タイトル:【虐殺】 DEXT 第三部完結篇・2話 ~帝都ロムデス~
ファイル:DEXT 12話.txt
作者:みぃ 総投稿数:41 総ダウンロード数:772 レス数:5
初投稿日時:2016/03/22-22:42:23修正日時:2016/03/22-23:39:21
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   1

「おい、離せ! 離せよっ! 離してっ!」

 薄暗い部屋の中に女の甲高い声が響く。
 糞蟲虐待サークルメンバーのひとり、麗華である。
 彼女は座ったまま両手両足を壁に繋がれ、ほとんど身動きもできないまま発狂したかと思うほどに頭を振っている。

「デス、デスデスデス」

 そんな彼女の元に複数の実装石がやってくる。
 ひとりは麗華の感覚でいうところの成体実装。
 身長はおよそ40センチほどで、趣味の悪い飼い実装のようなピンク色の実装服を着ている。
 他は過去で言うところの仔実装サイズ。
 10センチちょっとの大きさで、この時代では平均的な成体だ。
 こちらはみな赤い服を着ている。

 ピンクの実装石が麗華に近づき、その耳にイヤホンをつける。
 音声式リンガルである。

「ワタシの言葉は通じるデス?」
「あぁ!? なんだよ糞蟲っ! さっさとこれを解けよっ!」
「そういう訳にはいかないデス。オマエは人質なんデス」
「はぁ!?」

 実際の所、麗華は現状をよくわかっていなかった。
 茂比が……サークルの仲間が酷い死に方をして、それに対する他の仲間の冷たい態度に愕然とした彼女は、ロッジの自室に閉じこもってひとりで泣いた。
 気がつけばそのまま眠ってしまい、次に目が覚めたときにはすでにここにいたのだ。

「桐野たちはどこだよ! ここはどこなんだよっ!」
「ここは帝国の地下牢獄デス。貴様らクソニンゲンを閉じ込めるための——」
「いいから離せっ! これ解けよっ!」
「そうはいかないと言ったはずデス。オマエはこれから——」
「はやく解けぇっ! おい糞蟲っ! 桐野ーっ! 木下ーっ!」
「ちょっと黙るデス。オマエと少し話を——」
「誰かーっ! 助けてーっ! いやーっ!」

 ピンク服を着た実装石は無表情ながらも苛立った顔になり、、
 自らのぱんつに手を突っ込むと人質のニンゲンの顔に向かって糞を投擲した。
 当然、ニンゲンは半狂乱で暴れ出す。

「ぎゃーっ! なーにすんだよてめーっ! ふざけんな糞蟲ーっ!」
「……おい、マホウガスを」
「わかりましたテチ」

 ピンク服を着た実装石が傍らの赤服実装に命令する。
 赤服は自身の体格と同じくらいの大きさの袋を背負っていた。
 それにはストローのような突起ガついている。
 その先端を持って麗華に向けると、たちまち赤いガスが吹き出した。

「なによこれっ! ちょっとやめろよ糞蟲……むにゃ」

 ガスが麗華の顔を覆うと、彼女の意識は強制的に遮断させられた。



「……まったく、ニンゲンとはこんなにも話が通じない生き物なんデス?」

 ピンク服の実装石——
 帝国の三代目皇帝『アウグスデス』は、捕らえた人質のあまりの態度に辟易していた。
 本当なら残ったニンゲンの情報を聞き出したり、やつらが格下と思っている実装石に捕まった気分を問うてプライドをへし折ったりしてやるつもりだった。
 だが、あまりの話の成り立たなさに会話を打ち切り、思わず強制的に眠らせてしまった。

「まあ、マホウガスの効き目をこの目で確認できただけで良しとするデス」

 この『マホウガス』は獣避けの『マホウの水』の改良版であり、実装石以外の生物にとっては有毒なガスである。
 いま使ったのは濃度2だが、それでもニンゲンの意識を強制的に断ち切るほどの威力がある。
 この人質が眠っている間にも使い、完全に意識を遮断した上でニンゲン共の住処から運んできたのだ。
 輸送にはほぼ丸一日かかったが、その間一度も起きなかったと言うからたいしたものだ。

