『まだデス!? まだ救援は来ないデス!?』 濃い緑色のヘルメットを被った実装石が辺りを見渡す。 『糞蟲デス!!』 ガガガガガガッ!! 『やめるデスッ! 弾が無くなったら終わりデスッ!!』 広い広い河川敷で繰り広げられる戦闘は激しさを増す。仕切られ、人の立ち入りが禁じられた河川敷は多くの実装石の亡骸で溢れていた。実装石の3倍はある育った茂みの中からわらわらと無数の実装石が躍り出てくる。 『なんて数の糞蟲デス!?』 この河川敷は実装石の生息数が多く、地下に巣穴を掘って駆除を免れては住宅街を汚染し続けてきた。多くの実装石を育める肥沃な河川敷にホームレス達は畑を作り実装石を養い、更に数が爆発的に増えてしまった。 そして悲惨なことにホームレス達は実装石を甘やかし尽くした。人を舐めきった実装石達は住宅街に住む住人達に害を及ぼし始めた。 窓を割り、家に侵入し、買い物袋を奪い、奪う過程で噛み付き、病原菌をばら撒き、近隣住民を悩ませていた。 ー2週間前ー 「以上が該当河川敷の実装石による獣害となります」 スクリーンに映し出された飼育されていた小鳥やげっ歯類のただの食べ滓となった無惨な遺体や糞で荒らされた家屋などの写真を見てそこに居た全員が頭を抱える。 河川敷の実装石はもうここに居る市議委員の何代も前からの悩みの種だった。 「今まで何度も駆除や排除に乗り出してみたが、成果は上げられなかった。今更どうしろと言うんだね?」 議長席に座る男がそうスクリーンの前に立つ男に聞く。 「完全排除や浄化は長い時間が必要だ。その間に何処からか愛護派が駆けつけて浄化の邪魔をする。これ以上は」 「実装石を使います」 男は得意気にそう答える。 「人が駆除に関わらなければ、愛護派は動きません。私に一任頂ければすぐにでも取り掛かりますよ」 実装害の専門家である彼は自信満々に言った。 「ただ、私の権限だけでは出来ない事もあります。そこは先生がたにご協力を頂きまして、私の報酬は実験の結果、という形でいかがでしょう? それなら実働部隊は私の大学の研究費からお出し出来ます」 ー作戦開始日ー 『水、飲んでおけデスッ』 濃い緑色のヘルメットを被った実装石が隣りにいる真新しいぶかぶかの緑色のヘルメットを被った仔実装に水筒を渡す。 それぞれのヘルメットには“δ“と刻印がされている。市販品ではなく特別製の物だ。 『ありあとテチっ! タイチョー!』 “隊長“と呼ばれた濃い緑のヘルメットを被った実装石はゆっくり立ち上がって暗い部屋の壁に貼られた紙をライトで照らす。 『よく聞くデスッ、特攻糞袋ども!! 今回の目標は双葉県 愚路裏町 白補川の河川敷!! 敵数は不明! 市街地に糞蟲が来れないように防衛線を張るデス! この防衛線は死守! 7日後に応援が来るまで糞蛆一匹通さないデスッ!! 』 張り出された地図に示された防衛ライン。隊長は丸い手でそこを何度も叩きながら怒鳴った。 『ワタシタチδ(デルタ)隊は河川敷西方にトーチカを建築! 中央部前衛のβ隊と中央部本営のα本隊と協力し、防衛線を張るデスッ!!』 出島のように排水の小川に囲われた河川敷。酷く広大ではあるが市街地へと渡れる橋は3本。3本はそれぞれ封鎖されるが手摺などの構造上の問題で中央の橋の封鎖は今まで成功したことがない。その中央の橋を守り切る。勿論小狡い実装石のことだ、残り2本も完全封鎖が今回も効く保証はない。その為4小隊による防衛線が引かれる事となった。 事前にゲロリや毒餌、農薬の散布などを行いはしたものの、やはり効果は薄かった。強制排除したホームレスが大量の備蓄を用意しておいたようで、実装石のほとんどは毒かもしれない餌もゲロリも手を付けなかった。代わりに大量の仔実装や蛆実装が死んだが親が死なねば意味が無い。 『もうすぐ現着デスッ! 糞袋ども! 装備を点検するデスッ!!』 一斉に3匹の実装石が自分の持つ銃を点検する。銃はガスガンを実装石サイズに改造した物で、BB弾を発射する。万が一装備が取られても人間に危害が加わる事はそうそうないが、実装石なら撃たれれば部位によっては一撃で致命傷となる。手際良く点検する3匹とワタワタしながら点検する仔。そして隊長。5匹でこのδ小隊は構成されていた。手に手に銃を引っ提げ、降下の準備に入る。 『この瞬間から貴様らは糞袋を卒業するデスッ!! 頂いたコードネームと任務を誇っ』 ドチャンッ 部屋が大きく揺れる。 『クソっ!! 糞蟲の砲撃デスゥ!!』 小窓から外を覗いた隊長が毒づく。 河川敷から投糞する実装石が見えた。この小さな箱を吊るしたドローンのプロペラは糞を巻き込み失速し、傾いていった。 『捕まるデスゥ!!』 ガシャンッ! ドガンッ!! ガチャンっ!!! けたたましい音を立て、中の実装石達は天井に床に壁に打ち付けられる。 タタンッタンッタタタタッタンッ 遠くで訓練の時に良く聞いた音が聞こえる。 『テェ?』 目を醒ますと遠くだったその音がずんずん近付いてきた。 『タイチョー、テチ』 隊長は構えていた銃を下ろして仔に近付く。 『目を覚ましたデスッ、“ポーン“? オマエの所属は何処デスッ? 出身は?』 矢継ぎ早の質問に辿々しく答える。 『おミソは無事みたいデスッ。頭を打って気絶してたデスッ。“ビショップ“! ポーンを担ぐデスッ! 援護をするデスッ!』 『了解デスゥ“クイーン“!!』 ビショップと呼ばれた隊員はポーンと呼ばれた仔を背負い、クイーンと呼ばれた隊長は茂みから距離を取って移動する。 小隊は美しく連携を取りながら視界の悪い草むらを移動をする。いつどこから襲撃にあってもおかしく無いほど鬱蒼と茂った草むらを移動しながらポーンはしっかりとスリングで身体に固定されていた小さなサブマシンガンを見て安心する。寝ても覚めてもこの扱いを叩き込まれて生きてきた。親姉妹に捨てられた日から、この銃が家族だった。 『茂みを抜けるデスッ! どこもかしこも糞蟲だらけデスッ!!』 クイーンの指示に四方を確認しながら足早に、それでも着実に隊は歩を進める。 『クイーン、α隊とβ隊は』 『後デスッ! 今は中間拠点を目指すデスッ!!』 小隊は一人の欠員も出さずに茂みから一気に草原へ飛び出て小高い土山を駆け登る。 