のどかな草原。豪華な家屋。
この世の幸せを詰め込んだような幸せな空間。
実装石たちが余生を過ごす老実装ハウス。
楽園というのはこういう場所を言うんだろう。
そんなハウスのテラスで、いつものように
お気に入りのチェアで日向ぼっこをする老実装が居た。
『オバアちゃーんテチ!』
草原を走って、孫が顔を見せに来た。
『おばあちゃん! あのオハナシしてテチ!』
友達を引き連れた孫実装はそう言って興奮気味に老実装にせがむ。
『やれやれ、またデスゥ。仕方ないデスゥ』
読んでいた本を置き、かけていたモノクルをその上に乗せる。
そして何時ものように話し始めた。
『これはおバアちゃんがオマエたちのママより少し若くて、
オマエたちより少し年上だった時のお話デスゥ』
J線上のミドリ2〜深緑の悪魔〜
軽トラの荷台に積まれた数匹の実装石が現場に向かう。
実装石の飼い主である男は実装石達から”総督“と呼ばれていた。
周りから見れば冗談のようなその呼び名の通り、
実装石達はまるで軍人の様な装備をしていた。
厚紙で補強されたボディーアーマー、
トイガンを実装石用に改造したアサルトライフル。
カッターナイフ程度の殺傷力ならありそうな小さなコンバットナイフ、
それらには不釣り合いな複合素材のしっかりとした造りのヘルメット。
男の趣味のコスプレ集団のように揶揄されてきた彼女達は、
外部のそれとは違い高い職業意識を持った軍実装だった。
「今日はよろしくお願い致します」
男がそう言って待っていた職員に頭を下げる。
「はいはい、あぁ、コレが噂の。
なるほど、ごっこ遊びにしては良く出来てる」
町の職員はそう言って手際良く荷を下ろして準備を始める実装石と男を見て
嘲るように言う。
「じゃあお願いしますね」
職員はバインダーに挟んだ数枚の紙を男に放り投げて去っていった。
男はバインダーを拾って中の紙をじっくり眺める。
男が職員に依頼してあった調査内容はどこにも無かった。
男は小さくため息をつく。
やはり“彼女”は参加させるべきではないかもしれない。
そう思いながら武器の整備に余念のない“彼女”の方を見ると、他部隊の実装石が”彼女“に聞こえるように大声で陰口を叩いていた。
『アレがそうデス?』
『そうみたいデス。ヘルメットに彫ってあるデス』
『あー、あの小隊の生き残りデス?』
『デッヒャッヒャッヒャ、糞の役にも立たなかった
“見せかけ部隊”の死に損ないデス?』
その言葉に彼女は無表情に振り返り今言った実装石の胸倉を掴む。
『取り消せテチ!』
『死に損ないがイキがるなデス!!』
まだ成体になりきれていない仔実装の範囲である彼女の身長では成体の首を締めるまでには至らない。
しかし、激して腕を払おうとしても彼女の腕は微塵も動かなかった。
『し、死に損ないを死に損ないと言って何が悪いデス!?』
彼女の威圧と尋常ではない腕力にたじろぎながら、部下の手前成体は強がる。
『そんな事はどうでも良いテチ、
“糞の役にも立たなかった”、“見せかけ部隊”というのを取り消せテチィ!
“デルタ小隊”は、本物の地獄を生き延びた最強の部隊テチィ!!』
「もういい、“デルタ”、やめてやれ」
男の言葉にパッと“デルタ”は手を離す。
『総督に免じて許してやるテチ。が、次言ったら殺すテチ』
吐き捨てではなく、確実な殺意を込めたその言葉に成体は身震いを覚えた。
「隊長、ブリーフィングは終わってるのか?」
『ハ、ハイデス! これからデス!』
成体の返事に一抹の不安を覚えながら男は紙を手渡した。
紙はこの場所の見取図だった。
『チューモクデス!』
今手渡された紙を小さいホワイトボードに磁石で止めながら2匹の成体が立つ。
図には“実リ町 保管倉庫通り”と書かれた倉庫群があった。
交易倉庫の多い実リ町は町とは名ばかりの住民の少ない倉庫群だった。
その中でも保管倉庫通りは一般の人が契約できるコンテナ倉庫が群立し、
一般の人があらゆる物を持ち込む物置倉庫だ。
そのうちのいくつかの倉庫が実装石による害、実装害に悩まされていた。
今回部隊が派遣された倉庫は実装害が多すぎて閉鎖にまで追い込まれた物だった。
このままでは他の倉庫にも害が及ぶ、と駆除を依頼したが、
愛護派に何度も駆除を妨害されて
[実装石を使って実装石を駆除する]男に依頼が来た。
少なくとも男はそう聞いていた。
男は町の徹底されていない駆除にも、町を飛び越えて来た依頼にも
“イレギュラー”な事態の発生を想定した。
町に伝え仲介を頼んだが腰が重く、今にように対応する町に
一抹の不安も覚えていた。
その結果2部隊の他に“デルタ”も派兵した。
『これより作戦を説明するデスッ!
第1小隊は左側の倉庫を入口から行くデス!』
『第2小隊は右デス!』
2匹の隊長の説明は非常に心許なかった。
『作戦目標は“排除”テチ? “駆除”テチ?』
一番後ろで聞いていたデルタが2匹に聞く。
『“駆除”デス』
2匹は顔を見合わせ、自信なさ気に答える。
『駆除なら入り口の封鎖はどうするテチ? 2小隊で各部屋を各個撃破するとして、
騒ぎを聞きつけた他の部屋の糞蟲どもが動き出すテチ。
小隊を更に細かく分隊するならその可能性と力配分は必要テチ』
デルタはいつもこうだった。
生粋のリーダーだったデルタ小隊のクイーンに率いられていたからこそ、
自分の目に入る小隊長にクイーン並の統率力と計画性を求めた。
かつてあった“白補川の地獄”で手勢の正式部隊のほぼ全てを失った男は、
それでも手を抜くこと無く教育を施して正式部隊を補充したが、
どれもかつての正式部隊ほどの練度も能力も持てない者ばかりだった。
この2匹のリーダーもそうだった。
かつてのデルタ小隊を誇るが故に、
デルタは少々自分勝手な成長をしてしまっていた。
そしてそのリーダー2匹は無自覚の能力不足故に、
自分より年下のこの仔実装が自分より遥かに過酷な目にあい、修羅場を潜り抜けて来たことを認められなかった。
あの“白補川の地獄”以降に入隊した隊員に、
あの地獄を理解するのは難しかった。
『やかましいデスッ!! 死に損ないに何が分かるデスッ!!