 濃度5で使えば野犬ですら死に至らしめる。
 おそらくニンゲン相手でも相当な威力があるだろう。
 まさに帝国の最終兵器である。これがある限りニンゲンなど恐るるに足りない。

「……まあ、死なない程度にエサはくれてやるデス。
 見張り番の戦石にはくれぐれも気をつけるように言っておくデス」
「わかりましたテチ!」
「こいつはニンゲン共の目が帝国に向いたときに使うデス。
 まあ、使い終わったらいたぶり尽くして惨たらしく殺してやるデス。デププププ……」

 赤服の戦石実装たちの敬礼を受け、アウグスデスは地下牢を後にする。



   2

 その町は歓喜に湧いていた。

「『なつあきさんの町』がギャクタイハをひとりやっつけたテチ!」
「実装石でもニンゲンサンに勝てるんテチ!」

 帝国から見て山向こうの地。
 デッグラドを中心に一〇〇体単位で町を作る都市国家の一つである。
 この町はさきほど伝達に来た実装石により、ギャクタイハのひとりを倒したという情報を知ったばかりであった。
 みんなで力を合わせれば邪神にも勝てる。
 その事実は彼女たちを大いに興奮させた。

「さあ、ワタシタチも負けてられないテチ! もしこの『まるあきさんの町』が襲われても大丈夫なように準備をするテチ!」
「武器の製造を急ぐテチ! 兵士の鍛錬もしっかりやるテチ!」

 なつあきさんの町が邪神に勝ったときの様子は事細かに伝えられていた。
 情報を伝達してくれた実装石はその様子を興奮気味に語り、また有効な対策法もしっかりと教えてくれた。

 とにかく第一にニンゲンの足を止める棘付きクルマを大量に作る。
 そして確実にダメージを与える密集陣形突撃『ファンデクス』を完璧に練習するのだ。
 トドメに使う火も素早く熾せるようにしなければならない。

「さあ、今日はみんなで襲撃を想定した模擬訓練テチ!」
「了解テチ!」

 いつまでも喜んでばかりもいられない。
 賢く、善良で、一生懸命な都市国家の実装石。
 彼女たちは、自分たちにできる最良のことを全力で行おうとしていた。

 そんな彼女たちの頭上に、ふわりと一つの大きな袋が落ちてくる。

「テェ、何テチ……?」

 デッグラド前の広場に集まった実装石たちの誰かが頭上を見上げながら呟いた。
 その瞬間、袋がデッグラドの頂上部のでっぱり引っかかって割れ、紫色の煙が拡散した。

「テ……チュベベベベベッ!?」
「テチャァッ! く、苦し……チュアァァァッ!」
「テヒッ! テヒッ!?」

 その煙を吸った者は例外なくすさまじい勢いで嘔吐した。
 地面に転がり喉をかきむしり、苦悶の表情を浮かべたまま息絶える者。
 勢い余って内臓まで吐き出してそのまま偽石を崩壊させる者。
 あまりの痛みに暴れ回り建物に頭を強く打って死亡する者。

 逃げようとする者はいない。そんな余裕がある者は一体たりともいなかった。
 誰もが何が起こったのかもわからないまま、苦しみの中で死んでいった。



「ふっ……」

 しばらく経ってから実装石の町に入った木下は、その光景に思わず歪んだ笑みを浮かべた。
 あちこちで仔実装から親指サイズの小さな実装石が苦悶の表情のまま倒れている。
 その目は例外なく灰色に濁っており、一匹として生存している者はいない。

 彼が投げ込んだ『気化式実装石駆除剤』の効果は絶大だった。
 わずか数十グラムの容量で、町の実装石はあっさりと全滅してしまったのだから。

「ふふふ……ははは……」

 思わず笑いがこぼれる。
 ここには確かに数分前まで多くの実装石が暮らしていた。
 生活があった。日々の営みがあった。喜びや笑い声に溢れていた。
 それが、いまはもうない。
 全部死んだ。おとなも仔も例外なく。あっさりと。無慈悲に。
 仮称『滅亡派』の木下にとってその事実はたまらない愉悦であった。

