タイトル:【決戦】 DEXT 第三部完結篇・5話 ~人間さんより愛を込めて/FUTURE~ (シリーズ最終回)
ファイル:DEXT 15話(終).txt
作者:みぃ 総投稿数:41 総ダウンロード数:1148 レス数:6
初投稿日時:2016/03/28-02:12:07修正日時:2016/03/28-10:40:14
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【登場人物まとめ】

 桐野 としあき  ……主人公(笑) 長く苦しき闘病の果て志半ばにして散る。最後に口にしたのは愛する人の名前であった。
 木下(本名不詳) ……国籍不明の滅亡派。帝国を壊滅寸前まで追い込むが、突如立ちはだかったエメラルに倒される。
 麗  華     ……桐野の彼女。留学生。りー・ふぁ。帝国に捉えられていたが——
 太田 崩岩片   ……室内虐待派のデブ。名前の読みは「でぶり」。実装石に逆襲され焼き殺される。
 茂比 寛     ……虐殺派のモヒカン。重度の愛犬家。夜道で犬に食い殺される。
 桐野 妹     ……桐野の妹。黒髪ボブ。愛護派。厨二病。

 エメラル     ……よしあきさんの町の生き残り実装石。長い冒険の果てに実装石ならざる力を手に入れ木下を倒す。
 ルリス      ……よしあきさんの町の生き残り実装石。復讐のため帝国の戦石となるも木下に殺される。
 ハーティ     ……よしあきさんの町の生き残り実装石。国境の町で貴石殺しの冤罪を着せられ無念のうちに処刑される。

 ロムデス     ……帝国の初代皇帝。人間の残した遺産からあらゆる技術を取得し帝国を作る。
 アウグスデス   ……帝国の三代目皇帝。非凡な才能の持ち主だったが木下の戦術にまったく対応できず帝国を危機に陥れる。
 コンスタンティデス……帝国の第一王女。高い理想と教養を持つ才女だったが、和平交渉へ向かう最中に不慮の事故で命を落とす。

 リューイ     ……なつあきさんの町の長。ファランデクスを駆使して仲間と共に太田を倒す。
 ミドリナイト   ……二〇〇年前の祖先の遺言を忠実に守って祈りを捧げる一族の生き残り。

 魔竜ヒネモス   ……神になろうとしてるドラゴン。


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   1

 三代目皇帝アウグスデスは暗い地下通路を必死に駆けていた。

 もう帝国はお終いだ。民は暴れ狂い、町中が毒に冒されている。
 あれだけいた戦石もほとんど全滅した。期待をかけて育てた我が仔も死んだ。
 でもまだ希望はある。この私という存在がある限り、帝国は真に滅びることはない。

「はぁ、はぁ……急いで、逃げるデス」
「皇帝陛下、がんばってくださいテチ! 町の外にさえ出ちゃえばこっちのもんテチ!
 だからもっと急ぐテチ! 走るテチ! 猛ダッシュテチ!」

 アウグスデスの腕では側近の平石実装石が無責任にエールを送っている。
 ふと彼女の頭に疑問が過ぎった。

「というか、なんで私がお前を運ばなきゃならないデス!?」
「チベッ」

 思わず壁に叩きつけると側近の頭は潰れたごはんの実みたいになった。
 まあ仕方ない。主君に働かせて自分だけ楽しているなんて不忠義者もいいところだ。
 あいつは糞蟲だった。それだけの話だ。

 身軽になったアウグスデスは再び走り始める。
 民衆が追って来ていないかを確認するためちらりと後ろを振り向いた瞬間、

「デッ!?」

 何かにぶつかって尻餅をついた。

「デギャァッ! いったい何デス!? だれがこんな所に邪魔なものを置いたデス!?」
「さあ、誰だろうねえ」
「……デ?」

 アウグスデスは尻餅をついたまま前方を見上げる。
 そこにはニンゲンが立っていた。
 髪の毛が茶色く、頭のわるそうな印象のニンゲンのメス。
 戦石に捕まえさせ、地下牢に繋いでおいたはずのニンゲンが。



 麗華の目は血走っていた。
 この数日間、彼女はずっとこの地下牢に捕らえられていたのだ。

 最低限の食事と水は与えられていたが、味がないパサパサしたパン切れみたいなものしかない上、見張りの実装石が気分次第で糞を混ぜてくる。
 最初こそ頑なに食べることを拒んでいたが、耐えがたい空腹には抗えず、泣きながら口に運んで命を繋いできた。

 腹の奥にグツグツと煮え立つような怒りを蓄えながら。

「糞蟲ちゃん、やっと会えたねぇ……」

 体力を回復しながら何度も何度も身体をねじり、運良く拘束を外すことができたのがついさっき。
 その直後にこのムカつくピンク服がやって来たのは麗華にとって幸運だった。
 麗華は倒れたまま糞を漏らすピンク服の実装石の襟首を捕まえ、片手で持ち上げる。

「はっ、離すデス! 貴様はワタシを誰だと思ってるデス!?」

 耳にはイヤホンリンガルが装着されており、ピンク服実装の言葉は理解できる。

「知らないなあ。どこのどなた様よ?」
「ワタシはこの帝国の皇帝デス! 二十二年の歴史ある偉大な国家の王の中の王デス!
 貴様ら下賤なる下等生物が触れて良いような存在ではないんデス!」

 麗華のこめかみがぴくりと動く。

「二十二年? 王の中の王?」
「デ……?」

 ゾッとするような笑みを浮かべ、麗華は皇帝実装を睨み付ける。
 
 お山の大将ごときが、随分となめた口をきいてくれるじゃないの。
 糞蟲には相応しい死に様を与えてやる。

「跪(ホイ)!」
「デベッ」

 麗華は皇帝実装を床に叩きつけた。
 顔をとっさに庇ったのか、手を床についたその姿はまるで土下座しているよう。
 麗華はそのまま皇帝の上に足を持ち上げ、その頭を、

「一叩頭(イーコウトウ)!」
「デギャッ」

 踏みつける。

「再頭叩(ツァイコウトウ)!」
「デゲベッ」

 踏みつける!