ワタシたちは士官学校を卒業した“上級士官”デスッ!!』
『デスデスッ! 作戦のさの字も分からん様な仔実装に何が分かるデス!?』
デルタが語ったのは作戦そのものであったが、2匹にはそれを認める度量が無かった。
“上級士官”も、男がα隊とβ隊の抜けた穴を埋めるために
重点的に作戦行動を学ばせる新設のカリキュラムだったが、
それが自尊心だけを肥大化させてしまっていた。
『好きにすれば良いテチ』
デルタはそう言ってブリーフィングから抜ける。
『2小隊がゲリラ戦によって後退する危険があるテチ。
ワタチは建屋入り口付近に陣を張って撤退に備えるテチ』
男にそう言って弾倉を用意する。
『ガキくさいテチ』
自分に支給された弾薬ケースに糞が塗りたくられているのを見てデルタは呟いた。
弾薬をケースから取り出し、しっかりと布で拭ってマガジンに装填する。
ケースの中までは糞は入っていないし、
連中もさすがにそこまでやる程の馬鹿ではないのはわかっていたが、
ほんの1μでも糞が愛銃に入るのをデルタは嫌った。
『ナイト、ちょっとクサいけどガマンして欲しいテチィ』
初めて仔実装らしい声で愛銃の“ナイト”に弾を装填する。
グレネード弾もしっかりと糞を拭ってベストに着けたポーチに1発1発丁寧に仕舞う。
『ルーク、ちょっと油をさしたテチィ』
愛用の軍用スコップの“ルーク”を折り畳み、腰のベルトに吊り下げて引っ張る。
カチャンっと良い音を響かせながら遠心力でスコップが組み上がる。
それを確認し、また折り畳んでベルトに吊り下げる。
救急ポーチの中身を確認しながら『“備えあれば憂い無し”テチィ』と
誰に言うでも無く小さく呟いた。
隊長ワッペンのついてもいない埃を払い、δと刻まれたヘルメットを深くかぶる。
『“デルタ小隊”、準備OKテチッ』
彼女一人が“デルタ小隊”だった。
亡き戦友の装備と共に戦場を闊歩する。
そうやって自身の能力を、“デルタ小隊”の有能さをたった一人で証明し続けてきた。
『総督は今夜はナゴヤ テチ?』
男は頷く。
いくつも部隊を同時に展開させる男は次の現場であるナゴヤへ行き、
そこで新兵しかいない小隊を直接指揮しなければならない。
かつては手伝ってくれる男の大学の職員や教え子たちが居たが、
“白補川の地獄”であった人間による人間への襲撃から
今は男しか隊を指揮する人間が居なかった。
簡単な任務とはいえ、実戦経験のあるこの部隊の指揮はあの2匹とデルタに任せる事にした。
「あんなんだが、皆を頼む」
『了解致しましたテチ。ご武運を、テチ』
デルタの敬礼に見送られながら男は次の戦場へ向かった。
ー第23-A倉庫
第1小隊と第2小隊が配置に着く。
形だけ立派な手信号で突入の合図を出す。
2小隊は隊列も何もなく、中に突入して雄叫びを上げる。
デルタはその後ろから入り口付近にテント張り、扉を紐で引っ張って閉める。
建物内は阿鼻叫喚だった。銃声と雄叫びと叫び声がこだまする。
杞憂だったか。
それならそれで構わない。
デルタはそう思いながら頭の中にある見取り図と実際に見る建物の構造を見比べる。
僅かなイレギュラーも見落とさないように。
建物は2階建てで、1階は通用口から入ってすぐ2階に上がる階段が両脇にあり、
2階は幅2mほどの簡易的な工事用足場の様に網目状の床が付いている。
吹き抜けのエントランスの各階左右に5つ6畳の細長い部屋があり、計20部屋ある。
奥には1畳ほどのトイレが設置されていて、配線は全て壁の中。
デルタは建物と同じ様に戦況を見ていると、
部屋から逃げ出てきた実装石がデルタに驚き、奥のトイレに逃げ込む。
次々にその中へ吸い込まれる様に逃げ込んでいく。
567891011
あそこは1畳、水洗タンクもあり大した空間はない。
成体実装10匹居ればぎゅうぎゅうだ。
2021222330
明らかにおかしい。
デルタが慎重にトイレの扉に近づく。
『やらえたテチ』
トイレには巨大な穴が空いていた。
穴は隣の倉庫へと繋がっているらしく、穴の奥から実装石の声が聞こえてくる。
穴を通って駆除を続けるなど、それほど危険なことはない。
デルタはひとまずその場にあった箱で穴を塞ぐ。
トイレを出ると虐殺を楽しむ第2小隊と、
捕虜のように諦めた実装石達を並ばせる第1小隊が居た。
『どこで遊んでやがったデスゥ?』
第1小隊の隊長が並ばせた成果を誇らしげに見せつけながらデルタに近づいてくる。
『“アインス”、ちょっと話があるテチ。“コニー”もテチ』
“アインス”と呼ばれた第1小隊隊長と、“コニー”と呼ばれた第2小隊隊長。
『軽々しく呼ぶなデスッ! ワタシの名前を呼んで良いのは第2小隊の隊員だけデス!』
コニーはそう言って激したが、アインスはそれを嗜める。
アインスはデルタと同じ様に男に新しく名付けてもらったコードネームだったが、
コニーは元飼い主が着けた名前に固執し、名前もコードネームも同じ“コニー”になった。
そういった理由からコニーはその名前を
訓練生時代から一緒だった者以外に呼ばれる事を嫌った。
『アインス隊長、コニー隊長、着いてきてくれテチ』
デルタは自身の事から名前に固執するコニーに理解を示し、
名前の後ろに敬称を着けて何とかコニーに納得できるようにした。
それでもコニーは少し不満そうにデルタの後ろに着いてトイレに入る。
今塞いだ穴を見せると、2匹はため息をつく。
これで作戦が少々面倒になることを理解した。
元々作戦目標は23番倉庫のA棟とB棟、そして24番倉庫B棟の駆除。
他の倉庫は何とか実装石を排除出来たらしく、
今は厳重な対実装石用警備が設置されているとのことだ。
ただどういうわけかこの3棟だけは排除が進まないどころか中で増え続けている。
駆除しても駆除しても湧いて出てくるんだそうだ。
契約者に中を開けて実装石を駆除したいとお申し出ても完全拒否。
契約者の庫内を勝手に開けるわけにもいかず、
やむを得ず業者“は実装石による駆除”を選択した。
『ワタチは24番倉庫に行くテチ』
デルタはそう2匹に言う。
『1番隊はここを拠点化し、2番隊でB棟に進軍、
適時交代と補給をするのはどうテチ?』
デルタの発案に不満そうにコニーがつばを吐く。アインスは少し唸る。
『デルタは一人で大丈夫デス?』
アインスはデルタにそう聞く。
『ワタチはいつも一人じゃないテチ』
そう言って銃をポフっと叩く。
デルタが1棟に先んじてくれれば、ここを掃討した後で合流がしやすい。
アインスはそう考えていた。
コニーはプライドが邪魔をしてアインスの様に柔軟に考える事が出来ていなかった。
『コニー、ココはデルタの言う通りにするデス。
合理的に考えれば兵士にも休憩が必要デス。
一旦休憩をした後で、第2小隊でも第1小隊でも
交代しながら遂行したほうが効率も良いデス』
アインスはそう言ってコニーを宥めた。
デルタは一人で窓から23-A棟を出る。
窓から見える夕焼けに落ちる影にも実装石の姿は無い。
やはり外には出ず、B棟にそのまま留まっているということだ。
仔実装らしい身軽さで電線を伝い、隣の24-A棟の屋根に登る。
そのまま屋根伝いに24-B棟のトイレの窓を開いた。
鍵はかかっていなかったが、恐ろしい腐臭に鼻がもげそうになる。
便器には腐った蛆実装が放置され、床には糞が大量に撒き散らされている。
トイレの扉を開け、棟の内部に入ると
ガラの悪い実装石がこちらに気付いて歩み寄ってくる。
『ンぁ? なんデスオマエ? ここになにしにきやがったんデス?』
『ここの管理をしている人間から依頼されてオマエタチを駆除しに来たテチ』
デルタのその言葉に実装石が不愉快な大笑いをする。
その声に部屋から何匹もの実装石がぞろぞろと歩き出てくる。
『駆除? オマエみたいなちっこくてカワイらしい仔実装がデス?
