※人間と実装石の会話は全てリンガル使用済みとしてお読みください。 やっと夏の暑さも落ち着いてきたある日の公園で、一匹の成体実装がコンビニ袋を腕にぶら下げ、「デェッス……デェッス……」と息を切らせながら家路を急いでいた。 コンビニ袋には、朝から拾い集めた生ゴミや木の実の類がはち切れんばかりに詰め込まれている。 「フゥ……ただいまデスー」 棲家としているダンボールハウスに親実装が帰ると、たちまち仔実装たちが騒ぎ出す。 「ママ、おかえりなさいテチュ!」 「ゴハンたくさん見つかったレチ?」 「レフー……オナカすいたレフ」 まだ語尾が「テチ」にもなりきらない仔実装と親指実装、そして産まれたばかりの蛆実装、それがこの家族の姉妹であった。 「喜ぶデスッ! 今日はたまたま公園のゴミ箱が倒れてたおかげで、ゴハンがたくさん手に入ったデス。これを見るがいいデスゥ!」 親実装がコンビニ袋をひっくり返すと、サラリーマンが捨てたであろうコンビニ弁当の残りや、まだ少しだけ肉が残った骨付きチキン、そして近所の人間が可燃ゴミの日に出しそびれて不法投棄したであろう 生ゴミの袋などがばさばさと溢れ出す。 「す、すごいテチュ! オニクがあるテチュ! アマアマのタマゴ焼きもあるテチュゥ〜ン♪」 「これだけあれば今日はオナカいっぱい食べられるレチー♪」 「そうデス。木の実は長持ちするから保存しておくデスが、生モノは痛んじゃうから今日のうちに食べないと駄目デスゥ。今夜は久しぶりのごちそうデッスゥ〜ン♪」 いつもは腐ったものでも平気で食べているくせに、親実装は都合のいい論理を展開して、これから行おうとしている贅沢を正当化する。 この親実装は特に愚かな個体でも糞蟲というわけでもなく、いたって平均的な実装石なのだが、さすがに今日ばかりは誘惑が強すぎた。 秋になれば冬篭りの準備で嫌でも節制を余儀なくされるのだから、今日ぐらいは……という思いもあったのだろう。 夕暮れの近づいた公園のダンボールハウスで、親仔は楽しそうにいつまでもはしゃぎ続けていた。 ------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------- 通常、公園の野良実装が暮らすダンボールハウスは茂みの中に隠すようにして設置されているものであるが、この親仔が住むダンボールには外面上部に黒いボタンのようなものが貼り付いている。 ダンボールハウスを意図的に横倒しにでもしない限り、成体実装が立っても見えない高さに貼り付けてあるそれは、無線式の盗聴器であった。 盗聴器は、今夜久しぶりの豪華な晩餐に舌鼓を打っている親仔の住むダンボールハウスだけではなく、この公園にいる実装石が住む全てのダンボールハウスに取り付けられていた。 そこから流れてくる実装石たちの会話をリンガルで翻訳しつつ、受信機の周波数を切り替えながらチェックしている男が一人————— その男は実装石を虐待するのが大好きな、いわゆる虐待派であった。 しかし、ただバールを振り回して無差別に虐殺したり、糞蟲もそうでない者も一緒くたに扱ったりはしない。 男は虐待する実装石をよく吟味するタイプなのだ。 公園にある各ダンボールハウスに盗聴器を仕掛け、家族構成やその性格を理解したうえで、そのときやりたい虐待の内容に対して一番興が乗る者を狙う、それが男のやり方であった。 「なかなか幸せそうな親仔じゃないか……今日はあの家族の仔らにするかな」 男は虐待する実装石を選ぶタイプではあったが、実のところ実装石という生物にそれほどの差異はない。 なぜなら、あらゆる実装石はみな親と寸分違わぬクローンだからである。 実装石は雌だけの単為生殖で繁殖し(マラ実装という例外はあるが)、他生物の精子どころか花粉でも妊娠するデタラメな生物であるが、それはあくまで『妊娠した』と本人が思い込むためのきっかけにすぎず、 他の生物でいうところの想像妊娠が、そのまま実際の妊娠に繋がるのだ。 それこそが、実装石という生物が単なる細胞分裂、すなわち自身の細胞をコピーしているだけの繁殖を行なっている証明に他ならない。 糞蟲や良蟲と呼ばれる性格の差異や頭の良し悪しなどは確かに存在するが、頭の良し悪しは仔実装ならば胎児のときに親が摂取した栄養によって形成される脳の大きさで決まり、蛆実装であれば産まれたときに親が与える 母乳によって形成される栄養嚢の大きさが、そのまま仔実装に成長したときの体に対する頭の大きさ=脳の大きさの比率となって決定される。 そして性格の良し悪しは母親の胎教などによって胎児の間に何をどう考えたか、産まれてからどういう育ち方をしたかという、全て後天的なもので決定されるのだ。 さらに知識などはあくまで個体ごとの経験が重要であり、ショップであれば出荷前にどれだけ教育を施したか、野良であれば親が仔に代々知識を継承しているかどうかによる。 ならば血統に何の意味があるというのか。 よく実装ショップで『血統書付き』という触れ込みで高価な実装石が売られているが、そんなものは値段を吊り上げたいがための詐欺にも等しい。 実装石の良し悪しなどというものは、ひとえに親からの胎教や教育、人間による躾の賜物でしかないのだ。 躾を施した後の良し悪しで値段に差がつくのは当然としても、親が善良個体だったからといって仔が必ず善良個体になる保障などどこにもない。 仮に善良個体の親から産まれた仔が善良個体であったとしても、それは親の教育が良かったからであって、本人ならぬ本石の先天的資質とは何ら関係がない。 というよりも、実装石の性質に“先天性”のあるものなど、躾済みの高級飼い実装でさえ完全には拭い去ることのできない糞蟲性ぐらいだろう。 だからこそ、愛玩動物にするのであれば消し去ってしまったほうがいいはずの“先天的糞蟲性”とでもいうべきものを、どれだけ代を重ねても実装石から消し去ること、すなわち品種改良ができないのだ。 逆にどのような個体であっても、環境しだいでいくらでも糞蟲や良蟲に変化させることができるということである。 とはいえ、良蟲を糞蟲に堕落させることは子供にでもできるぐらい簡単なのだが、最初から完全に糞蟲化している個体を良蟲に変化させるにはかなりの技術と時間を要する。 糞蟲を良蟲へと変化させるには基本的に虐待という名の躾を行うしかないのだが、糞蟲を死なせないようにしつつそれを行うにはそれなりの知識と経験、そして糞蟲に対する自身の感情をコントロールできる 自制心を持った、『一人前の虐待師』でなければ難しいのだ。 この男もまた、実装石の性格など環境次第でいくらでも矯正することができるという考えの持ち主ではあったのだが、それならば最初から自分のやりたいことに向いた性格を持った個体、 もしくはそれに近い個体を探して矯正を施したほうがよほど手っ取り早い。 そのために男は盗聴器を使って公園の実装石たちをリサーチしていたのである。 ------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------- 男が目をつけた親仔は特に糞蟲でも良蟲でもなく、特に賢いというわけでもなければ愚かというわけでもない、実に平均的な実装石であった。 今回の男のテーマは、『親を失い、絶望に打ちひしがれる仔(親指)実装を上げてやったら良蟲になるか?』という実験と、それを再び絶望のどん底へ落とすという“落とし上げ落とし”だったので、こいつらなら丁度いい。 男は、隣にいる禿裸の成体実装に声をかけた。 