「…何やってるんだ、お前ら」 「ルトー!?」 「デスゥ!?」 男が寝巻き姿のままサンダルを引っ掛けて玄関を出ると、 ヤクルトを抱えた実装燈と、牛乳を抱えた実装石がいた。 普段よりも遅く起きたせいで、 お昼前まで玄関前に獲物(ヤクルト&牛乳)が残っていたのを見つけ、 持ち去ろうとしたようだ。 「…この盗人共がっ!!」 男は右手で実装燈を掴み、実装石はサンダルで踏みつけた。 さっさっと獲物を手離して逃げ出せば良いものを、 この期に及んでも浅ましく持ち去ろうとするものだから、 寝起きの男にもあっさりと捕まる二匹。 「さて、どうしてくれようか……」 せっかくの休日を朝から(既にお昼前だが)不快にさせた 盗人どもへの措置を男が思案していると、 「ル…ルト…」 「なんだ?何か言いたいのか?」 「ルトルト、ルトールト…ルトルトルト…」 (悪いことだとはわかってるルト…でも、子供がお腹を空かせてるルト…) 「ほうほう」 「ルトルト…、ルールトルトー」 (二度としないルト…だから見逃してほしいルトー) 涙ながらに訴える実装燈。 「なに言ってんだか分からねーよ」 ブチチィッ 「ル、ルトォォォォォォォォォォォー!?!?」 リンガルが無いため実装燈が何を言っているのかは分からなかったが、 恐らく自身に都合のいいことを主張していることは伝わってきた。 とりあえずは黙らせようと思って背中の両羽を毟り取る。 「ルトォ!? ルトォ!? ルトォ!? ルトォ!?」 いつもならこれで開放されて、特にバカな人間のオスの場合なら ヤクルトの一本でも貢いでくるだろうと考えていたところ、 突然背中を襲った激しい痛みに思考が混乱する実装燈。 自身の背中と、男の左手が摘まんでいる自分の羽(だった物)を 交互に見ては泣き叫ぶ。 「うるせぇ」 クチッ 「——ルトォッ!!」 男は実装燈の予想外の反応に眉をしかめたかと思うと、 次の瞬間には右手を強く握り、 全身が奇妙にねじれた実装燈を地面に打ち捨てた。 「デププププ」 自分の置かれた状況を把握していないのか、 それとも把握する能力が欠如しているのか、 自身も背中を踏みつけられている危機的状況にもかかわらず、 実装燈の悲劇を見て嘲笑する実装石。 メリメリ…べキャッ! 「デギャャャャャャャャァァァァ!!!」 心の奥底から湧き上がってきた衝動を抑えきれず、 思わず実装石の体をそのまま一気に踏み抜く。 サンダル越しのウレタンの感触が消え、 代わりに硬い地面の感触が男の足裏に伝わってきた。 ● ○ ● ○ ● ○ ● ○ ● ○ ● ○ ● ○ ● ○ ● ○ △ △ △ △ △ △ △ △ △ 「…ふん」 男はサンダルの裏にこびりついた実装石の体液を地面に擦り付けると、 あたりに散らばったヤクルトと牛乳を拾い集めて家の中に戻っていった。 玄関先には、羽を失ったショックと全身の痛みのせいか、 「ルトトトト」と意味を成さない鳴き声を上げて痙攣する実装燈と、 体に大穴が開いて上下半身が泣き別れになった実装石が残された。 こちらは偽石が大きく破損したせいか、 急速に生体反応を失いつつあるのが見て取れる。 「デー」 既に身じろぎすることもできないのか、 赤と緑の両目のみをかろうじて玄関脇の植え込みへ向け、 弱々しく一声鳴く実装石。 すると… 「「「「「「テッチーーーーーーーーーーーーーーー!!!!!!!」」」」」」 (ママァァー!!!!!!!) 植木の影からワラワラと現れる六匹の仔実装。 二つに千切れた実装石を小さな手で揺すり、 甲高い声で必死に呼びかけているところを見ると、 この実装石の子供たちなのだろう。 「テェェェェン!」(死んじゃ嫌テチーー!) 「テエエエーン、ティエエーーン!」(起きてテチー、起きてテチー!) 「テチィィィ!?、テチィィィ!?」(ママ!?ママァァァ!?) 「テチュー、テッチュッチュー!」(早く、早くお家に帰るテチュー!) 「テチャャャャァーーー!!」(何か答えてテチャァー!!) 「テチテチィッー!」(ママの中から何かがどんどん漏れてるテチィー!) 生まれて初めて人間の暴力を目の当たりにし、 盛大にパンコン&半ば恐慌状態で親実装にすがる仔実装たち。 成長の遅い末妹は現実を正しく理解できていないのか、 千切れた下半身に——男に踏み抜かれた衝撃で糞が噴き出し、 汚物まみれで転がる下半身に顔を埋(うず)めて泣きついている。 もう一方の上半身は——先ほど一声鳴くのが限界だったのだろうか、 親実装の目は既に白く濁り始めており、 仔実装たちの声がその耳に届いているかどうかも分からない。 それでも仔実装たちは親実装の体を揺すり続ける。 そもそもこの親実装は、決して賢い個体ではなかった。 日ごろから他者の不幸を見ては嘲笑し、 禿裸の実装石を見つけてはリンチを加えるような、 ごくごく平均的な実装石だった。 だが、母親の教えだけは忠実に守る愚直な性格の個体でもあり、 母親の教えに従って同属食いと人間との関わりだけは避け続け、 一週間ほど前に仔実装たちを出産。 自らの血族を増やすという、生物としての根源的な幸せを得て、 実装石なりに仲睦まじく今日まで公園の片隅で暮らしてきた。 そんな幸せな生活に終わりを告げることになったのも、 その仔実装たちが原因だったのは 延命の皮肉とでも言うべきだろうか。 出産から一週間が経ち、歯の生え始めた仔実装たちが 母乳以外の食べ物を必要とし始めたことがきっかけだった。 巣の周りの下草を僅か一日で食べ尽くしてしまったことにより、 他の実装石親子と縄張り争いが勃発。 抗争と食糞の果てに仔実装の数は半分にまで減ってしまい、 ついに進退窮まって人家に手を出した結果がこの惨状である。 (無能なママを許してデスゥ…ママはもう駄目デスゥ…) (お乳以外は草と糞しか食べさせられなかったこの仔たちが不憫デスゥ…) いざ事に及ぶにあたり、足手まといとなる仔実装たちは 植え込みの影に隠しておいたおかげで直接危害が及ぶことは無かったが、 親実装の庇護をなくした仔実装が 今後無事に成長できる可能性は万に一つも無いだろう…。 視覚と痛覚に続いて急速に意識まで失いつつあった親実装は、 仔実装たちをこの先待ち受ける非常な運命と、 最後まで何一つ美味しい食べ物を与えることができなかった 己の不甲斐なさを心の中で詫びながら絶命した。 後編に続く