デッヒャッヒャッ!! オトナをからかうのはヤメルデス!
どうせ隣の半飼いの連中が寄越して来たんデス?
帰ってニンゲンママに泣きついてろと伝えるデス!』
『そのハナシ、少し詳しく聞かせるテチ。
内容によっては生かしておいてやっても良いテチ?』
『チョーシにノッテンじゃねーデスッ!!!』
微塵も臆さないデルタに苛ついて一匹が歩み出て胸ぐらを掴もうとする。
『ぶっ殺されたくねーんなrデス?』
デルタを掴もうとした腕はもう無かった。
仔にしてはマチェット程の大きさになるナイフでその腕を切り落としていた。
そのまま振り上げたスコップで成体の脳天を叩き割った。
デルタは過酷な訓練と、男が試験的に作り出した筋肉増強剤を使っていた。
小さな身体に、成体を凌駕する程の筋力を備えていた。
ビシャッ
一匹の実装石の脳髄が床に散らばる。
『話す気になった奴はいるテチ?』
デルタは自分を囲む成体を見渡す。
くるくると曲芸のようにナイフを手首をしならせて回し、
身体の前でスコップとナイフを交差させる。
カンッ
その小さな音を合図にするように、一気に実装石達が飛び掛かってくる。
ー第24-B倉庫
『デ、デズァッ! ニ、ニンゲンデスッ! ニンゲンが時々来て飯を置いていくデス!』
『毎日テチ?』
『た、たまにデス! で、でも一人じゃないデス!
たくさんさん、よん! よんにん! 四人デス!』
『四人は一緒テチ?』
『ひ、一人ずつ別々デス! 間隔も違うデス!
ぶ、武器とかも置いていくし、ロボットも置いてくせいで
ワタシタチも手が出せなくて、チョーシにのってや、やがるデス!』
『ロボットテチ?』
『け、けーびロボットとか言ってたデス!
そこら辺に居るロボット、捕まえてなんか色々弄くってたデス!』
デルタは少し気に掛かった。
23-B倉庫の事を聞いていると不穏な事ばかりが積み重なっていく。
“半飼い”と呼ばれていた時からの気にかかっていた不確定要素が徐々に形になっていく。
『約束テチ。オマエだけは生かしておいてやるテチ。
倉庫を出て、二度とこの周辺に戻るなテチ』
両腕を斬り落とされ、身体中ズタズタに斬り裂かれた成体にデルタはそう告げる。
その成体はデルタの後ろのトイレの窓からヒィヒィ言いながら何とか這い出ていった。
『さて、急がなきゃいけなくなったテチ』
デルタはそう言って背負っていた銃を構える。
デルタの足元には無数の成体が細切れになって転がっていた。
デルタの強さに恐れ慄く他の実装石を見もせずに、デルタは淡々と殺していく。
強化され、ほんの微量ながら火薬を使うようになった弾丸を撒き散らしながら、
間違うことも躊躇うことも無く、成体も仔も蛆もまとめて皆殺しにしていく。
中からは遺体で扉を開けられない様に殺し、
一部屋一部屋効率的に無駄なく殺害する姿は駆除者そのものだった。
バキンッ
最後の偽石をスコップで叩き割り、
デルタは建物を一瞥して生存者が居ないのを確認すると
入ってきたトイレの窓から屋根へと登る。
隣の棟からは内部は見えない。
来た道を通り、23-Aの窓から中に入る。
二階の窓から下を見下ろすと予想外の光景が広がっていた。
トイレの前まで運んでおいた土嚢が反対側から使われていた。
トイレから出てくる者達に占拠されていた。
状況確認を優先して周辺を確認すると、
本拠していた入口前の野営テントに木箱を立てて籠城する数匹が見えた。
『なんでデスッ? なんでデスッ?!』
木箱の脇からアインスが土嚢に向かって泣きながら射撃を繰り返していた。
土嚢に居る実装石は、どう見ても第2小隊の2匹と第1小隊の1匹だった。
どちらかが裏切った。
だがどちらが裏切ったのか今着いたデルタには知りようもない。
デルタはランチャーに専用の弾をセットして、
紐を引き身体を宙に舞わせながらわざとらしく派手に2階の通路に着地する。
ガチャンッ
その音に両隊の視線が集中する。
『『『デルタっデス!?』』』
揃った声とは反して次の行動は両極端だった。
土嚢に揃った3匹は即座に銃をデルタの方向に向ける。
ガチャカチャカチャッ!
『デルタ、危ないデスっ!!』
アインスは土嚢に向かって射撃をしながらデルタに声を上げる。
ポンッ バフンッ!
デルタはその反応を即座に見分けて土嚢の方へグレネードを放っていた。
グレネードは非致死性の煙幕で、
土嚢に居た4匹は咳き込みながら状況が理解できずにがなり立てる。
『デルタ、ワタシタチは』
『移動が先テチ』
アインスのすぐ横に降り立ち、
木箱の影で腹を撃たれて苦しんでいる一匹と、頭を撃たれて瀕死の一匹が居た。
積まれた木箱を静かに倒し、隣の横穴に入る。
穴は左右に別れ、穴の左右の部屋に繋がっていた。
部屋の中は実装石の死骸が散乱していたが、
奥の一角は死んだ実装石達が使っていたものであろう
タオルが敷かれたベッドは無事だった。
そこに2匹を寝かせる。頭を撃たれた実装石の弾丸は貫通し、
脳も少し再生が始まっていたがこのままだと死ぬ。
腹を撃たれた実装石に局部的な麻酔をスプレーでかけて、
丁寧に弾丸を取り出す。腹を撃たれた実装石に入っていた弾丸は
デルタたちが使用するようになった専用の物ではなく、
以前使っていた単純なBB弾だった。
『ビショップ、ちょっと借りるテチ』
そう呟いてデルタは救急ポーチを開けて止血パッドを取り出し、
腹を撃たれた実装石の患部に当てる。
頭を撃たれた実装石の頭部をホッチキスのような器具で簡易的な縫合をし、
骨折した頭蓋骨を気遣ってヘルメットを被せる。
そして専用の栄養剤の入った無針注射器を取り出し、
偽石の場所を丁寧に探して打ち込む。
パシュッ
ビクンッと身体が震え、見開いて濁っていた目を閉じ、
ゆっくりと穏やかな寝息をたて始めた。
『処置は、誰に習ったんデス?』
アインスは的確で素早いデルタの治療行為を見終わり、
仔実装とは思えない大仕事を終えたデルタに聞く。
デルタはそんな大仕事をなんとも思っていないように軽く答える。
『大半は総督テチ。でも基礎は“デルタ小隊”のメディックにテチ』
扉に耳をすませると、
土嚢に居た3匹はようやく木箱の裏にアインス達が居ないことに気付いたようだ。
デルタは無言でアインスを見る。
アインも無言で頷く。
3匹は声を殺すこともなく、談笑しながら部屋に近付いてくる。
『ここデス!? 糞蟲ども!!』
そう笑いながら銃を乱射して部屋に一匹が突入してきた。
トスッ
穴の上に潜んでいたデルタは音もなくその一匹の後ろ髪の間を突き刺す。
首の付け根、骨と骨の隙間にナイフは最小の抵抗で入り込む。
『デッ、デッ』
グリッとナイフを捻る。
ナイフの刃の長さ分だけ中の脳味噌をぐちゃぐちゃにかき混ぜると、
その実装石はガクガクと身体を壊れたオモチャの様に跳ねさせて止めどもない糞を漏らす。
『デビッ、デッ、デフェッッ』
ブリブリブリ
デルタは容赦無くズルリとナイフを引き抜くと、
その瞬間に一際大きくビクンッと身体を跳ねさせる。
その糞を垂らす肉塊を蹴って床に転がし、穴の中で唖然とする2匹に拳銃を構える。
『デッー』
パンッ! パンッ! パンッ! パンッ!
