愛しても、いいですか? 2/5 二週間が、またたく間に過ぎた。 週末の休みは、結局全部ルミの世話に費やしてしまった。 朝はルミを起こし、一緒に朝食を摂ると、留守中粗相のないようにときつく戒めて、出社する。 餌やトイレは、出かける前に整え、準備を済ませる。 昼はルミ一人なので、食事の許可を出してやる事はさすがに出来ない。 だから、食事の前後の挨拶は忘れないようにと言いつけて、後は自由に食べていいと伝える。 その代わり、夜はなるべく早く戻って、共に夕食を摂る約束をする。 その後は、風呂に入り、しばらくおしゃべりしたり、ボール遊びをしてから、就寝。 ルミの居る部屋を一度暗くしたら、なるべく灯りを再点灯させないようにしなければならない。 そうでないと、実装石は昼夜の感覚が鈍ってしまうのだ。 だから、ルミを専用の布団に入れておやすみを言うと、自分もそのまま寝てしまうことになる。 おかげで就寝時間は早まり、なんと午後10時にはベッドに入る生活になった。 酒を片手に午前2時頃まで起きていた今までの日々とは、えらい違いだ。 そのおかげか、としあきは朝早く目覚めるようになり、また体調も整い、かなり健康的になったと自覚できるようになった。 副次的効果とはいえ、これも、ルミが来てくれたおかげだ。 としあきは、やがてルミの存在に深く感謝するようになった。 一ヶ月が経った。 ルミは、相変わらずしっかりとした生活態度を崩さず、素直で明るかった。 実装石の成長は早い。 ついこの前まで手の平サイズだったルミは、すでに片手では掴み切れないくらいの大きさになっている。 身体全体が大きくなったせいか、以前よりもリアクションがわかりやすくなった気がする。 また、微妙な表情の変化も、よく伝わるようになった。 水槽のスペースにはまだゆとりがあったが、としあきは、ルミの「外出」を許すようになっていた。 小さな梯子を水槽に設置してやり、自由に行き来できるようにした。 これまでの態度から、それでも大丈夫だろうと判断したのだ。 無論、イタズラ出来そうな範囲の危険物は、すべて片付けてあるし、棚の上から落下しそうなものも、取り除いた。 家具の角にも加工を施し、ルミがぶつかっても怪我をしないようにする。 留守の間に、ルミがイタズラをして怪我をしないよう、としあきは、細心の注意を払っていた。 時計が午後九時を指そうとする頃、としあきは、ようやく自宅の玄関に辿り着いた。 「ご主人様、おかえりなさいテチ」 帰宅したとしあきを、ルミが座って迎える。 どこから覚えたのか、わざわざ三つ指をつく真似までしている。 「ごめんな、今日は残業だったんだ。お腹空いただろ?」 「はいテチ。もうお腹ペコペコテチ」 「ごめんな。——でもな、今日はお詫びに、いいのを買ってきたぞ」 「え、なんテチか?」 「食後のデザートだよ。さ、とにかく食事にしような」 「はいテチ♪」 いつもなら、もう風呂を済ませ、談笑している時刻だ。 ルミの奴、きっと寂しかったことだろう。 そっと抱き上げ、両手で包むように持ち上げる。 ふと、ルミが無言でこちらを見つめていることに気付いた。 「ん、どうした? 遅かったから怒ってるのか?」 「違いますテチ」 「じゃあ、どうした? お腹空き過ぎてヘロヘロか?」 「いいえ、そうじゃないテチ」 なんだか、ぼうっとしているようだ。具合でも悪いのかな? としあきは、一応ルミの様子を心配しながら、食事を用意してやった。 待たせてしまったんだ、今夜は水槽の中じゃなくて、食卓の上に置いて食べさせてやろう。 としあきは、キッチンテーブルの上にルミを置くと、そこに準備を整えてやった。 「ここは、どこテチか?」 「ここは、俺がいつも食事している所だよ」 「エエ! そ、それはいけないテチ! ルミは、ルミの場所で食べないと…」 「今日だけ特別だよ。ここで、一緒に食べよう」 「テ、テチ?」 「二人で食べると、飯も美味くなると思うよ」 「テチ……テチ♪」 なんとなく意味を理解したようで、ルミは、嬉しそうな笑顔を向ける。 としあきは、帰りがけに買って来たコンビニ弁当を広げると、割り箸を折った。 「キャッ!」 「ん、どうした?」 「パチッ、て言ったテチ!」 「ああこれ? 割り箸って言うんだよ。こうやって、折って使うの」 「ワリバシ…テチ?」 「ご飯を食べる時に使う道具だよ。