ある日の暮方の事である 一人のとしあきが公園の遊具の下で雨やみを待っていた 遊具の下にはとしあきのほかに誰もいない ただ、所々ペンキぬりの剥げた大きな円柱にキリギリスが一匹とまっている 遊具が公園のバス停付近にある以上はとしあきのほかにも 雨宿りをする市井の人々がもう2〜3人はありそうなものである それがとしあきのほかには誰もいない。 何故かと云うとこの2〜3年 ふたば市では野良実装の託児とか糞害とか家宅侵入とか云う災いがつづいて起った そこでふたば市のさびれ方は一通りではない ネットの書き込みによると、ふたば駅前ではコロリをばら撒いて野良実装を駆逐したり 乾燥させた野良実装の死体を路ばたにつみ重ねて薪として売っていたと云う事である 駅前がその始末であるから公園の修理などは、元より誰も捨てて顧る者がなかった するとその荒れ果てたのをよい事にして、飼い実装が捨てられ、野良実装が棲みつく とうとうしまいには引取り手のない野良実装の死体を この公園へ持って来て棄てて行くと云う習慣さえ出来た そこで日の目が見えなくなると誰でも気味を悪がって この公園の近所へは足ぶみをしない事になってしまったのである その代りまたカラスがどこからかたくさん集って来た 昼間見るとそのカラスが何羽となく輪を描いて遊具のまわりを啼きながら飛びまわっている ことに公園の上の空が夕焼けであかくなる時にはそれが胡麻をまいたようにはっきり見えた カラスは勿論、公園中に散らばってある野良実装の肉をついばみに来るのである ——もっとも今日は、刻限こくげんが遅いせいか一羽も見えない ただ、所々崩れかかった、そうしてその崩れ目に長い草のはえた石段の上に カラスの糞が点々と白くこびりついているのが見える としあきは七段ある石段の一番上の段に、ケミカルウォッシュジーンズの尻を据えて 右の頬に出来た大きなニキビを気にしながら、ぼんやり雨のふるのを眺めていた 作者はさっき、「としあきが雨やみを待っていた」と書いた しかし、としあきは雨がやんでも格別どうしようと云う当てはない ふだんなら、勿論、社宅へ帰るはずである ところがその会社からは4〜5日前にクビを申し渡された 前にも書いたように当時ふたば市は一通りならず衰退していた 今このとしあきが、永年勤めていた会社からクビを申し渡されたのも 実はこの衰退の小さな余波にほかならない だから「としあきが雨やみを待っていた」と云うよりも 「雨にふりこめられたとしあきが、行き所がなくて、途方にくれていた」と言う方が適当である その上、今日の空模様も少からずこの平成のとしあきのセンチメンタリズムに影響した 明け方からふり出した雨はいまだに上るけしきがない そこでとしあきは何をおいても差当り明日の暮しをどうにかしようとして ——云わばどうにもならない事をどうにかしようとしてとりとめもない考えをたどりながら さっきから公園にふる雨の音を聞くともなく聞いていたのである 雨は公園をつつんで、遠くからざあっと云う音をあつめて来る 夕闇は次第に空を低くして、見上げると遊具の屋根が斜につき出したトタン屋根の先に 重たくうす暗い雲を支えている どうにもならない事をどうにかするためには手段を選んでいるヒマはない 選んでいれば橋の下か道ばたの路上で餓死をするばかりである そうして、この公園へ持って来られる野良実装のようにどこぞに棄てられてしまうような未来しかない 選ばないとすれば——としあきの考えは何度も同じ道をうろうろした揚句にやっとこの局所へたどり着いた しかしこの「すれば」はいつまでたっても、結局「すれば」であった としあきは手段を選ばないという事を肯定しながらも、この「すれば」のかたをつけるために 当然、その後に来る「泥棒でもするよりほかに仕方がない」と云う事を 積極的に肯定するだけの勇気が出ずにいたのである としあきは大きなオナラをして、それからおっくうそうに立ち上った 夕冷えのするふたば市は、もうストーブが欲しいほどの寒さである 風は遊具の柱と柱との間を夕闇と共に遠慮なく吹きぬける 