※人間と実装石の会話は全てリンガル使用済みとしてお読みください。 「デッヒッフー……………デッヒッフー……………」 公園のトイレの個室に、奇妙な息遣いが響いている。 人間が『ラマーズ法』と呼ぶものに近いその息遣いは、実装石が出産時に行うものだ。 その成体実装は和式便器を人間が使用するときとは逆向きに跨ぎ、金隠しの部分に両手を乗せた姿勢で顔から脂汗を浮かべ、切羽詰ったような表情で出産の痛みに耐えていた。 現在の時刻は午前零時。 公園の野良実装は、産まれたばかりの仔を飢えた個体やマラ実装などに襲われぬよう、他の個体が活動を停止する深夜、もしくは活動を開始する前の早朝に出産を行うのである。 そして公園に住む野良実装は、必ずといっていいほどトイレで出産を行う。 いや、自然の中で暮らす者にせよ公園に住む者にせよ、実装石という生物は必ず下に水の溜まった場所で出産するのだ。 それは一体なぜか。 産まれたばかりの実装石の肉体は脱皮直後の甲殻類のように脆弱なため、下が硬い地面だった場合、母親の総排泄孔の高さから落ちただけでも潰れて死んでしまう可能性があるので、自然の中で出産する場合は 下が水でぬかるんだ地面のほうが安全だというのも理由の一つだが、公園で出産する実装石は硬い便器の中に仔を産み落とすのだから、一番の問題はそこではない。 実装石の体の構造、そして出産や仔の成長システムそのものに矛盾というか、欠陥があるのだ。 実装石という生物は体内の構造が恐ろしく単純で、消化器官である糞袋が子宮の役割も兼ねているため、胎内の仔は消化されないように保護粘膜に包まれているのだが、そのくせ産まれたらすぐに母親がそれを舐め取ってやらないと 粘膜が乾いて固着し、手足や髪が伸びるのが阻害されて、仔実装の姿になれなくなってしまうのである。 もしもそうなってしまったら、それに合わせるように知能や言語能力もあっという間に退化して、未熟児である蛆実装の姿のまま固定されてしまうのだが、実装石という生物は基本的に多産なため、最初に産まれた仔は必然的に 最後の仔が産まれるまで放置されてしまうことになる。 中には一匹産むごとに逐一粘膜を舐め取ってやる親もいるのだが、これは何度か出産を経験することによって身につく知恵であり、そもそも出産に慣れて余裕のある者だからできることであって、痛みに必死に耐えるので精一杯な 初産の実装石などは、そこまで知恵を回す余裕がない者がほとんどである。 しかし下が水溜りであれば、そこに浸かっている間はとりあえず粘膜が乾かないので、末の仔の出産が終わるまでの時間を稼ぐことができるうえ、しかも実装石という生物は決して泳ぐことができず、本来なら水中に落ちたりすれば 溺死は免れないのだが、この保護粘膜に包まれている間だけはそれが浮き袋の代わりとなって、産まれたばかりの仔が溺れるのを防いでくれる。 それゆえ実装石が出産を行うときは、必ず水溜りのある場所………つまり公園であればトイレで出産するのである。 この成体実装は仔を産むのが初めての新米ママではあったが、仔実装時代に親から教えられた知識を総動員し、万全の準備をしたうえで出産に臨んでいた。 下腹部に力を込め、陣痛の波が引くのに合わせて歯を食いしばり、鼻から息を吐きながら全力でいきむ。 そして————— 「フヌッ……! ………ヌウゥゥゥア…………………………デッシャァァァァァァァァァ!!!!!!!!!!」 裂帛の気合がこもった親実装の咆哮とともに、総排泄孔から薄緑色の粘膜に包まれた仔実装がひり出された。 「テッテレ〜♪」 それと同時に、産まれた仔実装が産声を上げる。 この産声は全身を包む保護粘膜のうち、顔の部分の粘膜だけを吹き飛ばすことによって呼吸のための気道を確保すると同時に、楽しいことや嬉しいことに満ち溢れたこの世(胎教の歌によって親からそう教えられている)に 産まれたことを喜び、自らを祝福する意味があるという。 仔実装は最初の産声を上げるときだけ目を開いていて、着水するときに再び目を閉じ、親実装に保護粘膜を舐め取ってもらうまで眠ったような状態で待つ(着水の衝撃で気絶するという説もある)のだが、この仔実装もまた、 ————— ぽちゃん ————— という音を立て、着水すると同時に目を閉じて、便器に溜まった水の中にぷかぷかと浮いていた。(水に浮いている間は重量バランスの具合で顔だけが水面から出るようになっている) 「デウゥゥゥ……………デァァァァァァァァ!!!!!」 「テッテレ〜♪」 「テッテレ〜♪」 「テッテレ〜♪」 「テッテレ〜♪」 「テッテレ〜♪」 一匹目が産まれたことで親実装がコツを掴んだのか、さらに五匹の仔が次々に便器へと産み落とされた。 腹部の膨満感がなくなり、これ以上は産まれないことを悟った親実装は「ふぅ……」と一息漏らすと、便器の中を覗き込んで産まれた仔の数を確認する。 産まれたのは全部で六匹、しかもその全てが胎内でちゃんと仔実装のサイズまで成長しており、未熟児である親指実装や蛆実装は一匹もいない。 初産にしては十分すぎる成果だ。 とはいえ、すぐに便器から拾い上げて保護粘膜を舐め取ってやらなければ、仔実装になれるサイズの仔であっても粘膜が固着して蛆実装になってしまう。 親実装は水面に浮かんでいる仔の一匹を拾い上げ、その粘膜をべろべろと舐め取ってやった。 本来であればこれで手足がむくむくと、そして後ろ髪がふわりと伸びて、実装石本来の姿になるはずである。 そして仔実装が目を覚まし、「ママ、はじめましてテチ」などと挨拶してきたりするはずだった。 だが、抱き上げた仔は目を開けることも口を開くことも、それどころかぴくりとも動くことなく、ぐったりとしたままだ。 「デデッ?」 自分が親に聞いていた話とは違うが、目覚めるまでにタイムラグがあるのだろうか? 親実装は訝ったが、ともあれ、早く他の仔の粘膜も舐め取ってやらなければいけない。 親実装はとりあえずその仔をトイレの床に寝かせ、別の仔を抱き上げて粘膜を舐め取ってやった。 だが、全ての仔の粘膜を舐め終わっても、最初の仔すら一向に目を覚ます気配がない。 親実装は心配そうに仔を抱き上げ、頭を撫でてみたり揺すってみたりするが、仔実装の体はされるがままにぐらぐらと揺れるだけである。 しかも、手足は中途半端な長さのまま伸びることはなく、髪の毛もトイレの水と親実装のヨダレでベチャベチャのままだ。 「デェェ……一体どうしたことデスゥ………目を覚ますデスゥ」 親実装は無理やり目を開かせようと、仔実装のまぶたをぐいと上げる。 そして、親実装は信じ難いものを見た。 仔実装の両目は、白く濁っていたのである。 「デデェッ!?」 まさか、産まれたばかりの仔が死んでいる? 親実装は慌てて他の仔の目も確認してみたが、その結果は親実装にとって、とても受け入れられない残酷なものだった。 