タイトル:【観察】 DEXT 第三部完結篇・1話 ~帝国の勃興~
ファイル:DEXT 11話.txt
作者:みぃ 総投稿数:41 総ダウンロード数:916 レス数:4
初投稿日時:2016/03/22-22:41:47修正日時:2017/04/21-18:31:01
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【第一章の三行あらすじ】

 なぜか人類がいなくなった
 いろいろあって実装石が栄えた 
 虐待派、時を超えて降臨


【第二章の三行あらすじ】

 虐待派、ヒャッハーの限りを尽くす。
 調子に乗ってたら二人ほど死んだ。
 実装石の『帝国』が動き出す。


【第二章終了時の登場人物】

 桐野……主人公(笑)。ロッジで赤い服を着た実装石に襲われる。
 木下……糞蟲虐待サークルのリーダー。滅亡派。
 麗華……桐野の彼女。死者が出たことと周りのキチガイっぷりに絶望して寝込む
 太田……室内虐待派のデブ。実装石に逆襲され焼き殺される。
 茂比……虐殺派のモヒカン。夜道で犬に食い殺される。
 桐野妹……桐野の妹。愛護派。愛護派。


【この世界の実装石】

 人類でいう古代レベルに近い文明を持ち外壁に囲まれた都市国家に暮らす。
 ト=メィトゥの実という果実を育てて主食としている。
 過去の環境や祖先の突然変異、主食の栄養不足などの影響で成体でも仔実装サイズの大きさしかない。
 信仰と教育と調和によって栄えたため、基本的に善良で仲間思い。 



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   1

 邪神降臨より22年前……

 マルガオ族の村から出立し開拓を始めた実装石たちは、
 すでに二十八の世代を重ね、そのシステムをほぼ完成させていた。
 
 集落の周りを焼き煉瓦で囲み、近くの川から水を引き込んで上下水道を作る。
 ト=メィトゥの果樹園は灌漑によって収穫量を増しており、干ばつでもない限り食糧が不足することはない。
 学校や被服の修復屋、各所のトイレ箱などもすでに存在している。
 町の中央にはひときわ大きな神殿(デッグラド)が聳え、町ごとに異なる神(ニンゲンサン)を祭っている。

 次は忌み仔と呼ばれた蛆実装が暮らせるための保育園や、水場を地下から加熱してお風呂にする技術が産まれようとしている、そんな時期のことである。

 ここ『ぐろあきさんの町』と呼ばれる町に、ひとりの変わった仔実装がいた。

「センセイ、あのヒラヒラしてるのは何さんレチ?」

 産まれてまだ二ヶ月の仔。
 当然、名前はまだ無く『イリアさんの四女ちゃん』と呼ばれていた。

「あれは赤いヒラヒラさんテチ」
「それじゃ、向こうのは何レチ?」
「あれも赤いヒラヒラさんテチ」
「でも、ちょっと違うレチ。あっちの赤いヒラヒラさんはもっと大きくて、羽に模様があるレチ」
「細かいことは気にしないテチ。どっちも赤いヒラヒラさんテチ」
「違うのに、同じレチ? 比べるためのお名前はないレチ?」
「ないテチ」

 彼女が疑問を抱いているのは、街壁の中を飛ぶ二匹の蝶の違いに対してである。
 その二匹は明らかに種類が違う。
 だが実装石たちはその区別をつけない。必要ないからだ。
 空を飛んでて、ヒラヒラしてて、赤い。
 それ以上の情報を知る必要は無いし、生活に関係ないくだらない情報を得たいとも思わなかった。

「レェェ……変なのレチ……」

 このイリアさんの四女ちゃんは、それを気にしてしまう仔であった。
 またある時は、

「壁のむこうには何があるレチ?」
「広い広い世界があるテチ。道があって、町がいっぱいあるテチ」
「その向こうにはなにがあるレチ?」
「まだ開拓されてないところがあるテチ」
「その開拓されてない所の向こうには何があるレチ?」
「そんなのは知らないテチ」

 またある時は、

「なんで鳥さんは飛べるレチ?」
「そういうもんテチ」
「なんでワタチタチは飛べないレチ?」
「そういうもんテチ」

 探究心が強い仔であった。
 普通の実装石ならば生活に必要ない事は「そういうもんだ」と納得する。
 だが彼女は『わからない』ことが気持ち悪く、誰もその答えを知ろうとしないことに疑問を持つような仔であった。

