タイトル:【観察?】 三作目です 観察系を目指しました またもやダラダラ長いです
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作者:匿名 総投稿数:非公開 総ダウンロード数:966 レス数:9
初投稿日時:2022/10/26-06:34:58修正日時:2022/10/26-06:34:58
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それは観察系と呼ばれる?



■



「デスッ。デスデスデス」

小さな公園の中を成体実装が歩いていた。
身体は大きかったが、前髪も後ろ髪もない。禿だった。
服は汚れ放題で、ところどころ破れ、異臭を放ち、不潔そのものだった。

彼女は、夏に生まれ、秋に巣立ち、一度冬を越している。
賢い個体ではなかった。水浴びをしたこともない。しようとも思わない。
垢やカビや目ヤニやフケと糞をまとったその姿はまさに野良実装だ。



「デスデスデス」

仔達を引き連れ、ニンゲンが住まう道路に向かって堂々と進む。
実装石にとって、みすぼらしいダンボールハウスの外は全て死地であるというのに。

しかし、その歩みは自信に満ちていた。
彼女だけの、確固たる縄張りがある。自分だけの家がある。



そう。双葉市立尼寺玄(にじぐろ)児童公園は、彼女だけのものだった。



住宅地の中にある空地のような児童公園。ベンチと砂場と遊具が一つ。
狭いため、市の避難所指定もされていない。
住民も、子供たちも、当たり前のように、もっと広い双葉公園に行くのだ。
こんな小さな児童公園、まさにただの空地。誰も見向きもしない。

言わば、街の中のエアスポットだった。

雨風に風化した粗末なダンボールハウスには何の加工もされていない。
そもそも誰の目にも触れない。誰も気にしないから、いい。
今までずっと、そうだった。
きっと、これからも。



「テッチ。テチテチ」
「テチャァ…」
「テチ。テプププ」
「レチ。レッチ。レッチ」
「レフーン」

続くのは三匹の仔実装。親指。そして親指に抱えられた蛆。
五匹の実装石家族は、ひとかたまりになって朝焼けの中を歩く。



季節は七月中旬。初夏だ。
ずいぶんと日の出が早くなった。

「デッス!」

親実装は、仔達に歩みを早めるよう促した。

生存の経験から、夜明けまでの残り時間が短いことを察していた。



「デス!デスデス!」

実装一家は行軍を続ける。
生き延び、あり続けるためのいとなみだ。
仔を甘やかす暇も、教育する余裕もどこにもない。

親実装は唯一絶対の独裁者として家族の上に君臨する。
「生きるデス」という内なる本能に従うのみだ。
家族を維持することも、冬を越すことにも、計画なんて何もない。



■



目当てのゴミ捨て場は、

「ギャア!ギャアア!」

カラスの集団が宙を舞っている。
夜明け前なのに、生ごみの袋はすでに啄まれ、バラまかれ、
集団によって蹂躙されていた。

「デェッ…」

親実装は息を飲み、考えた。
カラスが奪い合う中、しかし飛び散った生ごみの欠片は魅力的だ。
糞蟲の三女をイケニエにするか?



「デェ……」

いや。
親実装は諦めた。
多勢に無勢だ。

糞蟲一匹程度を捧げたところで、襲撃の被害は免れない。
何しろ、カラスは賢く、その上しめし合わせて集団で襲ってくる。

「デッスゥ…」



散乱する廃棄弁当や、フライドチキンの骨や期限切れお菓子を前に、
親実装は涎を飲み込みながら撤退を決意した。

夜明けまでの時間は短い。
親実装はプランB、もう一つの餌場、ごみ捨て場へ家族で向かう。



「テッチ。テチテチ」
「テチィ…」
「テチャア!!」
「レチ」
「レフー」



家族の反応は様々だが、
ほとんどが、毎日行われる夜明け前の遠征に不満を持っている。



そもそも、

ワタチ達のエサはママが取ってきて当然テチ!
どうして、産まれてすぐからずっとずっと毎日、エサ獲りさせられるテチ?



「デェッス!!」

親実装が殺意を込めて吠えた。
仔実装達が糞を漏らした。
行軍は続く。



■



「デッスーン!!」



幸運だった。
目的の餌場にはカラスがいなかった。

どころか、既に荒らされた後で生ごみが散乱し、獲り放題状態な上に!
天敵のカラスはもう撤収していたのだ!

