タイトル:【虐?蒼】 仔実蒼.
ファイル:仔実蒼.txt
作者:匿名 総投稿数:非公開 総ダウンロード数:4674 レス数:2
初投稿日時:2006/08/27-23:50:14修正日時:2006/08/27-23:50:14
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7月半ばのある日、仔実蒼はその家の門をくぐった。
飼い主となる男の持つケージの中で仔実蒼はささやかな願いを、
主人の役に立ちたい、という願いを抱いていた。


田舎の町の古く大きな家に独りで暮らす飼い主は
放し飼いでは仔実蒼に目が届かないと考え、水槽を用意していた。
寝具やトイレはもとより、小型のエアコンまで備えた贅沢な作りで
大きさも申し分ないものだ。

ただ、水槽に入れられた仔実蒼は自分が囚われたような錯覚に陥った。

夏という季節柄、家中の障子、ふすま、窓が大きく開け放たれ、
広い部屋にポツリと置かれた水槽の中からでも、
隣室の向こうの庭が見え、さらにその先の雑木林が見える。
そんな古い家特有の開放感が、逆に水槽に閉塞感を与えているのかもしれない。
大きな町のペットショップからこの家までの道のりに見た、
広々とした風景の鮮烈さがそう感じさせるのかもしれない。

それでも、リンガルを見ては微笑み、自分に話しかけては微笑む主人の姿に
仔実蒼はその想いを強くした。


最初の一週間ほどは飼い主も頻繁に水槽を訪れていたのだが、
10日目あたりからは回数も時間も目に見えて減った。
単に月末になって仕事が忙しくなったからなのだが、
理由のわからない仔実蒼は一抹の不安を覚えた。
しかし仔実蒼がそんな感情を口にすることはなかった。

主人に要求をしない、というペット用実装シリーズ共通の教育は、
意思の疎通が困難になるという弊害もあるのだが、
たいていの購入者には評判が良いため、
仔実蒼を育成したブリーダーもこれを重視していた。
その教育が十分な成果を上げていた。


8月になってすぐ、飼い主は大きなダンボール箱を抱えて帰って来た。
暑さに行き倒れた親にすがりついて泣いていた何匹かの仔実装を拾ったのだ。

水槽の部屋で箱から出された仔実装たちは
天敵である実蒼石の姿に恐怖するが、それもわずかな間だけだ。
それは飼い主になだめられたからでも、仲良くしろと言われたからでもない。
ガラスの中にいる仔実蒼が自分たちに手出しできないとわかったからだ。
檻の中にいるならば猛獣も見世物に過ぎない。

危険がないことを理解した仔実装たちは見事なまでの糞蟲ぶりを発揮し、
仔実蒼の大切な主人に向かって嫌らしい媚を売り、汚らしい暴言を吐く。
それは仔実蒼には到底許し難いもなのだが、
主人が容認するならば自分も受け入れるしかなかった。

複雑な機械は苦手だとグチをこぼす彼に、
飼うのが実蒼石ならこれでも問題ない、とペットショップの店員に勧められて購入した
彼のリンガルは愛護モード専用のものである。
最初は虐待モード専用のものを勧められたのだが、
やはり虐待という言葉の響きに抵抗があった。

そのため、仔実装たちの媚も暴言も可愛らしい言葉に変換され、
飼い主には独り暮らしの寂しさを埋めてくれる賑やかさとしか映らない。
これが彼が仔実装たちの振舞いを看過してしまった原因である。

この部屋で飼うのだろうか? トイレは覚えられるだろうか?
何よりも先ず、主人への態度を改めさせなくては・・・
そんな仔実蒼の心配を他所に、飼い主は仔実装たちを放し飼いにした。

テチテチと家の中を騒がしく走り回る仔実装たちを優しく見守る飼い主の姿は
仔実蒼にとっては信じ難い、いや、信じたくない光景だった。
仔実蒼の中で主人への信頼がわずかに揺らぎ始めた。


数日にして新しい生活に慣れた仔実装たちは、
水槽に入れられたままの仔実蒼を見下すようになっていた。

入れ替わり立ち代りで水槽を訪れては、あのテププという下卑た笑いを仔実蒼に投げつける。
もしも躾の最中でなければ、笑いだけでなく糞も投げつけていただろう。

ブリーダーの下でならば即間引きとなるような仔実装たちは自由に家中を駆け回り、
ブリーダーの教えを守り、主人の言いつけを守る自分は水槽の中で一日の殆どを過ごす。
そんな境遇に仔実蒼の中で何かが崩れ始めていた。
それでも、不満を口にすることはない。


仔実装たちがこの家に来て1週間後のことである。
これまで飼い主は仔実蒼を水槽から出すときは仔実装たちを遠ざけ、
一緒にすることはなかった。
彼女たちの対面は必ずガラス越しだったのである。

だが、この日は違った。

仔実装たちが水槽を訪れているのを何度も見かけていた飼い主は
この子たちなら上手くやって行けると思ったのだろう。
居間に集めておいた仔実装たちの前に仔実蒼を下ろした。

仲良くやれよ、と飼い主は双方に声をかけるのだが
どうも仔実装たちの様子がおかしい。
天敵、それも自分たちを憎んでいるはずのものが目の前に現れたことに
仔実装たちはパニックを起こしていたのだ。

悲鳴をあげ、糞をもらし、逃げ惑う仔実装たち。
その音に、匂いに、姿に、今日まで受けた屈辱の記憶に
仔実蒼の天敵としての部分が強く刺激された。
そして自分の主人への無礼の数々への怒り。

