光 る 目 −−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−− それは、夏の蒸し暑い夜の出来事だった。 男は思った… ”何故、こんな事になったんだろうか?”と…。 暗い闇の中で再び光が見えたとき、男は絶対的な死を自覚した。 ”思えば、初めは…” −−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−− 大学のサークルで深夜まで飲み明かすことが多かった。 まぁ、普段の活動も大したことがないとはいえ、 夏休みの今は特にすることなんか少なく、その割に持て余す時間だけは増える。 夏場、ほとんど名目だけのスキー同好会なんてそんなものだ。 肝心の冬もあんまり変わらないのが俺たちらしいといえば俺たちらしい。 自然とこの時期は半ば公認で構内の自分たちのサークル部屋で飲むのが、 長年の習わしとなっており、俺たちも受け継がれた風習を自然と実行していた。。 飲み続けるのに飽きると始まるのが、これまた恒例の納涼百物語である。 だが、その日は違った。 「何かなぁ…流石にネタ切れだよな? なんかさぁ、リアルスポットの話無いの?」 メンバーの話が一周して、としあきが言った。 「リアルスポットねぇ…例えば○○橋で写真を撮ると絶対、変な光が写るとか?」 「そうそう、近場でない?」 「はーん、としあき君、ひょっとして肝試ししたいんだ…」 「それか、いいねぇ」 「私、苦手…パス」 「近場なら○×峠の旧○×トンネル…出るって噂だぜ 赤と緑の光がたくさん光って…」 「それ、結局実装石だったって話じゃん…行った奴が言ってたぜ あそこ、野良が寝床にしてるって」 「え…それって駆除入ったって話よ…ほら、勝手にダンボールの箱とか置いて、 歩道を占拠した上に不潔でしょ? いくら旧道で街灯も撤去されて、夜に誰も使わないとしても昼間通る人がいるじゃない」 「ああ、でも、野良実装なんて定住できそうな場所があるとどこからでも沸いて住み着くじゃん。 だから駆除してダンボール撤去したぐらいじゃすぐに増えるって…」 「それがさ…先月、駆除があってから、あそこの道にダンボールハウスがないのさ… そりゃ、昼間に運び込んで作っている奴はいるが、翌日になるとキレイに無くなって居るんだとさ…実装石ごとね。 そんな訳で、先月からあの道はキレイなままなのさ。 ソレが不思議で、あのオカ研(オカルト・SF・ミステリー研究会)が調べに行ったらしいぜ」 「おい、まさか…」 「「えっ、何よ」」 「そうさ、オカ研の連中…ワゴンで行って誰も帰ってこなかった。 構内や新聞では事故だって事になってるのはみんな知ってるけど、 俺の友人は、朝にあそこを通るから知ってるんだよ。 ワゴン車はトンネルの中でエンジン掛けたまま乗り捨てられてたって。 死体なんて無かったってな… ちょうどその”光る目”の話が出始めた最中だし」 「どういう事よ…事故は知ってるけどそんな話はなかったわよ…全員オカ研だったの? 信じられない…やばそうよ」 「一部じゃ最近流行ってる話だぜ。 死体は警察が捜索して山の中で見つけたとか、 教授や家族には、かん口令が敷かれて事故で手打ちになったとか… 今、夏休み期間だから大事にはなってないけど、 その話を聞いた連中が、興味本位に深夜に行って行方不明になってるらしい」 「はははは、良くできているよなその話…おもしろそうじゃん! 今から行こうぜ!」 「ちょっと、としあき…この話他の噂の類と違うわよ!事件になってるのよ!」 「だからだよー。 大体、実際の事件・事故の真相は別で…ってのは普通に使われる話じゃないか? 光る目だって?実装石の住処で…家がない? どうせ、虐待派が怖くて怯えてる連中じゃないのか?オカ研の連中だってただの事故だよ。 夏休みに行方不明っていわれてもな。警察は?そっちは新聞に載ったか? それに、真相は見に行って確認するのが一番だ!肝試しには最適だな」 「”カオス実装”って事もありえるぜ」 「なら、おれのブルーⅢとブルーⅣを連れて行くよ…なら怖くないだろ? 