征をしたその日、
その仔2匹が住んでいた家にニンゲンが押し入るのを見た。
これ幸いと家主が強姦されているのを尻目に
仔2匹が隠れていた箱を見つけ出して連れ去ってきた。
この仔2匹はこの小さなコロニーでは奴隷だった。
だが同時に財産でもあった。
他のコロニーに襲撃された際、唯一献上できる財産として
衣服は剥がれたが髪の毛は残された。
そんな卑屈なコロニーにバイクの音が響く。
実装石用のバイク。見たこともない美しいボディ。
窓からバイクを眺めていた実装石達は目を輝かせた。
バイクの主はバイクから降りて小屋の扉を叩く。

『テテ! チチ! 居るんデス!?』
『お、オバちゃん! ここテチィ!』

紐で縛った2匹が叫ぶ。
軽く舌打ちをしながら、それぞれの場所に隠れて武器を持つ。
居場所がバレてなければ茂みの中を闇討ちしようと思っていたが、
バレたなら仕方ない。ここで囲んで殺せば良い。

『オバちゃん! きちゃダメテチィ!!』

不穏な気配を察した仔2匹が余計なことを叫ぶ。
だがそんな言葉とは裏腹に扉は蹴破られた。
朽ちかけとはいえ、人間用に作られた扉を蹴破った。
そんな常識外れの行為も、バイクの魅力にかき消された。

『テテ! チチ! ここに居たデス』

迷うこと無く入って来た黒いカッパを着た成体実装に
潜む実装石達は目を奪われた。

(なんてエレガンスなカッパデスゥ!)
(あのズキンはカタそうだけどイカすデス!)
(歩き難そうデスが、美しいおクツデスゥ!)

『もう大丈夫デス。あーあー、こんなに傷だらけで』

そう言って成体は仔2匹に笑いかける。
その背中を棍棒を振りかぶった実装石が襲い掛かった。

『デッデッ?』

振り下ろした筈の棍棒が無かった。
いや、それどころか両腕も無い。
突然のことに困惑する実装石。
成体は仔2匹に笑顔を向けたまま血の滴る刀を血振りする。
腕を斬られた。
そう気付いた瞬間にその実装石は右目の激しい激痛と共に
壁に打ち付けられる。
成体が持つ拳銃のような武器。
だが拳銃そのものは人間の物として知っている実装石だったが、
こんなコンパクトな形で実装石用のものなど知らない。

『テテとチチは、オバちゃんが護るデス。
    テテとチチのママとオバちゃんの約束デス』

そう言って簾の裏に隠れていた実装石を振り返りざまに簾ごと切り捨てる。

『ネームド以外は見逃してやるつもりだったデス。
    だがオマエらは絶対に許さんデス。オマエらは蛆一匹残らず
    皆殺しにしてやるデスッ!!』

姪の様に可愛い仔2匹の傷だらけの姿を見て、デルタは吠える。
安息の地の納屋は一気に地獄へと変わった。

ーーーーーー

『大丈夫デス?』

血溜まりの中から救い出してくれたデルタを見上げる2匹の目は
怯えきっていた。

『ムリもないデスオバちゃんコワイデス』

デルタは変わらない微笑みで2匹を抱き上げる。
強張ったままの2匹を優しくサイドカーに乗せてベルトを締め、
来たときとは違ってゆっくりとバイクを走らせた。

『もう2匹だけでお風呂に入れるデス?
    身体を洗ってふたばママのところに行くデス』

デルタは2匹を家の風呂場に入れる。
外は少し騒がしくなっていた。

『デデッ!? お、オマエあのトキの』

家の外に出ると十数匹の実装石親仔が小競り合いをしていた。
そのうちの一匹がデルタを見て驚く。
どうやらこの家を乗っ取るつもりで家族を連れて来て、
同じ目的の実装石達の間で言い合いが発生していた様だ。

