タイトル:【愛】 マイちゃんの愛護日誌 ~野良一家の七日間愛護・前編~
ファイル:愛護日誌4.txt
作者:みぃ 総投稿数:41 総ダウンロード数:1233 レス数:2
初投稿日時:2016/08/04-00:59:33修正日時:2023/02/02-21:02:21
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 こんにちは、桐野マイです。
 ご無沙汰していましてごめんなさいです。

 突然ですが、みなさんは漫画って読みますか?
 私はこう見えて少女漫画が好きで、特にお母さん世代くらいの古い作品をよく読んだりするんです。

 その中にお気に入りの一作があってですね。
 主人公の憧れる男の子がちょっと不良っぽくてこわい雰囲気なんですけど、
 ふと優しいところを目撃して、それから段々と好きになっていくっていうわりとオーソドックスな話なんですが……

 その優しさを表すシーンにですね『捨て猫に餌をやる』っていうシーンがあるんですよ。
 普段は怖い不良がたまに見せる優しさ……そういうのって、普通の女の子ならキュンって来ちゃいますよね?
 いえ、私はしませんが。
 問題はそこじゃなくてですね、その良いことをしているはずの不良の子が別の年上の女性から責められちゃうんですよ。
「責任持って飼えないならそんな優しさは残酷なだけだ!」って。

 別に漫画に文句を言うつもりはありませんけど、それって変だと思うんですよね。
 だって、少なくともその猫たちは美味しいモノを食べれて幸せな気分になったじゃないですか。
 確かに明日からの命が保障されるわけじゃありませんけど、間違いなくその日は飢えることなく生命を長らえたんです。
 無責任な愛護とはいえ、確かに一時的な助けにはなったわけです。

 逆に聞きたいんですが、一度助けてあげたからって明日からの責任も負わなくちゃいけないんですかね?
 気まぐれで優しくしてあげて、その後の責任まで引き受けろってそれはむしろ無責任な部外者の勝手だと思いませんか?。

 まあ、本人はそれで『自分が優しい人』たと勘違いするのが目的だったのかもしれませんけど。
 私は愛護派ですが、自分を優しい人間なんてこれっぽっちも思ってません。
 自分の都合で実装ちゃんに優しくしますし、自分の都合で実装ちゃんをころします。

 でも、一時たりとも優しくできない人に「それは偽善だ」と語る資格がありますかね?
 
 ……なんて風に思っていました。あの時までは。
 今回のお話は、自分でもちょっと思い出したくない失敗のお話です。
 それでは、本編をどうぞ。 




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   1

「ふえ〜う……ふゆぅ〜ぉう……」

 お客さん待合用のテーブルに突っ伏して嘆いていると、目の前に人の気配がしてコトリと何かが置かれる音がしました。
 顔を上げれば暖かい湯気が立った湯飲みが置いてあります。

「うう〜、ありがとう店長さん」

 私は店長さんの気づかいに感謝してお茶に口をつけます。

「……別に良いけど、女子高生が夏休みの昼間から実装ショップに入り浸るってのはどうなんだ」
「だってぇ、私のこの悲しみをわかってくれるのは店長さんくらいじゃないですかあ!」
「やれやれ……」

 私はいま行きつけの実装ショップに来ているのです。
 すでに昼過ぎですが朝からもうずっと泣きっぱなしです。
 ちなみに開店中ですがお客さんはこれまで一人も来ていません。

「仔実装……まだ親指か? どっちにせよ一匹死んだくらいで大げさな。いつも派手に殺してるじゃないか」
「だってえ! こんな死に方とか初めてなんだもん! 
 まだ楽しいことも辛いことも知らないまま逝っちゃったコミドリが可哀想で可哀想で……!」

 そうなのです。先日、この店でセール品として買った親指実装ちゃん『コミドリ38世』が死んでしまったのです。
 十分に育ててから命を輝かせてあげたわけではありません。完全な事故死でした。