「あの仔は町の和を乱す恐れがあるテチ」

 この性格が災いし、糞蟲認定されて処分されそうになったこともある。
 しかし彼女は優秀で物覚えもよく、心優しく敬虔な仔であり、将来の改善を考えて抹殺処分は見送られた。

 そして彼女が生後六ヶ月を迎えた頃、ぐろあきさんの町の人口が一〇〇を越えた。
 開拓団出立の時期である。

「ワタチ、カイタクダンに参加したいレチ!」

 彼女は強く志願した。どうしてもこの壁の向こうの世界を見てみたかったからだ。

 開拓先で年代のバランスが大きく崩れないよう、仔も団員に選ばれることがある。
 しかしまだ獣よけのマホウの水も開発されておらず、開拓団は文字通り命がけ。
 足手まといになりがちな仔の参加は極少数。非常に狭き門である。
 好奇心旺盛なこの時代の実装石たちに、開拓団に参加したい者は多い。
 志願者たちは『伏せた石で傷がついたものを当てる』というくじ引きを行うことになった。

「当たりレチ! やった、やったレチ! ……レェェン、レェェェン!」

 当たりを引いたとき、彼女は感動の余りに大声で泣いた。

 開拓団に参加するとなれば、体格がどうであろうとおとな扱いされなければならない。
 なので彼女も出立前に『最後のシレン』を受ける。

 普通、仔はみなデッグラドに本物のニンゲンサンがいると思っている。
『姿はないけれどどこかで見守っている神様』という信仰の概念が理解しづらいためだ。
 最後のシレンとは、デッグラド内にはニンゲンサンはおらず、ご神体があるだけと教えられることである。
 真実を知り、現実と知識との乖離に発狂した実装石は処分される。
 もし受け入れることができれば、その場でニンゲンサンから賜るという形で年長の実装石から名前と仕事を与えられることになっている。

 その最後のシレンを受けたイリアさんの四女ちゃんの感想は。

「そうじゃないかと思ってたレチ。この中からニンゲンサンが出られないとか可哀想すぎるレチ」

 付き添った町の長は絶句したが、ともかくシレンは合格だった。
 そしてイリアさんの四女ちゃんはおとなの仲間入りとして仕事と名前をもらった。
 仕事はもちろん開拓団員。
 そして、名前は『ロムデス』といった。



   3

 はじめて街壁の外に出たロムデスは、どこまでも拡がる世界に感動した。

「すごいレチィ! 広いレチィ!」

 壁に視界を遮られない。地面の向こうが一本の線のように見える。
 はじめて外に出る実装石は少なからず感動を味わうものだが、彼女は特に興奮を抑えられない様子であった。

「遊びじゃないテチ。オマエもおとなの一員なんだから、ちゃんと仕事をするテチ」
「わかりましたレチ!」

 開拓団におけるロムデスの仕事はト=メィトゥの種の運搬役である。
 まだ車輪は発明されておらず、交代で種が入った籠を担ぐ。
 小さなロムデスは籠を背負うことができないので、おとなの運搬役が運ぶ籠を後ろで支えて少しでも負担を和らげる役目を担っている。

「うんしょ、うんしょレチ」

 決して楽な仕事ではないが、食料であるト=メィトゥそのものを運ぶ係に比べたらだいぶマシである。
 とにかくロムデスは開拓団の一員として働けることが嬉しく、与えられた役割をきっちりとこなした。

 さすがにもう「あれなに?」「これなに?」と聞いて回ることはなかったが、
 ロムデスは移動のたびに発見する新しい虫や草花しては、その都度目を奪われていた。
 この世界にはまだまだ知らない事がいっぱいある。
 この開拓の旅を通して少しでもいろんなことを知ることができれば良いな、と思った。

 ところが、開拓団の旅は順調ではなかった。

「野犬の群れテチィ!」

 開拓団が遭遇する事件としては、おおよそ最悪と呼べるものが彼女たちを襲った。
 飢えた野犬。実装石の足では決して逃げられないし、戦ってもまず勝てない相手である。

 追い払うためには、素早く火を熾すしかない。
 だが運の悪いことにその日は湿気が多く、火熾し役の実装石がいくらがんばってもなかなか火はつかなかった。

「テチャァァァァッ!! 助けっ、たすけテチャァァァァッ!」
「レッ、レェッ……」

 ロムデスの目の前でおとなたちが次々と野犬に食われていく。
 なんとか火が発生し、それに驚いた野犬が逃げ出したとき、すでに開拓団の頭数はロムデスを含めて八体にまで減っていた。