「デスデスデス。デッスーン」

親実装は雄たけびを上げると、残された生ごみを餌に、喰らい始める!



「テチ!テチテチ!」
「テチャー」
「テプププ」
「レチィ…」
「レッフーン」

親実装が、這いつくばり、散らばった有機物すべてを狙って犬食いで食べ始める。
仔実装達が火が付いたように加速し、それに習った。



何しろ、分けないのだ。
この親実装には、仔実装へのワケマエという認識がそもそもない。
目の前のエサは全て食べる。
あるだけ食べる。
持ち帰ることもしない。
ハウスに蓄えなどしたこともない。



「テチャアアア!!」
「テッチ、テッチ…!!」
「テプププ」
「レチャアア!!」
「レフーン♪」

仔実装達は今が正念場だ。
親実装のおこぼれを、或いは押しのけてでも!
この場で食べない限り、今日の食事はどこにもない。

常に親実装に阻まれ、飢えている。
この機会に少しでも食べておかないと、沢山のオネチャ達と同じ末路が待っている。
飢え死にはしたくない。
オナカスイタテチオナカスイタテチと繰り返して、糞まで食べながら死んだオネチャ達。

実際、今生きている仔実装達で糞を舐めたことのない者はいない。



■



「デッスーン♪」

生ゴミをあらかた食べつくし、腹ごなしをした親実装が帰るデスと言い出した。

仔実装達はほとんどが飢えを満たせていなかったが、ママに逆らうことはできない。
尼寺玄児童公園への帰り道を行進する。



「デッス、デッス」

プランBのごみ捨て場はかなり遠かった。帰り道はいつも以上に過酷だ。
親実装が歩きながら、明るくなりつつある東の地平線を睨んでいる。
足を速める。

仔実装が追い付けるかどうかなど、まるで構っていないかのように



「テッチ、テッチ」
「テヒャアー」
「テプ、テププ、テチャア…」
「レヒャアー」
「レッフーン♪」



早朝の五時半あたり。朝日が昇った。
ちょうどそのあたりで、尼寺玄児童公園の入り口が見えてきた。

「デスッ。デスデスゥ」

親実装がダンボールハウスに向かって走り始めた。



「テッ!?テチャア!」
「テヒーー」
「テプ」
「レチ」
「レフーー」

仔実装達が置いて行かれる。慌ててママの後を追う。全力疾走だ。

「デッフーン」

構わず、親実装は朽ちかけたダンボールハウスに我先に飛び込み、
タオルなどないから新聞紙や広告チラシを敷き詰めた自分用ベッドにダイブした。



この親実装は、
おうちナイナイ人ことホームレスのフレンズよろしく、
明け方前に動き出し、夜明けとともに一日の活動のすべてを終える。

あとは寝るだけなのだ。
平和で、無害なボロダンボールハウスという楽園で。

食べて寝て、糞をする。
夜明け前に一家で出かけ、その場で食べ、帰って寝て、糞をする。

仔実装の食事のことも、冬に向けて蓄えをすることも全くもって思考にない。



「デッスーーン」

もう満足そうにいびきをかいている。
どんな幸せな夢を見ているのだろう。



「テチャア…」
「■■■■」
「テプッ、テッ、テチュウ…」

仔実装達はそんなママに少しでもくっついて、暖を取るしかない。
ボロハウスはほぼ親実装のためだけのもので、
拾った時よりも大きくなった親実装の手足はたまにはみ出す。
仔実装達が外敵から身を守り、凍えないためにはこんな親実装相手でも
寄り添いくっつくしか生き延びるすべがないのだ。



