※人間と実装石の会話は全てリンガル使用済みとしてお読みください。 その虐待派の男は特殊な嗜好を持っていた。 他の虐待派にありがちな、バールでの殴打などの直接的攻撃を好まない。 男が好むのは、実装石を火だるまにして、その踊り狂う様を楽しむことだった。 ------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------ 「青春・爆発・ファイヤー♪ 青春・炸裂・ファイヤー♪ 超・○・戦・隊・ライ○マ〜ン♪」 男は愛用のジッポライターを手の中で弄びながら、上機嫌で朝の公園を歩いていた。 先日、百匹近い実装石を騙して家に連れ込み、庭で一気に燃やすという大炎上パーティを行った余韻がまだ残っているのだ。 とはいえ、男にも悩みがないわけではない。 次の遊びをなかなか思いつかないのだ。 あれほどの興奮を味わってしまうと、生半可な刺激では満足できなくなる。 かといって、数を増やせばいいという問題でもない。 今までとは違う刺激、一風変わった趣向が必要なのだ。 男が公園を訪れたのは、そのヒントを得るためだった。 (な〜んか面白い燃やし方はないかなあ……ただ寝ているときに火をつけるんじゃなくて、幸せな家族の団欒の最中に突然炎に包まれるような……それでいて実装石が危険を察知できないような……) ベンチに腰掛け、茂みの中などに隠れるように置かれているダンボールを眺めながら思案する。 男は今までの、実装石が寝ている間に火をつけるというやり方を根本から見直そうとしていた。 (ダンボールハウスに近づくのを察知されたら、その時点で面白くなくなるんだよなぁ。警戒して息を潜めてるところに火をつけても、すぐに中から脱出されるし 時限式で発火するような方法は……線香やタバコの火? 駄目だ、仕掛ける時点で察知されるし、そもそも匂いでバレる) ちなみにこの男、放火(実装石相手に限る)が趣味のくせにタバコを吸う習慣がない。 一応ポケットにタバコを一箱忍ばせてはいるが、これは警察官に職務質問されたときに、タバコも持たずにライターだけを持っているのを怪しまれないためのカモフラージュだ。 (導火線みたいなものを使えば……これも結局一度は接近しなきゃいけないし駄目か。寝てる間に設置しても、次の夜までに間を空けると気づかれて家から離される可能性もある) 男は「う〜ん」と唸りながら天を仰ぐ。 (いっそのこと実装石自身に火をつけさせてみるのはどうだろうか? 上手く騙して、何か自然発火するような方法で……) 実装石の服はやたらと燃えやすい謎の物質で出来ていて、火をつければあっという間に全身に燃え広がる。 しかし、それはすでに燃えている火を近づけたときの話であって、服そのものの引火点は決して低くはない。 自然発火させるとなれば、かなり高温になるものを中に持ち込ませるか、やはりダンボールそのものを発火させるしかないだろう。 (虫除けになるといってダンボールハウスの周囲に生石灰を撒かせて、雨が降ったら石灰が熱を持って周囲のものを発火させ………駄目だ、摂氏百度ぐらいじゃ 周囲によほど引火点の低い可燃物がないと火がつかないし、そもそも雨の中じゃダンボールハウス自体が湿気で燃えない) 一度思考が停滞すると、前提から間違っている案までが頭の中を堂々巡りしていく。 (そうだ! 引火点の低い白リンや粉末アルミニウムを家の中に置かせれば………ってアホか、そんな物騒なもん一般人が気軽に入手できるか。大体そんな実用性のないもの、いくら頭の悪い実装石でも 騙して家に置かせるなんて無理だ。じゃあ虫眼鏡か水入りペットボトルで太陽光を集めれば……これも駄目だ。発火時間はある程度調整できるにせよ、そもそも肝心の親実装がいない日中にしか使えない) 男の乏しい化学知識では、どうしても自然発火の方法を考え付くことができなかった。 「レチー?」 ふと気がつくと、目の前に一匹の親指実装がいた。 男が最も嫌う「テ(レ)チュ〜ン♪」という声こそ出さないが、口元に手を当てて、首を傾げるポーズで男を見上げている。 『自分を飼え』とアピールしているのではなく、ただ人間が難しい顔で悩んでいるのが珍しいらしい。 