タイトル:【考察】 熱狂的実装愛護派集団×虐待派のはじまり
ファイル:老人と蟲0.txt
作者:匿名 総投稿数:非公開 総ダウンロード数:3102 レス数:0
初投稿日時:2006/08/27-00:22:50修正日時:2006/08/27-00:22:50
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     老人と蟲
  
  
  
  
  虐待派にとってこの街は、すこぶる住み心地が悪いことだろう。
  
  
  
  壁や電柱にところ構わず貼られた宣伝ビラを見れば一目瞭然、街に熱狂的愛護派団
  
  体の魔手が伸びてきたのだ。
  
  ある朝、窓ガラスを震わせるくらいの音量でシュプレヒコールを喚き散らしながら
  
  道路を練り歩く大名行列然とした愛護派たちが忽然と現れ、そのまま居座った。
  
  それ以来、虐待派の受難の日々が幕を開けたのである。
  
  
  
  「熱狂的」とまで頭に載せた愛護派というのは、実装石そのものよりもタチが悪い。
  
  実装石に手を出したが最後、どこからともなくワラワラと湧きだしてくる。
  
  虐待師を頭数にものを言わせて囲い込んで詰め寄り、罵詈雑言を浴びせかける。
  
  その姿といったら、徒党を組んで同類をいたぶる実装石そのものだ。
  
  
  
  しかも、それだけでは終わらない。
  
  ようやく連中から解放されたと帰宅して翌朝、玄関にはびっしりと落書きがされ、
  
  軒先には汚物がぶち撒かれ……、当然連中の仕業である。
  
  落書きの文面はといえば「デス」という語尾を欠いているものの、リンガル越しに
  
  聞くテンプレート通りの「高貴で可愛い実装ちゃんに手を出すとは何事か」とやら
  
  「オニ、アクマ、ヒトデナシ」やらである。正直言って、実装石の罵倒のほうがレ
  
  パートリーに富んでいると思われる。
  
  汚物というのは臭いといい色といい、たまに交じっている発育不良の蛆実装といい、
  
  あきらかに実装石の排泄物だ。愛護派連中がスコップとビニール袋で美化活動の真
  
  似ごとをしている姿も見られたが、その用途がコレというのはあまりにも情けない。
  
  劣勢に追いやられた個体を集団で追い詰める、その手口のえげつなさと執拗さもま
  
  た実装石を彷彿とさせる。
  
  
  
  まったく、同じ人間の所業とは思われない、実装石に例えれば糞蟲の類だ。
  
  もっとも、糞蟲が9割9分を占める実装石と違って、その比率がごく少ないことが救
  
  いではあるのだが。
  
  とは言え、目下このような人間糞蟲も徒党となれば、その横暴も行政を抱き込んで
  
  まかり通ってしまうあたり、この街の未来も楽観できたものではない。
  
  
  
  政治家を札ビラで叩いて良いように扱うその資金の出所は、愛護派団体の中核であ
  
  る金と暇を持て余した孤独な老人連中と言われている。
  
  
  
  想像してもみるがいい。
  
  ろくに家族友人を顧みず働きづめで、気がついたらひとりきり、今度は自らが誰に
  
  も相手にされなくなっている。
  
  悪徳セールスの良いカモにされ、夏場には近隣に多大な迷惑をかけるあの手合いで
  
  ある。
  
  そんな孤立した老人の弱った心の間隙を赤ん坊くらいの図体をしたヨチヨチ歩きの
  
  実装石に迫られ「デスゥン?」なんぞ甘えた鳴き声で突付かれたら、一発で参って
  
  しまい、傍から見れば滑稽を通り過ぎて不可解なほどにその虜になってしまう。
  
  
  
  そんな老人たちの溺愛ぶりは有名で、世界有数の資産家の遺産を受け継ぎ、多数の
  
  人間にかしずかれながら贅沢三昧に暮らす実装石がニュースを飾ったことさえある。
  
  TVに映されたその姿は実装石とさえ言えず、もはや蠢く肉塊と言ったほうが適当
  
  で、山盛りにされた大粒のコンペイトウをひっきりなしに掴んでは口腔に放り、絶
  
  えず糞をひり出し、召使がうやうやしく差し出した極彩色の花器を満たす。
  
  放送コードにひっかからないのが不思議なくらいにおぞましい生態であった。
  
  
  