見た目だけ防御力の高そうなプロテクターを身に着けているが、実装石サイズにすれば防御力も維持しきれない。成体の一撃をなんとか布数枚分緩和する程度だ。 共喰い個体に見つかればひとたまりもない。 ガガガガガガッ! 『クイーン、コッチデス!!』 『ナイト、デスゥ!!』 伏せていた“ナイト“がクイーン達3匹の後ろの実装石達を撃ち流しながら立ち上がると、クイーンは安堵の息を吐く。 『デギャアアアアアーッ』 とてつもない雄叫びと共に一回り大きな個体が突然小隊に追いすがって来る。 『テチャアッ!!』 タタタタタタタタッ ポーンは背負われたまま咄嗟にその個体に銃弾を浴びせる。 『デズァアッ!!』 肉が剥がれ、足に被弾し体勢を崩した巨体は勢いをそのままに地面を転がる。 バッチャンッ ドーンッ! ポーンを憎々しく見上げたその巨大な頭が弾け飛び、一瞬遅れて重い音が響いた。 『クイーン! みんな、コッチデス!!』 ポーンが目を醒ますまでに先に山を登ってトーチカを築くため先行していたナイトの出迎えとルークの狙撃によって何とか小隊は生き延びた。 『デェ、アレは“ガミ“デス。クイーン、“ガミ“の沈黙を確認デス。おイシの確認をするデス?』 スコープを覗いたままのルークがクイーンに聞く。 『許可するデスッ』 息も絶え絶えのクイーンはそう答えた。 『“ガミ“テチィ?』 ポーンはビショップとナイトに水筒を手渡しながら聞く。 『ネームド糞蟲デスゥ。いわゆる賞金首という奴デスゥ。“ガミ“はとにかく噛み付いてその巨体ゆえにニンゲンさんの子供の指なんかまで食いちぎろうとしたそうデスゥ』 ドンッ ひときわ大きな狙撃銃から発射される弾はその先の狙いを定めたガミの胴体に命中する。 バチャッ 汚い音を立てて身体が弾け、薄汚い臓物の隙間から偽石がキラリと転がりでた。 『ビンゴ、デス』 ルークはそう言って双眼鏡をクイーンに渡す。クイーンは偽石の煌めきに唸る。 体から分離された偽石はあのままならすぐに駄目になる。“ガミ“の駆除は成功したと言って良い。仮に復活できたとしても長い仮死状態による相当なパワーダウンは免れない。 『相変わらず良い腕デスッ、ルーク』 デヘヘっとルークは照れる。 『おマエも。良い仕事デスッ、ポーン』 『テェ?』 ポーンは目を丸くして驚いた。 『おマエがガミの足を撃って行動不能にしたからこそ、ルークが2発でガミを仕留められたんデス、素晴らしい働きデス』 ナイトはそう言いながら小さなカップに水筒の水を注ぐ。 『大したもんデスゥ。ワタシなんて逃げるので精一杯だったデスゥ』 ビショップは水が注がれたカップをそれぞれに分配しながら言う。 『ワタシの腕ならあの程度動いていても当てられたデスが。まぁ良い仕事デス』 ルークが少し口を尖らせながらにんまり笑って言った。 ー作戦開始から 03:52:09ー 『全員聞くデスッ』 クイーンはポケットから折り畳まれた河川敷の地図を取り出して皆に話し掛ける。 『ワタシタチの現在地はココ。目的の西部防衛拠点はココデスッ』 『テェ、けっこう遠いテチ』 墜落するドローンがきりもみした影響か、δ小隊の墜落地点は河川敷の中央付近。 攻勢が起こった時の為にマッピングしていたこの攻勢用拠点候補から西部防衛拠点までは実装石の足だと数時間かかってしまう。 『弾丸を節約するデスッ。西部より少し遠いデスが、中央防衛拠点を目指して夜になったら動くデスッ。β小隊がそこに陣を構えていられたら合流し、適時西部へと向かうデスッ』 クイーンの的確な采配によって次の行動が決まった。クイーンにとって気になるのは、あの対空投糞をしてきた実装石達はまるでドローンが来ることを、ドローンの堕とし方を知っているようだった。 嫌な予感を感じつつ、一番最初に休眠を取るポーンを撫でながら日が落ちるのを待った。 『』 クイーンの無言の手指示に合わせてδ小隊は夜闇を動き始めた。 街灯もない真っ暗な夜の河川敷は普通の実装石なら野生生物の恐怖から家に籠るものだ。 そう判断したは良いが、今までの公園駆除や河川敷駆除と明らかに違うこの河川敷の異様な空気にクイーンは最大級の警戒をする。 今までだって分隊と連絡が取れないなんて良くあったし、孤立することだってあった。 最悪だったのは弾も残り少ない状態で自分一人生き残ってゲリラ戦をした二次裏公園や撤退に遅れて孤立して何日も仲間と土の穴の中で隠れて過ごした愚路都民公園。 だがその2つより、今のこの白補川河川敷の方が不気味だった。 『』 茂みの先に開けた芝生が見える。その先の茂みに入る為に迂回するには時間がかかり過ぎる。クイーンは悩んだ。 クイーンは結局芝生地帯を匍匐前進で抜ける決定をした。河川敷の異様な雰囲気に誰一人文句も言わず、ゆっくりと這っていく。 『デスゥ』 茂みから突然一匹の成体が出て来た。手には明らかな鈍器のような物を持ち、民家から略奪したであろう懐中電灯で芝生を軽く照らす。クイーンは銃をゆっくりと掴む。 『デススッ、デフンッ』 成体実装石は鼻を鳴らして茂みに戻っていった。隊員は全員強張った身体から力を抜く。 クイーンはすぐに進む様指示を出した。 多くの場合実装石は木の枝などを使う。だが稀に人間の持つ金槌やカッターナイフなどに価値を見出だして好んで使用する厄介な個体がいる。あの成体実装石が持っていた鈍器は手製だった。木の枝に釣り用の重りが着けられていて、蔦で巻かれて先端には釘が固定されていた。自分で作ったのだろか。誰かに作ってもらったのだろうか。とにかく厄介な個体が一匹以上は居ることが確定した。 武器を自作し、その殺傷力を上げる改良が出来る。それは数が揃えば恐ろしい存在だ。 クイーンは真っ先に茂みに身を隠し、芝生に銃を構える。手で安全を伝え、一匹一匹茂みに迎え入れる。難所を抜けた。 『デヒャアッ!!』 突如後ろからクイーンに鈍器が振り下ろされる。すんでのところで何とか回避したクイーンは鈍器を振り下ろした実装石にパンッと1発だけ放つ。その実装石は頭の上の隅を吹き飛ばされて膝から崩れる。 『デギャアッ!! デギャアアアアアッ!!』 パンッ 『やかましいデスッ』 クイーンは慣れた手付きでもう1発を胸に撃ち込み静かにさせ、蹴り倒す。 