『家主は不在デス。とっとと巣にカエレデス』
『知ってるデス。良いからどけデス。そこはワタシと仔の家デス』
『ワタシ家デス!』
『ワタシたちのデス!!』
『まぁまぁ、ここに居る全員住める広さデス。
    あのニンゲンが作ったアマアマはまだあるデス?
    それも皆でヤマワケすれば良いデス』

意見が揃ったようで、実装石全員が邪魔者を見る。
邪魔者は腕を組んで玄関の前に立ち、話し終わるのを待っていた。

『結論は出たデス?』

邪魔者はやれやれと組んでいた腕を解く。

『おい、おとなしくそこをどくなら何もしないでやるデス』
『ワタシは最初からこいつが気に入らなかったデス』
『コイツもぶっ殺して食っちまえば良いデス』

実装石たちはにわかに殺気立ってじりじりと歩み寄る。

『丁度良かったデス』

デルタは無表情に言って躊躇いなくずいっと一歩踏み出す。
息がかかるほどの近距離でデルタはピクリとも表情を変えず
成体の目の前で拳をギリッと強く握り込んだ。

『ワタシはオマエたちと違って歓迎するデス、“新入り”
    地獄へようこそ、デス』

そう言って握り込んだ拳を顔面に叩き付けた。

『ブッブベェッ!! デベベベッ!!?』

殴られた実装石はその場で膝から崩れ落ち、
歯は折れ、頬骨も砕けて顔面の形を歪ませながら血を吐きのたうつ。
そのままその隣の成体に裏拳をねじ込み吹き飛ばす。

『デビュッ!!?』

ただ驚き言葉を失うもう一体の前髪を掴んで顔に膝を入れ、
その身体を振り回して仔実装たちに叩き付けた。
振り回された前髪は無惨にブチブチと頭皮ごと剥がれる。
仔実装たちは成体の身体に押し潰され、手足を折った痛みで
悲鳴を上げる。
喧嘩が始まると、成体同士の殺し合いに巻き込まれないように
警戒をして身体を寄せ合っていたのが災いしてしまった。

『大人しく帰るなら見逃してやっても良かったデス』

デルタは全く残念そうでもなくそう言って
逃げようとした成体の頭を肘で打ち、地面に引き倒すと馬乗りになって
何度も何度も殴打する。特別殺意を込めた拳ではなかったし、
グローブも外してなにも装備のない素手だったが
戦い慣れた歴戦の個体が放つ鋭い打撃に成体は喘ぐことしか出来ない。

ドゴッ!  バキッ!  バキッ!  ドムッ! バチンッ!
『ブベッ!  デッ!  デゲッ!?  ホゲッ!? デゴッ!!』

一撃で気絶させられ、もう一撃で叩き起こされ、
わけも分からない内にもう一撃。

『デ、デェッ!? や、やべるデズゥッ!!』
『ふたばはそう言ったデス?
    オマエはその時オマエのご主人に辞めるよう言ったデス?』
『わ、ワダジのご主人サマじゃないデズゥ』
『じゃあどいつのご主人デス?』

ボコボコにされた実装石は震えてパンコンする無傷の成体を指す。
デルタはボコボコの実装石の腹をを思い切りぶん殴る。
その成体は何度も血を吐いて気絶した。

『デッ、デヒッ!!』
『逃げんなデス、面倒なんデス』

デルタは指された実装石の後ろ髪を掴んで容赦無く地面に叩きつける。

『デギョワッ!!』
『オマエのご主人のヤッた行為のツケをオマエも払うデス』
『デッ? ヘゲッ?』

ゴッ!  バキンッ! ドガッ! 
ブリッ! ブリョリョッ! ブピッ!