「レチ」
「レッフーン」

しかし、親指と蛆は少し距離を置いている。
ママが寝ながら蛆ちゃんをモグモグ食べたことを、親指は覚えていた。

この蛆チャンだけは絶対に守り抜く。

そう誓って、不安も恐怖もぬぐい去れないまま、ハウスの外で丸くなった。
なるべく大きく長く伸びた雑草の下で、親指は蛆を抱いて身を縮めた。




■



ところで、気弱な次女は翌朝を待たずに死んでいた。

児童公園に入る時、ダンボールハウスに戻る前に、
か弱い親指と蛆を先に行かせ、殿をつとめているうちに、猫に襲われたのだ。

「テビャ」

住宅地で放し飼いにされていた猫は、遊びまわって、ジャンプして着地した。
そこに運悪く、次女がいたのだ。
獲物として狙っていたわけではない。たまたまだった。

次女は頭から脳をこぼしながら、しばらく同じところをグルグル回った。

猫は次女を一瞥したが、臭かったのだろう。
ザッザッとトイレ砂をかける動作をした後、またいずこかへ駆けていった。

次女はやがてなんとか蛇行しながらハウスへたどり着き、ママの胸元にもぐりこむと、
そのまま死んだ。



「デプ?」

誰よりも早く目覚めた親実装は、自分のそばで死んでいる次女に気付き。



「デスデスデスデスーン。デッスゥン♪」

愉悦に瞳を細め、大きなミツクチをさらに大きく拡げた。



最期にママのぬくもりを、庇護を求めた次女は、あっさりとそのママに喰われた。



■



「デスデス。デププ。デスー」

おなかいっぱいになった親実装は、口元から実装の血肉を滴らせながら、
今日のゴハン探しはお休みデスゥと宣言した。

そうして、ハウスの少し横でモリモリブリブリ糞をひり出し、
再びハウスに戻り、ごろ寝する。

仔実装の肉の味を反芻でもしているのか、時折モグモグと幸せそうに。



いつも餌獲りで起こされる夜明け前。
親実装はわずかに何事か言っただけで寝てしまった。

めちゃくちゃいびきかいている。



「テチィ!?テチャア!」
「テ。テプ。テププー…」
「…レチ」
「レフー」

仔実装達は混乱した。

今日のワタチタチのご飯は!?
それに、次女チャンは!?



「デッスーン」

親実装はグースカ寝続けた。



■



「デスデスデッスゥー」

次の日。
親実装は全然オナカすいてないデス、むしろ食べ過ぎで少し胃もたれデス、
みたいなニュアンスなことを仔達に宣言して、

「デスデスデス」

二度寝するデス、とか言って寝た。
揺すっても叩いてもママは起きなかった。



仔実装達にとってはありえない話だった。
空腹がもう限界だ。

少しでも何か食べないと、また糞を舐めかねない。おかしくなってしまう。



「テチャ!テチャアア!テギャ!」
「テッチ…」

糞蟲の三女が長女に何か文句を言っている。
長女は心根が優しいのか、気弱なのか、申し訳なさそうに受け入れている。



「テ。テッチ」

結局、長女は一人で餌探しに出かけるようだ。
しかし、時刻は朝の7時くらい。

ママが異常なまでに固執していた夜明け前をとっくに過ぎているのだ。



「テギャア!テギャ!テジャア!」
「テェ……」

糞蟲の三女といえど、それは分かっているのだろう。
長女に歯をむき出して威嚇までして、追い出そうとする。
長女は諦めの表情で、公園の外に向かって、歩き出した。

手ぶらだ。
ビニール袋一つ持たないまま。

何の勝算もない。

「レチ」
「レフーン」

蛆を抱いた親指が駆け出し、長女の後を追う。

「テチ!?」
「レチ」
「レッフーン♪」

一家は、親実装と、糞蟲の三女、
長女と親指と蛆に分裂した。



長女一行は歩き出す。
恐らく、帰ってはこれない旅へ。

「テチャァ…」

そもそもが帰って来ることを期待されていない、口減らしのような状況。

長女は、自分を信頼して見上げる親指と無垢な蛆の顔を交互に見て、
暴君そのものだった親実装と、糞蟲な三女を捨てることを決心した。



もう、ここには戻らない。



振り返ることもしないが、後ろで三女が

「テププ」

とまた嘲笑う声が聞こえた気がした。



■



「デスゥ…?」



昼下がり、親実装は違和感に惰眠から目覚めた。
仔達がいないことに対してではない。

今まで何度かあった不思議な現象。
しかし、実装石の本能がそれを「妊娠した」と理解していた。



「デッスーン♪」

歓喜の声を上げる親実装。

その赤緑の瞳は、緑色側がゆっくりと赤に染まりつつあった。
実装石は雌しかいない生物だが、多産で、ネズミ算的に繁殖率が高い。
しかも、花粉で妊娠する。

春から秋にかけての温暖な時季、
それなりに自然が豊かな土地ではまったく当たり前に実装石は何度も妊娠する。



「デッデロゲー」

本能が腹の中の生命への胎教の歌をつぶやかせる。
しかし、彼女には親の記憶がない。死んだのか、捨てられたのか。
だから妊娠しても、仔への愛情とか、どう育てるかなどは何も知らないのだ。

