三代記 〜二代目 平穏なる実装生 後編〜 −−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−− ようやく一個体となったマルは、 俺と娘で一から調教しなおした。 新マルの知識は加虐による連続リセットにより消えうせ、 旧マルのもっている野良の状態しか残っては居なかった。 この野良の知識は、仔実装が生きている為には高いレベルを持っていたが、 ペットとして飼われるには、役に立たない余計な解釈から構成されている。 それを1つ1つ、納得させながら教え込むのは大変な作業だ。 新マルの頃ですら、大して効率が良いとは言えないマルの知能は、 新しく生活基礎知識を学ぶには向いていないかと思われた。 物覚えの良い幼児期は過ぎ、既に、大体の知識がコリ固まった実装齢になってきている。 しかし、マルは健気に出来る限り俺達に答えようと頑張った。 トイレ、風呂、食事、挨拶。 全て、持つ”本能”に逆らって反復して書き換えた。 マルは推定2ヶ月を越える実装齢の体格だ。 しかし、今出来る事は、ペット実装としては2・3週間程度の仔実装と同等の事しか出来ない。 ただし、まったく、成長が無い訳ではない。 野良実装が、生まれたてを拾ってきて躾けても、一定のレベルで低下・停滞・成長を繰り返す事を考えれば、 まだ、仔実装である事を差し引いても、少しづつでも停滞や低下なく成長し続けている。 マルは俺達の家族の一員になろうと懸命に努力していた。 俺も、すでに虐待師としては引退して長い。 素直にマルをペットとして迎え入れる事にして、丹念にマルを教育した。 ようやく、人が見ている間なら水槽から出して行動させても問題の無いレベルになってきた。 苦手だったおまるの使い方も、ようやくおまるの意味を理解して使えるようになった。 −−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−− んちんち…おまるはドコ? おまるあった。 おまる♪おまる♪ウンチはおまる〜♪ ワタシはマルでもおまるのまるは違う♪ テテ…歌っている場合じゃない…もれちゃう… んちんちんちんちんち…間に合った… お家はワタシには広い…お隣の部屋で遊んでいるとウンチ間に合わないかもしれない。 ニンゲンさんのお部屋は、ニンゲンさんが大きいからとっても広い。 床もフカフカだったり、ピカピカだったり、草の匂いがしたりする。 ワタシはシアワセ…ニンゲンさんと一緒に居られる。 ワタシはイッパイお勉強した。 ツライお勉強だったけど、イッパイお勉強した。 普通は、ニンゲンさんと同じお部屋には居られない事も判る。 もっと色々なご挨拶とか、身体がおっきくなって、 もっともっとウンチが漏れそうなのを我慢できたり、 ニンゲンさんと同じトイレが使えるようにならないとダメなんだ。 それでも、ニンゲンさんはお部屋ごとに、”猫さんトイレ”というのを置いてくれて、 お砂の上でなら漏らして良いといわれた。 でも、本当はそれはダメな事…ワタシはお勉強してわかる。 だから、ワタシは我慢しておまるのところまで走る。 食べ物はこぼしちゃダメ。 ワタシはスプーンが使えないから、お手手で食べる。 だからお手手が汚れたらちゃんと拭く。 おもちゃはちゃんと片付ける。 お食事のお皿も片付ける。 ぺっとじっそうは、ニンゲンさんのお皿も片付けられる。 ワタシにはまだ無理だけど、いつかは出来る様になりたい…。 オネムの時にはワタシのお部屋に入る。 ちゃんと一人でお部屋に戻れる。 ワタシはまだ、オネムしてるとウンチが漏れちゃう。 はしごは怖いけど、ちゃんと登れる様になった。 登って降りられたとき、ご主人様はとっても頭を撫でてくれた。 ”シツケ”は今でもとってもキビシイ… でも、ワタシは寂しくないから頑張る。 ワタシは、数も前よりわかる。 前はワタシのお手手と足を見立てて、4つまでしか数がわからなかった。 ワタシはご主人様に教えてもらって、なんとか10まで数えられる。 ご主人様達は、もっともっと大きい数が判る。 