 だって、夜中に寝惚けてトイレに降りたらコミドリも寝惚けて廊下で寝てるんだもん!
 こっちも半分夢の中だったし真っ暗な中で親指ちゃんが横たわってても気づけませんよ!
 あわれ、家にお迎えしてまだ三日目のコミドリ38世ちゃんは、染みとなって雑巾と一緒に今朝のゴミ収集車にドナドナされていったのでした。

「38匹飼っててこんなの初めてだし……くやしい……」
「またセール品を買いに来れば良いじゃないか。明日、奥の出産石に大量に産ませるからさ」
「うう……そうしたいんですけど、今は実装ちゃんを飼う気分じゃないんです……」

 あまりにもショックで、実装ちゃんを飼う自信をなくしかけている私なのです。
 そんな私が珍しいのか店長さんは邪魔だと追い出すこともなく苦笑しています。
 もちろん今は仕事中なので、業務用フードの段ボールを開けて商品棚に並べつつ私の相手をしてくれているのですが。

「ねえ店長さん、この店ってバイトとか募集してません? 
 いまとっても労働したい気分なんです。雇ってくださいよー」
「マイちゃんが手伝ってくれるならそりゃ助かるが、あいにくと余計な人件費を払うほど余裕はなくてな」
「じゃあ今日だけ無償で手伝います。それ並べればいいですか?」
「さすがに客に手伝ってもらうわけにはいかねえよ。どうしてもっていうならケースん中の実装どもの相手しててやってくれ」
「実装ちゃんと遊ぶ気分でもないんですよね……」

 私がいただいたお茶を飲みながら、ケースに入れられた無数の躾済み実装ちゃんたちを眺めてると……

 ♪テテテテテチュ〜ン テテテチュチュ〜ン

「いらっしゃいませっ!」

 自動ドアが開く音なり店長さんが反射的に声かけをします。
 私も視線をお店の入り口の方に向けました。
 しかし、そこにいるはずのお客さんの姿は見えません。

「デッス、デッス、デッス」

 低いかけ声に視線をやや下に向けます。
 そこには成体の実装ちゃんがいました。
 かなり汚れた深緑の実装服は彼女が野良であることを如実に表しています。
 野良実装ちゃんは当然のように店長の方に走り寄ると、在庫整理途中で床に並べたままの業務用フードの一袋を抱きかかえ、そのままUターンして入り口の方に戻っていきます。

 弾かれたように店長さんが飛び出しました。

「おっとお!」
「デスッ!?」

 ハリケーンソルジャーを思わせる見事な下段回し蹴りで、業務用フードの袋を抱きかかえた野良実装ちゃんを蹴り飛ばしました。
 野良実装ちゃんはゴロゴロと転がり壁に背中を打ち付け止まります。
 店長さんはそんな彼女の頭をひっつかむと、虐待派特有の凶悪な笑みを浮かべました。

「白昼堂々と店のモンを盗もうとはぶってえ糞蟲だなあ、おい?」

 私もビックリしました。まさか野良の実装ちゃんがお店に入り込んでモノを盗むとは。
 成体とはいえ野良の実装ちゃんが人間の生活空間に入り込むのは自殺行為です。
 捕まれば間違いなく駆除されますから。
 ましてやここYH市では市ぐるみの駆除活動で野良実装ちゃんの姿自体をほとんど見かけなくなりました。
 私も野良の成体を見るのは数週間ぶりです。

 無表情かつ当然のように入り込んだのであまり深刻な感じはしませんが、彼女はそうとう悲壮な決意を持って入り込んだはずです。
 理由はいくつか考えられますが、一番の可能性としてはよほど食べるモノがなくて切羽詰まっていたのでしょうか……?
 まあ、こうして捕まった以上、彼女の迎える結末は一つだけです。
 ましてや実装ショップ、しかも店長さんは元虐待派ときたらもう……

「デス! デスデス! デスデスデスデス!」

 ん?
 頭を掴まれ持ち上げられている野良実装ちゃんの態度に私はちょっとした違和感を覚えました。
 彼女は拘束を振り解こうと暴れるでもなく、またどうしようもないと諦めて涙を流すでもなく、必死に何かを語りかけようとしています。
 しかし店長さんはそんなの関係ないとばかりに右腕を振り上げ、野良実装ちゃんの顔面に拳を叩き込みました。

