飼っているトカゲの活餌として蛆実装を与えている男が、ペットショップの店員や同好の士や友人の虫マニアに活餌としての実装石について尋ねてみた。 以下はその答えを纏めた物である。 ・ペット:トカゲの場合 ケージの中に設置された円形の皿に、五匹の蛆実装がいた。 「レフ~」 「ここなんレフ?」 「ウジチャン達、飼いウジレフ? 野良ウジレフ?」 五匹は生きていたが、全てハゲハダカで通常の蛆実装より若干小さかった。 「おサトウレフ? レェェン、アマアマじゃないレフ~」 「喉が渇いて来たレフ。お水欲しいレフ~」 「ここから出してくださいレフ~」 ウジ実装達が入っている皿にはカルシウムパウダーが薄く敷かれている以外、蛆実装達のためになるものは何もなかった。 そこに、ケージの主であるトカゲが近づいて来る。 「レ? トカゲさんレフ? プニプニしてくれるレフ?」 それに気がついた一匹がプニプニを期待して仰向けになるが、トカゲは当然応じない。その蛆実装に顔を近づけ……舌で器用に捕まえ、口に入れた。 「レヂッ」 小さな断末魔の叫びを発し、消える蛆実装。トカゲは一匹で満足したのか、ケージの奥に戻っていく。 「レヒィッ! お友達が食べられちゃったレフ!」 「助けてレフっ! ここから出してレフッ!」 「レェェン! 怖いレフっ、ママ、オネチャ、助けてレフ~!」 「ウジチャンも食べられちゃうレフ~!」 残った四匹の蛆実装はパニックに陥った、恐怖に泣き叫び、皿から脱出しようと短い手足でもがき、会った覚えのない母や存在するかどうかも不確かな姉に助けを求める。 「レェェ……」 そして恐怖によるストレスのあまり、偽石がパキンと音を立てて砕けた事で次々に死んでいった。 上記のような事があったと説明した後、トカゲを飼っている男は「ミルワームの方が良い。少なくとも、うちのスタイルには蛆実装は合わない」と答えた。 「うちでは元々ミルワームを活餌にしている。皿の上に何匹かのミルワームを乗せておいて、トカゲが食べたいときに食べるって方式でね。 でも、行きつけのペットショップで冷凍蛆実装が安く売っていたから、試す事にしたんだ」 「冷凍されていても、自然解凍してしばらくすると仮死状態から復活して動き出すって聞いたから便利だと思ってね。活餌なのに保存出来てその間の世話はいらないって、革命的だと思ってさ。 栄養価もミルワームと同じくらいの低さだったし、同じ方法でやればいいだろうって。……でも、それは大きな間違いだったよ」 男が仕事から帰って来てケージを見ると、皿は緑色に染まっており四匹の蛆実装が死んでいたというのだ。 「驚いたね。トカゲは猫と違って食べ物で遊ばないから、何故死んだろうだろうって不思議で仕方がなかった。それで販売元に問い合わせてみたら、死因はストレスだろうって」 男は大きくため息を吐いた。 「仲間が目の前でトカゲに食われた恐怖と皿から脱出できないストレスで全滅するなんて、とてもじゃないが使えないよ。一匹一匹ピンセットで摘まんで給餌するスタイルならともかくね。 まあ、徳用の袋にまだまだいるから仕事が休みの日は蛆実装を餌にしているけど、それが無くなったらもう買わないかな」 ・サソリを飼っている男の場合 その親指実装が売られていたのは、実装石や他の石シリーズ専門店の実装ショップではなく、ペットショップだった。 「レチュ~ン」 「レチュン♪」 気がついた時にはハゲハダカだったが、今周りにいるのは同じハゲハダカの親指実装だけだったので気にする個体はいなかった。 お友達(同族)とケージの中で歌を歌ったり踊ったりして過ごしていた。そんなある時、ケージの上からトングが差し入れられる。 「レチュ~ン♪ ワタチ、選ばれたレチ!」 そして、ある親指実装がトングで捕まれプラスチックのカップに入れられる。ケージに残っている親指実装達は買われた親指実装を羨ましがるが、五分と経つ前にその事を忘れて過ごしだした。 一方、買われた親指実装は上に空気穴があけられたカップの中でこれから始まる飼い実装としての実生を夢見ていた。 「ワタチ専用のケージにフカフカのポカポカオフトン。ウマウマゴハンにアマアマオヤツ、オモチャも欲しいレチ。ニンゲンママにはお返しに、お歌を歌ってあげるレチ」 レププとカップの中で笑う親指実装だったが、気がついたら眠ってしまっていた。 