本来なら、親実装は胎内の仔に産まれる前から胎教をする。
歌に乗せ、親や姉妹との関係性や、社会や、ニンゲンについて教育する。
それは実装石の本能の内にあるはずなのだが、彼女には分からない。

愛も、生への祝福も分からないから、実践できない。
彼女の生にはその部分があらかじめ欠落していた。



「デププププププ」

すぐに歌を止め、含み笑いをする。
親実装は、こう考えていた。

また下僕と肉が産まれるデスゥ。
下僕は小さくて弱いから言いなりデスゥ。ワタシが永遠の女王デスゥ。
いらなくなったら喰えばいいデスゥ。
肉はおいしくて、毎日拾う生ゴミの10倍くらいやばいデスゥ。



「デスデスデス」

なぜ妊娠するのかは分かんないデスが、すごい便利デスゥ。
自然に下僕と肉が産まれてくるデス。
ワタシから出たモノがワタシを生き延びさせるんだから、この仕組みはびっくりデスゥ。

それと言うのもワタシが特別だから。
高貴で、美しくて、選ばれた存在だから。



「デプププ」

ワタシは実装石の女王だから、下等な蟲を産み出せるんデスゥ。
女王に奉仕するためだけの下僕デス。
貧弱だったり糞蟲だったら喰ってやるデスゥ。

今度のオニクは何匹出てくるデスゥ?



親実装は満足そうに腹を撫で、また寝た。
彼女にとっては、妊娠は下僕と肉を産む仕組みでしかない。

下僕も肉も自分の一部。
だから、それが死ぬのも食べることも自然であって、当たり前のことなのだ。



「■■■■」

仔実装がどれだけ自分を頼ろうとも、
死の淵でそれでも次女がママのぬくもりにすがったことも、
彼女には全く理解できないのだ。



■



「テチャア!テチ!テッチ!」

糞蟲の三女は慌てた。
ママが妊娠した。そして、「次の仔」のことしか考えていない。



ママの仔はここにいるのに!
今はもうワタチしかいないのに! 一番美しくて、高貴で賢いワタチだけが!

糞蟲はもうとっくに皆死んでるテチ!
だからワタチだけを可愛がるべきテチ!
ワタチだけを愛して!!

どうせ何匹産まれたって糞蟲に決まってるテチ!
ワタチ以上の仔なんてありえないテチ!

だからワタチだけを見て!

ワタチを。



寝てるママをテチテチ揺すって叩いた。
寝返りをするママに潰されそうになりながらも、なおも続けて、鳴き続けた。



「デッス!」

ばしっ。

「テチャアア!?」

幸せな夢を邪魔された親実装が、糞蟲の三女を払いのけて睨んだ。
ママ!ママ!
三女が血涙を流して叫ぶ。



「デスデスデスゥ」

ママの返事は三女の幻想をめちゃくちゃにした。

うるさいデス。三女、もともとお前はただの糞蟲デス。
お前の役目はワタシのための肉になるだけデス。
冬に喰ってやろうと思ってたデスが妊娠したからもういいデス。
いずれ喰うデス。ママのためにせいぜいおいしい肉になって死ねデス。



「テッ。テチャアア!!」

事態を受け止めきれない三女。
ワタチは誰よりも賢くて美しいのに!?

あと、愛情もすごいテチ!だって大好きなママの側に今もいるのはワタチだけテチ!!



「デスデスデスゥ…」

三女の必死の訴えは、親実装には何も響かない。
そもそも、肉としか見ていないのだ。

けれど、いずれ秋になり葉は枯れ、何もない冬が来る。
親実装は少し考えて、目の前の肉こと糞蟲に、戯れに命令を出した。



「デスデスデスゥ」

ワタシのための肉が足りないデス。
お前は糞蟲だから馬鹿で、冬を知らないデス。
どうする気だったデス?どうせ何も考えてないデス。
餌もなく、寒くて動けない季節デス。
糞蟲のお前は真っ先に飢え死にデス。