今度の成体は殴られる度に脱糞する。
一体一体死ぬ程ではないが酷く痛い程度の殴打を何度も何度も浴びる。
気絶する度対象を変えて何巡も何巡も。
かつて味わった暖かな高待遇の玄関先で、絶え間も容赦もない暴力。
そして圧倒的な強者からの一方的な暴行に、
足を折って逃げ出せない仔実装たちはただただ震えてパンコンしていた。
そしてその反対の扉の内側では、テテとチチがこの暴行を盗み聞きしていた。
ただ2匹は、デルタを自分の庇護者と感じて少し安堵していた。
飼い主がされたことの報復してくれていると、
テテとチチはデルタが居る事の安心感と、産みの親が言っていた
『困ったことがあったら』という言葉を思い出して嬉しくなっていた。
死んだ自分の親との約束を守ってくれているデルタは、
ふたばの次に優しい存在に思えた。
2匹は盗み聞きをやめて安心してお風呂へ向かった。

暫くすると大きなリュックを背負った青年が訪れた。

「相変わらずですね」

青年は玄関先の惨劇を見て微塵も驚かずデルタを見た。

「お久しぶりです、デルタさん」
『さん付けはもうやめて欲しいデス、としあき“研究員”サン。
    いえ、今はとしあき“准教授”サンデス?』

としあきは首を振りながら荷物を下ろして広げる。
としあきはかつてデルタを運んだ事もある総督の教え子だった。

「肩書が変わっても、教授の研究の杵柄で
    食わせもらってるのは変わらないですよ。その成果である貴女のね。
    さて、献体を頂けるとのことでしたね?」

デルタは足が折れて恐怖に泣き叫ぶ仔実装石を摘みあげる。

『デヂィ! 許しテヂィ! コワイデヂィ!! コロさないデヂィ!!』
『即殺処分でないだけ有り難く思うデス』

そしてとしあきの持ってきた水筒の様な水槽に次々に投げ入れる。
ヂィッ! と狭い水槽の床に落ちて鼻血を垂らす。

計11匹が筒状の水槽に収まった。

『ワタチ飼いになれるんテチ?』
『まずコンペイトウを持って来いテチ!!』
『あんよイタイテヂィ』

口々に好きなことを喚いている。
どの仔も目の前で母親がボコボコにされた後だと言うのに、
酷く呑気な事を言っている。

としあきは実装薬学の研究者で、新薬のテストを行える献体を
常に探していた。
教授の放逐と同時に近所では噂が立ち、献体に応募してくれる個体が
激減してしまい苦労していた。
としあきも教授に倣い、嘘や騙して献体を確保する事は極力避けていた。
この仔達はとしあきの新薬の実験体となる。
募集献体ならば最低限の食事や待遇、安全管理を施すが、
こいつらにはその必要もない。
本来虐待派寄りのとしあきはにんまり笑って水槽を覗き込む。
薬の種類によってはさほど危険もないだろうが、
としあきは殺実装用の薬や躾用の苦痛を生む薬も作る。
農薬のように散布できて実装石にしか害の無い実装農液薬の開発も
としあきの主力商品だった。
教授放逐後の大学ではとしあきは“虐待紳士”などと呼ばれていた。
ただこの農薬は吸い込むとたちどころに実装石の神経を侵して
酷く苦しむせいで散布場所は酷いパンコンと体液の海となってしまう。
実装石の体液と糞は肥料にはなるにはなるが兎に角酷く臭い。
農家や自治体からの要請でこれの改良型として、
吸い込んだ実装石の脳の一部だけを破壊して延々と鳴き続ける事しか出来なくし、
駆除業者の負担を減らす新薬を開発中だった。
もちろん破壊されるのは一部だけなので、痛みや意識はそのままだ。
さっそく試薬を試そうととしあきはワクワクしていた。

「こんなに頂けるとはありがたい。報酬はどうします?」
『仔実装石2匹をサイタマの教授の実家へ運んで欲しいデス。
    車はコイツを使うよう指示されているデス。
    それと、ちょっとした復讐を手伝ってもらいたいデス』
「復讐? ですか?」