でも、ワタシには10以上はイッパイにしか判らない。 ニンゲンパパさんが言っていた。 手足を見立てて数えられる数が野良の数えられる平均だって。 でも、それはとっても頭の悪い数え方だって。 ママはやっぱりウソツキだった…ニンゲンさんと一緒に居て、数が4つしか判らなかった。 違う…ウソツキじゃない… 飼われて居ないと判らない事もママは教えてくれていた。 でも、ママは頭が悪かったんだと判る。 ニンゲンさんのお家はとっても広い…でもニンゲンさんのお家はニンゲンさんのもの。 ワタシ達はワタシ達のお部屋しかワタシ達の物じゃない。 ワタシ達がワガママに使っちゃいけない。 ワタシ達が自由に使えるとしたら、とっても頭の良いナカマしかダメなんだ。 ペットになれるナカマは皆なテストされるって聞いた。 バカなナカマはペットになんてなれない。 ママの頭や考え方では、ニンゲンさんお家を自由には使わせてもらえない。 ママはきっと頭が悪くて捨てられたんだ。 それが判ったからワタシは頑張ってお勉強する。 ワタシは前みたいに指差ししなくても、5まで数えられる。 5より上はちょっと考えてしまう。 足したり引いたりも難しい。 ご主人様が作ってくれた、カードでイッパイ勉強している。 ニンゲンさんの文字も読みたい… ニンゲンさんの言葉の意味ももっと知りたい… ニンゲンさんのお手伝いがしたい。 ウンチちゃんとできた…。 おまる汚れてない。 キレイキレイにする…。 ワタシはトイレットペーパーがニガテ…。 いつも、クシャクシャにしたり、落として拾えなくてお部屋中転がして怒られる。 今日は…うまく出来た。 ウンチは難しいけど、やっぱりキモチイイ。 ウンチが終わると、隣のお部屋のニンゲンママさんの元に戻る。 ニンゲンママさん、おっきいお布団とか服とか持ってくる。 お外でイッパイイッパイ暖かくなっている。 ワタシの頭巾もフカフカポカポカ、ワタシのタオルもポカポカフワフワ。 『あら、マルちゃん、暖かいでしょ』 「はいテチィーフワフワテチィ♪ニンゲンママさんありがとうテッチィ♪」 『そうよ、ちゃんとありがとう言えたわね』 ワタシはエンガワという所で、ニンゲンママさんを見る。 とっても忙しそう。 ワタシもお手伝いしたいけど、 ワタシじゃ、ここから落ちたら死んでしまうかもしれない…。 ニンゲンさんのお家は全部おっきい。 お外の風はとってもキモチイイ…。 お花の匂い…ワタシのタオルの匂い…。 −−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−− ちょっとした油断だった。 その日、帰宅して驚いた。 娘がマルを抱っこして『マルちゃんおかしいの…病気?』 と言った時には何の事か気が付かなかった。 マルは元気なくうなだれ、その2頭身の胴体がポッコリと膨らんでいる。 そして、マルの目を見てようやく気が付いた。 両目が緑になっているのだ。 妊娠の証…。 ブランクというものは恐ろしい…。 しかし、なぜ!? 今日の行動を聞いて考えられる可能性は、縁側で遊ばせたという事だけだった。 洗濯物のタオルに花粉が付いていたか、遊んでいるうちに排泄口に花粉が付着したか…。 実装石が花粉で妊娠するのは知っている。 むしろ、馬鹿で傲慢なマラ実装と絡むより、花粉で妊娠するほうが母体が安全なので、 公園に居る妊娠実装の大半は、基本的に花粉によって起こっていると言って良い。 もちろん、普通は服や下着に排泄口が覆われているので、完璧ではないが簡単には妊娠しない。 下着を脱いだ排泄の後処理中に偶発的に妊娠する。 それにバカなヤツほどオナニー狂いなので、その時に妊娠する。 下着を脱がないバカでも、不潔な下着に育つカビで妊娠する可能性もあるという話だ。 むしろ、生物というより、植物との親睦性が高いデタラメな生き物。 もちろん、そこまでデタラメだと手が付けられないように増える気もするが、 基本的には実装石個体毎の体質や知能、体調によって、 実装石的には、適切な状態で無いと”妊娠しにくい”ようにはなっている。 