「三頭叩(サンコウトウ)!」
「デッ」グチャッ

 踏み砕く!

 三 跪 九 叩 頭 ! (バーン!)

「起(チー)……は必要ないね。本当はあと二セットあるんだけど」

 頭部を失い、脳症を暗い地下通路内にぶちまけた皇帝実装。
 その無残な死骸に背を向け、麗華は吐き捨てるように呟いた。

「井底之蛙、不知大海。了解中華四千年——歴史が違うのよ」



   2

「ぐっ……が……」

 木下は凄まじい激痛に意識を取り戻した。
 腹を大きくX字に切り裂かれている。夥しい出血量だ。。
 しかも倒れたときに防毒マスクが外れたらしく、駆除剤をだいぶ吸い込んでしまっている。
 どれだけ気を失っていたのかわからないが、かなり危険な状態だ。

「くそ……糞蟲、ごときが……!」

 喉の痛みが激しい。言葉を発するたびに激痛が走る。
 それでも木下は呟かずにはいられなかった。

 まったくの油断であった。
 突然目の前に現れたなんの変哲も無い一匹の仔実装。
 様々な道具を駆使し、曲芸のような動きで攻撃してくる小さな生き物。
 防毒マスクで視界が悪くなっていたのを差し引いても、実装石ごときにやられたのは一生の不覚であった。

「次は、こうは、がはっ、いかない……!」

 だが、所詮は実装石。
 手の内さえ割れれば対処はいくらでもできる。
 蜂を相手に素手でボクシングを挑むバカはいないように、それに相応しい駆除方法を行うだけだ。
 覚えていろ、次は貴様の視界に入ることもなく駆逐してやる。

 しかし、今はとにかくこの身体を癒やさないと。
 悔しいが今日は撤退だ。仕切り直しである。
 付近の実装石がすでに全滅しており、倒れている間に攻撃を受けなかったのは幸運であった。
 
「よう、木下じゃんか」

 倒れたままの木下に声をかける人物がいた。
 麗華だった。頬はやせこけ、眼下は落ちくぼみかなり衰弱しているのが一目でわかる。
 だが表情は不思議と晴れやかである。何かいいことでもあったのだろうか。

「無事、だったのか……」
「まあね。ってか、なにやられてんの? 助けに来てくれて悪いけど一人で脱出できたから」

 別に助けに来たわけじゃない……と強がりが思わず口から出そうになったが堪えた。
 建前上は確かにその通りだし、不覚を取ったことも言い訳するつもりはない。
 まあ、今だけはこいつがいてくれて助かった。
 この身体ではまともに歩けないので、トラックまで肩を貸してもらおう。

「ってか、いろいろ聞かせて欲しいんだよね。アタシまだ事情を飲み込めてなくて……」

 そう行って麗華は近くの家に腰掛ける。実装石の住む一階建ての家はイスにちょうどいい。
 麗華は胸ポケットからタバコを取り出し口にくわえた。
 それを見た木下は目を見開く。

「バカ、なにを、やってる……」
「あん?」
「周りは、可燃性の駆除剤で、満たされて、いる……『きをつけろ』……!」

 かすれた声でなんとかそう指摘する。
 麗華はこちらをしばらくジッと見つめた後、おもむろにライターを取り出して着火した。

「……! お前、何を……!」
「えー、だってさ。アンタいま」

 麗華はニヤニヤしながら言う。





「『ひをつけろ』って言ったじゃん!」

「HAHAHA! こいつは一本とられたネ!」





 どかーーーーーーーーーーーん!

「アイヤー!(ファイアー)」

 注意一秒、バカ一生。
(木下・麗華ペア。完全敗北……死亡)



   3

「あーあ、なにやってんだか……」

 崖上から双眼鏡で様子を見ていた桐野妹は思わず呆れの声を上げた。
 あの爆発では爆心地にいた二人の生存は絶望的だろう。
 麗華はともかく木下が死んだのは辛い。なんとなくだが、兄も今ごろ死んでいるような気がする。
 
 生き残ったのが自分ひとりだけでは子孫を残すのは無理。
 この時代における人類滅亡は確定だ。

「ま、いっか」

 桐野妹は諦めて双眼鏡を覗く作業に戻った。
 獣よけにト=メィトゥの実を混ぜた粘土で作った煉瓦は火で燃える。
 今や帝都はその三分の一が炎に包まれており、その勢いが街すべてを包み込むのは時間の問題だろう。

 街の中には必死にバケツのようなもので毒の水を汲み、消火を試みている実装石もいる。

「かわいい……♪」

 もちろん、焼け石に水どころではない。
 その実装石もまた火に包まれ、ほとんどが逃げ場もなく焼かれていく。
 三〇〇〇匹の実装石が暮らしていた街は、いま滅亡の時を迎えようとしていた。