右腕、左腕、左足、右足と的確に撃ち抜く。
2秒足らずの間に四肢を制御できなくなった一匹がゆっくり後ろに倒れる。
狭い穴の中で後ろの実装石が銃で倒れる実装石を退かして構える。
そこにはもうデルタは居なかった。
1発目は唖然としていた。
2発目には気が付いた。
3発目4発目は自分が撃たれないように前の実装に身を隠した。
2秒のその咄嗟の行動の中で、後ろの実装石は死角を作った。
デルタは倒れる実装石で自分が見えなくなる様に身を屈め、
素早くその実装石が倒れ切る前に後ろの実装石の背後に回っていた。
トスッ
『なんて奴デス』
一部始終を見ていたアインスは感嘆の声を上げていた。
『グキュッデ、エっデ〜エデギッ』
ブリブリブリ
薄暗い穴の中から四肢を撃ち抜かれた一匹の後ろ髪を引き摺ってデルタが現れる。
すぐにその場にその一匹を放ってまた穴に戻り、
穴の中で絶命した一匹を部屋の中で死んでいた一匹の横に転がした。
手早くボディーアーマーを脱がし、
弾の残ったアサルトライフルと予備マガジンを床を滑らせて怪我した隊員に渡す。
それ以外の予備はマガジンをアインスの方へ滑らす。
ただの実装石になった2匹の肉塊は血の泡を吹いたまま、まだ糞を漏らしている。
その姿を見ながら、芋虫のように怯えるしか出来ない実装石は
カチカチ歯を鳴らして糞を漏らした。
『仔実装じゃないんテチ。バカみたいに糞を漏らすなテチ』
デルタはそう言ってその実装石をアインスの下まで引きずっていく。
その実装石は元第1小隊の、アインスの部下だった。
『なんで裏切ったデス?』
デルタは始まったアインスの尋問に興味なさそうに3匹分のボディーアーマーを縫い始める。
『デッ、デッ、ら、楽、園デス! あ、あそこは楽園だったデスッ』
アインスはデルタにデルタが離れた後の話をした。
デルタが出て行って小休止を終え、第1小隊が先に穴に入った。
穴の先はやはり隣のB棟のトイレに繋がっていた。
どうやってあんな穴を開けたのか分からず、
警戒しながらトイレの扉を開くとそこには数体の警備ロボットがいた。
警備ロボットは周りにいる実装石に目もくれず、
侵入してきた第1小隊に襲い掛かってきた。
即座に放たれた捕獲用のネットに身を盾にして第1小隊の副隊長“ツヴァイ”が捕まる。
ツヴァイはウィンチで引き寄せられながら警備ロボットを撃ったが、
第1小隊の持つ火力では鉄製のロボットにかすり傷をつける程度しかできない。
その姿を見たアインスはすぐに陣形を取り直そうとするも、
警備ロボットの容赦のない銃撃に撤退を余儀なくされた。
トイレのドアで同じ程度の火力の警備ロボットの銃撃を何とかしのぎ、
再突入の息継ぎをする間も与えず、警備ロボットはトイレに突入してきた。
“ドライ”はロボットのアームで拿捕され、やむを得ず
ツヴァイとドライを残し、第1小隊はすぐにA棟に避難。
脱出の過程で腹を撃たれた“フィーア”と
肩を撃たれたアインスの治療の為に第1小隊のメディック“フュンフ”が残り、
第2小隊が突入。
そして戻ってきたドライと第2小隊の“カトル”と“サンク”が
入口拠点で治療をしていたフュンフの頭を撃ち抜いた。
『む、向こうは楽園だったデス』
ドライはデルタが背を向けているのに些か安心感を得たのか、
B棟で捕まった後の事を話し始める。
『こんにちわデッス、兵隊さん』
野良の割にぷくぷくと太り、肌艶の良い実装石が近付いてくる。
右耳には赤いガラスの宝石がついた可愛いリボンを着けていた。
身なりも愛護用の服、バッグ、カールが掛かった後ろ髪と、
とてもではないが野良には見えなかった。
『良いデッスね♪ ステキなワンリョクデッス。そのワンリョクを、
ワタシタチの為に使ってみる気は無いデッス?』
その実装石は“スカーレット”と名乗った。
両脇には紫色のガラス飾りのリボンを着けた“バイオレット”と、
緑色のガラス飾りのリボンを着けた“エメラルド”という名の仔が2匹。
この仔も愛護用のフリフリの服を着てめかし込んでいた。
その親仔だけではなく、そこに居た実装石達はグレードは様々だが、
どの個体も野良とはかけ離れた綺麗な身なりをしていた。
『兵隊さんがワタシタチを護ってくれるなら、
ワタシタチのゴハンをちゃんと分けて上げるデッス』
そう言って脇に大量の高級実装フードが積まれる。
元野良のドライは見たこともない、ドライフルーツ混ぜられたフード。
実装餌トレイではないお皿に入れるとカラカラと小気味の良い音が響き、
スカーレットは手に取った一粒をドライの口に放り込む。
硬くなく、ソフトな舌触り、噛む度解れて溢れる豊潤な味、
一口でドライはこのフードの虜になった。
男がくれるカリカリなんぞこれに比べれば糞と一緒だ。
『デ、デス』
『惑わされるなデスッ! ドライ!! オマエの任務は何デスッ!?』
捕獲器で吊るされたツヴァイがドライに叫ぶ。
スカーレットはホホホ、と笑いながらドライと同じ様に
ツヴァイの口にフードをねじこむ。
『ペッ! 喰えたモンじゃないデス! オジョーヒンな味はワタシには合わないデス!』
ツヴァイはそう言って餌をスカーレットに吐き出す。
『ワタシのおフクに何をするデッス!!!』
スカーレットは汚れた裾を見て烈火の如く怒り、
子汚い実装石が持つ木の棒を奪いツヴァイを殴打する。
良く見れば、先程の穴からこちらに逃げ出した実装石が居る。
隅で小さくなってはいるが、ここのコミュニティに受け入れられている。
ドガッ バキッ バキッ
『低俗な! 下賤な! 働かないと! エサも貰えない下等種が!
