タイトル:【観察】 DEXT 第三部完結篇・4話 ~勇者エメラルの冒険~
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作者:みぃ 総投稿数:41 総ダウンロード数:873 レス数:4
初投稿日時:2016/03/28-02:10:04修正日時:2016/03/28-02:10:04
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   1

《これまでのおはなし》

 この世界には実装石が集まって暮らす町がいくつもあります。
 その中のひとつ『よしあきさんの町』と呼ばれるところに、エメラルという名前の実装石が住んでいました。

 エメラルは産まれてからちょうど一年の若者です。
 ついこのあいだ『最後のシレン』を終えて立派な町のおとなとして認められたばかりです。

 彼女が与えられたおしごとは町の仕立屋さんでした。
 実装服は彼女たちの身体と違い、破れても再生することはありません。
 なので破れた実装服を修復するひとが必要なのです。
 亡くなったウジちゃんのおくるみや、悲しいことになった仲間の衣服を切り取って、まだ元気に働けるひとの実装服を直すのです。

 エメラルはまだ新米なので、しばらくは『オヤカタサン』実装にやり方を教わりながら仕事を覚えます。
 オヤカタサンの手さばきはとても見事で、あっという間に破れた実装服を直してしまいます。
 エメラルもはやく彼女のような立派な仕立屋さんになりたいと思っていました。

 ことしで二歳とちょっとになるオヤカタサンには三にんの仔どもがいました。
 エメラルにまだ仔はいませんが、オヤカタサンの仔どもたちを自分の仔か年の離れた妹のように可愛がっていました。

 エメラルのママは学校のセンセイをやっています。
 もう三歳になるけどとても元気で、仔どもたちにとても慕われています。自慢のママです。
 ただ、おとなであるエメラルを過剰に仔ども扱いする癖だけは少し困りものです。

 エメラルの一番の楽しみは町のみんなで行うボール投げ大会です。
 まだ仔どもの頃に同年代だけでやった大会で一番になったこともあります。
 おしごとがお休みの日は張り切って広場で身体を動かします。

 たくさんの仲間たちに囲まれ、エメラルはとても満たされた暮らしを送っていました。
 いつかは自分がオヤカタサンになり、仔を産んで、命を次の世代へ繋いでいきたいです。
 そんな幸せな未来をエメラルはよく想像しました。
 この平和な暮らしはいつまでも続くだろうと思っていました。

 ところが、そんな日々はある時とつぜん終わりを迎えました。



 邪神(ギャクタイハ)と呼ばれるニンゲンサンがよしあきさんの町を襲ったのです。
 やつらは圧倒的な力と残虐さで次々と町の仲間たちをころしていきました。

 エメラルのママは踏みつぶされて染みになりました。
 オヤカタサンの仔たちは全身を切り刻まれてころされました。
 エメラルを街壁の隙間から逃がしてくれたオヤカタサンは太ったニンゲンサンに捕らえられました。
 そして、よしあきさんの町は跡形もなく燃やされてしまいました。
 
 運良く生き延びたのはエメラルだけでした。
 彼女は町を覆い尽くす炎を背に、去って行く邪神たちの後ろ姿を目に焼き付けました。



 エメラルはひとりきりになってしまいました。
 彼女は止まらない涙を流しながら、実装石たちが暮らす別の町まで歩きました。
 空腹に耐えてなんとか辿り着いた『ほしあきさんの町』で、エメラルは自分たちに起こったできごとの一部始終を伝えました。

 ほしあきさんの町はすぐに対策をとりました。
 しかし残念なことに、この町にもすぐ邪神の魔の手が伸びてしまったのです。

 今回現れた邪神はひとりだけでしたが、ほしあきさんの町の実装石たちは瞬く間に惨たらしくころされていきます。
 このままではまた全滅です。長が時間を稼ぐので、その間に若い実装石たちが町の裏側から逃げることになりました。
 怖くて逃げるのではありません。邪神のことを他の町に伝えるためです。
 エメラルもその中に混じって町から脱出しました。
 彼女は二つの町が邪神に滅ぼされるところを目の当たりにしたのです。



 エメラルは続いて『むろあきさんの町』に辿り着き、邪神の襲撃を伝えました。
 彼女はすぐにまた旅立ったので、その後にむろあきさんの町がどうなったかはわかりません。
 無事に襲われずに済んだようにと祈るだけです。

 次の町へと向かう途中、エメラルはふと心地よい潮風に誘われます。
 思わず街道から逸れて丘の上に上がると、そこには大きな大きな海が拡がっていました。
 その雄大な光景を眺めながら、エメラルはへこたれずにがんばるぞと決意を新たにします。
 その時でした。
 突風が彼女の背中を押して、エメラルは崖から落っこちてしまったのです。