「テェェ……」

「デスデスデスゥ」

長女と親指と蛆。あれはどこへ行ったデス? みすみす逃がしたのかデス?
無能デス。だからお前は糞蟲なんデス。


「テチャア……」

「デスデスデスゥ」

お前が本当にワタシの役につと言うなら、働けデス。
逃げ出した三匹をワタシの口元へ持ってこいデス。
そうしたらお前を我が仔と認めてやってもいいデス。



「テヒャアアアアー」

もう二日も食べてない、糞蟲の三女は鳴きながらハウスから駆け出した。



帰れるのか。
帰ってもいいのか。

恐慌の中の三女にはもはや、何も分からない。
ただ、追い出した長女を追って走るだけだった。



■



「テチャ。テチャ」
「レチ。レチ」
「レフーン」



ママのもとから出奔した長女は強い決心とともに自覚していた。
これはもはや「渡り」であると。



もし運良く餌を得られても、ママのいるあの公園にはもう戻れない。
生き延びるなら、餌を見つけたその上で、新しい住処を探さなくては。

長女は悲痛な決意とともに朝日の中の住宅街を歩いていた。が。



「テチャアア」
「レチァア」
「レフー」

通勤時間の道には、今まで見たことのないほどのニンゲンが歩いている。
自転車も、原付もバイクも車も行き交っている。
それは初めて目の当たりにする、ニンゲンの生活だった。

夜明け前だけを歩いてきた仔実装達には、衝撃を通り越して脅威だった。

それは、カラスや猫の比ではない。
巨大なニンゲンや自転車やそのほかに触れるだけでワタチ達は簡単に死ぬ。

餌を、住処を探して歩くどころではない。




「テチャアアアア!!」
「レチャアア」
「レッフーン」

半ば錯乱に近い状態で走り続け、なんとか裏路地の細い通りに逃げ込むことができた。
ニンゲンに踏まれたり、轢かれなかったのはただの幸運だった。

出勤や登校の忙しない時間帯で、
20cm未満の、エンピツ程度の仔実装達が、そもそも「そこにいる」と思われなかったから。
ほとんどのニンゲンにはそもそも、小さな仔実装の姿なんて視界に入っていない。
蹴り飛ばそうが、踏み潰そうが、ニンゲンにその自覚はないのだ。



「テチャア」
「レチャ」
「レッフーン」

仔実装達にはそんなことは微塵もわからない。
ただ、大勢のニンゲンや自転車や車が通行することが死ぬほど怖かった。
これが当たり前なのなら、通りに出たらたちまち踏まれて全滅だ。

餌や住処どころじゃない。

一般人の出勤ラッシュの喧噪の時間帯、虐待派が活動してないことも幸運だった。



「テチャ…」
「レチャ…」
「レフレフー」



裏路地の、明け方に閉店した飲み屋街。
スナックやもつ焼き屋が開店するのは日没後だ。
そんなことは仔実装達にはわからないが、
ひとまず動いていないエアコンの室外機の脇に、長女と親指と蛆達は潜り込んだ。
行き交うニンゲンの喧騒が収まるまで、そこでじっと待つことにした。



ニンゲンは大きくて危ないテチ。わざとじゃなくても踏まれるかもテチ。
ニンゲンが寝るのを待つテチ。じゃないと、とても歩けないテチ。

そういう意味でなら、悔しいけど、

ママは正しかったテチ。



■



「テチャアーーーー」



糞蟲の三女も、住宅街へ出た途端にそれがどれだけ危険なのか理解した。
長女を探すどころではない。
連れ帰るとかのレベルじゃない。

うかつに一歩踏み出せば、ニンゲンに踏まれるか轢かれるかして死ぬ。

死にたくなかった。



「テッチャア」

三女は、彼女の人生で一番、ものすごく考えて、目的を修正した。

いやだからママの言う通りなんて無理。絶対無理。その前に踏まれる。

ワタチはママを卒業しないといけない。
ママを捨てて生きなきゃいけない。
そのためには。



「テッチュゥン♪」

飼い実装になればいいテチ!!

ワタチをニンゲンに拾わせるテチ。
ワタチの魅力でメロメロにするテチ。
ニンゲンはすぐにワタチの言いなりで、コンペイトウもステーキも思いのままテチ。

ワタチはめちゃくちゃ可愛いし、高貴なオーラまじパないし、性格もいいし。
決心したら、もう迷わなかった!



絶対行ける、と三女は思った。
勝算があるどころじゃない。
達成する未来しか見えない。

どうして今まであんな糞蟲の親に怯えて、従わされていたのテチ?
ワタチの素質は、そもそも野良なんかの枠には収まらないテチ!



飼い実装テチ!



ワタチはクソニンゲンに飼われるテチ!
そして何不自由ない生活を送るテチ!セレブになるテチ!!