 手にしたバールの様なものを使い、建物の屋根をひとつずつ崩して回る。
 直前まで遊んでいただろうボールにしがみついている仔。果実を皿に突っ伏した成体。寄り添って抱き合ったまま死んでいる姉妹。
 それらが目の前に現れるたび木下の頬は緩む。
 だが、肝心の『赤い服の実装石』は見当たらなかった。

「やはり町に暮らしているわけではないのか……?」

 まあ十分に楽しめたし、駆除剤の威力も試せたのだから良しとしよう。
 木下は廃墟となった町に火をつけると、近くに止めてあった『車』に乗り込んだ。

 もちろん実装石たちの遣うような荷車ではない。
 広い荷台をもちガソリンで走る白い軽トラックである。



   3

 木下は本拠地に帰還した。
 そこは廃墟の外れにある三階建てのビル。
 ただし周りの建物と違い、ツタが這い苔生してはいない。
 ひび割れもなければガラス窓もちゃんとある真新しい白いビルである。
 そのビルには大きく『△□害虫駆除サービス』と書かれていた。

 この建物は木下たちのロッジと同様に過去から飛ばされてきたものだ。
 都合の良いことに実装石を専門に駆除する業者が入っていたらしく、そのまま使える駆除用具が無数に残されていた。
 特に駆除剤は無駄なく使えば実に一〇〇万匹の実装石を駆除できるだけの分量がある。
 彼はこの建物を発見したときから、仲間には秘密でこちらを新しい拠点として使っている。

 地下駐車場に軽トラを停め、二階の応接室に向かう。

「あ、お帰りなさーい」

 桐野妹が明るい声で出迎えた。その手には赤い服を着た仔実装が握られていた。

「……見つけたのか」
「はい。さっきそこでネズミみたいなのに跨がってました」
「テチャーッ! テチャーッ!」

 赤服実装は何事かわめいているが、リンガルを通していないので何を言っているのかわからない。

「桐野は?」
「はい、私です」
「兄の方だ」
「まだ眠ってますよ」

 彼ら糞蟲虐待サークルが寝泊まりしていたロッジは何者かによって放火されていた。
 おそらくは実装石の生き残りだろう。それ自体は不思議でもなんでもない。
 だがロッジの焼け跡の近くには桐野兄が倒れていた
 それを木下が発見し、抱き起こすと不思議なことを言っていた。

「麗華が、赤い服を着た実装石たちに連れて行かれた……」

 それだけ言うと桐野兄は気を失った。
 今、彼は三階の病室に寝かせてある。
 火傷も酷かったが、見たところ何らかの毒を盛られた可能性があった。
 ロッジの焼け跡から麗華の死体は見つからなかったので、彼の言葉を信じるなら『赤い服の実装石』が手がかりとなるはずだった。
 木下の目的は赤い服の実装石を探すことだったのだが、出かけている間に留守番していた桐野妹の方が捕まえてくれたようだ。
 やはりこの女は侮れない。

「それじゃ、この仔からいろいろ聞いてみましょうか」
「だな」

 ふたりは揃ってリンガルをのぞき込む。
 電子画面に赤い服の実装石の言葉が表示される。

「殺すならさっさと殺すテチャ! 私は戦石の誇りに賭けて何も喋らないテチ!」

 ふと見ると、桐野妹が嬉しそうな笑顔を浮かべていた。

「すごい、立派な実装ちゃんだ……!」
「……何かを知っているのは確実だな。情報を引き出したいが、任せていいか?」
「はい! この仔と『遊び』たいです!」

 木下はようやく見つけた手がかりの尋問を、この自称愛護派の少女に任せることにした。



「テッチャァァァァッ! テッチィィィィィィッ!」
「ほらほらっ、まだがんばって!」
「痛いテチィィィッ! やめテチィィィィ!」
「痛くない、痛くないよ! レッドちゃんはまだがんばれる!」
「わかったテチィ、しゃべるテチィィィ! なんでも喋るからもう許しテチィィィィ!」
「諦めちゃダメ! 『せんせき』の誇りに賭けてこんなことで負けちゃダメだよ!」
「なんで喋るって言ってるのに止めてくれないんテチィィィィィッ!?」
「ああ、かわいい……かわいいなあ……」
「ヂィィィッィィィイイッィィッ!?」