なんと産んだ六匹の仔、全てが死んでいたのである。 「デェェーン! 一体どうしてデスゥ!? どの仔も元気な声を上げて産まれたはずデスゥゥ!」 そう、六匹の仔はどれもちゃんと産声を上げたのだから、死産ではなかったはずなのである。 親実装は血の涙でぐしょぐしょになった顔のまま、便器を覗き込んでみた。 変わったものは何もない。 便器の底が特別硬いというわけでもないし、そもそも親実装は初産ということで念には念を入れ、トイレに備え付けられていたトイレットペーパーを何重にも畳んで便器の底に敷いて、クッションまで作っていたのである。 手で水を掬って舐めてみるが、これも普通の(人間にとってはバイ菌だらけではあるのだが)水道水で、毒の類が混ざっていた様子もない。 いや、それなら水に浸かっていた仔実装たちの粘膜を舐め取った時点で、自分にも毒の影響があったはずだ。 親実装には、何が悪かったのかさっぱり分からなかった。 「デスン………デスン………どうして……………どうしてデスゥゥゥ……………」 トイレの個室内に親実装の「オロローン………オロローン………」という慟哭が響く中、 (………ククッ………クックックックック……………) 隣にある清掃用具入れの中で、必死に笑いを堪える一人の人間がいた。 ------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------- その男は、実装石が仔を産むところが大嫌いだった。 元々実装石そのものを滅ぼすべき不快な害獣としか認識していない、どちらかといえば虐殺派の人間だったのだが……… ある日、彼は仕事で帰るのが遅くなり、日付を跨いでから家路につく途中で急に便意をもよおし、立ち寄った公園のトイレで実装石の出産を目撃した。 まるでアン○ンマンのように肥え太った頬、その間にある、とても愛らしいとは言い難い醜い三ツ口、そして酷い悪臭を放つその口から伸びたミミズのような舌で、産まれたばかりの仔の粘膜をべろべろと舐め取る姿。 そして親実装と目覚めた仔実装による感動の対面という、人間にとっては虫唾が走るような茶番劇。 便意を我慢しながらトイレに駆け込んできた時点で、人間としてはかなり切羽詰った状況である。 そんなときに先客がいたというだけでイラっとするものなのに、自分が不快蟲と認識する生物にそんな見苦しい光景を見せ付けられて、理性を保てというほうが無理であった。 彼はほぼ反射的にその親実装の顔面を踏みつけて、金隠しの部分と靴底でサンドイッチするようにして頭部をグシャリと破壊すると、何が起こったのか分からないといった表情の仔実装と瀕死の親を便器の底に蹴落とし、 その上に我慢していたモノをぶち撒けて、自分の汚物と親仔をそのまま一緒に流してこの世から葬り去った。 それからというもの、男はトイレに入るたびに実装石が仔を舐める醜い姿を思い出すようになってしまった。 男が実装石をただ殺すだけの虐殺派から、実装石をいたぶることに喜びを見出す虐待派となったのはその腹いせもあったのである。 それも出産直後の親実装の目の前で、産まれたばかりの仔を殺して絶望させるのを好むという、かなり陰湿なタイプの虐待派だ。 最初のうちは公園で捕まえてきた野良実装の左目を赤いマジックで塗り潰して、グツグツと煮え滾った鍋や回転するミキサーの上で強制出産させ、産まれると同時に茹で蛆や蛆ジュースになったわが仔を 無理やり口に突っ込んで食わせるなどの虐待を行なっていた。 だが実装石という生物は、短期間のうちにあまりにも強いショックを与え続けると脳内に作り上げた楽園に精神を逃避させ、自分が口にしているものがわが仔だと認識することをしなくなって、 元々同属食いの素養があることも手伝って、ただ美味い物を食っていると思って喜びはじめてしまう。 そうならないよう、長期にわたってじわじわと苦しませつつ、もっと深い悲しみ、もっと深い絶望を与える方法として考えたのが、今回行なった方法であった。 親実装は気づいていないが、実はこの和式便器の金隠しの部分は二重になっていて、元々あった便器の上にプラスチック製のカバーのようなものが取り付けられていた。 まだ足の短い幼児が和紙便器の中に落ちたりしないよう、便器のふちを足場にできるようにしたり、金隠しの部分に掴まれるよう取っ手のついたベビー用品に似ている。 そしてそのカバーで隠すようにして、便器の奥側の端からはトイレの床と同じ色のコードが伸びていた。 コードは床から壁に沿って天井まで伸びており、一見するとウォシュレットの電源か何かのように見えるが、もちろん和式便器にそのようなものは装備されていない。 天井へ伸びたコードはそのまま隣の、男が隠れている用具入れの中ヘ続いており、そこには掃除機などを繋ぐための家庭用電源のコンセントがあった。 さらにコードのもう一方はカバーによって擬装された金隠しの内側に、ナイロンの皮膜を剥いた状態で銅線が水中に浸されている。 もうお分かりだろう。 先ほど産まれたばかりの仔実装の命を奪ったのは、男が流した電気だったのだ。 成体実装であれば家庭用電源の電圧で一瞬感電したぐらいで死ぬことはないが、産まれたばかりの仔実装となると話は別である。 塩素やカルキなどが含まれた水道水の中、しかも親実装の分泌したミネラルもたっぷり含んだ保護粘膜に全身を覆われた状態で電流を流されれば、一瞬で心臓が停止するか、全身を襲う痛みで偽石が崩壊してしまう。 また、一瞬で死ぬからこそ死体は焦げることもなく、一見何の損傷もないように見えるため、親実装は仔が殺されたということにすら気づかない。 さらに、男は仔実装の「テッテレ〜♪」という産声を合図にコードのプラグをコンセントに挿し込み、着水するときの「ぽちゃん」という音が聞こえると、すぐにコードを引っこ抜いて電源を切るというやり方をしていたため、 親実装が仔実装を拾い上げるときや、仔らの死を不審に思って便器の底を調べたときにも、何も分からなかったのである。 「デスン………デスン………」 十数分後、涙にくれていた親実装はようやく落ち着きを取り戻すと、仔らの亡骸を愛おしそうに一度だけ抱きしめ、その顔をじっと見つめると————— ————— めしゃり ————— その頭に噛み付き、死体を食らいはじめた。 これは別に糞蟲化しての行動ではない。 実装石という生物は奇形児や未熟児として産まれた仔、そして生きて産まれることのできなかった仔を食らうことで『産まれ直し』させてやろうとする習性があるのだ。 確かに親の細胞を丸々コピーし、カロリーを消費して作り出した仔の体を食らえば、体組織とエネルギーの面ではリサイクルが成り立っているので、実装石という生物に限っていえば合理的といえなくもない。 無論それを建前にわが仔を美味そうに食らう糞蟲もいるが、この親実装はそうでなはないようだ。 