「う〜、サンプルサンプル」 今、糞蟲の実験サンプルを求めて全力疾走している僕は実装用品店でバイトするごく一般的な虐待派。 しいて違うところをあげるとすれば現在店長の指示でとある新用品の試験を任されてるってとこかナ…… 名前は双葉としあき。 そんなわけで帰り道にある双葉市民公園にやってきたのだ。 ふと見ると木陰にひとつの段ボールハウスが横たわっていた。 ウホッ! いい糞蟲一家…… 「おう、気をつけろ兄ちゃん!」 「あっ、あっ、すいま……」 糞蟲一家に向かって猛ダッシュした所、厳つい強面のおっさんにぶつかりそうになった。 まあ心優しい俺は争いを回避してやろうとこちらからあえて折れてやったけどな。 「前くらいしっかり見て歩きやがれ」 「ご、ごめ」 ちっ、社会のゴミが偉そうにしてんなよ。 俺が本気だせばテメーなんてワンパンなんだよダニが。 テメーが実装石だったら今ごろ地面の染みになってんよ、クソ野郎。 とりあえずこの怒りは目の前の糞蟲にぶつけるとするか。 「オラッ!」 「デェーッ!?」 「テチャッ!?」 「テチャーァッ!?」 木陰の段ボールハウスを蹴り飛ばして中身の糞蟲どもを外に出す。 成体が一匹に仔実装が四匹か。まあ典型的な野良一家だな。 「デデッ!? デーッ! デスデス!」 抗議の声を上げる親実装とその背中に隠れる仔実装ども。 おいおい、いまお前の家を破壊したのは俺様だぞ? 文句を言えば俺が謝罪するとでも思ってんのか? 生物としての分限をわきまえない糞蟲のその姿を見ているとつい衝動的に蹴りころしたくなる。 だが今は我慢だ。運が良かったな糞蟲ども。 リンガルを起動して話しかける。 「おい糞蟲。俺の実験のサンプルとして使ってやる。ありがたく思え」 「なんでワタシたちのお家を壊したデス! ワタシたちはニンゲンさんに迷惑かけずに暮らしてたデス!」 「ママァ……怖いテチィ……」 なんでじゃねえよいま説明しただろうがこの糞蟲が。 低知能のくせに人間様に逆らおうって考え自体が死刑モノの罪業だって理解してねーのか。 ちっ、こんな予定じゃなかったんだがな。 穏便にサンプルとなる仔実装を一匹だけ手に入れられりゃ良かったんだが。 これもあの社会のゴミが俺をイライラさせたせいだ。あーうぜえ。 とりあえずこいつらはもうサンプルとして使えねーな。 「オラッ!」 「デギャッ!?」 「オラオラオラ!」 「ヂベッ」 「ヂッ」 「やめテチ、ニンゲンサン、やめヂュァッ」 親実装の顔面を蹴り飛ばして転がした隙に、仔実装どもを靴の裏で踏みつぶして染みにする。 「オラァ! 死ね、死ぬのだぁ!」 生き残った親実装を木の幹に追い詰めて何度も何度も何度も蹴り付ける。 「やめてデス……ニンゲンサン、やめ……デボァッ……」 「やめろだとぉ!? テメー糞蟲のくせに俺様に命令すんのかぁ!?」 「なんでデス……ワタシたちはただ大人しく暮らしてただけデス…… ゴミだって漁ってないデス……デボァッ……ニンゲンサンに迷惑かけてないデス…… デギャァッ……長女、次女、三女、守ってあげられなくてゴメンナサ……イ……デス……」 親実装はまん丸な両の瞳から色のついた涙を流しながら悲しみの声を上げる。 ちっ、糞蟲のくせにいっぱしの悲劇のヒロイン気取りかよクソが! テメーラは無意味かつ悲惨な死に方をするのが義務なんだよ! いちいち理由とか求めてんじゃねーよ! 「やだ、奥さんあれ……」 「うわあ、動物虐待ですね……警察呼んだがいいかしら?」 「ダメよ。可哀想だけど、実装石って動物保護法の適用外なんですって。だからああいうのを見つけても野放しにするしかないんですってよ」 「信じられない。いくら違法じゃないとはいえ、ああいうことする人って人格を疑うわあ」 遠くからひそひそ声が聞こえてくる。 二十代半ば頃の女たち。よく言えば若奥様、俺に言わせればババアどもだ。 愛護派って訳じゃなさそうだが偉そうに俺を批判してやがる。 「…………っせーよ」 ちっ、クソマ○コどもが。好き勝手なこと言ってんじゃねーよ。 俺は害虫である糞蟲を退治してるだけだっつーの。 ここが世紀末世界だったらテメーラ今ごろ俺にレイプされてんぞ。まあ許してやるけどよ。 だいたいこんなことを言われてんのもテメーのせいだぞ、糞蟲が! 「オラーッ!」 「デッ」 ぐしゃり、と小気味の良い感触と共に親実装の頭を踏み砕く。 ちょうど偽石もそこにあったらしく完全に息絶えたようだ。 ※ 気を取り直して次のサンプルを探すことにする。 平静を保つため脳内でさっきのメスババアどもを犯すところを想像しながら公園の林部分を捜索。 俺に惚れまくって全裸土下座でレイプを懇願してきたメスババアどもを全穴犯した上で便器に突っ込んで捨ててやった(想像をした)。 真実の俺の姿を脳内シミュレートして気分が良くなった所で次なる段ボールハウスを発見。 段ボールの入り口を観音開きにしながら中身に話しかける。 「はぁーい、実装ちゃーん!」 「デデッ!? 何デス、ニンゲンデス!?」 「テチャーッ」「テェェェッ!」「テシャァァァッ!」 親一匹に仔が三匹の実装一家だ。 ちょうど食事中だったらしく欠けた小皿に生ゴミを盛りつけていた。 親は驚いて俺を見上げ、仔のうち二匹は慌ててその後に隠れる。 仔糞蟲の一匹だけは威嚇してきやがった。 完璧にグロ死確定レベルの罪だが、ここでキレて台無しになっては面倒なので理性を総動員させて怒りを抑える。 うーん、我ながらなんという慈悲。俺って仏様の生まれ変わりかもな。 「単刀直入に言う。お前らを条件次第で飼ってやる」 「デデッ!」 「……テチ?」「テ……」「テェェ……」 親は驚きに目を見開き、背中に隠れた仔たちは理解が及ばないのか不思議そうな顔をしている。 俺に威嚇してきた仔糞蟲はなんと瞳を輝かせて俺の顔を見上げてきやがった。 なんという変わり身。これはスーパーグロ死刑確定だな。 野良糞蟲のくせに人間様に媚びるなんていわゆるガンジスが女装して殴るレベルってやつだな。 