「デギャッ!?」
「おら、一発で終わりと思うなよ」
「……デス! デスデスデス! デスデスデース!」

 しかし野良実装ちゃんはそれでも態度を変えることなく、必死に言葉を発しています。
 少し気になった私は手持ちのリンガルを起動させました。

「頼むデス! 何でも言うことを聞くデス! だから殺すのだけは許してくださいデス!
 ワタシはまだ死ぬわけにいかないデス! 許してくださいデス!
 お願いしますデス! お願いしますデス! お願いしますデス!」

 おや、おやおやおやあ?

「店長さん、ストップ!」

 私は二発目のパンチを繰り出そうとしていた店長さんの背中に待ったをかけました。
 なんだか面白そうな野良ちゃんです。
 これはぜひ、お話ししてみたいなと思いました。



   【7】

 私が店長さんを説得しているうちに、放って置かれた成体実装ちゃんはお店の自動ドアからスタコラサッサと逃げていきました。
 したたかな実装ちゃんですね。逃げるのに邪魔になりそうなフードは置いてってます。
 店長さんの恐ろしさを目の当たりにして逃げ延びることを一番に考えた結果のようです。

「ごめんなさい、今日は帰りますね!」

 私は店長さんに挨拶してお店を出ました。
 店長さんはやれやれと肩をすくめていましたが、後のことは任せてくれるみたいです。
 なんだか実装ちゃんに対して同情しているみたいな空気を感じましたが気のせいでしょう。

「さて、と……」

 お店を出てすぐ、さっきの実装ちゃんが路地を曲がる姿が見えました。
 さあ急いで追いかけましょう!
 私の『偽石の導き(シャイニングナーブ)』から逃げられると思うなよ!



 実装ちゃんの感覚を追って辿り着いたのは、とある空き地でした。
 住宅街の中の一区画ですが、前の建物が取り壊されてからだいぶ長いこと放置されていたみたいで、草がもうもうと茂っています。
 中に入れば腰の辺りまで埋もれてしまうでしょう。

「よっと」

 申し訳程度の鉄線を潜って空き地の中に侵入します。
 そして意識を集中……いました。
 この空き地の奥の隅、確かに実装ちゃんの気配がします。
 私はできるだけ音を立てないよう草をかき分け奥へと進みました。

「ゴメンナサイデス……今日もご飯を持って帰れなかったデス……」
「テェェ……お腹空いたテチィ……」
「次女チャン、ワガママ言っちゃだめテチ。ママもとっても頑張ってくれたテチ……」

 ビンゴ!
 声を押し殺した実装ちゃんたちの会話がイヤホン型リンガルを通して聞こえました。
 さらに進んでいくと草の影に隠れてわずかに段ボールが頭を出しています。
 
「デェッ!?」

 その直後、親らしい実装ちゃんがこちらを振り向きました。
 間違いありません。先ほどショップに泥棒に入ろうとした成体実装ちゃんです。

「オマエタチ、絶対に出て来ちゃダメデス!」

 仔どもたちが慌てて段ボールハウスに隠れると、ひとり外に残った親実装ちゃんは両腕を地面に突き、極限まで目を見開き歯を剥いて私に威嚇をしてきました。

「デシャアアアアアアッ! デッシャアアアアアアアアッ!」

 その野獣のような姿からは、確かに仔たちを守ろうとする強烈な母性を感じます。
 ……ふふふっ♪ やっぱりこれは大当たりだあ♪

 私の住むYH市は『J30プラン』(野良実装ちゃんを30匹以下にまで削減する)という行政指導のせいもあって、ほとんど野良実装ちゃんの姿を見かけません。
 住宅街の中の小さな公園は軒並み駆除の手が入り、大きめの都市公園でも虐待派ボランティアを使って大部分の野良実装ちゃんが駆逐されてしまっています
 なので、こんなふうに街中で野良実装ちゃんを見かけること自体が本当に稀なんですよ。
 この出会いは大切にしなければいけません!