学んだルールを守ろうとする理性が本能と怒りにすっかり飲み込まれると
仔実蒼は、見せつけるかのようにゆっくりと鋏を取り出し、そして———

派手にふっとばされた。
仔実蒼の様子にただならぬ気配を察した飼い主の一撃だった。
それは、咄嗟のことに加減を間違えたのか、よほど怒ったのか、
まだ15cmほどの小さな身体には強烈すぎるものだった。

飼い主の怒声に正気を取り戻した仔実蒼は、まだぼやける意識の中で
自分は取り返しのつかない過ちを犯したのだと思った。

主人の命令や、害虫の駆除などの正当な理由もなしに他の生き物を襲うことは
飼い実蒼にとっては最大級のタブーである。
主人や自分への侮辱などでは十分な理由とはならない。
少なくとも仔実蒼を育成したブリーダーの下では、
1回目はとびきりきつい躾ですんでも2回目には潰されるし、
いきなり潰される仲間もいた。

それを自分はやってしまったのだ。
しかも、主人の命令に背くという、もう1つの大きなタブーを犯して。

いつもより乱暴に水槽の中に下ろされた仔実蒼は、
自分は潰されるのだろうと思った。


1週間が過ぎても仔実蒼が潰されることはなかった。
飼い主はあの一撃で十分と考えたのだろうか。

さらに数日が過ぎた頃、仔実蒼は水槽の外に出してもらえなくなった。
遊びの時間はもちろんのこと、入浴も水槽の中に運ばれた洗面器で済ませる。
入浴の最中も後片付けのときも、飼い主は神経質そうな空気を漂わせていた。

よほど怖かったのか、もう仔実装が水槽を訪れることもない。

微笑みながらリンガルを見て、微笑みながら自分に話しかける飼い主の姿も
初めてこの家に来た日のものとはどこかが違う。

この頃になると仔実蒼は漠然とながら、自分の願いは叶わないだろうと思うようになった。


いったん諦めてしまうと、後は早かった。

実蒼石特有の慎重さは、狩人としての本能であると同時に
実装石のプラス思考・楽観主義の裏返しでもある。
実装石が奴隷を得ることで自分の価値を確認するように、
実蒼石は自分の存在意義を主人に仕えることに見出す。
慎重さも忠誠心も人間には都合のいい性質であるため、育成時に矯正が加えられることはなく、
精神的に未成熟な幼い個体ではその傾向は顕著なものとなる。

主人に要求をしてはいけないという教育が徹底されるほど、
思考は内でループするようになる。

心の拠り所を失った悲観主義から生まれた小さな絶望は、
負の思考のループによって大きな絶望となり、驚くほどの速さで仔実蒼の偽石を蝕んでいった。

飼い主が仔実蒼の衰弱に気づいたときには既に手遅れであった。
黒ずんで無数のヒビの入った偽石は、仔実蒼の命がもう長くないことを無情に告げていた。


結局、夏が終わる前に仔実蒼は3ヶ月足らずの短い生涯を閉じた。

一方の仔実装たちはそれよりもだいぶ早く、
仔実蒼の前に姿を現さなくなったときには全滅していた。

田舎の町の古い作りの家では、夏場ともなれば
仔たちにとって脅威となる動物が入り込むのは珍しいことではない。
掌ほどもある大きなクモ、長年庭に住むガマ、都会でもお馴染みの猫、
これらが来る度に仔実装たちは為す術もなく数を減らしていった。

この町に長く住む飼い主はこうした動物たちの脅威を理解しており、
それらから仔実蒼を守るために水槽を用意していたのだ。
そして、血統書つきの仔実蒼と、その数倍もするような高価な水槽を購入した直後では
仔実装たちの分の水槽を用意する余裕はなかった。
この家で放し飼いすることに高いリスクがあることを理解していたのは飼い主だけだった。

特に最後の仔実装を目の前で猫にさらわれてからは飼い主は神経質になっていた。
そのときの猫の俊敏さを考えれば、たとえ仔実蒼が手の中にいても油断は出来ない。
仔実蒼を水槽から出すのを避けるようになり、水槽の中で入浴させているときでも
周囲の気配に神経を尖らせた。

そう、飼い主は仔実蒼のことを不要だなどとは思っていなかった。
天敵を恐れぬぐらいに大きくなれば、せめて夏が終われば、仔実蒼の願いは叶ったのだ。


遊びたい盛りとは思えぬような寂しげな表情をした仔実蒼の死体を
飼い主は庭の日当たりのいい一角に埋めた。
その彼の姿もやはり寂しげなものだった。

仔実蒼が一言でも不満や疑問を口にしていれば、飼い主の対応は変わっただろうか。
少なくとも、自分の行動の理由を仔実蒼に説明していただろう。
それならば結果は違っていたかもしれない。

飼い主の実装についての知識がもっとあれば、仔実蒼は死なずにすんだのかもしれない。
ペットショップで最初に勧められた虐待モードのリンガルを購入していれば、
もっと別の結果が待っていたのかもしれない。

確かなのは、仔実蒼が飼い主の役に立ちたいと願っていたことと、
飼い主は仔実蒼をとても大切に思っていたことだけである。


(終)

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1 Re: Name:匿名石 2014/11/15-15:31:30 No:00001558[申告]
結局救われないのが実装

2 Re: Name:匿名石 2014/11/17-18:07:21 No:00001559[申告]
悲しい
糞蟲以外には善意しかないのに不幸な最期になるのが悲しい
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