そのために、周りを見渡した。
なるべく沢山のクソニンゲンの目に美しくて高貴なワタチを見せたい!

「テチャア!!」

あそこテチ!!



そこは、スクランブル交差点だった。

人の歩みも自転車もバイクも車も怖かった三女は、
しかしその恐怖を何もかも一瞬で忘れていた。

あれだけのクソニンゲンがいるテチ!
ワタチはあの世界の中心で、愛を叫ぶテチーーー。



糞蟲の三女は、恍惚としながらスクランブル交差点の真ん中にテッチテッチ歩いて行った。

人間の足首にも満たない小さな生き物は、その場の誰にも気付かれることもなく、
実装石特有の幸せ回路が何もかもうまく行くと信じて疑わなかった。

繰り返すが、朝の出勤時間帯。
人々は自身のいとなみを成すことに必死で、仔実装の存在など1㍉も認識していなかった。



「テッチューーーン♪」

糞蟲の三女が満面の笑みで手を頬に添え、一世一代の媚を披露すると同時に、
スクランブル交差点の歩行者信号が赤に変わり、いっせいに車が走り出した。



■



勇ましく「渡り」だと決心していた長女達はしかし、裏路地から全く動けないでいた。

夜になると飲み屋が開く。酔客達が行き来する。
ただただ恐ろしかった。
エアコンの室外機の脇で、震えて過ごした。



しかし、餌にはありつけた。

飲み屋の店員達はずさんでいい加減で、毎日の生ゴミを明け方にテキトーに出すのだ。
昼間は飲み屋は閉まっている。人通りもない。

ニンゲンを刺激したり、バレたりすることは命取りだと自覚していた。

だから、テキトーな小さい低いゴミ箱を開け、必要なだけ生ゴミを食べるとまた蓋をした。
なるべくニンゲンにばれないよう、迷惑をかけないようにすごした。
水は側溝の汚水を舐め、糞は排水口でした。
死角なのか、カラスは一度も見なかった。



五日間もそうして過ごし、ニンゲンに襲われることもなく生き延びると、
長女はここが楽園なのかと思うようになった。

日が暮れるとニンゲン達が行き交うが、気付かれないようにじっとしてればいい。
明け方から昼間にかけてはほとんどニンゲンもいないし、その時間に餌獲りができる。

なんということだろう!
チリィ仔実装の自分が、言わばニンゲンと共生できているのだ!!

この幸福な蜜月が永遠に続けばいいと強く思った。


「テチ。テチテチテッチー」

妹チャ。ワタチ達はすごく運が良かったテチ。ご飯はあるし、ママはいないし、敵もいないテチ。
誇らしげに長女は親指と蛆に語った。

「テチ。テチテチテチ。テチ」

ここに住みたいと思うテチ。公園じゃなくても、実装石は生きれるテチ。

「レッチ」
「レフーン」

でもやっぱりニンゲンは怖いレチ。
プニプニして欲しいレフー。

「テチ。テチテチテッチ」

妹チャの心配も分かるテチ。だから、ワタチはここに家を作るテチ。
ダンボール探して来るテチ。いっぱい見たテチ。すぐ持ち帰って、ここに立派な家を作るテチ!