男はそれを見てにやりと笑うと、ポケットからライターを取り出し、姿勢を低くして親指実装の目の前に置いてやった。 「レェェ……キレイレチー……」 親指実装はうっとりとした表情で、金色に輝くジッポライターに見惚れている。 そして親指実装がライターの発火口を覗き込んだ瞬間———男がライターに火をつけた。 ——— シュボッ ——— 「レッヂャァァァァーーーーー!!!!!」 一瞬にして全身が炎に包まれ、親指実装は男の脚の間を転げ回る。 男はそれを見ながらゲラゲラと声を上げて笑った。 文字通り人間の親指ほどの大きさしかない親指実装の体は、わずか十数秒で芯まで炭化し、真っ黒になって動かなくなった。 「デ、デジャァァァァァァァッ!」 その一部始終を少し離れたところで見ていた一匹の成体実装石が、叫び声を上げながら男のほうへ走ってきた。 どうやら親指実装の親らしい。 親実装はパンコンしながら男の足元に駆け寄ると、消し炭と化した我が仔を抱き上げた。 だが、抱き上げた拍子に細い首の部分がぼきりと折れしまい、頭だったものが転げ落ちる。 それを拾い上げてくっつけようとするが、頭も胴もボロボロと崩れて、元に戻そうとすればするほど全身が炭の粉となってしまう。 「デェアーーーーーーーーーーーーーーーーーーーアァァ!!!!!!!!!!」 両手を炭で真っ黒に汚した親実装が、両目から血涙を流して絶望の悲鳴を上げる。 ベンチから投げ出した両足の間で大声で喚く親実装の顔を、男は鬱陶しそうに蹴り飛ばした。 「デァァ……ブェ!」 糞を撒き散らしながら数メートル先まで転がった親実装は、鼻からぼたぼたと血を流して蹲る。 「オ、オマエデスかニンゲン……オマエが四女を……」 「あ? 四女ってこの消し炭のことか?」 男はまだ足元に残る炭の塊を靴底でばんばんと踏みつけながら、親実装の怒りをさらに煽る。 「消し炭じゃないデスゥゥ!!!!! 四女はとてもいい仔だったデスゥゥ!!! 子供たちが次々に死んでいく中、私に残された最後の希望だったデスゥ!!! それを……それを……どうして殺したデスゥゥァ!?」 「ハッ、知るか! 人が考え事をしてる最中に足元でレチレチ煩かったから息の根止めてやっただけだボケ!」 「(プツン)」 そのあまりにも身勝手で無慈悲な応えに、親実装はついに発狂した。 「デッギャアァァァァァァ!!!!!!!!!! 殺してやる……殺してやるデギィィィィィ!!!!!」 歯を粉砕せんばかりに食いしばった鬼のような形相で、親実装は男の脚を殴りつける。 だが悲しいかな、実装石の力では男にダメージを与えるどころか、『ぽふぽふ』というスポンジで叩いているような音が出るのみであった。 男は親実装の真っ黒な手でズボンが汚れるのも構わず、冷め切った顔でそれを見下ろしていたが、次第にその口元には笑みが浮かび、頬が緩み始めた。 (なかなかいいな、これ。大事な家族、何よりも大切な仔を奪われた親実装の絶望と怒り……うん、いいぞ) 男が親実装の頭をむんずと掴み、自分の顔と同じ高さまで持ち上げる。 「デギャア!?」 「さっきまで俺が何を考えてたのか教えてやろう。お前ら実装石に……どうやって地獄の苦しみを味わわせてやろうかってことだよ」 口元が三日月のように吊り上がった、実装石でなくともぞっとするような笑顔で、男は再びライターに点火し、炎を親実装の顎先に近づける。 「デギャアァッ!? デギィィィッ!」 頭巾には燃え移らないよう注意しながら、顎から鼻へ、鼻から右目へ、右目から額へ、額から左目へ。 炎の先端のみで親実装の顔を炙る。 火というものは中心よりも外側のほうが温度が高い。 そして発生した上昇気流により尖った先端は、最も温度が高くなるのだ。 たちまち親実装の顔の皮膚は焼け、爛れ、眼球の水分が蒸発して水晶体が溶け出す。 「デギャアァァァァァァアァッ!!!!!!!!!!」 先ほどあれほど盛大にパンコンしておきながら、まだ出るのかというぐらい大量の糞がぼたぼたと地面に落ち、消し炭となった親指実装の死骸を埋もれさせる。 「おいおい、大事な仔が漏らした糞で埋もれてるぞw 糞で墓でも作ってやるつもりかwww」 そんな血も涙もない台詞で挑発されても、顔を焼かれて呼吸することすらままならない親実装はそれに一言も抗することができない。 