『すぐ離れるデスッ』 この個体が持っていた鈍器は先程の個体が持っていたものとは違った。だが木の棒と蔦、釘、重り。武器を製造する者が居るか、この河川敷実装石はその製造方法を共有している。そういう実装石は大概防具の概念も持っていたりする。ただの実装石の駆除ではなくなった。 『マズイ状況デスッ』 夜中に的確に武装をした実装石が襲ってきた。ここの実装石はテリトリーの概念が普通の野良と違う。恐らくこの河川敷に入った者は何者でろうと敵と見做すのだろう。 周辺住民は長い事この臭くて汚くなってしまった河川敷に近付かなかった。 ゲリラ的に現れる実装石の波状攻撃を最小限の弾薬で凌ぎながらδ小隊は先に先に進んでいく。 『デェ、ここには昼も夜も無いデスゥ』 返り血を拭いながらビショップが呟く。彼女はポーチに残った弾数を確認じながら少し心配そうにクイーンを見た。 『このままだとジリ貧デスゥ。まだ目標まで半分程度デスが、“強行突破“を提案するデスゥ。予定地点までこの歩みだと“強行突破“のタイミングになった時に弾不足に陥る危険があるデスゥ』 ビショップの進言に皆一様にマガジンポーチを確認する。ナイトも同意するように頷く。 ルークはライフルを背中に背負いマシンピストルを装備していたが、その残弾は思わしくない。そもそもルークは狙撃によって地点防衛を行う為の装備で、予備として持ってきたマシンピストルの弾数はそもそも多く無い。マシンピストルを仕舞い、行軍には無駄に重いライフルのマガジンを装填して頷く。 『よし、では小休止するデスッ。小休止後、目標方向に向かって強行突破を行うデスッ。各自身体を休めておくようにするデスッ』 ルークとナイトは折りたたみスコップを取り出して木の根元にさっと穴を掘る。 手早い二匹を感心しながら見ていたポーンにルークが気付き、穴に草を被せながら持っていたスコップを差し出した。 『ワタシは予備があるデス。コレはあげるから持っておけデス』 『テッ? 良いんテチ?』 折り畳み式で先端が尖り、鋸状の突起が着いた軍用スコップの縮小版。そんな宝物のようなスコップを見てポーンは目を輝かせた。 『デヒャヒャ、あげるならそんなボロじゃなくて新品を買ってあげれば良いデス』 ナイトが茶化すように笑う。 皆で穴の中に隠れる。穴の中は狭くて、5人でぎゅうぎゅうになっていた。 『ポーン、怪我してるデスゥ?』 ビショップに指摘されるまで気付かなかったが、膝を擦り剥いていた。 『応急キットは持ってないデスゥ? まったくどいつもこいつも、仕方ない奴デスゥ』 そう言って大きめの救急キットを取り出して手当を始めた。 『おマエみたいに皆心配症じゃないデスッ。なんなんデスその馬鹿みたいにデカい応急キットは。メディックにでもなったつもりかデスッ』 クイーンが半ば呆れたようにビショップの大きな応急キットを見て言った。 『備えあれば憂いナシ、とニンゲンさんたちは言うらしいデスゥ。ワタシも同意デスゥ。あ、皆は実装石だから分からないデスゥ? ワタシだけニンゲンさんの気持ちが分かる高等種ですまんデスゥ』 ビショップはそうニヤニヤしながら言って、一般的な小さめの応急キットをポーンに手渡す。 『備えあれば、憂いナシ、デスゥ』 『テェ? ウレイテチィ?』 『準備をちゃんとしておけば、心配事はありませんよ、という意味デスゥ』 ポーンはかわいい刺繍の着いた応急キットを大事そうに胸に装着した。まだ大きく少し不格好だった。折りたたんだスコップは腰に装着したが、まだスコップが少し横にはみ出てしまう。クイーンはスコップを丁寧にポーンのリュックにしまってあげた。 『やれやれ、暑苦しい連中デスッ』 『隊一番の巨躯が言って良い言葉じゃないデスゥ』 『デシャシャ! 違いないデス』 ー作戦開始から09:12:51 ルークが目の前を歩く前頭の禿げた個体が通り過ぎるのを見ながら聞こないような小さい声で呟く。 『コイツが通り過ぎてから、暫くは大丈夫の筈デス』 クイーンは皆を見渡し、ゆっくり息を吐く。 『よし、目標まで“強行突破“を開始するデスッ』 それは強行突破というにはあまりにも洗練されていた。 草でカモフラージュしたδ小隊は夜闇の茂みを縫うように音も立てず草も揺らさず進み、巡回という名の山狩りをしていたまだ成熟しきっていない個体の首を背後からねじ切る。 巡回は声も立てられずその場で痙攣する肉の塊になった。普段ならこの死体を隠すが、今は強行突破の最中。そんな時間すら惜しいとねじ切られた首を探して空を掴む胴体を茂みに蹴倒して頭を踏み潰す。 進みながら成体を見つける。ルークはさっき言っていた予備のスコップを取り出し、背後まで近づいて力一杯振り切った。 ボトッと音を立てて首が落ちる。何が起きたのか理解出来ない胴体を蹴倒し、スコップで頭を割る。 『こういう使い方も出来るデス』 ポーンにそう言ってにっこり笑った。 どこからも声が上がる事無く小隊は進む。気付かれずに、それでもゆっくりなどと形容出来るほど遅くはない。 カンッカンッカンッ 遠くで何か金属が叩かれる音がする。 『死体が見つかったデス?』 『おそらく、デスッ』 銃を改めて握りなおすと、目の前の草が突然わけ開かれた。 『デデッ!!? デ、デギャアオッ!! デギャアオッ!! デギー』 ズドンッ! ビショップの散弾銃が雄叫びを上げる実装石の頭を吹き飛ばした。 『“強行突破“デスッ!!』 一瞬も顔を見合わせずにδ小隊はばっと速度を上げる。先頭にナイト、その後ろ左右を警戒するクイーンとルーク、中央にポーン、後方にビショップ。流れるように陣形を崩さず5匹は突撃していく。代わる代わる襲い来る実装石を的確に排除しながらもその速度を緩めない。 今まで出会ったどんな実装石よりも優しく、今まで出会ったどんな群より強い。 ポーンは久しぶりに、銃の存在など忘れていた。銃しか信じられなくなって暫く経つが、今目の前の力強く賢く絆強い実装石たちは自分の銃なんかよりずっと信頼できる。 この隊の一匹として存在する事に無上の喜びを見出だしていた。 『突破!! デス!』 ナイトがそう叫び、左右に銃を振り『クリアッ! デス!』と叫び振り返って後続の援護に入る。クイーンとルークも茂みからの飛び出し今度はナイトの左右に銃を構える。 