「おい、手はずは分かってるな」 「デスッ」 この禿裸は力の強い糞蟲に棲家を襲われ、自分の仔を全て食われたばかりか、激昂して襲い掛かったものの返り討ちに遭って髪と服を奪われた個体だった。 そして公園を彷徨い、飢えて死にそうになっていたところを、男が「俺の手伝いをすれば仇の糞蟲を殺してやるばかりか、飼い実装にしてやるぞ」という誘い文句で協力者に仕立て上げたのだ。 すでに約束の半分は履行され、禿裸の仇である糞蟲は男による地を這うような前○大尊式アッパーによって首から上を千切り飛ばされていた。 男と禿裸はターゲットの親仔が住むダンボールハウスの裏手に回り、木陰に身を隠して親実装が出てくるのを待つ。 ここの親実装はなかなか賢い個体のようで、ダンボールハウスの外にトイレのための穴を掘り、そこで排泄をするようにしていた。 先ほどしこたま食べた餌の量から考えれば、そろそろ排泄のために外に出てくるはずだ。 「ふぅ〜、久しぶりにたらふく食ったデス。おかげでお腹がパンパンデスゥ」 数分後、親実装がダンボールハウスからのそのそと這い出してきた。 「よし、やるぞ!」 「デスッ!」 親実装の姿を確認した男と禿裸が、素早く木陰から躍り出る。 「デデッ?」 「シッ!」 ————— パグァ! ————— 親実装が振り向いた瞬間、顔面に男の鋭いパンチがめり込んだ。 「ブュパァッ!」 親実装は後頭部を地面に叩きつけられ、トイレに出すはずだった糞をパンツの中にぶち撒けて悶絶する。 「よし、俺はここまでだ。あとはお前がやれ」 「わかったデス」 男の命令で、禿裸がすでに満身創痍の親実装にリンチを始める。 馬乗りになってボコボコに殴り、腕も足もお構いなしに踏みつけて骨をへし折り、最後には首を噛み千切った。 男による最初の一撃で失神していたため、親実装は悲鳴も上げずに死んでしまったが、それも予定通りなので問題ない。 「よし、じゃあその首持って今度は中のガキどもを襲撃しろ。親をやったのはお前だとしっかり印象付けるようにな」 「了解デス」 「仔実装は殺せ。だが親指と蛆には一切手出し無用だ。上手くダンボールの外に誘導するだけでいい。もしも親指や蛆が死んだら、お前をさっきの親実装より酷い目に遭わせて殺すからな。ぬかるなよ?」 「わ、わかったデスゥ」 禿裸は親実装の前髪を咥えて胸の前にぶら下げ、ぼたぼたと血を滴らせながらダンボールハウスの中へと入っていく。 すると次の瞬間、ダンボールハウスの中から 「「テ(レ)チャァァァーーーーー!!!!!」」 という凄まじい悲鳴が聞こえた。 続いてバタバタと暴れる音、仔実装の「テヒャァァー!」という悲鳴、親指実装の「オネチャーッ!」という叫び声が聞こえて、再びダンボールがガタガタと揺れた後、親指実装が蛆実装を抱えて転げ出てきた。 その後ろから、禿裸が仔実装の頭をグチャグチャと齧りながら出てくる。 親指実装は必死で逃げようとするが、腰が抜けてしまったのか、両足をずるずると引きずりながら後ずさりすることしかできない。 しかも漏らした糞で盛り上がったパンツのせいで足が地面にほとんど届かなくなり、蟻の歩みのほうが速いほどの有様だ。 禿裸は男に命令されたとおり、ニヤニヤと下卑た笑いを浮かべながらゆっくりと親指実装に近づき、さらに恐怖を煽る。 親指実装にとっては、その姿がまるでヒンドゥー教の某地母神のように恐ろしいものに見えているのだろう。 だが蛆実装のほうは状況が全く飲み込めていないのか、平常運転でニコニコ笑っているのがシュール極まりない。 「おい、そこで何をしている!」 そこへ、男がまるで今まさに通りがかったかのような顔をして現れた。 「デ? 何をって……ワタシはただニンゲンに言—————」 ————— ぐちぃっ! ————— 『言われたとおりにしただけデスゥ』と言いかけた瞬間、禿裸は男に顔面を前蹴りで打ち抜かれた。 「デブュアッ!」 禿裸が三メートルほど後ろに転がったところで、男は親指実装との間に立ちはだかるようにして禿裸を見下ろす。 「デ……デベェ………な、何をするデスゥ! ワタシはただオマエ—————」 ————— グシャッ! ドゴッ! メギャッ! ————— 「デブッッ! ブゲァ! デギョァッ!」 男は自分との関係について喋れないよう、執拗に禿裸の顔面、特に口の周りにストンピングを喰らわせ、しまいには頭部そのものを完全に踏み潰した。 そして親指実装のほうに向き直り、腰を下ろして「大丈夫か?」と声をかけた。 「レ………レェェ……………レェェーン!!! レェェーーン!!! レェェェーーン!!!」 唐突に自分の家族を襲った恐怖から解放された親指実装が大声で泣き喚く。 「ママが……ママがアタマだけになっちゃったレチ……………オネチャもコワイハゲハダカに食べられてカナシイことになっちゃったレチ………」 「そうか、それは災難だったな」 男は親指実装の頭を人差し指で優しく撫でてやる。 「レチー………」 親指実装はまだ涙を流しながらも、くすぐったそうに俯いて頬を赤く染めていた。 承認欲求の塊のような、実装石という生物の本能である。 「じゃあな。気の毒だとは思うが、強く生きていくんだぞ」 男はあっさりと手を離すと、腰を上げて立ち去ろうと踵を返す。 「レッ!?」 もちろん男に親指実装を見逃す気などない。 これは親指実装に自ら『ニンゲンさんに飼って欲しい』と言わせるための演技だ。 そして案の定、親指実装は————— 「ニ、ニンゲンさん! 待ってくださいレチ!」 男の目論見どおりに罠に落ちた。 「ニンゲンさん………お願いレチ………ワタチたちをニンゲンさんのところで飼って欲しいレチィ………」 親指実装はあくまで遠慮がちな声で、だがしっかりと男の目を見据えて懇願する。 「ええ? それはさすがになあ……」 「お願いしますレチ! ワタチとウジチャンだけじゃここで生きていくのは無理レチ……このままじゃワタチたちはすぐに別のジッソウに食べられちゃうレチィ………レェック……レゥック………」 再び涙を流す親指実装。 実装石は糞蟲の嘘泣きと本気の涙をその色で見分けることができるというが、赤と緑の色付き涙は本気のそれだ。 「とはいえなあ……実装石の世話とか糞メンドいし、ましてや蛆実装とか面倒見きれん」 「う、ウジチャンの面倒はワタチが見るレチ! ワタチもニンゲンさんに迷惑はかけないレチ! ウンチも決まったところでするレチ! ゴハンもこぼさずにキレイに食べるレチ!」 親指実装は誰に教えられたわけでもないだろうに、土下座のポーズで必死の懇願を続ける。 この言質を取ることこそが男の目論見であった。 これで親指実装に『自ら望んで男の庇護下に入らせてもらった』という意識が植え付けられ、人間が躾をすることなく、実装石自身に『そうするのが当たり前』と思い込ませることができるのだ。 「う〜ん、まあそこまで言うなら……ただし、俺は基本的にお前たちに構ってやらないからな? 餌の用意と糞の後始末ぐらいはしてやるけど、他のことや蛆の世話は全部自分でやるんだぞ」 「は、はいレチ! ニンゲンさん、ありがとうレチィ!」 こうして、男はまんまと親指実装と蛆実装の姉妹を家に連れ帰った。 ------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------- それから四週間ほどが過ぎた。 男は宣言どおり水と食事を用意してやるのと、飼い実装用のトイレに溜まった糞を捨てるだけの世話しかせず、親指と蛆を基本的に放置した。 