塗りのはげて錆び付いた柱にとまっていたキリギリスももうどこかへ行ってしまった としあきは首をちぢめながら、色落ちした上着の下に着込んだ襟の伸びた萌えTシャツから肩を高くして周囲を見まわした 雨風の憂いのない人目にかかる恐れのない、一晩楽に寝られそうな所があれば そこでともかくも夜を明かそうと思ったからである すると幸い遊具の上の階へ上る、幅の広い、これもペンキを剥げたはしごが眼についた 上なら何かがいたにしても、どうせ野良実装の死体ばかりである としあきはそこで、腰にさげたバールのようなものが滑り落ちないように気をつけながら ビーチサンダルをはいた足をそのはしごの一番下の段へふみかけた それから何分かの後である。遊具の二階の上へ出る、幅の広いはしごの中段に 一人の男が猫のように身をちぢめて、息を殺しながら上の様子を窺っていた 上からさす街灯の光が、かすかにとしあきの右の頬をぬらしている 短い無精ひげの中に赤くうみを持ったニキビのある頬である としあきは始めから、この上にいる者は死体ばかりだと高をくくっていた それが、はしごを2〜3段上って見ると上では誰か明かりをともして しかもその明かりをそこここと動かしているらしい これはその濁った黄色い光が、隅々にくもの巣をかけた天井裏に揺れながら映ったのですぐにそれと知れたのである この雨の夜に公園の遊具の上で、明かりをともしているからはどうせただの者ではない としあきはやもりのように足音をぬすんでやっと急なはしごを一番上の段まで這うようにして上りつめた そうして体を出来るだけたいらにしながら、あごを出来るだけ前へ出して、恐る恐る、遊具の先を覗いて見た 見ると遊具の二階には噂に聞いた通り、幾つかの死骸が無造作に棄ててあるが 明かり及ぶ範囲が思ったより狭いので数は幾つともわからない ただ、おぼろげながら知れるのはその中に禿実装の死骸と実装服を着た死骸とがあるという事である どうやら中にはマラ実装もまじっているらしい そうしてその死骸は皆、それがかつて生きていた実装石だと云う事実さえ疑われるほど 土を捏ねて造った人形のように、口を開いたり腕を延ばしたりしてごろごろ床の上にころがっていた しかも肩とか胸とかの高くなっている部分にぼんやりした明かりをうけて 低くなっている部分の影を一層暗くしながら永久に黙っていた としあきはそれらの死骸の腐乱した臭気に思わず鼻を覆った しかしその手は次の瞬間にはもう鼻を覆う事を忘れていた ある強い感情がほとんどことごとくとしあきの嗅覚を奪ってしまったからだ。 としあきの眼はその時、はじめてその死骸の中にうずくまっている実装石を見た ボロいピンク色の実装服を着た、背の低い、禿げた、実装石である その実装石は、右の腕に明かりを灯した電灯を持って その死骸の一つの顔を覗きこむように眺めていた 髪の毛の長い所を見ると、たぶん成体実装の死骸であろう としあきは六分の恐怖と四分の好奇心とに動かされてしばらくの間は息をするのさえ忘れていた 外道赤ちゃんの語を借りれば、「まさに外道」と感じたのである すると禿実装は明かりを床に置いてから今まで眺めていた死骸の首に両腕をかけると 丁度、親実装が仔実装の髪を梳かすようにその後ろ髪を抜きはじめた、髪は腕に従って抜けるらしい その髪の毛がずるずると抜けるのに従って、としあきの心からは恐怖が少しずつ消えて行った そうしてそれと同時にこの禿実装に対するはげしい憎悪が少しずつ動いて来た ——いや、この禿実装に対すると云っては語弊があるかも知れない むしろあらゆる悪に対する反感が一分毎に強さを増して来たのである この時、誰かがこのとしあきにさっき門の下でとしあきが考えていた 餓死をするか泥棒になるかと云う問題を改めて持出したら 恐らくとしあきは何の未練もなく餓死を選んだ事であろう それほどとしあきの悪を憎む心は、禿実装の床に置いた電灯のように勢いよく光り出していたのである としあきには、勿論、何故禿実装が死体の髪の毛を抜くかわからなかった 従って合理的にはそれを善悪のいずれに片づけてよいか知らなかった しかしとしあきにとっては、この雨の夜に、この遊具の上で、死体の髪の毛を抜くと云う事が それだけで既に許すべからざる悪であった 勿論、としあきはさっきまで自分が泥棒になる気でいた事なぞはとうに忘れていたのである そこでとしあきは両足に力を入れて、いきなりはしごから上へ飛び上った そうしてリンガルを起動すると腰に下げたバールに手をかけながら大股に禿実装の前へ歩みよった 禿実装が驚いたのは云うまでもない 禿実装は一目としあきを見ると、まるで雷に打たれたように飛び上った 「おのれ、どこへ行く。」 