 開拓を続けるのはほぼ不可能な数字である。
 生き残ったおとなたちはその場で会議を始めた。
 このまま進むか、諦めて町に戻るか。

 仔ゆえに会議からは省かれていたロムデスは、なんとなく心細くなって景色の良い高い所に登った。
 積み重なった岩場。ここからは沈む夕焼けがよく見える。
 胸の奥が締め付けられるようなその雄大な景色を眺めていると、どこかで『どーん』という音を聞いた。
 おとなたちは気付いていないようだ。
 細かいことでも一応知らせるべきだろうと、岩場から降りようとしたその時。

「テッチャァァァァァ!」

 さっきの野犬がまた襲撃してきた。
 今度は火を熾すのも間に合わない。大人たちは為す術なく次々と食い殺されていった。

「レェェェッ……」

 ロムデスは恐怖から岩場の上で身を縮こまらせ震えていた。
 やがておとなたちの声が聞こえなくなり、下の光景を眺める。
 そこには何も残っていなかった。
 
 運の良いことに、野犬はロムデスに気付かず去ったようだ。
 だが開拓団は完全に壊滅。ロムデスはたったひとりになってしまった。

 すでに街道は遙か遠く、食料もない。このままでは死は確実だった。
 しばらく蹲って泣いていたロムデスだったが、やがて意を決して歩き出す。
 彼女が向かったのはさっきの音がした方。
 そちらに行けば助かると思ったわけではない。
 ただ震えたまま死を待つよりも、何らかの指標を持って歩き出すべきだと思っただけだ。

 そして、ロムデスはその地に辿り着く。
 彼女たちの煉瓦造りの町とは明らかに異なる、大きな大きな白い建物に。



   3

 そこは不思議な建物だった。
 砂の多い岩地にあるのに、なぜか全く汚れていない。
 ぐるりと周りを取り囲むのは町の外壁よりも高い石の壁。
 その一部がクズ手邸手、そこから中に入ることができる。
 
 中には背の低い葉が生えていていて、その間を石道がはしり奥の建物に繋がっている。
 正面にとても大きな板があり、その上の方にキラキラした出っ張りが見えた。
 押しても引いてもビクともしないので、ぐるりと建物の周りを回る。
 すると、大きく開いた入れそうな所を見つけた。だが……
 
 ごち。

「レェ……」

 そこには見えない透明な壁があり、ロムデスは思いきり顔をぶつけてしまった。
 額をおさえながら反対の手で押してみる。なんだ、これ?
 見えないのに何かがあって向こうに行けない。いったいどういうことなんだろう?
 痛みよりも好奇心が上回り、ロムデスはその見えない何かを押したり叩いたりしてみた。
 そして触れたまま横にずらすと、その見えない壁が動くことに気付いた。
 見えない壁の縁はキラキラした高い柱で、その向こうはもう見えない壁はなかった。

 建物の中に入ったロムデスは、好奇心に突き動かされるまま探検を開始する。
 すべすべした木の床。とても大きな柱があって、その上にはとても高い天井がある。
 どれも自然にあるようなものじゃない。
 ロムデスはここが驚くべき古代の遺産が眠る地であると思った。

「大発見レチュ! みんなに知らせるレチュ! って、レェェェ……そういえばひとりきりレチ……」

 だがすぐに彼女は仲間が全滅したことを思い出す。
 せっかくの大発見も誰にも知らせることができない。
 ロムデスの高揚した気分はたちまちしぼんでいった。

「テェェェン、テェェン……」

 と、どこからか声が聞こえることに彼女は気付いた。
 間違いなく実装石の声。それも自分より大きなおとなの声だ。
 それはとても悲しんでいるように聞こえる。

「さ、探しに行くレチ」

 ロムデスは遺跡の中をとてとてと走り回る。
 ある場所まで来たところで、ふと嫌なニオイが漂ってくる。
 それはウンチのニオイのようでもあり、血の匂いのようでもある。
 とにかく生理的に嫌な感じになるニオイだった。
 
