「養蛆」 学術名 Death-Dessuno-Tetteroke(デス・デッスーノ・テッテロケー) 通称「実装石」の名で知られるこの生物は、我々の非常に身近な存在ながら、 その生態についてまだ解明されていない部分も多く、謎多き生物である。 その特徴の一つとして、蛆と呼ばれる未熟幼体で生まれた個体の中には、十分に栄養を摂取した後、 糸を吐き繭を作って四肢と二足歩行を獲得するものが居るという極めて珍しい完全変態を遂げることが挙げられる。 このような特異性を持ちながらも、古くは養蚕業が盛んに行われ、シルクロードを通って 絹織物が取引されていた時代から、既に人類との関わりがあったという記録が残されている。 聡明な読者諸氏に置かれては既にお気付きの事と思われるが、この絹糸ならぬ"蛆糸"を紡いで 産業を興そうと考えた者も少なからず存在した。藩の財政難を憂いた信濃国 松代藩の医学者にして 生物学者の松平弟洲衛門唯近(まつだいら-ですえもん-ただちか:1783〜没不詳)もその一人である。 実装石の生態について研究していた唯近は養蛆業の勃興に尽力し、 蛆実装の繭から紡いだ糸は絹にも引けを取らぬ光沢を持ち、また丈夫であった。 しかし実装石は蚕に比べて気性が荒く、頭も悪く、幼体は怪我や病気に弱い上に、 糞便の処理に手間が掛かるなど、養蚕業ほどの隆盛は見られなかったという。 だが一部の地域では今日においても伝統的に養蛆業が続いており、繭を作る幼体を お蚕様と同様に「繭仔様」と呼び、大切に育てられている。繭から糸を紡ぐ際は 蚕と同じく繭を中身ごと煮沸するため、中の幼体が断末魔の叫び声を上げるが、 それが他の個体に聞こえぬように、また幼体は暗所下ではすぐに休眠する習性を利用して 養蛆は灯りの乏しい地下の洞穴で行うなど、養蚕業とは異なる発展を遂げている所も 非常に興味深い点と言える。 (参考文献 民明書房刊「近代シルクロード百景」) ------------------------------------------------------------------------------- 「農家の朝は早い」 「レッピィィイィィィ!!!」「レッピョォォォォォ!!!」 ここは長野県南東部に位置するとある農村。 この村では現代でも伝統的に養蚕ならぬ養蛆を営んでいるという。 出産石に大量の蛆を強制出産させ、栄養嚢を持つ蛆を選別して繭を作らせる。 親指になることを夢見て繭になった蛆は、羽化する前に迅速に大釜で茹でられ 絹のような美しさを持つ実装糸が織られるのである。 「レヒュッ!アチュイレフッ!!ニンゲンサン!タスケテレフゥゥゥゥ!!」 釜場は養蛆場から少し離れた場所に位置しており、他の蛆達に悲鳴が聞こえることは無い。 糸を巻き取ってコーティング加工する前に本体が死んでしまうと品質が下がるため 偽石は生まれた直後に摘出されて糠床に漬けられており、 蛆達は繭から糸を全て巻き取り終えるまで煮え湯の責苦に苛まれるのである。 --------------------------------------------------------------------------------- 「仔実装の唄」 今日も何処で木霊する 仔実装らの断末魔 生まれたときから禿裸 掌サイズの小さな躯に 火刑水責め刺突に殴打 数多の苦痛を刻まれて 顔すら知らぬ母親求め 唯ひたすらに助けを請う 頬を流るる枯れぬ血涙 死にたくないと叫びを上げて 偽石がパキンと砕け散る 嗚呼仔実装 嗚呼今日も死ぬ 今日も何処で木霊する 仔実装らの断末魔 髪も無ければ服も無し 生傷絶えぬ小さな躯に 飢えと渇きと極寒厳暑 幾多の惨苦を刻まれて 声すら知らぬ母親求め 唯ひたすらに赦しを請う 血涙すでに枯れ果てて 生きていたいと空を見上げて 偽石がパキンと砕け散る 嗚呼仔実装 嗚呼今日も死ぬ 今日も何処で木霊する 仔実装らの断末魔 寝ても醒めても針山筵 痣傷尽きぬ小さな躯に 鞭打焼杭斬肢に股裂き 無間の地獄を刻まれて 影すら知らぬ母親求め 唯ひたすらに救いを請う 既にこの世は千辛万苦 せめて来世に願いを託して 偽石がパキンと砕け散る 嗚呼仔実装 嗚呼仔実装 今日も儚く仔らは死ぬ
