タイトル:【観察】 実装石と生きる一族⑤
ファイル:実装石と生きる一族⑤.txt
作者:石守 総投稿数:9 総ダウンロード数:783 レス数:4
初投稿日時:2022/01/10-00:15:42修正日時:2022/01/10-00:15:42
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   実装石と生きる一族⑤   不妊処理と教育係



物置に駆け込むと、濡れているツナギのカッパをもう一度着込む。

   冷てぇ

だが、糞蟲案山子どもに妊娠されてしまうよりマシだ。

なにせ、花粉程度の遺伝子情報に触れただけで、いとも簡単に妊娠を
してしまうような杜撰な生殖機能を持つ生き物だ。
急がなくてはならない。

糞蟲禿裸案山子は、総排泄腔をホチキスで綴じた上、さらに焼き潰した。
そのため、そこから花粉などの卵胎を促す物質が体内に入り込むことは
ないわけだが、まずいことに、腹を開けたことで内臓が直接外気に触れて
しまう状態となっている。
美翠に指摘されるまで、そのことを失念していた。
実装石の出鱈目な生殖機能では、十分に妊娠の可能性がある。

まあ、たとえ妊娠したとしても、総排泄腔がふさがっているから通常の
出産はできないはずなのだが、糞蟲の仔ならどうにかして、例えば内側
から糞親蟲の内臓を食い破ってでも出て来てしまいそうだし、そもそも、
妊娠することで体力を消耗されてしまうのを避けたい。

自分の糞を喰らっていれば、糞蟲案山子どもは相当期間、生き続ける。
せっかく手間暇かけたのだ。
少しでも長く、苦しんでもらおうじゃないか。

庭に出ると、デカ、ホソ、チュウが放心状態から覚め、先ほど途中に
なっていた食事を再開していた。
私の姿を見ると驚き、怯えたように、手に持ったドクダミ団子を慌てて
地面に置いて、私に向かってペコペコと頭を下げる。

糞蟲たちの処理を見て、私に逆らうとどうなるか理解したようだ。

一方、仔実装と親指実装たちは、といえば、さすがに無邪気なもので、
生まれてはじめてであろう、他の野良実装や鳥獣に襲われる心配がない
環境を満喫し、そこら中を思い切り走り回って———といっても昆虫が
歩くほどの速度だが———遊んでいる。

   こういう“感じ”は、可愛いと言えなくもないんだよなぁ
   
私は早足に歩きながら、デカホソチュウに声をかける。

「俺に構わず、食事を続けてろ。
 せっかく食べ物にありつけたんだから、腹いっぱい食べておけよ」

私にそう命じられると、3匹はもう一度頭を下げ、礼を言ってから、
再びドクダミ団子をモクモクと食べ始める。
がっついて食べたりせず、行儀が良い食べ方だ。

その姿を横目で見ながら、私はまず、親糞蟲の前に立った。
そして、親糞蟲に声もかけず、目も合わさず、いきなり親糞蟲の腹を
植木バサミでジョキジョキと切り開く。

親糞蟲は濁った赤緑のオッドアイを、目玉がこぼれそうなほど見開き、
声にならない声を上げ、醜いブヨブヨの身体を激しく捩る。

大きく開かれた腹の中で、ピンポン玉ほどの心臓が忙しく脈打っている。
その少し上に、心臓より少し大きな赤と緑の“袋”が、ひとつずつある。
緑の袋の方が、赤の袋より、やや大きい。

これが、実装石が恐竜の末裔であり、鳥類の仲間であることの証拠、
実装素嚢だ。
赤が右で、緑が左。目と乳首の、色分けと位置に一致する。

親実装が育児中に仔実装や親指実装、蛆実装に授乳するため、実装石は
哺乳類かのように誤解されてしまっているのだが、実際には、爬虫類と
鳥類の中間のような動物だと思われる。

乳首から出ているのは、いわゆる、素嚢乳だ。
赤い乳首から出ているのは、赤の素嚢で血液から濃し取られた脂肪分と
栄養分の高い素嚢乳であり、緑の乳首から出ているのは、緑の素嚢で
作られた実装石独特の体内物質である、葉緑体の濃縮液だ。