 桐野妹はそのまま三〇分ほど眺めていたが、炎の勢いが増してくると街の中はほとんど何も見えなくなった。
 この辺りが切り上げ時だろう。
 寝袋とテントをどうするか迷ったが、重いのでその場に残して山を下ることにした。

 日の沈みかけた山中をひとり歩く。
 車は木下が下まで持って行ってしまったため、徒歩しか移動手段がない。
 どっちにせよ中学生の桐野妹が運転できるわけはないのだが。

「さて、これからどうしよっかなー」

 本当にこの世界に自分ひとりしか人間が残っていないならわりと詰み状態である。
 まあ、できる限りはがんばって生きてみるとしよう。
 実装ちゃんはまだまだいっぱいいるだろうし♪

 などと考えながら歩いていると、とつぜん茂みの中から緑色の物体が飛び出してきた。
 その物体はこちらに向けて鋭く尖った銛のようなものを撃ち出してくる。

 桐野妹は身体を捻って避けた。
 銛についた細いチェーンが伸縮し、一匹の実装石がもの凄い速さで近づいてくる。
 その手には翠色にきらめく剣。

「おっと」

 その攻撃を桐野妹は右手に握った黒いコンバットナイフで弾いた。



 ……馬鹿な。あれを避けられるなんて。
 弾かれた勢いとマントによる浮力を利用し、近くの木の枝の上に登ったエメラルは驚愕の表情で眼下のニンゲンを見下ろした。

 あいつだ、間違いない。
 エメラルたちの平穏な暮らしを奪い、町を燃やしたニンゲンのひとり!
 優しそうな笑顔の下に、とんでもない残酷さを秘めたやつ!

「おおー、すごいすごい! 実装ちゃんいまのどうやったの!?」

 エメラルは完全に殺す気で首を狙ったのだが、このニンゲンはあっさりと防いだばかりか、とつぜんの奇襲に対して怒りすら見せない。
 それがエメラルにはとてつもなく恐ろしい。
 オヤカタサンの仔たちを殺した時もそうだ。こいつは死を振りまくときも笑顔を崩さない。

「……あれ?」

 と、ニンゲンがエメラルを見上げながら首をかしげる。

「あなた、最初に私たちが滅ぼした町にいた実装ちゃん? ひとりで逃げた……」
「テッ!?」

 エメラルは驚いた。
 実装石の個体ごとに容姿の差がほとんどないことは自分たちでもよくわかっている。
 彼女たちですら毎日会っているからわかるレベルの細かい差異や、ニオイの違いなどで知り合いを判別するくらいだ。

「ああ、やっぱりねー。もしかして、復讐しにきたの?」
「テチ……!」

 ニンゲンが耳に何かをはめた。
 あれはたしか実装石の言葉を理解するための道具だ。

「聞こえるー? あなた、お名前はー?」
「……エメラル、テチ」
「エメラルちゃんかー。私は桐野妹(きりの・まい)だよ、マイって呼んでね!
 もしくは『+聖妖天使MAI+』でも可!」

 片目を瞑り半身になって指を変な形に立て、
 もう片方の手を額に当ててポーズを取る+聖妖天使MAI+。

「+聖妖天使MAI+サン、あなたは……」
「あ、ごめんなさい。やっぱり声に出されると恥ずかしいのでマイでお願いします」
「まいサン、あなたはなぜ実装石を殺すテチ?」
「かわいいからです!」

 迷いない即答だった。
 エメラルはふいに頭に血が上り枝から飛び降りる。
 そのままマイの脳天をかち割るつもりで翠光剣を振るった。
 しかしエメラルの攻撃はマイの持つ黒いナイフに弾かれる。

「意味がわからないテチ! なんでかわいいから殺すテチ!」
「だって私、あなたたち実装ちゃんが大好きなんだもん!」

 吹き飛ばされつつマントを翻して落下速度を減少させ、近くの木にフックショットを突き刺して敵の側面に移動する。

「ふざけんなテチ! オマエはそうやって適当なこと言いながら笑って実装石を殺すテチ!
 どうせワタシタチの命なんてゴミとしか思ってないんテチ!?」
「そんなわけない!」

 マイが踏み込んでくる。その手に握った黒いナイフを振るう。
 エメラルは間一髪の所で翠光剣で受け止め、勢いのママ後方に飛ばされた。

「あなたたちはゴミなんかじゃない! ひとりひとりが大切な命だよ!」
「じゃあなんで殺すテチ!」
「かわいいからだってば!」
「ふざけんなテチ!」

 エメラルは空中で半回転すると、フックショットでマイの背後の木を突き刺した。
 すれ違い様に剣を振るが、それもまたあっさりと避けられる。

「ニンゲンから見れば小さくても、ワタシタチだって一生懸命生きてるテチ!
 遊び半分で殺されていいわけがないテチ!」
「遊びじゃないってば! いっつも真剣だよ!」
「嘘テチ! じゃあオマエは今までに殺した実装石の数を覚えてるテチ!?」
「現時点までの累計で99822匹!」

 枝に固定し高所で動きを停止し、エメラルはマイを見下ろす。

「……適当なことをいってるんじゃないテチ」
「適当じゃないよ。エメラルちゃんのいた町に住んでた92匹も含めて、
 私は自分で殺した仔や、一緒にいた人が殺した実装ちゃんの顔も全部覚えてる。
 名前は使い回してるから忘れちゃうけどね」
「なんでテチ……」

 エメラルは戸惑った。
 よしあきさんの町に住んでいた実装石の数はエメラルを含めて九十二体で間違いない。
 そしてこのニンゲンは確かに自分のことを覚えていた。目が合った記憶さえないのに。