ん? ガンジスじゃなくてガッデスだったか? ドイツだかどっかの偉い坊さんだよな。うーん、俺って物事の例えすらも知的! 「ニ、ニンゲンサン、ワタシたちを飼ってくれるデス?」 親実装も半信半疑そうだが期待に目を輝かせている。 あー、ころしてえ。 「条件次第だって言っただろ。俺の実験に付き合え」 「じ、実験デス? まさかとは思うけど、ギャクタイハじゃないデス?」 ああ虐待派だよ。ただ今回は残念ながらそれが目的じゃないけどな。 とりあえずイライラを抑えながら心にもないことを言う。 「違う違う、俺は愛護派だよ。実験ってのは別にテメーラに酷いことをしようというわけじゃないんだ。 仔を一匹貸してくれ。実験に付き合うのはそいつだけでいい。もし上手くいったら家族全員飼ってやるから」 「デ……」 親実装は仔たちを見回した。 俺が必要なのは仔実装一匹だけ。それさえ手に入れば後はどうでもいい。 しかしやはり仔を人間に預けるのは不安なのか、どうしようか悩んでいるようだ。 愛情深い親なのかね。反吐が出る。 「ママ! ワタシがニンゲンサンのジッケンに付き合うテチ!」 そう言ったのは意外というか最初に俺を威嚇してきた仔実装だった。 「長女……」 「ワタシが頑張ればみんなでニンゲンサンに飼ってもらえるテチ! ちょっと怖いけど頑張るテチ!」 意外にも家族思いの発言だ。 こいつが威嚇してきたのは姉妹たちを守ろうとしての事だったらしい。 俺の飼ってやるという言葉にすぐ切り替えたことからもある程度は頭が回るようだ。 まあどうあろうと所詮は誤差の範囲の糞蟲だけどな。 「というわけで、ニンゲンサンよろしくお願いしますテチ」 そう言って俺の足元までやって来てぺこりと頭を下げる仔糞蟲。 おいおい勝手に決めるなよクソが。俺が選ぶのであってお前らに選択権はねーんだよ。 志願したから選んでもらえると思ってるとかどんだけ自分勝手な生き物なんだよクソが。 あー、潰してえ。自分が頑張れば飼ってもらえるとか勘違いしてる仔糞蟲を八つ裂きにしてえ。 いや、我慢だ我慢。 ぶっちゃけどの仔糞蟲でもいいんだし、ここは俺の慈悲を総動員して許してやろう。 なんという聖者。俺様ってまるでテレサ=テンだな。あれ、ジャイアント=テレサだっけか。どっちでもいいわ。 「よし、それじゃ行くぞ」 「テッ!?」 その仔糞蟲を持ち上げる。地面が遠くなっていくことに少しビビっていたが、暴れる様子はない。 「ニンゲンサン、ワタシタチはどうすればいいデス?」 おいこら糞親蟲、誰が質問を許可したよ。 つーかこいつさえ手に入ればお前らはいらねえし。 とはいえ、せっかく手に入ったサンプルの前で家族を潰すのは後に支障が出る。 家族のためにと使命感に燃える馬鹿な仔糞蟲の方が頑張れそうだしな。 「テメーラには特にやってもらうことはないよ。そうだ、仔を貸してくれたお礼にこれをあげよう」 そう言って俺はコンペイトウのたっぷり入った透明な袋を渡す。 「デデッ!?」 実装石ならば魂にその名前が刻みつけられているはずだが、現物を見るのは初めてなのだろう。 親実装は元から丸い目をさらにまん丸く見開いて受け取った小袋を眺めていた。 「コンペイトウテチ! コンペイトウテチ!」 さっきまで怯えていた仔たちもそれを見て急にはしゃぎだした。 ゲンキンなやつらだな。ころころ態度変えるんじゃねえよ。潰してえ。 「みんなで仲良く分け合って食べるんだよ。それじゃ、実験の成功を祈って待っててくれ」 まあ上の一〇粒ほどは本物のコンペイトウだから今日一日はバレないだろう。 最初にコロリを引き当てて苦しみ果てて死ぬのはどの糞蟲かな。ククク…… ※ 「テェェ……コンペイトウ、うらやましいテチ……」 一家の段ボールから離れると、サンプルに選んだ糞仔蟲は残った家族ばかりがコンペイトウをもらえることに不平を口にする。 「テメーにもちゃんと用意してあるから安心しなよ」 ったく、なんだって俺がこんな糞蟲の心のケアまでしなきゃなんねーんだ。 まあこいつも仕事だからしかたねえけどな。あー反吐が出る。 「ありがとうテチ。それでニンゲンサン、ジッケンって何をするテチ?」 「この辺りで良いかな」 糞蟲に礼を言われてもムカつくだけだ。 潰したくなる前に会話を打ち切って実験を開始する。 そこには公園の街灯が立っている。 柱は四角形で幅は仔実装を横に二匹並べられるくらい。 うん、ここならちょうどいいな。 俺は鞄の中から無地のチューブを取り出して仔実装の背中に塗った。 「テェッ!? つ、つめたいテチ!」 「動くなよ」 そしてそのどろりとした部分を柱にくっつけ手を放す。 「テェェェッ! ニ、ニンゲンサン、手を放しちゃ……テ?」 高さは二メートルほど。 子供の手が届かないくらいと考えてのことだが、仔実装なら落ちれば確実に潰れる高さだ。 人間の感覚なら三〇メートルくらいの高さと思えばいいだろう。 だからっていちいち騒ぐんじゃねえようるせーな。 それに手を放しても落ちないだろ。 お前の背中はいましっかりと柱に接着されてるんだから。 そう、これが今回試験する『実装ペタリ』だ。 実装石の服や身体の一部を本石も痛みを感じない程度にうすーく溶かし、あらゆるモノにくっつけるという商品である。 そんなの接着剤でよくね? と言ってはいけない。 実装ブームは過ぎ去り虐待派の数も減った昨今、実装用品は以前と比べてまるで売れなくなった。 ローゼン社もメイデン社も往年のような業績は見込めず、少しでもシェアを確保しようと必死なのだ。 実装石の身体だけで芸術作品を作りたいといった芸術系虐待派や、高い所に放置して恐怖に怯える様を眺めて悦に入る観察系虐待派への需要を見込んでの商品らしい。 しかもこいつは普通の接着剤と違い、特殊な溶剤を使えば跡もなく剥がせるというすぐれもの。 室内実験においては無風、強風、極寒、灼熱あらゆるシミュレーションで240時間以上という結果が出ている。 