としあきは目を輝かせた。
デルタは気絶した5体の成体を見て笑う。

『さぁ、全員“ご主人サマ”の元に帰ろうかデス。
    ワタシより地獄を教えてくれるデス』

ーーーーー

雨の中、議員たちは検分を終えた。
もう夜も明けそうな時間だった。

『お疲れ様デス』

元の一軒家に向かうと、何事もなかったかのようにデルタが待っていた。
一軒家の中から仔実装が2匹、嬉しそうにデルタに飛びついた。

『お着替え終わったデス? ならご主人サマに会いに行くデス』

デルタは実装用品をいっぱいに詰め込んだバッグを車のトランクに放る。
運転席には見知らぬ青年が座っていた。
デルタは風呂を借りにここに居た事を告げて
青年から紙を受け取って議員に手渡す。

『今回は基本料金は特別サービスにしておくデス。
    弾代もかかってないデス。その代わりここの住民への
    犯罪行為の刑罰はきっちりとやって欲しいデス』

そう言ってデルタは男どもが設置したであろう隠しカメラの位置を教えた。
全部撤去して爆発させるよりも、居間や脱衣所に繋がる台所など
さして問題ない場所は残してガス抜きしたほうが良いと思っていた物だった。
恐らくそれが今回の暴行も撮っているだろう。

『ネームドの報奨金はそっちで話し合って決めてくださいデス。
    事後デスんで言い値で結構デス。今回は私事もあったのでサービスデス
    今後ともご贔屓にお願いしますデス』

そう言ってデルタは車に乗り込んだ。

朝、雑談地区にある5件の民家の前に
ダンボールに詰め込まれた実装石が届けられていた。
実装石はどれも酷い状態だった。
手足はもがれて傷口は焼かれ、衣服は無く、
髪の毛は引き抜かれて禿裸の芋虫のようだった。
歯は全部へし折られ、脳も損傷が見られて意思疎通が出来ない。
よほどの恐怖を味わったのかデヒッデヒッと泣きながら
舌を垂らして涎を撒き散らして糞を漏らす。
近付けば騒音レベルの声量で泣き叫び、
身体をくねらせて軟糞を吹き付けてくる。
そしてどういうわけか、全員身体から偽石が取り除かれ、
普通なら死んでしまいそうな怪我だが生きていた。
家主がそんな惨状を確認するとほぼ同時に警察が訪れる。
ダンボールにはその個体が元気だった時期に家主やその息子が
ふたばの家に預ける様子が映された映像が入ったSDカードが付いていた。
家主たちは最近町長が強引に可決させた[実装石愛護条例]に基づいて、
この実装石たちが死ぬまで養育を義務付けられる。
この状態にした証拠はないものの、
一度虐待の疑いを持たれた以上は月に一度愛護団体の監査も入る。
施設は満杯でどこも受け入れは出来ない。

これからこの実装石は恨まれながら生き、
この家族は実装石に恨まれながら世話をする。
何年必要だか分からないが、それは研究室に並べられた
住所が書かれた瓶の中で濃縮栄養剤の中に浮く偽石だけが知っている。

ーナゴヤ 作品投下地区

今日はお祭りのような賑わいだった。
いつもの中庭ではバーベキューにビュッフェ、ドリンク、なんでもある。
人々が溢れ、踏まないように人の腰の高さに実装石用の段が設けられ、
ごく少数ではあるが実装石が招待されていた。

「なぁ、デルタちゃんやっぱこの鎺の部分」
『ダメデス。変えたら使わないデス。その銘が良いアジなんデス』

紫紋さんは少し項垂れながら、唯一失敗してしまった恥ずかしい部分を
殊の外気に入ってくれている事が嬉しそうだった。

『よぉデスッ!! “悪魔”の次は“死神”らしいデスッ!!?』

そう言って串に刺さった肉をモリモリ食べながら
ツヴァイがガハガハ笑う。

『らしいデス。どこからそんなあだ名思い浮かぶんだかデス』
『嵐の中を真っ黒なローブで首だけ刈って去って行ったからだそうデス』

アインスがそう答える。

『デッシャッシャシャ!! ソイツは間違いなく“死神”デスッ!!!』

デルタは変なあだ名が増えた事にため息をつく。
ただあの二次裏町問題は人的被害もあったからか、
様々な方面から情報がリークされて名の割に悪名ではなく、
どこか頼られるような印象のあだ名になっていた。
問題に起こした実装石をたった一匹で軒並み駆除した“死神”。
「“死神”に依頼したい」という自治体が続々現れて
デルタ1人ではもう回らなくなってきてしまっていた。