 その部屋には実装石の悲鳴と少女の楽しそうな声が響いていた。
 木下が戻って来たとき、頭と両足を固定された赤服の実装石は血の涙を流して命乞いをしていた。
 両手を必死に振り、拘束の許す範囲で可能な限り身体を捻らせながら、与えられる苦痛に耐えている。
 それを楽しそうに見下ろす桐野妹の手には二本の細い針。

「……よくそんなもので、そこまで苦しめられるな」

 木下が心底感心したように言うと、桐野妹は針を器用にクルクルと回しながら答える。

「実装ちゃんが辛い、苦しいと感じる時はいくつかあります。
 仔や仲間を失ったとき。死の恐怖を感じたとき。お腹が空いたとき。
 取り返しがつかないほど身体が壊されたとき。
 でもね、何より『痛み』に訴えるのが結局は一番効くんですよ」

 そう言いつつ桐野妹は赤服実装の身体に針を差し込んでいく。

「ヂィィィィィッ! ヂィイィィィッ!」
「大仰な道具も、残酷な工夫もいりません。
 実装ちゃんの神経の作りさえ熟知してれば、これが一番効率的に痛みを与えられるんですよ。
 こんな小さな針でもね、うまく神経をグリグリやれば身体をミヂミヂ潰されるのの万倍も痛いんです。
 身体が大きく壊れるわけじゃないから、偽石コーティングをしなくても死んじゃわないし。
 もちろんショック死しないよう取り出しておく必要はありますけど」
「お詳しいことで」
「実装ちゃんのことならなんでも知ってますよ! 愛護派ですから!
 あ、ちなみに両手を自由にしてあるのは、ぺしぺし抵抗する姿がかわいいからです!」

 ともかく、これ以上任せておいたらこの実装石の気が触れてしまうかもしれない。
 木下が「後は引き継ぐ」と言うと、桐野妹は名残惜しそうに部屋から出て行った。

「これからする質問には正直に答えろ。もし嘘をついていると見なしたらまたあの女を呼ぶ」
「なんでもおはなししますテチィッ! もう痛いの嫌なんテチィッ!」

 命令してもいないのに机の上に頭をこすりつけ土下座する赤服実装。
 この調子ならなんでも喋ってくれるだろう。



   4

「テェェ……すごい町テチィ……」

 その実装石『ルリス』はきょろきょろと左右を見回しながら帝都ロムデスの大通りを歩いていた。
 彼女は『よしあきさんの町』の生き残りである。
 邪神の住処に連れられ、命からがら逃げ出すも、仲間を助けるために舞い戻った先でまた別の邪神に見つかった。
 もうダメだと思ったそのとき、赤い服を着た実装石たちに助けてもらい、とても速い動物の背中に乗せられこの『帝国』まで連れてこられたのだ。
 その赤い服の実装石のひとりが、ルリスと並んで歩いている。

「あまりきょろきょろしないテチ。田舎者に思われるテチ」
「はっ、ごめんなさいテチ、赤い服のセンセキサン」
「戦石は名前じゃなく身分テチ。ワタシのことはセンパイと呼ぶテチ」

 辿り着いた『国境の町』でルリスはこれまでの出来事を涙ながらに語った。
 すべてを話し終えた後、「ニンゲンが憎いか?」と身体の大きな青い服の実装石から聞かれた。
 一緒に逃げてきたハーティがまだ迷いを見せる中、ルリスは躊躇わず首を強く縦に振った。

「憎いテチ! ニンゲンサンを……いや、ニンゲンをやっつけたいテチ!」

 そしてルリスはセンパイと共にこの帝都ロムレスまでやってきた。
 故郷のよしあきさんの町はもちろん、彼女が知るどの町もこんなに高い建物はない。
 こんなに多くの実装石が暮らしているのを見るのももちろん初めてだった。