こんなくだらないモノにおいても何十匹という試験用実装石の命が費やされているというわけだ。 どうでもいいけどな。 まあ今の時代、企業のデータをそのまま信頼するわけにもいかない。 俺の仕事は試しに入荷したこの商品を実際に使ってみてその結果を店長に報告することだ。 報告次第で正式に取り寄せるかどうかを決めるらしい。 ったく、こんなのバイトの仕事の範囲を超えてるよな。まあ特別給を出すって言ってるからやってやるけどさ。 「ニ、ニンゲンサン、それでワタシはこれから何をするテチ?」 「ん? なにもしなくて良いよ。しばらくそうしてればいいから」 俺はてきぱきと自撮り棒を改造したカメラを設置しながら答える。 そして柱にこう書かれた紙を貼り付ける。『この仔実装はペットです。勝手に剥がしたりしないで下さい』 実装石は動物保護法の適用外の生き物だが、誰かに飼われている時に限って法律で保護される。 勝手に他人の飼い実装を傷つければ器物破損の罪になるのだ。 だからこうしておけば愛護派が万が一見つけても手は出せないはず。 よし準備オッケー。それじゃ帰るか。 「いいか、途中で死んだりするなよ。実験が失敗したらお前の家族も飼ってやらないからな」 「テェ! ニンゲンサン、どっかいっちゃうテチ!?」 「当たり前だろ。腹減ったし、積んであるゲームを消化しなきゃいけねーんだよ」 バイト代も特別給意外は二時間分しか時給発生しねーし。 準備が整ったら直帰でいいって言われてるし、終わったらさっさと帰るに決まってんだろ。 ちょっとでも得しないとやってらんねーよな。 「いつ戻ってくるテチ?」 「ああ? ああ、気が向いたら明日の昼には来るかもな」 「そ、それまでワタシはこのままテチ? オシゴトだからこうしてるのは頑張るけど、お腹が減って死んじゃうテチ!」 いちいちうるせーな仔糞蟲が。だいたい頑張るってなんだよ、ただくっついて待ってるだけだろうが。 こんな楽な仕事があるか? あー、糞蟲は楽で良いよな。人間様は生活のための金を稼ぐのも楽じゃねーんだよ。 まあ別に観察が目的じゃないし、死なれても問題だからな。仕方ないから食い物は用意してやるよ。 俺は仔実装のエプロン(に見える服の白い部分)にペタリを塗り、コンペイトウの数粒入った袋を取り付けてやった。 「ほら、大事に食えよ」 さあ今度こそ帰ろう。 実験のためとはいえ、仔実装が俺が与えてやったコンペイトウを食って喜ぶ姿とか見たら怒りで潰しちまいそうだし。 世の中にゃ上げ落としって技を使う虐待派もいるそうだが、ぼくにはとてもできない。 アゲてやってる時点でストレスが溜まりまくって死にそうだからな。 「じゃーな。しっかりくっついてろよ、ペタリ」 「ペタリ? ……テェェ、ワタシのお名前テチ?」 なんか勘違いしてるが訂正するのも面倒だ。 ※ ※ ※ ※ ※ その仔実装————仮称・ペタリは責任感の強い仔であった。 自分が長女であるという自覚を強く持ち、妹たちのために身を投げ出してでも頑張ろうという根性も持っている。 人間が段ボールハウスにやって来たとき、震える身体を押さえつけてでも威嚇したのはその現れである。 仔の誰かを実験に使うと聞いた時、本当はものすごく怖かったけれど、妹たちにやらせるわけにいかないから勇気を奮い立たせて志願した。 あのニンゲンは一家みんなを飼ってくれると言ってくれた。 わたしががんばればみんな幸せになれるんだ。 どんな辛いことがあっても泣かないでがんばるよ。 予想していたような痛いことはなかった。 しかし人間はペタリをべっとりしたもので高い所にくっつけると、そのままどこかへ行ってしまった。 「がんばるテチ。ニンゲンサンから与えられたオシゴトをがんばれば、きっとカイになれるテチ」 母親から効かされていた『飼い』という実装石にとっての特別な身分。 毎日が幸せに満ちて、お腹が空くことも寒くて辛いこともない夢の生活。 それが自分の肩に掛かっていると思うとやる気も湧いてくる。 しかし…… 一日目の夜。 与えられた仕事はペタリが思っていたよりもずっと辛かった。 「テェェ……暗いテチ、怖いテチ……」 すぐ頭上に灯りがあるとは言え、虫の声だけが響く夜の公園は仔実装のペタリには怖かった。 いつもならお家でママや妹たちに囲まれている時間である。 たったひとりでこんな所に放置されるのは正直堪える。 眠ってしまえば良い話だが、いつもと違う状況にすぐ安心して眠りにつけるわけがない。 ただ無為に超えるには夜はあまりに長い。退屈を紛らわせることもなく、本能的に恐怖を感じる高さで一晩を過ごすのはかなり辛かった。 下を見るとその地面の遠さに身震いする。 「そうテチ、ニンゲンサンがくれたコンペイトウ食べるテチ」 極力下を向かないようにしていたため忘れていたが、空腹を感じることでようやくその存在を思い出した。 人間がエプロン(に見える服の白い部分)にくっつけてくれたコンペイトウの入った袋。 初めての甘味を味わえる喜びに一時恐怖も忘れて手を伸ばす。 が。 「テェ?」 手を伸ばせば袋には触れられる。 だが、彼女の手ではコンペイトウのある部分まで届かない。 持ち上げるには指のない手はあまりに不器用すぎるし、ましてや封のしたままの袋を開ける器用さなどあるはずもなかった。 「と、とれないテチ! コンペイトウがあるのに食べられないテチ!」 お腹が空いて目の前に極上の甘味がある。 なのにそれを食べることが出来ないのは仔実装にはあまりに辛い仕打ちであった。 別にとしあきは狙ってやったわけではなく、ただ手が届かないことまで頭が回らなかっただけなのだが。 「テェェェン、テェェェェェン」 泣かずにがんばるという仔実装ペタリの誓いは、心細さと空腹によって初日であっさりと破られた。 二日目。 「テ、テェェ……」 結局、夜も遅くになってからペタリは自然に眠りに落ちた。 飼い実装になって家族みんなで楽しく幸せに暮らす見ていた。 そんな彼女を無慈悲な現実に引き戻したのは背中の痛みであった。 