ただ、実装石に”絶対”という言葉が無いからこそ、世に実装石は溢れているのだが…。 いや、そうやって仕組みが出来ていてすら、手が付けられないほど増えるというべきかも。 とにかく完璧でないにしろ、服や下着があることで、 かなりデタラメな妊娠を回避しているとも言える。 マルには、その服という防壁が存在しなかった。 俺ですら忘れていた。 まして、詳しくない妻では仕方が無い。 まさか”絶対が無い”という法則が、マルに降りかかるとは思わなかった。 ブランクというものは、どこかでこんなミスを引き起こすものだ。 俺とした事が…。 冷静に考えれば、妊娠だけなら生まれて一週間もすれば人為的に起こす事が出来る。 昔は良く自分が試していたというのに…。 しかし、人為的でなければ3ヶ月頃まではこうした自然受胎はしないのも法則だった。 なにせ、妊娠で消耗する栄養に母体が耐えられないからだ。 マルは推定ではあるが、まだ3ヶ月に達していない事は確かだ。 とうぜん妊娠はしたが、この後、体内で育つ仔は不完全である上に、 仔が育つ為に必要な栄養をマルの偽石は供給できない可能性が高い。 問題は、早期に流産させるにも、それの消耗も大変なものだという事だ。 流産させるだけの栄養が供給できるなら、普通に出産させても耐えられる。 確率で言えば、僅かに生存率マシなのが流産…。 『マルちゃんママになるの?』 『でもね、マルはまだ身体が完全じゃないから子供は自然じゃ生きていけない蛆実装だし マル自身の身体も危険なんだ』 身体が未熟な仔実装からは、流石に普通の仔実装は生まれてはこない。 胎内での栄養の絶対量や育成が不十分になるので、仔は確実に蛆実装になる。 いや、蛆としても生きて産まれるだけ育つ数は少ない。 『リュウザンすれば助かるの?』 『マルぐらい小さいと、どちらも危険だ…』 『マル…助からないの?』 『マルに決めさせよう…それが一番だ』 俺は…自分の選択から逃げたのかもしれない。 実装石は”仔を産む”という言葉には妄信的に弱い。 種として弱い実装石にとって、数多く仔を産む事は、自然界で種族が生き残るための本能であり、 賢ければ仔を産む事は、種を残す義務であり、 愚かなら仔を産む事は、自らの生活を良くする道具を作る事になるからだ。 マルが流産を選択する事はありえない。 『マル…お前は今日、妊娠してしまった』 「ニンシンテチィ?ニンシン…」 マルは具体的にニンシンという単語の意味が判っていない様だ。 少づつ膨らんでいくお腹をさすって元気なく考えている。 既に栄養が仔種に吸い取られ始めている。 『仔が生まれるんだ。 でも、お前は身体が育っていないから、仔は無事に生まれないかもしれないし、 おまえ自身も危険なんだ。 勿論、今から仔を降ろす…仔だけを殺してもお前が耐えられる保証は無い』 「仔…生まれるテチィ!ワタシの仔…」 マルの顔に生気が戻る。 「ワタシ産むテチィ…ワタシの仔産みたいテチィ ニンゲンパパさん、ニンゲンママさん、ご主人様…心配してくれてありがとうテチィ! ワタシの仔供…ワタシの代わりに可愛がって欲しいテチィ…」 とりあえず、妄信的に産むと言う事ではなくマルなりに熟慮の上に決意をした事は、 妊娠して糞虫に回帰する連中が多い実装石よりマシな性格になっている。 そこが、余計に俺達家族の心を打った。 それから1週間、マルは水槽に篭って育児をする事になった。 娘は『私が面倒見る』と言ったが流石に許さなかった。 それに、驚く事にマルは自分からそれを断った。 何せマルは、ようやく30cm程度になった肉体に、腹だけは成体並みと立派に腫れ上がっている。 バランスが崩れて普通の速度で歩く事もままならない状態だ。 普通の状態ですら歩幅の小さい仔実装、こちらに何か不注意があったりすれば、 マルは回避する術も無く大怪我となるだけに、妊娠してスピードも瞬発性も無いのは致命的だ。 それに水槽の外を下手に歩き回るとトイレに間に合わないし、おまるを使う事も不可能だ。 