一応ケージの中にはスポンジのボールも用意してあるのだが、それは親指実装と蛆実装がお互いに遊ぶためだけに使われ、男が遊んでやったりすることは一切ない。 親指実装は男に極力迷惑をかけないよう、プリンの空容器に張ってもらったお湯で体を洗うことや服の洗濯なども自分で行い、食後のプニプニなども含め、妹である蛆実装の世話も全て自分でやっていた。 本来なら実装石は何よりも他者に存在を認めてもらえないことを嫌い、仔実装以下の幼生体はその寂しさだけで偽石を崩壊させて死んでしまうこともあるほどなのだが、この姉妹はお互いがお互いを必要とすることで それに耐えているようだった。 それに親指実装自身、特に寂しさを感じているわけでもなかった。 男が構ってくれないことも妹の世話をすることも、全ては最初からの約束どおりのことだし、餌の心配もなければ凍えて死ぬ心配もない生活を保障されているだけでも、そのままでは同属に食われて死ぬだけだったはずの 無力な親指実装にすぎない自分には破格の待遇だ。 最後に生き残った唯一の家族である妹と一緒に生きていけるというだけで、親指実装には男への感謝の念しかなかった。 この“感謝の念”というものこそが糞蟲と良蟲を分ける要素であり、その感情を芽生えさせることこそが実装石を良蟲に育て上げる肝なのである。 実装石という生物は精神的に追い詰めすぎると偽石を崩壊させて死ぬか、もしくは幸せ回路を発動させて脳内楽園に逃げ込むという逃避行動を取ってしまう。 かといって必要以上に上げるとたちまち糞蟲性を芽生えさせ、際限なく調子に乗って現状に対する不満ばかりを述べるようになり、しまいには自分を養ってくれている存在すら“ドレイ”として見下し始めるという、 まるで団塊世代のジジイのごとくクソ面倒で、クソ鬱陶しい精神構造をしているのだ。 飼い実装として最低限の生活は保障しつつ、必要以上に構ったり甘やかしたりしないという男の接し方は、実装石の糞蟲性を発露させないための理想的なものであった。 しかも一切の躾をしていないにもかかわらず、躾済みの飼い実装なみの行動を親指実装自身の発意によって行なわせている。 実装石という生物は、主に親からの胎教によって『自分は幸せになるべきだ』というだけならまだしも、全くの無根拠に『幸せになって当然』と思い込んでいる、人間にとっては不快以外の何者でもない 腐った性根を持つ生物なのだが、何かの不幸によって親や姉妹を失った個体はその感情を『死んだ家族のためにも』『死んだ家族の分まで』という、少しだけ良い意味のものに置き換える性質があり、 それも良蟲個体を育てる要因の一つだとされている。 そのためもあってか、親指実装はこの四週間でほぼ完璧ともいえる良蟲個体になっていた。 ショップで買えばン十万円はするであろう高級飼い実装と比べても、見劣りするどころか糞蟲性が微塵も垣間見えない分こちらのほうが上といっていい。 そもそもショップの飼い実装に施される躾は、虐待じみた教育によって人間との力関係を理解させ、逆に人間に従えば良い生活が出来ると思い込ませることで、野良実装の行うどこか勘違いしたものとは異なる “正しい媚”を売ることができるようになるだけのものでしかない。 それゆえに、飼い実装としての待遇が自分の思い描いていたものに対して遜色のあるものだったならば容易く糞蟲化するし、力によって構築された関係を越え、本当の信頼関係を築くことのできる実装石と飼い主など 実際にはどれほどいることやら。 家族を奪い、自分が保護しなければならない立場の者だけを残し、その状況から救い、自分の立場と待遇について自ら望んだものであると認識・宣言させたうえで、そこから待遇を上げすぎない。 それら全ての要因を完璧に満たしたとしても、良蟲になるかどうかは結局生まれや育ちによって後天的に形成された個体ごとの資質によるところが大きいのだが、それにしても男の手際は見事なものであった。 そしていよいよ、男は姉妹への虐待に移ることにした。 ------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------- 男はまず、蛆実装を殺すことにした。 というよりも、蛆実装が男の思いつく限りの残虐な方法で殺されることは初日から決まっていたのだ。 姉妹がこの家に連れて来られた日、男が蛆実装の頭に仔実装へ変態するための栄養嚢が入っているかどうかを蛍光灯に透かして確認しようとしたときに 「スゴイレフ〜♪ ウジチャンおソラをとんでるレフ〜♪」 などと言いつつ、蛆実装は水便を撒き散らして男の眼鏡を汚した。 眼鏡がなかったら男は蛆の水便を顔に浴びていたところである。 このとき、蛆実装の命運は決したのだ。 男がこの姉妹を四週間にもわたって生かし続けたのは、ただ親指実装を良蟲個体へと育てるためではなかった。 それだけの目的なら、わずか数日の間に達成されていたからである。 男が待っていたのは、蛆実装が仔実装へと変態するために繭を作ることだった。 頭の中に栄養嚢を持つ蛆実装は、通常であれば一ヶ月か二ヶ月ほどで繭を作り、仔実装へと変態する。 野良でも半年、栄養状態がよければ三ヶ月で成体になるといわれている実装石が、なぜ蛆実装から仔実装への変態にかかる期間にそれほどブレがあるのかといえば、変態するときに繭を作るための糸を吐き出すのが、 なぜか満月の晩に限られているからであるという。 変態を起こすためのキーとなるのは、幸せ回路をフルに活動させるための幸せな生活とその記憶、そしてちゃんと両足で立って自由に動き回ることのできる親実装や姉実装たちへの憧れ、 すなわち『お姉ちゃんたちのようになりたい』という明確なイメージである。 それを抱かせるために、男はただ飼うだけなら必要なかったであろうスポンジのボールを与え、姉である親指実装と遊ばせていたのだ。 すでに他の条件は全て揃っていて、あとは満月の夜を待つだけった。 そして姉妹が男の家に来てからちょうど一ヶ月目の夜、蛆実装が窓の外を見上げて、嘆息するかのように「レフー……」と鳴いた。 「レ? ウジチャンどうしたんレチ?」 「なんだかカラダがポカポカするレフ」 「レェ!? ウジチャンだいじょうぶレチ? ビョウキとかじゃないレチ?」 「だいじょうぶレフ。どっちかというとキモチいいレフン」 「ああ、そりゃ糸を吐いて繭になる前兆だな」 親指実装が自分の住まいとなっている水槽から見上げると、いつもは必要以上に声をかけてきたりはしない男が後ろに立っていた。 「レチー……ゴシュジンサマ、ウジチャンおイトを吐くレチィ?」 「ああ、もうすぐ仔実装になれるってことだ」 「レッ!? ウジチャンがワタチよりも大きくなるレチ?」 「いや、あくまでお前の姿をイメージして変わるはずだから、お前より大きくなるかどうかは分からんが……そもそもお前ももうすぐ仔実装サイズだろ」 「レチー……」 「まあ悪いことじゃない。とりあえず月がよく見えるようにしといてやろう」 そう言って、男は水槽を月がよく見える出窓のところに置いてやった。 「レフー……オツキサマがキレイレフー」 「どうだ? もうすぐ糸は吐けそうかな?」 「レフッ……なんだかノドにひっかかる感じがするレフ……」 「……………そうかい」 ————— プシュッ! ————— 男はそう言うと、水槽の中にいる親指と蛆の姉妹に向かって実装ネムリのスプレーを吹きかけた。 ------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------- 親指実装が目を覚ますと、そこは見慣れない部屋だった。 