「レチ」
「レフーン」



心配する親指と蛆をなだめ、長女はハウスになるダンボールを探しに出かけた。
大丈夫。昼間はニンゲンはいないのだ。ゆっくり探して、吟味して、最高なのを持ち帰る。



「ヂッ」

表通りに出て十分もしないうちに、長女は往来のニンゲンに踏まれ地面のシミになった。



■



「デッデロゲー。デッデロゲー。デプ。デププププ」



数日間、親実装は膨らむ胎を撫でながらずっとニヤニヤ笑っていた。

もうすぐデス。
もうすぐワタシのための下僕と肉が出てくるデス。

空腹は、多幸感でうやむやになっていたが、
何日かするとさすがに気になってきた。

しかし親実装は、夜明け前の餌探しを再開することもなく、糞を喰らった。
ためらいもなく。

親実装にとっては、一時の糞の味など、
下僕を支配することやその肉を喰らう期待の前には大した問題でもなかったのだ。



ハウスの脇のトイレ代わりの窪みの糞の山に、頭から飛び込んで喜んで舐め、
胎をさすり、歌い、眠るとまたそこに大量の糞をした。

ほんの少し、糞蟲の三女を喰えば良かったとは思ってもいるが、
あれが言いつけ通りに長女と親指と蛆を連れて帰ってきたら、
肉は三女を含めて四匹ぶんにもなるのだ。

もはやあり得ない話なのだが、親実装もまた糞蟲だったので、
産まれてくる肉の味と、帰って来る仔四匹の肉を想像するだけで糞を喰らえた。



「デププププ」



■



児童公園に、ニンゲンが来た。



誰も来ない、誰も見ないというのは親実装の認識であり、誤りだ。
尼寺玄児童公園は住宅街の中にあって、近隣の住人は普通に通るし、横切るのだ。

近所に広大な双葉公園があるから、皆はそこを利用する。
が、それは尼寺玄児童公園を利用しないとか、通らないとかそういう話にはならない。

ただまあ、近隣の住人は穏やかで善良で無害な一般人達だった。
そこに野生の実装が少しいようが、目立った実害がないのなら駆除しようなんて思わない。

だから、親実装は今まで生き延びてきた。
見逃されてきた。
それを彼女は知らない。



「おい。走るなミドリ。外飼いの猫が怖いって話、何度もしたろ。俺から離れるな」

「ごめんなさいデスゥ。でも、あっちでオトモダチのにおいがしたデスゥ」

成体実装を連れている飼い主が、散歩をしていた。
ミドリという名の実装が言った台詞が、全てを終わらせることになる。



「この辺で野良の話は聞かないが。勘違いじゃないか? 双葉公園ならともかく」

ミドリがこっちデスゥ、と言った先は、近所の住人もそれと認識してない小さな公園。
尼寺玄児童公園だった。
飼い主も、そこが公園だとは思っていなかった。空地程度の認識だった。



「おーおー。公園だ。小さいけど、うわ。確かにダンボールハウスあるじゃんか」

「オトモダチデスゥ」

「いや。野良でしょ。友達じゃないから。絶対関わっちゃダメ。行くよ」



ハウスには、臨月?を迎えた親実装が仰向けで胎を撫でながら寝ているのが見えた。
胎教のたぐいはしていない。
ニヤニヤと薄気味の悪い笑顔を浮かべている。

それを認めても、飼い主は、関わらないため何もコメントをしなかった。
気付かない振りをした。



「あのオバチャン。髪がないデス。禿デス。服もボロボロデス。ウンチの臭いすごいデス」

「口が、歯が汚いデス。洗ってないデス。不潔デス。あれ本当に実装石デス?」

「絶対お風呂入ってないデス。可哀想デス。パンツがウンチまみれで緑色デス」

「妊娠してるみたいデスけど、子供が可哀想デス。あのママは誰も愛せないデス」

「誰にも愛されなかったからああなんデス。可哀想デス。可哀想デス」

「ゴシュジンサマみたいな人がいてくれてたら、あんな実装にはならないはずデス」

「可哀想デス。可哀想デス」






「デジャアアアアアアーーーーー!!!!」

成体実装は、こちらに大きく威嚇をして、激しく糞を漏らした。
無理もない。ミドリのDisりは野生に対してとんでもなく失礼なものだったろう。
ミドリにとっても、分からなかったデスで許していい事案ではないのかもしれない。

「悪かったな。悪かったよ。ごめん。許せ」

実装フードを何粒か投げた。
反応する成体実装に一度軽く頭を下げ、そそくさと立ち去る。



「ほらミドリ、お前も謝れ。お前は失礼なことを言ったんだぞ」

「デスゥ……」



振り返るともう遠い視界に、成体実装はフードを食べ食べ、
それでも歯を剥き出し口元は威嚇のポーズのままだった。



野良で、野生で逞しく生きているだろう実装に失礼なことをしてしまったな。
帰ったらミドリによく言って聞かせないと。



■



「レチレチレチ」
「レッフーン」

親指と蛆が、裏路地の室外機の脇で、ただ二人きり、レチレチ喋っていた。

「レチレチレチ」
「レッフーン」

オネチャが帰ってこないのは、死んだからレチ。
ウジチャン泣かないでレチ。泣いてもいいけど、実装石はそれくらいすぐ死ぬものレチ。

「レチレチレチ」
「レッフーン」

オネチャが死んだここは、そもそもニンゲンが多すぎるレチ。
どうせ飼い実装になんてなれないなら、ニンゲンから離れるのが正解レチ。

「レチレチレチ」
「レッフーン」

ワタチは、オネチャが言った「渡り」をするレチ。
まだ親指のワタチには無謀な話かもだけど、絶対、成功させるレチ。
これはオネチャの望みでもあるし、ワタチ達が生きるために必要なことレチ。