としあきは、禿実装が死骸につまずきながら慌てふためいて逃げようとする行手を塞いで、こうののしった 禿実装はそれでもとしあきをすり抜けて逃げようとする としあきはまたそれを行かすまいとして押しもどす 一人と一匹は死骸の中でしばらく無言のまま押し合った、しかし勝敗ははじめからわかっている 「にがさん……おまえだけは。」 としあきはとうとう、禿実装の腕をつかんで無理にそこへねじ倒した 丁度、にわとりの脚のような、骨と皮ばかりの腕である 「何をしていた。云え。云わぬと、これだぞよ。」 としあきは禿実装をつき放すと、いきなりバールを抜き払って白い鋼の色をその眼の前へつきつけた けれども禿実装は黙っている 両腕をわなわなふるわせて肩で息を切りながら、 赤緑の眼を、目玉が眼窩の外へ出そうになるほど見開いて、貝のようにおし黙っている これを見るととしあきは始めて明白にこの禿実装の生死が 全然、自分の意志に支配されていると云う事を意識した そうしてこの意識は今までけわしく燃えていた憎悪の心をいつの間にか冷ましてしまった 後あとに残ったのはただ、ある仕事をしてそれが円満に成就した時の安らかな得意と満足とがあるばかりである そこでとしあきは禿実装を見下しながら少し声を柔らげてこう云った 「俺は保健所の役人などではない。今し方この公園を通りかかった通りすがりだ だからお前の首に縄をかけてどうしようと云うような事はない。 ただ、今時分この遊具の上で何をして居たのだか、それを俺に話しさえすればいいのだ。」 すると禿実装は見開いていた赤緑の眼を一層大きくして、じっととしあきの顔を見守った まぶたのない、赤と緑色の肉食獣のような鋭い眼で見たのである それから、たいらで、ほとんど穴しかない鼻の下のミツクチになった唇を 何か物でも噛んでいるように動かした 細い喉で、尖った喉仏のどぼとけの動いているのが見える その時、その喉から、デスデスと蚊の鳴くような声が、喘ぎ喘ぎ、としあきの耳へ伝わって来た 一寸遅れて、としあきの腰に吊るしたリンガルから電子音声が聞こえてくる 「この髪を抜いて、この髪を抜いて、カツラにしようと思ったんデスゥ…」 としあきは禿実装の答が存外、平凡なのに失望した そうして失望すると同時に、また前の憎悪が冷やかな侮蔑と一緒に心の中へはいって来た するとその態度が先方へも通じたのであろう 禿実装は片腕にまだ死骸の頭から奪った長い抜け毛を持ったなり ヒキガエルのつぶやくような声で、口ごもりながらこんな事を云った 「成程デス、死人の髪の毛を抜くと云う事は何ぼう悪い事かも知れないデス デスゥがここにいる死人どもは、皆、そのくらいな事をされてもいい実装石ばかりデス」 「現在、ワタシが今髪を抜いた元飼いは、蛆実装を四寸ばかりずつに切って干したのを高級フードだと云うて 隣の公園へ売りに行っていたんデス、疫病にかかって死ななんだら、今でも売りに往んでいた事デス それもよ、この元飼いの売る高級フードは味がよいと云うて、マラ実装どもが欠かさず買っていたそうデス」 「ワタシは、この元飼いのした事が悪いとは思うていないデス せねば餓死をするのじゃて、仕方がなくした事デス されば今またワタシのしていた事も悪い事とは思わないデス これとてもやはりせねば餓死をするじゃて、仕方がなくする事デス」 「じゃて、その仕方がない事をよく知っていたこの元飼いは 大方ワタシのする事も大目に見てくれるデス」 禿実装は、大体こんな意味の事を云った