 あの高さから落ちれば実装石のやわらかい身体はひとたまりもありません。
 潰れて染みになるか、海の藻屑と消えて魚のエサになるだけでしょう。

 しかしエメラルはそうなりませんでした。
 彼女が目を覚ましたのは崖の途中にある横穴の中でした。

 そこにはとても大きな足のない実装石がひとりで暮らしていました。
 彼女は『フックショット』という不思議な道具を使い捕まえた鳥を食べて暮らしてます。
 それはすでに滅んだ部族が作ったものという話でした。
 エメラルは偶然にも落下途中で彼女が放ったフックショットに引っかかり、横穴に引き寄せられることで一命を取り留めたのです。

 なんとか死を免れたエメラルですが、横穴から脱出する術がありません。
 彼女には邪神の危機を多くの町に知らせるという使命があります。
 エメラルはとりあえず足のない大きな実装石にこれまでのできごとを話し、落下した際に負った傷を治すためしばらく安静にすることにしました。



   2

「よく狙うデス」
「テチ……テ……」

 エメラルの右手にはグローブと一体化したフックショットがくっついています。
 ようやく怪我が癒え、足のない実装とのお喋りも飽きた頃のことです。
 フックショットを使わせてやるから試しに撃ってみろと言われ、使い方を教わっている最中です。

 足無し実装は邪神降臨の話にあまり興味を示しませんでした。
 ほとんど世捨て実装と言っていい彼女にとって、外の話など関係ないと思っているのかもしれません。

「ここだと思ったら腕の内側をピクッとさせるデス。左側をピクッとさせると戻ってくるデス。
 万が一、岩とかに刺さったら上側をピクッとさせると返しが閉じて何も掴まず戻ってくるデス」

 彼女の説明は非常に直感的でわかりづらいものでしたが、言おうとしてることはなんとなく理解できました。
 フックショットは指がない実装石の手でも器用に操れる便利な道具なのです。
 これを作った『テンサイ』という実装石は本当にすごいと思います。
 そんな事を考えていると、獲物である鳥が洞窟から見えるところにとまりました。

「テチッ!」

 エメラルは気合いを入れて右手の内側をピクッとさせました。
 彼女の腕の先に備わったフックショットが伸び、先端の棘が鳥に刺さります。

「いまデス! はやく引くんデス!」
「はいテチ! えいっ……テ? テェェェェッ!?」

 本当なら鳥がこっち側に引き寄せられるはずなのです。
 しかし、エメラルの身体はとても軽いため、彼女の方が鳥に引っ張られてしまいました。
 これは足無し実装も全くの予想外です。

「は、はやく上側をピクッとさせるデス! 先っぽを抜くデス!」
「ダメテチィ! いま引き抜いたらワタシが落っこちちゃうテチィ!」

 そう、すでに鳥は羽をはばたかせて飛び始めていました。
 フックショットを身体に突き刺したまま、エメラルを吊ってぐんぐんと上昇していきます。
 瞬く間に横穴の入り口は遠くになっていきました。

「フックショットを返すデスーッ! それがないとワタシはごはんが捕れないデスー!」
「ごめんテチィィィィ!」

 足無し実装の悲痛な叫び声が聞こえましたが、エメラルはどうすることできません。
 せめて大声で謝罪の言葉を返しながら、彼女は鳥とともに大空へと舞い上がっていきました。



   3

「天から舞い降りた実装石デス! アナタは間違いなく伝説にある『勇者』デス!」
「はあテチ……」

 鳥に連れられ、やって来たのは見知らぬ廃墟でした。
 エメラルは知るべくもありませんが、そこはかつてニンゲンが栄華を誇っていた頃の市街地であり、少し前はとある凶悪な下ぶくれ実装たちが覇を競っていた地でした。

 鳥が低くまで降りたところでフックショットを離し、なんとかうまく着陸に成功しました。
 そんな彼女を見て、物陰から現れた老実装がいきなり放ったのが冒頭のセリフでした。
 彼女もまた大きな体躯を持っている実装石です。

「アナタは何者テチ? なんでひとりでこんなところにいるんテチ?」
「ワタシは以前に『でかあきさんの町』と言うところに住んでいたデスが、
 周りと合わなくてひとり町を飛び出したのデス。必死に歩いて辿り着いたこの地にもう六年は住んでるデス」

 この時代、普通の実装石は必ずどこかの町で大勢の仲間と一緒に暮らすものです。
 ですが実際には彼女のような一匹実装石も多くいます。
 そのほとんどは野生の動物に食いころされますが、稀に生き延びる個体もいるのです。