その証拠に、両目からは本気で嘆いているときにしか流れない赤と緑の血涙が滂沱のごとく流れっぱなしである。 親実装は仔らの死体を全て平らげると、半脱ぎで片足にかかりっぱなしだったパンツを穿き直し、トイレの個室を出て行った。 男もすぐに用具入れから出て後をつけたが、親実装の背筋はうな垂れ、その足取りはトボトボと力なく、生きる気力さえ失くしかけているのが傍目にも分かるほどだ。 それを見て、男は心底満足げに“にやり”と笑った。 ------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------- 親実装は棲み家としているダンボールハウスに戻ってからも、しばらくうな垂れたままだった。 万全の準備をして臨んだはずなのに、一体何が悪かったのか。 人間の悪意については知っていても、人間の使う文明や科学について知る術のない野良実装には、いくら考えても分かるはずはなかった。 親実装はふと涙を拭うと、誰に言うともなく呟いた。 「次こそ……次こそちゃんと仔を産むデス。そしてワタシのママのような、立派なママになるデスッ!」 指のない手で拳を握るようにグッと力を込め、決意を新たにする親実装。 だが、その声は全て男に筒抜けだった。 男は親実装が餌を探すためにダンボールハウスを留守にしている間に、ダンボールの上面にリンガルつきの盗聴器を仕掛けておいたのである。 元々は飼い実装の隠れ糞蟲を炙り出すためのものだが、ソーラー電池によって屋外からも二十四時間実装石の会話を送信し続ける優れものだ。 これによって、親実装がまだ出産を諦めていないことが男に伝わってしまった。 いや、そもそもこの親実装への虐待はまだ終わっていなかったのだ。 男は最初からこの親実装をターゲットにして、何度でも出産の邪魔をしてやるつもりだったのである。 出産を経験済みの個体はともかく、初産からずっと出産を失敗させ続ければ、その実装石は『仔を産めないのは自分の体に欠陥があるせいかもしれない』もしくは『自分はちゃんとした仔を産むことができない不具者なのだ』と 思い込むようになる。 そういう絶望を味わわせるために、男はわざわざ手間暇をかけて色々と細工をしていたのだ。 まず親元から一人立ちしたばかりの実装石に目をつけ、昼間そいつが留守にしている間にダンボールハウスを物色して、寝具となっているタオルなどにたっぷりと花粉を付着させて妊娠させる。 その後、盗聴と観察を続けて最初の出産を待つのである。 通常なら実装石の妊娠期間は一〜二週間ほどなので、さほど労力のかかることではないにせよ、ここに男の陰湿さというべきか、実装石という生物に対しての悪意が如実に表れていた。 ------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------- 十日後————— 「デッデロゲ〜♪ デッデロゲ〜♪」 先日の親実装が、ダンボールハウスの中で胎教の歌を歌っていた。 その腹の膨らみ具合から、すでに出産間近であることが見て取れる。 最初の仔を全て失った次の日、親実装は自ら花を詰んできてそれを股間にあてがい、妊娠した。 『次こそは、皆ちゃんと産んであげるから』—————そういう決意を込めての妊娠である。 胎教の歌にも、必然的に力がこもろうというものだ。 その日の深夜零時、親実装はダンボールハウスの中で「デゥゥ、デゥゥ」と唸っていた。 陣痛が始まったのである。 「く、苦しいデス………産まれるデスゥ………」 親実装は寝床にしているボロ布から跳ね起き、かつて公園に遊びに来ていた飼い実装が落としていった直角三角形の積み木を掴むと、それを持って公園のトイレへと歩いていった。 ------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------- ————— ピピーッ! ピピーッ! ピピーッ! ————— 深夜零時過ぎ、けたたましいアラーム音が男の住むアパートの部屋に鳴り響く。 近所迷惑にならぬようすぐにアラームを切ると、男はジャケットを一枚羽織っただけの姿で部屋を飛び出した。 先ほどのアラーム音は、実装石が公園のトイレに入ったことを知らせるものである。 本来なら実装石の家宅進入を防止するためのセンサーがトイレの入口に仕掛けてあるのだが、これは人間が通っても反応してしまう赤外線センサーなどとは違い、偽石サーチャーを応用したものなので、 偽石を持つ実装石以外の生物には反応しない。 男のアパートは公園からわずか徒歩一分ほどの距離なので、センサーの発する電波が部屋まで届くうえ、走ればちょうど実装石が出産体勢に入るまでに間に合うのだ。 しかも現在公園にいる実装石たちの中で、ここ数日のうちに出産するであろう個体は目当てのやつだけであることは前もってリサーチ済みである。 今、トイレに入ったのは目当ての実装石で間違いない。 ------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------- 男は公園に着くと、まずは息を整えて呼吸音を抑えられるようにする。 そしてまるで泥棒のような忍び足でトイレに入ると、二つある個室のうちの奥側、前に親実装が仔を失ったのとは別の個室のドアが閉まっていた。 目当ての親実装が閉めたのだろうか、それとも誰か人間が使用中なのだろうか? 自分が入るべき用具入れは一番手前なので、入るところを誰にも見られる心配はないが、目当ての親実装がどちらの個室にいるかは確認しておかないといけない。 通常、実装石は出産時にわざわざドアを閉めたりはしない。 それはトイレのドアというものがバネ仕掛けで勝手に開いてしまう仕様のものが多いことと、実装石の身長ではドアの鍵まで手が届かないということによるのだが、そのせいで実装石はドアがフルオープンな状態で出産することになり、 それが他の個体やマラ実装に襲われたり、かつて男が殺した実装石がそうであったように、人間に出くわして殺されたりする原因になるのだ。 しかし男の目当ての親実装は、前回の出産においてトイレのドアを閉めていた。 万が一にも同属や人間に襲われることがないよう万全を期して、大きな石を持ってきてドアストッパーにしていたのである。(逆にそのせいで、親実装は仔が殺されたなどという可能性を微塵も考えることができなかったのだが) それゆえに、今回も確認が必要なのだ。 男はそろりそろりと足を進め、ドアが開いているほうの個室の前を慎重に横切ろうとする。 もしもドアが閉まっている奥の個室を使用しているのが人間で、目当ての親実装が今回はドアを開けたまま出産しようとしていたなら、自分の存在に気づかれてしまうからである。 だが、幸いにもそちらの個室は空だった。 親実装はまたも、個室のドアを閉めて出産に臨んでいたのである。 