自分たちが今までいた水槽は変わらないのだが、部屋そのものは窓もなく、ほぼ真っ暗だ。 蛆実装はすぐ隣でまだ眠っている。 (ゴシュジンサマはどこに行ったんだろう?) 親指実装が不安げにあたりをキョロキョロ見回していると、不意に部屋の一角がぼんやりと明るくなった。 そちらに目をやった瞬間—————親指実装は恐ろしいものを見た。 自分と同じ実装石。 だが、その大きさが尋常ではない。 ご主人様と同じぐらい、つまり人間サイズなのだ。 「レヒャァァァーーーーーーー!!!!!!!!!!」 親指はたまらず悲鳴を上げる。 「うるさいデスゥ………」 目の前の巨大な実装石は水槽の前に立つと、親指実装たちを見下ろして低い声で呟いた。 「オ、オバチャンは……だ、だ、だ、誰レチィ……?」 親指実装はパンコンしながら目の前の巨大実装石に問いかける。 「ワタシデスか……とりあえずジグソウ石とでも名乗っておくデスゥ………」 ジグソウ石と名乗ったこの巨大実装石の正体は、もちろん男の変装である。 適度に曲げたボール紙に色を塗ってお面を作り、緑色の布を頭に被って首からも羽織るだけという雑なものだが、なにせ実装石は( ● A ○ )で表現できるほど単純な顔の造形だ。 あとはボイスチェンジャーモードつきのリンガルで喋れば簡単に別人、というより実装石として振舞える。 「親指ちゃん……ワタシとゲームをするデス」 「レェ?」 いきなり目の前に現れた不審な怪物の提案を親指実装が即座に理解できるはずもないのだが、男は構わず話を進める。 「ワタシは今からこの蛆ちゃんにとってもイタイイタイことをするデスゥ。それでも蛆ちゃんがカナシイことにならなければ親指ちゃんの勝ち………親指ちゃんは生かしてご主人様のところへ帰してあげるデス。 でも蛆ちゃんがカナシイことになったら………親指ちゃんにはもっともっとイタイことをするデスゥ♪」(どうでもいいが想像以上に面倒臭いなこの喋り方) 「レェェッ!? そ、そんなのイヤレチィ!」 「お前の気持ちを考慮する気は一切ないデスゥ」 男はそう言うと間髪入れずに剃刀を取り出し、それを蛆実装の胸に当ててぷつりと裂け目を作ると、そのまま体を縦に切り開き始めた。 「レェェッ!?」 いきなり胸に発生した鋭い痛みに、蛆実装が悲鳴を上げて飛び起きる。 男が持っている剃刀は薬局などで売っているムダ毛処理用のものであった。 T字型ではなく真っ直ぐなもので、横滑りによって皮膚を切らないよう、安全のためのセーフティワイヤーと呼ばれる極小の凹凸を作るものが〇.五ミリほどの間隔で刃に巻き付けられている。 しかもご丁寧なことに、それは男が散々使い古したものであり、切れ味そのものがかなり鈍っていた。 そのせいで蛆実装はノコギリでギコギコと引かれるように、たっぷりと時間をかけて体が引き裂かれる苦痛を味わうこととなった。 「レッピャァァァァァ!!!!! イタイレフ!!! イタイレフゥゥー!!!!!」 「う、ウジチャァァン! やめてレチ! やめてレチィィ! ウジチャンがチんじゃうレチィィ!」 「うるさいデスゥ」 男が親指実装にデコピンを食らわせ、水槽の端まで吹っ飛ばす。 親指実装は水槽の壁で後頭部を強打し、頭部に前後から加えられた未知の痛みに悶絶しながら再びパンコンした。 「レピィィィィィ!!! レッピョォォォ!!!」 ホイッスルのような蛆実装の悲鳴が部屋の中にこだまする。 男は切り開いた胸をピンセットで開き、前もってサーチャーで調べておいた場所から蛆の偽石を素早く取り出すと、それを高級栄養ドリンクで希釈した実装活性剤の入ったタッパーに放り込んだ。 これで脆弱な蛆実装といえど、そう簡単に死ぬことはできない。 さらに念を入れ、男はタッパーに自分の指を突っ込むと、蛆実装の偽石を人差し指と親指の腹で摘んで強く圧迫した。 偽石は内部からの圧力によって破裂するように崩壊するので、それ以上の外圧をかけておけば簡単に割れることはない。 いわば簡易コーティングである。 「痛いデスゥ? どうデスゥ?」 男は仮面の下で悪魔のような笑みを浮かべながら蛆実装に問いかける。 「いたいレフ!!! イタイレフゥゥゥ!!!!!」 「それは何よりデス♪ けど本当に痛いのは……………これからデスゥ」 男が空いたほうの手で器用に何かのチューブのフタを開けると、部屋にシンナーのような溶剤臭がたちこめる。 それは第三種医薬品でありながら、カラシやワサビをも超える凶悪な刺激を与える『液体絆創膏』だった。 男はそれを指に搾り出すと、蛆実装の傷口に“べとり”と塗り込んだ。 「ギッピィィーーーーーーーーーーィィィィィィィィ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」 ガラスを金属で引っ掻いたかのような甲高い悲鳴が上がる。 それと同時に、蛆実装の偽石が男の指の中で少し膨れ上がったような感じがした。 今、蛆実装は神経の一本一本が焼き鏝にでも変化したかのような、まさに脳を焼き切らんばかりの激痛を味わっているのだ。 そのあまりの苦痛を強制的に終わらせるため、偽石が崩壊しようとしているのである。 「むぅん!」 男は指先に凄まじいピンチ力(摘む力)を込めてそれを押さえ込む。 「ィィィァ…………………………レビャァァァァァァァァァァァァァァァ!!!!!!!!!!!!!!!」 肺の中にある空気を出し尽くし、一瞬の息継ぎをしてはまた肺の空気がなくなるまで絶叫する。 そんなことを五分近くも繰り返したところで、液体絆創膏の表面が乾き、脳も刺激に慣れてきたのか、ようやく蛆実装の悲鳴が治まった。 蛆実装は口の端から舌と涎を垂らし、虚ろな目で荒い息を吐いている。 「あっははははは! どうデス蛆ちゃん、まだ生きたいデスか」 蛆実装は「レヒュー……レヒュー……」と、か細い息を吐くばかりで答えない。 いや、答えられない。 「レェェ………オバチャン、もうやめてレチ………ウジチャンが本当にチんじゃうレチィ」 「お前は黙ってるデス。蛆ちゃん、まだ生きたいのかと聞いてるんデス。それともこのまま死にたいデスゥ?」 その言葉を聞いて、蛆実装の目に光が戻る。 「レ……イ、イヤ……レフ………ウジチャン生きたいレフ……チぬのイヤレフゥ………」 蛆実装は文字通りの虫の息で、やっとそれだけを呟いた。 「そうデスか、ならさっさと糸を吐いて繭になるデス。そうすればその怪我も治るし、逆にそうしなければすぐに死んでしまうデス」 「レッ……レ゛エ゛エ゛………」 蛆実装は力を振り絞り、喉の奥から何かを搾り出そうとするかのようにえずく。 だが、放っておけばもうすぐ糸を吐けるはずだったとはいえ、繭化というものは本来なら幸せな記憶を鍵に発動するはずの変態プロセスである。 苦痛に満ちたこの状態で糸を吐けるかどうかは男にとっても蛆実装にとっても未知であった。 「ケヒッ………ゲヒッ………」 数分後、ついに蛆実装が糸を吐き出した。 「レェッ! ウジチャンがおイトを吐いたレチ! これでウジチャン助かるレチィ!」 (………さあ、どうなるかな?) 蛆実装は乾きつつあった液体絆創膏が逆に功を奏したのか、体に糸を巻きつけるためにコロコロと転がっても胸の傷から血や内臓がこぼれ出したりすることもなく、さらに数分ほどの間に見事な繭を形成した。 「おおっ!?」 男が驚いたのは、瀕死の蛆実装が繭を作ったことに対してではなかった。 その繭から、蛆実装の頭だけが出ていたからである。 