「い、痛いテチ……」 実装ペタリの効果は問題なく発揮されており、彼女は一晩経っても街灯の柱にくっついたままだ。 だが、わずかとは言え彼女自身の体重とエプロンに吊されたコンペイトウ袋の重みは、少しずつペタリの身体を痛めつけていった。 重力に引かれることによる痛みは、接着面である背中に強くのし掛かってくる。 「でもがんばるテチ。もう少しでニンゲンサンがきてくれるテチ」 あの人間は次の日の昼に来てくれると言った。 だからもう少し待てばやってくるはずだ。あとちょっとの辛抱だとペタリは気合いを入れて己を奮い立たせた。 ところが太陽が空の真上を過ぎても人間はやってこない。 夏のジリジリと照りつける暑さが背中の痛みと相まってペタリの体力を奪っていく。 「暑いテチ……お腹減ったテチ……」 普段から空調など効かない段ボールハウスに住んでいるため暑さそのものには比較的慣れている。 だがこうして直射日光をさえぎるものもない状況で放置されるのはさすがに苦痛であった。 がさり。 近くの茂みが音を立てる。 ようやく人間がやって来てくれたのかと、一瞬だけ痛みも空腹も忘れて目を輝かせるペタリ。 しかしやって来た珍客はペタリが予想していたものと違っていた。 「デェッ! コンペイトウがあるデス!」 それはこの公園に住まう一匹の成体実装。 彼女は目ざとくペタリのエプロンから吊されるコンペイトウ袋に目をつけたようだ。 さらにその声に釣られて近くからたくさんの野良実装が集まってくる。 「ワタシのモノデス!」 「いいやワタシのデス! お前はどっかいけデス!」 「デシャァ! ワタシが最初に発見したデス! お前らこそどっか行けデシャァ!」 「テ、テェェェ……」 自分の真下で自分の数倍の体格の成体実装たちが争い合っている姿を、ペタリは恐怖の眼差しで見下ろしていた。 その醜悪さと必死さはもし万が一ここまで手が届けば自分ごと食われてしまうと思わせるに十分なものだった。 「オバチャンたち、ケンカはやめテチィ……」 ペタリのそんな声は彼女たちに届かない。 ついには足下の成体実装たちの争いは凄惨な殴り合いに発展した。 あるいは彼女たちが協力したとしても、二メートルの高さにいるペタリにまで手は届くことはなかっただろうが。 そんな中、一匹の仔実装が争いから少し離れた場所にいたことにペタリは気付かない。 「オネチャ、戻って来テチ! コンペイトウを食べたらママが死んじゃったテチ! あのニンゲンはギャクタイハだったテチ!」 泣きながらそんな事を訴えているが、成体たちの怒号にかき消されてペタリの耳には届かなかった。 しばらく叫んでいたその仔実装だったが、争いからはじき出された一匹の成体の背中に押し潰された。 「ヂベッ」 「も、もうダメテチ……」 幸いにも妹の死に様には気付かなかったペタリだったが、争い合う成体たちへの恐怖もあり、にわかに催した便意を堪えることが出来なかった。 ぱんつを膨らませた糞が隙間からこぼれて真下の成体たちに降り注ぐ。 「デェッ!? ウンチが降ってきたデス!」 「何しやがるデスこの糞蟲!」 直撃を受けた成体二匹が石を手にとって街灯をガンガンと殴りつける。 その振動は微々たるモノだったが、背中に伝わるわずかな衝撃と向けられた敵意にペタリは戦慄した。 「怖いテチィ! ニンゲンサン、はやく来テチィ!」 しかし結局、日が暮れてもとしあきはやって来なかった。 幸いにも夕方頃にどうやってもコンペイトウが手に入らないと悟った成体実装たちは諦めて去って行ってくれた。 跡にはペタリの妹だった染みだけが残されていたが、その正体に彼女が気付くことはなかった。 三日目。 二度目の心細い夜を越え、ペタリはすっかりと憔悴しきっていた。 今日は昨日のように成体実装たちが大挙して押し寄せてくることはなかった。 代わりに昼前から雨が降り始めていた。 「冷たいテチ……」 あっさりとびしょ濡れになったペタリ。 夏場なので凍えるほどの寒さはなかったが、服に染みこんだ雨水はじわじわと彼女を苦しめていく。 なによりも不快でしかたなかった。 さらに雨足は強まり、風も強く吹きはじめた。 台風の到来である。 「痛いテチ! 背中痛いテチ!」 ペタリの身体はしっかりと接着されているため吹き飛ばされることはない。 ただし、引っ張られるような感覚はその分強烈にペタリの背中を痛めつけたが。 「デッギャァァァァァァ!」 眼下を暴風に翻弄される一匹の成体実装が転がっているのが見えた。 ※ ※ ※ ※ ※ 「う〜、忘却忘却」 今、仔実装の様子を見に全力疾走している僕は実装ペタリの試験中のごく一般的な虐待派。 しいて問題をあげるとすれば一昨日の昼に見に行くはずだったのにすっかり忘れて三日も経っちゃったってとこかナ…… 名前は双葉としあき。 そんなわけでサンプルをくっつけてある双葉市民公園にやってきたのだ。 ふと見ると街灯にサンプルの仔実装がくっついていた。 ウホッ! いい生命力…… 「あん、お前としあきじゃねーか」 「えっ、えっ」 サンプルの所に向かおうとしたら急に話しかけられた。 あ、こいつ以前にバイトしてたコンビニの先輩じゃねーか。 25歳にもなってフリーターの負け犬のくせに偉そうにしてやがったクソ野郎だ。 「急にバックレやがって。あの後かなりシフト大変だったんだぞ」 「あのっ、そのっ」 ふざけんな。ありゃ店長が悪いんだよ。 俺が二日続けてレジ金精算を五千円ミスったからって、次やったら払わせるとか言いやがったんだぞ。 本当なら法律違反で訴えてやるところだけど、見逃してやった俺の寛大さに感謝しろよ。 いまもテメーが底辺職を続けられてんのは俺の慈悲のおかげなんだからな。 「えっとっ、そのっ、あ、あの、すいまっ」 「ちっ、相変わらずなに言ってんだかわかんねーやつ」 うるせえ。テメーから絡んで来たんだろうが。さっさとどっか行きやがれ。 あと五秒したら俺キレっから。そのツラボコボコにしてやっから。5、4、3、2、1……やっぱあと五秒だけ待ってやる。 