 だが声はそちらから聞こえてきている。
 どうせ他に当てもないし、ロムデスは思い切って声の方角へ向かった。

 大きな板が斜めになっていて、となりの壁との間にわずかな隙間がある。
 ロムデスはその隙間から向こう側へと移動する。
 そこで彼女はとんでもないものを目にした。

「レ……レ……?」

 そこでは多くの実装石が惨たらしく死んでいた。
 四肢がない者、内臓をはみ出させている者、身体を太い棒で貫通されている者。
 目がない者。首がない者。頭から股間まで真っ二つにされている者。

「レッチャァーッ!」

 あまりに衝撃的な光景に思わず叫び声を上げ、ぶりぶりと糞を漏らす。
 へなへなとその場にへたり込むロムデス。
 そんな彼女にどこからともなく声がかけられた。

「テェ……まだ、生き残りがいたテチ……?」

 ロムデスはハッとして顔を上げる。
 きょろきょろと辺りを見回すと、向こう側に裸の実装石がいることに気付いた。
 それはロムデスの感覚でいえばおとなの大きさである。
 頼れる相手が見つかったことに、ロムデスは急いでそちらへと走った。
 糞で盛り上がったぱんつをおさえながら必死に駆ける。

「よ、よかったレチ! 仲間がいてうれしいレ……チベッ!」

 その裸の実装石に飛びつこうとした瞬間、彼女はまたも見えない壁にぶつかった。
 頭を抑えて蹲っていると、その裸の実装石が声をかけてくる。

「親指チャンテチ? ニンゲンに酷いことされてないテチ?」
「レェ……ニンゲン?」

 その言葉に顔を上げるロムデス。よく見ると裸の実装石は髪の毛もなかった。

「もしかして迷い込んだ野良の仔テチ? だったらはやく逃げるテチ。ここはギャクタイハの家テチ」
「ギャクタイハ?」
「ワタシタチに酷いことをするニンゲンテチ。ワタシのママも、お友達も、みんな酷い殺され方をしたテチ」
「な、なに言ってるレチ……? ニンゲンサンが、そんなこと……」

 ロムデスにとって……いや。
 この時代の実装石たちにとって、ニンゲンサンとは彼女たちを見守ってくれる存在である。
 世界を創造し、食物の実りを与え、万物を司る偉大な存在。
 ときどき怒って嵐や洪水を起こしたりもするけど、みんなでお祈りすればきっとまた新しい恵みを与えてくれる。

「親指チャンも『飼い』になりたいテチ? だったら夢は見ないほうがいいテチ。ひもじくても公園でゴミを漁ってた方がマシテチ」

 禿裸の実装石が言っていることは要領を得ない。

「あなたは、なんでこんな所にいるレチ?」
「ワタシは公園で暮らしていたテチ。そしたら、いきなりニンゲンがやってきて……」
「よくわからないレチ。『コウエン』ってなんレチ?」
「……? 親指チャン、もしかして産まれたばかりテチ?」
「そんなことないレチ。もう六ヶ月になるレチ」
「テチャ!? ワタシより年上テチ! 『ミジュクジ』レチ!?」
「未熟じゃないレチ。あなたこそおとなじゃないんレチ?」

 お互いに混乱するロムデスと禿裸実装。
 とりあえず、互いの身の上を話してみようということになった。

 ロムデスは自分が開拓団の一員であったが、仲間たちがみな死んでしまったことを語った。
 だが禿裸には意味がよくわからないらしく、結局は町のことから話すことになった。

「実装石の町……そんな夢みたいなところがあるテチ……?」
「あなたは町からきたんじゃないんレチ?」
「公園から来たって言ったテチ」

 次は禿裸が彼女の身の上と、そして『常識』を語る番だった。
 すべてを聞き終えたとき、ロムデスはあまりの事に絶句していた。

「レ……レ……」

 声にならなかった。
 その話はあまりにも彼女にとって衝撃すぎた。

『コウエン』に住む野良実装の生態。
 ニンゲンに依存して暮らす飼い実装の生態。

 どちらにも共通して言えるのは、人間の気分次第で簡単に殺されるということ。
 その命は軽く、まったく取るに足らない存在だと思え割れているということ。
 曲がりなりにも独自の文化を持っているこの時代の実装石には受け入れられない話だった。