実装石だろうが幽霊だろうが、本当に出てきてもな」 としあきは、”ブルーⅢ”と”ブルーⅣ”と名付けた実蒼石を飼っていた。 としあきは特にブルーⅢに全幅の信頼を置いていた。 ブルーⅢは、実装石千匹斬り大会の北信越大会記録保持者で全国屈指の実蒼石として有名だった。 千匹斬りのみならず、実装ファイトでも負け知らずであった。 ブルーⅣも、それほどではないが強かった。 それほど強い実蒼石がいれば、強気になるのも無理はなかった。 同時にブルー達は俺達の間ではマスコット的な存在感があった。 それだけに、ブルーに守られているというのは確かに心強かった。 結局、としあきに乗せられ、4人と2匹は、車で問題のトンネルに肝試しに出ることに決まった。 −−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−− 「やだ、本当に街灯どころか、トンネルの中だってほとんど電気ついて無いじゃない…」 「身体冷えそう…ここってこんなに怖かったっけ」 「夏でも深夜ならすこしは冷えるさ…それに、トンネルから冷たいいい風が吹いてるしな… ほら、懐中電灯…ちゃんと新品の電池だよ。 しかし、ちゃんと肝試し向きだよなこの暗さと寂れ具合」 「よし、ブルーⅣ!俺たちの先頭頼むな。 俺の前2m以上5m以内の範囲で先を歩いてくれ。実装石が居ても悪戯に手を出すなよ。 ブルーⅢは、俺たちの中心な」 「「ボクゥ!!」」 としあき達は、全長300mほどのやや左にカーブを描くトンネルを抜け、 また、車まで戻ってくる肝試しを行おうとしていた。 街灯はなく、トンネルの中の照明すら所々が切れ、長い間メンテナンスされていないことを物語っていた。 奥を見るほどに暗くなっていくトンネルは不気味さを漂わせ、 トンネルの空気は冷ややかですらあった。 この夏のさなかにこの様子では、昼間も風があれば、ある程度は快適であろう。 それなのに、車道はもちろん、歩道にもあの厚顔無恥な緑のナマモノ達の姿はない。 恐山はおろか、今やどんな心霊スポットにも寝床を作り、人を見かければよって来ては雰囲気を台無しにする実装石達。 それが居ないことにより、それだけで、さらに静かであるという不気味さが増していた。 カツーンカツーン… 靴の音だけが響く中、4人と2匹は言葉もなく歩を進める。 100mも進めば頼りになる光は懐中電灯しかない。 照明は数少なく、そして、明度が恐ろしく低い。 点いていれば点いているで、頼りにはなるが、薄暗く周辺を照らす程度でしかない。 キラッ… 赤と緑の光がいくつか歩道に光っている。 ライトを照らせば反射が余計に怪しく光る。 「キャーーーーーー」 「おちつけよ…ブルーⅣ!」 一瞬の間をおいて、「デ!デギァァァァ!!」「デペピァ!」の叫びとともにいくつかの光が消え、 幾つかの光がでたらめに動き出し、その1対がライトの所に歩み出てくる。 「デデデデ…デスゥ♪」 恐怖に震え、ヘナヘナと腰を落とした実装石が、人間を見つけて助けを求めに来たのだ。 実装石はこんな場所にいながら、人間以上に夜目が全く利かない。 こんな暗がりで天敵たる実蒼石に襲撃されればそれは恐怖だろう。 こいつはパニックの中、めざとく明るい懐中電灯の光を見つけて寄ってきたのだ。 そして、恐怖で漏らしたまま女座りをして口に片手を当てて弱々しい素振りをして媚びた。 「ほら、やっぱり居るじゃないか実装石」 「本当…でもドキドキした…」 「え〜ん、私、こんなの苦手っていったのにー」 「ああ、ダンボールハウスもあるや…やっぱりガセかね? 取り敢えず一通り奥まで行ってこようか…」 「デ!デスデスデッスゥ!デスゥーーーー」 実装石は、人間達に救いを求めてもいっこうに無視され、ついに癇癪を起こしだした。 「ボクゥ」 今まさに人間の足に殴りかからんとした瞬間、実装石の正面にブルーⅢが立ちはだかった。 「デッ…」 言葉に詰まった瞬間、実装石は何もしていないのに後ろに倒れると、 パン!と音を立てて胸の辺りが膨らみ、目玉が落ち、ドロっと形が崩れた。 あまりの急激なショックに、体内の偽石が炸裂して絶命したのだ。 