実装石は、進化の過程で葉緑体を体内に取り込み、光合成することで、
ある程度のエネルギーを体内で作り出すことができるように進化した。

実装石が飢餓に強いのも、その不気味なほどの再生力も、食事のほかに、
この葉緑体による光合成の栄養補給があることで、可能となっている。
服も、その色から察せられるとおり、葉緑体を大量に含んでおり、それ
自体で光合成を行うため、ある程度の自己修復機能があり(そうでないと
身体が成長した時に着られなくなってしまうはずだ)、肌の粘液を通じて
身体に栄養を送り込んですらいる。
妊娠時に両目が緑色に揃うのも、少しでも強い卵=仔の身体を作り出す
ために、より多くの栄養を補給しようと、緑の素嚢が急激に活性化して
大量の葉緑体を生成し、最も効率良く日光を集める、すなわち、天然の
レンズである目に集中するためだ。
これが祖父が実装石について立てた仮説であり、我が社の研究所でこれが
正しいことが、ほぼ証明されている。

生まれてすぐの仔実装や親指実装、蛆実装は、十分な光合成を行うに
足るだけの葉緑体を、身体や服の中に持っていない。
これらの服の色が成体のそれに比べて薄いのは、そのためだ。
だから母実装は、仔に素嚢乳という形で濃縮葉緑体を送り込むのだ。
我が仔がより強く、より成長するように。
極めて合理的な身体機能を持つのが、実装石という生き物なのだ。

と、話がずれた。

今、糞蟲の無駄な妊娠を食い止めようとしている私の標的となるのは、
2つの素嚢の下にあり、一見したでは素嚢と区別ができないほどこれと
一体化している臓器だ。

卵巣である。

実装石は、卵生である。
いや、正確に言うと、卵胎生だ。

実装石の卵巣は、極めて注意深く観察しなければ、存在すら気付かない。
妊娠過程で卵内に濃厚な栄養と葉緑体を取り込む必要上、その供給源で
ある素嚢とほぼ一体化しているからだ。
卵巣からは卵管が食道とともに、下まで長く伸びていて、卵巣から出た
卵は、胃袋の周りを取り囲むような形の子宮部で孵化までを過ごす。
この時点で、仔は蛆実装の状態なのだが、紛らわしいことに、実装石の
卵の殻は、ほぼ透明であるため、あたかも胃袋で胎児実装が育っている
かのように見えるのだ。

その卵巣を、親糞蟲の卵巣を、私は盆栽バサミで、無造作に切り取った。
素嚢や食道の一部を傷つけたが、全く気にしない。
単なる肉片と成り果てた、隣に並ぶ仔糞蟲案山子をかつて育んだ卵巣は、
ポイッと地面に棄てられ、私のブーツ底の下で、踏み潰される。
ドロリとした緑色のスライム状の物体が地面に拡がる。
そしてガスバーナーで素嚢の下部をしっかりと焼き、卵巣が再生しない
ようにする。

続いて、5つの仔糞蟲の卵巣も、速やかに同じ運命を辿る。
死ぬほどの痛みに、イゴイゴと蠢くが、筋力ではカブトムシやクワガタ
にも及ばない仔糞蟲だけに、私の施術の支障にもならない。
仔糞蟲どもの赤緑の涙が、さらに多く流れる。

   これで、ひと安心、っと
   ついでだ、追加サービスで説明してやろう

「今、切り取って捨てたのは、糞蟲の仔をつくるための卵巣だ。
 踏み潰してやったし、腹の中もちゃんと焼いてやったから、今後一切、
 糞蟲どもは仔を産むことができない。
 安心して、この鉄パイプに刺さったまま、干からびて、死ね」

糞蟲案山子たちの絶望は、より深くなったろうが、知らん。
どうせ絶望したところで、幸せ回路と呼ばれる糞蟲を象徴する、傲慢、
かつ、能天気な妄想が偽石から発せられるのだ。
糞蟲案山子たちは、絶望から生じる馬鹿な幸福夢物語を楽しむがいい。