「デシャァァァァッ! …………デ?」

 私はカバンを開けて小さなパック詰めにしたフードを取り出し、威嚇を続ける野良実装ちゃんの前に放り投げました。
 成体実装ちゃんは威嚇を辞めて私の顔と目の前のフードパックを交互に見比べます。
 私はそれにニコリと微笑むと、踵を返して空き地から出て行きました。

 背中には戸惑うような実装ちゃんの視線を感じますが、私は振り向きません。
 ただ空き地から出た後、そこに立てかけられた看板の文字を眺めて、私はニヤニヤと笑顔を浮かべました。



   【6】

 翌日、私はまた昨日の空き地へと向かいました。
 草をかき分けて段ボールハウスに近づくと、ほんのわずかな空間に二匹の仔実装ちゃんの姿を見つけました。

「テチ!」
「テッ!」

 ほとんど顔をつきあわせるような距離で、半分削れて半円状になってるボールを必死に転がして不格好なキャッチボールをしています。
 そんな遊びといえるかどうかもわからない行為を、本当に楽しそうに。

「テェッ!?」

 さらに近づいたところで、片方が私に気付きました。
 彼女はもう一匹の肩を抱くようにしながら慌てて段ボールハウスの中に入っていきます。
 お母さんの教育はしっかりと行き届いてるみたいですね。

「よっと」

 私は段ボールハウスに近づくと、横開き式になっている蓋を開けました。

「テチテチテチテチテチテチ……」
「怖いテチィ……ママァ……」
「大丈夫テチ、隠れてればニンゲンサンはどっか行っちゃうテチ。ママもそう言ってたテチ……」

 段ボールハウスの中では二匹の仔実装ちゃんが身を寄せ合って振るえていました。
 超かわいいですね。

 段ボールの中は大きめのハンカチとくすんだペットボトル、そして私が昨日あげたフードパックがありました。
 一通りの生活用具は揃っているようです。ちなみにフードパックの中身は半分ほどに減っていました。

 さて、この仔たちはご覧の通りにめっちゃ怯えています。
 ここで下手に手を伸ばしたら恐怖とショックのあまりに壊れてしまうかもしれません。
 なのでまずは警戒を解くことから始めましょう。

「まあ、可愛い実装ちゃん♪」

 できるだけ優しくで言います。

「なんて素敵なんでしょう。おやつをあげたくなっちゃうなあ」
「……テ?」

 私の言葉に敵意がないことが伝わったのか、片方の仔が顔を上げてこちらを見ます。

「ダメテチ、ニンゲンサンがいなくなるまで隠れてなきゃダメテチィ……」

 ところが別の仔が顔を上げた仔の頭を押さえつけます。
 こっちの仔がよく教育された慎重な仔みたいですね。
 と、二匹の仔たちの隙間からひょいとうじちゃんが顔を出しました。

「おやつって言ったレフ? うちちゃ、コンペイトウ食べたいレフゥ!」

 欲望に正直なウジちゃん。私はその目の前に望み通りのモノを転がしてあげました。
 コンペイトウです。
 ただし、野良実装ちゃんの味覚を破壊しないよう、かなり甘さを控えめにした飼い実装初期調教用のものです。

「甘いレフ! 美味しいレフ! ニンゲンサンありがとうレフ!」

 けれどそんなものでも野良のウジちゃんにとっては至高のごちそうのようで、美味しそうにペロペロと舌を這わせています。

「テ……?」

 その声に怯えていた二匹の仔実装ちゃんたちもこちらを振り返ります。
 私は二匹の前にも同じように甘さ控えめのコンペイトウを転がしてあげました。
 片方はいちおうそれを手に取るも疑わしげにこちらを眺め、もう片方は警戒するように睨み付けています。