4人は、やはり実装石が屯していることに、多少落胆しながらも奥を目指した。 やがて、さらに奥に行くに従い、通路にあるべき照明すら無くなり、 頼りになるのは4人の懐中電灯だけとなった。 しかし、4人は、そのことに気がつくのが遅れてしまった。 それは1つの予兆だったのだ。 4人は、実装石が居ることに緊張の糸が切れていたのだ。 そして、奥に行けば行くほど増えていく実装石の光る目が増えていくことにうんざりし出していたのだ。 −−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−− 「コレが”光る目”の正体か…拍子抜けだな。 お前の友人も案外度胸がないな…」 としあきが笑いながら口を開く。 しかし、いつもと違いどこかトゲのある口調だった。 「俺の友人は車を見つけただけだよ。 光る目は構内の噂話だよ」 「そうか、明日にでも他の部の連中に正体を晒してやるか…」 「やめなさいよ、としあき…本当に子供っぽいと言うか」 「おい、何かおかしくないか?」 「何が!?」 としあきは明らかに苛立っていた。 実装石の目がひたすら多く光っていることに苛立っているのだろう。 苛立つ理由は幾つかある…それを全員が気がついている。 俺は、それらを全員の共通問題とするために、あえて沈黙せずに指摘した。 「もう、どれだけ歩いて居るんだろうな…俺たち」 そう、時計を見ていないから何とも言えないが、 少なくとも、たった300m程のトンネルならすでに外に出ていてもおかしくはない。 しかし、懐中電灯で照らされる世界は、天井も壁も、ずっとあのトンネルの光景なのだ。 そして、自分の周りが懐中電灯以外の光がない視界の感覚的狭さも苛立ちの要因だ。 さらに、奥に行くに従って実装石の数がやたらと多くなっている。 俺たちの歩く車道にすら屯している。 しかも、実蒼石が居るというのに逃げ出す様子もない。 さらに目立つ人間が来たというのに、逃げも寄ってくることもない。 暗くて、実装石が実蒼石に気が付かないという事もあるが、 最初の疎らな状態ならいざしらず、これだけの数になれば接近度・接近率は高く、 そして、いったんパニックが起こればトンネル内に実装石達の間抜けな叫びがこだまし、 トンネル中の実装石が大騒ぎになる…それを俺も予想していた。 もし、実蒼石の存在に気が付かなくても、 人間の姿を見つければ、どんな場所・時間でも餌を貰いに来たり、飼えとねだってくるのがヤツらだ。 その実装石らしくない行動も特にとしあきを苛立たせる。 「俺の推測じゃもう入ってから20分近く歩いている…もう外が見えても…」 「ちっ…暗いな…いつの間にこんなに暗くなったんだ」 「ダメよ、ヘンなこと言わないでよ…これ以上進めないよ」 「どうするの?前も後ろも全然視界無いじゃない…何分歩いているの?」 「このトンネルは微妙な左カーブを描いているから先が見えにくい。 だから、長く歩いている感覚がするんだ。 この通り視界も狭いし、時間の感覚も長く感じる。 実は、俺たちが自然と及び腰になって、歩幅が狭くなり、思ったほど距離歩いていないって事もあるぜ」 止まって考える事をするといつものとしあきが戻ってくる。 やや強引な理論の展開で、グイグイみんなを引っ張るいつものとしあきだ。 としあきは、周りの暗さに対応するために、女性陣2人のもつ多機能懐中電灯を蛍光灯に切り替えた。 自分たちの周りを照らすためだ。 女性陣2人の持っているのは大型のラジオやランタン機能の付いた電灯で手回し発電も出来る。 蛍光灯により広く明かりが足下を照らしていることで、ずいぶん視界が変わる。 足下や、周辺、そして仲間の姿がはっきり見えるのは、やはり安心感がある。 さらに、先行するブルーⅣを呼び戻すと、自発光スティックを折り、曲げて輪を作り、 ブルーⅢ・Ⅳの首から提げさせる。 そして、今度は2匹とも、前方を先行させる。 今度はきっちり3mの距離を保つように伝える。 