親実装がダンボールハウスから持ち出した三角形の積み木は、ドアストッパーにするためのものだったのだ。 前回は重い石を運び込んだことで自身の体に負担がかかり、仔らを死なせてしまったのではないかと考えた親実装が、今回のために用意していたものである。 滑らないようにわざわざ自分の糞を塗り込み、それを丹念に乾燥させて表面をザラザラ・ベタベタにする加工まで施してあった。 そして前回出産に失敗した個室ではなく、隣の個室を選んだのは縁起を担いだのか、それとも前の場所に何らかの不具があると考えてのゆえか。 いずれにせよ、親実装の本気が伺える。 とはいえ、男にとってそれは何の意味も持たないことだった。 使う個室を変えたところで、電気を流す仕掛けはどちらの個室にも用意してあるのだ。 男はただ、前回と同じタイミングで同じことをするだけだ。 出産の体勢に入る前に、親実装は便器の中を慎重に検めた。 大丈夫、前と同じで何の異常もない便器、何の異常もない水だ。 いや、『前回と同じ』ということが、ある意味すでに異常であることの証左であるともいえるのだが、いくら慎重な性格とはいえ、元々の知能が低い野良実装はそれに気づくことができない。 さらに備え付けのトイレットペーパーを何重にも畳んで便器の底に沈め、仔が潰れてしまわないようにクッションを作る。 これも前よりも倍ほどの厚みを持たせたうえ、沈める前に舌でひと舐めして毒がないか確認した。 陣痛で顔中から脂汗を流しながらもそんな作業を続けられたのは、ただひとえに『仔を産みたい』という意思ゆえである。 親実装は前回と同じように便器を跨ぐと、金隠しの上に乗せるようにして両手をつき、歯を食いしばって痛みに耐える。 「デッヒッフー……………デッヒッフー……………」 必死で痛みを抑える呼吸法を行うが、その痛みは人間が出産のときに感じるものと大差ないほど凄まじいものだ。 人間が脳内麻薬を分泌させて痛みを和らげるように、実装石は『幸せ回路』を最大限に働かせて痛みから意識を切り離す。 (絶対にママになるデス………たくさん仔を産んで、立派なジッソウセキに育てるデス………ワタシの仔ならきっとみんな可愛いに違いないデスから、ニンゲンさんに飼ってもらうことだってできるかもしれないデス……… そうしたら、一緒においしいゴハンを食べるデス………一緒におウタをウタうデス………) 幸せな未来を思い描くことで、ほんのわずかながらも痛みが麻痺した瞬間を見計らい、下腹部に力を込める。 「フンヌゥゥゥゥゥ……………デェェアァァァァァァ!!!!!」 親実装の咆哮とともに、総排泄孔から最初の仔が飛び出した。 「テッテレ〜♪」 ————— ぴちゃん —————(ジジッ……) 元気な仔実装の産声。 (やったデス! こんどこそ上手くいったデスゥ!) 親実装はすぐさま出産の体勢を崩し、便器の中に産まれ落ちたわが仔を拾い上げようとする。 まだ腹の中にたくさんの仔がいることは分かっていたが、兎にも角にも、最初に産まれた仔の安否を確認したかったのだ。 だが————— 「デ、デデェッ!?」 仔の粘膜を舐め取ってやろうとして、親実装はまたも残酷な事実に気づいてしまう。 元気に産まれたはずの仔実装は、またも両目を白濁させて死んでいたのだ。 「デェェーッ!? ま、またデスゥ? 一体………一体どうしてデスゥゥゥ!」 千切れんばかりに頭を振って半狂乱になる親実装。 しかし悲しんでいる場合ではない。 まだ次の、そしてそのまた次の仔が産まれようとしているのだ。 考えた末、親実装は体勢を変えることにした。 敵を威嚇するときのように四つ足で便器を跨ぎ、総排泄孔を便器の奥へと向ける。 これなら産まれた仔は便器の一番深いところに着水するので、絶対に衝撃は加わらないはずだ。 「デヌゥゥゥゥ……………デシャアァァァ!!!!!」 「テッテレ〜♪」 ————— どぽん —————(ジジッ……) 仔実装の産声を確認すると、親実装はすぐさま振り向いてわが仔を拾い上げる。 しかしこの仔もまた、抱き上げたときにはすでに死んでいた。 「デェェーン! ………どうして……どうしてデスゥ………!」 男が流した電流によって仔実装が感電するときのわずかな音は着水時の音でかき消され、万が一仔実装が悲鳴を上げたとしても、顔から産まれて着水する仔実装の口はその時点で水中にあるため、それもかき消されてしまう。 そのため親実装には仔がいつ、どのようにして死んでしまうのか気づくことができないのだ。 親実装はトイレの床をバンバンと叩いて悔しがるが、現実は何も変わらない。 それならばと、親実装はとんでもない策に出た。 なんと便器に向けて仔を産むのをやめ、壁を支えにして逆立ちを始めたのである。(手が頭の上に届かないため、三点倒立ならぬ頭だけの一点倒立にしかなっていないが) おそらく空中に向かって発射するように仔を産み、それを落下する前に自らキャッチしようというのだろう。 「デギャァァァァァァッス!!!!!」 ————— ぽんっ! ————— 親実装の叫びとともに、保護粘膜に包まれた親指実装がまるで花火のように打ち上げられる。 「デェェーッ!」 親実装はそれを、まるでママさんバレーのおばさんがボールを回転レシーブしようとするかのように拾いにゆく。 だが、頭と体のバランスが悪い実装石が逆立ちの姿勢から慌てて立ち上がり、遅い足でドテドテと追ったところで、上手くいくはずもなかった。 「テッテレ〜……………? レビュ………!」 打ち上げられた親指実装は引力に従って落下し、なんとスライディングして突っ込んできた親実装の頭に激突して潰れ、その頭頂部に赤と緑の花を咲かせた。 「デェェーーーン!!! また仔が死んでしまったデズゥゥゥ!!!」 親実装の心底悔しそうな叫びがトイレ中に響き渡る。 傍から見てもこれはキツい。 今までのように原因不明ならともかく、親指実装だったとはいえ、ちゃんと健康に産まれたはずのわが仔を、明らかに自らの失敗で失ってしまったのである。 (プッ……………クククク………ど、どこまで楽しませてくれるんだコイツ………) 親実装の嘆きとは対照的に、スマホ用の自撮り棒に取り付けた鏡で個室の中の様子を上から覗いていた男は、腹を抱えて笑いを堪えていた。 結局、親実装は普通の体勢で出産を続け、その日もう一匹蛆実装を産んだが、それも男の仕掛けによって死亡した。 今回産まれたのは仔実装二匹と親指実装、蛆実装がそれぞれ一匹ずつ。 四匹と少なめのうえ、未熟児である親指や蛆が混ざっていたのは、前回の出産からあまりスパンが開いていないせいで偽石力の回復がまだ完全ではなかったことと、妊娠期間そのものの短さによるものだろう。 そして前回と同じように、親実装はうな垂れてダンボールハウスへと戻っていった。 その後姿を見送った男は、作戦を次の段階に移すかどうかを慎重に考える。 