「そこまで強く想っていて、アナタはどんな気分で実装石を殺しているんテチ?」
「そうだね、うまく言えないけど……」

 エメラルの質問に、マイは優しく諭すような笑顔で答える。

「あなたたち実装石はとても賢いし感情も豊かで、ひとりひとりが生命の輝きに満ちている。
 その灯が儚く消え去るとき、私は吐き気さえ覚えるような強い切なさと悲しみを感じるの」
「悲しい……テチ?」
「たとえば自分を殺そうとしている人間から逃れようと必死に走っている仔。
 やるせないほどの怒りに震えて、絶対敵わない相手に小さな手でぽふぽふ殴りかかる仔。
 寒い日に道端で凍える仔。雨に打たれる仔。姉妹だけで懸命に生きる仔。
 事故死した親実装に縋り付いて泣いている仔。お腹が減って倒れて動けなくなってる仔。
 信じていた飼い主に裏切られて、わけもわからないまま捨てられ取り残される仔。
 そんな一秒先の命さえわからないか弱い仔たちを見て、その悲しみを想像してみるの。
 胸の奥が締め付けられるように苦しくなって……けれど同時に思うんだ。
 ああ、この仔はいま一生懸命に生きているんだなあ、って……。
 そんなまっすぐな『命の輝き』が、私にはとても眩しく見える。かわいいって思う。
 もっともっと見てみたくなる、あなたたちの命が輝く瞬間を!」
「意味が……わからないテチ」
「だよね。私も言っててよくわからなくなっちゃった」

 頭を掻きながらマイは照れたように言う。

「まあ、理屈なんてどうでもいいんだよ。
 実装ちゃんの命は死が目前に迫ったときこそ一番綺麗に輝くってだけ。
 私はあなたたちが大好きだから殺すの。もっとかわいい姿が見たいから」
「そんなことのために、殺されてたまるかテチ」
「死にたくないって気持ちが一番のスパイスだよ」

 エメラルが飛び、斬りつける。

「命を玩ぶなテチ! そんな自分勝手なこと誰が許すテチ!」
「許すも許さないもないって。それが人間と実装ちゃんのあるべき関係なんだから」

 マイが受け流す。はじき返す。

「ワタシタチはニンゲンのために生きてるわけじゃないテチ!」
「そのつもりはなくても、実装ちゃんは人間がいなくちゃいきていけないよ」

 火花が散る。衝撃が走る。

「そんなことないテチ! この二〇〇年、実装石は人間がいなくても生きてこられたテチ!」
「うん、実装ちゃんたちはよくがんばった。でもそれも限界」

 距離が離れる。にらみ合う。
 マイは木々の隙間から見える燃えさかる帝都をちらりと見て言う。

「見てごらん、あの街の姿を。あれだけ栄えても結局は滅ぶんだよ。
 実装石は人間の庇護がなければ上手に生きられないんだ」
「あれはオマエの仲間がやったことテチ!」
「木下さんは最後の一押しをしただけだよ。
 あの程度で崩れるような脆い社会なら何もしなくても滅んでた。
 実装ちゃんは自分たちの欲望を制御し飲み込むだけの理性を持たないから」
「帝国は確かに大きくなりすぎたかもしれないテチ、でもワタシタチの町なら大丈夫テチ!
 増えすぎて争いが起きないように定期的に新しい場所を開拓をしてるテチ!」
「同じ事だよ。今は良くっても開拓する場所がなくなったらどうするの? 
 あなたたちの増える速度が食料生産量を上回ったら? 飢え苦しんでみんな死ぬだけだよ」
「実装石の知恵はきっとそれだって乗り越えられるテチ!」
「ならば今すぐ実装ちゃんすべてに叡智を授けてみせろ!」
「貴様を殺ってからそうさせてもらうテチ!」

 何度も刃が交わり、剣戟の音が周囲の森にこだまする。
 目を見開くほど必死なエメラルに対し、マイはどこか余裕を残している。
 その油断にエメラルは賭けた。

 何度目かによるフックショットによる急接近。
 構えた翠光剣の切っ先を下げ、マントを翻す。

「おっ?」

 そのまま急降下、のち急上昇。
 マイのナイフをギリギリのところで避け、右手の肘から手首にかけてを斬り裂く。

「痛っ!」

 ニンゲンの血飛沫が舞った。

「やったテチ!」

 どうだ見たか! 実装石だって人間の裏をかける!
 おまえたちより劣ってるなんて言わせない!
 
  ……いや、油断しちゃダメだ。
 続けざまの攻撃で、確実に息の根を止める!

 エメラルはマントを翻し、ぶぉんぶぉんと風をはらんで接近する。
 狙うは人間の喉元!
 しかし。

「おっとぉ!」

 マイの身体が後ろに倒れる。
 スカートがふわりとめくれ上がったかと思うと、腿の内側に巻いたホルスターからもう一本のナイフを抜いた。
 全身が淡い蒼色に輝くコンバットナイフ。
 それを持ってエメラルの攻撃を受け止め、弾く。