少し遅れて息も絶え絶えのポーンとその姿を最後まで見届けてからビショップが茂みを出た。道中のおびただしい実装石の死体を見れば隊が一匹の犠牲も出さずにここまで来れたのは奇跡に近い。 中央拠点まであと少し。 全員が一気に走って小高い丘を目指す。 パチュッンッ 『テッ』 ターンッ ポーンが体勢を崩してその場に転げる。 右足に力が入らない。 足を見るとポーンの右足が千切れて無くなっていた。 『テ、テチャアッ!!』 痛みで転げ回る。 普通の仔実装より痛みに強く訓練されていたとしても痛いものは痛い。 『!? ナイトは先行! ビショップはナイトを援護、ルークはポーンを背負うデスッ!!』 一瞬で状況を理解したクイーンがポーンとの距離を見て一気に指示を出す。 全員が一瞬も迷わず言われた通りの行動をする。ルークがポーンを担いだ瞬間、茂みから一斉に銃を持った実装石が飛び出てきて一斉射撃を行った。味方しか持っていなかった銃を撃つ実装石を見て、ルークは一瞬行動が止まる。仲間が救援に来たのかと考えてしまったのだ。 『止まるなデスッ!!』 クイーンの言葉にハッと我に返って走り出す。が、その一瞬が命取りだった。銃弾が雨にように降り注ぎ、ルークは腕を腰を、胸を撃たれた。 『デギッ!!』 ルークは血を吐く歯を食いしばって千切れかけた腕でポーンを抱えたまま走り出した。その背後をクイーンが撃ちながら追いかける。撃たれることなど何も恐れていなかったような実装石達はクイーンの正確な射撃に次々倒れる。が、倒れた実装石の銃を拾い撃ち出す。倒れても倒れても死体から銃を拾って撃ってくる。 『こっちデスゥ!!』 ビショップが今掘った穴にルークは転がり落ちる。実装石一匹分に満たない穴に倒れたルークをビショップが手当する。 ナイトは大慌てで穴を拡張し、クイーンと身を隠す。さすがに不利さを理解したのか、実装石の苛烈な銃撃は収まっていた。 穴から少し顔を覗かせると、何度もトリガーを引いて癇癪を起こして銃を地面に叩きつけていた。恐らく弾切れか。クイーンは直ぐに穴を整形し直す事をナイトに指示し、ビショップの元へ這っていく。 ビショップは悔しそうに額に皺を寄せながらクイーンと目が合うと小さく首を振った。 『あぁ、姉妹タチが見えるデス』 ルークは空を濁った瞳で見つめながら呟いた。 『ルークさん、死んじゃ嫌テチィ! ごめんなさいテチィ! ごめんなさいテチィ!』 ポーンはルークに縋りつきながら泣き喚いた。 『小お姉チャン、ちょっ、と待つ、デスワタシに、もイモウトが、でき』 そう呟いてゲボっと血を吐く。 『すぐ、そっち逝くデスワタシ護れたデス?ワタシ、の、かぞ、く』 しっかりとルークの手を握り締めたまま、クイーンは強く目を閉じ、ポーンの手に重ねた。ルークはポーンの手をぎゅっと強く握り締め、そのまま微笑みながら息を引き取った。 クイーンは大泣きするポーンの肩に手を起き、何度も何度も謝るポーンの背中に語りかける。 『ルークは、狙撃が得意だったデスッ。最初は姉妹全員狙撃手として全国の部隊に居たデスッ。でも一人、また一人と戦死して、最期に残ったのが末妹のルークだったデスッ。一番年下だった癖に銃の腕はピカ一だったせいで随分生意気で、随分頭が切れて、随分頼りになる我が部隊の末妹だったデスッ!』 涙で顔をぐしゃぐしゃにしたポーンはクイーンの言葉に聞き入る。 『おマエはルークの“イモウト“デスッ! 姉を誇るんデスッ! 姉の名前を汚さぬ様に、姉が向こうで胸を張れる様に、おマエは立派にならなきゃならないデスッ!!』 『ぐしっ、ハイッテヂィッ!!』 その日は襲撃はもう来なかった。 掘った塹壕の横でルークに火をつけた。 自慢の銃を抱え、誇らしそうに燃えていく。 『皆、ひとまず頭を切り替えるデスッ』 クイーンは億劫そうにそう言って辺りを見渡した。 『α隊もβ隊も近くにいない様デス』 ナイトが答える。 『そうデスそして』 『銃は、αかβ、あるいはθあるいは、全部隊から奪われたデスゥ』 皆気付いていた。あの時撃ってきた銃は10丁を超えていた。ということは、αかβかθのうち2小隊は少なくとも全滅。良くて一部が生存という絶望的状況。勿論δもルークを喪った今、救援に行く余裕など無い。 『幸い、今の銃撃で弾は粗方撃ちきったと見て良いデス』 ナイトは捨てられて糞に塗れた銃を見下ろしながら言う。 ガー 突然町内放送が響く。 ピー、ピー、ピーピンポンパンポーン♪ こちらは、愚路裏町です 眠くなるようないつもと同じ町内放送だったが、その放送を真剣に聞き入っている4匹がいた。δ小隊は会話の一切を止めて放送に全ての神経を向ける。 明日は、ブー、粗大ゴミの、ビー、回収日です。ピー、ゴミ出しの、ルールを守り、ピー クイーンは地図を引っ張り出す。 しきりにその地図に書き込み始めた。 放送が終わり、ゆっくりと夕陽が沈む。 『作戦目標リコール、デスッ! 作戦目標変更、各自復唱デスッ!!』 『『『作戦目標変更!! デス(テチ)』』』 『コード・レッド、総督に問題発生、救援は48時間後にヘリ(ドローン)が到着予定。それまでにランデブーポイントに到着、及び防衛を行うデスッ!!』 『『『48時間後にヘリが到着予定(テチッ)。それまでにランデブーポイントに到着、防衛デス(テチッ)』』』 『ランデブーポイントは中央後衛拠点、中央前衛拠点デスッ! つまりはオマエラの足元デスッ!』 部隊に一縷の希望が見えた。何が起こったのか分からないが、男はなんかしらの理由で援護ができなくなった。 そして明確に作戦の中止が放送で暗号化されて部隊に届いた。もし、他の部隊に生き残りが居たら今の放送を聞いてここまで来るかもしれない。暗号化を使用しなくてはならない事態そのものを危惧しながらも、隊はやるべきことをやるべく準備を始める。 今まで大分弾を温存しながら戦ってきた。 『24時間後に中央後衛拠点にできる限りの支援物資を投げて寄越すそうデスッ! 我々は24時間後にそれを受け取れる様に移動するデスッ! 22時間は生き残りがここに到着する可能性に賭けるデスッ! 全員気を抜くなデスッ!!』 全員がそれぞれの銃を構えて塹壕からようやく見えた終わりを見据える。 