「いくら歩幅が短くなっていても、時間の感覚が分からなくても、 時間的には大分、奥まで来ているさ…引き返さずに、とりあえず反対にいったん出て涼んでから戻ろう」 そういって、一旦、携帯で時間を確認したとしあきは足下に伏していた実装石を蹴り避ける。 「デペラァ…」 実装石は身体を転がし、仰向けに大の字のままピクピク痙攣した後、コポッと口から嘔吐して息絶えた。 俺は違和感を感じた。 蛍光灯で見えた実装石は、俺たちがそこにいるのに、何かに怯えてひれ伏しているようにも見えたのだ。 いや… ただ、たまたま人間が怖いと感じるヤツが、俺たちに怯えて土下座をして居たのかもしれない。 いや… それにしては、そいつはデタラメな方向に頭を向けていた。 俺たちが進もうとする方向だ。 それに、蹴られたヤツはいつもの実装石のオーバーな痛がり方もなく死んだ。 そんなに強い蹴りでもなかった筈だ。 いや… そんなことは関係ない。 涼しいと思われたトンネル内も、いつしか風が無くなって、空気が蒸していたのだ。 肌にまとわりつくような湿気で重い空気が、暑苦しく感じられる。 二酸化炭素の濃度も僅かに高いのだろう。 俺たちだけならいざ知らず、照らしてみるだけでも相当な数の実装石が居る。 酸欠を感じるほどでもないが、空気の移動が少ない状態では息苦しさも暑さも感じる。 としあきの意見に全員が納得する。 とりあえず、外の空気を吸い、少しでも風を感じたい。 おかしな話だった。 トンネルの中であれば、当然、両端は開いている。 いくら夏の蒸し暑い時期とはいえ、確かにこのトンネルに入る前は、 トンネルの入り口は寒さを感じるほど風が吹いていた。 それが、突然、風を感じなくなっていたのだ。 あの最初に実装石を見かけた後ぐらいからだろう。 思えば…あの後から、トンネルの電灯が消えているのが多くなっていたのだ。 それに、道の中ごろだとしても、月の明かりがどちらかに少しは見えてもいいはずだ。 それは、まるであのときから別の空間に足を踏み入れたような… いやいや、照らされる壁や天井は確かにあのトンネルだ。 床も変わらないアスファルトの車道で、中央線もある。 相変わらず実装石もいる。 そして、実蒼石ブルーⅢ・Ⅳの淡い光の首輪も光っている。 人間のように心理や思考による空想の恐怖を起こさない彼らは、恐怖に幻覚を見る心配もない。 だが、不安から、俺たちはいつしかお互いの肩が触れるほどの距離に近寄っていた。 普段なら女性とこれほど接近できるのは、例え相手が仲間とはいえ喜ばしいことだが、 今は何故かそんな余裕がまるでなかった。 それは、女性陣の震えからも感じられた。 今度は少しでも早くと足が速くなる。 しかし、奥に進もうとする俺たちの足を遅滞させるのが、大量の実装石達だ。 多少の数なら、蹴り避け、蹴り倒し、踏んででも何とかなったが、 今は、俺たちの存在を何とも思わない実装石が、まさに一面の絨毯のようになっている。 一様にひれ伏して動こうとしないのだ。 「ブルーⅢ・Ⅳ!!排除してくれ」 ついにイライラが頂点に達したのか、としあきが命令する。 命令が無い限り、自発的には実装石を狩らないのが、調教されたブルー達だ。 淡い光の首輪が闇に踊ると、再び、緑の肉片とともに悲鳴が木霊する。 さすが、千匹斬りの最短時間の記録を持つ実蒼石…みるみる車道が肉片に埋められる。 肉片が足の踏み場もないほどに散乱するが、まぁ、実装石の生身を蹴り倒して踏みつける手間を考えれば、 格段に歩きやすい道となっていく。 しかし…やはり… 実装石は、狂ったように一方向に向かって…やはり土下座を繰り返したままだ。 身体を実蒼石の鋏に斬られて初めて断末の悲鳴を上げる。 そして、その仲間の姿を見ようが、悲鳴を聞こうが、お構いなしに震え伏している。 俺は、ようやく、その感じた違和感に対して原因を探ってみようという考えを実行に移した。 今、足下に残る実装石1匹の背中をつかむ。 「デデェッ!!」 実装石は怯え、頭を隠すように両手で覆い、ガタガタと震えながら水のような軟便を激しくまき散らす。 持ち上げると、今度は狂ったように両手両足をバタつかせる。 その暴れ具合は常軌を逸したレベルだ。 