「で、その『ゆうしゃ』ってなんテチ?」
「勇者は勇者デス。『この地に邪神が現れるとき、天空より遣わされた勇者が必ずそれを打ち倒すであろう』という言い伝えがあるデス」
「邪神を倒すテチ!? そ、その言い伝えはどこで聞いたテチ!?」
「ワタシの夢の中で聞いたデス」

 エメラルはがっくりしました。それは言い伝えではなく妄想と言うのです。
 けれど、なぜだかその言葉はとても力強く優しい響きを持っているように聞こえました。
 勇者。伝説の勇者。
 自分がそれだとは思いませんが、邪神を倒せる者がどこかにいるというのは、とても前向きで希望に溢れた考えだと思います。

「そこで勇者殿にお願いがあるデス」
「ワタシはゆうしゃじゃないテチ……でも、なんテチ?」
「実はこの地にはとある伝説の武器が眠っているのデス」
「伝説の……武器テチ?」」
「はいデス。勇者様にはそれを探し出してワタシの元に持ってきて欲しいのデス。
 かつて『オウサマ』と呼ばれた者が使っていた武器、ぜひ一目だけでもこの目で見てみたいのデス」



 普通の実装石ならあまり酷い段差がある場所は自由に歩けません。
 崩落が激しい廃墟は至る所に行き止まりがあってまるで巨大な迷路のようでした。

 けれど、エメラルにはフックショットがあります。
 とある親切な足無し実装石から譲り受けた古代の道具です。
 よく覚えてませんが、たしか譲り受けたんだったと思います。

 ともかくエメラルはフックショットを使って廃墟の中を探索しました。
 伝説の武器という響きに何か惹かれるモノがあったのでしょう。

 フックショットを遠くの壁や柱に引っかけ、それが縮む力を利用して一気に高所へ移動します。
 最初こそ何度か失敗して腕を折ったり頭がつぶれかけたりしましたが、
 慣れてくるとほとんど自在にあちこちを移動できるようになりました。

 そしてエメラルはついに見つけます。翠色に輝く一降りの大剣を。
  かつてオウサマと呼ばれた下ぶくれの実装石が使っていた剣です。
 当時はデスクスクソードなどと呼ばれていましたが、もちろんエメラルは知る由もありません。
 太陽の光を浴びてキラキラと美しく輝く姿から、エメラルはその剣を『翠光剣』と名付けました。



   4

 剣は適度に刃が欠け、身体の小さいエメラルでも振り回せる程度の大きさになっています。
 仕立屋時代の経験を生かし、持ち手のグローブを自分にちょうどいいサイズに調整します。
 そうして素晴らしい武器を手に入れたエメラルはそのまま廃墟を跡にしました。
 何か忘れているような気がしますが、多分たいしたことではないでしょう。

 街道に出ると町から町への移動をしている実装石たちを発見しました。
 ところが彼女たちはまさに野犬に襲われている最中だったのです。
 運の悪いことにマホウの水が入ったビンを落として割ってしまったようです。
 絶体絶命です。まず間違いなく食いころされます。

 そこに颯爽と駆けつけたのがエメラルでした。
 彼女は翠光剣をきらりと閃かせると、瞬く間に野犬の首を切り裂いてやっつけてしまったのです。

「す、すごいテチ! あ、あなたは何者テチ!?」
「名乗るほどの者じゃないテチ。ただの勇者テチ」
「ゆ、勇者テチ!?」

 エメラルは彼女たちと共に町を目指しました。
 そうしてやって来たのは『そろあきさんの町』というところでした。

「何かお礼をしたいテチ。ちょっと待っててテチ」

 彼女は背中につけていた大きなマントをテーブルに置き、奥の部屋へと入っていきました。
 マントです。肩につけるとヒラヒラしてカッコいいです。
 彼女はずっとこれを羽織っており、エメラルはずっと気になっていました。
 歩いている途中にさりげなく聞いてみると、どうやら彼女が自作したもののようです。
 実用性はあまりないので、他の町に伝えることはしないようでしたが……

「ありがたく頂きますテチ」

 エメラルはこれをとても気に入りました。
 くるりと回転するたびにマントがふわりと浮き上がってとても気分が良いです。

 カッコいいだけではなく、思いも寄らぬ利点もありました。
 マントを着けた状態でフックショットを使うと、激突の瞬間にふわりと浮き上がって飛距離を伸ばせるのです。
 これを利用して、エメラルはより立体機動的な動きができるようになったのでした。
 どうせなのでこのマントを「翠風のマント」と名付けました。