無くなった足など気にもとめずナイトとビショップにまったく遅れなく点検整備、構えと流れるように行うポーンを見ながらクイーンはゆっくりと頷いた。 ー作戦開始から 21:45:31ー パンッ 一匹、また撃ち殺した。 夜が明ける直前に這って拠点に近付こうとした成体。周りに居た仔実装はくたばる親を見て慌てて茂みに逃げて行く。この仔らも殺しておくに越したことはないが、今は弾を節約したかった。 『腕を上げたデス』 ナイトは一緒に見張りをするポーンを見ながら嬉しそうに呟いた。 『まだまだテチィ』 ポーンは本当に全く嬉しそうでもなくそう答えた。 『ルークほどの腕になるにはまだ時間が必要デス。その為には生き残らなければならないデス。肩の力を抜くのも上達の秘訣デス』 ナイトはそう言って実装石用のタバコに火をつけて、1本ポーンに差し出す。 『ケンコーにワルイテチィ』 『健康なんざ、糞と一緒に放り出すデス。いくら健康でも戦場では死ぬ時は死ぬんデス』 ルークの事を言われているようで、ポーンは少し腹がたった。 『肩の力を抜くんデス。腕は一人前、頭もキレる、修羅場を越えたオマエは文句無く一流デス。一流のオマエはちょっとやそっとじゃ負けないデス。でも負けないことはイコール死なない事ではないデス。死なない様に抜くところはちゃんと抜ける様にならないといけないデス』 そう言いながら、高鼾で警戒心も緊張感も欠片すらなく爆睡するクイーンとビショップをタバコで指す。 『アイツらが安心してああいう風に寝ていられるのはワタシとオマエを信頼してるからデス。仲間に預ける所は預けて、力を抜くのが死なないコツデス』 ナイトはポーンから見れば力を抜き過ぎる。 今だって警戒を続けるポーンをよそに銃も構えずタバコをふかしている。 クイーンやビショップと違ってナイトは尊敬しきれない部分があった。ただ、先行するナイトの突進力、状況判断能力、対応力は目を見張るものがあり、文字通り別次元だ。 『良くわからないテチ。でも、覚えておくテチ』 そう言ってポーンはナイトから一本タバコを貰った。 『テホっ! テホっ!?』 むせるポーンを見ながらナイトはニカっと笑う。 『一人前の味デス』 夜闇に煙が消えていく様を楽しむ様に、ナイトと度々むせるポーンは一本ずつを吸いながら言葉のように濃密な煙を交わせた。 『デ? 臭いデスッ! ナイト! オマエまたタバコを吸ったデスッ!? 作戦終了まで吸わない約束デスッ!!?』 クイーンが起きてタバコの匂いに怒り出す。 ナイトは咄嗟にタバコとライターをポーンのベストの中にねじ込んで隠す。 『持ってきてないデス、探しても良いデス!』 そう言って言い訳するナイトをやっぱりポーンは尊敬しきれなかった。 ー作戦開始から 31:11:06 『残念デスッ』 クイーンは時計をちらりと見ながら呟いた。 一縷の望みをかけて23時間ここで生き残りを待った。度々聞こえる銃声はもし生き残りが居たら励みにもなっただろう。 だが誰一人、仲間は現れなかった。 『δ隊はこれより中央後衛拠点に移るデスッ正直に言えばかなり不安デスがこれ以外手は無いデスッ。1時間後に投下される物資を受け取れる様に移動するデスッ』 いつも通りナイトが先行、クイーンとポーンは左右を警戒しビショップは後方警戒。 『なにか、おかしいデスゥ』 ビショップはよたよたと歩いて追ってくる実装石を睨みながら呟く。 その実装石は糞を漏らして鼻水を垂らし、目の焦点が合っていない。酒を飲むこともある実装石が酔っ払った時に似ていた。だが、それと似ていても強烈な違和感がビショップの目を釘付けにしていた。 『クイーン』 『分かってるデスッ』 クイーンもその異様さを理解した。 『イッちまってるデス。LSDかモルヒネか、どっちみちイカれてるデス』 人間用の麻薬は実装石にも効果がある。人間ほど複雑な生き物で無い為に効果は強烈で微量でも脳を溶かす。微量のモルヒネを装備していた自分たちが襲われた理由をようやく理解した。他の部隊が襲われた理由も。 だが不可解なのは、ここに居る実装石全員を汚染するほどの量がどこから入ったのかということ。3小隊が装備している総量をもってしてみても、一匹が1回軽くトリップする程度しか無い。小隊がココに来る前からこの河川敷は麻薬で汚染されていた事になる。 『デヒッデブォッ!!デブブオォォッ!!?』 糞を放り出しながら焦点の合わない目でビショップを見つけて顔をぐにゃりと歪ませ醜い笑顔でダバダバ走り寄ってくる。 生理的な嫌悪感を滲ませた顔で狙いを定め、一撃で葬れる様に引き付けて引き金を絞った。 ドンッ 至近距離からの散弾はいとも簡単に薬物に侵された実装石の脳髄を吹き飛ばす。 『ごポッ』 残った下顎から血の泡を吹きながらヨタヨタと歩き膝を付くその直前に手に持った武器を振り下ろした。 『っ!?』 ボキィッ! 瞬間的に頭を庇ったビショップの腕に鈍器がめり込む。釘が刺さったんであろう血を吹き出しながら引き抜いて何とか距離を取ると、下顎しか無い実装石はヨロヨロと立ち上がってまた鈍器を振り上げる。 『ビショップさんテチ!!』 パパパンッ! 唖然とするビショップの背後からポーンが射撃をしながらするりと間に入る。 『い、生きてるテチ?』 身体中に弾を受けて肉の塊の様になった実装石が尚も鈍器を振り上げる。 ドンッ なんとかポンプを引き直したビショップが2発目を胴体を吹き飛ばす。 柔らかい肉体の中で最も分厚く質量のある胴体は手足を引っ張って後方へと転がっていく。ピクピク痙攣するただの肉塊はそのままようやく動かなくなった。 『ヤクの影響デスゥ。しくじったデスゥ』 ビショップは穴の空いた自分の腕を止血しながら先方のクイーンとナイトに合流する。 『マトモじゃないデス』 クイーン達もまたイカれた個体とやりあっていた。ナイトは血塗れのスコップで挽肉のようになった実装石を小突きながら言う。 『いくら弾があっても足りないデスッ。すぐに拠点を作って備えるデスッ』 クイーンの指示にポーンとナイトが先行して山を駆け上る。頂上付近には実装石たちが何匹かたむろしている。 『時間も弾も無いデス』 ナイトは舌打ちしながらそう言って、自身の銃に取り付けられたランチャーに弾をセットして狙いを定める。 