   しかし、疲れたぁ

見れば、デカ、ホソ、チュウの3匹も満腹になったらしく、幸せそうに
膨らんだ腹を抱え、不恰好な短い足を投げ出して地面に座り込んでいる。
私がこんなに疲れてるのに、とイラッとする。

が、よく見れば、ブルブルと小刻みに震えている。
どうやら、糞蟲案山子たちの絶望が念入りに深められた状況を把握して
いたようだ。
それは、我が身と家族にも何かの拍子に降り掛かりかねない恐怖である。
しかし、今は食事をしろと私に命令された。
そのため、これに絶対服従し、怯えながらドクダミ団子を掻き込んだと
みえる。さぞ、不味い食事であったろう。
大変に殊勝な心掛けである。褒めてつかわそう。

「親蟲2匹と中蟲。
 ああ、動かないでそのままの体勢でいいから、今から俺が言うことを
 良く聞くように。
 今から、庭蟲どもは、次に俺が命令するまで、日向ぼっこをしてろ。
 できれば、昼寝をすると、もっと良い。
 実装石の身体は、日光に当たると、健康になるようにできている。
 ここで棲む間は、できる限り、日に当たるようにしろよ」

デスゥ……、デデス、テスゥゥと緊張した震え声で返事が来る。

   まあ、無理もないか

「仔蟲どもに、教えてやれ」

急いで、デカとホソは、まだ元気に遊び回っている(今朝までヘロヘロ
疲労困憊だったのに、本当に元気なものだ)自分たちの仔を呼び寄せる。
最愛の母実装に呼ばれた仔たちは、母の気持ちも知らずに、喜び勇んで
我先にと駆けて来て、母に飛びつく。
そして仔実装と親指実装は、母の身体の思い思いの場所にポフモフと
埋まり、笑顔のまま、すぐに寝息を立て始めた。  テチチ テチュー
蛆実装は、ホソの胸の、心臓の上で、  レピピピ と眠る。

デカとホソは、恐怖の中でも、いや、恐怖の中でこそか、仔実装たちが
愛おしくて堪らない、といったふうに目を細め、優しく優しく撫でる。
撫でられた仔たちは、幸福そうに、甘えるように身悶えて、より深い
眠りへと落ちる。

その可愛いらしさが、母、デカとホソの緊張を幾分かほどいたのだろう。
デカとホソもじきに、久しぶりの、心から安心した眠りに落ちて行った。

   昨夜は、空腹で良く眠らなかっただろうしな

庭蟲たちの幸せそうな眠りの中で1匹、チュウだけは、デカの頭の側で
横になり目を閉じたのだが、何を思っての行動か、緑の目だけを薄く開け、
少しの間、私の様子を伺っていた。

私はそれに気付かぬふりをして、ことさら静かに、その場を立ち去る。
チュウがようやく目を閉じたのは、私の姿が家の角に消えてからだ。
そしてすぐに眠りに落ちる。

   何か事情ありげだな、チュウは

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私はまた物置でカッパを洗って干し、家に入ってシャワーを浴びる。