『変なあだ名ならオマエもデス、“禿将軍のツヴァイ”』

アインスは少し意地悪く言う。

『ムカつくあだ名デス!! なんデス“禿将軍”って!!
    ただの悪口デスッ!!!』

あだ名は兎も角、ツヴァイ率いる第1小隊と第2小隊の戦果は凄まじく、
ツヴァイもまたデルタと同じ様に恐れられる軍実装となっていた。

『あ! デルタさんデス!』
『本当デス! 見つけたデス!』

走り寄る美しい実装石2匹にかつての面影を見た。

『デ? テテとチチデス? あれまぁ、こんなに綺麗になってデス』

親戚のオバちゃんの様な感想を言いながら、
あの総督の家に送り届けてからもう1年以上会ってなかった事を思い出す。
親指だった2匹は、あの騒動のときには既に仔実装で
今や立派な若い成体実装に成長していた。
デルタやアインスやツヴァイのようにたくましいのではなく
美しく成長したまるで姪のような2匹と微笑み合っていた。

「デルタちゃん、お久しぶり」

ふたばもデルタを見つけて歩み寄ってくる。
デルタはビシッと背を伸ばし、しっかりとお辞儀をする。

「や、やめてよ。前みたいで良いって」

ふたばはたじろぐ。

『いえ、そういうわけにはいきませんデス、“奥様”』

ふたばの左手の薬指に光る指輪。
総督はあの後、論文を発表した。
[実装石共生論]と銘打たれたこの論文は、
元々在籍していた大学の総督の処遇に納得しない教授達の手によって
世に出されることになった。
この論文に世界は騒然となった。
世界各国実装石の害に悩まされていた所に、
実装石の特有成長ホルモンの抑制による糞蟲化の防止。
実装薬学による多胎を単胎か双胎への変化させ、教育を充実させる。
高度に教育された実装石との共生を可能にするための
実践的な警察機構ともなる組織的な軍実装石の実績発表。
結果として“デルタ”という特異な性質と特異な経験を積んだ個体による
“実装石の恐怖”の具現化・可視化。
特に軍実装運用に関しては世界は興味津々だった。
どの国も実装石を組織的に運用する事に四苦八苦していた。
実装生物学と実装薬学と実装心理学を融合させ、
机上の空論ではない実践的な共生方法を提案した論文は
新たな知見と新しいステージを提示していた。
“デルタ”を筆頭に軍実装石を実装石達の恐怖の象徴として運用する事で、
野良実装石たちの自治を促し共存しやすくする。
今までのように自由奔放に傍若無人に振る舞えば“デルタ”が来る。
それが抑止力となり、一部地域、特にデルタが戦闘行為を行った地域は
実装石同士でのコミュニティ間の紳士協定などが活発化し、
人間側に迷惑をかけないように心掛ける群も現れた。
そうなれば地域にいる野良実装石は可愛い愛玩野良動物の一種となり、
人間側も無為な虐待派のなどを白眼視するようになっていった。
その動きを自治体に伝え、実装石と自治体の間を取り持つことで
実質的な協定を締結させ、自治体に虐待防止条例の制定を
促すことも可能となっていっていった。
その実装石の変化は実装社会学派による権威の濫用によって
実質無策化されていた実装学に凄まじい変化を呼び起こした。
今はもうデルタもツヴァイも金稼ぎの為に奔走する必要も無くなるほど、
多大な利益を総督にもたらし、“実装学の第一人者”の地位を確立させた。
元居た大学からのカムバックを蹴って今はナゴヤの大学で教鞭を執っている。
このナゴヤの作品投下地区が、今や世界の実装学の中心地となった。
ナゴヤに居を構え、そこであの日からずっと同棲していたふたばと
先日とうとう入籍をした。今日はそのお祝いの日だ。
なんでも大学卒業を待つ予定だったが前倒しする諸事情が
ふたばのお腹に宿ったそうだ。
会場には野良コミュニティの頭目実装石達も参加している。
ふたばは実装医療を専門としており、怪我の治療だけでなく
軍実装たちのメンタルケアまで買って出てくれた。
彼女は今や総督と同じくらい軍だけではなく
人間と共存する実装石に無くてはならない存在となった。
ふたばの医療が野良実装石たちの共生のメリットになっている。
鞭一辺倒の軍という総督の方針に、ふたばの福祉という飴が入り、
それを両輪にようやく共生関係が進んだ。
このナゴヤの野良実装石たちにとっては軍は
憧れの就職先にすらなっている。
そんなふたばに昔と同じようにと言われても出来る筈もない。