ポンッ ズドンッ!! 空気圧で発射された爆竹が実装石たちの目の前で炸裂する。爆風に四肢をもぎ取られた実装石たちは炎に飲まれて蛆虫のようにのたうち回っていた。 『ナイトっ! オマエまた総督に無断で武器を改造したデスッ!?』 後ろから上がるはずのない火の手を見てクイーンが叫ぶ。 『結果として良かったデス?』 ナイトはポーンにニカッと笑いかけて炎に悶える肉塊を蹴飛ばして穴を掘り始めた。 ポーンも周辺を警戒しながら穴掘りを手伝い、クイーンとビショップが到着する頃には塹壕が出来上がっていた。 そこにわらわらと足元がおぼつかない実装石が群がってくる。ビショップは怪我からかいつもより足が重く塹壕に近付いた。 『!! クイーン! ビショップ! 伏せるデス!!』 ナイトはそう言ってビショップの背後に恐ろしい速さで迫っていた巨体に銃弾を浴びせる。銃弾をものともせず、肉を飛び散らせながらその巨体は大きく振りかぶる。 『ガミテチィ!?』 ポンッ ズドンッ!! ナイトは素早く装填したランチャーを放ち、ガミの武器を持っていた右半身を吹き飛ばした。 『デギュアアアアアッ』 およそ実装石とは思えない声量の雄叫びを上げたガミはビショップに喰らいついた。 ブチブチッ ビショップの首が食い千切られ、おびただしい量の血液が吹き出る。 『ビショップテチィ!!』 ポーンはあらん限りの弾を発射しながらビショップに走り寄る。弾切れをおこした銃を手放しスコップを即座に組み立ててガミの首を切り落とした。 ズドンッ 至近距離でビショップはガミに散弾銃を発射する。ガミの残った左半身は吹き飛び、下半身だけになった身体でよたよたと歩み寄ってくる。 『肉片になっても、気色悪い、奴、デスゥ』 血を吹き出しながらビショップは腕の痛みなど気にもとめなくなった様にポンプを引いてもう1発発射する。 ズドンッ 下半身も左右に千切れて今度こそ動かなくなった。 『ビショップ! すぐに治療するテチィ!』 『無駄デスゥ』 ビショップはそう言って走り寄るクイーンを制止する。 血で書いたメモをポーンに押し付けてクイーンに届けろと命じた。 『ど、毒が塗ってあったデスゥ。あの武器恐らく、毒蛇か、別のオマエたちは近付かれたら駄目デスゥガミの唾液には、恐らくヤクが滲み出て、いたデスゥ。痛みが、消えていく代わり、に、頭がボーッとする、デスゥ』 そう言って壊死の始まった腕をポーンに見せる。予備の拳銃弾を全てポーンに預け、自分は残ったたった1発の散弾銃を口に咥えた。 『ポーン、強くなるデスゥ』 ズドンッ ポーンが止める間もなく、ビショップは足で引き金を引いた。毒に侵されて足手まといになった自分を助ければ、隊が危ない。毒が何かも分からない。仮定だが、ヤクが脳に回れば自分がどうなるか分からない。足手まといではすまないかもしれない。そう思ったメディックの対応は早かった。 『ナイト焼夷弾は撃てるデスッ?』 ナイトは無言で改造したランチャーの弾をセットした。 ポンッ ボンッ 泣きながら、ポーンは燃やされるビショップを見つめ続けた。 『生き残るデスッ』 クイーンは同じ様にビショップを見つめながら、ポーンの肩を強く叩く。 ナイトはタバコに火をつけた。タバコは彼女なりの弔いだった。 “実装石に線香なんて勿体ない。ゴミ捨て場のシケモクで十分だ“ いつか人間に言われた言葉を思い出しながら煙を空に吐く。もう健康面から注意する者は居なくなってしまった。 ー作戦開始から 49:41:12 人目を盗んで投げ捨てられる様に放り込まれた箱を開け、弾薬が補充されると幾ばくかの安堵感に包まれた。 もう3匹とも予備の弾は撃ち切ってしまっていた。一度きりの物資を確実に投げ入れられるように熟考したんでろう最小限の弾薬と、3匹には多すぎる食料を無我夢中で胃に押し込む。 一緒に梱包されていた備え付けの重機関銃は大いに役立った。すぐに組み立てて防衛に使ったが、その威力は絶大だった。 実装石の肉塊の山を築き、敵の攻勢は一息ついていた。 『残り5時間で、救援が来るデスッ』 クイーンは気合を入れ直すように救援物資の水で顔を洗ってパンパンッと鼻血が出るほど強く自分の頬を両手で叩く。 銃身の手入れをしながらナイトはいつものように生返事をする。 ポーンはルークから貰ったスコップと、ビショップから貰った救急ポーチを軽く手で叩き背筋を伸ばす。 『静かテチィ』 ポーンが銃を茂みに構えながら呟く。 肉塊に蝿がたかって異臭を放っている以外は平穏そのものに見えた。 『嵐の前の静けさ、とか何とか言うんデス? ニンゲンは』 ナイトが機銃に寄りかかりながら笑う。 『気を抜くなデスッ。今までもこういう時は大体何かが起こる前兆だったデスッ』 クイーンの言う通り、穏やかさは見かけだけで、緊張感がひしひしと伝わってくる。 自分も経験がある作戦開始前のあの緊張感。 ポーンは身構える。 『肩の力を抜くデス』 そんなポーンを見ながら、ナイトは優しく諭すように言う。 『タイミングなんて連中が決めるコトデス。こっちが肩肘張っても来ない時は来ないデス。だったら奴さんらのタイミングに合わせてワタシたちも集中出来る様に、無駄な力は抜いておくのが肝心デス』 クイーンはフンッと鼻息をしながら訂正もせずに少し肩の力を抜いてポーンを見る。 ポーンもそんなクイーンを見て今にも引き絞りそうなトリガーから指を離した。 『デ、デヒッ! デヒッ!! デヒッ!!?』 茂みから一匹が躍り出てきた。手には実装石であった肉の塊を貼り付けた盾のように組まれた枝を引っ提げ、大きく声を上げて盾を構える。茂みから一斉に盾を構えた実装石が出てきてゆっくりと重装歩兵のように歩き出す。 『クソっ! “ムチヘッド“デスッ! やはりあいつが指揮官だったデスッ』 ワイヤーが首に絡まり肉に食い込んだムチヘッドと呼ばれた実装石に率いられる様に盾がジリジリ迫る。 ガガガガガガッ ナイトは有無を言わさず重機関銃を浴びせる。普通のアサルトライフルより強力に作られたそれでも、盾を貫通するには足りない。盾の前の肉塊を弾き飛ばし、ようやく編まれた枝の隙間から盾を構えた一匹を撃ち抜いた。 『デッデギャオーッ!!』 