マルが自己と仔の事を考えたか、我々の事を考えたかは判らないが、 他人に頼り楽をする方法があれば安易に選択するという実装石にしては、粛正な考えではある。 まだ、寝漏らしが治ってない段階なので、こちらとしても助かる。 マルは毎日、水槽で定期的に歩行運動を欠かさず、 水槽の掃除、身体の洗浄も、とにかく時間をかけてでもある程度は自力でやろうとする。 そして暇を見ては胎教に余念が無い。 マルは頭では教育の成果が如実に現れているが、なにぶん身体がまったく知能に追従しない。 一応、頭では判っているだけに、そういった事は自分で何とかしようとするが、 不器用でトロくマヌケなので、ペット実装の同程度の実装齢の仔の半分の速度でしか仕事がこなせない。 そこら辺は、野良としての基礎が固まっているのが原因だろう。 運動して食事、掃除して食事、身体を洗い食事にする。 それだけが1日のスケジュールで、それだけしか1日にこなせないほど行動が鈍くなっている。 夜食が終われば、寝る前に、不器用ゆえ拭き残しの多い身体を娘が拭いて、 食事量より多い栄養消費を補う為に栄養剤を偽石の近くに注射する。 ムダに痛がりで怖がりの実装石が、仔の為、自分の為と頭で理解しても、 大人しく偽石の近くに針を入れさせると言う事はない。 過大な精神的肉体的苦痛が掛かる行為だが、 マルはちゃんと耐えて、暴れ叫ぶ事も無く注射をさせる。 その面は高く評価できる。 栄養剤を補充している事で、仔が順調に育っている事は、逆にマルの肉体には大きな負担となる。 命や肉体は保てるが、仔も無事に育ってしまうだけに、余計に身体に不要な重さや消耗がのしかかる。 不自然なほど大きな腹はその為だ。 そうして、苦痛を背負いながらも母体は無事に1週間を過ごした。 平均的な妊娠期間より僅かに早く出産を迎えた。 「デチィ!!」と、突然大きな声を上げると、ひたすら狂ったように水を要求する絶叫を上げる。 本能には出産に関する行動がしっかりと記憶されている。 こうした特定の行動に関しては、ほぼ、人間の力をもってしても書き換えが不可能なものがある。 浅底の皿に水を満たして水槽に入れると、 這うように動き回り、皿によじ登り、ウンチングポーズに移行しようとする。 しかし、あまりの痛みにか、中腰の姿勢が出来ず、 両足を開いて投げ出し、腰を底に落として、状態を後ろに反らし、両手で支えを作った姿勢になる。 愛情や知能次第で仔に対する集中度が異なり、それが陣痛と出産の痛みに変換する。 本来数も少なく、鈍い神経ではあるが、排泄口には器官の特性から神経が多い。 集中すればするほど、感じる痛みが増していく。 バカ種がしょっちゅう妊娠と出産を繰り返してイタズラに増え、 賢い種が割りと計画的に出産するのもこの痛みの感じ方が要因の1つらしい。 特にマルは、仔実装の肉体で、成体と同じ”おたまの仔”を産む。 親の身体の大きさは別に、排泄口から出てくる時の仔の大きさは一定だ。 例え、その時の仔が5cm程度の大きさとはいえ、その痛みは計り知れない。 さらに、実装石は排泄口で全てを済ませてしまうために、 産道が腸と接続する肉体変化がある。 身体の不十分な仔には地獄の苦しみとなるだろう。 昔、散々、仔実装に強制出産させていただけに複雑な気分だ。 「デヂィィィィデギァァァアアアァァァアアア!!」 ミチミチと実装石の皮膚が裂ける独特の音とともに、排泄口から黄色い粘液があふれ出す。 排泄口がパクリと開いて緑色の物が見える。 パクパク…ギチギチ…中々排泄口から物体が出てこない。 排泄口の大きさが中々広がらないのだ。 「デピッ!テキァァァァ!テヒゥエァァァァ…デチァァァァァァ!!」 メリァ!と肉が裂け、粘液と体液が噴出し、 それにまみれた”おたま実装”という蛆から手足すら取った状態の仔が捻り出される。 生みやすい形態で生まれてくる機能だ。 しかし、その大きさからマルにはほとんど助ける事にはならない。 「レッテレ〜♪」 排泄口を裂いて生まれた仔は、身体の半分がマルの胎内に埋まっているのに、 外に出た事によって産声を上げ始める。 