「………次あたりでそろそろいいかな」 ------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------- それから数日経ったが、親実装は再び妊娠しようとはしなかった。 男の目論見どおり、仔を産めないのは自分の体に何か欠陥があるせいであり、自分はちゃんとした仔を産むことができない不具者なのだと思い込んだのである。 こうなれば次の作戦に入る準備は万端だ。 男はまたも親実装の留守を見計らい、ダンボールハウスの中にあるタオルに花粉を仕込んでおいた。 そして数日後、親実装は再び妊娠する。 (もう死んでゆくだけの仔を産みたくないデス………) 親実装はそう思ったが、右目の色を強制的に赤色に戻して妊娠をなかったことにするなどという方法は、人間の世界でしか知られていない。 そこで親実装がとった行動は、胎教の歌で産まれる前に仔を処分することだった。 「デッデロゲ〜♪ デッデロゲ〜♪」(コドモなんていらないデス〜♪ お前らみんな死んじまえデス〜♪) 「デッデロゲ〜♪ デッデロゲ〜♪」(オヤユビちゃんなんていらないデス〜♪ 産まれないでいいデス〜♪) 「デッデロゲ〜♪ デッデロゲ〜♪」(ウジちゃんはできそこないデス〜♪ 産まれてきやがったら食っちまうデス〜♪) こういうネガティブな意味の胎教を聞かされると、胎内の仔は偽石の力を吸い取られて成長できなかったり、保護粘膜の力が失われて消化されてしまったりする。 (まずいなこりゃ………ちょっと追い込みすぎたか?) 盗聴器から流れてくる胎教の歌を聞きながら、男は少々あせっていた。 これで一匹も仔が産まれなかったら、計画が台無しだ。 それからというもの、男は毎日親実装の体調を管理した。 まず夜中に親実装のいるダンボールハウスを訪れ、眠っている親実装にさらに実装ネムリのスプレーを嗅がせて起きないようにする。 そうしておいて右目の色をチェックし、胎内の仔がみな溶けて死んでしまっていないかどうかを確認し、偽石サーチャーで胎児の数をチェックした後、親実装に活性剤を注射して偽石力を高めさせるのだ。 それを一週間ほど繰り返すと、ようやく親実装の両目は赤く染まった。 ------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------- その夜、トイレの個室の中で、親実装は気だるそうにしゃがみ込んでいた。 陣痛は始まっているが、産む気そのものが起きないのである。 とはいえ、我慢していれば埒が明くようなものでもない。 親実装は仕方なく出産のポーズをとると、まるで便秘の糞でもひり出すかのように投げやりな気分でいきみ始めた。 前はあれだけ周到な準備をして出産に臨んでいたのに、今は「さっさと全部出てしまえ」とでも言わんばかりの雑な力の込め方だ。 「どうせ産まれてもまたすぐに死ぬデス………だったらおニクとして美味しくいただいてやるデスから、さっさと出てこいデッシャァァァ!!!!!」 親実装の咆哮が個室内に響き渡り、それと同時に 「テッテレ〜……」 ————— ぽちゃん —————(ジジッ……) 「テッテレ〜……」 ————— ぽちゃん —————(ジジッ……) 「テッテレ〜……」 ————— ぽちゃん —————(ジジッ……) 三匹の仔実装が次々と産み落とされ、便器の底に着水した。 仔らの産声があまり喜びに満ちているように聞こえないのは、母親の胎教がネガティブなものだったせいだろうか? そして親実装がさらに一息踏ん張ると、胎内に残っていた最後の仔が総排泄孔から飛び出した。 「テッテレ〜……」 ————— ぽちゃん ————— 最後に産まれたのは、親指実装であった。 親実装は「デフー………デフ………」と荒い息を吐いていたが、のそのそと起き上がると、便器の底に落ちた四匹の仔らを拾い上げた。 何かを期待してのことではない。 亡骸を食らって、ただ一刻も早くこの仔たちのことを忘れたかったのだ。 案の定、仔実装は両目を濁らせて死んでいた。 ————— むしゃり ————— まずは最初に産まれた仔を食らう。 ————— めしゃり ————— 次に産まれた仔。 ————— ぞぶり ————— 三匹目の仔を食らう。 そして最後に産まれた親指実装を食らおうと、親実装が口を開けたそのとき—————奇跡が起こった。 「………レチィ………」 死んだと思っていた親指実装が目を開き、鳴き声を上げたのである。 「デデェェッ!?」 親実装の驚きようは尋常ではない。 飛び出さんばかりに両目を見開き、トイレ中に響き渡るような声で叫んだ。 「レェ………マ……マ?」 「デェェッ! い、生きてるデス………? ちゃ……ちゃんと産まれてくれたデスゥゥゥッ!?」 親実装は思わずその仔を抱きしめた。 「レェェ………ママ、くるしいレチ」 「デッ!? ゴ、ゴメンデスゥ」 「そんなことより、はやくこのベトベトをナメナメしてほしいレチ」 そうだ、このままではせっかく産まれた仔が蛆実装になってしまう。 親実装は慌てて親指実装の頭や体に付着した保護粘膜を舐め取ってやった。 すると、親指実装の手足はみるみるうちに伸び、亜麻色の後ろ髪もふわりとボリュームが出たかと思うと、先端だけがクルクルと巻いて縦ロールになっていく。 あっという間に、親指実装は実装石本来の姿になった。 「ママ、はじめましてレチ。これからよろしくおねがいしますレチ」 親指実装はくるりと横に一回転すると、バンザイをするように両手を上げて挨拶する。 それを見つめる親実装の瞳は、赤と緑の涙で溢れかえっていた。 今までの絶望の涙ではなく、歓喜の涙だ。 望みに望んだわが仔との対面が、ようやく叶ったのだ。 「オロロ〜ン! オロロ〜ン!」 親実装は再び親指実装を抱きしめると、大声を上げて泣いた。 ------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------- 親実装に起こった奇跡も、人間から見ればただ当然の結果でしかない。 ただ偽石サーチャーで前もって胎児の数を確認していた男が、最後に産まれた親指実装のときだけ電気を流さなかっただけの話である。 仲睦まじい実装石の親仔というものを何よりも嫌悪し、親実装から仔を奪って絶望させるのが大好きな男が、なぜこのような真似をしたのか。 もちろん親実装に慈悲をかけたわけではない。 今までのように、ただ産まれたばかりの仔を殺して親を絶望させるというやり方に飽きていた男が、最初から計画していたことなのだ。 何度も出産を失敗させ、自分はまともに仔を産めないのだと親実装に思い込ませたうえで、最後に一匹だけ健常な仔を産ませる。 そうすれば親実装は必然的に唯一の仔を溺愛し、自分の生き甲斐だと思うようになり、その仔を殺せば親実装にさらなる絶望を与えることができるというわけだ。 