蛆実装の作る繭には、ソフトボールぐらいの大きさの完全な球状になるものと、蛆が頭を出した状態で、首から下がガチャポンカプセルほどの大きさの繭になるものと二種類が存在する。 前者は蛆実装が本来の、文字通り人間の親指ほどしかない親指実装よりも小さいサイズの場合にそうなることが多く、後者は蛆実装が比較的大きく成長していて、すでにサイズだけなら仔実装とさほど変わらない場合に そうなることが多いといわれている。 前者になる場合は、頭部が蛆実装サイズのまま首から下だけが仔実装になったらバランスが悪くなるからであり、後者になる場合は首から上を変態させる必要がないからだという説があるらしいが、実際のところは不明である。 今回の蛆実装は親指実装(ほとんど仔実装サイズになりかけだが)よりも小さいサイズだったにもかかわらず顔出し繭になったのは、やはり蛆実装がイメージしたのが『親指実装の姉』だったからかもしれない。 ともあれ、男にとってこれは嬉しい誤算だった。 蛆実装が本来の完全な球状の繭になっていたならば、中身が溶解する前に繭の上部を切り開いて、中に硫酸か塩酸でも流し込んで中身を焦がし、それを目の前に垂れ流して親指実装を絶望させてやるつもりだったのだが、 それでは蛆実装自身の悲鳴を聞けないのが残念だと思っていたのである。 今、繭となった蛆実装は先ほどまでの激痛も忘れ、安らかな寝息を立てて眠っている。 これをさらに絶叫させてやれるのだ。 男の口元が再び三日月のように吊り上がった。 ちなみに、実装石が作る繭の中身に手をかけることは虐待派の間でも禁忌とされている。 曰く、「繭を切り開いて中を無理やり見ようとしたら、バイ○ハザードも真っ青なクリーチャーが出てきた」とか、「繭の中は初期型実装石の服の模様のようなカオスで……うっ! 頭が……」とか、 様々な内容がネットなどでまことしやかに囁かれているが、男にとってそんなものはナンセンスだった。 というよりも、男が実装石の繭に手を出すのはこれが初めてではないのだ。 昔、男は実装石の繭に様々な実験をしたことがある。 今回のように繭を作る直前の蛆実装に重傷を負わせ、繭から出てきたときにその傷が治癒しているか実験したり、蛆実装の間に禿裸にしておいたら髪や服のある状態で出てくるのかを試してみたり。 偽石を取り出した状態でも変態することができるのかという実験や、繭の中身をモーターつきのスクリューでかき回し続けても変態できるのかという実験をしてみたり。 しまいには繭の中身をいったんビーカーに移し、繭を二つに割ってプラ板で塞いだものに中身を半分ずつ戻したら、偽石を入れたほうと入れなかったほうのどちらが変態するのかという実験まで行い、 中身の質量が半分ずつになった分、体のどこかが欠損して繭から出てきたりはしないのかなどを調べたりもした。 要は蛾の繭を真っ二つに切ったりパイプで繋いだりする有名な実験のように、考え付くありとあらゆることを試したのだ。 もちろん繭の中身がどのようなプロセスを経て仔実装に変態するかも、繭の上部を切り開き、耳かき用の小型カメラで覗き込んでじっくりと観察した。 繭の中ではどのように変態が起こっているのか。 身体の表面部分だけが溶け、尻尾が消え、蛆の身体に長い手足が追加され、服が再構築されるだけなのか、それとも昆虫のように全体が溶けてから再構築されるのか。 結果としては、昆虫のように中身全体がドロドロに溶け、赤と緑に光る宝石のような目玉と偽石だけが固形物として浮かんでいたのが、そのうちゆっくりと目玉が平行に浮かび、そこを中心に頭部が形成されはじめ、 偽石の位置も定まった後で体全体が形をなしていく……という、特に面白くもないものだったのだが。 男は慣れた手つきで繭の上部をハサミでジョキジョキと切り開き、ペンライトで照らして中身を見てみる。 すでに蛆実装の体は消化されたかのようにほぼ溶けきって、残っているものといえば首と繋がっていると思しき部分から伸びた脳幹らしき神経束だけである。 「レェッ! なにするレチ! ウジチャンのマユに触っちゃダメレチィ!」 親指実装が男の手に駆け寄り、あらん限りの力でペチペチと叩くが、もちろん男にとっては羽ばたく蝶の羽が当たった程度にしか感じない。 「だから邪魔すんなデス」 男は親指実装をうつ伏せに押さえつけ、その背中に半分ほど中身の残ったペットボトルを横倒しに乗せる。 成体実装であれば容易く跳ね除けられる重さだが、仔実装になる直前程度の親指実装にとっては鉄骨を乗せられているにも等しいだろう。 「そこで大事な蛆ちゃんが死ぬのを見物してるデスゥ♪」 「レチャァァー!」 男は半田ごてを取り出し、コンセントに刺し込んで熱を持たせる。 待っている間に再び蛆実装の偽石をしっかりと指で摘んで簡易コーティングし、半田ごての熱さが最高潮に達したところで、男はそれを繭に開けた穴から無造作に突っ込んだ。 ————— ジュゥゥゥゥゥゥゥゥ……………! ————— たちまち繭の中身が沸騰し、蒸発し始める。 その瞬間、それまで安らかな顔で眠っていた蛆実装の目がかっと開いた。 「レッビャァァァァァァァァーーーーーーーーーーー!!!!!!!!!!!!!!!」 再び蛆実装の大絶叫が部屋の中に響き渡る。 頭だけ出した繭というのは男にとっても初めてだったのだが、神経束らしきものが見えていた時点で繭の中身と頭部の神経が繋がっているのは予想していた。 そもそも繭の中身を再構築する鍵となるのは蛆実装の強いイメージ力によるものなのだから、中身と脳が繋がっているのはある意味当然だ。 ————— ジュジュゥゥゥ……………! ————— 「レ゛ビャッ! レ゛ビャアァッ!!! レ゛ビィィィィィ!!!!!」 叫びすぎて喉が潰れたのか、それとも沸騰した液体が喉まで焼いているのが、もはや幼生体とも思えないガラガラ声で叫び続ける蛆実装。 だが助けるものは誰もいない。 姉であり、唯一の味方である親指実装は重しを乗せられて動けないでいるのだ。 そして繭の中の水分がほぼ蒸発し、粉状の何かだけが残ったところで、ついに————— 「レ゛………ェ゛……ェ゛……」 中で支える物のなくなった蛆実装の首が繭からぼとりと落ちて、親指実装の目の前にころころと転がった。 まだ白濁していない蛆実装の両目が、助けを求めるように親指実装の姿をしっかりと捉える。 男はそれに合わせて偽石を摘んでいる指の力を緩めた。 その瞬間、男の指の中から『ピキッ……』という弱々しい音が聞こえ、蛆実装の偽石はまるで水中に入れた角砂糖のようにぐずぐずに崩れた。 それに合わせて蛆実装の両目が急速に白濁していく。 「レ………レッチャァァァーーーーーーーー!!!!!」 目の前で蛆実装の命が燃え尽きる様を目にした親指実装は悲痛な叫びを水槽内に響き渡らせ、目を見開いたままがくりと地面に突っ伏した。 男はそれを見て一瞬(死んでしまったか?)と慌てたが、偽石の割れる音は聞こえていない。 念のため親指実装の体に指を当ててみるが、ちゃんと呼吸も脈動も感じられる。 どうやらショックのあまり失神しただけのようだ。 男は失神した親指実装を見て、仮面の下で蕩けんばかりの表情で愉悦に浸っていた。 やはり実装虐待は楽しい。 糞蟲は単純に痛みを与えてのたうち回らせるのが一番楽しいが、やはり今回のように良蟲は家族を殺されるのが一番堪えるらしいので、そちらから責めて希望を奪うのが一番いい。 だが、さすがに今回は少しショックを与えすぎたと反省したのか、男は親指実装が気を失っている間に胸を切り開き、偽石を摘出して実装活性剤に浸しておいた。 