「レチレチレチ」
「レッフーン」

ウジチャン。
危険な旅だとは思うレチ。でも、ウジチャンのことはワタチが守るレチ。
だから、どうか信じてついてきてほしいレチ。

「レチレチレチ」
「レッフーン」

オネチャが言ってた楽園。
ここはそうじゃなかったけど、本当の楽園を見つけるレチ。

こわいこわいのない、おなかすいたのない、そういう楽園レチ。
まだ見たことはないけど、ちょっと行った先にきっとあるレチ。

だから、今からちょっと行くレチ。

目指すはワタチタチの楽園レチ。



「レチレチレチ」
「レッフーン」



■



説明は省くが、親指はパキンした蛆を抱きしめて泣き叫んでいた。

「ウジチャン!?ウジチャーン!!!?」

蛆はだらりと舌を垂らし、両目は濁り、もう息をしていない。

「ウジチャン!?ウジチャーン!!!?」

親指は血涙を流し、喉が枯れるまで叫び続けた。



その姿は、カラスや猫の格好の獲物であっただろうし、
そうでなくても、往来には親指なぞ視界に入らないまま歩くニンゲンが沢山いるのだ。



おしまい











三作目です
これは観察系ですか? 聞かれても! 観察系を目指しました

駆け足でかいていますので、あとで修正したくなったりする個所は山ほどかと思います
けど、短期間で続けてスクができたことをまずは喜びながら、ドロップしていきます

感想などありがとうございました
マジで泣いたりしてますお酒入ってますからな!!

コンゴトモヨロシクデスゥ

@ijuksystem

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1 Re: Name:匿名石 2022/10/26-08:01:16 No:00006568[申告]
長いの結構、結構です
それだけ楽しめる。
投稿が最近多くてありがたいです。
2 Re: Name:匿名石 2022/10/26-23:20:43 No:00006569[申告]
これだけの長編がまた読めるとはおもわなかった。ありがとうございます。今後とも書き続けていただきたいです。
3 Re: Name:匿名石 2022/10/27-03:16:33 No:00006570[申告]
ありがとうございます楽しい一本でした
4 Re: Name:匿名石 2022/10/29-00:42:39 No:00006572[申告]
親はどうなったんだろう
見つけたミドリの飼い主は必死に生きてる(誤解)野良さんに失礼だよって態度で駆除のための通報はしてないみたいだし
肉の増産を待ちぼうけして枯れていくのかな
5 Re: Name:作者 2022/10/29-11:01:35 No:00006573[申告]
皆様、あたたかいコメントありがとうございます
酔ってかいて、ここを見るときも酔っているので(今日はお休みです!)
嬉し涙がちょちょぎれますなう

親実装の末路をかけなかったことは皆様にとってもモヤるかと思います
プロットには「飼い実装にDisられ憤死」とありましたが
かいていたらその程度じゃ親実装は死ななかったのです……
けれど、決定的な否定を受けたことは彼女にとっても重いダメージだと思います
スクではかけなかったですが、親実装も何も良い思いをせずやがて死にます
次作ではもうちょっと過酷に行ければと思います
冗長で長い文章を読んでいただいて、しかもご感想まで下さって本当に嬉しいです
6 Re: Name:匿名石 2022/11/03-23:25:22 No:00006577[申告]
三作とも楽しく読ませていただきました。
これだけ読み応えのあるスクを読むのは久しぶりに感じます。
御無理の無いペースで結構ですので、次回作の投稿を心待ちにしております。

ああああああ、もう堪らねぇ!
7 Re: Name:匿名石 2023/05/30-23:57:54 No:00007254[申告]
まあ餌の貯蓄や冬に備える知能もないって地の文で書かれてる以上冬を越せずに飢えをじっくり味わって死ぬんだろうな
8 Re: Name:匿名石 2023/06/01-01:19:49 No:00007261[申告]
ここまで汚物の様な生活をしてて気概は無くとも気位はあるんだな
憤死って歴史とかでしか見ない表現だけど
実装石の憤死って派手な物理的なダメージともないそうで見てみたくもある
9 Re: Name:匿名石 2023/06/29-03:34:07 No:00007385[申告]
無礼への詫びに投げられた実装フードの味を知ってしまったのも死亡フラグだろうな
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