ごめんな、脅かして」 「ドウグ?」 「うん、そのうち教えてやるよ。さ、食べようよ」 「はいテチ。いただきまーすテチ♪」 「はい、いただきます!」 「食後には、金平糖もあるからな!」 「キャーッ♪ ありがとうございますテチ〜!!」 その日の夕食は、とても楽しいものになった。 ありきたりのハンバーグ弁当が、なぜかとても美味く感じられた。 口にしているものは違うのに、なぜか、同じ幸せをルミと分け合っていたような気になる。 デザートの金平糖も、本当においしそうに頬張る。 としあきも、一粒だけ一緒に食べて、懐かしい甘さに頬を緩ませた。 二人は、顔を見合わせて、一緒に笑った。 本当に、久しぶりだった。 離婚間際、としあきは、すでに妻と一緒に食事をする機会がなくなっていた。 せっかく高い金を払って整えた最新式のキッチンも、せいぜいガスで湯を沸かす程度にしか使わなくなっていた。 料理を作れないとしあきにとって、こんな立派なキッチンなど、無用の長物に過ぎなかった。 このままずっと、まともに使われる事なく埃を被って行くのか、とも思ったが…。 『いつか勉強して、ここで、手作りの食事を作ってやろう。ルミのために』 色々タイプを変えているとはいえ、いつまでも実装フードばかりというわけにはいかない。 としあきは、いつしか箸を止めて、ぼうっとキッチンを見つめていた。 「ご主人様?」 「え?」 「何かありましたテチか?」 「え? いや、そんなことないよ」 「お疲れサマなのテチか?」 「うーん、ちょっとボンヤリしてただけさ。気にしなくていいよ」 「ルミ、ご主人様が心配テチ」 「どうして?」 「ご主人様…時々、とても寂しそうなお顔するからテチ」 「…ぅ」 ひょっとして、見抜かれていたのだろうか? としあきは、ルミの心配を笑って誤魔化すと、そっと頭を撫でてやった。 「お前が居るじゃないか」 「テチ?」 「ルミ、お前が居るのに、寂しくしてたら悪いだろ?」 「チー…」 「俺は、寂しくなんかないよ。大丈夫、大丈夫さ」 「……はいテチ!」 ルミを風呂に入れ、就寝前にちょっとだけおしゃべりにつきあってやる。 残業で疲れているせいか、ちょっとボール遊びに付き合ってやれるゆとりがない。 ルミは、文句一つ言わずに、としあきの傍でおしゃべりを楽しんだ。 「オハシ、使ってみたいテチ」 「えー? ルミの手には指がないから、無理だよ」 「指がないと、無理テチ?」 「さすがにね」 仔実装は、丸い手の中で指骨を動かして、物を掴む。 掴むと言っても、実際は引っ掛ける程度しか出来ないので、とても箸なんか使えっこない。 だがとしあきは、箸に興味を持ったルミに、強く感心していた。 「よし、じゃあ、ちょっと早いけど食器を使う訓練を始めてみようか」 「ショッキ?」 「そう。俺みたいに、道具を使って物を食べることだよ」 「ルミに出来るテチか?」 「ルミが頑張ればね」 「うー、難しそうだけど、がんばってみたいテチ!」 「おし、それでこそルミだ!」 「テチー♪」 明日、仔実装用のフォークやスプーンを買ってやる約束をして、寝る事にする。 布団を敷いて、その中に入れてやると、ルミが、また無言でこちらを見つめている事に気付く。 「ん、どうした?」 「ご主人様、あのね…」 「ん?」 「ルミ、いい子にしますから、言う事聞きますから、だから…」 「なんだ?」 掛け布団を指先でさすりながら、ルミの囁きに耳を向ける。 ルミは、消え入るような小さな声で、そっと囁いた。 「——ルミがネンネするまで…お傍にいて欲しいテチ」 「ルミ、ワガママだな」 としあきは、水槽の中に手を入れる。 「ひっ! ご、ごめんなさいテ……チ?」 怒られると思って身構えようとするが、としあきの指は、ルミの頭を優しく撫でた。 「テチ…?」 「ルミが寝るまで、見ててやるよ」 「テ…ご主人様」 「おやすみ。いい夢見るんだぞ」 「ありがとうございますテチ……おやすみなさいテチ」 「うん、おやすみ」 よほど疲れていたのか、それとも、安心しきっているのか。 ものの数分も経たないうちに、ルミは、軽やかな寝息を立てはじめた。 あまりの寝つきの良さに呆れながらも、としあきは、つい微笑みを浮かべてしまう。 水槽の中に敷かれた小さな布団の中、静かに眠りにつくルミの様子は、とても可愛らしく、愛らしい。 