要は落としてから上げ、再び落とすという『上げ落とし』なのだが、この状態になった親仔というものは天然ではなかなか見かけられないため、男はさほど好きでもない養殖(人間が実装生を演出・操作する)に踏み切ったのである。 ------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------- それから四ヶ月、男は実装親仔の様子を監視し続けた。 虐待派にとっては虫唾の走るような親仔のやりとりを盗聴し続けるのは苦痛を伴ったのだが、実装石というものの生活にはあまりにも危険が多い。 くだらないことで親仔が死んでしまっては元も子もないので、そうならないよう不本意ながらも親仔を守る必要があったため、監視も怠るわけにはいかなかったのである。 ターゲットの親仔が他の個体に襲われそうになれば物陰からスリングショット(パチンコ)でそいつの頭を撃ち抜き、自分以外の虐待派が公園にやってくれば観察中であることを説明してお引取りいただき、 親が餌を取れなかったときには、さり気なくダンボールハウスの近くにコンペイトウを落としておいたりもした。 そうして冬が終わるまであと一ヶ月という頃、親指実装として産まれた仔は、ちょうど春がやって来る頃には成体になれそうなほどに成長していた。 すでに鳴き声は「〜テチ」になって久しく、あと数日もしないうちに「〜テス」と鳴く中実装となるだろう。 (……そろそろ“収穫”してもいい頃だな) 男はいよいよ計画を実行に移すことにした。 ------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------- 公園の真ん中にある噴水で、実装石の親仔が体を洗っていた。 まだ水を使うには早すぎる季節ではあるが、今日は特別暖かかったので、親実装は久しぶりに娘の体を洗ってやろうと思ったのである。 水を吸ったら簡単には乾かない髪は洗ってやれないが、水を含ませた古い新聞紙で体を拭ってやることはできる。 親実装は裸になった仔実装の体を隅々まで拭いてやると、風邪を引かないようすぐに薄汚れた服を着せてやった。 せっかく綺麗にした体に洗濯した服を着せてやれないのが残念だが、さすがに濡れたままの服を着せるには寒すぎる。 「デェ……もうすぐあったかい日が続く『春』というものが来るデス。そうしたらお服も髪もキレイに洗ってあげるデス。それまでもう少しの辛抱デスー」 「ママのおかげで今のままでもじゅうぶんキレイテチ」 「もっともっとキレイになるデス。そしたらいつか優しいニンゲンさんに飼ってもらえるデス」 「ニンゲンさんに飼われたら、どうなるんテチ?」 「いつもあったかいお家で暮らせるデス。ゴハンもお腹いっぱい食べられるデスゥ。オフロという温かいお水に入れてもらって、髪も体もいつもキレイキレイデスー」 「すごいテチー!」 親実装自身、親から胎教の歌で教わったことであり、実際にどういうものか知っているわけではない。 しかし、この親実装は自分が絶望していたせいで仔にきちんとした胎教をしてやれなかったことを悔やんでおり、普段からこうして夢のある話を仔に聞かせてやるのが日課だった。 「ママ、オフクをぬいで後ろをむくテチィ」 「デッ? どうしてデスゥ?」 「こんどはワタチがママのセナカを洗ってあげるテチ」 「デデェッ!? な、なんて優しい仔デスゥ………本当に……本当にお前はいい仔に育ったデスゥ………」 実装石親仔のあまりにも微笑ましい光景。 それを木陰から窺う一人の男がいた。 仔実装が水を含ませた古新聞で親実装の背中を拭い、親実装が涙を流して喜んでいる光景………虐待派にとってはもはや我慢の限界である。 男はすぐにでも飛び出して行って仔実装を叩き潰してやろうかとも思ったが、親に最大級の絶望を与えてやるためにはそれではいけない。 それに相応しいやり方というものがあるのだ。 男は理性を総動員して衝動に耐え続けた。 親仔が久方ぶりの行水(?)を終え、服を着て噴水の縁から降りる。 そして棲み家であるダンボールハウスへと戻るために歩き出したところで、男は行動を開始した。 亀のように遅い実装石の歩みに合わせて、追い抜かないようにこっそりと親仔の後をつけてゆく。 家路を急ぐ親仔の行く手に、とんでもないものが見えた。 実装石であれば例外なくその誘惑に屈してしまう甘味………ご存知コンペイトウである。 男が前もって仕掛けておいたものだった。 「テェェ! ママ、コンペイトウテチ! コンペイトウが落ちてるテチィ!」 たちまち仔実装が親実装の手を離れ、単体で走り出す。 「デェッ!? ま、待つデス! 走っちゃ危ないデスゥ!」 親実装が心配しているのは仔が転ぶことであって、こんな場所にいきなりコンペイトウが落ちていることについては全く不審に思っていない。 男がちょくちょくダンボールハウスの近くにコンペイトウを落としておいたのは、このときのためでもあったのだ。 男は歩みを人間本来のものまで速め、ずんずんと歩いていく。 そして親実装を斜め後ろあたりから追い抜くと、仔の存在には全く気づいていないという風を装って————— ————— めぎゅっ! ————— 「ギュベ………!」 あっさりと、あまりにもあっさりと仔実装を踏み潰した。 三十センチ足らずの足で、ほぼ同じサイズの仔実装を踏み潰して何も感じないはずはないのだが、男は何事もなかったかのように歩みを進める。 「デ……デデッ?」 何が起こったのか、親実装には分からなかった。 目の前を大きな影が横切ったかと思ったら、大事な仔の姿が消えている。 仔がいたはずの場所にあるのは、薄汚れた布の塊と、鮮やかな赤と緑のシミだけ。 近寄って見てみると、地面には肌色をした四つの肉片が落ちていた。 それが男の足からはみ出した仔の手足であると気づくまで、普通ならそれほど時間はかからなかっただろう。 だが、親実装の幸せ回路—————否、脳そのものが、それを理解することを全力で拒んでいた。 「………デ? デェェ………?」 まだ地面に染み込んでいない赤と緑の汁に埋もれているのは、見慣れた汚れの付着した布。 そして、自分のものと同じ亜麻色の—————毛髪。 そこまで確認して、親実装は扁平に潰れた目の前の肉塊がわが仔の変わり果てた姿だと、ようやく理解した。 「………デ……………デデッ……………デェェッッッ……………!」 肉塊を頭のほうからそっと引っ張ってみると、べりべりと地面から剥がれる。 さらに、使い込みすぎて剥がれた靴裏のゴムのようなそれを裏返してみると、顔だった部分の左右に破裂したイクラのような赤と緑の粒が見えた。 それが、かつて自分に向けられていたわが仔の瞳であると気づいた瞬間、親実装は—————キレた。 「デ……………デッギャアアアアアアアァァァァァァァァァァァァ!!!!!!!!!!!!!!!」 