「テェッ!」

 くるくると回転しながら飛ばされるエメラルは、フックショットを頭上の枝に打ち込み身体を引き寄せ停止した。
 仕留められなかった。まさかまだ武器を隠していたなんて。
 
  けれど確かにダメージは与えた。
 人間は実装石と比べてずっと身体の回復が遅い。
 また痛みにも弱く、この一撃は確実な決め手となるはずだ。

「……くふっ」

 しかし、マイは笑っている。
 とても楽しそうに。

「くふふっ。すごいなあエメラルちゃんは。
 実装ちゃんにこんなふうにやられるなんて思ってもなかったよ」

 まるで仔の成長を喜ぶ親のように、本当に心から嬉しそうに笑う。

「きっと、私を憎んですごく努力してくれたんだね。
 だったら私もそれに応えなきゃ。見せて上げるよ、私の『本気』を」

 黒と蒼、二つのナイフを両手にマイは凍えるような声で言う。

「さあいくよ。『黒き断罪の短刀(カンビクション・ブラック)』。
 そして『蒼き神罰の小剣(パニッシュメント・ブルー)』。
 私がこの二刀を抜いたところを見て生きていた実装ちゃんは……いない!」
「テ……テチ!?」
「一度目は手加減してあげる。がんばって避けてみな!」

 やばい! よくわからないけどやばい攻撃が来る!
 エメラルは枝からフックショットを抜き、重力に惹かれるままに落下した。
 その頭上を猛烈な勢いで突風が吹く。
 マイが振り抜いた二本のナイフから放たれた衝撃波が、エメラルがさっきまで掴まっていた枝を斬り落としたのだ。

「あは、すごいすごい! よく避けられました! それじゃ、次は——」

 その時だった。
 ふたりのいる場所に影が差し、マイの視線が頭上を向く。
 エメラルはふわりと地上に降り立ち、空を見上げた。

「テ、テェッ!」
「ククク……本当に甦っていたとはな。かつての地上の支配者、『人間』よ」

 そこにいたのは体長一〇メートルを超える巨大な翼を持つ竜。
 エメラルが山で退治したはずの魔竜・ヒネモスだった。



   4

 ヒネモスが大地に降り立つ。
 その翼で木々をなぎ倒し、強制的に自らが収まる場所を作って。

「オマエ、なんでここにいるテチ!」
「……ふん、いつぞやの糞蟲か」

 竜が声を発するだけで周囲の空気が震えるようだ。
 相変わらずのとてつもない威圧感である。

「先日は不覚を取った……が、今日は貴様に用はない。我が話を望むはそちらの人間の娘よ」

 ヒネモスはマイを見下ろして言う。
 一〇メートル近くの体長を持つヒネモスはエメラルから見ても山のようだが、マイと比べてもその大きさは圧倒的である。
 竜と人間の差は、ほぼ人間と実装石にも等しい。

「人間の娘よ、我が物となれ。
 この地上から糞蟲を駆逐し共にこの世界を支配しようぞ」
「テッ!?」

 何を言ってるんだ、こいつは。
 共に世界を支配? ニンゲンと竜が? しかも糞蟲……実装石を駆逐だって!?

「人類亡き後のこの世界。力ある種が治めるのは道理だが、我にはつがいがおらぬ。
 だが人と竜なら子をなすことができる……さあ、共に竜人族の楽園を作ろうぞ」

 ただでさえ恐ろしい竜とニンゲンが手を組んだら、それこそ実装石にとって悪夢だ。
 この世の終わりにも等しき同盟の締結を前に、エメラルは戦々恐々と身を震わせた。

 マイは顔を上げ、竜に言葉を返す。

「えっと……バカですか?」

 顔を歪め、小馬鹿にしたように。

「何?」
「いきなり出てきて求婚とか、頭湧いてんじゃないの?
 どこの誰が『はいそうですかって』トカゲのお嫁さんになんてなるもんですか」
「……無礼な口は一度に限り許そう。
 勘違いしているようだから言っておくが、我ら竜族は貴様らと同じく人間形態にもなれる。
 それも貴様らが好むような容姿端麗な『いけめん』だ」
「いや、マジでキモいから」

 竜を見上げるマイの表情は、エメラルに向けられていたのとは全く違う。
 そこにはいつもの笑顔はなく、嫌悪感も露わに顔を歪め、自分より遙かに大きな生物を睨んでいた。

「見た目の問題じゃなくてさ、いきなり出てきてなんなのアンタ?」
「我のモノになれば永遠も命も授けよう。竜人族の聖母として長く後の世に語り継がれる神となれるのだぞ。
 なんならすでに死んだ貴様と親しい人間を甦らせてやっても良い」
「ウザい。キモい。ほんと死んで」
「……もうよい!」

 竜は翼を広げ、雄叫びのような怒りの声を上げる。

「所詮は下等な人間、期待した我が愚かであったわ!
 貴様もその糞蟲共と共に灰となって死ぬがいい!」
「テ、テチ!」

 エメラルは反射的にフックショットを放ち遠くの木へと移動した。
 前に戦った経験から竜が炎を吐くと思ったからだ。
 そして、その予感は正しかった。

「ガアアアアアッ!」

 5100℃の炎が竜の口より放たれ、マイの立っていた周囲を焼く。

「あ、ああ……」

 マイが炎の中に消えていく。あんなに自分たちを苦しめたニンゲンが——
 エメラルの心に不思議な寂寥感が吹いた、その直後のことだった。

「こっちですよ」

 その声は竜の背後から聞こえた。
 いつの間にかマイがそちらに移動していたのだ。

「な、なに? いつの間に——」
「さっきの言葉、そっくりそのまま返します。
 あなた本当に邪魔なんで、死んでください」

 マイが両手に黒と蒼のナイフを握り締める。
 身体を深く沈め、勢いよく飛び出した。

「『星裂流・聖妖十六連斬』!」

 跳び上がったマイの手から凄まじい斬撃が繰り出される。
 まるで舞踏のような電光石火の連続斬り。
 その手から放たれた衝撃波が竜の翼を、そして背中を裂いていく。

「グアアアアアアアッ! ば、馬鹿なぁぁぁぁぁぁっ!」
「はああああああああっ!」

 マイの攻撃はとまらない。
 竜は苦し紛れに身体を回転させ、尾で背後のニンゲンを叩こうとする。
 しかし攻撃の勢いのままに跳び上がったマイはその攻撃を容易く躱し、竜の頭上を取った。