としあきはバールのようなものを腰におさめて、その柄を左の手でおさえながら、冷然としてこの話を聞いていた 勿論、右の手では赤く頬に膿を持った大きなニキビを気にしながら聞いているのである しかし、これを聞いている中にとしあきの心にはある勇気が生まれて来た それはさっき遊具の下でこの男には欠けていた勇気である そうしてまたさっきこの遊具の上へ上ってこの禿実装を捕えた時の勇気とは、全然反対な方向に動こうとする勇気である としあきは、餓死をするか泥棒になるかに迷わなかったばかりではない その時のこの男の心もちから云えば餓死などと云う事は ほとんど考える事さえ出来ないほど意識の外に追い出されていた 「きっと、そうか。」 禿実装の話が終わると、としあきはあざけるような声で念を押した そうして一足前へ出ると不意に右の手をニキビから離して禿実装の襟をつかみながら、噛みつくようにこう云った 「では、俺が虐待派になろうと恨むまいな。俺もそうしなければ、餓死をする体なのだ。」 としあきは、すばやく、禿実装の実装服を剥ぎとった それから、足にしがみつこうとする禿裸を手荒く死骸の上へ蹴倒した 「エンジョイ、アンド、エキサイティング。」 としあきの口から自然と歓喜の声がこぼれ出る 梯子の口までは、わずかに五歩を数えるばかりである としあきは、剥ぎとったピンク色の実装服をわきにかかえて、またたく間に急な梯子を夜の底へかけ下りた しばらく死んだように倒れていた禿裸が、死骸の中からその裸の体を起したのはそれから間もなくの事である 禿裸はつぶやくようなうめくような声を立てながら、まだ点いている電灯の光をたよりに梯子の口まで這って行った そうして、そこから禿頭をさかさまにして下を覗きこんだ 外には、ただ黒洞々たる夜があるばかりである としあきの行方は、誰も知らない 羅生門のパロディをやろうと思って作っていたのですが 中途半端にパロディにするよりは全部そのまま改変することにしました 名作に手を加えるのはアレかなとは思いましたが… 失業した割にはあさっての方向にはっちゃけたとしあきの行方は、誰も知らない

| 1 Re: Name:匿名石 2016/12/16-06:54:45 No:00003152[申告] |
| 冒頭の実装石で荒廃した街の描写がなんかいいかも
愛誤派が権力を握って有効な駆除が行われなかった……、と脳内で前日譚スピンオフが展開された。 |
| 2 Re: Name:匿名石 2016/12/16-07:51:06 No:00003154[申告] |
| タイトルで芥川は芥川でも文豪っぽい名前のやつが特殊能力で戦う方のやつが能力発動して実装大量虐殺かと思ったら
まともに羅生門だったので何か感動した |
| 3 Re: Name:匿名石 2016/12/16-21:40:29 No:00003166[申告] |
| 元ネタの下人は「盗賊になる勇気(=悪い事をしてでも生きる気)」を得たわけだが、このとしあきは全く現状が好転してないw |
| 4 Re: Name:匿名石 2016/12/16-22:15:01 No:00003169[申告] |
| 面白いんだけど、台詞というか言葉遣いを原文ママにするんじゃなく
現代語にしたほうが自然だったかも |
| 5 Re: Name:匿名石 2016/12/16-22:34:52 No:00003171[申告] |
| 現代語だとただリストラ無職が糞蟲をヒャッハーった話になりそうなのが難しい
古典の名作を現代風に!なんて映画でよくある話 |
| 6 Re: Name:匿名石 2016/12/17-01:19:50 No:00003173[申告] |
| 元の羅生門ってさすがに平安言葉ってことはないと思うけど
芥川よりは古い時代の言葉だったっけ? それとも戦前当時の口語? 古い時代の言葉なら原典から狙って古い言葉を使ってたってことだし 戦前言葉なら戦前言葉で100年もしないで言葉がこんなに変わるってことで 作者さんが原文ママにするのも無理もないなと思う |