あと五秒、いやあと五秒。あともう五秒。 「あのあの、その、あの」 「ちっ、もういいよ……」 底辺野郎は捨て台詞を吐いてどこかへ去って行った。 ふん、俺がキレそうな雰囲気を察してビビったな。 まあ今回だけは許してやるけど、次見かけたらボコボコだから。 あー気分悪い。 おっと、それよりサンプルの様子は……っと。 「テェ……テェッ……」 改めて見ると仔実装はすっかりと憔悴しきってる様子で、俺が近づいてもすぐには気付かない。 テメーコラ、わざわざ来てやったんだから反応しろや。 俺様はいま機嫌が悪りーんだよ。 「おい」 「テッ? ニ、ニンゲンサン……待ってたテチ」 挨拶くらいしろよ、無礼な糞仔蟲だな。 まあ野良糞蟲に礼儀を求めるだけ無駄か。 それにしても、昨日は随分と強い台風だったがよく剥がれなかったもんだ。 実装ペタリの効力は十分に証明されたってとこかな。 「お腹減ったテチ……なにか食べさせてくださいテチ……あと背中も痛いテチ」 「あん、なんだお前。コンペイトウ食ってないのか?」 言った後で気付く。 ああそっか、中身まで手が届かないのか。 ったく、俺が帰る前に自分で気付いてちゃんと言えよ糞仔蟲が。頭の悪いやつだな。 まあ三日くらいで実装石が餓死することはないから問題ないか。 とりあえず俺は用意していた実装ペタリ中和剤を背中の接着面に流し込んでやる。 すると仔実装は嘘のように簡単に剥がれた。 台風でもビクともしないペタリだが、こいつを使えばこの通りだ。 背中を見て見るが接着面だけわずかに服の色が薄くなっているように見える。これは問題点として店長に報告だな。 「テェ……テェェェェン、テェェェン……」 掌にのせてやると仔実装が急に泣き出した。 涙の色が透明であることを見るに、安堵の涙だとみるべきだろう。 うぜえ、潰してえ。 「ニンゲンサン、怖かったテチ、心細かったテチ」 何を勘違いしたのか俺の親指に頬をこすりつけてくる。気色悪い。 「ワタシ、がんばったテチ。痛いのもおなか空いたのも我慢したテチ」 ねえ、もうころしていいよね? いやダメだ。まだ堪えるんだ……せっかく生き延びたサンプル、無駄には出来ない…… とりあえず栄養を補給してやるか。 「ほら、悪かったな。食えよ」 俺はエプロンにくっついた袋を開けてコンペイトウを取り出して与えてやる。 というかやべえ俺としたことはついうっかりとは言え実装石に謝っちゃったよ。死にたい。 「テチュ〜ン、コンペイトウ美味しいテチュ。ニンゲンサンありがとうテチュ」 さっきまでの疲れた素振りはどこへやら。世にも幸せそうな表情でコンペイトウを舐める仔実装。 ころしたいよう。ころしたいよう。 贅沢にもこの仔糞蟲は三粒も一気に食いやがった。 身の程をわきまえないとはこのことだな。 「ニンゲンサン、オシゴト終わったから飼ってくれるテチ? ワタシ、早くママやイモウトチャたちと会いたいテチ」 何事か妄言を吐いている仔糞蟲は無視して俺はもう一度その背中にペタリを塗りつける。 なに勝手に終わったと思ってやがる。次は同じ部位に二度使えるかどうかの実験なんだよ。 とはいえ一度目と同じじゃつまらない。今度は頭を下にして街灯のさっきの場所に接着する。 「……テ?」 逆さまの状態で不思議そうにこちらを見てくる仔糞蟲だが、これ以上会話してたらマジで潰してしまいそうなのでさっさとこの場を離れることにした。 ※ 帰りがけ、サンプルの家族がどうしているかと気になって段ボールハウスがあった場所へ向かう。 そこではグチャグチャになった段ボールのそばで一匹の仔実装が泣いていた。 「テェェェン、テェェェェン」 おおかた昨日の嵐で家がメチャクチャになってしまったんだろう。 防水加工する程度の知恵はあったようだが、暴風に対する対策まではしてなかったようだな。所詮糞蟲か。 「おい」 「テェェン……テッ!?」 呼びかけてやるとそいつは涙を流したまま恐怖の表情でこちらを見上げていた。 ブリブリと糞まで漏らしてやがる。 「テメー、親や姉妹はどうした? 昨日の台風で死んだか?」 「マ、ママはニンゲンサンからもらったコンペイトウを食べたら死んじゃったテチ……どういうことテチ……」 あーコロリを引き当てたか。運が悪かったのはママだったな、残念! 「三女チャはオネチャにそれを教えようとしたら帰ってこなかったテチ……ワタシひとりで寂しかったテチ……怖かったテチ……」 「うんうん辛かったね」 俺はねぎらいの言葉をかけてやりながらその仔実装を持ち上げる。 うん、まるで御仏のような俺。アゲはこのくらいで十分だろう。 「テ……ニンゲンサン、オネチャの所につれてってくれるテチ?」 「うんうん……って、そんなわけあるかーい!」 「ヂベッ」 俺はその仔実装を思いきり地面に叩きつけた後、何度も何度も念入りに踏みつぶした。 ちっ、仔糞蟲なんて何匹殺しても気が晴れるものじゃねーな。 ※ ※ ※ ※ ※ 4日目。 逆さまに接着されたペタリは前以上の苦痛に耐えていた。 「テェェ……頭くらくらするテチ……」 無駄に大きな頭に血が集まって気持ちが悪い。 しかも景色は逆さまでより高くなった地面が嫌でも見えてしまう。その恐怖も以前の数倍であった。 あの人間は次にいつくるとか言わずに去って行った。 今度はいったいどれだけ待てば良いのだろうか? 前回は翌日に来ると言っておいて3日待たされた。もしかしてまた同じだけ待たされなきゃいけないのだろうか? そう思うとペタリは絶望にくじけそうになるが、それでもがんばるしかないと思って耐えた。 5日目。 ブリブリィ、ブリリリッ。 「テボッ、デブオォッ!」 昨日は必死に耐えた便意がここに来て限界に達した。 逆さまの状態で糞を漏らせばどうなるかなど自明の理である。 パンツから漏れた緑色の汚物は当然のようにペタリの身体を汚した。 腹から顔にベッタリと付着した自分の糞の臭さは言いようもないほど不快なモノだ。 それが頭頂部を伝って髪まで汚してしまう。 