あくまで虐待のメインは親指のほうなのだから、楽しむ前に死んでしまっては元も子もない。 ------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------- 親指実装は日が沈む頃になって目を覚ました。 蛆実装が死んだのは昼前だったので、六時間以上気を失っていたことになる。 「テチ……ウジチャンは………」 呟いて、親指実装は自分の言葉が「レチ」ではなく「テチ」になっていることに気づいた。 すでに体格だけなら仔実装と呼んでいいレベルにまで成長していたのだが、気を失っている間に完全に仔実装になっていたのだ。 男が偽石を活性剤入りのタッパーに放り込んでおいたせいもあるのかもしれないが、仔実装にとって今そんなことはどうでもいい。 「ウジチャンは? ウジチャンはどこデチ?」 ショックのあまり軽い健忘症を起こしたらしく、仔実装は蛆実装が死んだことを忘れているらしい。 だが目の前にある破れた繭の残骸と、点々と地面に広がる赤と緑の血痕に気づいた瞬間、仔実装は全てを思い出した。 蛆実装の死体は片付けられていたが、仔実装の記憶が飛んでいることを予想していた男が、ここで起こったことを思い出させるために繭の残骸だけはそのままにしておいたのだ。 「テェェ……ウジチャン………ウジチャァァーン!!!」 がっくりと膝をつき、赤と緑の涙を滝のように流して号泣する仔実装。 「お、ようやく起きたか……デス」 仔実装の泣き声に気づいた男が、思い出したかのように語尾に「デス」を付けながら水槽を覗き込む。 「仔実装になったばかりで悪いデスが、最初に言ったことを覚えてるデスゥ? 蛆ちゃんが死んだら、お前もイタイイタイことして殺すと言ったデス。今からそれを実行させてもらうデス」 その言葉を聞いた仔実装は恐怖で震え上がるかと思いきや、男の予想に反して怒りと強い意思によって体を震わせていた。 「イヤテチ……」 「何デスゥ?」 「イヤテチ! ワタチは生きるんテチ!」 男は一瞬仔実装が糞蟲化したかと思ったが、どうも糞蟲らしい醜く歪んだ表情ではない。 むしろ何か強い決意を秘めた者の顔だ。 「お前、家族をみんな失って、この先も生きていく意味はあるデス? ここで私に殺されなくても、もうご主人様はここにはいないデス。外に放り出されて他の実装石に食われるだけの実装生デス?」 「それでもワタチは生きるテチ……カナシイことになったママやオネチャ、ウジチャンの分まで……そしていつかワタチがママになって、たくさんウジチャンを産むんテチ! 今度こそウジチャンを幸せにしてあげるんデチ!」 (なるほど、そういう思考か) 仔実装は自分が母となり、再び家族を増やすことで死んだ者の命が無駄にはならないという、人間にもよくある動機付けで生きることを決意したらしい。 幸せ回路を持つ実装石とはいえ、ただ根拠もなしに『私は幸せになるべきなんだ』と考えるのではなく、こうまで善良な方向へのポジティブシンキングをするあたり、やはりこの仔実装はかなりの良蟲である。 だがそんな前向きさは、むしろ男の嗜虐心をくすぐるだけだ。 「勝手に夢見てろデスゥ。私も勝手にお前を虐待させてもらうだけデスゥ♪」 男はそう言いながら、仔実装の後ろ髪の一房をむんずと掴む。 「テェッ!? やめるテチ! カミを引っ張っちゃダメテチィ!」 無論このまま引っ張ったところで、仔実装がそれに合わせて動く限り髪は抜けない。 上に引っ張り上げて自重で負担をかける手もあるが、それでは重力任せで面白くない。 男はフランスの凱旋門のような形をした積み木を取り出し、そのU字部分に引っ張った髪を通すようにして、もう片方の手で地面に固定した。 そして髪を掴んでいるほうの手を引っ張ると、仔実装の体が門につっかえて髪だけが引っ張られる格好になる。 この積み木は本来仔実装を遊ばせてやるための愛護グッズなのだが、こうして使えば虐待グッズに早変わりするのだ。 「テヂィィィィィ!!!」 仔実装は抜けないように髪の根元を掴んで必死で耐える。 男は実装石が髪を奪われまいとして、歯を食いしばって必死に耐えるこの表情が大好きだった。 とはいえ、実装石の力でいくら踏ん張ったところで人間の引っ張る力に抗えるわけもなく、むしろ自分の引っ張る力で余計に髪の付け根にダメージを与えるだけだ。 やがて力に耐えられなくなった髪が一本、また一本と千切れ、最後には一気にまとめてぶちりと抜けた。 「テェェーッ!!! わ、ワタチのカミがぁぁーーーーーっ!!!」 男は引き抜いたそれを、わざと綺麗な状態で見せつけるかのように一まとめにして仔実装の目の前に置いた。 「どうデス? 悲しいデス? 死にたくなったデスゥ? デーップププwww」 男は仮面の下でもニヤニヤと口角を吊り上げながら、わざわざ実装石の笑い方まで真似て仔実装を嘲笑う。 「テェェーーン! テェェーーン!」 号泣する仔実装の姿を十分に堪能した後、男は水槽に蓋をして部屋を出て行った。 仔実装の偽石は活性剤に浸してあるとはいえ、一気に追い詰めて壊してしまっては準備にかかった労力と釣り合わない。 仔実装から何かを奪うのは一日一度と決めて、三〜四日かけてじっくりと楽しむつもりだった。 ------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------- 次の日、男は仔実装の服を奪うつもりで水槽の蓋を開けた。 すると仔実装が、またも男の予想をいい意味で裏切る行動を見せていた。 仔実装は引き抜かれた髪の毛の束を、残ったもう片方の一房に器用に結び付けていたのだ。 確かにこうすれば多少バランスが悪いとはいえ、ツインテールの体裁は保てていなくもない。 男が髪を一房しか奪わなかったのはあくまで大事なものの半分だけを奪い、中途半端に希望を残しておくことで仔実装をじわじわと甚振るためだったのだが、この行動は予想以上にポジティブだ。 男は実装式の笑いを忘れて普通に笑ってしまいそうになるのを堪えながら、仔実装の服を奪ってビリビリに引き裂いた。 「テェェ! 大事なオフクを破らないデチャァァ!」 これも奪ったのは首から下の服と下着だけで、頭巾は残してある。 それでも仔実装は髪を奪ったときと同じように激しく号泣し、泣き疲れて眠ってしまうまで地面に這いつくばったままだった。 そして虐待三日目、仔実装はさすがにかなり疲弊していた。 そろそろ仕上げに入ってもいい頃かもしれない。 男は仔実装がまだ眠っている間にこっそりと近づき、その右目をマジックで塗って緑色に染めた。 たちまち仔実装の体が強制妊娠モードに移行し、胎内で蛆実装(仔実装の体ではそれが限界だ)が形成され始める。 「チュワァァッ!?」 腹部がボコボコと蠢動するのを感じ、仔実装が飛び起きる。 「テ、テェェッ!? なんテチ? なんテチィ?」 いきなり倍にも膨らんだ自分の腹を見て、仔実装が驚きの声を上げて慌てふためく。 「ああ、それは妊娠したんデス。お前、お望みどおりママになるんデスゥ」 男はまるで興味ないとでも言いたげに、事実だけを淡々と述べる。 「テェ………ワタチが………ママになるテチィ?」 もちろん仔実装は強制妊娠モードのことなど知らないし、そもそも実装石がどうやって妊娠するのかすら、それを教えるはずの親が死んでしまったので知らなかった。 妊娠など成体になってからのことだと勝手に思い込んでいたし、まだまだ先のことだと思っていたのだ。 