「レチュ……?」 そして、振動と物音によって目が覚めた。やっとニンゲンママのお家に着いたのかと起き上がる。 「さてと……アンタレス、ご飯だぞー」 そしてカップの蓋が開き、親指実装を買った人間の顔が見えた。 「初めましてレチ、ニンゲンママ! アンタレスって、ワタチの名前レチ? ウマウマゴハンちょうだいレチュ!」 元気よく挨拶をする親指実装だったが、飼い主の人間は親指実装とコミュニケーションをとるつもりは最初から無かったため、リンガルを用意していなかった。 「よしよし、活きが良いな。ほら、アンタレス、ご飯だぞ」 そしてピンセットで親指実装を摘まみ上げると、ケージに入れた。 「ここが新しいお家レチ? 砂と石ばっかりレチ」 砂と擬岩でレイアウトされたケージは、親指実装の理想とはかけ離れた環境だった。しかし、すぐにケージの本物の主が現れる。 「レ、レチ!?」 親指実装の倍以上の巨体に、大きなハサミ、そして毒針の付いた尻尾……サソリである。 「レッ、レチ! お化けレチィィィ!」 サソリと言う日本の山野や公園で暮らしていればまず出会わない捕食者を前にして、親指実装は恐慌状態に陥った。尻餅をついて叫んだまま、脚をばたつかせて後ろに逃げようとする。 「ニンゲンママッ、助けレチィ!」 しかし、まったく逃げられていない。人間でもその挙動ではろくに下がれないのに、脚が短い親指実装が下がれるはずがない。 そして一連の動きを観察したサソリのアンタレスは、親指実装を獲物として認識した。 「レ゛ッ!?」 無防備な親指実装の腹に向かって、素早く毒針を突き立てる。その瞬間、親指実装の体は麻痺した。 「レヂィッ、ヂィィ……」 そして、動かなくなった親指実装の体を左右のハサミで掴んで脚からムシャムシャと食べ始める。 (ニンゲンママ、なんで笑ってるレチ? アタチのアンヨが無くなっちゃうレチ、マ……ママ……助けてレチィィ) 親指実装にとっての不運は、最初に尻餅をついてしまった事だろう。もし立ったままなら、毒針が腹ではなく頭に刺さってすぐ気絶できたかもしれない。そうでなくても、コオロギを食べる時のように頭からサソリに食われて直ぐに死ぬ事が出来たかもしれない。 下手に逃げようとしたために、親指実装は直ぐに死ねなかった。 「フフッ、コウロギを食べる時よりも迫力があるな。やっぱり人型だからかな? パニック映画のワンシーンみたいで見応えがある」 サソリのアンタレスの飼い主は、親指実装がペットに食べられる様子をじっくり鑑賞すると、満足げに笑った。 それまで実装石に興味は無かったが、今後はコウロギやローチだけでなく実装石も餌として飼育してもいいかもしれない。そう思ったアンタレスの飼い主だったが……。 「あっ……メチャクチャ汚れてる」 床材が親指実装の赤と緑の血と糞で汚れているのに気がついて、意見を変えた。 「親指実装を餌にするのは、床材を変える日だけにしよう」 すっかり気分が落ち込んだアンタレスの飼い主は、肩を落としてケージの掃除に取り掛かった。 親指実装。 実装石の未熟児だが、蛆実装よりは成長している段階。手足がある分蛆実装より活動的。しかし、やはり顎や四肢の力が弱く、コオロギのようにペットに噛みつくなど反撃をする可能性は低い。 正確に述べるなら、反撃してもペットに実害を与えられる可能性は低い。 飼育には内臓を適度に刺激(プニプニ)してやる必要が無いため、手間は蛆実装よりかからない。また、ストレスにも蛆実装よりは強い。 しかし、同時に多くの個体を一つのケージで飼育すると喧嘩や共食いが発生するリスクが僅かばかりある。 多数を飼育したい場合は数匹ごとにケージを分けるか、十分な餌を与える必要がある。 また、十分な餌を与えて長期間飼育すると親指から仔実装へ成長してしまい、ペットの餌として適したサイズをオーバーしてしまう事がある。なので、長期間の飼育は勧められない。 栄養価は手足がある分蛆実装より高いが、やはりコオロギやローチ程ではない。また、実装石の幼体、それも未熟児であるため蛆実装同様に独自に繁殖させる事はまず不可能。 ●蛇を飼っている男の場合 「テェェ……ついに買われてしまったテチ」 そのショップで売られていた仔実装は買われる事を恐れていた。