普段の実装石など、人間が掴み上げても喜んだり怒ったり暴れると言っても限界がある。 ところが、今のこいつは、力の加わり具合がまるで違う。 前進を動かせば、危うく手から落としてしまいそうで、思わずヤツの肉に指を食い込ませる事になる。 それぐらいしないと落としてしまうからだ。 そして、手足もまるで千切れるのも構わないという勢いで振り回す。 事実、ヤツの片腕は、自らの力によって本来曲がらない位置に振り回され、ゴリゴリパチンと骨の折れる音とともに、 あらぬ方向に折れた。 痛みに弱い、自らの身体の異常に精神的に弱い実装石が、自らの肉体を痛める時は、 よほど精神的なストレスが加わったときか、一定を超えた興奮状態。 とにかく、正常な判断の出来ない精神状態であるのは確かだ。 そいつはそのまま、さらに抵抗を続ける。 実装石にとって、我々の骨や筋肉やあたる物は存在するが、正確な分類分けはない。 肉体を稼働させる便宜上、同じ”肉”が身体を支える骨格や単機能筋肉の役割に特化した変化をしただけであるのだ。 折れて骨が機能しなければ、再生する間、近くで休んでいる肉が多機能筋肉に戻って、代替えの機能をするのだ。 力は弱くなったが、骨という枷を外れた腕が背中を掴む俺の腕をバチバチと叩いている。 顔は肉が醜くヒクヒクと痙攣するように動き、その両目は周りに皺が出来るほど見開かれ異様に飛び出た眼球が、 普段の間抜けな中にコミカルな可愛さを持つ構成の顔を、より醜い方向に変えている。 さらに、目からアニメや漫画の過剰な表現そのままにあふれ出す涙は、 まるで点滅シグナルの様に透明だったり、赤だったり、緑だったり、あるいはそれが混ざったり…。 それも左右で違う物が次々とあふれている。 その間も糞は、まるで低圧ドドンパでも食わせたかのように吹き出している。 「デヒッ!デヘピペ…デパ、デチィ!レレレレレ…デヂィィィィィ」 リンガルを持っていれば何と言って居るんだろうな…。 残念ながら、リンガルを誰も持っていなければ、誰の携帯にもリンガル機能は付いていなかった。 でも、たぶんコレは解析エラーが出るに違いない。 「何してるの!?臭い…」 「ちょっと…」 「おい、何やってるんだ、そんなのに構うなよ」 そいつは、俺の手の中で、糞を噴き出し、涙を噴き出し、みるみる痩せて、 ゴポァ!とついには内臓が裏返って口から吐き出される。 そして、その内臓がパン!と炸裂して、そいつは形が崩れだした。 恐怖のあまりに偽石が破裂したのだ。 俺はそいつの炸裂した返り体液を前進に浴びながら、手の中で溶け出している実装石の肉体だった物を握りつぶした。 こいつはいったい何にこれほどの恐怖を抱いていたのだ? 俺たち人間にも、天敵たる実蒼石に対しての恐怖ではない。 何か、それ以上の恐怖をこいつらに与えている”もの”が確かに”居る”のだ。 実装石は実蒼石と比較して、ある種の知能が高く特定の知能は低い。 それ故に、実蒼石と違い、ある程度人間と同じ恐怖心があり、恐慌し、その恐怖が幻覚を産む。 しかし、その恐怖を明確に植えつける”現実的恐怖の存在”が無ければ、 幻覚を見るほど恐怖をしないのも確かだ。 そして、それが俺たち人間より遥かに怖いものであることは確かだろう。 「絶対におかしい!こいつら何にこんなに怯えているんだ!?」 −−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−− ヒュー… その時、まさに生温い風が奥から吹き抜けてくる。 臭いには慣れた筈なのに、鼻を突く不潔な実装石の生ゴミの様な体臭や体液、 さらにそれを醗酵させた糞の臭いがする。 そして、そちらを向いた俺達の前に、莫大な数の赤と緑の光がイルミネーションの様に浮かんでいた。 地面に並んでいるのではない。 それは形を作って宙を漂っているのだ。 ライトを当てると、巨大な球形の黒い物体に実装石の目と同じものが無数に張り付いている。 所々から黒い触手の様なものが伸びてしなって、地面にひれ伏す実装石を突き刺しては身体に運び、 身体が裂けて、実装石を取り込んでいく。 ”カオス実装”だ。 