ただ手足をイゴイゴと振り回し、もがき苦しむのみである。 親実装の顔がほぼ全面黒焦げになったところで、男はようやくライターの火を消して、親実装の頭を掴んでいる手を放した。 べしゃりという音を立て、糞山の上に仰向けに落ちる親実装。 大量の糞と親の体に押し潰され、親指実装の死骸はもはや跡形もなくなっているだろう。 親実装自身もまた、顔を数分間にわたって焼かれた痛みによるショックと、炎で呼吸を遮断されたことにより仮死状態だった。 「じゃあ大事な子供と同じ場所に送ってやろうか」 男はさらにとどめを刺すべく、親実装の服に火をつける。 たちまち全身が燃え上がり、メタンガスを放つ糞の山にも引火して、小さな焚火が出来上がった。 それで手を暖めながら、男はうっとりとした表情を浮かべていた。 「うーん、やっぱり実装石を燃やした炎を見てると落ちつくぜ……」 可燃物が燃え尽きて炎が消えると、消し炭の山を踏み潰し、砂をかけて後始末をする。 男はベンチから立ち上がり、さっきまでとうってかわった清々しい顔で歩き出した。 (最初に考えていたのとは違うが、新しい楽しみ方のいいヒントになった。だが簡単に手に入る素材じゃないな……助手が必要だ) ------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------ 男は公園の中を歩く。 途中で実装石を見かけると、一瞬だけ立ち止まって風体を確認するが、そいつが服も髪も揃った普通の実装石だと分かるとすぐに無視して再び歩き出す。 たまに禿裸の実装石を見かけると、話しかけて少し言葉を交わすが、自分の望む資質を具えた個体ではないと分かるとまた無視して歩き出す。 男が探しているのは、自分の助手となる実装石だった。 普通の放火に飽きた男は、先ほど殺した実装石の親仔からヒントを得て、殺し方ではなく殺す素材に拘ることにした。 実装石は一般的に多産であるが、生まれた仔のほとんどは飢えや寒さ、そして人間を含む外敵によって命を落とし、成体になれるのはわずか数パーセントだと言われている。 その大勢の姉妹の中でも、他の全員が殺され、最後の生き残りとなった一匹とその親。 それも、飢えて苦しんでいる最中でも他の姉妹を喰らうような糞蟲になるどころか、自分の食事を妹たちに分け与えてやるような——— そして自分が成体となったあかつきには、たくさんの仔を生み、死んでいった他の姉妹の分まで幸せにしてやろうと誓っているような——— そんな、とても実装石とは思えないほど善良な心を持った仔実装とその親。 それが男の望む素材であった。 だが、そのような素材がそうそう手に入るわけでもない。 それならば、自分が望むような親仔になるよう運命を操作し、シチュエーションを演出してしまえばいいと男は考えた。 しかし、それは人間である自分だけでは難しいことでもある。 そもそも最初からそれに向いた家族かどうか、そうなり得る可能性があるかどうかの判定、家族構成の把握がまず難しい。 そのために、男は自分の目となり耳となって良質な素材を探し、手足となって親仔の実装生に介入する助手を探しているのだった。 助手となる実装石の条件は、まず頭が良いことはもちろん、人間に慣れていて、人間の言うことをよくきくこと、そして他の実装石に対して恨みを抱いていたりすればなお望ましい。 その条件からいえば、必然的に元飼い実装で、公園に捨てられた挙句に同属のリンチによって禿裸にされた個体、ということになるだろう。 朝に親仔を殺害してから、男は昼近くになるまで公園を歩き続けた。 「うーん、飼い実装ってのは捨てられてすぐに殺されるのが普通だからなあ……捨てられて、禿裸にされて、殺されず、それでいて飢え死にする前の個体がそう都合よく見つかりはしないか」 そう呟いて男が立ち止まったとき、ふと公園に設置された時計に目が留まった。 先端に時計が据え付けられたその金属製のポールの根元では、一匹の禿裸が薄汚れたリボンのような紐で縛り付けられ、カラスに肉を啄まれていた。 「デェェーーーン! ご主人様、助けてくださいデスゥーーー! このままじゃ死んじゃうデスゥゥーーー!!!」 