公園中に響き渡るのではないかと思われるほどの凄まじい絶叫。 それを聞きながら、男は自分の口角が吊り上がりそうになるのを必死で堪えていた。 その顔はまさに「だ……駄目だ……まだ笑うな………堪えるんだ」のときの夜○月そのものだ。 これこそが、男のやりたかった最高の殺し方である。 親実装の実装生を操作し、演出するここまでの展開そのものは手が込んでいるというレベルではないほど手が込んでいるが、仔実装の殺し方には手の込んだ演出はいらない。 あくまで実装石らしく、唐突に、不幸にも(実際には演出なのだが)、とことんくだらない理由で、あっさりと死なせる。 それでこそ、親実装を発狂させることができるのだ。 そう、あくまで虐待のメインは親実装なのである。 「デギャァァウ!? デギャァァァァァァァァァッス!!!!!!!!!!!!!!!」 そして男は、いかにも叫び声で気がつきましたとでも言わんばかりのとぼけた顔で、親実装のほうを振り返った。 「うるさいなあ………何だ? 実装石か?」 男はあくまで偶然通りかかっただけの人間、そして仔実装を踏み潰したことには気づいていないという体裁を演じている。 その姿を視界に捉えた親実装は、幽鬼のようにふらふらと男に近づき、実装石とは思えない般若のような形相で喚きたてた。 「ど……どうしてデスゥ………! どうして……………どうしてワタシの仔を殺したデスゥ!!! あの仔は………あの仔は………仔のできなかったワタシがカミサマから授かった唯一の仔だったデスゥ!!! ワタシの言うことをよく聞くとても賢い仔だったデス! ワタシの背中を洗ってくれたとても優しい仔だったデス!!! ワタシの宝物だったデスゥゥ!!!!! ………返すデス! ワタシの宝物を返すデス!!! 返せ……………返せデッシャァァァァァァァ!!!!!!!!!!!!!!!」 男はその剣幕を目にしても全く恐れることはなく(恐れる必要もないが)、むしろニヤニヤと親実装を見下ろしていた。 それがより一層親実装の感情を逆撫でする。 (そうだ! そうだ! その顔だ! その、憤怒と絶望がマグマのように溶け合った顔………それこそ俺が見たかった顔! それでこそ実装石の顔だ!) 親実装は仔を踏み潰した男の靴に噛み付き、まるでワニがそうするように体を回転させて食いちぎろうとするが、あまりにも非力すぎて首を捻るのが精一杯だ。 さらに地面に手足をべったりと着いて引っ張るが、これまた何の効果もない。 「ふん」 男が強めに足を引っ張るとと、地面を掴んで張り付いていた親実装の前歯はへし折れ、引き抜かれ、全てが抜け落ちて地面に飛び散った。 「デベャァッ!?」 口からぼたぼたと血を流し、地面をばんばんと叩いて悔しがる親実装。 その背後に、男が悪魔のような笑みを浮かべて忍び寄る。 「ああ、俺が仔を踏み潰しちゃったのか。すまなかったね。(棒読み)お詫びにこれをあげよう」 そう言って男は、ポケットからピンク色のコンペイトウを一粒取り出した。 「ふ、ふダけんな(ふざけんな)デジャァァ! ぞんなもんでヴァダシ(私)の仔をゴロジだ(殺した)ヅグナイ(償い)になるど思っでるデズガァァァ!!!」 歯が折れているため、何を言っているのか少々分かりづらくなっているが、親実装はもの凄い剣幕で男に喚き散らす。 「まあまあ、そう言わずに……………」 男は親実装の抗議を完全に無視して、歯のなくなった口に無理やりコンペイトウを突っ込み、頭を押し潰さんばかりに圧迫して強制的にそれを飲み込ませた。 「ンンーーーッッッ!!! ウンウーーーーッ!!!!!」 コンペイトウが飲み下されると、親実装の顔がみるみる青くなり、次いで赤くなっていく。 そして————— 「デゲッ………! デゲォェアァァァァァァァァァァァ!!!!!!!!!!!!!!!」 親実装が腹部を押さえ、地面を転がり始めた。 「お、さっそく効いてきたな」 もうお気づきのことと思うが、男が親実装に食わせたのはただのコンペイトウではない。 実装マグマ—————総排泄孔と喉を強制的に収縮させ、上からも下からも糞を排泄できないようにした後、急速に異常発酵させた糞と薬品そのものの化学反応によって凄まじい熱を発生させる虐待用の薬物である。 これを飲んだ実装石はまさにマグマで腹の中を焼かれるような地獄の苦しみを味わうのだが、この薬品の恐ろしいところは、そんな極悪な効能を持ちながらも非致死性という点だ。 仔実装以下の幼生体に使えば確実に偽石が崩壊して死んでしまうが、成体実装なら偽石が崩壊するかしないか、ギリギリの苦痛を与えて長時間苦しめることができるように調合されている。 「デギャァァーーーーーーー!!!!!!!!!! ギュェァァーーーーーー!!!!!!!!!!」 糞袋の中が焼かれているのか、親実装は口と総排泄孔の両方から2ストエンジンのごとき白煙を上げながら転げ回っている。 それが十分近く続き、ようやく煙がおさまってきたときには、親実装はもはや虫の息だった。 「デヒュー……………デヒュゥゥゥ……………」 「あっはははは! いい感じに腹の中が焼けたみたいだな。可能性を諦めさえしなければ、次はちゃんとした仔が産めたかもしれないのに」 そう、親実装が出産に失敗し続けたのは男の妨害によるものだったのだから、男の興味が失せるまで生き延びさえすれば、普通に仔を産むことも不可能ではなかったのである。(男にそうさせる気は毛頭なかったが) だが、その可能性はもはや永遠に失われた。 さらに男はトドメを刺すため、親実装の耳元まで顔を近づけて、小さな声で囁いた。 「そんな風に糞袋が焼け爛れちゃったら………もう永遠に仔なんて産めないな♪」 「デギ………!」 親実装の心、すなわち偽石はすでに崩壊寸前だった。 最愛の仔を奪われた時点ですでに崩壊してもおかしくない精神的ダメージを負っていたのだから、本来なら実装マグマの苦痛に耐えられるはずはなかったのだ。 それを打ち消してプラスマイナスゼロの状態にまで均衡を保ち、実装マグマによる致死ラインギリギリの苦痛に耐えさせたのは、ひとえに男への怒りによるものだった。 だが、それも腹を焼かれる苦痛によって意識の外に追い出されてしまった今、親実装の精神を支えるものは何もない。 ————— ぴしっ ピキッ ぱきり ————— 親実装の体内で、偽石にいくつもの亀裂が走る。 「……………何か言い残すことは?」 「イヤ………デス………コドモ………産むんデス………………」 「くっふふふふ………じつに実装石らしい惨めな断末魔、ありがとう……………もういいぞ、あの世で俺が殺したお前の仔“たち”と再会するといい」 「デッ………!」 最後の最後に、親実装は知った。 こいつだ。 方法は分からないが、こいつが産まれたばかりの仔らを殺したのだ。 だが、再び怒りを燃え上がらせても、体と偽石に負ったダメージはもはやどうすることもできない。 —————悔しい。 —————口惜しい。 —————くやしい。 仔らの仇を目の前にして何もできないことが、このまま死ぬことしかできないのが—————ただ、悔しい。 「デ………ググ………グギュゥゥゥ……………」(………パキン) 親実装は歯のない口を力の限り噛み締め、頬と目元、そして存在しない眉根を怒りでグシャグシャに歪めた表情で、絶望の黒い涙を湧き水のように溢れさせて、そのまま両目を白濁させて絶命した。 男は地面にしゃがみ込み、死んだ親実装の顔を愛おしそうに眺め続けていた。 「……………ああ……………いい貌だ。虐待派のために実装石が見せることのできる、最高の貌だ。長い時間をかけた甲斐があったぜ」 男はそう呟いて立ち上がると、親実装の体を仔と同じように満遍なく踏み潰した。 そして少し離れた場所に歩いてゆき、そこにあったダンボールハウスから別の成体実装を捕まえて、元いた場所に戻ってきた。 「デデッ!? な、何をするデスゥ! もしかしてワタシを襲う気デス?」 空気の読めない成体実装が胸と股間を隠して恥らうのに殺意を覚えつつも、男は懐から赤い目薬を取り出して成体実装の左目に点眼した。 「デェェェッ!?」 たちまち強制出産が始まり、成体実装の股間から無数の仔が産み落とされる。 「テッテレ〜♪」 「テッテレ〜♪」 「テッテレ〜♪」 「テッテレ〜♪」 「テッテレ〜♪」 「テッテレ〜♪」 妊娠期間を経ていない強制出産なので、産まれてくるのは全て蛆実装だ。 「レフ〜……ママはどこレフ? ウジチャオナカすいたレフ」 「レ? こんなところにおニクがあるレフ。これはきっとウジチャのためにヨウイされたゴチソウにちがいないレフーン♪」 「おいちいレフ。おニクおいちいレフ〜」 蛆実装たちは産まれて間もないにもかかわらず、すぐさま本能に従って先ほど死んだ親実装の死体を食らい始めた。 男が親実装の死体を蛆実装の餌にしてやったのは、自分を楽しませてくれた親実装へのせめてもの供養のつもりだろうか。 「ふん!」 「デギャッ!?」 男は蛆たちの本当の母親である成体実装をそのへんの木に叩き付けてあっさりと殺すと、蛆実装たちをそのままにして公園を後にした。 蛆実装たちはなおも親実装の肉を食らい続けていたが、すぐに別の個体がやってきて全員食われてしまうだろう。 いや、腹が膨れた時点で自分たちが放置されていることに気づいて寂しさのあまりにパキン死するか、誰も食後の“プニプニ”をしてくれないストレスで死ぬ可能性のほうが高いかもしれない。 いずれにせよ、親実装の死体が蛆実装の餌となった意味は全くなくなるだろう。 訂正しよう、男が親実装の死体を蛆実装の餌にしたのは、決して自分を楽しませてくれた親実装への供養のつもりなどではない。 わずかな間だけ『他石の仔とはいえ、せめて仔(蛆)の血肉となることで役に立てた』という意味を与えておいて、それを水泡に帰すことによって、死んだ親実装の魂までも上げ落とす意図だったに違いない。 つまりは親実装の死に、一切の救いを与えないつもりだったのである。 男の陰湿さは、もはや病的なレベルであった。 実装石の命というものはあまりにも儚く、その死はほとんどが無意味で無価値なものに終わる。 実装石の命が何かの役に立つことがあるとするなら、それは相手が愛“誤”派にせよ虐待派にせよ、人間の都合で運命を弄ばれ、人間の犠牲になるとき以外にはないというのが男の持論であった。 (そうだ、次は『母親からたくさん仔を産み、家族を増やすことを託された仔』の片目を焼き潰して、妊娠できないようにしてやるというのはどうだろう? 自分たちの血脈、未来が絶たれたと知ったとき、 そいつがどんな顔を見せてくれるのか楽しみだ………そのためには、どうやってそうなるよう仕向けるか………) 男はすでに次の虐待を考え始めている。 実装石の運命を“演出”する計画を練りながら、男はスキップせんばかりの軽い足取りで家路を歩いていた……… -END- ------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------- あとがき 今回はとことん陰湿で粘着質な、コテコテの虐待派を描いてみました。 最初は『便器の水に電気を流して産まれたばかりの仔を殺す』というだけのプロットだったんですけどね。 どうしてこうなったのか………もしかしたら今回の主人公は、作者の投影なのかもしれません。 本来なら、今回のようなバックボーンや性格を持つ実装石というものは天然モノに限るという人が多いでしょうし、作者自身もそうなのですが……… やはり『そういうやつばかりを狙って殺す』という虐待派を描くとなると、どうしても“演出”が必要になってしまうのが残念なところですね。(その方法を考えるのも面白いんですが) まあ実装石自身はそういった“演出”に気づくことができない愚かな生物ですし、人間の意図にただ振り回されるという憐れな部分も虐待の味つけとして個人的には気に入っておりますが。 何より、最後にネタばらしをしてやるのもまた虐待の一つになり得ますし……… そのうちまた天然素材の実装石を〆る話もあるかと思いますので、またしばらくお待ち下さい。

| 1 Re: Name:ジグソウ石 2016/08/28-23:04:53 No:00002501[申告] |
| 2 Re: Name:匿名石 2016/08/29-15:59:43 No:00002502[申告] |
| こういう手が込んだ演出、俺嫌いじゃ無いぜ(かっこいいポーズ)
普通にやったらチリィナマモノなのでこう言った創意工夫と焦らしプレイを実装虐待には求めてしまう |
| 3 Re: Name:匿名石 2016/08/29-23:50:56 No:00002504[申告] |
| いくら人間を恨もうとも無力に死んでいくしかない実装石、うーーん美しいっっ(愉悦 |
| 4 Re: Name:匿名石 2016/08/30-10:52:33 No:00002506[申告] |
| おつかれさま!と言いたい。 |
| 5 Re: Name:匿名石 2016/09/18-02:17:02 No:00002534[申告] |
| 久々に王道の虐待モノを見られて楽しかったよ!
この虐待師の次なるプラン「片目焼き潰し」もぜひ見てみたいね。 |
| 6 Re: Name:匿名石 2016/10/01-22:51:16 No:00002552[申告] |
| 陰湿とか恨みとか怒りとかいうけど
そもそも糞蟲が人様の施設たる公園に住み着き、あまつさえ正当な利用者がトイレを利用する邪魔をしたのが悪いんだから自業自得なんだよなあ 他石? 同じ種族なうえに同じようにトイレを占有しやがる時点で同類扱いされて心まで魂まで虐殺されて当然だよ |