そして、息が出来ないと暴れだすのだ。 母体にとっては偉い迷惑だ。 それにより、マルの排泄口は、既に2倍に裂けている。 それでも、お陰でようやく一番太い胴体が抜け出る。 そこまで広がるともう後は早い。 マルが力むたびにポロポロとおたま実装がひりだされる。 力むほどに、傷は裂けていく一方。 既に粘液と体液だけではなく、産道や腸も裂け、糞も混じって出てきている。 さらにマルには避けた傷口を次々と仔が通過すると言う、痛みが和らぐ瞬間など一時も無い出産だ。 こうしてマルの出産は終わった。 マルはかろうじて息をして意識を保っていた。 徹底して栄養を補充した効果だ。 しかし、肉体のほうは酷い有様だ。 前は罰点印のへその位置まで、後ろは尻の割れ目に沿って付け根まで裂けて開いていた。 すでに涙も枯れ果て、喉は絶叫で潰れていた。 不恰好に膨らんでいた腹はわずかばかりの臓物を力んだ事によって、 割れた下半身から外にこぼして酷くへこんでいた。 「デヂッ…デッ…わ゛ワダジのご…ゴドモ…」 仔の方も悲惨だった。 出てきたのは10個のおたま実装…しかし、まだおたまじゃくしとしても未熟な物が大半だ。 息をしていればいいほうで、9匹は顔すら正確な実装顔ではなく殆どが息もしていない。 その中の3匹は、息をして水を泳いだが、結局、自力で口周りの膜を破る力も無く弱って死んだ。 最初に生まれた仔だけが、水面に浮かびながら自力で膜を舌で突き破った。 それも、次第に頭が沈み始める。 水の浅さは対した物ではない…おたま実装の身体の半分は水面に出ている。 蛆体なら、上体を反らせば口が水面に出る。 しかし、実装石は基本的に泳ぎが出来ない。 沈んでいく顔にパニックを起こしていく。 仕方なく、俺がソイツを摘み上げて、タオルで軽く粘膜を取り去って、 マルの身体の上において抱かせてやる。 ソイツは見る見る申し訳程度の手足が生えて蛆実装になる。 しかし、仔実装から生まれたソイツは、 初期成長の間にそこから更に身体を作るだけの栄養を蓄え切れていない。 持って生まれた偽石が、それだけ小さいのだ。 仔実装から殆ど蛆実装しか生まれない理由がそこにある。 それでも、マルは我が仔をいとおしく舐めて撫でる。 「レフー♪レヒフゥ〜♪」 「デチュ…デヂュ〜♪」 ほほえましい光景だ。 マルは自分の赤と緑の乳首に蛆実装を持って行き、懸命にしゃぶらせる。 虐待派の知り合いや、最近の飼い実装マニュアル本によると、 じゃれつきながら”母乳”をやるそうだ。 勿論、実装石が特別に母乳を出す事は無い。 乳首に汗腺から発展した器官があり、出産後僅かだけ機能して体液を薄めて少量出す機能があるそうだ。 出す際に、痛みではなく快感をもたらすらしい。 効果は体液交換で、母体が獲得している免疫を得たり、 家族認識をさせるなど、”母乳”と似たような効果があるそうだ。 特に、未熟児たる蛆実装はまともな租借機能の成長が弱いので、 生まれたての頃は、こうした物でしか足りない栄養を補充できない。 マルが困った顔で見上げてくる。 「デチッ…ご主人様…オチチがでないテチィ…」 弱ったな…マニュアルによると、なるべく母乳を最初に与えたほうが良いとある。 1つに、母体の精神的安定。 1つに、親仔間の絆の獲得。 1つに、以降の成長性(特に弱い蛆や親指の耐久性や知能・性格) に効果があるそうだ。 特に、先の通り栄養的未熟な蛆実装を長生きさせたければ、この行為は必須と書いてある。 俺の時代にはそんなところまで成体が解明されていないからな。 虐待派にとって、蛆とは偶然でしか大きくなれず、大抵は一生大きくもならないと思っていた。 別に糞やゴミだけで蛆を育てさせた事もあるが、確かに何週間経っても生まれたままだった。 ペットの蛆が、日に日に大きくなったり、親指に変体したりする話が不思議だった。 野良でも稀に、体長10cm以上に巨大化した蛆を見かけてはいたが…。 野良実装がトイレに篭っている間にこんな事をしていたとは知らなかった。 でも、出ないものは仕方が無い。 どうしようも無い。 