   5

 旅の途中、エメラルは変な実装石と出逢いました。
 その実装石は狭い洞穴に閉じこもり、黒くてつやつやした四角い石を眺めながら、手元の小さな石をぽふぽふと叩いているのです。

「こうしていると、いつかみんなが幸せになれるのデス」
「アナタはいつからそうやってるテチ?」
「産まれたときからずっとデス」

 その実装石が変なのは行動だけではありません。
 なぜかその実装石は髪の毛が真っ黒なのです。まるで空を飛ぶ怖い鳥のような色です。

「ワタシが産まれる前はママがやっていました。その前はママのママ。
 その前はママのママのママ。そうわってワタシタチの一族はずっと過ごしてきました。
 ……たしか、ワタシで二百代目だと聞いてますデス」

 気の遠くなるような話です。
 エメラルと会話している最中も、黒髪実装はずっと黒くてつやつやした石を眺めながら手を動かしています。
 気が触れているのだと思いました。
 それも彼女一代だけではありません。彼女の祖先もそうしてきたそうです。
 きっと子孫たちもずっと同じように狂った行動を続けていくのでしょう。
 きちがいです。呪われた一族です。

「アナタ、お名前はなんというテチ?」

 特に興味があったわけではありませんが、エメラルはなんとなく尋ねてみました。
 黒髪実装は答えます。視線は黒い石に向けたままです。

「ミドリナイトと言うデス。ワタシのママも、そのママも、ママのママのママも、
 みんなミドリナイトという名前デス。ワタシは二〇〇代目のミドリナイトデス」



   6

 エメラルは『まのあきさんの町』という町に辿り着きました。
 ところがこの町にはもう一つの名前があります。『国境の町』という名前です。

 そこでエメラルは懐かしいひとと再開しました。

「テェ!? ハーティサン? ハーティサンテチ!?」
「あなたはエメラルサン! お久しぶりテチ!」

 なんとそれはよしあきさんの町の生き残り、『ハーティ』という名の実装石でした。
 ハーティはエメラルと同年代で、ボール投げ大会ではライバル関係でした。
 おしごとは街壁修理をしていたはずです。

「生きていてくれてよかったテチ。でも、なんでこんな所にいるんテチ?」
「それは話すと長いテチ……でも、聞いて欲しいテチ」

 ハーティはよしあきさんの町が滅ぼされた後、邪神の家に連れ去られていたそうです。
 隙を見て逃げ出したまではよかったのですが、仲間を助けるために戻った時に運悪く別の邪神と遭遇してしまいます。
 ところがそれを助けてくれたのは、とても速い動物に乗った赤い服の実装石たちでした。
『戦石』という身分の彼女たちは、この国境の町より向こうすべてを収める『帝国』のために戦う実装石だそうです。

 ハーティと一緒に連れてこられた『ルリス』というもう一人の生き残りがいます。
 町ではごはんの実を加熱して保存食に変えるおしごとをしていた実装石です。
 そのルリスは、『帝都』に行って戦石になったそうです。
 ニンゲンを倒すための戦士になったのです。エメラルと一緒です。

「申し訳ないけど、ワタシはこの町に残るテチ……」

 ハーティはどうやらもう戦うつもりはないようです。
 無理もありません、たくさん怖い思いをしたのでしょう。
 この帝国はとても強い戦石がいっぱいいて、ニンゲンにも負けない武力をもっています。
 彼女は己の復讐を帝国に託したのでした。

 エメラルも一緒に暮らさないかと誘われましたが、断りました。
 やはりエメラルは自分の手で復讐を果たしたいのです。
 結局、その日だけは彼女の借宿にいっしょに泊まり、明日には帝都とやらに行ってみるつもりでした。

 しかしその晩、眠れずに散歩をしていたエメラルはとんでもない話を聞いてしまいます。

「ククク……クソニンゲンなどと戦っても利益などないデス。
 それより弱った山向こうの町を侵略して我が領土とするデス。
 コウテイ陛下ではなく、このワタシが向こう側の王となるのデス」

 なんと、この町を収める貴石という青い服の実装石がとんでもない計画を企てていました。
 帝国の戦石を私的利用して都市国家を攻めるつもりのようです。
 私欲のために町を攻撃するなど、ニンゲンと変わりありません。
 平和を脅かす悪党です。畜生です。撫で斬りに処さなければいけません。

 エメラルは夜のうちに貴石の家に侵入しました。
 フックショットとマントを使えば屋根の上に登るのも簡単です。
 そして翠光剣で屋根を削り取り、就寝している貴石の上に飛び降りて一突きします。

「デボワァッ!?」

 見事、暗殺に成功したエメラルはそのまま国境の町を後にしました。
 よそ者のハーティが容疑をかけられ、たいした証拠もないままつるし上げられる可能性など考えません。
 かつての友よ、どうか幸せに暮らしてくれと願いながら颯爽と去るのでした。