それは自分達を買うのが虐待派の人間だけだと思い込んでいたからだ。 その証拠のように仔実装は生まれた瞬間からハゲハダカにされ、同じようにハゲハダカの仔実装だけが集められたケージで売られていた。 そして、ケージから見える範囲には服を着た仔実装がいるケージが見えた。明らかに自分より上の扱いを受けている同族に気がついた仔実装は、自分の立場を思い知った。 そして、自分達を買いに来るニンゲンは適当にトングで選び、声もかけずに連れていく。馬鹿な同族は「選ばれたテチ♪」なんて言っていたが、同じニンゲンがすぐ新しい仔実装を買いに来るのでどうなったのかは想像に難くない。 そうした事に気がついた仔実装だが、彼女が買われてしまったのは客が差し入れたトングから全力で走って逃げたため、「活きが良い」と思われたからだ。この個体も、同族よりやや頭が良いだけで特別賢いわけではない。 これからどんな酷い事をされるのか。恐怖に苛まれる仔実装だったが、いつの間にか眠ってしまった。 「テ?」 そして、目覚めると大きな水槽の中で横になっていた。 「ここ何処テチ? ショップとは全然違うテチ、他の奴がいないテチ」 水槽は広いうえに、ショップのケージとは違い仔実装一匹しかいないため実際よりも広く感じる。 水槽の床には砂が敷かれていて、仔実装の近くには水の入った容器に、餌が盛られた皿、床の砂とは違う色の砂で満たされた容器があった。逆に、仔実装から見て水槽の奥の方には枯れ木や岩が置かれていて見通しが悪くなっていて何処までが水槽なのか分からない。 「あのニンゲンさん、居ないテチ」 そして、水槽の外は暗く何も見えない。仔実装を買ったニンゲンはいないようだ。 「テチ……?」 もしかして、怖い目には合わないで済むのか? そう戸惑う仔実装だったが、問いに答えてくれる存在はない。そうしていると、明かりが消えて水槽の中が突然暗くなった。 「テチャ!?」 驚いて飛び上がり、そのまま尻餅をつく仔実装。だが、暗くなっただけで他に何も起きなかった。 そして、仔実装は再び寝てしまった。 「……ここ、ワタチの新しいオウチテチ?」 明るくなったので目を覚ますと、天井には昨日消えたはずの灯りが再び灯っていた。だが、水槽の外を見ると僅かに光が漏れているところもあるが、大部分は薄暗いままだ。何より、ニンゲンが現れる様子がない。 目覚めた仔実装は、水入れに満たされた水に直接口をつけて喉の渇きを潤し、腹が空いたのでエサ皿に盛られたペレットを手に取った。 「変わった色のフードテチ」 エサ皿に盛られていたのは、仔実装が見慣れた緑色のフードではなく、茶色いペレット状のフードだった。フンフンと匂いを嗅ぎ、毒が入っていないか無駄に警戒した後、空腹に負けて結局口にする。 「テム……テム……食べられるテチ」 茶色いフードは臭くも不味くもなく、普通に食べる事が出来た。 「テェェェ~」 そして食後、しばらく迷ってから違う色の砂で満ちた容器の上で排便した。ペット用ではなく活餌用に生まれついたためにトイレの躾を受けていない子仔実装だったが、「トイレ以外でウンチをするとニンゲンを怒らせる」と何となく理解していた。 「……ニンゲン来ないテチ。ワタチ、虐待されないテチ? 飼い実装テチ?」 糞に気休め程度に砂をかけた後、水槽の外をぼんやりと眺めながら仔実装はそう独り言を呟いた。 「そうテチ、きっとワタチは買い実装になれたんテチ。虐待派のニンゲンじゃなくて、愛護派のニンゲンさんに買われたんテチ!」 仔実装がそう納得したのは、昼頃になってからだった。これまで虐待をされなかったのだからそうに違いないと思い込んだ仔実装は、上機嫌で鼻歌を歌い出した。 偽石に記憶され散るお寿司やステーキは無さそうだが、水槽内は温かく保たれていてハゲハダカのママでも寒くないので、虐待されないだけで仔実装としては十分な待遇だった。 「あっちには何があるテチ?」 そして仔らしい好奇心を発揮して、仔実装は水槽の奥の方に興味を持った。 枯れ枝と岩しかないように見えるが、何か発見があるかもしれない。そう思った仔実装はトテトテと無警戒に水槽の奥に向かっていく。 野良なら仔が一匹で物陰を見に行くなんて自殺行為だが、この仔実装はショップ生まれのショップ育ち。さらに、ここは人間によって環境を整えられた水槽の中だ。 