「チププッ、変なやつがいるテチ!」 「逆さまになって馬鹿みたいテチ」 「自分のウンコ食ってるテチ! まさに糞蟲テチ!」 さらにそんなペタリの姿を見て同族が集まって来て自分を嘲笑する。 同族から馬鹿にされることに強烈な精神的苦痛を受ける実装石にとってはたまらない状況だった。 「な、なんとでも言えテチ……ワタシはニンゲンサンのオシゴトをお手伝いしてるだけテチ……」 なんとか強がって反論してみせるペタリだが、逆さまに流れる涙は彼女の本心が大きく傷ついていることとハッキリと証明していた。 6日目。 空腹、不眠、暑気、湿度、屈辱、頭痛、孤独、悪臭、不快、退屈、恐怖。 あらゆる負の感情がペタリを苦しめていた。 「がんばるテチ……がんばるテチ……」 それでもペタリは耐えていた。 自分がこれを乗り越えれば家族みんなが幸せを手に入れられる。 くじけそうな時はそれを思い出し、必死に自分を奮い立たせながら。 「ワタシは負けないテチ……ニンゲンサン見てて下さいテチ……オシゴトがんばってるテチ……」 すでに守るべき家族が存在しないことも知らず、ひとりで、必死に。 ※ ※ ※ ※ ※ 「う〜、結果結果」 今、仔糞蟲ところに向かって全力疾走している僕はペタリ耐久試験の結果を確認しに行くごく一般的な虐待派。 しいて前回と違う所をあげるとすれば歩くのが面倒だから今回は親の車で向かってるってとこかナ…… 名前は双葉としあき。 そんなわけで結果を確認しに双葉市民公園にやってきたのだ。 ふと見ると公園の駐車場に空きがあった。 ウホッ! いいスペース…… 「馬鹿野郎ーっ!」 バックしようとするなりクラクションを鳴らされる。 俺は反射的にブレーキを踏んだ。 ルームミラーで背後を確認するとまさに後続の車に逆突する直前だった。 「バックするときは後ろを確認しやがれ!」 「す、すいま、すいま」 ふざけんなデブ、テメーが車間距離をあけとかねーのが悪いんだろうが。 マジでテメー俺の機嫌がたまたま良い日だったから助かったけど、本当ならマジでボコボコだからなマジで。 デブが舌打ちをしながら俺が入れるはずだったスペースに駐車する。 俺は窓を閉め、後部座席の窓も閉まっていることを確認した上でアクセルを踏みしめながらミラーを睨み付けて言ってやった。 「あ? やんのかテメー! コラ!」 とりあえず別のスペースに停車して公園の例の街灯へ向かう。 そこではボロボロになった仔実装がうつろな目でテェテェと息を吐いていた。 命からがらってところか。 例によってまだこちらには気付いていないようだな。 とりあえず俺は背後からこっそりと近づくことにした。 よし、ペタリの効果は全く問題ないみたいだな。 さてと……イライラを晴らすため、もとい、さらなる耐久テストのために予定にはなかった実験をひとつ追加しよう。 俺は持ってきたバーナーを取り出すと、火力を強めにして街灯の反対側を炙った。 鉄製の柱は瞬く間に熱を伝えていく。 「テ……?」 もうろうとしていた仔実装が異変に気付いたのか声を上げる。 「テチャーッ!? 熱いッ、熱いテチャーッ!」 クククッ、突然のことに苦しんでやがる。 しっかし糞蟲は堪え性がねーな。いくら熱いからって大声で叫ぶんじゃねーよ。 俺は糞蟲の顔を見ようと反対側に回るため街灯に手をついて。 「熱っちゃーっ!」 熱い熱い熱いよー! 触っちまったつーかマジ熱い! ほとんどフライパンじゃねーか! ああこれ放って置いたら火傷になっちまう。早く水で冷やさないと! とりあえず近くのトイレの蛇口で十分に手を冷やしてからもう一度仔糞蟲の様子を見に戻る。 さっきの高温攻撃で意識がハッキリとしたのか、今度はすぐに俺の事に気付いた。 「テェ……ニンゲンサン……?」 「おう、来てやったぞ感謝しろ」 そう言ってやるなり仔実装の顔に安堵の色が浮かぶ。 流れる涙は額を通って地面にポタポタと落ちていく。 「やっと来てくれたテチ……ワタシ、がんばったテチ……」 つーか汚えなこいつ。全身糞塗れじゃねーか。 まったく実装石ってやつは衛生観念が絶望的に不足していやがる。所詮は糞蟲ってことか。 間違っても触りたくないので一度トイレに戻ってペットボトルに水を汲んでくる。 黙って離れようとした俺に対して仔実装が大声でわめいていたが、また姿を現してやると一転してホッとする。忙しいやつだ。 「身体を洗うからなー」 ペットボトルの中身を尻からドポドポとかけてやる。 「ゲボガボゲボガボ」 なんだか苦しそうだが洗ってやってんだからもっと嬉しそうにしろよ馬鹿が。 あー、でも臭いは取れそうにもないな。念のため軍手を持ってきておいて良かったわ。 軍手を装着し、仔実装の身体を掴んだまま背中に中和剤を流し込む。 「テェェェン、テェェェン」 また前回と同じように俺の手(軍手ごし)に縋り付いて泣きじゃくる仔実装。 リアクションのパターンが少ないやつ。 俺は仔実装を手に持ったまま片手で装着しておいたカメラを外す。 実験はこれで終了。 ペタリの効果は問題なかった。あとはこれを店長に報告すれば仕事は終了だ。 本当は毎日観察しに行けって言われてたけど、どうせカメラに俺の姿は映らないし問題ないだろ。 おかげで給料をもらいつつ6日間も家でクーラーをキンキンにかけつつゲームして過ごせたんだから役得だよな。 さて、サンプルに使ったこの仔実装だが、どうしろとは別に言われていない。 予定では使い終わり次第叩き潰すつもりだったが、縋り付いて泣きじゃくる姿を見てちょっと気分が変わった。 「おめでとう、実験は終了だ。テメーはよくがんばったね」 「テェ……そ、それじゃ、ニンゲンサン、ワタシタチは……」 「うん。ちゃんと飼ってあげるよ。もちろんテメーの家族も一緒にね」 「……やったテチ、うれしいテチ! テェェェン、テェェェン!」 嬉しくてもまた泣くのかよ。本当にやかましいやつだな。 とりあえず俺は力を込めたくなる腕を必死に押さえつけながら出来るだけ優しく仔実装を運んでやる。 