   7

 次に辿り着いた町では、謎の病気が流行っていました。
 仔たちがみな倒れ、半死半生の境を彷徨っています。

「この病気を治すには山の上にある薬草が必要テチ。
 本当なら戦石サンにお願いするところテチが、今はニンゲンへの対応でみな帝都に出張ってるテチ……」

 大変なことです。
 このままでは仔がみな死んでしまい、町は次の世代には滅びるでしょう。

「ワタシに任せるテチ! 薬草をとってくるテチ!」

 エメラルは胸を叩いてそう言いました。
 本来なら彼女には関係がないことですが、この惨状を前にして放っておくわけはいきません。

「い、いいのですかテチ? よそ者のアナタにお願いしても……」
「目の前の命を救うのに理由などいらないテチ!」

 峻険な山は普通の実装石には登れません。
 できるのは『ポグル』という動物を駆る戦石だけです。
 しかし、フックショットとマントのあるエメラルなら可能です。

「おお、助かりますテチ。どうかお願いするテチ」
「大クルマに乗った気で待ってるテチ!」
「あと、山には謎の巨大ドラゴンが住んでますテチ。
 なんとかしないと世界が滅亡するからちょっとついでに退治してきてくださいテチ」
「そんな大変なことをちょっとついでに頼むんじゃないテチ!?」



  ひとりでは危険だからと、一緒についてきてくれる実装石がいました。
 彼女は『ジェイ・ジェイ』という名前です。なぜか禿裸です。
 理由を聞いてみると修行のためだそうです。意味がわかりません。

 好意はありがたいのですが、フックショットはふたり同時に跳ぶことはできません。
 足手まといになるから断ろうとしたのですが、

「心配ないテチ。ワタシにはこの『ジャンピングシューズ』があるテチ」

 彼女は足の裏につけたびょんびょんする道具で、まるでバッタのようにぴょんぴょんと跳ねるではありませんか。
 こんな便利な道具があるならお前が薬草を採りに行けよ、とはエメラルは思いません。
 心強い仲間が増えたことに喜び、ふたりで山へと向かいました。



「我が名は魔竜ヒネモス……我はかつて人が神と呼んだそれになるのだ……」

 とんでもないやつに遭遇しました。
 そいつは見上げるほどに大きいです。エメラルは知りませんが、ニンゲンの単位で言えば一〇メートル以上ある巨大な竜です。
 その背中に生えた翼で大空を飛び、口からは5100℃の炎のブレスを吐きます。

「さあ勇者エメラルサン、あのドラゴンを倒すテチ!」

 ジェイ・ジェイは無責任にとんでもないことを言います。

「無理に決まってるテチィ!」

 ぶっちゃけ、アレと戦うくらいならニンゲンと戦った方がよほどマシです。
 エメラルなどブレスに近づいただけで燃え尽きてしまうでしょう。
 翼で叩かれれば間違いなく粉々になります。

「無理じゃないテチ! 無理という言葉は嘘なんテチ! まずは限界までやってみるテチ!」
「何かを試す前に速攻で殺されるテチャァ!」
「エメラルよ、決してあきらめるでないぞ。ガオーン」
「ほら、ライオン師匠もああ言ってくださってるテチ」
「知らないテチ……そんな師匠は知らないテチ……」
「諦めんなテチ! 諦めんなよ、お前! どうしてそこでやめるんテチ、そこで!
 もう少し頑張ってみろテチ! ダメダメダメ! 諦めたら!」
「いや、でもテチ……」
「仲間のこと思えよ、滅ぼされた町の実装石たちのこと、思ってみろっテチ!
 あともうちょっとのところなんだからテチ!」
「はっ……そうテチ。ワタシは、みんなのためにも負けてられない……テチ」
「言い訳してるんじゃないテチ? 勝てない、無理だって、諦めてるんじゃないテチ?
 駄目だ駄目だ! あきらめちゃだめテチ! 逃げんな! いいからやれよお前!
 勝てる勝てる! 絶対に勝てるんだからテチ! 勝つんテチ!
 もっと熱くなれテチ……! 熱い血燃やしてけテチ……!
 実装石は熱くなったときこそホントの自分に出会えるんテチ!」
「わかったテチ! ワタシは戦うテチ! そして……勝つテチ!
 ドラゴンにも、ニンゲンにも、勝つテチ! 絶対に、勝つテチィ!」

 そしてエメラルは勝った!