もし、俺達に子供が居たなら… 俺は、自分の子供を、こんな風に微笑みながら眺めていたのだろうか? 「…人様…」 水槽から離れようとすると、不意に、ルミの囁きが耳に届く。 どうやら寝言のようだ。 実装石も、寝言を言うのか、初めて知った。 としあきは、なんとなく、ルミの寝言に聞き入った。 「ご主人様……大好き…テチ…」 ルミを、抱き締めてやりたくなった。 もちろん、そんな事をしたら、小さなルミは潰れてしまうけれど。 なぜか、不意に、涙がこぼれた。 昔、無理矢理忘れ去ろうとした「家族を作る」事の意味と、大切さを思い返してしまった。 子供好きだったとしあきは、結婚したら、沢山子供が欲しいと思っていた。 だけど妻は、自分は絶対生む気はないと主張した。 としあきは、妻の意志を尊重し、無理矢理自分の願望を押し殺した。 そしてその分、妻を幸せにしようと頑張った。 結婚してから三年目。 妊娠を嫌がる妻の提案から、万が一の事を考えて、性生活もなくした。 それでも、一生懸命頑張って働けば、いつか二人はもっと幸せになれるだろうと、信じ込んだ。 だが、今思えば… 性生活の停止は、浮気相手が妻に命じたものだったのだ。 自分以外の男に抱かれる事を良しとしない浮気相手が、としあきと二度とセックスするなと言いつけたのだ。 そこから、築き上げてきた家庭の幸福は、ひび割れ始めた。 としあき自身は、妻の浮気も、いずれ許すつもりだった。 ほんのひとときの、火遊び程度で終わるだろうと、考えていたからだ。 だが妻は、としあきよりも浮気相手の方を選び、その上、彼の子供を孕んだ。 裏切り—— それは、妻の明確な裏切りだった。 俺は、色々なものを我慢した。 いつもあいつの言い分を優先して、自分は我慢した。 浮気だってしなかったし、ただひたすら、家庭の事に意識を向けて頑張った。 でも本当は、子供が欲しかった。 幸せな家庭が欲しかった。 家族を、作りたかったんだ! 妻から送り届けられた離婚届を手にした時、丸一日泣き喚いた事を思い出した。 嫌な事を思い出したせいで眠れなくなったとしあきは、そっと部屋を移動し、久しぶりにパソコンの前に座った。 そういえば、ここしばらくネットで情報を集めていない。 ルミの世話と相手に夢中で、実装石についてのさらなる勉強を怠っていた。 気分転換も兼ねて、久しぶりに、愛護派の集まる掲示板へ出向いてみる。 としあきは、いままでこの掲示板に書き込んだ事はなかったが、これを機会に、ルミの事を語ってみたいなと思い始めていた。 久しぶりの、愛護派専用掲示板。 ——そこでは、予想外の事態が発生していた。 掲示板は、荒らされていた。 しかも、どこからか紛れ込んだ虐待派の連中によって。 無数の虐待画像が貼られており、一瞬、掲示板を間違えたかと思った。 しかも、それはイラストばかりではなく、なんと実物の実装石を甚振り、傷つけ、虐待している写真まで混じっている。 いくらなんでも、これはあまりに酷すぎる! 虐待掲示板でも、ここまで凄まじいものは見た事がなかった。 「くそっ! いったい、どこのバカがこんな真似を!!」 これでは、とてもじゃないがルミとののろけを投稿できる雰囲気ではない。 としあきは、唯一の心のオアシスを荒らされた事に激しい怒りを覚えた。 「まったく、管理人はどうしたっていうんだ! 荒らしに慣れていないのかな?」 そう思いながら、あえて過去ログを遡る。 見たくもない虐待画像のオンパレードにはあえて目を向けず、テキストだけを拾っていく。 やがて、画面のテキストだけをコピーしてメモ帳で読む事を思いつく。 としあきは、ブラウザを閉じ、ふうと息を吐くと、あらためてテキストデータを読み返した。 その後、としあきは。 なぜ素直にブラウザを閉じ、別のサイトを見に行かなかったのかと、心底後悔した。 掲示板が、荒れるわけがわかった。 そして、管理人がいつまで経っても削除処理をしないわけも、理解した。 ——掲示板に虐待写真を貼り付けていたのは、管理人自身だったのだ。

| 1 Re: Name:匿名石 2023/07/18-19:26:35 No:00007549[申告] |
| 実装石がキャーて違和感あるな |
| 2 Re: Name:匿名石 2024/02/23-22:46:20 No:00008774[申告] |
| 気持ちわり~ |