 やがて、コンペイトウを手に取っていた方が我慢できずにそれに齧り付きました。

「! 次女チャン、ダメテチ——」
「テッチュゥ〜ン♪ アマイテチィ〜♪」

 慎重な方が制止する暇もなくコンペイトウを囓った仔は、初めて知った快楽に天にも昇るような幸せの表情になりました。
 それを見て疑わしく思っていた方(たぶん長女ちゃんでしょう)も転がっていたコンペイトウを手に取り、数秒間それを睨み付けた後、思い切って舌を伸ばしました。

「美味しいテチ……」
「ふふっ♪」

 やがて三匹は夢中になってコンペイトウを食べ始めます。
 その姿を見て満足した私は段ボールハウスの扉を閉めました。

「デェッ!?」

 そこにちょうど、昨日の泥棒成体実装ちゃんが帰ってきます。
 手に持ったビニール袋には申し訳程度の生ゴミが入っていました。

「二、ニンゲン……ワタシの仔に何をしたデス……!」
「心配しなくても大丈夫だよ。あなたにもはい、これ」

 私は親実装ちゃんにコンペイトウを三粒与えます。

「デ……」
「大丈夫、コロリとかじゃないよ。ほら」

 私は残った一粒を自分の口に入れてみせます。
 別に人間が食べて見せたところでコロリじゃない証明にはならないのですが、この大きさまで野良として生きてきた彼女の警戒心をある程度は和らげられるでしょう。

 まあ、実際に食べてくれるかどうかは彼女に任せるしかありませんが。
 私は「じゃあね」と言って彼女の横を通り過ぎようと草むらをかき分けました。

「待つデス!」

 親実装ちゃんが私を呼び止めます。

「なぜ、あなたはワタシたちに施しをくれるデス?」

 右手にはコンペイトウを、左手には生ゴミの入った袋をしっかと抱えながら、疑惑の眼差しをこちらに向けながら彼女は言います。

「昨日のフードは本当に助かったデス。アレがなければ仔たちは飢えて殺し合いをしていたかもしれないデス。
 それにニンゲンのモノを盗もうとして捕まったワタシは、本当ならクジョされてもおかしくなかったデス」

 実装ちゃんが野良で生きるにはしたたかさが必要です。
 大量の野良実装ちゃんが放置されてる大きな公園ならともかく、駆除が当たり前になって数の激減した町で生き残ってるからにはそれなりの能力と知恵があるはずです。
 たぶんこれまでも何度も危機を超えてきたのでしょう。
 そんな彼女が危険を冒してまでショップに盗みに入ったのは、本当にもう切羽詰まった状態だったことが窺えます。

「仔どもたちの為に一生懸命がんばってるあなたが立派だと思ったから」

 だから私は彼女にそう言いました。

「立派……デス……?」
「うん。すごいなあって思った」

 人間に褒められると気分が良くなるのが実装ちゃんの性。
 それは老いも若いも賢しいも愚かも関係ありません。
 ですが、賢い成体ちゃんは明らかな嘘を見破ってしまいます。
 だから私は彼女のありのままを褒めてあげます。

「もうこの辺じゃ野良の実装ちゃんなんてほとんどいないのに、それでも一人で頑張ってるあなたは本当にすごいよ」
「……でも、ニンゲンにとってワタシたちは」
「人間みんなが実装ちゃんを嫌いなわけじゃないよ」

 自分たちが人間から好かれていない、駆除対象だと理解している実装ちゃん。
 でも例外はあるんだよって教えてあげるんです。

「ね、もし良かったらまた来ていいかな? 他の人間には絶対にあなたたちの事は喋らないし、ちゃんとお土産も持ってくるから」
「……」

 親実装ちゃんは訝しげな眼差しで無言のまま立ちすくんでいました。
 人間は簡単に信じられない。
 でも、頼れるならば頼りたい。
 腕に抱えたビニール袋の中身のみすぼらしさと、きれいなコンペイトウの対比が彼女の葛藤を表しているようでした。

「それじゃ、またね」

 私はあえて答えを聞かず、空き地を後にしました。
 去り際、ちらりと鉄線に立てかけられた看板に目を向けます。

「慌てない慌てない。まだ時間はあるんだから」



   【5】

 その日は朝から変な天気でした。
 上空は晴れているのに遠くでは濃い雲がすごい速さで流れています。
 朝のニュースでは関東近郊で突然の豪雨、落雷に注意と言っていました。