ワタシ! の! おフク! に!』
上品さの欠片もなく、スカーレットはツヴァイをボコボコに殴打する。
とうとう棒が折れると、肩で息をしながらツヴァイを睨む。
『丁度、痒かったん、デス。かいてくれて、ご苦労さんデス』
血塗れの顔でツヴァイはそう言ってニイっとスカーレットに笑いかける。
その時、丁度第2小隊が到着した。
『動くなデス!』
コニーはスカーレットに狙いを定める。
『ロボットを下がらせるデス! 今すぐデス!』
『ふふふふふデッス。貴女も、ワタシタチのナカマになるデッス?』
コニーはドライを見る。危害を加えられているのはツヴァイだけの様だ。
コニーは銃を下ろし、スカーレットの話を聞いた。
そこまで聞いて、デルタは立ち上がった。
『それ以上の情報は必要テチ?』
アインスはため息を吐きながら最後の質問をした。
『ツヴァイは生きてるデス?』
『ワ、ワタシがこっちに来る時は、生きてたデス』
アインスは銃を持って立ち上がる。
『じゃあ殺すテチ』
デルタが歩いてくる。
『待つデス! 話した! 話したデス!?』
『知るかテチ。オマエが勝手にゲロっただけテチ。
ワタチもアインスも“死にたくなかったら話せ”とも“話さなかったら殺す”とも、
ましてや“話したら助ける”とも言ってないテチ』
デルタに怯えて更に糞を漏らすドライを見下ろしながら
アインスはナイフを引き抜く。
『オマエ1個アインスに話してない事があるテチ? “半飼い”』
『ッ!?』
アインスはナイフを振り下ろす。
ドシュッ
『デギャアッ!!! た、たいちょ』
『あぁ、隊長デス。お前の、隊長デスッ!!
だから、お前はワタシが殺すんデス』
渾身の力でナイフを捻る。デルタほど鮮やかではないが、
ドライを絶命させるには十分だった。
『』
『終わったデス』
デルタはタバコに火をつけながら、黙って見ていた。
抉られる激痛にドライが悶え苦しむのも、
アインス馬乗りになったままドライの痙攣が止むまでナイフを突き立て続けたのも、
全て黙って見ていた。
デルタの先程の腕を考えればアインスは時間をかけ過ぎていた。
それでも黙って見ていた。
『ワタチはツヴァイの救出に行くテチ。野暮用も出来たテチ。
アインス、オマエはどうするテチ?』
『ワタシも行くデス』
入口テントから物資を引っ張り出す。
弾薬を持てるだけ持ち、制限付きの爆薬も持てるだけ持つ。
『アインス、ちょっと待つテチ』
積まれた箱の一番下に、デルタ専用の箱があった。
人間なら一人でも持てるが、
実装石だと訓練した5匹でようやく持てる程あえて重く作られた厳重な箱。
手早く認証を済ませ、その箱を開ける。
先程使った中の医療品をビショップに補充し、中敷きを上に持ち上げる。
その下には様々な武器があった。
そのうちの1本を取り出してアインスに渡す。
先端が重く比重計算された、軍用の小型斧だった。
アインスは斧の重さに驚いた。
『警備ロボットにナイフは心もとないテチ』
そう言ってアタッチメントランチャーも取り出してアインスの銃に取り付ける。
『ようこそ、地獄へ。テチ』
そう言ってデルタはアインスに初めて笑いかけた。
『デルタ、お前に言わなきゃいけない事があるデス』
『後にしてくれテチ。今は準備を急げテチ』
『いや、今デス』
フュンフの容態を確認していたデルタが仕方なさそうにアインスを見る。
『さっきの暴言、全面的に撤回をさせて貰いたいデスッ!
“デルタ小隊”は正真正銘、最強の部隊デス』
床に頭を着きながら、アインスは言う。
フィーアも、さっと腹を庇いながらもデルタに頭を下げる。
『次言ったら殺す、は撤回する気はないテチ』
『それで良いデス。ただ、ワタシの暴言は撤回するデス』
『わかったテチ』
デルタは少し不思議な気持ちになっていた。
アインスが率いるこの第1小隊は正直に言えば第一印象は最低だった。
だが、危機を乗り越える強さとそれに伴い柔軟さも上がっている気がした。
かつて、自分が足手まといだったデルタ小隊を見ているように、
まだまだ強くなっていく予感のようなものを感じていた。
(ナカマ、テチィ)
頭の中に浮かんだ言葉はすぐに否定された。
デルタは新しいデルタ小隊を評価してもらいたいんじゃない。
“あのデルタ小隊”を証明したいのだ。
それは辛く険しく孤独な道だとすでに決意し、その決意は微塵も揺らがない。
ただ、第1小隊、アインス、ツヴァイ、フュンフ、フィーア。
この4匹には生き延びて貰いたいと思っていた。
今までのように“死なれると面倒”ではなく、“生きて欲しい”と思っていた。
『ワタチたちは絶対に戻らないテチ。オマエタチを護る余裕も無いテチ。
すべてが終わったら扉からオマエタチを回収するテチ』
フュンフの容態が安定し、
あとは時間だけが必用なことを確認するとデルタはフィーアにそう伝える。
フィーアは悔しそうに頷く。
部屋の穴を先程縫ったボディーアーマーで塞ぎ、穴を出て叫ぶ。
『穴から離れてるテチ!』
そう言って爆弾を何個か投げ入れる。穴は崩れて塞がった。
『こうしないとフィーアは追いかけてくるテチ』
『分かってるデス』
この爆破の意味も、アインスは既に理解していた。
2匹は穴に向かう。
ー第23-B倉庫
『デカい銃デッス。こんなの振り回したら危ないデッス』
ボロボロになって服も髪も毟り取られたツヴァイの前で
スカーレットは嬉々としてツヴァイの銃を持つ。
『デ気をつけるデスどこかの、糞親仔と違って、
ソイツは、とてもお上品、デス』
ツヴァイはそう言って笑う。
バキッ
銃を振り回す腕力は無かったか、スカーレットは素手でツヴァイを殴る。
『デッヒ、ッヒッヒパンチも、オジョーヒンでござい、ますなデス?
殴り方、くらい教え、てやっても良いデス?』
ツヴァイの口に銃口を突っ込む。
『減らず口デッス! 面白すぎて引き金が落ちそうデッス!!』
ドゴォンッ!!!
スカーレットの背後のトイレの扉が吹き飛ぶ。
一緒にトイレの中で警備をしていた筈の
A棟に居た奴隷実装どもの肉片が宙を舞っている。
『なんデベへッ!?』
ブリリッ
肉片のうちの1つがスカーレットの顔面にぶち当たり、
スカーレットは糞を漏らしながら部屋の隅まで吹っ飛ぶ。
『よぉ、待たせたデス糞蟲ども』
アインスが二丁の銃を担いで土煙から姿を現す。
視線はその他大勢など目にも止まらず迷うこと無くコニーを睨む。
『ふぅ、酷い臭いテチ。愛玩用の香水の臭いテチィ。
ここまでこもると糞の臭いと大差無いテチ』
デルタは顔をしかめながらそれに続く。
警報音を響かせながら警備ロボットが2匹を囲む。
どうやら侵入実装石だけではなく、デルタのタバコにご立腹な様子だ。
「火気厳禁です、火気厳禁です」
我感せずでふぅっと煙を吐き出すデルタに襲い掛かる2体の警備ロボット。
斧を担ぐアインスには1体が襲い掛かってきた。
人間相手なら警告だけを延々続けて証拠の写真を撮ってついて回るだけの機能。
だが実装石やその他動物、人間以外に対しては
BB弾による一斉射撃やネットやアームによる捕獲を行う。
円柱状の形状のお陰か安定感は高く、機動性を優先して足は車輪が3つだけ。
デルタとアインスは迫ってくるロボットの下部に向かって
それぞれ手に持ったスコップと斧を思い切り振り抜く。
ガィンッ!!