「ようテチ。これから仕事テチ?」
「手作りのイスが安いテチ! 今ならデス石20Jで販売中テチ!」
「チププ……オマエ、顔にごはんの実の汁がついてるテチ」
「黙れテチャァ! 文句言ってるとぶっ殺すテチャ!」
「お、ケンカテチ? 戦石を呼ぶテチよ」

 道行く実装石たちはみな活気に溢れており、ともすればやや荒々しい言葉も聞こえてくる。
『お店』や『オカネ』という概念はルリスにはよくわからない。
 が、これだけ多くの実装石が集まることで、ルリスたちの都市国家とは全く違う別の文化が育まれているのだということはなんとなく想像できる。

「こんなに実装石がいっぱいいて、大きなケンカにならないんテチ?」
「すべてはコウテイ陛下の統治のたまものテチ。ワタシタチ戦石もそうならないよう監視してるテチ」
「町の方針を決めるのも大変そうテチ……」
「政治はコウテイ陛下と貴石の方たちだけが行うテチ。青い服のひとは見たテチ?」

 どうやら根底からしていろいろと異なっているようだ。
 これからルリスはこの街で暮らすことになるだろう。速くここの常識になれなければ。

「ついたテチ」

 そこは煉瓦造りの大きな建物であった。都市国家でいうところの議会くらいはあるだろう。
 中に入るとセンパイと同じく赤い服を着た実装石たちがいっぱいいた。

「ちょっと待ってるテチ」

 センパイはひとりでどこか行ってしまい、なんとなく手持ちぶさたで気まずい気分になっていると、他の赤い服の実装石たちが次々に話しかけてきた。

「お、噂の新入りテチ?」
「向こう側からやって来たって聞いたテチ。よく貴石の方に認めてもらえたテチ」
「苦労したテチね。ま、これから一緒にがんばるテチ!」
「テ、テェ……」

 肩を強く叩かれルリスはびっくりしたが、歓迎されていない様子ではない。
 やがてセンパイが戻ってきて一着の赤い服をルリスに渡した。

「着るテチ」
「テェ……?」
「オマエのニンゲンに対する憎悪が認められたテチ。今日から戦石の仲間入りテチ」
「テチャァッ!?」

 ルリスは驚いた。自分もあの速い動物に乗って戦えるのか!
 よしあきさんの町にいた頃は簡単な兵役も担っていた。
 だが、ニンゲンをあんなふうに翻弄するのような本物の戦士とはほど遠い。
 彼女たちはルリスたちがどうにもできなかったニンゲン相手に、見事な連携で確実にダメージを与えていたのだから。

「ワ、ワタシもあんなふうになれるテチ……? はやい動物に乗れるテチ……?」
「もちろん、すぐにワタシタチみたくなれるわけじゃないテチ。しばらくは訓練と、簡単な見張り任務から始めてもらうテチ」
「訓練! がんばって強くなるテチ!」
「ちょうどこれから午後の訓練が始まるテチ。一緒に着いて来るテチ」



   5

 木下は軽トラックを走らせていた。
 助手席には桐野妹が座っている。

「せっかくだし、ある程度落ち着いたら私と子ども作っちゃいません?
 お兄ちゃんと麗華さんにも産ませて私たちの子と配合させれば、この世界でも人類は生き延びられるかもしれませんよ。
 新世界のアダムとイブですよ! アダムとイブ!」

 なにやら妄言を吐いている桐野妹は無視して無言でハンドルを握る。
 ちなみに桐野兄はまだ病室のベッドで目を覚ましていない。

「……で、どこに向かってるんですか?」
「もうすぐ着くから黙っていろ」

 トラックは峻険な山を登っていく。
 地均しされた道などないのでちょっと進むごとにガクガクと揺れる。
 桐野妹は酔ったらしく窓から顔を出して吐いていた。

「おえぇ。けほけほ……ま、まだ着かないんですか?」
「ここまでだな。あとは歩くぞ」

 トラックを適当なところに置き、ふたりはさらに山奥へと進んでいく。
 倒れた木を乗り越え、大きな岩を迂回し、段差を乗り越える。

「わ、私、あまり体力無いんですけど……」

 木下はともかく、女子中学生である桐野妹はかなりしんどそうだった。
 心持ち移動速度を落としてやったり、要所では手を取ってやったりしながらさらに先へ。
 やがて開けた場所に出た。

