気温37度。 あほか……ありえねえ…… トイレに入る。 ……ファッキン暑え! トイレの窓を開ける。 …………! ファッキン臭えええええええええ!! 裏庭か!? 裏庭から匂うのかこの異臭は! ただでさえ暑いのにどうなってやがるダボがアアアアア!! ********************************* 夏の繭 ********************************* うちにはコンクリ打ちっぱなしの裏庭がある。 普段は自転車やスコップを置いたり、ゴミ袋を一時的に置くのに使っている。 そのコンクリブロックの壁に、びっしりとなんかキモい塊が張り付いていた。 ……うわあ…… 妙に滑らかな曲線、ほの緑で生々しく白い。 一番近い感想は、壁にびっしり張り付いた超巨大なカマキリの卵だ。 どこかコズミックホラーめいた非現実感を感じる気持ち悪さである。 背中にぞわぞわぞわっと悪寒が走る。 そして、異臭の発生源はどうやらこれのようだった。 感想はストレートに醗酵した糞の匂い。吐き気がヤバい。 これは早急に処分しないと俺が死ぬ。 口周りをマスクで覆い、スコップを取り出す。 壁にはりついたキモい塊をガリガリと剥がしていると、思いのほか柔らかかったらしく、塊が破れた。 中からたーっと緑色の液体が流れだす。うええなんか内臓みたいのも混じってる。きもいきもい。 最後にコロンとなにか赤と緑の玉みたいのが転がり出た。 中身がなくなった謎の塊……繭?……は急速に色を失い、茶色いぽそぽそになって乾いていった。 あれ? 匂いが弱まったか? なるほどこの塊を潰していけば匂いは消えるんだな。 そうとわかればと再度スコップをふるう俺の前に何かが割り込んできた。 「デェェェーッス!」 涙を流して立ちはだかるは一匹の成体実装石。 横蹴り一閃。 「デギャアア!」 転がる実装石を横目に次の塊を今度は狙って破る。 こぼれだす緑の液体。 「デェェェェ! デッス! デデッス!」 泣きながら塊に駆け寄り、破れた口を必死で手で押さえようとする成体実装。 恨みがましい目でこちらを見上げる実装石に嘆息しながら、俺はスマホを取り出して検索してみる。 * * * なつまゆ 【夏繭】 近年の異常な温暖化により散見されるようになった実装石の習性。 特に体の小さい仔実装は外気温35度を超えた段階から体内の可塑剤的成分……お人形気取りか殺すぞ……が蒸発し 内圧で破裂ないし眼球射出して死亡するケースがある。 それを防ぐために本格的に夏を迎える前に十分な栄養を得た仔実装が夏を凌ぐために後天的に繭を作る現象がみられるようになった。 偽石成分が多大に影響する本来の繭化と違い、垢と糞で無理やり繊維状の繭を形成した夏繭は悪臭を発する。 無事に夏を過ごした夏繭は秋に成体実装石として孵る。 その際は体内の栄養を使い果たしている場合がほとんどなので、その際に与える食料集め、 並びに夏繭の護衛をするために親実装が周囲に控えているのが通例である。 * * * 天を仰ぐ。 なんだこのでたらめな生態は。 まさか暑さからの避難のために本来作れない繭まで作って命を繋ごうとするとは。 もう一度親実装を見る。フシューフシューと暑苦しい声を上げて俺を威嚇する。 破壊しかけの繭にはもう一歩も近寄らせないぞという心意気だ。 ……めんどくさいなあ。 でも原因がわかったなら対処ができる。 俺はエアダスターを取りに家の中に戻った。 エアダスターの缶を振る。中身は十分だ。模型作成用の備蓄があってよかった。 「デデ?」 怪訝そうな親実装を横目に俺は逆さにしたエアダスターを親が守る繭の隣りに吹き付ける。 逆さにしたエアダスターから氷点下の冷気が噴き出す。 「デア」 流れてきた冷気に親が一瞬呆けたような声を上げる。 おそらく親実装にとっても久しぶりの冷気なのだろう。 さっきまでの警戒心が嘘のようだ。 暑くてこの臭い繭を作るなら、冷やしてやればいいのだ。そうすれば繭もなくなる。 順に繭を冷やしてやる。残りの合計5つ。 破れた繭を押さえながらもこぼれてくる冷気に親実装はうっとりしている。キモい。 冷やした繭にぴりっと亀裂が入る。 ハッとする親実装。 「デ! デデッス! デス! デデッス!」 慌てて繭に何か呼び掛けている親実装の前で、5つの繭はどんどん亀裂を大きくしていく。 「♪テッテレー」 「♪テッテレー」 「♪テッテレー」 「♪テッテレー」 「♪テッテレー」 夏繭から孵ってきたのは仔実装よりも一回り大きいだけの5匹の中型実装。 秋までここに居られたらかなわんからな。さあどっか行ってくれ。 「テ」 元気よく万歳のポーズで現世に戻った中型の一匹が固まる。 「テア……」 もう一匹が頭を押さえてうずくまる。 「テヒェ……」 その隣のは顔が真っ赤だ。 いや顔が赤いのは全員そうだった。 