   8

 ドラゴンに勝ったエメラルはその血を浴び『竜の力』を手に入れました。
 あらゆる毒の影響を受けない強靭なボデーを手に入れたのです。
 
 具体的にどうやって勝ったかなんて考えてはいけません。きっとイベントバトルだったのでしょう。
 もしくは運良く竜の肩のうしろの二本のツノのまんなかのトサカの下のウロコの右にある弱点に一撃を入れられたのです。

 しかし残念なことに、同行したジェイ・ジェイはドラゴンのブレスを受けて足首から下だけを残して消し炭になってしまいました。
 仕方ないのです。あのレベルの敵に犠牲もなしに勝とうなど甘い考えだったのです。
 とりあえず、彼の形見であるジャンピングシューズはエメラルが受け継ぎました。

 そのままエメラルは山を下りて帝都へと向かいました。
 何か忘れているような気がしますが、忘れる程度のことなら問題ではないでしょう。



「テェェ……すごい街テチィ……」

 帝都の町並みにエメラルはとても感動しました。
 その規模は彼の住んでいたよしあきさんの町の何倍、いや何十倍も大きいです。
 実装石の繁栄ここにあり、です。

 町を歩いていると赤い服を着た実装石に声をかけられました。
 たしか戦石という町を守る勇敢な戦士のひとです。

「もしかして、アナタはドラゴンを退治した勇者エメラル様ではありませんテチ?」
「いかにもワタシが伝説の大勇者テチ」

 エメラルはこの帝国を治める皇帝に謁見するように言われました。
 これほどの大きな国を治める実装石です。エメラルもぜひお会いしてみたいと思いました。



「ワタシが『三代目皇帝アウグスデス』デス」

 ピンクの実装服に身を包んだ皇帝陛下は、体格ももの凄く大きいです。
 エメラルは思わず跪き、剣を置いて礼の姿勢を取りました。

「アナタはオヤマのドラゴンを倒したと聞いたデス。
 よければその力、我が帝国で戦石として役に立ててみないデス?」
「せっかくのお言葉テチが……」

 エメラルはこれまでの事情を皇帝陛下に話しました。
 どれだけの苦労をしてきたか。そして、どれほどニンゲンを憎んでいるかを。

「なるほど……話はわかったデス。ならばアナタにはぜひお話しておきたいことがあるデス」
「テチ?」

 皇帝陛下は側近の平石実装を下がらせ、エメラルとふたりきりになりました。
 そして皇帝は語ります。この国を建国した初代皇帝ロムデスのエピソードを。
 彼女が神話の時代からやってきた実装石に聞いた、ニンゲンと実装石の関係と歴史を。

「テ……テ……」     

 エメラルは絶句しました。
 奇しくもその反応は初代皇帝ロムデスが過去から来た実装石に話を聞いたときと同じリアクションでした。

 常に飢えと死が隣り合わせだったコウエンの実装石。
 媚びを売り、ゴミを漁り、あるいは家族すらも食わなければ生きていけなかった時代。
 人に飼われて、家畜として生きることを至上の喜びと感じてしまう哀れな生物。
 ニンゲンの気分次第で虫けらのようにころされた我々の祖先。

 それはエメラルの中に残っていた人間に対する信仰を完膚なきまでに破壊する話でした。
 我々実装石がそんなにも惨めな生き物だったなんて。
 悔しさに血の涙が床へと伝いこぼれ落ちます。

 過去より甦ったニンゲンたちは、そんな時代をもう一度取り戻そうとしているのでしょう。
 その証拠にエメラルたちの町は無慈悲かつ残虐に皆ごろしにされました。

 ますます負けられない理由ができました。
 もはや単なる復讐のためだけの戦いではありません。
 実装石という種の存亡を賭けた聖戦です。
 もっと、強くならなければ。



「初めまして、エメラルサン」

 謁見が終わった後、エメラルは皇帝陛下の娘からお声をかけられました。
 類い稀な才女であり、四代目皇帝を継ぐことは確実と言われている『コンスタンティデス』という実装石です。
 皇帝の一族であることを示すピンクの実装服がとても似合っている美しい方です。

 エメラルはお城の一角で彼女とお話しました。
 聞けばエメラルより一ヶ月も年下だと言います。
 彼女はエメラルが語る廃墟での聖剣探しやドラゴン退治の話を夢中になって聞いてくれました。
 その後で、落ち着いた声で語ります。
 
「ワタシはこの帝国を……いいえ、この世界をもっと素晴らしいものにしたいんテチ」
「世界、テチ?」
「はいテチ。みんなが笑って暮らせる、喜びと希望に満ちあふれた世界を作りたいテチ。
 そのためには帝国をもっと大きくして、すべての実装石に自由と平等を与えられるような善政を敷くしかないんテチ」