「わぁっ……!」

 桐野妹はこれまでの苦労を忘れたかのように感嘆の声を上げた。
 そこは山の行き止まり、切り立った崖。
 目の前に拡がっていたのは雄大な山々……ではない。
 その規模はおよそ東京ドームのグラウンド二つ分、あるいはビッグサイト東館の半分に匹敵する。
 これまでに見たことのない大規模な実装石の町が眼下に広がっていたのだ。

「これが『帝都ロムデス』か。おそらくこの世界で最も大きな実装石の集落だろうな」
「双眼鏡! 双眼鏡を貸してください!」

 桐野妹は木下から奪うように双眼鏡を受け取ると、その景色を楽しそうに眺め始めた。

 これまでに見て来たこぢんまりとした都市国家とはまるで別物である。
 中央に大通りがある。二階建ての建物が多い。物を売っている市場らしきものがある。
 だが何より大きく違うのはその防衛力だろう。
 都市を取り囲む壁は二重になっており、内側は推定で二メートル以上の高さがある。
 その二つの街壁の間には何もない空間が数メートルに渡って拡がっていた。
 何かの罠か。人間の襲撃を警戒してのものであるのは間違いなさそうだ。
 
 高い壁は外部だけではなく、町全体をいくつかのブロックに分けており、中央には実装石にしては巨大な異形の城が聳え立っていた。

「あそこにコウテイ陛下が暮らしておられるんテチ」

 桐野妹のとなりで赤服実装のレッドが説明する。
 強烈な痛みを与えられ仲間たちの情報を喋った後、命を許されあまつさえ始めて口にするコンペイトウまで与えてもらった。
 彼女は完全に籠絡され、すでに桐野妹の従順なペットと化している。
 騎乗用のポグルはないが、しばらくは説明役として重宝してくれるだろう。

「この中のどこに麗華が……お前らが捕らえた人間がいるのかわかるか?」
「申し訳ないテチ。ワタシは帝都に勤める戦石じゃないからわからないテチ……
 でも、どこかに捕らえられているのは確実テチ」
「麗華さん大丈夫かなあ」

 ふたりがわざわざ敵の本拠地まで乗り込んだ理由。それはもちろん麗華救出のためである。
 実装石に捕まったなどと現代なら笑い話にもならないが、相手がこの規模の文明を持っていることを考えれば十分に命の危機だと言える。
 彼女の無事を知れば、眠ったままの桐野兄にも変化が起きるかもしれない。

 町の中をよく眺めると、あちこちでケンカしている実装石がいる。
 そのたびに赤服実装石が割って入り仲裁しているところも頻繁に見られた。
 そんな光景に木下が感想を漏らす。

「糞蟲が多いな」
「帝国は基本的に『自由』を尊重してるんテチ。多少の諍いは許容の範囲内テチよ。
 もちろん、度を超した場合はワタシタチ戦石が止めるテチ」
「町の東西南北にある大きな建物は?」
「あれは貴石の方たちのお家テチ。帝都の各方面や、その他の町を収めるえらい実装石テチ」
「貴族みたいなものか。すると戦石とは騎士や武士というわけだな」
「あ、ちょうど戦石の訓練が始まるテチ!」

 レッドが腕指す方向に桐野妹と木下は同時に双眼鏡を向けた。
 町の外に赤服実装石たちが集まっていた。



   6

 ルリスは感動していた。
 目の前で繰り広げられる戦石たちの訓練の様子があまりに素晴らしいものだったから。

「そっちに行くテチ!」
「まかせろテチ!」

 六体の赤い服を着た戦石たちがポグルに跨がり、絶妙な連携でもって翠色の剣を振るって敵を追い詰めていく。
 敵は野犬。実装石たちより遙かに大きく、凶暴な爪と牙を持った猛獣だ。
 クルマのついた大きな牢屋からそれが解き放たれた時、ルリスは思わず恐怖に糞を漏らしそうになった。
 だが戦石たちは野犬を上回るスピードでポグルを駆けさせ、手にした剣でヒット&アウェイを繰り返し着実にダメージを与えていく。