故障交換などを考慮した結果か、鉄ではなく硬化プラスチックで出来た下部装甲と
車輪やその周辺部品が切り飛ばされる。
ロボットはバランスを崩して床にうつ伏せに倒れ込む。
2匹はうつ伏せのロボットに飛び乗り、人間の文字でなにか書かれた部分に、
渾身の力を込めて斧とスコップを突き立てる。
バキャンッ
そして間髪入れずに引き抜いた武器の開けた穴に粘土状のものを叩き付けて穴を塞いだ。
粘土状のものは、数個の手榴弾が入っていて一方方向に向けて釘が練り込まれた物。
アインスが斬り付けた方のロボットはもう体中の通気口という通気口から
激しく煙を吹き出していた。
『やるテチ』
『こいつのお陰デス』
重いと思っていた斧は驚くほど扱いやすい。
“δ”の刻印がされた斧を見上げながらアインスが答える。
デルタのもの、という意味以外は無かったその刻印が、アインスには違って見えた。
”あのデルタ小隊“から認められ、下賜されたかのような輝きを握り直す。
ドパンッ
どこかくぐもった爆発音の直後に、アインスを襲った方は更に激しく、
デルタを襲った方はそれに負けじとするように
激しい煙と沸騰するヤカンのような音を吹き出す。
『な、なんデス!?』
コニーが目の前で明らかに膨張する警備ロボットにたじろぐ。
ドパンッ!! ズパパンッ!!
大爆発。
実装石達にとってみれば、コロニーそのものを一瞬で消し飛ばし、
跡形も無くしてしまうような鋭い爆発。
リチウムイオンバッテリーの熱膨張爆発。
部屋に居た野生を忘れた実装石達は、原因不明の事態に慌てるだけだった。
このロボットの近くにいれば安全、と無条件に考えてしまい過ぎた
綺麗な身なりのB棟在住の実装石たちが消し飛び、数ミリの肉片となって倉庫内を舞う。
近くには居なかったB棟在住の残った多くの親仔は
そのけたたましく破壊的な一瞬の音波が鼓膜をぶち破り、
中の小さな脳髄をペースト状にするまで何の防御も取ることもできず、
音の反響が聞こえる頃には遅れて吹き出てくる脳髄と共に命を落とした。
『なっなんっデス?』
反射的に耳を塞いで身を伏せたコニーは突然のことに言葉を失う。
状況が理解できない。
あのロボットは最強なはずだった。
実装石では手も足も出ない筈だった。
そのロボットが2機、爆発をした。
そして3機目が、今爆発する。
ドパァンッ!!
『所詮鉄クズテチ。対処も対応もできないテチ』
耳栓を捨てながらデルタは火を吹く警備ロボットに
吐き捨てるように言って倉庫の中心へと歩いていく。
『カイブツに対処しろっていうのも酷な話デス』
アインスは警備ロボットを憐れむように見ながらそう言う。
警備ロボットをデルタはイレギュラー要因として観察していた。
ブリーフィングより前に、現着した時に男に問い合わせていた。
男は管理会社に問い合わせると、管理会社は驚くほどの速さで詳細を返送してくれた。
その中で下半身の車輪の駆動部分がプラスチック製であることや、
背面にリチウムイオンバッテリーが積まれて居ることを知り、
その背面は取り外し交換が容易なように保護力の殆ど無い
柔らかいプラスチックであることを知った。
そして稼働時間を延長する為にそのカバー一杯まで巨大なバッテリーが積まれ、
そこを突けば簡単に破壊できることも把握していた。
A棟にもB棟にも警備ロボットは居ないと聞いており、実際A棟には居なかった。
そこでデルタは特に共有する必要のある情報ではないと、2小隊には話さなかった。
まさかB棟の連中がA棟の実装石を隷属させ、
住処を分けて貴族ごっこをしてるとはデルタも思わなかった。
『その今回はカイブツという“イレギュラー”に対応すべく、
訓練をしてきたのがワタチと、オマエタチテチ?』
『オマエだけは対処も対応も出来る気もしないデス』
アインスはそう言ってコニーと
第2小隊の副隊長“ドゥ”と第2小隊の隊員“トロワ”の前に立つ。
『一応、まだ“ナカマ”として話くらいは聞くデス』
ドゥとトロワは完全に怯えきって銃を構えるのも忘れてガタガタ震えていた。
『素直にあの程度のロボットに怯えて寝返ったと言って良いテチ。
その方がワタチタチも対処が楽テチ』
タバコの煙を吹きかけながらデルタが言う。
『コニー。どうしてデス?』
『ワタシは、オマエタチみたいな元野良とは違うデス!』
コニーはわなわな震えながらアインスを睨んで続ける。
『ワタシは飼い実装デス! あの男がなにをしてくれたデス?
毎日毎日厳しい訓練を終えたワタシタチに、
毎日毎日命を賭けたデスゲームの連続で、
食事だって糞みたいなマズいカリカリばかりデス!
仔供を持つことすら許されずに同族を殺し続けて、
そんなワタシタチにあの男が何をしてくれたと言うんデス!?』
『元・飼いデス。オマエは捨てられた事実から逃げてるだけデス』
『ワタシは捨てられてなんか居ないデジャア!!
御主人様は飼えなくなっただけデス!!』
コニーの悲痛な叫びにデルタはその緊張感などどこ吹く風と大笑いした。
『コニー、オマエ総督に褒めて貰いたかったんテチィ?
ヨシヨシしてナデナデして欲しかったんテチィ?
仔実装じゃあるまいし、何を寝惚けたこと言うんテチィ?』
笑いながらライフルのチャージングハンドルを引いて弾を1発弾き出し、
それを手にとってコニーに見せる。
『この弾は特別製テチ。
ナゴヤの工場で特別にワタチタチだけの為に製造されたモノテチ。
このたった1発で、オマエタチがゴホービと言って貪り食ってた
その足元のフード5皿分は買える値段テチィ』
弾を仕舞い、嘲るようにデルタは言った。
『何をしてもらいたかったんテチィ?
総督を裏切って何を要求したかったんテチィ?
“糞みたいなマズいカリカリ”は高タンパク、高栄養の保存食テチィ。
まぁ美味くないのは否定しないテチ 。
その飯で生かされて、その飯で成長して、その身体で何発弾を撃ってきたテチ?』
デルタは笑顔を消した。その言葉には少し怒りがこもり始めた。
『ヘルメットは高級ヘアコンディショナー1年分、
ボディーアーマーは高級フリルドレス100着分、
銃は実装レジャーランドの10年パスに、拳銃は5年パス、
オマエ一匹が今そうやって総督に文句を垂れるまで成長できるように、
生き残って不満を言えるように成長するまでにかかった金額は
そこらへんで細切れになった元高級飼い実装の数百匹分テチィ。
“なにをしてくれた?”、“なにもしてくれなかった?”
いつまで甘えた糞仔蟲で居るつもりテチッ!?
オマエが考えなきゃならないのは総督に“どう恩を返すのか”テチッ!!』
アインスがデルタの言葉をスッと手で制する。
『コニー、ドゥ、トロワ。フュンフを撃つように指示したデス?』
アインスの質問に、3匹は答えない。
『フュンフを、撃つように、指示したデス?』
アインスの言葉にも怒気が孕む。
それでも3匹は答えなかった。だが、フュンフが撃たれた事を驚かなかった。
それだけで十分だった。
アインスは銃を床に落とし、背中に背負った一丁をデルタに渡す。
『銃を捨てろデス。オマエタチの処分にこれ以上総督の金はかけられんデス』
アインスは斧を持ち、ズンズンと歩み出る。
恐怖で震えながらトロワが銃を構える。
ズンッ
トロワの頭が宙を舞う。
『ヒ、ヒィデデデ、デヒィッ!』
ドズンッ
ドゥはナイフを引き抜いて応戦しようとする。
頭が混乱しているのだろう。接近戦を評価されたアインスと、
こんな距離でまともに戦えるはずもない。
その頭をアインスは斧で叩き割る。
2匹の肉塊は糞を漏らしながら痙攣して床にシミを作る。
ドッ
ドゥの遺体の脇の死角からナイフが突き出されアインスの胸を突く。
『コニーゴフッ、残念、デス』
『その名を呼ぶなデシャアッ!!』
コニーはナイフを更に奥にねじ込む。
『下賤なオマエごときが、ワタシの名を呼ぶなデシャア!!