「馬鹿な、馬鹿な、馬鹿なぁ! この、私が! 
 地上の支配者たる魔竜ヒネモスが、下等な人間ごときに——」
「うるさい。時間の無駄」

 交差させた二本の剣が、竜の首を切り落とす。

「——聖妖竜破斬!」



 竜を屠ったマイが地上に着地する。
 その全身は竜の返り血で真っ赤に染まっていた。

「今どきデウスエクスマキナとか流行らないから。
 これは私たち人間と実装ちゃんの問題(おはなし)だから、トカゲやろうは引っ込んでて」
「す、すごすぎるテチ……」

 これが、ニンゲンの力……
 かつてこの世界を支配し、実装石を虐げていた生物!

 ニンゲンの前では竜など物の数ではなかった。
 自分たち実装石との力の違いをまざまざと見せつけられ怖じ気づくエメラル。
 果たして自分は本当にこいつに勝てるんだろうか?
 ……いや。

 勝てるか勝てないかじゃない。勝たなきゃいけないんだ。
 たとえ相手がどんなに恐ろしくても、実装石という種が生き延びるためには。

「さ、お待たせエメラルちゃん。続きをやろう!」

 凄惨なる血染めの姿のまま、少女はさっきまでと同じく屈託無く微笑む。
 しかし表情とは裏腹に彼女の身体はふらついていた。
 エメラルが与えた傷に加え、あの凄まじい攻撃の後だ。おそらくはかなりの体力を消耗している二違いない。
 勝機はまったくないわけじゃない。

「……わかったテチ。これが、最後の勝負テチ」
「うん、思いっきり遊ぼう!」

 そして、ふたりは再び刃を向け合った。



   5

「大っ嫌いテチ! ニンゲンなんて大嫌いテチ!
 自分勝手で、残酷で……さっさとこの世からいなくなっちゃえテチィ!」

 エメラルは声の限りに叫びながら剣を振る。
 フックショットによる高速移動と回避と、マントを使った飛行と急停止。
 そしてジャンピングシューズによる奇襲を織り交ぜながら必死に剣を振るっていく。

「私は大好き! もっと、もっとかわいいところを見せて! 
 エメラルちゃんの恨みや憎しみの感情、その生きてる証を私に向けて!」

 マイはそれらの攻撃を両手に握ったナイフで防いでいる。
 基本的に防戦一方で、エメラルが油断を見せたら遠慮無く斬りかかってくる。

「うるさいテチ! 黙るテチィ!」

 当たれば一撃で死ぬような攻撃を避けながら、エメラルは賢明に戦っていた。
 そして、死と隣り合わせの激戦を繰り返すうちに、彼女の心に奇妙な感情が湧いてくる。

 それは、認めたくないが……
『楽しい』という感情だった。

 実装石はニンゲンに依存してきた生き物である。
 一説には人の手で生み出されたとも言われ、その存在は決してニンゲンとは切り離せない。
 突然のカタストロフィでニンゲンが世界から消滅して二〇〇年。
 実装石のDNAに組み込まれたニンゲンへの情は決して完全に消えたわけではない。

「テシャァァァァッ!」

 ニンゲンに褒められると嬉しい。遊んでもらうと楽しい。
 こんな変なニンゲン相手でも、一歩間違えば死んでしまうようなことでも。
 死の恐怖すら忘れてしまうほどの感情が、いまエメラルの内側からわき上がっていた。



 マイは満身創痍だった。
 さっきエメラルに斬りつけられた腕はもうほとんど力が入らない。
『黒き断罪の短刀(カンビクション・ブラック)』を落とさないよう握り締めるので精一杯だ。
 
 竜を倒すときに使った技も、ただの女子中学生であるマイには負担が多すぎた。
 全身が軋みを上げ、身体の内側を針で刺されるような痛みが走る。
 それでもマイは笑顔を崩さない。

「さあ、いくよエメラルちゃん! 簡単に死んじゃわないようにがんばってね!」

 だってこんなに楽しいんだから。
 激しい憎悪をぶつけ、必死に戦うエメラルちゃんがこんなにもかわいいんだから。
 自分が苦しいからって、か弱い動物に辛く当たるなんて最低。
 私はそんな事ぜったいにしないの。どんなに苦しくてもこの仔を愛してあげるの。
 だって私は愛護派だから。

 左手の『蒼き神罰の小剣(パニッシュメント・ブルー)』がエメラルの剣に当たり、その小さな身体を吹き飛ばす。
 エメラルはまたマントでふわりと衝撃を殺し、フックショットで背後の木を突き刺し果敢に向かってくる。

「あはっ、すごいすごい!」

 エメラルちゃん。
 あなたは気付いてなかったかもしれないけど、私はちゃんと見ていたからね。
 あの日、あなたが涙を流していたのを覚えてる。

 仲間を殺され、町を滅ぼされ、どんなに悲しかったことだろう。悔しい思いをしただろう。
 けれどあなたは諦めず、実装石とは思えない力を手に入れて私の前に戻ってきた。
 とってもすごい仔。がんばりやさんな仔。
 私も全力で答えてあげなきゃダメだよね。