悲痛な叫びを上げて主人を呼ぶ禿裸。 こいつだ。 こいつこそ自分が探していた実装石に違いない。 男は近くにあったゴミ箱から紙袋を拾うと、それに空気を送り込んで膨らませ、拍手をするように一気に叩き割った。 ——— ぱん!!!!! ——— 大きな音に驚いたカラスたちが飛び去っていくと、男は縛られた禿裸の前に立ち、声をかけた。 「どうした? 見たところ主人に捨てられて、それを馬鹿にした同属に殴り掛かったはいいが、返り討ちにあって禿裸にされた挙句、着ていた服のリボンで縛られて晒し者にされてる実装石とみたが……」 男は禿裸の現状を寸分違わず正確に言い当てていた。 だが、捨てられた飼い実装はその事実を頑なに認めない傾向にある。 「ち、違うデス! ワタシは捨てられてなんかいないデスゥ! きっとご主人様がもうすぐ迎えに来てくれるデスゥゥーーーッ!!!」 「ほう……で、ご主人様を最後に見たのはいつの話だ? そもそもお前に『必ず帰ってくるからここで待て』と言ってくれたのか? 寝ている間にダンボールごとここに運ばれて、目が覚めたらご主人様はいなかったんじゃないのか?」 「デ……」 禿裸が自分の飼い主を最後に見たのは一昨日の晩である。 いつものように与えられた餌を食べたとたん急に眠気が襲ってきて、明け方に目覚めたときにはダンボールに入れられた状態でこの公園にいたのだ。 実装フードに睡眠薬が盛られていたのは明らかである。 しかも飼い実装を捨てる飼い主の多くは、捨ててすぐに死なれると寝覚めが悪いという理由や、またはほんの少しだけ残った憐憫の情から、それ以降必要なくなる実装フードや 使っていたタオルケットなどをダンボールの中に入れていってくれることが多いのだが、新しく出来た彼女が実装石嫌いだったというだけの、身勝手極まりない理由で禿裸を捨てた元主人はそれすら残していない。 文字通り着の身着のまま捨てられていた禿裸は、丸一日以上何も口にしないまま、冬の公園の寒さに震えていたのだ。 そしてその後の顛末にいたるまで、ぐうの音も出ないほど男の言うとおりだった。 「デ……………デェェ……………デェェェェェェェン!!!!! デェェェェーーーーーーーーン!!!!!」 禿裸が両目から滂沱のごとく血涙を流し、地面に糞をぶち撒けて絶叫する。 このままでは偽石が崩壊して死にかねないほどの絶望ぶりだった。 だが次の瞬間、かつての主人のように温かい手が禿裸の冷え切った頭に触れた。 「デェ……?」 「お前……俺の飼い実装にならないか?」 「デ………デデェ!?」 禿裸は一瞬何を言われたのか分からなかった。 自分を飼ってくれる? 飼い主に捨てられたこの自分を? 禿裸にされた実装石など、野良においてもカーストの最底辺、再び飼い実装になるなど望むべくもない醜い存在なのに? 「どうした、もう人間に飼われるのは嫌か?」 「そ、そんなことないデスゥ!」 「じゃあ決まりだな」 「デ、デスゥ……」 戒めを解かれた禿裸は頬を高潮させて目の前の救い主を見上げる。 両目から流れる涙は量こそ変わらないが、血涙ではなく透き通った喜びの涙に変わっていた。 この人間は、きっと自分にとっての神様なんだ。 このとき禿裸の心に、男に対する絶対の忠誠心が刻まれた。 「お前、元飼い実装だったのなら名前はあるのか?」 「デェ……ワタシの名前は……」 「あー、やっぱ言わんでいい。自分を捨てた薄情な飼い主に貰った名前なんて捨てちまえ。俺が新しい名前をつけてやろう。うーん、そうだな………プロメテウス………そうだ、お前の名前は『プロメテウス』にしよう」 「デェ! カッコいいお名前デスゥ!」 「そうか、気に入ったか」 「デェェ……ありがとうデス……ありがとうデスゥゥ………」 (まあカラスに啄まれてたところからつけたんだけどな……人間に火の扱いを教えた者の名前というのも、実装石への放火が趣味の俺らしくていいだろう) そして、男はプロメテウスと名づけたその禿裸を家に連れ帰った。 ------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------ ———後編に続きます。