  もっとも、富豪石と渾名されたその糞蟲は召使を装って侵入した一人の虐待師にさ
  
  らわれ、彼は手に入れた富豪石に対してその技巧をいかんなく凝らして……、ネッ
  
  ト上で中継されたリアルタイムの鮮やかな虐待劇の最中、生まれてきたことを悔や
  
  みながら……、今でも生きているとの噂だ。
  
  
  
  さて、一個の実装石に対してはこのような手段に訴えることもできようが、これが
  
  実装石愛護派集団を相手どるとなると話が違う。
  
  
  
  一般に若年の好事家に過ぎず、社会的地位も資産も協調性も欠いた虐待派たち。
  
  
  
  対するは、老人たちのよる豊富な資金と政治力を背景にした、ただただ実装石の保
  
  護増大を目的とした熱狂的愛護派集団である。
  
  
  
  まともに立ち向かえば、統率された兵隊に徒手空拳で突っ込むようなものだ。
  
  無謀という他ない、何よりも実装石に対してはいかんなくその暴力性と嗜虐性を発
  
  揮しても、人に対してはあくまで紳士たれとの矜持に反する。相手と同じレベルま
  
  で下がって汚物を撒くなどは論外である。
  
  
  
  とは言え、沈黙したままの虐待派ではない。
  
  
  
  愛護派支部の置かれた実装マンションにガス状コロリを散布して建物内の実装石を
  
  鏖殺せしめるという事件があった。
  
  
  
  金満家の愛護派が軒を連ねたマンションは阿鼻叫喚の地獄と化しただろう。
  
  ガス状のコロリは経口摂取とは異なり、そう簡単に死ぬことができない。
  
  
  
  コンペイトウに擬装させた市販のコロリをひと欠でも実装石が食らえば、粘膜に吸
  
  収されて一瞬で頓死する。虐殺派ならともかく、虐待派としてはあまり面白みがな
  
  い。
  
  そこで、水に溶かして数十倍に希釈したものを与えてみると、その効果は見た目に
  
  も愉しいものに変る。
  
  スポイトで一滴、実装石の舌に垂らす。コロリ溶液の付着した部分はすぐに壊死し
  
  たように黒ずみ、実装石は世にも妙なる奇声を発してもがき苦しむ。しかも、その
  
  黒班は時を経るごとに拡がって、偽石の耐え得る限り恒常的な激痛を患部にもたら
  
  す。その痛みに耐え切れず、黒ずんだ個所を自ら噛み千切る個体すら見られた。
  
  
  
  ガス状コロリは似たような効果を発揮したらしい。目や口、排泄孔に至るまで黒ず
  
  み、激痛にをもたらす。実装石はどこにそんな力を隠していたのかと疑うほどに暴
  
  れまわり、脱糞と嘔吐を際限なく繰り返す。見物するには透明なビニール傘が必須
  
  だろう。
  
  それでも、ガスは容赦なく喉の奥まで侵入し、外といい内といい、それだけで偽石
  
  の崩壊を招きかねない激痛をもたらす。過保護にも偽石保護処理された、なまじ頑
  
  丈な個体ほど、長く苦しみぬくことになった。
  
  
  
  もちろんコロリガスは実装石にのみ作用し、人的被害は皆無である。
  
  動物保護法の範疇にない実装石の殺害による罪状は器物破損に留まり、警察もろく
  
  に人員をさくことはしない。
  
  犯人の手がかりといっても声明もなく、結局うやむやのうちに捜査は打ち切られた。
  
  
  
  虐待派間でのみそのレシピが流通して市販されていないコロリガスを利用した手口
  
  からして、犯人が虐待派であることは間違いない。
  
  飼実装に手を出すことは紳士の道義に外れるが、心中犯人を喝采した虐待派も多か
  
  っただろう。
  
  
  