「大好きだよ、エメラルちゃん!」

 がんばって、もっとがんばって。
 もう少しであなたは、復讐を果たせるよ。



 ひとりのニンゲンと一匹の実装石。
 彼女たちは何度も何度も刃をぶつけ合う。
 ふたりの戦いは時間にして一〇分程度だっただろうか。
 しかし、その『遊び』も終局を迎えようとしていた。

「テシャッ!」
「あっ」

 エメラルが全力で振るった翠光剣が、黒き断罪の短刀をはじき飛ばす。
 うかつな追撃は行わず、エメラルは一度フックショットで背後へと逃れた。

 マントで勢いを殺さず、反動を利用してジャンプシューズで木の幹を蹴る。
 翠色の流星となって目の前のニンゲンへと……マイへと向かっていく。

「テシャアアアアッ!」
「甘いっ!」

 マイは左手に残った蒼き神罰の小剣でそれを弾く。
 エメラルが真上へと打ち上げられた。

「まだまだテシャァ!」

 上空でマントを翻し急降下。
 右手に持った翠光剣を突き下ろす。
 その攻撃をマイは迷わず右の掌で受け止めた。

「テェッ!?」
「終わりだよエメラルちゃん。よくがんばったね。でも……もう、さよなら」

 掌を剣に貫通されたまま、右手を握り締める。
 最後はこの手で彼女のすべてを奪おうと。
 だが。

「終わらないテチ! ワタシタチは、生き延びるんテチ!」

 エメラルは実装石に出せる限りの力を振り絞って肉に突き刺さった剣を抜く。
 握り締めたマイの手がマントを掴んだが、エメラルはそれを肩から外して逃れる。

「同じ事だよ! 人間がいない世界で実装ちゃんは生きられない!」

 蒼き神罰の小剣を逆手に持ち、落ちてくるエメラルを捉える。

「それ! でも!」

 翠光剣が夕日を反射して奇妙な色にきらめく。

「守りたい世界が、あるんテチィィィィィィッ!」



 刃はエメラルの身体を通り抜けた。
 両断された彼女の身体は二つに分かれ、マイの後方に吹き飛ばされる。

 腰から下は近くの岩に当たって赤と翠のシミになった。

「ヂッ」

 そして胸から上は運の悪いことに鋭く尖った枝に突き刺さる。
 後頭部から貫通した枝が口から飛び出る。
 気が遠くなるほどの激痛に、エメラルは自らの死を予感した。

 マイが無表情でエメラルの方を振り向く。
 次の瞬間、彼女の首から鮮血が迸った。
 首筋に手を当て、ベッタリと血が付着したそれを眺め、小さく呟く。

「お見事」

 エメラルが最後に投げた翠光剣が一瞬遅れて墓標のように大地に突き刺さった。
 マイは笑う。血に塗れた、さっきまでと変わらぬ笑顔で。

「楽しかったねえ、エメラルちゃん」

 すごく、すごく楽しかったよ。
 とってもかわいかった。
 ああ……
 愛護派でよかった。

 エメラルも笑った。
 もう顔の筋肉もほとんど動かせなかったけれど、死を目前にしてエメラルは涙を流していなかった。

 うん、楽しかった。
 でもバイバイ。

 マイが目を閉じる。その身体がふらりと傾き、うつぶせに倒れる。
 エメラルは最後に小さく呟く。その瞳が輝を失い、灰色に濁っていく。

「ニンゲンなんて……だいっ——テチ」





   エピローグ

「勇者エメラルサン、かっこいいレチ!」
「邪神は本当にいなくなったレチ? もう現れることはないレチ?」
「レェェェ……すごいことがあったんレチィ……」
「それで、その後の帝国はどうなったレチ!?」

 物語を聞かせ終わると、仔だちは興奮冷めやらぬ顔で聞いてくる。
 先生実装は仔たちの質問にひとつひとつ丁寧に答えた。

「帝国はほろんでしまったテチ。
 しばらくは各地の貴石が互いに争い合っていたけど、結局みなカリスマが足りなかったテチ。
 一時期アタマ提督という実装石が第二帝国を名乗ったけど、結局すぐに内紛が起こって瓦解したテチ」
「邪神はどうなったレチ!? このままじゃワタチ怖くて寝られないレチ!」
「邪神は間違いなく全滅したテチ。それから今日まで六○年間、一度も現れてないテチよ」
「ワタシタチのご先祖様はどうやって生き延びたレチ?」
「オヤマの『こっち側』は、すべてほろぼされなかったテチ。
 邪神がいなくなった後、みんなで協力し合ってまた町を作り直したテチ。
 みんなで協力してがんばってきたから、今も平和に暮らせるテチ」
「知ってるレチ! 『和をもって貴しとなせ』の心がけレチ!」

 邪神降臨から六〇年。
 すでに戦乱の傷は癒え、実装石たちは今も平和に暮らしていた。
 コンパクトな都市国家で、教育によって調和を重んじつつ優しい心を持って。
 帝国のように人間が残した遺産に頼ることもなく、身の丈に合った慎ましやかな生活を送っていた。