滅多に見る事が出来ない実装石の変異種。 多数の実装石の偽石が集合し、さらにそれを支える為にその実装石たちの肉体をも融合しているという…。 その姿は一定ではなく、その姿を見たものは少ない。 コレは、外観からして、良く聞く”百目”と呼ばれる形なのだろう。 目撃者が少ないのは、その力は超常的で、もはや実装石ではなく危険極まりないからだ。 「ブルーⅢ!ブルーⅣ!そいつを倒してしまえ!」 それしかない。 カオスは、もはや、生物としての知能や知性が存在しない”モノ”なのだ。 いや、必要としない”存在”なのだ。 遭遇した以上、ただ逃げようとして逃げられる確率は低い。 光る首輪が闇の中、華麗に舞って左右に別れ、カオスを挟み込んで交錯する。 「デボァァァァァァ」 トンネルに響くのは、怪物の重低音の悲鳴。 ひとつの身体から、何重にも叫び声が響く。 それが何度も続く。 しかし、カオスは悲鳴を上げながらもゆったりと漂ってこちらに向かって移動してくる。 何せ、身体を裂いても裂いても、その傷が瞬時に内側から膨らんで、 実装石の頭の形になったかと思うと赤と緑の目が光って、身体の奥に潜り込んで傷が塞がる。 何百という実装石の肉体を吸収して巨大化できる偽石があるのだ。 しかし弱点もある。 動きが緩慢なのだ。 伸びる手も、実装シリーズ最強の戦闘力と俊敏さを持つ実蒼石相手では、まるで追いつけはしない。 まして、ブルー達は並みの実蒼石ではない。 技量も戦術も兼ね備えているのだ。 それでも、何度切りつけても即座に再生する”カオス”相手に致命傷を与える事は出来ない。 流石に疲労の色が見えると、徐々にカオスの手がブルー達を捉え始める。 カオスの耐久力が尽きるのが先か、ブルー達の足が止まるのが先かと言う泥仕合だ。 流石の実蒼石も実装の枠を超えた存在には苦戦している。 「ボクゥゥゥゥゥゥゥ!」 「キャ!」 闇の中で光の動きが一瞬止まると動かなくなった。 ブルーの悲鳴が聞こえて、思わず女性陣が悲鳴を上げる。 ふだんそこらじゅうでゴロゴロ転がって死体を晒している実装石と違い、 部のマスコットであるブルーの悲鳴だ。 俺もとしあきも苦虫を噛み潰した表情になる。 俺は、そのブルーの方にライトを向けると、肩の辺りに黒い触手が伸びている。 帽子の飾りの色から、それがブルーⅣだとは全員が理解する。 としあきは、あくまで残りのブルーⅢの援護の為にカオスを照らして、 その姿を正確に把握できるようにしている。 ブルーⅢが、目にようやく捉えられるほどの速さで、 ブルーⅣに駆け寄る。 触手を切断しブルーⅣを助ける。 「ボクゥ!?」 「ボクゥ…ボクッボクボックゥー!」 そして、再び2匹がカオスに向かっていく。 それでも、手傷を負ったブルーⅣの動きは明らかに精彩を欠いていた。 今度は左足が刺し捉えられ、再びⅢに助け出される。 もはや、ブルーⅣは防戦一方、それも、ブルーⅢが庇っての状態だ。 「ブルーⅢ!任務優先だ!Ⅳを救うにはそれしかない!!」 としあきの檄が飛ぶ… それはブルーⅣを庇うなという事だった。 冷酷なようだが、それしか方法は無い。 ブルーⅣも納得したように頷くと、ブルーⅢの肉体が再び華麗に舞っていく。 黒い触手が幾重にもブルーⅣに襲い掛かっていく。 ブルーⅣは、それを片手でしか保持できない鋏で捌き、受け流しながらジリジリと後退する。 カオスの力は容易に片手で捌ける類の威力ではない。 しかも、耐える片足も負傷し、足元は実装石達の体液や肉片で足場が悪い。 負傷も実装石ほど驚異的な肉体の再生能力はない。 それでも、ブルーⅣは、何とか少しでも長く注意を自分に惹き付けるために頑張った。 もし、ブルーⅢが本体を攻撃しながら、その触手のいくつかを切断していなければ、 僅かな間も耐えられなかっただろう。 俺たち4人は、それに介入する事は出来ない。 俺達では、実蒼石の自由な攻撃範囲を阻害し、スピードの足を引っ張ってしまう上に、 それを補う満足な攻撃手段がない。 「ボクゥ!ボボクゥゥゥ…ボクッ!ボクッ…」 「ボクゥー!!」 ブルーⅣはひたすら耐え、ブルーⅢは蜂の様に舞い、襲い掛かった。 