マニュアルには代替品については書かれていないし。 しかも、同じはずなのに最初に体液そのものを与えると、肉の味を覚えて糞性格に傾くと書かれている。 まったくデタラメにもほどがある。 でも、どのみち死ぬ事は無いだろうから… 『出ないものは仕方が無い…とにかく、何か栄養のあるものを代わりに…』 「ダメ!ダメテチィ!この仔は弱っているテチィー、オチチ吸わせ無いと何も食べられないテチィィィィ」 そうは言われても… そんな事例なんて書いてないし経験した事も無い。 弱い蛆でも、生かすだけなら何を食わせてでも生きていけるという経験しかない。 「ニンゲンパパさん…ワタシ判るテチィ…この仔の偽石がトッテモ小さいテチ…弱いテチィ」 ただでさえ未熟で早産でさらに未熟に生まれた…だからか? 確かに、今はまるっきり元気が無く、手足もまともに動かない。 顔は真っ青で、舌だけがチロチロゆっくりマルの肌を舐めている。 「弱いテチィ…死んでしまうテチィィィィ、苦しんでるテチィィィィ」 結局、最後の蛆もマルの手の中で息絶えた。 スポイトでマルの体液を舐めさせたが、「クケェェェ」と吐き出し、 結局、刺激の少ない水を与え続けたが1時間持たなかった。 マルは、自らの肉体を文字通り犠牲にしてでも仔を産んだ。 下半身を割り、内臓を吐き出して産んだのに、デタラメ生命力なはずの実装石が、 デタラメになすすべなく死産だったのだ。 マルはひたすら弱々しく泣き続けた。 俺は、内臓を戻し、裂けた部分を繋がり易い様に縫い糸で縫ってやる事しか出来ない。 こうなる事は、予想の1つではあった。 しかし、マルは不幸なヤツだ…。 実装石として幸せを色々手に入れる機会を持ちながら、手に出来る幸せは限られている。 それは、実装石全てに言えるのだがな…。 とにかく、マル自身は奇跡的に生きていた。 それは、マルにとって幸せなのだろうか? −−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−− コドモ…ワタシの仔…死んだ…。 あんなにイッパイ歌ってあげた。 あんなにイッパイお腹でピクピク喜んでくれた。 ワタシは小さいから、この仔達を産んだら死んでしまうかも知れない…。 でも、ワタシは産みたかった。 大切な大切なワタシの命お腹にイッパイいるのがわかる…。 産んでも産まなくても死んでしまうなら、ワタシは産みたい! できればワタシと一緒にニンゲンさん達のお手伝いしようって歌った。 ニンゲンさんを困らせないでって歌った。 元気で生まれてきてって歌った。 ニンゲンさんに蛆ちゃんしか生まれないって言われてショックだったけど、 ワタシはワタシの生きた証を残したい。 このご主人様達に助けられた証を…。 蛆ちゃん…今度はワタシ…守りたい。 ニンゲンさん…お手伝いできなくてもイイって言ってくれた。 だから、頑張った。 痛いの我慢した。 死ぬほど痛いの…我慢した。 身体が裂けて動かない。 でも、ワタシは蛆ちゃんを抱きたかった。 そして、抱いた。 でも、どんどん弱って…弱って…死んだ…。 蛆ちゃん…叩かれて蹴られて、苦しんで死んだ。 蛆ちゃん…弱って食べられなくて、苦しんで死んだ。 ワタシ…また、蛆ちゃんを殺した…。 ワタシ…イッパイ殺したから? 生まれたとき、ワタシ、妹ちゃんを殺した…イッパイ苛めて殺した。 ママに食わせた。 ワタシ…イッパイワガママだった。 そのせい? −−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−− それから、しばらくマルは塞ぎこんでいた。 それでも、マルは日々の勉強だけはこなしていた。 その意欲だけは、どの実装石にも真似できないだろう。 傷が再生して元通りになると、マルはわかりやすいほど元気をつくろった。 それ以降、マルは仔の事を口にする事は無かった。 俺はマルに服と下着を買い与えた。 同じ過ちを繰り返させない為だ。 それに、いつまでも頭巾だけの格好では、外に散歩に行く事も出来ない。 