ムチヘッドの声に呼応するように第二団の盾軍が歩みを始める。 『クソッ、キリがないデス』 『10時の方向に糞蟲テチィ! 素早いテチ!!』 盾の軍団が囮であるかのように、素早い動きのハゲハダカが斜面を駆け上がってくる。 パパパパパパンッパンッパンッ ポーンは今までのような乱射ではなく確実に素早く動くハゲハダカのバイタルゾーンを撃ち抜き、確実にトドメを刺していく。 その姿に安心してクイーンも反対側を見る。 やはり同じ様に、ハゲハダカが駆け上がってきていた。 『3時の方向に糞蟲デスッ!! そっちはポーンに任せるデスッ! ナイトは正面を、ワタシは3時の糞を糞に変えるデスッ!!』 河川敷に銃声が轟く。 『10時方向、一時クリアテチィ! 6時方向をヤるテチィ!!』 作り置いておいた弾倉を拾いながら2匹の背中に叫ぶ。 『弾をくれデスッ!』 振り返らず手を伸ばすクイーンにクイーンのライフル用の弾倉を3つ掴んで渡しながら自分の弾倉を銃にねじ込んでコッキングを引き、身を乗り出しながら目に入ったハゲハダカを撃ち殺す。 『3時も一時クリアデスッ』 『グレネードを頼むデス!』 クイーンは手榴弾のピンを抜いて前方の盾隊の背後まで遠投をする。これも普段は略奪を恐れて持たされる事の無い装備だった。 ズドォンッ!! 盾隊は後ろからの爆風に木っ端微塵になる。だがその後ろの盾隊は盾のお陰でほぼ無傷だった。 『6時方向凄い数テチィ!!』 その声にクイーンがポーン用の弾倉を拾って合流。一気にハゲハダカを引き戻す。 『6時クリア! テチィ』 ポーンは舐めるように時計廻りに、クイーンは反時計回りに回ってナイトに合流し、盾の隙間を狙撃する。そしてまたすぐにそれぞれ回って目の前の敵を射殺していく。 『ポーン! ワタシの銃を持つデス!!』 ナイトに言われて銃を持って行く。 『ランチャーはセットされてるデス! 脇に照準器があるデス! 狙いは分かるデス!?』 ランチャーの脇には電子照準器ではなく古典的な照準器がついていた。習ったことはあったそれを調整し、ムチヘッドに向ける。 『よっしゃデス! ぶっ放してやれデス!!』 ポンッ ズドンッ!!! 今までより強力なグレネード弾がムチヘッドの盾にめり込んだ瞬間大爆発を起こした。 ムチヘッドは跡形もなくなっていた。 『ハッハー! デス!! 最高の花火デス!!』 『ナ、ナイト! オマエまた改造デスッ!? そうならそうと言えデスッ! ワタシもポーンも耳が痛いデスッ!!』 『細かい事は良いんデス! ムチヘッドくらい細かくなった事は無視に限るデス!!』 ポーンは楽しくなってきてしまった。 この仲間たちとこうやって戦い、お互いを補完し合いながら生き伸びている。生きている。何よりもそれを実感させてくれている。 そんな時間も刻々と過ぎ、次第にコンバットハイもトリガーハッピーも弾薬も切れ始めた。銃の衝撃か爆風か、クイーンの時計はもう機能していない。あとどれくらい待てば救援が来るかも分からなかった。 ガミもムチヘッドもモトナスティーもモトエリザベスもモトグリーンもパインも、名だたるネームドは皆殺しにした。お陰か敵の侵攻も緩やかになっていたが、弾薬不足と3匹の疲労はじわじわと敵の侵攻を許し始めていた。 ブィーンッ 突如頭上に小型のドローンが現れた。 小型のドローンはバラバラと爆竹を投下して空爆を行う。実装石達は逃げ惑いながらもドローンに糞を投擲していた。 もう一基のドローンが舞い降り、ロープを垂らす。ポーン、ナイト、クイーンの順にそのロープに捕まった。 その瞬間、ドローンのプロペラに糞が叩き付けられる。ドローンはなんとか姿勢を制御するが、ぐんぐん高度を落としていく。更にそこに糞が投擲され、ドローンは2つのプロペラを失った。 『クソっこんな時まで! 重すぎるデスッ』 クイーンはそう呟いてナイトとポーンを見上げる。そして自分の隊長ワッペンを引きちぎる。 『クイーン!! テチィ!』 クイーンが何をしようとしてるのか理解したポーンは必死で止めようとする。 『ワタシの銃は弾切れデス』 ナイトはそう言ってポーンのスリングからサブマシンガンを外し、自分のアサルトライフルをポーンのスリングに取り付けた。 『地獄に相棒、借りるデス』 そう言ってクイーンのワッペンを受け取ってポーンに貼り付け、2匹はロープを降りた。 ロープを登るときに教わった通り、ポーンは腕にロープを巻き付けていて2匹に遅れた。 その遅れはドローンを反動で天高く一気に舞い上がるまでの時間を与えてしまった。 『クイーン! ナイト! 嫌テチィ! 下ろしテチィ!!』 腕に絡まったロープは解けず、無情にもポーンを戦場から離脱させていく。 『アマアマデスッ。コンペイトウよりアマいデスッ、自分の虎の子の愛銃まで託すなんて』 『デッシャッシャッシャ。オマエには負けるデス』 ナイトはタバコを咥えて火をつける。 『そいつは誰の分デスッ?』 クイーンもナイトがタバコを吸う意味は分っていた。ナイトは答えない。 『ワタシにも1本寄越すデスッ』 ナイトからタバコを奪ってクイーンも火をつける。 ナイトはニッと笑って残弾の少ない銃を構える。四方八方から、実装石という実装石が飛び込んでくる。おぞましい程の量の敵を撃ちながら二匹は息も絶え絶えで目的地だった元々自分たちが戦った塹壕に着く。 腕は噛みちぎられヘルメットはひしゃげて足にも無数の噛み跡が痛々しく、返り血だけではない血塗れの姿でそこにまだあった物資を見て安堵した。 『デヒヒッ、最初の任務、憶えてやがるデス?』 ヤクか毒か、朦朧とした意識の中でナイトが呟く。 『あぁ、憶えているデスッ』 ナイトが初めてクイーンの部下に任命された戦場。そこから生き残ったのはナイトとクイーンとビショップだけだった。ナイトと同じ釜の飯を食い、共に鍛錬し特殊部隊として輝かしい未来を夢見た義姉妹たちは、その戦場で全滅した。クイーンが目標クリアと生存率を天秤の賭けた。結果として、クイーンとナイトとビショップは他部隊に居たナイトの義姉妹たちを見殺しにしたのだ。それだけでも好転せず、結果は投入された20匹の中で3匹しか生存出来なかった。 『“一生恨んでやる“、デスッ』 当時仔だったナイトの恨めしそうな顔を思い出しながら、クイーンは申し訳無さそうに呟く。