  だが、実装石憎しばかりが先走って考えなしに行われた毒ガステロは、返って愛護
  
  派団体の士気を高める結果となった。
  
  蝶よ花よと溺愛した実装石の無残な死に様を目の当たりにして、愛護派老人たちは
  
  悲しみに打ちひしがれて意気消沈するでもなく、今は亡き愛玩動物の魂が乗り移っ
  
  たかのようにひたすら激怒した。
  
  仔や親を目の前で殺された実装石のそれである。
  
  老人たちはアテにならない警察に頼るより、自ら幹部として率いる団体の尻を叩い
  
  て虐待派排斥運動を活発化させようと目論んだ。
  
  それまで実動員として目についた愛護派団体員といえば、顔色の悪い薄汚れた、妙
  
  に童顔の青年達だった。そんな彼らの先頭を老人が率いて街頭に現れ出し、カクシ
  
  ャクとした姿を見せつけるようになる。
  
  青年たちは戸惑ったような顔をして、大声で彼らを怒鳴りつける老人について行く。
  
  
  
  公園では実装フードが惜しげもなく撒かれ、餌に事欠かなくなった実装石はその数
  
  をますます増やしていく。
  
  餌の苦労がなくなると、今度は増長をはじめて、見返りもなしに餌をやりに訪れた
  
  愛護派たちに『もっとうまい食い物をよこすデス、まったく使えない奴隷デスゥ』
  
  などとデギャデギャ悪態をつきはじめる。
  
  もっとも、実装リンガルを持たない彼らの耳には『ニンゲンさん、いつも美味しい
  
  ゴハンをありがとうデスゥ♪』とでも聞こえているのだろう。
  
  幸せ回路は、なにも実装石の専売特許ではないようだ。
  
  頭の固い愛護派がリンガルに表示される実装石の本音を認めていないことは、お互
  
  いに幸福なことなのだろう。
  
  
  
  ……果たして本当にそうなのだろうか?
  
  
  
  今日も糞を投げつけられながらも笑顔で、愛護派たちが汗を垂らしながら飼料袋を
  
  背負って、街中の公園を梯子していく。
  
  それはまさに実装石に使役される荷馬、奴隷のようでいて、敵対している筈の虐待
  
  派からでさえ憐れみを受け、人に対するこの仕打ちに実装石に対する憎悪はいっそ
  
  う深さを増していく。
  
  
  
  虐待派は英雄の登場を願った。
  
  かつて富豪石をその糞蟲の分に相応した地獄に招いた虐待紳士のように、どうか鮮
  
  やか手腕でもって愛護派の庇護を潜り抜け、この糞蟲共を叩き潰してほしいと。
  
  
  
  だが、この事態を収拾することは富豪石一匹を奪うよりもよほど困難に見える。
  
  直接実装石に手をあげることは愛護派の結束をより強めることになりかねない。
  
  愛護派が活動を続ける限り、いくら糞蟲を殺しても、瞬く間に増えかつ満ちていく。
  
  
  
  必要なのは、彼ら愛護派に実装石とは所詮糞蟲であると理解させることだ。
  
  いくらリンガルで奴等の本音を暴いて見せても、彼らは信用することはないだろう。
  
  実際に実装石の呪われた本性を目の当たりでもしない限り、盲目的な実装石への偏
  
  愛は醒めることはないだろう。
  
  動物らしい無邪気さと、実装石の無邪気さを装った打算的なそれは根本的に異なる。
  
  それを、どうにか知らしめなければならない。
  
  
  
  果たして、それは可能なのだろうか。
  
  糞塗れの実装石を抱き上げて愛撫する糞塗れの愛護派を眺めていると、それこそ奇
  
  蹟でも起こらぬ限りは望むべくもない空談に過ぎないのではないかと疑問が過ぎる。
  
  
  
  もしも、その奇蹟が起こるとしたら。
  
  
  
  果たして、愛護派の頑なな心に楔を打ち込むのはどんな奇蹟なのだろう。
  
  それは、誰によって起こされる奇蹟なのだろう。
  
  
  
  
                               (つづく)



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