「頭のわるい実装石はニンゲンを馬鹿にして殺されるテチ。
 でも、ンゲンにうまく取り入れば何とか生きていけるテチ」

 ロムデスは『家畜』という概念をはじめて知り、あまつさえ実装石が飼われる側であったという現実に強い目眩を覚えた。

「ワタシタチ実装石は、そんなに惨めな生き物だったんレチ……?」
「なに言ってるテチ。そうしないと生きていけないテチ」
「自分たちでごはんを育てればいいレチ! ニンゲンサンだってやっつけちゃいえばいいレチ!」
「そんなのできるわけないテチ! そういう妄想する糞蟲が真っ先に殺されるテチ!」

 大声で怒鳴った後、禿裸はふぅとため息をついてその場に座り込んだ。

「どうせワタシはここから出られないテチ。死ぬまで暇だから、なんか本でも持ってきてくれると嬉しいテチ」
「本……?」
「そこの本棚にいっぱい入ってるテチ。簡単な文字くらいなら読めるテチ」

 ロムデスは言われるままに『ホン』を取ってきて、禿裸実装に読んでもらった。
 彼女からは『文字』という概念を教わった。
 元々、人間の言葉を本能的に理解する実装石である
 さすがに漢字までは理解できず、なんとか読めるようになったのはひらがなのみだが、そこに至るまでの物覚えはとても速かった。

「どうやら、ニンゲンはもう戻ってこないみたいテチ」
「……そうレチね」

 賢明なロムデスはなんとなく理解していた。
 この建物は、そしてこの禿裸実装は、遙か過去からやってきたのだと。
 それは彼女たちの感覚で言うところの神々の時代。

 なぜそんな事になったのか、ロムデスにはわからない。
 大事なのはここには彼女の目の前に知的好奇心をくすぐる無数の情報があるということだ。

「そっちにフードがたくさんあるはずテチ。あなたも食べて良いから、水槽の割れ目から放り込んでくれると嬉しいテチ」

 ト=メィトゥの実しか食べたことがなかった彼女は、今まで食べたこともないニンゲンサンの食べ物の味を知った。

「お、おいしいレチュ!」

 この時代の実装石はト=メィトゥの実とその加工品以外を食べない。
 下手に強い味のあるものを食べると脳の満足中枢が破壊され、糞蟲性が発揮する恐れがあると知っているからだ。
 だが幼いロムデスにそんな理屈はわからない。
 彼女は目の前にある甘味を遠慮無く口にした。

 周りの実装石の死体たちが腐り始めているのに気付き、ロムデスは慌てて墓を作ることにした。
 破損した遺体を一体一体外に運び、穴掘って埋めてやる。
 祈りを捧げる相手はもうない。

 それから、ロムデスは片っ端から本を読んで回った。 
 理解できないことは多かったが、それでも彼女は多くの知識を手に入れることができた。
 人間は神でもなんでもない。自分たちより遙かに強い生物だというだけだ。
 やつらは今の実装石よりも遙かに進んだ文明を持っていて、あらゆる動物をその支配下に置いていた。

 食料は十分にあり、ガラス戸を閉めれば野生動物も入って来られない。
 彼女たちの邪魔をする者はなにもなかった。

「ニンゲンサン……いや、ニンゲン……」

 あらゆる知識を得た後、彼女の胸に沸き上がった感情は、怒りであった。
 自分たちが弱い生き物だってことは知っていた。
 だが、こんなふうに……家畜かゴミ虫のようにしか生きられない時代があったなんて。

 ニンゲンはどうやらもうこの世界にいないらしい。
 だったら、私たち実装石がこの世界で一番偉くなっても良いはずだ。

 そのために必要なものは、とにかく力。そして知識だ。
 ロムデスは必死になって本を読みあさった。
 実装石という種が強くなるためには、どうするべきか。



   4

 そして約半年の月日が流れた。
 ロムデスは成体になっていた。
 この時代平均の成体ではなく、かつての実装石と同じ40センチ近い体格である。
 水槽に捕らわれていた禿裸は一ヶ月ほど前に死んだ。