 まだ若いのになんて立派な方なのでしょう。彼女は間違いなく素晴らしい皇帝になります。
 漠然とですが、エメラルはもし無事に邪神を退治できたら、その後は彼女の下で戦石として働くのも悪くないかもと思いました。
 この方は帝国だけでなく、すべての実装石たちにとって必要となる方です。
 何があってもこの方だけは死なせてはなりません。



   9

 エメラルはニンゲンと戦うため、修行をすることにしました。
 近くの山に籠もって野生動物を相手に猛特訓をするつもりです。
 その山に向かう途中で、エメラルはこの国の戦石たちが演習をしているのを見ました。

「あれがセンセキサン……すごいテチ」

 とくに彼女が目を奪われたのは、大きな筒に黒い粉を入れ、バクハツさせてボールを飛ばす兵器です。
 それを見ていたエメラルはふとあることを閃きました。
 演習を終えた戦石たちの元にテッチテッチと駆けていきます。

「こんにちはテチ。ワタシは伝説の勇者テチ」
「これは勇者サン。どーもごくろうさまテチ」
「悪いけど、その黒い粉をわけていただけないテチ?」
「これはとても貴重品テチ。いくら勇者サンにでも簡単にはあげられないテチ」
「ところでワタシはオウジョ殿下の友人テチ。これはオウジョ殿下を守るために必要テチ」
「そういうことならどうぞお持ちくださいテチ」

 黒い粉をもらったエメラルは、仕立屋時代の経験を生かしてちょっとした工夫をしました。

 まず小さな容器を用意します。そこに黒い粉を詰めます。
 硬い石や煉瓦の破片などをその上にたっぷり置きます。
 尖った金属を真ん中に置き、強い力が掛かったら黒い粉がバクハツするようにします。
 地面を掘ってその容器を埋めます。上から土と草を持って見えないようにします。

 完成しました! この上に乗ると下からバクハツして敵を吹き飛ばす罠です!
 地面に潜む雷、『地雷』です!

 しかし、問題がひとつありました。
  エメラルは周りを見渡してみました。
 辺り一面は何もない草原です。ちょっと離れた所に街があります。
 この広い草原の中で、この小さな地雷をどうやって敵に踏ませるのでしょう?
 これは大量に置かなければ意味が無いものです。そして黒い粉はそれほど多くはありません。

 残念ながらこのアイディアは失敗です。
 掘り返そうとしましたが、どこに埋めたかわからなくなってしまいました。
 仕方ないのでこのまま放置しましょう。
 誰かが誤って踏む可能性もありますが、そいつはよほど運が悪いやつです。不運だったと諦めてもらいましょう。
 そういうわけで、エメラルは改めて山へと向かいました。



   10

 エメラルは山奥で厳しい修行を行っていました。
 その途中、ふと木々の切れ目から恐ろしい光景が見えました。
 それはニンゲンに攻撃をされる帝都ロムデスの姿でした。

「テ、テチャァァァッ!」

 彼女は全力で帝都へと向かいます。
 ジャンピングシューズで大きく跳び、フックショットで遠くの地面を突き刺して一気に前進し、マントで風をはらんで距離を稼ぎます。
 並の実装石とは桁外れの速度で彼女は帝都ロムデスへと駆けつけました。

「フハハーツ! どうだ糞蟲共、苦しいかーっ!?
 泣き叫べ、命乞いをしろーっ! どのみち助けんがなーっ!」

 奇妙なマスクを被ったニンゲンが、手にした袋をあちこちに投げつけています。
 袋が割れると中から紫色の煙が出てきて、それに巻き込まれた実装石はみな苦痛の表情を浮かべて死んでしまいます。

「やめて、やめてくださいニンゲンサン……テヂィィィ!」
「どうしてこんなことするんテチィ! ワタシタチだって一生懸命生き……デボワァ!」
「ニンゲンはワタシタチを虫けらとしか思っていないんテチ……?
 こんなの、こんなの酷すぎるテチ。嫌テチ。ワタシ、まだ生きた……ヂュァ!」

 実装石たちの苦しむ声をニンゲンはまるで気にかけてません。
 それどころか楽しんでいるようですらあります。
 エメラルの脳裏にはよしあきさんの町が滅ぼされた時の光景がありありと浮かびました。

「テチッ」

 エメラルはその人間の前に躍り出ました。
 紫の煙はおそらく毒ですが、ドラゴンの血を浴びたエメラルには効きません。

 やっと見つけました。やっと出会えました。
 彼女の街を滅ぼしたやつとは違うけれど、許せないにっくきニンゲンです。
 この瞬間のため、エメラルは必死にがんばってきたのです。