そして謝罪の言葉を口にしようとした。 『約束通り、一生分恨ませてもらったデス』 ナイトはそう言って、信管を掴む。 その一生が終わるのを意味する信管は、埋めて投棄する予定だった箱の中の大量に余っている爆薬に繋がっていた。 『貴女と組めて光栄でしたデス、隊長』 『あぁ、ワタシもデスッ』 クイーンはそう微笑んでナイトの信管を握る手を取って一緒に握り込む。 二匹はゆっくりと煙を空に吐き舞わせ、互いを見つめて笑いあった。夥しい数の実装石がなだれ込んでくる。 ドゴォォンッ!!! 空高く操縦通りに戦線から離れるポーンにそのけたたましい爆発音が届く。 『ナイトッ! クイーンッ!! テチャアアアッ!!』 ポーンはゆっくりと建物の屋上に着陸した。 「一匹か」 男はポーンを見ながら呟いた。糞が絡まって故障したドローンと先程の爆発音。泣きじゃくるポーンを見下ろしながら、静かに男はポーンを大事そうに抱えて車に乗り込む。プラカードを掲げた人間の軍団が、まるで先程の2匹を追いかける様に車に追い縋ってくる。それを引き剥がし、男は用意された食料も取らず泣き続けるポーンと車に揺られていた。 『δ小隊まで、全滅とはな』 男は幾度となく地獄を生き延びてきたクイーン、ナイト、ビショップの率いるδ小隊を信頼していた。だからこそ将来が有望そうなポーンを預けた。だからこそ有望に育ったルークを編入した。α隊やβ隊も優秀だったが防御に特化していた2小隊と違い、臨機応変な対応力のあったθ隊とδ隊は男にとって本当の特殊部隊だった。 男はポーンに自分の不手際を詫びた。 市議会の中に、この河川敷での麻薬売買を取り仕切っていった一派があった。一派はホームレスを売人にし、警報装置として実装石を使っていた。そこに気付けなかった。そしてその一派は、愛護派を率いて作戦の中断と部隊の破棄を市議会に一方的に決めさせた。 派閥として強かったその一派はあらゆる公園や、河川敷で功績を上げ続ける男とその実装石部隊を葬ろうと考えた。男はホームレスの襲撃にあって戦況を追えなくなり、救援も今のように満足に出来なかった。 「おまえには選択肢がある。“ミドリ“。新しい愛護派を探して里子に出すことも出来る」 泣き続ける”ポーンだった“仔実装を見ながら、男は自分の計画の、研究の瓦解を感じていた。 ならせめて可能な限り最上の成果を出したこの仔には、自分の実験で死地に付き合わせたこの仔には幸せになってほしかった。 『ワダヂは“ミドリ“じゃないテチ』 えづきながら彼女はそう答える。 『“ミドリ”なら、ママとお姉ちゃんタチに売られたあの時に死んだテチ。ワタチは“ポーン“テチ』 ぐっとアサルトライフルとワッペンを握り、救急ポーチとスコップを大事そうに抱える。 『ワタチが、“デルタ“テチ! クイーンも、ビショップも、ナイトも、ルークも、ここに居るテチ』 男は、見覚えのある装備を大事そうに抱える彼女を見つめて新たな決意をした。 「わかった。“デルタ“。このままで終わる気はない。付き合ってくれるか?」 ”デルタ“は無言で頷いた。 泣き虫だった“ミドリ”も、半人前だった“ポーン”ももうそこには居なかった。 ー数年後 双葉県 愚路裏町 白補川河川敷 街は凄惨たる様子だった。薬物に狂った実装石が暴れまわり、散歩でもしようものなら糞を投げつけられて所持品を奪われた。 制御不能に陥った河川敷を粛清する為に市議会によって放たれたマラ実装石たちは薬で狂って実装石だろうと人だろうと犯して回る。 住民も寄り付かなくなり、市議会はその政策と対策の不手際を糾弾され、麻薬売買の事実も公表されて総入れ替えとなった。 新しい市議会が最初に取り組んだのは、旧市議会によって不当に中断された実装掃討作戦の指揮をとっていた男に連絡を取ることだった。中断されたまでの成果だけでも、河川敷の実装石の7割を駆除した。その成果は揺るぎない信頼となっていた。男と男が飼っている実装石部隊はそれからも日本各地での荒れた公園や河川敷で実績を積んでいた。 「全ての作戦指揮を任せる」 男はいつものようにそう言う。 足元の実装石は深く頷き、荒れ果てた街へと入る。ゆっくりとタバコに火をつけて憎々しそうに煙を街に、その先の河川敷に向かって吐き出した。街の入口には武装した実装石部隊が整列していた。 多くの実装石は初めて見る姿。噂でしか聞いたことのない姿。 カスタムされた専用のアサルトライフルを持ち、腰には数多のネームド実装石を屠ったと云われる軍用スコップ。不釣り合いな可愛らしいアップリケが刺繍された救急パック。 古ぼけた隊長ワッペンは神々しさすら憶える“地獄”からの生存を意味し、今はもうないロストナンバー部隊の刻印の入ったヘルメットを深々と被るいで立ち。 彼女こそ、“白補川の地獄”をたった一匹生き抜いた[最後の豪傑]。 彼女は”二次裏町局地戦”で手当たり次第にネームドの首を狩り去る[首狩り死神]。 彼女は”悪夢の保管倉庫通り“では蛆すら容赦なく皆殺しにして占拠された保管庫を解放した[深緑の悪魔]。数多の呼び名で呼ばれ、その存在は一部の実装石以外見たことのない[伝説]とまで呼ばれた特殊部隊員。 [デルタ] 誰もがその名を畏れ、彼女の居る場所が全ての実装石にとっての境目。彼女の銃の先には死しかなく、彼女の救急ポーチの後ろには生があると云われた。実装石の境界線、”J線“と云われた。 今、その“J線”がゆっくりと街に向けて動き出す。その何者にも持ち得ない圧倒的な威圧感と、その頼もしさを隊員たちは感じて敬礼を取る。“この世の地獄”と形容された街に舞い戻り、“この世の地獄”を“デルタ”が終わらせることを誰一人疑っていなかった。 山にように積まれた実装栄養フード、マガジンに弾を込める仔実装達補給部隊員、デルタによって再編された仔実装による補給部隊の訓練も準備も万全。複数のドローン操縦をする男の教え子の人間達。人間並みの医療行為を可能とする専用テントに、男によって特別に訓練された医療専門部隊。”あの日の地獄“を見たデルタと男が全て今日という日の為に準備した。 『よく聞くデスッ! 特攻糞袋ども!!』 河川敷はその日のうちに、”J線“上に飲まれていった。