その最中、あまったコンペイトウを四粒ほど渡してやると喜んで食っていた。 「おいしいテチ、オシゴトの後のコンペイトウは最高テチ! ニンゲンサンありがとうテチ!」 「うんうん、テメーはおめでたいね」 「おめでとうって言ってくれてありがとうテチ。でも、あの、ご主人様…… できればまた名前で呼んで欲しいテチ。ご主人様がくれた『ペタリ』って名前で呼んでくださいテチ」 うわあああ気色悪い。糞蟲にご主人様とか呼ばれて喜ぶ趣味はねえんだよ。 っていうかペタリはテメーの名前じゃねーし。まだ勘違いしてたのかよ。 あーやっぱ無理。上げ落としとか俺には不可能。イライラで胃に穴があいちまう。 公園の駐車場までやって来たところで、仔実装は不思議そうに尋ねてきた。 「テェ、ニンゲンサンどこにいくテチ?」 「俺様の家に向かってるんだよ。飼ってあげるって言っただろ?」 「ママやイモウトチャたちも連れていって欲しいテチ。ワタシだけじゃなくみんなでって約束テチ」 「心配ないよ。テメーの家族はもうみんな死んでるから」 「…………テ?」 俺の言葉が理解できなかったのか、幸せ回路が意味を脳に届けなかったのか、仔実装は呆然とした顔でこちらを見上げている。 その背中にもう一度ペタリを塗ってやる。 「ニ、ニンゲンサン、何をするテチ……」 「テメーの薄汚れた格好で車の中を汚したくないからね。臭いし。テメーの座席はここだよ」 そう言って俺はペタリをタイヤのホイールの外側部分にくっつけると、自分はさっさと運転席に収まった。 ※ ※ ※ ※ ※ 7日目。 今日で辛いことは終わると思った。 でも、終わらなかった。 身体が勝手に動く。 視界がぐるっと横に移動する。 円を描いてまた同じ場所に戻る。 最初はゆっくりと。 次第に回転は速くなる。 「よーし、出ッ発しんこー!」 人間の軽快な声が聞こえる。 途端、ペタリの見ている世界は一変した。 視界のすべてが超高速で回転する。 目が回るなんてもんじゃない。体中の血と内臓が右へ左へと揺さぶられる。 「テェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェッ!?」 人間は、約束を破った。 ※ ※ ※ ※ ※ 「ヒャッハー!」 俺は景気よく車を加速させていた。 ホイールにくっつけた仔実装の叫び声が実に心地良い。 サイドミラーで後方を確認してみる。 ぶふっ! 糞がスパイラル状になって飛び散ってやがる! おいおい道路が汚れるだろ! まったく堪え性のない糞蟲にはお仕置きだな! 俺はさらに強くアクセルを踏み込む。 「テチャァァァァァァァァァァァァァァッ!」 あっはっはっは! こいつは面白れーっ! ただ車を走らせてるだけなのにホイールが地獄のメリーゴーランドに早変わりってわけさ! 俺様、マジエンターテイナー! おっと、前方の信号が赤だね。 俺は車を停止させ、窓を開けて呼びかけてやる。 「おい糞蟲、生きてっかー!?」 帰って来たのは弱々しい声だった。 「なんでテチ……飼ってくれるっていったのに、これじゃワタシ死んじゃうテチ……」 ちっ、まだ生きてやがったか。しぶといやつ。 「あ、あれ嘘っ♪ 最初からテメーは殺す予定だったしー♪」 「テ……」 「あとテメーの愛する家族は離れた直後に俺が殺しておいたから♪ いやー、家族のためにがんばってたみたいだけど、実はぜんぶ無駄だったんだねー♪」 実際は俺が殺したのは一匹だけだけど、こいつにはこう言っておくのが一番堪えるだろう。 「ひどいテチ……ひどすぎるテチ……」 「そうかな? 別に酷くないと思うよ♪ だってテメーらって殺しても誰も文句言わない糞蟲だし♪」 「違うテチ……ワタシは糞蟲じゃないテチ……一生懸命生きてたテチ、ママも、イモウトチャたちも……」 「あちゃー、それは残念♪ いくらマジメに生きても実装石に産まれた時点でこうなるのは決まってたんだよー♪ 人間様にオモチャのように扱われてボロクズのように捨てられてころされる運命がねー♪」 「嫌テチ……死にたくないテチ……」 「んん? 仔糞蟲ちゃん、死にたくない? 生きたい?」 「死にたくないテチ……」 「うーん、どうしようかなー♪ テメーもがんばったしなー♪ ちょっと考えてみようかなー」 「……」 「やっぱダメー! 残念ー! 死亡確定ーっ♪」 ちょうど信号が青に変わったので、俺はまたアクセルを踏み込んだ。 ここからはしばらく信号のない長い直線。好きなだけ加速し放題だ。 さあ、どこまで耐えられるかなー? 「オラアアアアアアッ!」 「テッチャァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァ!」 おら、まだまだ加速するぞ! 70km、80km、90km……ターボ全開っ! 「ヂュベバボベバボバャァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァッ!」 仔実装の断末魔の悲鳴が心地良い。 凄まじいスピード感も相まって俺はかなりハイになった。 「どうだあ糞蟲ィ! これが人間様の力だァ!」 風が前から後へ激しく流れていく中では声も届かないだろうが俺は思いっきり叫ぶ。 俺はマシンを限界まで加速させた。 仔実装の声はもはや俺には届かないが、リンガルにはいくつもの声が文章データとして翻訳されていく。 助けて、怖い、許して、殺さないで、死にたくない。 「くっははははーっ! 命乞いとは惨めだなー糞蟲ーっ! 死ぬときくらい潔く諦めたらどうだーっ!? 糞まで漏らしてみっともないったらねーぜーっ!」 やがてある時を境に翻訳される文章が更新されなくなった。 俺は急ブレーキを踏み、シートベルトが身体を締め付ける心地よい感覚を味わいながら車を停めた。 路肩に停車して車から降りる。 ホイールを確認すると仔実装は死んでいた。 恐怖に顔を歪め、瞳を灰色に濁らせて。 「くくく……ははは……」 それを見ているとると笑いがこみ上げてくる。 