仔実装は巨大実装が自分の腹の中にいる仔に興味を示さず、今日は何もしてこないのが少し気になったが、自分の体に宿った無数の小さな命を感じ、そんなことはすぐに忘れてしまった。 むしろ念願叶って授かったこの仔たちを、なんとしても巨大実装の魔の手から守らなければならないと、いっそう決意を強くした。 ------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------- 「テッテロテ〜♪ テッテロチェ〜♪」 両目を緑に染めた仔実装が胎教の歌を歌っていた。 仔実装はこの実装石特有の歌を誰に教えられたわけでもないが、実装石はみな自分が母の胎内にいるときに聞いていたこの歌を本能的に覚えているのだ。 男は三日目から四日目にかけての丸一日、仔実装を完全に放置した。 実装石が『家族リンク』と呼ばれるテレパシーじみた機能によって胎内の仔と対話を行うのを、仔実装に存分に楽しませてやるためだ。 幸せ回路をフルに働かせ、自分の望みがもうすぐ叶うというところから落としてやるための布石だった。 「テッチェロチェ〜♪ テッテロケ〜♪」 仔実装が調子外れな声で歌い続ける。 (みんな元気に産んであげるテチ) (ゼッタイにみんなで幸せになるテチ) という想いを込めて。 男にとっては虫唾の走る光景であったが、ここから地獄のドン底へと落としてやるためだと思って何とか堪えた。 上げ落としにおける“上げ”の期間は虐待派にとって最も辛く、我慢のしどころとなる工程なのだ。 強制妊娠で作られた仔は未熟児、すなわち蛆実装であることが多いが、そもそも仔実装の体格で産めるのは蛆実装かせいぜい親指実装が関の山である。 しかも妊娠してまだ丸一日ともなれば、蛆実装ですらない『ミル実装』と呼ばれる極小のおたまじゃくしのような状態だろう。 偽石すらまだ石の形を成しておらず、生まれたばかりのメダカの栄養嚢のような形で腹部に張り付いた『偽嚢』と呼ばれる段階かもしれない。 だが、そんな状態でも実装石という生物は確固たる意識を有しており、胎内から母親に意識だけで声なき声を伝えることができるという。 それならば十分だ。 男は実装石の仮面を被って準備をすると、水槽の前に立って仔実装を見下ろした。 「テ……!」 仔実装は無意識のうちに腹部を庇うように押さえ、半分だけ後ろを向いて背中越しに男の姿を見る。 なんとしてもお腹の仔を守ろうとしているらしい。 「そろそろお前にも死んでもらおうかと思うデスゥ」 「イ、イヤテチ! ワタチにはこの仔たちをちゃんと産んで育てるシメイがあるデチ!」 強い意志を持って目の前の巨大実装を睨みつける仔実装。 仔実装であっても母は強しというところか。 だが実装石の意思や強さなど、人間の圧倒的な力の前ではまさに蟷螂の斧というやつである。 「笑わせんなデス。お前は何もできずに腹の仔共々死ぬだけデスゥ」 そう言いながら男は半田ごてを取り出す。 それを見た仔実装の体が強張った。 あの棒は蛆ちゃんを殺したとても怖い道具だ。 仔実装は思わず身構えたが、男は頭に残された頭巾を摘むと、あっさりと仔実装の体を宙に持ち上げた。 「テチャアァァ! やめるテチィィ!」 仔実装は必死に腹を庇うが、男の狙いはそこではない。 男が狙っているのはむき出しになった総排泄孔だ。 ————— ズン! ————— 「テヒャァァーーーッ!!!」 男は半田ごての先端を仔実装の総排泄孔に向け、仔実装の体や胎内の仔を直接的には傷つけない絶妙の深さまで突き刺した。 仔実装は驚いて悲鳴を上げたが、少し冷たいだけでさほどの痛みはない。 そう、男はまだ半田ごてのケーブルをコンセントに挿し込んでいなかったのだ。 男は総排泄孔を突き刺したままの状態で、仔実装の体が真っ直ぐになるよう半田ごてを陶器製のペン立てのようなものに固定した。 その姿はドラ○ュラ伯爵のモデルになったという、中世ルーマニアの王ヴラド・○ェペシュ(串刺し公)に処刑された人間のようだ。 そうしておいてから、男はようやく半田ごてのケーブルをコンセントに挿し込んだ。 通電した半田ごては、わずか二〜三十秒ほどで摂氏五百度ものの温度に達する。 そして数十秒後————— ((((((( リ ュ フ ゥ ゥ ゥ ゥ ゥ ゥ ゥ ッ!!!!!!!!!!)))))))(パキン! パキン! プチュッ! パキン! プチン! パキン! プチュン!) 「………テ? ………テェェ? ……………テヂャァァァァァァァッ!?!?!?!?!?!?!?」 自分が熱さによる悲鳴を上げるより前に、仔実装は確かに聞いた。 糞で満たされた糞袋の中、羊水代わりの保護粘膜に包まれて空気が振動するはずもなく、本来ならば決して聞こえるはずのない胎児たちの (熱い! ママ、熱いよ!) (ママ、助けて! 助けて!) (熱い! 熱いよ! 死にたくないよ!) (ママ、こんなに熱いのにどうして助けてくれないの?) という、声にならない声。 何よりも大切にしようと誓ったはずの子供たちが、産声すら上げることができずにその命を散らていく瞬間の断末魔の叫び。 七匹いた仔実装の胎児たちは全身を焼く地獄の苦しみを味わいながら、その全てが偽石を崩壊もしくは偽嚢を破裂させて死んだ。 「ヂェアァーーーーーーーーーーーーーーーーァァァ!!!!!!!!!!」 続いて仔実装が自身の体内を焼かれる激痛による悲鳴を上げる。 男は仔実装の体内を傷つけすぎないよう、素早く仔実装の体から半田ごてを抜き取った。 しかし焼けた肉が張り付いたのか、抜くときに糞袋の内壁と総排泄孔の肉壁を大きく引き千切ってしまう。 活性剤の中に浸してあるとはいえ、仔を失ったショックと体内を焼かれる激痛で仔実装の偽石が砕けなかったのは偶然というしかなかった。 いや、すでに偽石の真ん中を縦断するように大きなヒビ割れが入りつつあり、もはや仔実装は余命いくばくもない状態といえる。 「テッ………テヒ……………テヒィ……………」 仔実装は文字通りの虫の息で、焼け爛れた総排泄孔を晒したガニ股の体勢のままビクビクと痙攣していた。 「デーップププwww いいザマデスゥ♪」 男はさらに言葉で仔実装を追い詰める。 「イヤ……テチ……………コドモ……産むんテチ……………ウジチャンを………幸せ……に………」 「なーに言ってるデスゥ。そんな焼け爛れた腹じゃ、もう子供なんて産めるわけがないデスゥ」 「テッ……!」 「というかお前、もうすぐ死ぬデスゥ♪」 「テェェ………」 男が楽しそうに言葉をかけるたびに、仔実装の偽石にピキピキと小さなヒビが入り、赤と緑だった色付きの涙が墨のように黒く濁っていく。 そして男は仕上げとして、最後のネタばらしをしてやることにした。 「いやー、お前らには本当に楽しませてもらったデス。それにしても……お前のご主人様は本当に酷いやつデスゥ。お前らがこんな目に遭っているのに、助けに来る気配もないデス」 「テェ……そ、そんなことないテチ………ゴシュジンサマは………ゴシュジンサマはきっと……ワタチたちを探してくれてるはずテチ………」 「いやいや……本当に酷いやつだよ?」 目の前の巨大実装石の声が、急に仔実装が聞き覚えのあるものに変わる。 男がリンガルのボイスチェンジャー機能をオフにしたのだ。 仔実装が目だけを自分のほうに向けたところで、男はゆっくりと実装石の仮面を外す。 「だって……お前たち姉妹をこんな目に遭わせたのは……そのご主人様自身なんだからなぁ!」 男が完全に仮面を脱ぎ捨てて素顔を晒すと、仔実装は信じられないものを見たという顔で大きく目を見開いた。 