危険な生き物(同族含む)は存在しないと安心しきっており、危機感はまったく覚えていなかった。 「テッチ、テッチ、テッチュ~ン」 人間なら子供でも簡単に踏み越えられる枝や、岩ではなく石と判断される障害物も、仔実装にとっては巨大な倒木や自分の体と同じかそれ以上に大きな岩に等しい、実生初の大冒険に胸を躍らせて、仔実装は水槽の奥を目指した。 「テッ? なんテチ?」 そして枯れ枝と岩の隙間に潜むようにして、何かを見つけた。ガラスやプラスチックとは違うが、ツルツルしている独楽かい物が無数に並んでいる。 「枯れ木でも岩でもないテチ?」 仔実装が触れると、それは見た目よりサラサラしていて、今までに感じた事のない不思議な感触だった。 そして、仔実装が触れていると正体不明の何かが身じろぎするように動いた。 「テェ!? 動いたテチ!?」 それに驚いた仔実装が、後ろに尻餅をつく。すると、正体不明の何かが更に動いた。 「オ、オバケテチィッ! ニンゲンサンっ、この水槽にオバケがいるテチィ!」 悲鳴をあげながら慌てて、しかしバタバタと無駄な動きが多いので歩くよりも遅く逃げ出す仔実装。しかし、幸いな事に正体不明のなにかが仔実装を追う事は無かった。 「ニンゲンサン! ニンゲンサン! 助けテチィ!」 仔実装はそれに気がつかず、水槽の壁まで逃げるとポムポムと壁を叩きながらニンゲンに助けを求めた。だが、いくら叫んでも仔実装を買った人間が姿を現す事は無かった。 そうするうちに叫び疲れた仔実装はへたりこみ、しかし水槽の奥にいる『オバケ』に怯え続けた。 それからは食事も排泄も水槽の奥を警戒しなら行い、何処かに隠れられないか、人間はまだ来ないのかと、恐怖と戦いながら時間を過ごした。 寝る時はペレットの山に潜って隠れて眠り、一刻も早く人間が来てくれることを祈った。 「テェ……フードがどんどん少なくなっていくテチ。もう潜れないテチ」 しかし、七日も経つとエサ皿に山のようにあったペレットもだいぶ減って、仔実装の全身を隠すのは難しくなってきた。水も減っているので、このままだオバケが何もしなくても仔実装はあと三日ほどで乾いて死ぬ事になるだろう。 「地面はすぐ掘れなくなるテチ。トイレの砂はワタチのウンチで硬くなっちゃって掘れないテチ。どうすればいいテチ?」 地面に敷かれた砂は仔実装の力でも掘れたが、すぐに水槽の底に着いてしまい、仔実装が隠れられる穴を掘る事は出来なかった。 トイレの砂は吸水消臭性能が高いペット用の物で、これまで仔実装が排泄してきた液便の水分を吸ってすっかり硬くなっている。 他に隠れられそうな場所もない。こうなったらケージから脱出するぐらいしか道は無いが、仔実装の背ではケージの蓋までとても届かない。足場になりそうな枯れ枝や岩の近くには、正体不明の何かがいるから近づくのは怖い。 「こ、こうなったら砂を集めて山にして足場にするテチ」 そう自身の力と砂の量を無視した作戦を立てる。もちろん、ケージの蓋まで届いても脱出できるのか、そしてケージから脱出した後どうするのかはノープランだ。 しかし、何かしていないと恐怖でパキンしてしまいそうだった。 だが、正体不明の何かは仔実装が砂を細い腕で集め始めるのを待っていたかのように動き出した。 「……」 チロチロと舌を出し入れして仔実装の臭いを確かめながら、岩……岩に似せた隠れ家から姿を現した。音も無く砂の上を張って、仔実装に接近する。 「テ? テヒィ!?」 仔実装がそれに気がつけたのは、急に暗くなったからだ。奇妙に思って顔を上げると、底には鎌首をもたげた蛇がいた。 「オバケテチィ!? 来るなテチっ、ワタチはニンゲンサンの飼い実装テチっ! ワタチに手を出したら、お前はニンゲンサンに退治されるテチャァ!」 液便を漏らしながらそう叫んで蛇を威嚇する仔実装。相手が生まれたばかりの子供の蛇なら、その威嚇にも効果があったかもしれない。 しかし、今仔実装を見下ろすのは立派に育ち大人になった蛇だ。成体実装ならともかく、仔実装では普段餌にしているネズミとそう変わらない……いや、前歯や爪がない分ネズミ未満だ。 「テヂ!?」 狩りは一瞬だった。へたりこんでいた仔実装の頭を、蛇が素早い動きで咥えこんだのだ。 「ヂッ! ヂィィ!?」 こうなってしまえば、非力な仔実装にもう逃れる術はない。