「最後にアナタと仲良くできて良かったテチ……」

 息を引き取る間際、そう言って笑ってくれた顔は忘れない。
 ロムデスは武器になりそうなものを手にし、遺跡に火をつけ脱出した。

 歩き始めて程なく、彼女は実装石たちの町を発見する。
 どうやら別の開拓団が無事に入植を成功させたらしい。

「テェッ! あ、あなたは誰テチ!? なんでそんな大きいテチ!?」
「前の開拓団の生き残り『デス』。ここに住まわせてくれデス」

 神話時代の食物を摂取して成体化したロムデスの声は野太く、迫力もある。
 善良な実装石たちはそんなロムデスを快く受け入れてくれた。
 本来の彼女たちの決まり事に従うなら、手に入れた知識や得た技術は即座に全体へと共有させるべきである。
 しかしロムデスは自らの知識を彼女たちに分け与えなかった。
 遺跡を燃やしたのも知識の伝播を防ぐためである。

「ワタシはニンゲンに会ったデス。このピンクの服もニンゲンサンに賜ったデス」

 まずは、適当な嘘をついて町の実装石たちの崇敬を集める。
 年長者であることをから長の座を得、圧倒的な知識量による口八丁で会議を誘導する。
 自らの身体が大きいこと理由に自分のための特別な家も作らせた。
 そして、彼女主導で新しいことを次々に始めていく。

「向こうのオヤマに住んでいる足の速い動物を捕まえて飼うデス。『飼育と繁殖』を行うデス」
「ロムデスサンはすごいことを考えるテチ!」
「収穫したごはんの実の数を数えて記録をつけるデス。『数字と計算』を覚えるデス」
「ロムデスサンはとっても賢いテチ!」
「どんな小さな事でも良いから、その日のことを書き記すデス。『文字と歴史』を残すデス」
「ロムデスサンの言うとおりにするテチ!」
「糞を溜めて木くずと混ぜて発酵させるデス。それを肥料にして果樹園に撒くデス」
「ロムデスサンは面白いことを考えるテチ!」
「このミドリ色の石を火で熱して叩いて伸ばして新しい武器を作るデス」
「ロムデスサンは素晴らしい発見をしたテチ!」
「一〇〇を超えても開拓団は無しにするデス。限界まで町を大きくするデス」
「ロムデスサンのアイディアを採用するテチ!」
「余剰生産物を他の町に『輸出』するデス。代わりに『労働者』を招いて働かせるデス」
「ロムデスサンの仰るとおりにするテチ!」
「あと、仔たちの教育はワタシが直々に行うデス」
「ロムデスサンに任せておけば間違いは無いテチ!」
「これらのことは軌道に乗るまで他の町に情報を流さないようにするデス」

 様々な改革を行いつつも、ロムデスは非常に長生きした。
 彼女が産まれてから八年目。
 すでに町にやって来たとき成体だった実装石はひとりもいなくなった。

 そして、ある日。
 ロムデスはデッグラドを破壊すると、ご神体である石像をみんなの前で割って見せた。

「テチャァァァッ!? ロムデスサン、なにするテチ!」
「ニンゲンなんてまやかしデス。いいデスかおまえたち。
 これから三日間、何の罰も起こらなければ以後はニンゲンではなくワタシを信じるデス」

 そして三日後、ニンゲンは彼女たちに罰を与えなかった。
 彼女の町においてニンゲンへの信仰心は地に落ちた。
 代わりに彼女自身の権威は極限にまで高められる。

「ワタシはこれより『皇帝』を名乗るデス! そして、我が領土をこう名付けるデス!」

『帝国』と!



   5

 ロムデスは仔たちを厳しく躾けた。
 真に才能のある者を見いだすため、虐待同然の教育を施し、中には恨み言をいながら死んでいった者もいた。

 だが生き残った仔はロムデスにも負けない強さと知識を持ち、そしてニンゲンへの憎悪を滾らせた。
 ロムデスが老衰でこの世を去り、二代目皇帝を引き継いだ『ユリデス』は即座に他の町へと攻撃を開始した。

「まずは『まのあきさんの町』を落とすデス! そこを国境とするデス!」

 両端を通行不可能な山脈に挟まれた『まのあきさんの町』を支配下に置くことで、その向こうへの情報を完全に遮断することができる。
 山よりこちら側の支配拡大に集中できるというわけだ。