「ア ア ア ア ア ア」 一匹が喉の奥からひきつった声をあげだす。 「デエエエエ! デエエエエエ!」 涙を流して叫ぶ親実装を、ちょうど真上に来ていた真夏の太陽が照らしつける。 「チャ ア ア ア ア ア ア 」 ポン ポン ポン ポンポン 長い悲鳴の果てに、5匹の中型は高温で茹った頭を押さえ天を仰いだポーズで盛大に眼球射出した。 OH……まさか破裂するとは予想外だ。 まあ外気温はちっとも下がってない。35度以上は確実にキープしているだろう。 秋のつもりで孵ったならこうもなるか。 「デギャアアアアア!!」 血涙を流して駆け寄る親実装。 「デッス! デッス!」 絶命した5体の体を揺さぶる親実装の隙をついて、俺は破れかけの繭にも逆さエアダスターを吹き付ける。 「……デ? デギャアア!?」 俺が何をしているか気づいた親が慌てて戻ってくるがもう遅い。 ピ 繭に入った亀裂は破れ目からどんどん大きくなり…… 「レベロエ」 ぽて、と破れた繭からわけのわからない生き物が地面に落ちた。 「デェェェ……!」 福笑いの面に突起がでたらめに三つほど生えた謎の球体だった。 ……中身がだいぶこぼれてたもんなあ……無理に孵してやるべきじゃなかったか。 「デジャアアアアア!!」 謎の球体を抱えて慟哭する親実装。その腕の中で球体も茹ったように赤く染まる。 「レボエ」 ボペン そして球体は親の腕の中で濁った音を立てて爆裂四散した。 「デェェェン デェェェン」 泣き叫ぶ親実装。 夏の直射日光を浴びて膝を落とす親の姿はなかなか絵になったが、裏庭の惨状をそのまま放置はできない。 コンクリ敷きなのをいいことに庭草処理用のバーナーで繭の残骸も仔の残骸も親実装もしっかり処分した。 * * * 夏繭について詳しく調べてみた。 夏繭が無事に秋を迎えるケースはほとんどないらしい。 その悪臭ゆえに人間にも野生動物にも目の敵にされ狙われる。 護衛の親が生き残れなければ繭は当然誰にも守られない。 雨などで瞬間的に気温が下がった際に勘違いで繭を破り、そのまま熱に焙られて死ぬ。 無事に秋に孵っても、親が充分に餌を集められていなければ体力を使い果たした孵化体はそのまま飢えて死ぬ。 まさに、座して死ぬよりは、程度の苦肉の策らしい。 うちの界隈は猫も少ない。 もし俺が放置していたらあの夏繭は無事孵ったのだろうか。 「ねえな、くせえし」 うちを安全な営巣場所と思われても困る。 次見たときは最初からバーナーでいこうと決意する。 * * * 夏繭。 近年ごくまれに見られるようになった実装石の珍種行動である。 生存率があまりに低いために種として継承される見通しはない。 この世界はとかく実装石が生きるのに厳しすぎる。 完 ********************************* 中将◆.YWn66GaPQ あんまり暑いからよォ どうやれば実装石が夏を生き延びられるか考えてたのによォ やっぱり死んだよ! どうなってんだこの実装石って奴はよォ! *********************************

| 1 Re: Name:匿名石 2023/08/06-06:34:55 No:00007717[申告] |
| 分が悪い賭けを生存戦略に採用する姿はほんと破滅型ナマモノって感じ
まあ軒先のツバメならともかく便所裏の垢糞繭は看過できんわな |
| 2 Re: Name:匿名石 2023/08/06-09:12:26 No:00007718[申告] |
| 「国境の長いトンネルを抜けると雪国であった」に匹敵する名序文 |
| 3 Re: Name:匿名石 2023/08/06-10:46:00 No:00007719[申告] |
| ホント「実装石ならあり得るわ」ってなって面白い
しかもあまり生存の役に立ってない所が良い |
| 4 Re: Name:匿名石 2023/08/06-11:53:39 No:00007721[申告] |
| 夏繭が爽やかさゼロの小汚い物体なのが良い |
| 5 Re: Name:匿名石 2023/08/06-14:36:19 No:00007722[申告] |
| 本来の繭でさえ蛆実装を非常食扱いしない野良実装が少ないからまず見られない位に分が悪い賭けなんだよな |
| 6 Re: Name:匿名石 2023/08/06-18:17:24 No:00007728[申告] |
| ほら本来の繭は愛情深い賢くて余裕ある一家ならワンチャンあるから…
大概は同族に目を付けられるけど |
| 7 Re: Name:匿名石 2023/08/09-19:55:09 No:00007746[申告] |
| 絶対安静かつ察知されてはいけないのに致命的に臭いという欠陥が実装石らしくて駄目だった |