「おい、天気崩れるみたいだぞ」
「わかってるよ」

 お兄ちゃんとそんな会話をして、私は例の空き地へと向かいました。
 今日はすぐに中には入りません。スマホの天気予報アプリを眺めながらしばし待ちます。
 
 やがて雨雲接近警報がぴろりんと音を立てて入ってきました。
 それからにわかに大粒の雨が降り始めます。
 一粒、二粒、すぐにざーっと。
 ゴリラゲイ雨……もとい、ゲリラ豪雨ってやつです。
 すばやくレインコートを着込み、雨音に隠れて草むらの中へと侵入します。

 例の実装ちゃんたちが住む段ボールハウスですが、さすがに防雨対策はバッチリです。
 城辺には防水用のビニール袋が張ってあるのは当然として、下部は多少の水たまりができても問題ないよう木の板がしかれ、他と比べてやや高い位置に作ってあるようです。

 私は屋上のビニールを一枚引っぺがし、即座に空き地の反対側の草むらへと身を隠します。
 強烈な雨は防水機能を失った段ボールへと染みこみ、叩きつけるような勢いのまま瞬く間にその形を歪めていきます。

「テッチャァァァァァッ!?」
「テチィィィィィィィッ!?」

 段ボールハウスの中から仔実装ちゃんたちのくぐもった叫び声が聞こえてきました。
 外で何があってもこの中にいれば大丈夫。
 そんな神話が崩れて絶望の中にいることでしょう。
 ふやけて水を吸った段ボールはべちゃべちゃになり彼女たちの頭上に降り注ぎます。
 さて、この後どうするかは展開次第ですが……

 やがて雨が止み、晴れ間が差した頃に親実装ちゃんが戻ってきました。

「デェェェェェッ!?」

 無残にも潰れた我が家を見るなり傘代わりにしていた空っぽのビニールを放り投げ、懸命な救出作業を開始します。
 入り口の扉はもはや形をなしておらず、ハウスは中にいる仔たちを蝕む牢獄と化していました。

「オマエタチ、しっかりするデス! ママはここデス!」
「ママァ……冷たいテチィ……」
「助けテチ、助けてェ……」

 実装ちゃんの不器用な手で水を吸った段ボールからの救出作業は困難を極めました。
 苦労の末、彼女はようやく仔たちを救い出すことに成功します。
 しかし……

「ウジチャァァァァァン!」

 最後に助け出されたうじちゃんは、運悪く水たまりの中に放置されたのか、その両目を灰色に濁らせていました。
 さらに……

「テホッ、テハッ」
「じ、次女! しっかりするデス!」

 急激に身体を冷やしたためか、仔実装ちゃんの片割れは明らかに苦しそうな咳をしています。
 雨で段ボールが潰れてから救出まで一〇分ほどかかったでしょうか。
 か弱い仔実装ちゃんの体力を奪うには十分すぎる時間だったようです。

「ゴメンナサイデス、ママがちゃんとお家を作っておかなかったばっかりに……」
「テェェ……ママはわるくないテチ……」
「ゴメンナサイデス……ゴメンナサイデス……」

  自責の涙を流して腕の中の次女ちゃんを抱きしめる親実装ちゃん。
 十分な栄養を得られない野良実装ちゃんは、病気に罹ればすなわちに死に繋がります。
 親実装ちゃんはそれをわかっているのでしょう。
 実際にはあの雨の中でも耐えられるほど十分なお家だったんですがね。

 よし、このパターンならプランDですね!
 タイミングもここがバッチリです!