「ワォン! ワォーン!」

 やがて、攻撃に参加していなかった戦石が前に出た。
 彼女は槍の代わりに背中に大きな袋を背負っている。
 その先端を野犬に向け、周りに号令を出す。

「トドメ、行くテチ!」

 袋からもわぁっと赤いガスが噴射される。
 左右から二体の戦石が駆けてきて、すれ違いながら互いの剣をぶつける。
 火花がガスに引火し、巨大に膨れあがった炎が野犬を包んだ。

「ウワォオォーン!」

 炎に灼かれた野犬は苦しみ暴れ回っていたが、燃える敵にも勇敢に立ち向かっていく戦石たちがさらなる攻撃を加え、やがて倒れて動かなくなった。

「す、すごすぎるテチ……」
「まだ驚くのは速いテチ。次は新兵器のお披露目テチ」

 街の方からガラガラと音を立ててクルマにのった物体が運ばれてくる。
 それは大きな筒だった。

 複数の戦石たちが協力し、その中に黒い粉を注ぐ。
 つづいて大きな丸いボールを投入し、筒を斜めに立てる。
 木の棒で角度を固定し、後ろ側に立った戦石が火のついた棒をそっと近づけた。

 ばん!

「テチャァッ!?」

 突然響いた大音量に思わずルリスは腰を抜かした。
 筒先が火を噴き、さっき押し込んだ黒いボールがもの凄い勢いで空を飛んでいく。

 それは遙か遠くの地面に落下していった。



   7

「うわあすっごい! かしこーい!」

 双眼鏡を除きながら桐野妹はしきりに興奮していた。
 自分が褒められているように感じたのか、その横ではレッドが誇らしげに腰に手を当てている。

「マスケット……いや、大砲か。火薬まで持っているとはな」

 予想を上回る実装石たちの装備と練度に木下は思わず唸った。
 しかし本当に怖いのは大砲ではない。
 あの可燃性のガス、あれはそれ自体が猛毒だろう。

「あの袋から噴出されたのがお前の言っていた『マホウガス』か?」
「そうテチ。一番外側の壁を越えるとすぐ間にガスが充満するようになってる仕組みテチ」

 とすると強行突破は無理だ。どうがんばっても二つ目の壁を越えるのはある程度の時間が掛かる。

「あの中に乗り込んで麗華さんを助けるの、できそうですか?」
「大人数ならともかく、俺ひとりでは難しいな。
 駆除剤を投げ込むにしてもあの規模では外周部にしかダメージは与えられない。
 下手に近づきすぎて取り囲まれれば敵の反撃に対処できなくなるだろう」
「それじゃ、お手上げ?」

 ニヤニヤしながら聞いてくる桐野妹は、言外に「そんなことないでしょ?」と言っている。
 もちろん、そんなわけはない。木下は自信満々に答えた。

「いや、切り崩すのはそれほど難しくない。
 実装石どもに見せてやるよ。人間様の戦い方ってやつをな」

                                      つづく 

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1 Re: Name:匿名石 2016/03/23-00:41:17 No:00002048[申告]
wktkが止まらない展開
2 Re: Name:匿名石 2016/03/23-01:05:52 No:00002051[申告]
すごい楽しみ
3 Re: Name:匿名石 2016/03/24-22:33:20 No:00002065[申告]
実装石側も手が込んだ事してて面白いな、だからこそ次の話が楽しめたw
4 Re: Name:匿名石 2016/03/26-17:03:55 No:00002080[申告]
くっころ展開もなあ
実装石だとなあ
それにしても崖下に落っこちたやつはいつまで落っこちてるのか
5 Re: Name:匿名石 2016/03/26-17:06:40 No:00002081[申告]
そして、凄い大都市のようで東館の半分って人の足ならまあまあ広いって程度だな
よくまあニンゲンを捕えておくスペースがあったものだ
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