飼い実装で、飼い主が首輪でぴったり付いていようが、 容姿が悪い方向で異なるものは、野良や他のペット実装の攻撃の的になる。 実装石の服は、個体ごとに1着しかない。 服は、差別化のステータス、いたずらな妊娠を防ぐ保護、肉体維持の補助栄養吸収効果をもたらすと言われる。 それだけ大切なものであり、それは、肉体とともに大きくなり便利に再生したり出来ない。 既に失われたマルの服は再生できないし、ソレでないとマルの肉体とともに大きくならない。 光合成で得た補助栄養を肉体に付加する効果も、 個体ごとの服で無いと、その補助効果も有ってないような物でしかない。 逆に服自体も、個体ごとの服でなければ、汚れが落ちにくく繊維が傷みやすい。 実装石と服は、動物(虫)と植物が共生しているようなものだと例えられる。 成長期の仔実装にとっては、日毎にサイズが変化するので、 非常に贅沢な買い物と言える。 成体となっても、過多糞・過多代謝で、腐敗も早い為、 糞やアカがどの生物よりも不潔な実装石ではペット実装でも、 布の繊維が汚れで傷みやすく、生来のものではない服は頻繁に買い換えなければならない贅沢品だ。 それでも、服を与えて娘と外を散歩させる事で、 少しでも気がまぎれればと思った。 マルはすっかり、俺達の家族の一員…。 増長させない程度の甘やかしがないと壊れてしまう。 やがて、マルはようやく勤勉さが実ったのか、 学習した事に肉体のレベルが付いてくるようになった。 糞も我慢できるようになり、寝糞もペットとして平均並みなシミ程しかしない。 怒られれば謝り、何が悪いかも言い聞かせれば理解し繰り返さない。 外に出ても社交辞令は身につけ、いたずらに増長しない。 寿司やステーキを要求する事は無く、からかって『食べたいか?』と聞くと、 「そんなのはワタシ達が堕落する食べ物テチィ!」と真面目に拒否するのだ。 人間の食べ物はパン1つとして口にしない。 まだ、躾け中とはいえ、現在でも同じぐらいのペットと比較して遜色の無い実装石になった。 こうして、いつの間にかマルは拾ってから1年が過ぎていた。 肉体が成体になると、マルは進んで軽い荷物を運ぶ手伝いをするようになっていた。 洗濯物を畳んだり、簡単な部屋掃除、隣の家に回覧板を届けたり、 庭の草むしりもする(むしった雑草を食べると言う掃除法だけに多少いただけない気もするが) マルへの待遇自体は、服以外、殆ど変化していないが、 それでも、何かにつけて手伝いをしたがった。 とにかく、マルには俺達に奉仕してでも一緒に居る事が、至上の幸せであり、 それ以上の幸せを求めると自分が堕落する事を知っていた。 その口癖は「ワタシはママとは違うデスゥ…ワタシはきっとご主人様のお役に立つデスゥ」だ。 珍しくその日は、俺がマルを散歩させる日だった。 公園で、ベンチに腰掛けて、首輪をつけたマルの遊ぶ姿を見守る。 首輪は絶対にはずさず手に握っている。 マルは首輪の範囲しか歩く事が出来ない。 別にマルが首輪をはずして逃げると言う事は無い。 ただ、危惧する事がマルの頭だ。 マルは幼い頃に瀕死の傷を受けているところを助けた。 再生力の弱い仔実装の頃に受けた瀕死の傷…。 マルは命を取りとめたが、その傷は変形したまま再生していった。 卵を僅かに潰した感じ…円に限りなく近い頭の実装石にとっては、 見た目に判るほど頭頂部が長くなっている。 仔実装の頃には、頭巾で隠れて目立たなかったが、 成体になっていくにつれ、陥没がなくなるが、全体的に盛り上がって変形が目立ってきた。 マルは服こそ普通の実装服だが、頭巾は本来のマルの持ち物で、 それは、微妙にボロボロで取れない皺と汚れが目立つだけに、 余計に頭に注目されやすい。 それぞれは微妙な差ではあるが、実装石同士では十分に付け入る隙となる。 本人もそれを警戒してか、散歩で紐を引かれるほど離れようとはしない。 マルは外では家の中ほど遊ばない。 でも、外が嫌いで落ち着かないと言うほどでもない。 特別な事はしないが、外に居るのはそれはそれで気分がいいのだそうだ。 