「テ……………テェェーーーッ!?」 ————— ピキッ! ……ピシッ………ぴしり……! ————— 仔実装の偽石に入った細かい亀裂が次々と増え、全体に広がっていく。 「つーか、お前の母親を殺したのも、禿裸をけしかけてお前の姉を殺させたのも、実は全部俺のやったことでしたー♪」 「チィィ………」 男が全てを明らかにした瞬間、仔実装は絶望の悲鳴を上げるでもなく、ただ弱々しく鳴いた。 いや、哭いた。 そして————— ————— パキン……! ————— ついに実装の偽石は粉々に砕け散った。 男は仔実装の死体を棺のような箱の中に納めると、冷えて固まると透明なアクリル状になる特殊な樹脂をその中に流し込んだ。 惨たらしい虐待によって死んだ実装石の体をそのままの姿で保存するための、そこそこ昔から伝わる技法である。 実はこうして保存された実装石の死体オブジェをコレクションする虐待派—————金は山ほど持っているのだが自分で実装石を虐待するほどの知識や発想力、何より高齢のため体力がないという好事家は意外に多く、 出来のいいオブジェはネットオークションなどで高値で取引されているばかりか、その出来を競う品評会まで開かれているほどなのだ。 男はその品評会の常連であった。 ------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------- それから数日後————— 男はアクリルコーティングした仔実装の死体を、前もって同じように保存しておいた蛆実装の首とセットにしたうえで、どのような虐待を行なったかを詳細に記したレポートを添えて品評会に出品した。 審査の結果は銅賞、賞金はなんと二百万円である。 「うおぉぉぉぉ! やったぜ初入賞! 金賞の一千万を逃したのは残念だったけど、これで一年は楽に暮らせるぜぇぇ!!!」 男が歓喜の咆哮を上げる。 なにせ『絶望の黒い涙を流した状態のまま偽石を崩壊させた実装石』が当たり前というレベルの品評会だ。 入賞すること自体かなりの難事なのである。 しかも適当に殺した実装石の死体に墨で黒い涙の跡を偽装したり、提出が義務付けられている虐待レポートの内容を詐称したりする者もたまにいるが、そういうのは目の肥えた好事家連中やプロの虐待師の目にかかれば あっさりと見破られてしまうのだ。 実装石の虐待というものはそれほどまでに奥深く、大金を出して実装石の死体オブジェを蒐集するほどの好事家や一流の虐待師というものは、そこまで実装石という生物を知り尽くしている。 男にとって賞金以上に嬉しかったのは、自分がそのような選りすぐりの虐待派にも認められたということ、すなわち自分も一端の虐待師であることの証明を得られたことだった。 男が講評の書かれたシートを読んでみると、評価されたポイントは黒い涙でも内臓焼きの痕でもなく、抜かれた髪の毛を仔実装自身が健気にも補修しようとした不恰好なツインテール、そして頭巾だけを残したことによって 精神的な拠り所や希望を中途半端に残したうえで追い込んだことと、もう一つは『珍しい頭出し繭』の中身だけを煮詰めて落とした蛆実装の頭部だった。 「ああー、評価されたのはそっちかあ………今回は蛆の首で稼いだポイントに助けられた感があるな」 金賞を取った作品の写真を見てみると、成体実装が黒い涙で顔をぐしゃぐしゃに濡らしながらも、満面の笑顔と完璧なポーズで『最高の媚び』をしたままの状態で、直立不動で死んでいるオブジェが写っていた。 最初は飼い実装として普通に飼育し、増長するたびに虐待を加えて矯正し、立派な飼い実装になったところで、今度は飼い実装としてのアイデンティティを崩壊させるような出来事を起こして精神的苦痛を与える。 そんな上げ落としをなるべく自然な形で何度も繰り返し、実装生の酸いも甘いも全て味わわせ尽くしたうえで、最後に残された希望に縋りつくようにして伸ばされた手—————そんな『命がけの媚び』を言葉だけで拒絶する。 そもそもストレスにある程度強くなった成体実装の偽石を、外傷をつけないどころか仔を殺すこともせずに崩壊させるというだけでも凄い腕前なのだが、そうして作られたオブジェの姿にはある種の芸術性すら感じられ、 ただ惨たらしいだけの自分の作品との違いを嫌というほど思い知らされる。 「はぁ………実装虐待は本当に奥が深いなあ。俺なんかまだまだ駆け出しのヒヨッコだわ」 男はため息を漏らしながら、まだ見ることすらできない実装虐待の遥かな高みへと思いを馳せる。 「また新しい素材を拾ってこないとな」 男は再び家の近くにある公園へと向かう。 あの公園には、まだまだ多くの実装石が生活を営んでいるのだ。 いつか自他共に認める『一流の虐待師』の称号を手にする日まで、男の『修行』という名の実装石虐待は続く————— -END- ------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------- あとがき 前回の投稿から結構間が空いてしまいました。 自分の中で実装石虐待への情熱そのものは全く冷めていないのですが、いかんせんネタそのものがマンネリといいますか、さすがにそう次々と出てこなくなりまして、一度原点に立ち返ろうということで 自分が実装石虐待を大好きになるきっかけになったイラスト作品『親指と蛆』を自分流にアレンジしてみました。 さらに、自分の目指す最高の虐待を描いたスクである『ナナ』に出てきた実装石の死に様を、遥かなる高みの象徴としてオチに登場させることで、自分の目指すべきものを再確認する意味合いも持たせてみましたが…… いつの間にやらえらく長い作品になってしまいました。 しかも構想はできていたのに何故かなかなか筆が乗らず、この作品自体かなりの難産でした。 で す が、この作品を書いている間に色々とインスピレーションが湧いてきまして、プロットだけならかなりの数を思いつくことができましたので、特に全体像まで構想が出来上がっているものに関しては 近日中に披露できると思います。 能天気な蛆への虐待が好きな方、実装石を思いっきりボッコボコにしてやりたいと常々思っておられる方には、本当にスッキリできる内容になると思いますのでご期待下さい。

| 1 Re: Name:匿名石 2016/06/16-01:26:37 No:00002405[申告] |
| GJ!!良蟲虐待は愉快
産まれついてのハズレクジ人生(実生)を無意味に意識高く生きてる愚鈍さは、もうオモチャにして下さいなぶり殺して下さいと自ら言っているようなもの 次回作も期待してます |
| 2 Re: Name:匿名石 2016/06/16-01:33:56 No:00002406[申告] |
| 王道な印象、虐待に実験的な要素が入ってるあたりがいいな。
俺実験派なのかも。 |
| 3 Re: Name:匿名石 2016/06/18-03:01:59 No:00002407[申告] |
| 金賞を取った作品の詳細レポートを読みたい |
| 4 Re: Name:匿名石 2016/11/13-23:30:35 No:00002801[申告] |
| 良蟲だったのにかわいそうに…
まあ、その良蟲に育ったのも環境と教育のおかげだけどな! |
| 5 Re: Name:匿名石 2023/07/12-19:16:54 No:00007507[申告] |
| ウジのほうは主人に水糞飛ばすとか糞蟲のままな気がしないでもない…
まあウジは知能的に良い蟲にならんか無理もないが… |