「どうしたの!?」

 私は大げさに声を上げて彼女たちの前に姿を見せました。
 親実装ちゃんはぎくりとしてこちらを振り向き、長女ちゃんはそんな親実装ちゃんの背中に隠れます。

「テホッ、テホッ」

 次女ちゃんは真っ青な顔で辛そうな咳をしています。私の姿も目に入っていないようです。

「風邪、引いてるの?」
「デス……」
「ちょっといい?」

 一家の前にしゃがみ込み、鞄の中から栄養ドリンクを取り出します。
 蓋を開けてストローを差し、親実装ちゃんの腕の中の次女ちゃんの口に近づけます。

「飲ませてあげて」

 このまま放っておいても助からないと思ったのか、親実装ちゃんは葛藤しつつも次女ちゃんを私に向けて差し出しました。
 私はそれを優しく抱きかかえると、次女ちゃんに栄養ドリンクを飲ませてあげます。

「ンク……ング……」

 強力な活性剤入りの実装ちゃん専用栄養ドリンクです。
 お値段はちょっと高いですが、愛護派御用達の高級品。
 瞬く間に次女ちゃんの顔に血の気が戻ってきました。

「テェ……ニンゲンサン?」
「ああ、よかった……」

 私は次女ちゃんに優しい笑顔を向けます。
 すると次女ちゃんは柔らかな笑顔を浮かべました。

「あったかいテチ……」

 無事に治ったことを確認すると次女ちゃんを親実装ちゃんに返します。

「はい、もう大丈夫だよ」
「デ……」

 未だに戸惑った様子の親実装ちゃんですが、戻ってきた次女ちゃんが回復した事実に大きく心が揺らいでいるのがわかります。

「あと、これ。いっぱい食べて栄養をつけてね」

 さらに私は親実装ちゃんにフードの入った袋を渡します。
 この前のは残っていたとしても濡れた段ボールの下敷きで湿ってしまっているでしょう。

「……ありがとう、デス」

 控えめにお礼を言う親実装ちゃん。
 信頼を得るまでもうちょっとですね!



   【4】

「じゃーん!」

 翌日、私は大きな荷物を持って空き地にやって来ました。
 そこでは昨日潰れた段ボールに代わり、木の板を組み合わせた即席のお家に籠もっている実装ちゃん親子がいました。
 次女ちゃんはすっかり元気になったみたいですが、食料もあるので今日は一家揃って休んでいるみたいです。
 家の横にはうじちゃんのお墓でしょうか、こんもりした土の上にアイスクリームの棒が突き刺さってました。

「テェェェェェェッ!」

 私が見せた「あるもの」を見ると、まず次女ちゃんが目を輝かせて近寄ってきます。

「すごいテチ! すっごいお家テチ!」

 そう、私が熱い中がんばって背負ってきたのは、実装ちゃんハウスなのです。
 中央には成体実装ちゃんでも入れる大きな空間があって普通の段ボールハウスのように暮らせます。
 さらに仔実装ちゃんの大きさで三階建ての階段つき小ルームになっていて、仮に野良猫に襲われてもこの中に逃げ込めば入って来られません。
 食料貯蔵庫や給水器も備え付けてあり、水を溜めれば仔実装ちゃん用のお風呂として使える窪みもあります。
 外装はログハウスのようですが、全体が草を模した迷彩色。
 その大きさに関わらず草むらの中に置けば見つけるのは難しいでしょう。

「あなたたちにあげる。今日から新しいお家だよ!」
「テチャ! テチャァ!」

 次女ちゃんは喜んで中へと駆け込んでいきます。

「じ、次女チャン、ひとりで言っちゃダメテチ」

 長女ちゃんもその後を追いました。
 中には小さなテーブルやイスなどもあり、それらを発見した二匹の歓喜の声が聞こえてきて嬉しくなります。
 ふふ、喜んでくれたみたいでよかったです。

「なぜ……デス?」

 親実装ちゃんの表情はもはや疑いというより戸惑いに近いです。
 彼女はわからないという顔で私を見上げます。

「こんなすごいお家、ニンゲンサンでも簡単に手に入らないデス。ワタシは知ってるデス。
 こんなのをワタシみたいな野良にくれるとかあり得ないデス」

 やっぱりかなり賢い実装ちゃんなのでしょう。単なる気まぐれの施しとは違った私のプレゼントに混乱しているみたいです。
 確かにこのお家はお店で買ったら数万円くらいする品物ですが、知りあいのマッチョに命じて作らせたのであまり元手はかかってないんですよね。
 とにかく、ここが最後の一押しです!