   めんどくせぇ  ホントに、疲れたし

そして美翠に声をかける。
「これから少し眠る。昼食の準備ができたら起こしてくれ」
『はいデス、ご主人様』

裸でベッドに潜り込むと、瞬時に深い眠りがやって来た。
実装石の夢など見ない、深い眠りだ。

===================================

   …………安心する優しい匂い  やわらかい
   きもちいい肌ざわり

妙に幸せな感触に誘われて目を開けると、純香がベッドの中で私に身を
寄せて優しく微笑んでいた。

「お疲れさま。起こしちゃって、ごめんね」
「……いや、大丈夫」

まだ夢を見ている気分だ。
夢心地半分、これが現実か確かめるため半分に、純香のそのしなやかな
身体を抱き寄せる。……現実らしい。

「帰って来たのか」
「うん」
「夜になるかと思ってたけど」
「お父さんとお母さんの顔も、久しぶりにゆっくり見れたから、急いで
 帰って来ちゃった」
「そうか」

キスをする。
長く、甘く、やがて激しく。
そして私たちは身体を重ねる。

==================================

『ご主人様、スミカ様、ご飯の用意できましたデス』

二人でシャワーを浴び、着替えてダイニングに降りて行くと、美翠が
昼食を用意して待っていた。

私の好物の稲荷寿司、温かい味噌汁、それと里芋の煮物だ。
美翠に作れる料理ではない。
純香の顔を見る。

「私が帰って来たのが、所長が眠ってからすぐだったみたいでした。
 ですので、声をかけるのは控えさせていただきました。
 用意させていただいたこちらの稲荷寿司は、いつもの稲荷神社のです。
 お味噌汁は私が作っておいて、ミスイちゃんに温めてもらいました。
 煮物は母からです」
「ご馳走だな、いただこう。
 お母さんには、後でお礼を言っておくよ」

いただきます(デス)、と手を合わせて、穏やかな昼食が始まる。

ここの研究所、実質私の自宅だが、私は所長という身分であり、純香は
その秘書兼研究補助員兼美翠教育係、という職になっている。
給料は出ているが、一般的なフリーターのそれに少し色が付いた程度だ。
本職は、私の恋人である。婚約者と言っていいだろう。
我が社の社長である私の父が純香を非常に気に入っており、その好意に
よる措置である。
社の私物化と言われかねない措置だが、我が社は超優良企業で、社員の
給与も平均よりかなり高く、福利厚生も充実しているため、今のところ
不服の声は出ていない。

「野良実装石の家族2つに庭で棲むことを許した。
 それと、勝手に庭に入って来た糞蟲一家を禿裸案山子にした。
 その話は聞いた?」

食べ終え、美翠に食器を片付けてもらいながら、純香に訊ねる。

「ミスイちゃんからザッと聞いたけど、所長から教えていただきたいし、
 今後の方針なども伺いたいです」

純香はシンクで食器を洗う美翠の隣に立ち、指導をしながら——この程度
の家事なら、ほとんど教えることはなくなっているが——返事をする。

「昨日の夕方近く、南側の監視システムに10匹くらいの野良実装石が
 引っ掛かってね。いつもどおり、駆除するか無視するか、の対応をする
 つもりだったんだけど、とても統制が取れた集団だったんで、例の穴を
 開けて、庭の中に誘導してみたんだ。そしたら——」

そこから今までの経緯、糞蟲案山子の処理も含めて説明する。

「承知しました。
 それで、その庭蟲は、いつまで棲まわせる予定ですか?」
「糞蟲化しなければ、ずっとだ。
 “実験”がうまく行くようなら、繁殖も認めるつもりだ」

美翠の食器洗いが終わったようだ。
『トイレに行くデス、ご主人様、スミカ様』
静かにダイニングを出て行く。
「どうぞ、ミスイちゃん。……淑女は黙って行っていいのに」
「排泄を大事にする実装石の本能だ。
 美翠にストレスを溜めさせたくなければ、聞いてあげな」
「分かってるけど」

純香は、私の膝の上に座る。
細い指先が私の耳を撫でる。
美翠の教育上、美翠の前ではしない甘え方だ。

「タクマさん、あの庭実装たちのことで、私にお手伝いできることは、
 ある?」

純香の華奢な腰に手を回す。

「もちろん。庭蟲には、人間に絶対服従することを、徹底させなきゃ
 ならないからね。優秀な教育係が必要だ」
「そっか。では我が社No.1の教育係の出番なのかな?」
「期待してる」

我が同志に、またキスをする。

ふと、視線を感じる。
美翠ではない。まだ戻って来る音はしていない。

……外だ。

何の感情も読み取ることができない赤緑のオッドアイが、一対、静かに、
しかし熱心に、こちらを見つめていた。

   チュウ、か……



     ——続く——

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1 Re: Name:匿名石 2022/01/10-04:28:36 No:00006464[申告]
新解釈いいねえ
2 Re: Name:匿名石 2022/01/11-16:46:06 No:00006466[申告]
面白い。続き待ってます。
3 Re: Name:匿名石 2022/01/12-01:55:16 No:00006467[申告]
考察が興味深く面白かったです
4 Re: Name:匿名石 2022/01/13-22:45:03 No:00006471[申告]
チュウは何者なんだろう
ただの謎に賢い個体なのか
それとも…
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