 そのニンゲン……エメラルは知りませんが、木下と呼ばれる外道が黒い何かをエメラルに向けます。
 おそらくは武器です。バクハツボールのように穴から何かが飛び出るのでしょう。

「死ね、糞蟲」

 木下が冷たい声で言います。
 その指が引き金を引くのとエメラルが跳ぶのは同時でした。

「なっ!?」

 ジャンピングシューズによる跳躍により、エメラルの身体は一気に木下の胸の辺りまで跳ね上がります。
 予想外のことに木下の顔に焦りの色が浮かびました。
 エメラルは即座に左腕を前に突き出し、フックショットを打ち込みました。

「くっ!」

 しかし流石の反応速度です。木下は身をよじってそれを避けました。
 フックショットは木下の後ろにあった建物の上部に刺さります。
 エメラルは腕の左側をピクッとさせました。

 勢いよく身体が前方に引っ張られます。
 木下の横を掠めざま、右手にはめた翠光剣を振り抜きます。

 木下の腕が割け、血が噴き出します。

「な、なんだとォ!?」

 木下が驚きの声を上げます。しかしこれだけでは終わりません。
 エメラルはフックショットの先端を建物から外して引き戻すと、マントを翻してその先端を足にくっつけます。
 ぶぅん、ぶぅんと空を飛び、急降下のち急上昇で一気に木下の眼前へ。
 足からマントを外してクルクル回転します。
 マントが木下の被っているマスクにびしびし当たります。

「痛っ、痛ぇ!」
「くらえ、テチ!」

 エメラルはそのまま落下しながら、剣で木下の胴体を大きく袈裟斬りにします。

「ぐあああっ!」

 苦痛に顔を歪める木下。
 エメラルは落下しながらジャンピングシューズでその腹を蹴って距離を取ると、やや離れた位置から再度フックショットを放ちます。

「ぎゃっ!」

 それは木下の左肩に刺さりました。
 急接近、急停止から今度は逆袈裟に切り下ろします。

 凄まじい連続攻撃です。まさに必殺技です。
 しかしエメラルは特に技として意識したわけではありません。
 なので彼女に変わってこう名付けてあげましょう。

 エメラル・スラッシュ・クロス!

「——ぎゃああああっ!」

 木下が絶叫を上げます。
 マスクが顔から外れ、どでんと仰向けに倒れます。
 翠光剣の切れ味は凄まじく、ニンゲンの服や肉をも容易く切り裂きました。

 彼はエメラルを所詮実装石だと侮ったことでしょう。
 それがこのニンゲンの最大の敗因と言えます。

 敵の油断もありました。
 だが、エメラルは確かに勝ちました。
 その手で外道を倒したのです!

「ぐ、が……馬鹿、な……糞蟲ごとき、に……がはっ」

 木下はしばらくビクンビクンと跳ねていましたが、やがて動かなくなりました。
 エメラルの執念と、仲間たちが残してくれた数々の力。
 それらが一つになって、この奇跡を生んだのです。

 ですが、まだ終わりではありません。

「テェ」

 エメラルは背後を見上げました。
 帝都からかなり離れた場所に、こちらを見下ろすような高い崖があります。

 そこに何かがいることを、エメラルは本能的に感じ取ったのです。
 木下よりももっと恐ろしく、強く、強大な存在を。
 彼女たちの町を滅ぼした、最も邪悪なニンゲンを。

 あと少しです。
 もはやニンゲンは決して倒せない敵ではないとわかりました。
 さあ、戦いましょう! 実装石の未来を賭けて!

 そして、エメラルは最後の決戦へと向かっていくのでした——

                                      つづく

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1 Re: Name:匿名石 2016/03/28-12:30:55 No:00002096[申告]
どうなんのよこれ!?
2 Re: Name:匿名石 2016/03/28-23:08:57 No:00002101[申告]
ひでえwww
3 Re: Name:匿名石 2016/03/28-23:49:26 No:00002103[申告]
やってることがことごとく裏目というか
パワーアップするたびに他の実装石たちを不幸にしてるwwww

ミドリナイトの複線とかも回収されたけど、これだけの時を経ても
PCのキーボードのプラスチックって朽ちずに残ってるものなのかね
もしくは形だけ似せたただのオブジェなのか…
4 Re: Name:匿名石 2016/04/29-05:28:45 No:00002357[申告]
1匹生き残ってるのを見逃したというか気づかなかった時点で映画ドラゴンボールのクウラ展開は想像できたが
木下サン、あっけなくやられすぎだろ
そして、この糞蟲の無神経さは酷すぎる
こんなのが勇者ってあたり結局実装石は糞蟲なのか
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