「はーっはっはっはっは! どうだみたか糞蟲が! これが俺様の力だ! 人間様の力だ!」 なんという愉悦。なんという快楽。なんという全能感! まったく実装石虐待は最高だぜ! 「悔しいか!? 無抵抗で殺されるのはさぞ悔しいだろうなあ! でも仕方ないんだよ、テメーが弱いから悪いんだよ! 恨むんなら人間に産まれず糞蟲として産まれちまったテメーの愚かさを恨むんだな! バァーカ! バカバカバーカァッ! あのな、この世は弱肉強食なんだよ! 弱ければ死に強ければ生きる! テメーが死んで俺様が生きてるのは俺様が強えーからだ! 俺様は強いんだ! 偉いんだ! 良い悪いのルールは俺が決めるんだ! だから何をしても許されるんだ! 人間として産まれた時点で神であるも同然なんだよ! ひゃっはーっ!」 絶頂しそうなほどの快感を言葉に乗せて叫んだ。 その直後だった。 「はいはい、それはよかったねー」 とつぜん後からかけられた声に俺は思わず硬直する。 ギギギ……とゆっくりと首を回転させて振り向く。 そこに立っていたのはゴテゴテの装備をつけた白いCB1300SB(バイク)に跨がり、 黒い制服と五枚紋のついたヘルメットを身につけた白バイ隊員(けいさつかん)だった。 「安心しろよ、保護法適用外の動物虐待に関しては一切問わねえ。 だが制限速度30kmの道路で200kmオーバーだ。何か言い残す事はあるか、コラ?」 警察は古いタイプの大型リボルバー(コルト357マグナム)を取り出すと、俺の額に銃口を向けた。 「あっ、あの、ひっ」 「なあ兄(あん)ちゃん、ひとつだけ言っておくぜ」 拳銃の引き金に指をかけたまま警察は言う。 「この世は弱肉強食だって言ったが、この日本は法治国家なんだよ。 良いことと悪いことを決めるのは強い人間じゃねえ……法律だ」 「あ、あ……ゆるし……たすけ……」 「それとも強くなってみるか? 国家権力(このおれ)よりもよ」 「こ……ころさないで……ください……」 俺は涙で顔をくしゃくしゃにしながら必死に命乞いをした。 しかし帰って来た言葉はとても冷たく無慈悲なモノだった。 「テメエは今までにそう言った実装石を一匹でも見逃してやったのか?」 じょぼーっ。 ぶりぶりぶりぃ。 どぴゅどぴゅどぴゅっ。 「ちっ、汚らしい動物虐待(ゴミ)野郎が。まあ街のゴミ掃除(ちあんいじ)をやってる俺が言えた義理じゃねえが……」 恐怖にあらゆるモノを身体から吹き出しながら、俺は生涯最後となる言葉を聞いた。 ————Hasta la vista, baby.(地獄で会おうぜ、ベイビー) バァン おわり

| 1 Re: Name:匿名石 2016/08/31-22:00:54 No:00002508[申告] |
| 脳内DQNの屑っぷりが見事に表現されていてGOOD!
服をめくり上げてから接着したとは書いてないから、服越しに接着したなら なぜ服に穴が開かないのかとか、服と背中の皮膚が一緒に溶けてるのかとか 細かいところがちょっと気になったけど 最後の警官がワイルド7ばりにハードボイルドでワロタwww |
| 2 Re: Name:匿名石 2016/09/01-00:58:36 No:00002509[申告] |
| うー感想感想
今や古典の部類に入るネタだがこう使われると吹くしかねぇw 虐待派男が清々しいまでにクズなのもここまで来ると笑えるw |
| 3 Re: Name:匿名石 2016/09/01-02:00:27 No:00002510[申告] |
| 最後のぐるぐるが面白いね。このペタリ使ったネタもっと見たいわ |
| 4 Re: Name:匿名石 2016/09/01-11:11:04 No:00002511[申告] |
| どんな善良でがんばり屋な実装石でも
どんなグズそのものの人間だろうと 酷い目に遭うのはいつも弱い実装石の方だという切なさ |
| 5 Re: Name:匿名石 2016/09/02-22:36:09 No:00002512[申告] |
| 構造上胸元のコンペイトウ袋にすら手が届かない
、袋の結び目をほどく器用さも無いって こいつら子供を抱き上げて粘液を取る時どんだけ頑張ってあの行為しているのだろうと不憫になった。 なんか実装石って歴史が進むほど出来ない事が増えていくな。 |
| 6 Re: Name:匿名石 2016/09/02-23:24:47 No:00002513[申告] |
| ※5
仔実装のサイズでは袋の底(入ってるとこ)に手が届かないってだけで、成体なら普通に手を突っ込めるでしょ 普段からコンビニ袋を利用してるんだし そして仔実装でも地上に足さえ着いてりゃ袋を上向けるなり自分が袋の中に潜り込むなりして取れるんだけど 吊られた状態じゃ無理だったというだけのこと 封も結んであるんじゃなくて、まだ未開封ってことだと思うけどな チャックつきのアレ、知らない? |
| 7 Re: Name:匿名石 2016/09/03-19:09:02 No:00002514[申告] |
| 貼りつけ放置仔実装の間抜けすぎる情景が痛快ww
やっぱり仔実装の「テェェェン、テェェェェェン」は良い イラつきからの加虐欲求の呼び覚まし効果高すぎ 親指や軍手へのスリスリもムカつく 逆さ磔と車輪責めも最高 スカッと爽やか 堪能しました ありがとうございます |
| 8 Re: Name:匿名石 2016/10/02-02:13:56 No:00002559[申告] |
| 人間の方が糞野郎で実装が実装のくせに善良なのに酷い目にあうっていうのもそれはそれで様式美だけど
実験観察系?は人間も悪意ないのに事故や誤解、余計な行動で不幸な死が訪れる方が好みかなあ |
| 9 Re: Name:匿名石 2023/10/08-09:08:42 No:00008086[申告] |
| クソニンゲンと糞虫が全滅デスゥ
色々振り切っててすげえ |