 家畜化した小型ほ乳類『ポグル』騎乗による高機動部隊の活躍もあり、『まのあきさんの町』はあっという間に陥落した。
 そして次々と近隣の町を堕としていく
 平行して身分制度の固定にも着手する。

 皇帝はピンクの服。
 それぞれの町を管理する『貴石』は青い実装服。
 兵士として騎乗戦闘を行い警察の役目もこなす『戦石』は赤い実装服。
 それ以外の『平石』は緑の実装服というように、身分で身につける服の色が異なる。

 この中で皇帝と貴石身分に限り、ト=メィトゥ以外の食べ物を口にすることが許される。  選ばれし者だけがこの時代の実装石の限界を超えて成長できるようになった。

 そしてあっという間に帝国は山脈のこっち側をすべて支配下に置いた。
 山脈の向こう側とは全く異なる、『領域国家』の形成である。
 首都である『帝都ロムデス』は実に三〇〇〇体の実装石が暮らす大都市になった。

 ユリデスが死去し、三代目皇帝が即位したのが邪神降臨から二年前のことである。



   6

  帝都ロムデスの中央部、かつてのデッグラドの代わりに聳え立つのは、高さ五メートルを超える城砦。
 その中、玉座の間にて、三代目皇帝『アウグスデス』は部下からの報告を聞いた。

「ほう、ニンゲンを捕らえたデスか……」

 邪神降臨の報を聞き、戦石たちにその住処を襲撃させた。
 作戦は滞りなく終了し邪神の住処は焼失。
 そしてニンゲンのうちの一匹を見事に捕らえたという。

「『マホウガス』の威力はニンゲン相手でも十分に発揮されたようデスね」
「はっ! これも皇帝陛下のご威光のたまものテチ!」

 赤い服を着た戦石のリーダーが跪き頭を垂れる。

「捕らえたのはひとりだけテチ。残念ながら残りは逃げられてしまいましたテチ……」
「よいよいデス。確か報告によると残ったのはたった三匹。
 捕まるのは時間の問題、引き続きニンゲン共の監視は怠るんじゃないデス」
「はっテチ!」

 戦石の隊長が退出した後、アウグスデスは口元にニヤリと笑みを浮かべながら呟いた。

「よくぞ甦ってくれたデス、ニンゲン共。
 貴様らを倒し乗り越えることが、我ら帝国の……いや。
 実装石繁栄のための最後の試練デス」

 アウグスデスは玉座の間からバルコニーへ出た。
 彼女の眼下には巨大な町がある。それをこうして高みから睥睨する。
 三〇〇〇体の実装石が暮らす『帝都ロムデス』を。

 みよ、この繁栄を! あの高く聳え立つ街壁を!
 そしてこの翠色に輝く帝王の城を!
 我らはもはやニンゲンなどには負けない!



 初期実装以来の総決算の時が来たデス。
 文明の育ちがそれを可能にしたデス。
 長い間こづき廻されながら、なめられながら、しぼられながら、
 媚びまであえてしながら、ニンゲン共に学びうるかぎりを學び、
 ニンゲン共の力を隅から隅まで測量し、ニンゲン共のえげつなさを満喫したのデス。
 今こそいにしえにかえり、一潟千里の奔流となりうる日が来たデス。
 われら実装石のこの世にあるいわれが、はじめてひとの目に形となるのデス。
 青い鳥が鳴いているデス。冬デス。
 ピンクの花が散っているデス。冬デス。
 デスが昨日は遠い昔であり 天然までが我にかえった鮮明な冬デス 

                                      つづく 

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1 Re: Name:匿名石 2016/03/23-00:21:15 No:00002046[申告]
>桐野の妹。愛護派。愛護派。
大事なことだから二回言いました、ですねわかります
2 Re: Name:匿名石 2016/03/23-00:49:09 No:00002049[申告]
実装服の色分けとか他実装も絡んでいそうで面白い
熱い展開で、続きも楽しみ!GJ!
3 Re: Name:匿名石 2016/03/26-16:53:58 No:00002079[申告]
ロムデスがえげつねえ
そして、フラグすぎる
高転びが見えるぜ
4 Re: Name:匿名石 2016/05/04-22:27:07 No:00002369[申告]
なるほど、人間の歴史をそのまま再現するようになってしまったわけだ
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