「ボクゥ!」 バサァ! 一際大きな切り傷を与えると、その傷は鈍く体液をたらし続けた。 再生能力が極端に落ちていた。 「もう一息だ!」 としあきの声に力が篭る。 「ボクゥゥゥ!!」 しかし、抵抗むなしくブルーⅣも捉えられる。 カオスは、捉えたブルーⅣをその避けた切り口から飲み込んで栄養を補給しようとしている。 ブルーⅣは、瞬く間に、傷口に下半身を咥え込まれる。 「ボボ!ボックゥ…ボクゥゥゥゥゥ…」 その時、ブルーⅢがその隙を完璧に捉えた。 カオスがブルーⅣを食おうとする隙を突いて、 歩道との境のガードレールを足場に一際大きくヤツの頭上に跳躍すると、 その開いた傷口にめがけて高所から矢のように身体を小さくし鋏を構えて、 天井を蹴って突入したのだ。 グサ!! 「ボクゥ!!」 手応えあり!!そう叫んだように聞こえた。 「「デェェェェェズゥゥゥゥゥゥゥ」」 幾重にも重なる重低音の絶叫。 ブルーⅢはその深々と刺さる鋏を渾身の力でゆっくり開くと、 「ボックゥゥゥゥゥ!」 と鋏を戻して、その取っ手を上から両足で上から踏んで押し込んだ。 「「デギァァァァァァァァァァ…」」 まるでクリスマスツリーの様な光る目が、瞬時に何十個と闇に弾け飛んだ。 抜け落ちた目の穴から体液を噴いて、宙に浮いた巨体はゆっくりと引力に惹かれるように変形しながら、 地面に身体をつけ、徐々に形が崩れていく。 残った光る目も、次第にライトの光を反射しないように曇っていった。 ブルーⅢは、鋏を体内から引き出し、ブルーⅣを救出しようと肉を裂く。 ブルーⅣも、自らの鋏で自分の周りの肉を裂いていく。 「勝ったのか…」 「ブルーちゃん勝ったの?」 「ブルー…」 「ああ、勝った…勝ったよ」 としあきが泣いていた。 壮絶な戦いだった。 カオス実装という存在がコレほど恐ろしいとは誰も想像していなかった。 そして、それ以上にとしあきのブルー達は強かった。 ブルー達は、倒したカオスの側で身動きできない。 それほど疲労していた。 俺たちもその場で4人肩を抱き合って座り込んだ。 見ている緊張感が切れたのだ。 なおもその場に生き残った実装石達が何かを叫びながら右往左往している。 どうやら、普段の実装石に戻って勝手にパニックに陥っているようだ。 そんなモノは勝手に騒がせておけば良い。 全て終わったんだ… 幽霊騒ぎは、この百目カオスの起した事だろう。 人間すら凌駕するスピードと戦闘力の実蒼石、その実蒼石2匹掛かりで互角以上のカオス…。 こんなのに襲われれば、普通の人間には成す術はない。 オカ研や行方不明者は、コイツの手に掛かったのだろう。 でも、もうそれは終わった。 その元凶は、俺達の照らすライトの先で、腐臭を放って腐り落ち、 巨大な偽石は黒くなり、ブルーⅢの鋏の跡から大きくヒビが走っていた。 全て終わったのだ。 −−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−− 実装石が騒がしく右往左往する中、俺達は生きていることに感謝した。 「やったなとしあき…」 「怖かった…」 「助かったのね?」 「ああ、助かったんだよ!俺のブルーがやってくれたんだよ!」 としあきが続けた。 「カオス実装がコレほど怖いとは思わなかったけど…とにかく元凶をやっつけちまったんだぜ」 「ああ、とにかく車に帰ろう…前に進むのは疲れたよ。 車でスポーツドリンクが飲みたいよ」 それには全員賛成だ。 俺たちが入ってきた方に引き返そうと立ち上がる。 「おい、ブルーⅢ・Ⅳ…よくやった戻って来いよ…」 としあきの呼びかけに、 しかし、ブルー達は答えなかった。 ⅢもⅣも、こちらを向かずに、俺たちが進もうとしていた方向の闇を見続けている。 「おい!ブルー…あっ!」 闇の中から、再び、赤と緑の無数の光が浮かび上がってきていた。 俺達は叫ぶ事も出来なかった。 ライトを、その闇に照らすことも出来なかった。 恐怖は終わっては居なかったのだ。 −−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−− つづく