蛇は仔実装をそのままゆっくり飲み込んでいく。 「ヂィィィ!?」 一息に丸呑みにしないのは、仔実装の糞を警戒するためだ。一気に丸のみにすると、実装石唯一の武器ともいわれる糞が口内で溢れ、最悪の場合窒息死してしまう。 だからこうしてしばらく上半身を咥えたまま圧力を加えて仔実装に恐怖を与え、糞抜きを行う。昔から実装石を獲物としてきた在来種の本能である。 「イヤテチッ! 死にたくないテチ! せっかく飼い実装になれたんテチ! ワタチの実生はこれからなんテ——ヂィィィ!」 断末魔の叫びを発しながら蛇に飲み込まれていく仔実装。その短い両足が蛇の口の中に納まっても、人間が現れる事はなかった。 「ただいまー」 人間が毛怠そうな声を出して部屋に返ってきたのは、その一日後だった。 「久しぶりの我が家だ。え~っと、仔実装は……」 人間は荷物を床に置くと、着替える前に水槽に近づき中を確認する。 当然仔実装の姿は無く、人間が帰って来た気配を察した蛇が岩に似せた隠れ家から姿を現したところだった。 「よしっ! ちゃんと食べたみたいだな」 その蛇の腹が一部膨らでいるのを見て、人間は安心した様子で笑った。 この人間は蛇を飼育していた。餌は普段冷凍マウスを使用している。 マウスは蛇にとって完全な栄養食だ。丁度いいサイズのマウスを一匹食べれば一ヵ月は他に食べなくても生きていける。 だが、人間を不意な長期出張が襲った。しかも、タイミング悪く蛇に餌を与える予定の日が含まれていた。 冷凍マウスは与える時内臓まで解凍しなければならないが、そうすると当然腐敗が始まる。水槽に放り込んでも、蛇が食べる気にならなければ無駄になるどころか、病気の元になりかねない。 かといって、生きているネズミを水槽に放り込んで行くのも拙い。窮鼠猫を噛むというように、大切な蛇を傷つけるかもしれない。 そこで人間が思いついたのが、活餌用の仔実装だ。マウスより安い分栄養価で劣るが、生きたまま水槽に放り込んでもマウスのように素早く逃げ回る事が出来ない。万が一蛇に反撃しようとしても、牙も爪もない仔実装なら蛇の脅威にはならないだろう。 水と生きたマウスをエサにするまで飼育するために買っておいた小動物用フードを入れておけば、餌になるまで死ぬことは無いだろう。使ってくれるかは不明だが、期待を込めてペット用のトイレも入れておく。 そしてほぼ期待通りになったようだと、水槽の様子を見て満足げに頷いた。 「じゃあ、着替えたら水槽の掃除をするか。消臭効果のある酵素入りのフードで育ったそうだからあまり臭くないけど、一週間以上放置しちゃったからな」 そう言いながら人間は一旦水槽から離れた。内心では、次に同じ事が起きたらまた活餌用の仔実装を買おうと思っていた。 ・仔実装 実装石の幼体の内、正常に生まれて来た形態。身長十センチほどで、形は成体実装と変わりない。 蛆実装、そして親指実装と比べると生命力旺盛で簡単には死なず、ある程度劣悪な環境でも耐えられるが、その分知恵が回り水槽から脱走を試みる事があるので注意が必要。 親指実装と比べると力も強いが、牙も爪もないためペットに反撃しても何の脅威にもならない事が多い。ただ逃げ回る際親指よりも大量の糞を出すため、生きたまま与えるなら工夫が必要。 栄養価はマウスやラットより一段落ちる。常食にさせる場合は、カルシウムパウダーを塗してから与えると良い。 独自に繁殖させることも可能だが、仔実装の状態だと多くの場合蛆実装を一匹か二匹しか生まないので向かない。どうしても繁殖させたい場合は、出産専用の成体実装を飼うのが望ましい。 ・同じ話をpixivにも投稿しています。

| 1 Re: Name:匿名石 2023/06/12-20:38:29 No:00007285[申告] |
| こうして実装活き餌のノウハウが蓄積されていくのは面白い |
| 2 Re: Name:匿名石 2023/06/13-03:19:00 No:00007288[申告] |
| 生き餌一つ取っても奥が深い世界なんだなあ |
| 3 Re: Name:匿名石 2023/06/19-15:38:22 No:00007328[申告] |
| 上半身だけ咥えて糞抜いてから食べるってのはなるほどなあと思った
やっぱ野生の生き物でも実装の異常な量の糞は嫌なんだな |