稀に、目敏い連中に「変な頭デス…デププププ」と嫌味を言われようが、 怒るでも落ち込むでもなく、とにかく土の上を歩いたり、石を触ったり土で遊び、草花を見る。 今日も、小さな花を手に芝生を歩いている。 ふと、マルの動きが止まる。 マルの視線の先には、薄汚れた実装石親仔の行列が行き来している。 マルを拾ったこの公園は、ペットの訪問も多く、虐待派が少なく餌も豊富なので、 事情があって差別されない限りは、親仔連れは堂々と行進するのが安全だ。 マルはその親仔を眺めて、プルプルと頭を横に振る。 しかし、すぐに頭の向きが固定される。 今度は、親仔の飼い実装が、主人とともにお菓子を拡げている。 何気ない、実装石の幸せ…それがマルにはない。 いい記憶、悪い記憶、マルは平等に記憶していられる力がある。 それでストレスを溜めない強い心がある。 それでも、逆らえないものは逆らえない。 『マル、やはり仔が欲しいか?』 マルは振り向かずに頭を横に振る。 それは下手なウソだ。 実装石にとって仔を残す本能は、食欲、脱糞に比する逆らえない基本的本能だ。 「ニンゲンパパさん…ワタシはとってもバカな実装石だったのはお話したデスゥ?」 実装格が安定してからのマルは、知識が身についていくたびに昔の出来事をはっきりと思い出し、 自分が忘れない為にか、俺達に話をした。 何度も何度も自虐的に話した。 「ワタシは妹達を殺したデス…糞虫だったデス…無知は罪デス… ワタシは頑張っても無知で幼稚で誰も守れなかったデス お勉強させてもらって、イッパイ助けてもらっても救えなかったデス ワタシは親の資格が無いデス…」 『今なら、身体は立派な成体だ 前のような流産にはならないが?』 「ワタシは元から賢い実装石では無いデスゥ…ワタシの仔はきっと糞虫が多いデス… 昔のワタシと同じ、野良の生活に染まって満足する事をよしとしていた糞虫デス。 妹達を殺したり、無知で守る術も知らないヤツしか生まれないデスゥ! きっとニンゲンさんたちにご迷惑をかけてしまうデス」 『お前は、苦しい記憶を持ってそれから救われた代償に、 その記憶を忘れる事が出来ない特別な実装石だ。 だからこそ、たまには我儘を言っても、少しは実装石らしくしても二度と野良に落ちる事は無い。 俺達が家族と思っている間はな… だから、せめて、仔を産んでも許されるとは思うぞ…それだけ頑張ったんだ』 「デェェ…デェ〜ン!産みたいデスゥ!ワタシもワタシの子供を育てたいデスゥ… 例え、一匹でもいいデスゥ…」 マルが仔実装の頃に見せた弱さを丸出しにして泣いた。 『もちろん俺達も手間のかかる実装石を数飼う事は出来ない。 お前が小食で礼儀正しくても、仔がそのレベルに達するのはまず無理だろうからな。 お前が特別すぎる。 だが、お前が責任を持って面倒を見るなら1回…出産を許そう。 そして3ヶ月お前が面倒を見て、1・2匹まともなのを選別して手元に置くことを許そう。 それが多少、知恵が足りないヤツしか居なくても1匹だけ…他は処分する。 どんなに賢く生まれても2匹まで、他は里子に出す』 マルの目が輝きを見せた。 マルには何匹産んでも手元には、ほぼ1匹しか残らない。 賢ければ救いはあるが、実装石の定説から言えばマルほど賢くなった実装石でも、 その知能が遺伝する確率は殆ど無い。 遺伝率云々は生まれたときから賢く、成長過程で更に賢く育った実装石にして、 初めてまともな数字になる程度なのだ…それでも低いが。 知識・知能も揃ったマルにとって、産んだ仔の大半が処分決定というのも、 理解できているだけにつらいだろうがそこまでしても仔を残したいと願うのだ。 普通の実装石ならそんな割の悪い条件なら絶対に飲まない。 それは、おそらく自らの出来なかった事、犯した罪を償おうと言う覚悟にも感じられた。 家への帰り道、俺は初めてマルを肩に乗せて歩いた。 その手には小さな花が揺れていた。 −−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−− 三代目達…悲劇と喜劇の実装生 に続く…