『姐さん、ついでに肉とってきて欲しいデスッ!!』
『私には魚の串焼きが良いデス、姐さん』
『オマエら自分で取りに行けデシャア!!』

ツヴァイとアインスに怒鳴り散らすデルタを見ながらふたばは微笑んで
「デルタちゃんはプリンね」と嬉しそうに歩いていった。
休養をしていたあの中で、ふたばの手製のプリンは極上だった。
その味を思い出しながらモノの味など忘れていた日々を思い出していた。
やがて人混みの中からふたばと挨拶を終えた総督が現れる。

「デルタ、今日は無礼講って言っただろ?」
『いえ、その、しかしデス』

総督は少し嬉しそうにため息を吐きながらふたばとテテとチチを促す。
テテはデルタの銃を、チチはスコップを、ふたばはヘルメットと救急ポーチ、
総督は隊長ワッペンを持ってきた。
休暇に入る前にオーバーホールやクリーニングに出しておいた物たちだった。
それぞれに銀色に輝くアクセサリー取り付けてある。

「私とテテとチチで造ったの。おかしくないかな?」

ふたばは心配そうに聞く。

銃にナイトのチェスピースの形の鋳物が取り付けられ、底に
“Knight of DELTA フレデリカ”と、
スコップの柄にはめられたルークピースの鋳物の底に
“Rook of DELTA エルドレシア”、
救急ポーチにキーホルダー状のビショップピースの底に
“Bishop of DELTA”、
隊長ワッペンにはクイーンピースの階級章の様な飾りがついて底に
“Queen of DELTA”と、
そしてヘルメットの耳部分にポーンピースがイヤリングのように
飾り付けられ、“Pawn of DELTA”と刻まれていた。
そして全てのピースに“δ”のマークが彫られていた。

「クイーンとビショップは元々野良だったから、
    コードネームを名前にように気に入ってくれていた」

総督もそう言葉を添える。
デルタも知らなかったナイトとルークの本当の名前。
デルタはその全てをきつく抱き締めた。
仲間を大切に思う気持ちを理解してもらえていた。
そしてその仲間を喪った悲しさも理解してもらえていた。
喪った仲間と共に歩む事を応援してくれているかのような、
そんな何物にも代えがたいプレゼントだった。

『言葉に、ならないデス総督、奥様、テテ、チチ
    ありがとうございますデス』

奥様という呼びに少し照れながら、ふたばはデルタと握手をした。

『今まで同様、報いれる様に』
『デデッ! 羨ましいデスッ!! ワタシも欲しいデスッ!!!』
「ふふ、ツヴァイちゃんも沢山頑張ってくれたから、
    お飾り造っておくね。アインスちゃんはどんなのが良い?」
『デェ〜、ワタシは教官デス。教官っぽい帽子が欲しいデス』
『ワダ、ワダシがまだ喋っでるデズ』

鼻水を垂らしながら泣くデルタの抗議を聞きながら、
お祝いの席は盛り上がっていく。
実装石と人間の共存。
全てを喪った仔実装だったあの頃には想像もつかなかった未来が、
手の届く所に育まれていく温もりにデルタは包まれていた。

J線上のミドリ〜首狩り死神〜       END

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