オマエのおイシの位置はわかってるデス! オマエごとー』
ドカッ
『コニー色々と、言いたいこともあるデス』
『デ、デギャアッ! 』
コニーはナイフをねじ込む右肩を無くした。
アインスの斧はコニーの肩から入り、足の付根までバッサリと切り落とす。
ナイフを握ったままのコニーの右半身をたれ下げたまま、アインスは斧を振り上げる。
『今はただ、残念デス』
カッ
『デッゲッ』
残った左腕で何かを探すように宙を掻き、頭を真っ二つに割られたコニーは絶命した。
ナイフを引き抜きながら、亡骸となったコニーを
アインスはギュッと抱き締めてポロリと涙をこぼした。
『軍実装、失格デス?』
『知らんテチ。したい様にするテチ』
デルタはそう言って新しいタバコに火をつけた。
アインスは静かに泣き始めた。
『オマエがおイシの位置を知ってる事、分かってたデス。
でもオマエは、オマエはそこを、狙わないって、
狙わないでいてくれるだろうって思ってたデス。思いたかったデス』
石にヒビが入ったアインスは、コニーの亡骸に血を吐く。
デルタは無言でビショップから偽石用栄養注射を取り出す。
それにアインスは静かに首を振った。
『後片付けが残ってるテチ。
それが終わっても生き残ってたら、その時はその運命を受け入れるテチ』
デルタは注射器をアインスに手渡す。
『裏切り者を殺し、戦う道を選んだのはオマエテチ。
オマエもその事実から“逃げるな”テチ』
デルタはそう言い残し、残った実装石を殺しながらツヴァイを解放する。
『デェ、ヘッへ、た、助かるデス』
『銃持って端っこにいろテチ』
『あ? なんデス?』
『端っこにいろテチ』
『あぁ? 声が小さいデス』
『鼓膜イっちまってるテチ悪いテチ。考えてなかったテチ』
先程の爆発で耳を塞げなかったツヴァイの鼓膜はやられてしまっていた。
身振りで何とかツヴァイを部屋の隅に後退させる。
脳が無事だったのは恐らく耳につけてある実装用無線のお陰か、
あるいは最初から何も入っていなかったか。
デルタはそんな風に思いながら、
平衡感覚を失ってフラフラと歩くツヴァイを見送った。
『さて、あとはオマエタチだけテチ』
つい今しがた意識を取り戻したスカーレットが、
バイオレットとエメラルドに抱えられながら立ち上がろうとしている。
スカーレットは口から血をながしながら、
木箱の上でタバコを吹かすデルタを恨めしそうな目で睨む。
『ご主人サマに捨てられてこんな倉庫に押し込まれて貴族ゴッコとは、
良いご身分テチ』
『ワタシは捨てられてないデッス!
ご主人サマはいつもゴハンとおフクを持ってきてくれるデッス!』
こいつもそうなんだろう。
だから同じコニーは心を揺さぶられてしまったのだろう。
『最期までメンドー見れないクズが
実装石なんて飼い難いモノ飼うんじゃねーテチ。
処分もできねー責任もとりたくねーゴミの分際で
手前の罪悪感だけ薄めて他所さんに迷惑かけてちゃ世話ねーテチ』
『ご主人サマを悪く言うなデシャア!! 何も知らないクセに!!』
『よーっく知ってるテチ。名前は◯◯☓☓、ニンゲンのメス テチ
ショクギョーはジムショクイン テチ。
入浴が好きで、ヘーキン入浴時間は58分テチ。
シュミはSNSとキラキラ自慢のオシャレなカフェめぐりテチ』
調べ上げてきたであろう情報を読み上げるデルタを尚も睨み続ける。
『オマエを飼い始めてから仔を産むまでの3年間で付き合ったオスの数は39テチ。
交尾はいつも自室のソファーでテチ。たまにベッドテチ。
3度の飯より交尾が好きで、多い時で週10人を越えるテチ。
オスの中で28人は実装石に不理解でオマエは6度公園に捨てられてるテチ。
1度目はご主人が交尾中に脱糞したから、
2度目はご主人が交尾中にオスに甘えたくて乱入したから、
3度目はご主人が入浴中に』
調査なんてレベルではない内容に、少しずつスカーレットは顔が青くなる。
『仔が産まれてから、“その仔を捨てるまで”の3週間で
オマエの仔の3匹のうち2匹が糞を漏らした回数は天文学的テチ。
糞もらしのクセは治らなくて結局ココに捨てられたテチ?
せっかく3女1匹に糞もらしの責任をなすりつけたのに、世話無ぇテチ』
タバコの煙を吐きかけながらデルタは毒づく。
顔面蒼白になったスカーレットは、呆然と段上のデルタを見つめていた。
『ママ、どうしたテチ!?』
『は、はやく逃げようテチ!!』
デルタはもう分かっているであろうスカーレットにニヤッと笑いかける。
『小オネチャも、大オネチャも、半年ぶりなのにツレないテチィ?