 帝国の残したものを後で世に引き継いだのはたったひとつ。
『歴史』いう概念だけだ。

 都市国家の実装石たちは、強い自制と忍耐を教育と教訓で育んだ。
 まるで自分自身の中にある欲望という獰猛な獣を飼い慣らすように。

 それでも時々は失敗し、積み上げたものが崩れることもある。
 そんなときも過去を知り、教訓から学べばまた歩き出せる。失敗を糧にできる。
 ゆっくり、ゆっくりと彼女たちは前に進んでいく。

「さて、今日の授業はここまでテチ! お昼はみんなで開拓団の応援に行くテチ!」
『はいレチュ!』



 この日の開拓団には二つの『初めて』があった。

「レェェ、すごいいっぱいいるレチ……」

 その町の外に集まった実装石の数を眺め、仔のひとりが感動の声を上げる。
 この日の開拓団の規模は実に二〇〇を超える。
 その理由は近隣の四つの町が連合して大規模な開拓団を編成したからだ。

 この日が来るまでは長い長い話し合いが何度も行われた。
 決してどこかの町に権力が集中しないように。少しの間違いですべてが壊れないように。
 なぜそこまでして、これほど大規模な開拓団を編成したのか?
 その理由は、彼女たちの目の前にあった。

「『船』が出るテチィ!」

 その四つの町は海辺にあった。
 河川の流れ込む入り江の横。かつてニンゲンが港と呼んだ灰色の大地。
 人工物のほとんどは朽ち果てていたが、満潮時にはスロープを伝って海面まで歩いて行くことができる。

 実装石たちは木を組み合わせ、海に浮かぶ乗り物を作った。
 最初の発案は仔たちが海面で木片を浮かべて遊んでいたのを見たから。
 マルガオ族の村より続く技術発達の伝統である。

 そして、彼女たちは船を作り上げた。
 もちろん人力であり、ひとつあたりの船に乗れる実装石は一〇体ほど。
 それが二〇隻。全部で二〇〇体の実装石が海原へと旅立っていく。

「気をつけていくテチィ!」
「がんばってテチ!」

 かつて邪神のひとりが危惧したように、この地の実装石は間もなく限界数に達しようとしていた。
 幾度かの疫病や洪水によって適度に数を減らしたりもしたものの、やはり実装石の個体数は緩やかに増えていく。
 このままでは遠からずに食料の奪い合いから町と町の間で争いが起こるだろう。
 飢えや渇きは簡単に理性を吹き飛ばすことはみな知っている。

「行ってくるテチィ!」
「かならず新しい場所を見つけて、新しい町を作るテチィ!」

 それでも実装石たちは生きることをやめない。
 自分のために。共のために。仔のために。そして種を残すために。
 かつての支配者には劣るけれど、できる限りの知恵と力、そして勇気を振り絞って。

「さあ、出航テチ!」

 彼女たちの旅が成功するかはわからない。
 もしかしたら一分後にすべての船が波にさらわれて沈んでいるかもしれない。
 それでも実装石は行くのだろう。
 人間の庇護を離れ、一つの生物としてこの地上で生きる限り。
 自らの手足でどこまでも。

 生存のための知恵と、ほんの少しの好奇心に背中を押され。
 人のいない世界を実装石は生きていく。

 開拓団の向かう先には広大な海原。
 その遙か向こうに霞むまだ見ぬ大陸。
 そして、無限の希望が拡がっている。

                                      おわり















   unnecessary addition

 実装石たちが初めて海を越えた頃。
 遙か遠くの大地で、同じように大河を越えた生き物がいた。

「ウガ? ウガウガ!」
「ウガッ!」

 全身を薄い体毛に覆われ、赤ら顔で仲間たちと緩やかなコミュニケーションをとっている。
 二本の足で大地に立ち、五つに分かれた指先で器用に石を握っている者もいた。
 いまだその脳容量は小さく、知恵も実装石にすら及ばないが、やがて彼らは進化し世界へ拡がっていくだろう。

「ウガウガーッ!」

 どちらの行く手にも待ち受けるのは厳しい自然と野生の洗礼。
 二つの種族が出逢うのは、まだずっと先のことである。

          This story is over. But history of human and jissouseki is continuing——
 

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1 Re: Name:匿名石 2016/03/28-12:43:42 No:00002097[申告]
おおおおおお(感嘆)
2 Re: Name:匿名石 2016/03/28-19:49:04 No:00002099[申告]
築きあげた物のぶっ壊しの繰り返しな感じだった、そう言うの好物。
実は第一部の終わりによくある虐待物になるかと思ってたが全然違った。
俺の予想がことごとく裏切られるのが快感だった。

3 Re: Name:匿名石 2016/03/28-23:25:38 No:00002102[申告]
良い意味でごちゃっとした玩具箱じみたスクでした
面白かったよ
4 Re: Name:匿名石 2016/03/29-00:07:53 No:00002104[申告]
桐野妹とエメラルでCCAすんなwww

そのうち猿の惑星から、再び実装石は虐待されるのか
それとも猿と共存できるのか…
木下が生きてたら完全に駆逐されてただろうけど
5 Re: Name:匿名石 2016/03/31-22:37:14 No:00002106[申告]
おお!虐待スク読んでセンス・オブ・ワンダーを感じる日が来るとは思わなんだ!
人類のスカベンジャーからホモ・サピエンス亡きあとそのニッチへと進出し……
実装石版「継ぐのは誰か」すなあ
6 Re: Name:匿名石 2023/09/23-23:33:00 No:00008008[申告]
一気に読んでしまった…終盤照れが入ったのかパロネタギャグや雑なキャラ処理の嵐でコメディになっちゃったけど面白かったです!
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