「……私ね、前に実装ちゃんを飼ってたんだけどね」
「デ?」
「ちょっとした不注意で死なせちゃって……で、そんな時にあなたと出会って」

 一見、関係ないような話を語る私。親実装ちゃんは黙って耳を傾けてます。

「その仔が、あなたの仔たちそっくりで……どうしても他人に思えなかったんだ」

 嘘は言ってません。不注意で死なせ(ころしちゃっ)たのは事実ですし、うちのコミドリとこの仔の仔実装ちゃんはそっくりです。というかみんな同じ顔です。

「だから、もしあなたさえ良ければ……」

 私は真剣な声で、少し憂いを混ぜた笑顔をつくって言いました。

「あなたたちの事、飼ってあげたいと思ってるんだけど、どうかな?」
「デェェェェェェッ!?」

 飼い実装になるというのは野良実装ちゃんにとって夢のような話。
 誰もが憧れ、でも賢い仔はそれが無理だと知って頑張って現実を生きています。
 この親実装ちゃんもきっとそうやって現実に折り合いをつけて生きてきたのでしょう。
 そこに降って湧いた私の言葉。彼女の驚きは想像を絶するもののはすです。

「すぐに決めて欲しいとは言わないよ。実は私も今ちょっと家の事情があってね、『4』日後までは引き取れないんだ」
「4日……デス……?」
「だから、それまでに返事を聞かせてくれれば良いよ」

 私がそういったとき、ハウスの中から二匹の仔実装ちゃんたちが姿を現しました。
 すでに次女ちゃんだけでなく長女ちゃんも興奮状態です。

「すごいお家テチ! 前より立派で豪華テチ」 
「ニンゲンサンありがとうテチ!」
「ふふっ、こっちこそ喜んでくれてありがとう……そうだ、よかったら一緒にボール遊びしようか?」
『テッチャァァァァッ!』

 私がゴムボールを取り出すのを見て、二匹はぴょんぴょん跳びはねながら歓喜の声を上げます。

「ほら、あなたも」
「デ」

 そしてその日、私は日が傾くまで三匹の親子と飽きることなくボール遊びをしました。

「最高に楽しかったテチ! ニンゲンサン、本当にありがとうテチ!」
「ぜひまた来て欲しいテチ!」

 帰り際、仔実装ちゃんたちはそんな嬉しいことを言ってくれました。

「ありがとうございます……デス……本当に……本当に……楽しかったデス」
「うん。さっきのこと、よく考えてね」

 親実装ちゃんは礼儀正しくぺこりと頭を下げました。
 たぶんですが、日々の糧探しに翻弄される彼女もまた、こんなふうに遊んだ経験などほとんどないのでしょう。

「ありがとうテチ! また明日テチ!」

 手を振る三匹に見送られ、私は空き地を後にします。

「あー、楽しかった!」

 野良ちゃんたちとめいっぱい遊んだ(といってもボールを転がしてて取ってを繰り返すだけですが)私は、大いに満足していました。
 去り際、もう一度空き地の方を振り返ります。
 大きめのハウスですが道路からは草むらに紛れてまったく見えません。

「またね、実装ちゃんたち」

 私は呟きながら、鉄線に立てかけられた看板を眺めます。
 そこにはこう書いてありました。

『工事開始予定日、8月8日』

 今日は8月4日。
 いまから『4』日後の日付です。

                                      つづく




 

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1 Re: Name:匿名石 2016/08/04-13:44:44 No:00002463[申告]
おっ、新作だ!
2 Re: Name:匿名石 2016/08/04-22:14:23 No:00002465[申告]
この妹ちゃんほんと好き
厨二とキチ○イのほどよい混ざり方が最高ですわ
しかも追い込み方がいちいち手が込んでるというか、上げ落としがナチュラルすぎて真似できんレベル
戻る