再会をもっと全身で喜ぼうテチィ?』
血の滴るスコップを肩に担ぎ、
肉片がこびり付いているナイフの切先を笑顔で向ける。
“糞を漏らしすぎて美しい名前を与えられなかった3女”は
その鋭い殺意と共に再び現れた。
『オマエミ、ミドー』
『そいつはもう死んだテチ』
ー第23-B倉庫
『ふぅ』
何本目かのタバコに火をつける。
倉庫の中の火はスプリンクラーで消化され、血の海と一緒に下水に流れていく。
スプリンクラーの雨でスコップとナイフを洗い、収納して銃にカバーをかける。
A棟から持ってきておいた実装石用の死体袋を引き摺ってアインスのもとへ向かった。
『終わったデスッ!!?』
復讐に鼓膜を破りに来たのかと思う程の声量でツヴァイが歩いてくる。
アインスは死んだ元仲間を弔っている最中だった。
『実装石にも、天国ってヤツはあると思うテチ?』
『さぁ、分からないデス。でも、あるように願ってるデス』
アインスは両手を合わせた姿勢のまま答える。
『オマエは、あると思うデス?』
『興味ないテチ』
素っ気無くデルタは答えて死体袋に3匹を詰め始める。
『“デルタ小隊”と一緒に戦える。その場所以外は、
ワタチにとってはどこも一緒テチ』
こいつにもいつか、戦いを終えて、
こいつの言うデルタ小隊と穏やかに暮らせる日は来るだろうか。
今日を思い出して陽だまりの中で語り合って笑える日が来るだろうか。
“あの日々は辛かった、楽しかった”と。
アインスはデルタを見ながらそんな風に思った。
もしあるならば、そこが天国だろう。地上なら楽園だろう。
『イレギュラーが多かったデス。帰ったら総督にステーキを奢って欲しいデス』
『ワタシはおスシが良いデスッ!!!』
『伝えておくテチ』
『何言ってるデス、オマエとワタシタチ皆でゴチソウしてもらうデス』
『考えておくテチ』
倉庫の扉が開け放たれ、女性が1人走り込んでくる。
エントランスの端で無惨な死体になった自分の飼い実装を抱き締める。
『丁度良かったテチ。◯◯さん、そのゴミをさっさと持って帰るテチ。
飼いきれないなら最初から手を出さない方が良いテチ』
リンガルも無い女性はデルタの言っている事は理解できない。
だがデルタが彼女達を殺した事だけは分かった。
涙ながらに仔のデルタを踏み潰そうと立ち上がると
ズルリ
スカーレット総排泄口から粘膜に包まれた蛆の死骸が数匹流れ出る。
『まったく、飼い主に似やがって節操のないヤツテチ』
今度は首に取り付けたリンガルをオンにしてデルタは呟く。
『テッテレー!』
スカーレットの股から、蛆が誕生した。どうやらこの子だけは生きている。
飼い主は涙を流して蛆実装を抱きかかえる。
『ママレフ? ベタベタ取って欲しいレフ! プニフー
オネチャレフ?』
蛆は無垢な満面の笑みでデルタに語りかける。
『あぁそうテチ』
デルタはそう答える。
『プニフー、プニフー。オネチャ、プニ』
パンッ
チリンッ
薬莢が床に落ちる音だけが、3者の間に木霊する。
蛆はその頭を撃ち抜かれた。うれしそうな笑顔のまま。
拳銃で蛆を撃ち抜いた姿勢のまま、デルタは少しだけ顔を伏せる。
「あぁぁああああっ!!」
産まれたばかりのか弱い命を、蛆実装を、仔実装が殺した。
その事実に女性は発狂する。
『早くそのゴミを片付けて消えるテチ』
「なんなのよアナタ! 蛆ちゃんがっ、蛆ちゃんが可愛くないの!?
仔実装は蛆ちゃんを可愛がるものでしょう!?
アナタは悪魔よ! 実装石の姿をした悪魔ッ!!」
直後に警察と管理会社に取り押さえられる。
この倉庫は、愛護派の間で有名だった。
“実装石殺処分ゼロの街”スローガンを掲げる議会と、
飼い続ける責任にも、殺処分の良心の呵責にも耐えられない、
そんな生き物を飼う覚悟を持てなかった飼い主が投棄する場所として。
始まりはそんな中途半端な飼い主が一部屋借りて“半飼い”をした。
そこから噂は広まり、自身の無責任と向き合えない全国の飼い主が集まった。
口々に“捨ててない”と言い合い、言い張り、自分の無責任から逃げ出した。
町はスローガンの為に、それを黙認するどころか斡旋した。
倉庫の管理会社だけが何も知らされず、
何度街に駆除を依頼しても成功はせずに金だけ飛んでいく。
どうやら普通では駆除できない実装石が蔓延っていると気付いた管理会社は
業界内の噂で手の付けられなかった河川敷の実装石を駆除した男の噂を聞いた。
街の職員はその噂を知らず、
男と軍実装を私費で手配した管理会社に立ち会いを求められ、嫌々立ち会った。
ここまで出来るとは思っていなかったんだろう。
町の愛護倉庫の噂もこれで掻き消える。
「お疲れ様。疲れたろう」
警察の後ろから男が入ってくる。
連行される女性を見て、全てを察した様な目でデルタを見る。
結局、この女がここに実装石を捨てたというSNSを聞いたが
記事は削除され確認出来なかった。
倉庫に出入りしている人間の調査を依頼したが、
調査は意図的に行われなかった。
デルタの家族が居るなら、デルタを参加させるべきではないと思っていた。
『総督。お願いがあるテチ。今回はイレギュラーが多かったテチ。
皆疲れたテチ。ステーキとおスシをたらふく食わせてやりたいテチ』
報告を受けた男は、デルタからの珍しい要求を嬉しそうに聞いた。
そういえば、そういう御褒美も特に用意していなかった。
自分の至らなさを思いながら、男は精一杯の褒美を振る舞う約束をした。
ー老実装ハウス
『それでそれで!? デルタさんはどうなったテチ?』
『それから色んな戦場を渡り歩いて、たまに噂を聞いては心配してたデス』
老実装は孫に穏やかに答える。
『ツヴァイおばあちゃんがいっつもうるさいのそういう理由だったテチ?』
『耳が治ってもクセだったらしいデス。
クセがやっと治る頃には年で耳が遠くなっちゃったんデス』
あのやかましい顔を思い出しながら、老実装は目を細める。
今も何処かでツヴァイはツヴァイなりの戦い方を続けているんだろう。
せがんで作ってもらった階級章を誇らしそうにいくつも胸に輝かせていた。
あれからすぐに偽石に傷がついた私は第1小隊を除隊となった。
隊長をツヴァイに引き継ぎ、私は総督と一緒に新たな兵士を育てた。
多くの勇士を生み出すために、皆が皆を生かせる様に、
ツヴァイに、デルタに、信頼できる仲間を育ててきた。
壁に飾られた鈍く輝くδの文字が刻まれた斧と、
古い写真を懐かしそうに見つめながら彼女は話を終えた。
『やっぱり、みんなカッコイイテチ! アインスおバアちゃん!』
『さぁ、みんなカスタードパイが焼けたデスゥ』
焼き立てのパイをトレイいっぱいに載せたもう一人の老実装が孫達を呼ぶ。
『わーい! アマアマ、アツアツ テッチー!』
孫実装達は大喜びでテーブルに着く。
『レモンティーも入ってるデス』
もう一人の老実装が紅茶を入れながらアインスを呼ぶ。
アインスはゆっくり自分の席に座ると、自分にはパイがない。
仕方が無いと思いながらまずは話し疲れた喉に紅茶を流し込む。
『なぁ、なんデス、コレはぁ。しっぶッ! 渋すぎデス!
フュンフ、どうなってるんデス』
紅茶を入れたフュンフを見ると、つんっと目を逸らす。
『ともかく、私にもパイをくれデス、フィーア』
『ダメデス』
『なんでデス?』
『“あの話”をする時は、ちゃんと最後まで話す約束デス』
『そうデス』
パイを取り分けながら、フィーアもアインスに目を合わせようとしない。
『あの日、フュンフとワタシを忘れて3匹で帰っちゃって
迎えに来たのが3日後だとちゃんと言うデス』
『そうデス、餓死するかと思ったデス!』
穏やかな日常に包まれながら、3匹は遅くに授かった娘達が産んだ孫達と
幸せな生活を送っていた。
まさにそこは、あの日夢想した楽園であった。
あの時、“悪魔”と呼ばれた戦友は、瞬く間に憎悪の象徴となった。
あの女性がネットで何かを書いたのが原因だと後で知った。
人から出た情報は拡散が早く、一気に“悪魔”の噂は拡がった。
そして広がった噂に、あの時24番倉庫から
一匹だけ生き延びたという実装石がその噂の信憑性を高めた。
彼女の名前は長い間、憎悪と恐怖の代名詞となった。
J線上のミドリ〜深緑の悪魔〜 END

| 1 Re: Name:匿名石 2023/09/11-23:03:53 No:00007956[申告] |
| 堪能させていただきました(二回目)こういう作風のスクは大好きです。
次回作に期待しております。 |